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2.1 電話連絡

第2章 第1回月例会
04 /29 2017


 FD姿で祥子達のマンションを訪れてから3日ほど経った木曜日の夜、祥子から電話がある。 まず、『祐治さん。 先日は素敵な祐子さんをご紹介して下さいまして有難うございました』と祥子の笑いを含んだ声が響いてくる。
『どう致しまして』と私も笑いながら応える。 『祥子達に会えて祐子もとても喜んでいたよ』
『あら、そう。 それはよかったわ。 この前は大分痛めつけたので、お身体に障ってはいないかって心配してたの』
『うん、それは何ともないようだね。 すごく元気だった』
『ああ、よかった。 それにしても祐子さんも祐治さんに似てタフね』
『そうだね』
 2人で声を合せて笑う。
『それで、祐子さんにはこの次は何時ごろにお眼にかかれるかしら』
『そうだね。 ちゃんと会わせるのは秋までは無理だと思うけど、ちょっと顔を見せるだけならその前でもチャンスはあるかも知れないな』
『そうね。 是非、お会いしたいわね』
 祥子はそこまで言って一息入れ、改めて用件に入ってくる。
『それで早速ですけど、あたし達の「かもめの会」の第1回の定例の会は、次の28日の土曜日に開くことになってたわね』
『うん、そうだったね』
『ええ、それでね、あの会を28日の午後に孝夫の家で開こうと思うんだけど、どうかしら』
『え、孝夫君のお宅でかい?』
 意外な話に私は思わず聞き返す。
『ええ、そう』
『そんな、孝夫君のお宅でプレイをさせて貰って、いいのかい?』
『ええ、いいの。 実はこの話は今日の午後にあたし達が孝夫と街で偶然出会って、一緒にお茶を飲んだときに決めたの。 初めはあたしもあたし達のマンションか祐治さんのマンションでと考えていたんだけど、今日、孝夫と話をしてたら、この週末は孝夫の家の人が皆でどこかに行かれることになったんですって。 そこで孝夫一人で留守番するそうなので、自由にプレイをさせて貰えるというのよ』
『ふーん』
『それに今までも、おうちの人がお留守の時にはあたしと美由紀がお邪魔してプレイをさせて貰ったことが何回かあるの。 孝夫のおうちには色々と設備や道具が揃っていて、プレイをするのにとても便利なのよ』
『え、プレイのための設備や道具?』
『いいえ、もちろん、プレイのために作ったんじゃないわよ。 だけど、プレイにもとても便利に使えるという意味よ』。 向こう側から祥子の笑い声が聞こえてくる。 『例えば、プレイにぴったりな素晴らしい地下室があって吊りなども簡単に出来るし、真っ暗な密室にすることも出来て、何をしてもとても感じが出ていい、だとか』
『ふーん』
『それに差動滑車や、この前、あたしのマンションでお見せしたのと同じ柱縛りのスタンドやそれに付ける色々なパイプなども揃っているの。 だから、第1回の定例の会にふさわしい豪華なプレイが出来るわよ』
 祥子の説明にも熱が入る。 私もがぜん興味がわいてくる。
『ふ-ん、それはいいね』
『そうでしょう?。 だから孝夫の家に決めたんだけど、どうかしら』
『うん、自由にプレイをさせて貰えるなら文句はないよ。 それに僕もその地下室とか、色々な設備とかを是非見せて貰いたくなったし』
『まあ、よかった。 それじゃ、孝夫の家に決めるわよ』
『うん、いいよ』
 私は第1回の定例の会のプレイにだけではなく、孝夫のお宅にも大きな期待感と好奇心とをそそられて、すっかり浮き浮きした気分になる。



『所で孝夫君のお宅はどこにあるの?』
『ええ、孝夫の家はね、世田谷区のT町の高台にあるの。 今は周りに家が建て込んでいるけど、昔は近くにほとんど家がなくて、とても閑静な所だったんですって』
『ああ、T町の高台?。 それはいい所だね』
『ええ。 昔、孝夫のお祖父様がそこがすっかり気に入って、土地を買って工場と倉庫を作り、その隣りに住宅も建てて住み付いたんですって。 今は工場は郊外に移転したけど、住宅と倉庫はそのままにして住んでおられるの。 敷地も広くていいところよ』
『なるほどね』
 私は住宅地の高台にある昔風の閑静な住宅を頭に浮かべる。 なるほど、いい所だろうな、と思う。
『それでどう行ったらいいのかな』
『ええ、それは初めてだと分りにくいから、孝夫に祐治さんのマンションまで迎えに行って貰うことになってるの』
『でも、わざわざじゃ悪いな』
『いいのよ。 実はあたし達も渋谷でケーキを買って、そこで孝夫の車に拾って貰うことにしたの。 だから祐治さんのマンションならほとんど通り道みたいなものなのよ』
『うん、それならいいけど』
 私は納得して、次の質問に移る。
『それで時間は何時に来てくれる?』
『そうね。 なるべく早くがいいけど』。 祥子は電話の向かうでちょっと考えている様子。 『あたし達は早いお昼をすませてここを出る予定だけど、渋谷へ行ってからケーキを買う時間もあるから、拾って貰うのがやっぱり1時頃になるわね。 でも、1時半前にはそこに行けると思うけど』
『うん、いいよ。 その頃になったらマンションの前に出て待っている』
『ええ、そうして』
『うん』
『それから』と祥子は話を続ける。 『今度の会は、あたし達「かもめの会」の第1回の定例会だから、色々とそれにふさわしい豪華なプレイをしたいと思ってるの。 だから祐治さんも色々なプレイの用具をちゃんと用意しておいてね』
『うん、いいよ。 でも、どんなプレイをする積りなんだい』
『ええ、この前、祐子さんにしてあげるって約束したことや、孝夫に見せてあげるって言ってあったことがあったでしょう?』
『うん、そうだね。 柱縛りとか、タバコ責めとか』
『ええ、そう。 それで今度は最初の定例の集りだから、まずはその宿題を片付ける意味もあって、最初に祐子さんにあのスタンドを使って色々な縛りやタバコ責めをしてあげようかと思ってるんだけど』
『ああ、まずは祐子が主役かい。 それもいいけど、こう暑くなっては、祐子は出掛けて行くのが嫌だと言ってるんだけど』
『あら、そう。 それは残念ね。 それじゃ祐子さんの代りに祐治さんで我慢しておいてあげるわ』
『ああ、それは有難う』
『どう致しまして』
 電話の向こうでまた祥子の笑う声がする。
『最初はそう言うプレイをするとして、まだ後にも何か考えてるのかい?』
『ええ、美由紀に何か面白い吊りをして上げようと考えてるの。 だって、この記念すべき第1回の会合で美由紀に何もして上げないと、Mの仲間はずれにされたようで可哀想でしょう?』
 電話から何か横で『む、む』というくぐもり声がしているのが聞こえてくる。 『あ、美由紀だ』と直覚する。
『あれ?、美由紀もそこに居るのかい?。 居たらちょっと美由紀の声も聞きたいな』
『ええ、美由紀はそこに居ることは居るの。 でもちょっと手が塞がっていて電話には出られないの』
 また、『む、む』という声が聞こえる。
『ふーん。 手だけじゃなくて、口も塞がってるんじゃないのかい?』
『ええ、そう。 祐治さんも察しがいいわね』
『うん、毎度のことだからね』
『そうね』
 また祥子の笑い声が聞こえて来る。
『じゃ、仕方ない。 美由紀の声を聞くのは諦めるか』
『ええ、そうなさい』
『うん』
 これで用件はほぼ終る。 また祥子が言う。
『じゃ、これで連絡事項はいいわね』
『うん、僕の方はすっかり分かった』
『それで、今回は特に孝夫に見せてあげたいから、Hセットやタバコ・プレイの用意を忘れないでね』
『うん、分かった』
『それじゃ、こんどの土曜日の午後、1時半頃までには祐治さんのマンションまで迎えに行くから、入口の前で待っててね』
『うん、きっと待ってるよ』
『じゃ、これでいいわね?』
『うん。 ただ、美由紀と孝夫君にもよろしくって言っといてくれる?』
『ええ、言っとくわ。 じゃあね』
 電話が切れる。

2.2 孝夫の家

第2章 第1回月例会
04 /29 2017


 土曜日の午後1時20分頃、すっかり支度を整えて、茶色のボストン・バッグを足下に置いてマンションの入口に立って孝夫の車を待つ。 バッグの中にはHFセットやMセットの用具一式、紐類、タバコ責めのセットなどの外に、念のため、鼻紐のセット一式も詰め込んである。 また、汗をかくからと思って肌着の替えも1組入れてある。 今日はまだ梅雨の真最中であるが、梅雨全線がずっと南に押し下げられたとかで、かんかん照りの好天気でかなり暑い。
 ほどなく孝夫の運転するクリーム色のローレルがやってきて、私の前に停まる。 後部座席には祥子と美由紀が乗っている。 美由紀はまた両手を後ろに回している。 いつものように両手首を縛り合されているのだろう。 孝夫が手をのばして助手席のドアのロックを外してくれる。 私はドアを開け、『どうも有難う』と声をかけて助手席に座る。 バッグは膝の上に置く。
『今日はやっぱり、祐子さんには会わせて貰えないのかしら?』と祥子が笑いながら声をかけてくる。
『うん』と応えながら振り向く。 『祐子は今日はちょっと都合が悪いんだって。 それに彼女は「かもめの会」の正式メンバーじゃないからね』
『そんなこといいわよ。 あたし達は喜んで何時でも準メンバーとしてお迎えするわよ』
『僕も』と孝夫が言う。 『祥子さんからお話を伺って半分期待していたのに、残念ですね』
『そうだね。 でも、これだけ暑いとお化粧も崩れるし、季節に合う服も持ってないんでね。 秋になって涼しくなったらきっと紹介するよ』
『そうですか。 まあ、仕方がないから秋まで待ちますか』
 孝夫がいかにも残念そうに言う言葉に皆が大きく笑う。
 車が出発する。 玉川通りに入る。
『孝夫君は祐子のことをどのくらい聞いている?』ときく。 孝夫は前を向いて運転しながら答える。
『ええ、ほんの少し。 さっき渋谷でお2人を乗せてから、祥子さんから話を聞いただけですから』
『というと?』
『ええ、この前の日曜日の午後に美由紀さんが渋谷で祐子さんにお会いになり、マンションに連れておいでになって、祥子さんが大歓迎してレース編みの作品を色々とお見せになったとか』
『ええ、そうよ』と祥子が後ろで言う。 『美由紀が大学の先輩だなんて紹介するものだから、あたし、真面目になってお見せして損しちゃったわ』
『そんなことはないよ』と後ろに振り向いて私が言う。 『あの作品はほんとに素晴らしかったよ』
『いいわよ。 そんな無理しなくても』と祥子は言う。 『それにあれは祐子さんにお見せしたので、祐治さんに見せたのではありませんからね』
『それもそうだね。 じゃ、そのうちに僕も、改めてレース編みを見せて貰うかな』
『でも、祐治さんは祐子さんとは違って、レース編みにはあまり興味がないんじゃないかしら』
『いや、そんなことはないよ。 僕にとっても美しいものは美しいよ』
 孝夫はにやにや笑いながら運転を続けている。 道路は環八通りにぶつかり、車は左に曲がる。
 また、前に向いて孝夫に話し掛ける。
『それで、その先の話も聞いてるかい?』
『ええ、そのうちに祥子さんも祐子さんが実は祐治さんの分身だということに気が付かれたとか』
『うん』
『とにかく、祐子さんってとてもきれいな女の方だったそうですね』
『ええ、そうよ』と美由紀が後ろで言う。 『背が高くてすらっとしてて』
『それから?』と私が先をうながす。
『ええ、僕がお聞きしたのはそこまでです。 ここで祐治さんのマンションに着いてしまいましたから。 まだ、何かあったんですか?』
『うん、その後で祥子をだました罰だと言って、祐子と美由紀が大分きびしい刑に処せられてね』
『ああ、そうですか。 その話も是非お聞きしたいですね』
『ええ、後でしてあげるわ』と祥子が話を引き取る。
 車が右に曲がる。 今度は片道1車線の道路である。 『この辺がT町です』と孝夫が説明する。
 少し行って今度はまた左に曲がる。 前方に高台が見えてくる。
『あの高台の一番手前の二階家が僕の家です』
 孝夫が運転しながら切り通しの右側の高台の上の家を右手で示す。
 道が上り坂になり、切り通しに入ってすぐに車が頭を右に向け、道路から2メ-トルばかり入って停まる。 右側には道路から3メートルほど引っこんで、高さが3メートル余りの石組の壁があり、それに車2台分の幅のガレージの入口がしつらえてある。 ガレージの先で壁は道路に近づき、さらに少し行った所に石の門柱と上への石段があるのが見える。 それが孝夫の家の正門らしい。
 孝夫が、『さあ、着きました。 でもちょっと待って下さい。 車ごとガレージに入りますから』と言って、グローブ・ボックスからコントローラーを取り出し、運転席に座ったままで操作する。 ガレージのシャッターが上がって入口が開く。 孝夫は車を中に入れ、またコントローラーを操作してシャッターを下ろす。 皆が車から降りる。
 ガレージの中には今乗ってきたローレルの外にもう1台、少し大きいワゴン車が入っていて、まだたっぷり場所があいており、木の箱などが積んである。 天井の高さもたっぷり3メートルはありそうで鉄の梁が何本かむき出しになっている。
『ずいぶん広いガレージだね』
『ええ。 丁度、住宅の下の空間を利用して、倉庫も兼ねる積りで天井も高く作ってあるんです』
 孝夫はガレージの奥の両開きの扉を開けて中に皆を招き入れる。 そこは8畳間ほどの広さのホールになっていて、その向うにまた扉が見える。 また左手には上りの階段がある。 孝夫が先に立ち、皆がぞろぞろと階段を上がり、中廊下を通って応接室に入る。



『今、お茶の用意をしますから。 それですみませんけど、ちょっと祥子さんも手伝ってくれませんか?』と孝夫が言う。
『ええ、いいわ』と祥子も孝夫について部屋を出ていく。 後に私と後ろ手のままの美由紀とが残される。
『ずいぶん、広いお宅のようだね』と私が話し掛ける。
『ええ。 そのようね』と美由紀。
『というと、美由紀も余り知らないのかい?』
『ええ、あたし、今までにも何回かここに連れてきて貰ったけど、いつもあのガレージから中に入って、この応接室とお台所とおトイレとお風呂場と、それに地下っていうのかしら、あたし達が「ゆうぎしつ」と呼んでいるお部屋とにしか行かないので、よく判らないの。 でもずいぶん広いようよ』
『それで孝夫さんの御家族は何人でここに住んでおられるの?』
『ええ。 何でも孝夫さんと御両親と、それにお手伝いの女の方との4人だけなんですって』
『ふーん。 それならゆったりしてるね』
『ええ、そう。 それに御両親はお手伝いさんも連れてよく旅行をなさるので、孝夫さんが1人で居ることも多いそうよ』
『ふーん。 それで今日のようにプレイに使わせて貰えるんだね』
『ええ、そう』
 ちょっと話がとぎれる。 そしてさっき美由紀の話の中にあった「ゆうぎしつ」というのが、何だか気になってくる。
『それで、さっき美由紀が言ってた「ゆうぎしつ」って、どんな部屋なの?』
『ええ、それは。 あの、さっきガレージから入ってきたとき、階段のあったホールの先にも扉があったでしょう?』
『うん、あった』
 私もその扉を思い出す。
『あの扉の中にはかなり広いお部屋があって、ピンポン台などが置いてあるもの。 だから、あたし達、お遊びの部屋と言う意味で「遊戯室」って呼んでいるの』
『ふーん』
『あたし達、よくそこでプレイをするの。 今日もきっとそこでするのよ』
『なるほど。 祥子の言ってた素晴らしい地下室というのが、そこの事なんだね』
『ええ、きっとそう。 柱縛りに便利な独立した柱だとか、吊りに使える天井のフックだとかも幾つもあるもんだから、祥子がとても気に入ってるの』
『なるほど、プレイには便利そうだね。 僕も早く見たいな』
 私も期待に胸をはずませる。



 孝夫と祥子が『お待ち遠様』と戻ってくる。 祥子はコップ4つとピーナッツとを載せたお盆をささげ、孝夫がビール瓶2本を両手に提げている。 2人が持ってきたものを応接用テーブルの上に置く。
『今日は第1回の「かもめの会」の例会だから、まずはそれをお祝いして、乾杯をすることにしたの』
『それはいいね』
 早速、孝夫がビール瓶の蓋を開け、祥子が4つのコップに注ぎ入れる。
 全員がテーブルを囲んで立つ。 例によって祥子が両手で2つ、私と孝夫がそれぞれに右手に1つのコップを持っている。
『じゃ、また、祐治さんが音頭を取って』との祥子の言葉に、私が『それでは我々の「かもめの会」の第1回の例会を祝い、会と我々のプレイの今後の健全な発展を祈って』と唱え、『乾杯!』とコップを高くささげる。 残りの3人も口々に『乾杯!』と唱え、4つのコップが応接用テーブルの上で触れ合ってカチャンと音をたてる。
 ぐうっと一口ビールを飲む。 祥子はまず美由紀に一口飲ませてから自分も飲む。 孝夫も一口飲んで、コップをテーブルの上に戻す。 3人でぱちぱちと拍手する。 美由紀も後ろ手のままで体をゆする。
『せっかくだから、記録も取っておいて』との祥子の注文で、孝夫が三脚にカメラを据え付け、セルフタイマーをセットして、3人が4つのコップをささげ、美由紀も唱和している場面をもう一度演出して1枚撮る。 それから孝夫はカメラを三脚から外し、その部屋の様子や祥子が美由紀にビールを飲ませている所をさらに3~4枚記録する。
 記録が終って皆が腰を下ろす。 ピーナッツをつまみながら孝夫に話しかける。
『孝夫君。 お宅のこの敷地はずいぶん広そうだね』
『そうですね』と孝夫が応える。 『今、僕の家で専用に使っている分だけで、全部で三百二十坪ほどあります』
『というと、そうじゃない分もあるのかい?』
『ええ、祖父の代に最初にここに来たときは広さが今の倍ぐらいあって、工場と倉庫と住宅とを建てたんだそうです。 ところがその後、まわりが住宅でたてこんで来たので、工場だけは取り壊して郊外に移転させ、その跡地は区切って住宅を4軒ほど建てて、それを賃貸に出したんです。 ですから僕の家専用の部分は今の広さになっているんです』
『とすると、今でも住宅のほかにまだ倉庫もあるのかい?』
『ええ。 製品倉庫があります。 最近は別に工場の近くにも倉庫があるので、余り使ってませんけど、でも製品の家具や荷造り用品がいくらか入ってます』
『それに』と祥子が横から言う。 『孝夫はそこで色々と道具を作ったりしてるんじゃない?』
『ええ、昔はそこでも簡単な作業をしたので、倉庫の隅には少し木工や金工の設備もあって、僕も便利に使ってます』
『それから、倉庫には確か、頭の上を走るクレーンがあったわよね』と祥子はさらに念を押すように言う。
『ええ。 2トンまで吊り上げられる小さいものですけど、天井クレーンの設備があります』
『それでね』と祥子が今度は私に向って言う。 『あたし、そのクレーンが何かに使えそうな気がしてるんだけど』
『ああ、また、吊りプレイのことを考えてるのかい?』
『ええ、そう』
『でも、単なる吊りならそんなに大袈裟なものは要らないだろう?』
『でも、単純な吊りでも、リモコンのクレーンで高く吊り上げたら、また感じが違うんじゃない?』
『うん、そうかな』
 私は首をかしげる。
『それに別のプレイでもきっと何か役にたつことがあるわよ』と祥子は自信ありげに主張する。 私はおとなしく、『まあ、そうかもね』と受け入れる。 そして『祥子さまの勘とアイデアに期待してます』とことさら神妙に頭を下げる。 皆が笑い出す。
『何なら後で倉庫に御案内してもいいですよ』と孝夫が言う。
『うん、是非お願いしたいね。 僕もその天井クレーンとやらが見たくなった』

    


『ところで今日のプレイはどこでやるの?。 さっき美由紀が地下に遊戯室というのがあるって言ってたけど』ときく。
『ええ、そう。 大体はその遊戯室でやる予定なの。 地下室で出入口は頑丈な扉のが一つあるだけだから、密室のようなものでプレイにはぴったりよ』
『すると完全な暗室になるのかい?』
『ええ。 遊戯室には隅に明り取りの天窓が一つあるけど、シャッターで完全に蓋ができるようになっているの。 だから祐治さんのマンションの浴室に劣らない、完全な暗室になるわよ』
『うん、それはいいね』
『そうよ。 タバコ責めにも好適よ』
 祥子は笑う。
『そのタバコ責めって、きれいなんですってね』と孝夫が横からいう。
『ええ、孝夫はまだだったから、今日はちゃんと見せてあげますからね』と祥子がうけあい、『ね、祐治さん?』と私に尻を回す。 私は「勝手に決めておいて」とちょっとすねてみたくなったが、そのまま、『うん』とうなずく。
『タバコ責めって、それはそれは素晴らしいプレイよ』と祥子が続ける。 『真っ暗闇の中で、2つの火の玉が明るくなったり暗くなったり、息づいてるの。 そしてその明暗がそのまま祐治さんへの厳しい責めになっていると思うと、あたし、たまらなくいとおしく感じるの』
『あたし、それを見るときれいだとは思うけど、それよりも祐治さんの苦しさが頭に浮かんで切なくて』と美由紀は後ろ手のまま、体をくねらす。
『早く見たいですね』と孝夫が言う。
『僕もその遊戯室とやら言うのがどんな所か、早く見たいね』
 祥子がまた笑う。
『そんなに急がなくてもいいわよ。 お2人とも後でたっぷりお見せして、充分に楽しませてあげるわよ』
 またピーナッツをつまみ、ビールを一口飲む。 そして改めて祥子にきく。
『ところで今日はどういう予定になってるの』
『ええ、今日はこの前の祐子さんとのお約束に従って、まず例のスタンドを使っての色々な縛りをすることを考えてるの。 それから孝夫にタバコ責めも見せてあげたいからそれもやって、それからまだ時間があったら美由紀で色々な吊りをやってみたいんだけど』
『なるほど、大分盛り沢山だね』
『ええ、そうよ。 第1回だから内容もみっちり組んであるわよ』
 祥子はまた笑う。
『それから後は?』
『ええ、プレイが終ったらお食事をして、おしゃべりをするの』
『そして終りは?』
『そうね。 9時頃に解散したら、と考えているけど』
『そうだね。 この会はこれからも長く続けるんだから、その位の時間に解散する慣習を作っておいた方がいいね』
『ええ』
 皆がうなずく。

2.3 天井クレーン

第2章 第1回月例会
04 /29 2017


 ビールとピーナッツがなくなる。
『それじゃ、そろそろ遊戯室に行きましょうか』と孝夫が立ち上がる。
『そうね、でも』と祥子が言う。 『それよりも先にさっき言ってた倉庫を見せてくれない?。 あたし、クレーンのことが気になるの』
『そうですね。 他の人はどうですか?』
 孝夫が皆を見回す。
『そう言えば、美由紀さんもまだ倉庫は見たことがありませんでしたね』
『ええ、まだ』
 美由紀が小さな声で応える。 私も俄然、そのクレーンに興味がわく。
『そうだね。 僕もクレーンにも興味があるね。 どんな可能性があるのか、見ておきたい気がするね』
『そうですか。 それじゃ、先にちょっと倉庫をお見せしましょう』
『念のために』とカメラを手にした孝夫に案内されて、4人で玄関から外に出る。 祥子はまた例の赤いバッグを提げている。 美由紀は相変らず後ろ手のままである。 美由紀はほんとに後ろ手でいる時間が長いんだな、と思う。
『あれが倉庫です』と孝夫が右手を指差す。 そこには屋根の高さが10メートル以上ある鉄骨スレート壁の建物が建っている。 皆でぞろぞろと倉庫の入口の方に行く。 左手から幅5メートル余りの坂道が上ってきている。 坂道の下の方には鉄格子の門が閉じていて、その先に先程の道路が見える。
 孝夫が倉庫の扉の横のくぐりを開け、『さあ、どうぞ』と皆を中に招じ入れる。 両側の壁の上部に明り取り用のガラス窓があり、中はそのままでも可成り明るい。 孝夫が壁のスイッチに手をやって天井に並んでいる蛍光灯を点ける。 一段と明るくなる。
『なかなか広いんだね。 どの位あるの?』
『ええ、広さは20坪ほどです』
 そう答えて、孝夫はさらに天井を見上げ、指さして付け加える。
『あの天井クレーンの高さが10メートルですから、天井の高さは11メートル位ですか』
『ふーん、広いね』
 私は改めて周りを見回す。
『ええ、それに今日は品物が余り入ってないので、とても広く感じられますね』と孝夫も周りを見回して言う。
 倉庫の中は左手の壁際に木の箱が大小とりまぜて10個余り積み上げてある。 そしてその他には奥の右手のコーナーに作業台と道具類があり、その手前にテーブルが一つと椅子が6脚ほどが置いてある外はすっかり空いていてがらんとしている。
『いいわねえ』と祥子がクレーンを見上げて言う。 確かに両側の壁のカラス窓の上を通してある高架レールと、それに両端をのせて前後に走るようになっている桁と、その上を左右に動くホイストと、それから垂れ下がるワイヤ・ロープとフックとからなる天井クレーンが、がらんとした倉庫の中でその存在を誇示しているかのように見える。
『それではちょっとクレーンを動かしてみましょうか』
 孝夫はカメラを横の箱の上に置き、左手の壁にある操作盤に鍵を差し込んでスイッチを入れてくる。 そしてホイストからぶら下っているコントローラーを手に取る。
『じゃ、ちょっと離れて見てて下さい』と孝夫が注意する。 3人は入口近くに固まってクレーンを見上げる。 孝夫が手元でボタンを押す。 ホイストの辺でモーターが始動する音がして、フックがゆっくり下りてくる。 そして一度止まって、次にゆっくり上がっていく。 2メートル程の高さでフックの上昇が止まる。
『次は横に動かしてみます』
 桁が手前に動いてきて、それに伴なってフックが近付いてくる。 そして我々の前方3メートル程で一度止まり、今度は右にゆっくり移動する。
『大体、こんなものです』
『なるほど、面白いわね』
 祥子がうきうきした声を出す。
『それじゃ、次にちょっと、何か品物を吊り上げてみましょうか』
『ええ、やってみて』
 孝夫はまたコントローラーを操作して、フックをゆっくり倉庫の壁際の木の箱を積み上げてある方に動かしていく。 そして私に、『祐治さん、ちょっと手伝ってくれませんか』と声をかけてくる。
『うん』と応えて、私が近くに行くと、孝夫が床の上の、長さ1メートル、幅と高さがともに50センチ程の木の箱を指差す。
『ちょっと、この箱にロープを掛けますから、端を持ち上げてくれませんか』
『ああ、こうかい?』
 私が箱の一方の端の環に手をかけ、ふんばって一端を持ち上げる。 ずっしりした手応えがある。
『大分、重いね』
『ええ。 この箱は金具類が入っていて、100キロ位の重さがあります』
 孝夫は慣れた手付きで、端から3分の1程の位置にやや太いロープを2重に巻き付け、きっちりと縛る。 私がもう一端を持ち上げる。 孝夫はもう一箇所、対称な位置にロープを掛け、先程のロープと繋ぎ合せる別のロープをセットしてフックに掛ける。 そしてフックの位置が箱の中心に来るように動かしてから、ゆっくりフックを上げていく。 箱から延びている2本のロープがぴんと張る。 そこでフックの位置をもう一度調節してから、またゆっくりフックを上げていく。 箱がぐらっと揺れて床から離れ、少し揺れながらゆっくり上がっていく。 見ていた私と祥子の2人がぱちぱちと手をたたく。 手を出せない美由紀も体をゆする。
『ちょっと、カメラを使っていーい?』と祥子がきく。
『ええ、どうぞ』と孝夫がコントローラーを操作しながら答える。 『そのカメラはバカチョンですから、視野を合せてボタンを押すだけです』
 祥子がカメラを手にとって、上がっていく箱を写す。
 孝夫は箱を50センチ程吊り上げ、横に1メートルほど移動させる。 そして横にあった手押しの台車を動かして来て箱の下に置き、ゆっくりと箱を下ろす。 箱が台車の上にしっかり鎮座する。 またぱちぱちと手を叩く。 祥子がまた1枚撮る。
『孝夫さんはクレーンの操作が上手だね』と褒める。
『ええ、資格を取るために大分練習しましたから。 とにかく、ゆっくり動かすのが操作のこつなんです』と孝夫は言う。
『じゃ、もとに戻します』
 そう言って、孝夫はまたクレーンを操作して箱を吊り上げ、もとの位置に戻す。 私も手伝ってロープをはずす。



『さあ、これで機能は大体お分りになったでしょう。 もう向うに戻りましょうか?』と孝夫が言う。
『ええ、でも』と祥子は言う。 『せっかくだから、ちょっと生きてる人間も吊り上げてみたいわね。 ね、祐治さん?』
 祥子はそう言って私の顔を見てにやっとする。 私は『そら、案の定』と思う。 孝夫が『好きですねえ』と言う顔をする。
『そうだな。 でも後のプレイの予定に差支えないかい?』
『そうね。 それはあるけど』。 祥子はまたにやっとする。 『でも今日のプランはもともとそんなにきっちりしたものではないから、予定を変更してこれをメインのプレイにしてもいいわよ』
 これは大分気が入っているな、と思う。
『それから』と孝夫が横で言う。 『僕もまだ、生きた人間をクレーンで吊り上げたことはないんですけど』
『でも特に危険はないんでしょう?』と祥子が押す。
『ええ、まあ、ないとは思いますけど』と孝夫。 しかし、あまり気が進まない様子が見てとれる。
『それならやってみましょうよ。 これからもクレーンを使ったプレイをどしどししてみたいから、その小手調べとしても丁度いい機会よ』と祥子がさらに押す。
『そうだね。 まあ、やってもいいね』と私も賛意を表する。 後ろ手姿の美由紀も『そうね』とうなずく。
『そうですか。 皆さんが賛成じゃ仕方がないですね。 じゃ、やりますか』と孝夫も折れる。 私はプレイへの期待に胸がふくらむ。
『それで吊り上げるのは美由紀と祐治さんのどっちがいいかしら』と祥子が私と美由紀の顔を見比べる。
『いっそのこと、祥子はどうだい』
『あたし、吊られる趣味はないの』
 祥子がすまして言う言葉に、孝夫が噴き出して笑う。 祥子はつづける。
『そうね。 それじゃ、祐治さんは後の楽しみに残しておいて、まず今日の例会の最初のイベントとして、美由紀を吊ることにしようかしら』
 美由紀がちょっと不安そうな顔をする。
『大丈夫よ。 孝夫はとても上手だから』と祥子。 美由紀が小さくうなずく。
『じゃ、早速、始めるわよ』
 祥子は美由紀の後ろにまわって後ろ手の縛りを手早く解き、バッグから別の紐を取り出して高手小手に縛り上げる。 そしてさらに美由紀の腰にも何時ものように紐を掛けて手首の紐につなげる。 美由紀は眼をつぶってうっとりした顔になる。
『それじゃ、こっちに来て』
 美由紀は眼をあけて、歩いてフックの下へ行く。 祥子が美由紀の揃えた両足首を縛り合せる。 背中の紐の先をフックにかける。 私はカメラをとって、まずその作業ぶりを3枚ばかり記録する。
 一連の作業が終って、祥子が孝夫に向かって『じゃ、お願いね』と言う。 『はい』と応えて孝夫がフックを見ながらコントローラーの操作を始める。 美由紀も上を向いてフックを見詰める。 フックが少しづつ上がっていく。 紐がぴんと張る。 美由紀がちょっとよろめく。 ついで体がぐらっと揺れ、足が床を離れる。 私は息をのんで上がっていく美由紀の緊張した顔を見詰め、思い出して、また2枚ばかり写真を撮る。
 美由紀の身体が上半身をやや前傾させ、足をだらりと下げて、さらに上っていく。 足が我々の眼の高さ位に来たとき、『もう、この辺にしましょうか』と孝夫が言い、フックの上昇が止まる。 美由紀は眼をつぶってうっとりした顔になる。 また写真を撮る。
『面白いわね。 ちょっと右に動かしてみて』と祥子が注文する。
『はい』と返事して孝夫がまた操作する。 美由紀の身体がゆっくり右へ動く。 美由紀が眼を開けてあたりを見回す。
『どうした?。 美由紀』と私が声を掛ける。
『ええ。 何だか奇妙な感じなの』と応えがある。
『じゃ、また左に戻して』と祥子が指示する。 美由紀の身体が左に戻ってくる。
『じゃ、最後に上に一杯まで上げてみて』と祥子が言う。 美由紀がちょっと不安そうな顔をする。 孝夫も祥子の顔を見る。
『ね、大丈夫でしょう?』と祥子が押す。 『ええ、まあ』と孝夫が応える。
『孝夫君はうまいから、心配しなくてもいいよ』と私が美由紀を力づける。 美由紀がこっくりして、また眼をつぶる。
 美由紀の身体がすーっと上がり出す。 そして順調に上がっていって、最後に頭がホイストから30センチほど下まで行って、カタンと止まる。 美由紀は眼をあけてちょっと天井を見て、次にちょっと下を見て、またすぐに眼をつぶる。 歯をくいしばっているように見える。 また、写真を2枚ばかり撮る。
『じゃ、美由紀の吊りはこれでひとまず終りにするわ』と祥子は告げ、『最後はこの辺に降ろして』と入口寄りの場所を指示する。 『はい』との孝夫の返事があって、美由紀の身体がゆっくり降りてくる。 そして足が床から30センチほどの高さになってから少し水平に移動して、祥子の指示した場所に来てまたゆっくりと下がる。
 美由紀の足が床に着く。 美由紀が自分の足で立って眼をあける。 その顔にはほっとした表情が浮かんでいる。 祥子が『お疲れさま』と声を掛けて美由紀の後ろに回り、背中の紐をフックからはずす。
『美由紀はそのままで暫く待っててね』と祥子が言う。 美由紀が『あれっ』というような顔をして祥子の顔を見る。
『まだ何かするのかい?』と私がきく。
『ええ、後でちょっと』と祥子は笑う。 そしてもう一度、『ね、いいでしょう?』と美由紀に言う。
『ええ、いいわ』
 美由紀は高手小手姿で両足も揃えて縛られてまっすぐ立ったまま、ひとつ大きくこっくりする。



 祥子が私の方に向く。
『じゃあ、次は祐治さんよ。 祐治さんは逆吊りがいいわね』
『うん、何なりと御勝手に』
『じゃ、早速、準備して』
『うん。 でも準備ってどうする?』
『そうね。 シャツとズボンを脱いで下着だけになって貰おうかしら』
『うん、分かった』
 私はスポーツ・シャツとズボンとを脱いで下着姿になり両手を後ろに回す。 祥子はまたバッグから紐を取り出し、後ろに回って私を手際よく高手小手に縛り始める。
 紐をかけながら祥子が、『この前の時に祐子さんは逆吊りにしたけど、祐治さんは逆吊りは初めてよね』と言う。
『うん。 そう言うことになるかな』
『祐子さんと祐治さんとはやっぱり違うんですか?』と孝夫が横できく。
『そりゃ、違うわよ。 祐子さんなら可愛い女の子だから、レズの気分でやさしく可愛がってあげる気にもなるけど、祐治さんだとむくつけき男性のプレイ・パートナーだから、すぐに限度一杯まで厳しく責めたくなるの』
『へえ』と私が声を上げる。 『この間の祐子の逆吊りは、あれでも優しくしてくれた方なのかい?』
『ええ、そうよ。 だから今日はあんなものじゃすまないわよ。 覚悟してらっしゃい』
『はいはい』
 私はわざと少しおどけて二度返事する。
 やがて最後の紐留めを終えて、『はい、出来上り』と祥子がまた前に回る。 上半身が心地よくきっちり決まって、快感が身体を包む。
『それから祐子さんはともかくとして、祐治さんは間違いなく、吊るときには口も蓋することを希望してたわよね』と祥子が言う。 今日は文句の付けようがなく、ただ『うん』と応える。
『じゃ、蓋してあげるから口をあけて』
『うん』
 大きく口をあける。 祥子は手早く小布れを詰め込み、黒い革のマスクを掛けて、尾錠できつく留める。
 その間に孝夫が隅から厚い布のシートを持ってきて床に敷く。 私がその上に仰向けに寝かされる。 背中の下の手首が痛い。 祥子は両方の足首に包帯を厚く巻きつけ、揃えてきつく縛り合せる。 孝夫が操作してフックを低く降ろしてくる。 祥子が私に足を上げさせ、足首の紐の先を小さな輪にしてフックにかけて念入りに留める。 こういう所は祥子は信頼が置ける。
『じゃ、上げますよ』との孝夫の声がして足がさらに上がり出す。 足首の紐がぐうっと締まってくる。 腰が上がり、肩で体を支える形になる。 祥子が腰の辺を抱えて支えてくれる。
 身体がさらに引き上げられて肩も床から離れ、ついで頭も離れる。 祥子がゆっくり手を離す。 足首の紐が一段と強く締まり、思わず口の中の小布れをかみしめる。 天井近くでモーターの回る音がしている。 孝夫も祥子も手を動かしてないのに、そのモーターの音だけで次第に身体が上がっていくのがとても奇妙に感じられる。
 頭が床から1メートルほど離れた所で上昇が止まる。 顔がほてり、鼻での呼吸が少し荒くなる。
『孝夫。 今度はあたしにも操作をさせてくれない?』との祥子の声がする。 思わず顔を回して祥子の顔を見る。
『そうですね。 でも慣れてないと危ないですよ。 特に今は生きた人間を吊ってるんですからね』と孝夫が言っている。 私も『祥子じゃちょっと怖いな』と思う。 しかし高手小手に縛られて逆吊りにされ、しかも口を厳重に蓋されている身では、思いを表現する手段がない。 心配しながら祥子と孝夫の交渉を見守る。
『でも一度やらせて。 あたし、是非一度、自分で自由に動かしてみたいのよ』と祥子がなおも頼み込んでいる。
『仕方がないですね。 じゃ、慎重にやって下さいね』と孝夫がとうとう折れる。 ぞくぞくっとする。
『じゃ、フックを上に上げる時はこのボタンを押して下さい。 スピードはボタンを押す強さで加減します。 最初は軽くボタンに触るだけといった感じで、少しづつ少しづつ、ゆっくり上げるんですよ。 そして降ろす時はこのボタンです。 それから右に動かすときはこのボタン、・・・』と孝夫がこと細かに教える。 祥子は『ええ、ええ』とうなずきながら真剣な顔で聞いている。
 説明の最後に孝夫が、『何かあったらすぐにこのボタンを押して下さい。 するとクレーンとフックが緊急停止をします。 とにかく全てをゆっくりすることと、何か緊急なことが起こったらとにかくまずクレーンとフックを止めること、の2つをよく覚えていて下さい』と注意を与える。 祥子は『ええ、解ったわ』と大きくうなずく。
『もしも緊急事態が発生したら、手足を縛られ、頭を下にして吊り下げられている私は、一体どうなるんだろう』
 私はまた、身体中をぞくぞくっとしたものが走るのを感じる。
 祥子がコントローラーを手にして私の顔を見る。 そして『じゃ、始めるわよ』と言って操作を始める。 私の身体がゆっくり右に回りながら上がり始める。 頭に大分血が下って、顔のほてりも強くなっている。 鼻で荒い息をしながらじっと耐える。 しかし、頭の鬱血はもう飽和した感じで、それ以上苦しくなる気配はない。
 私の身体はそのままずうっと上がっていき、見上げている皆の顔がはるか下になる。 今では頭が床から4メートルは離れたように見える。 前回の逆吊りでは精々50センチほどだったのに、今は頭を下にしてこんなに高く吊られ、万が一落ちたら確実に命がなくなる、とまたぞくぞくっとする。
 上昇が止まる。 今度は下降が始まる。 またゆっくり右に回りながらずうっと降りていく。 今度はこのまま下り続けると頭が床に強くぶつかる、と心配になる。 しかし、そんなには降りず、頭が床から1メートル余りの所で止まる。 ほっとする。
『大体、こんな感じで動かせばいいのね』と祥子がきき、『ええ、そうです』と孝夫が応えている。 私もこの程度ならいいがと思う。
 私の身体はまだゆっくり右に回っている。 孝夫が手をのばして体の回転を止め、美由紀の立っている入口の方に向かせてくれる。 美由紀は相変らず高手小手姿で両足を揃えて立っていて、心配そうに私を見ている。
『それじゃ、今度は横に動かしてみるわよ』との祥子の声があって、私の身体が右の方へ移動し始める。 スピードが上がる。 何だか美由紀の時よりも動きが大分速いような気がする。 『あ、危ない。 すぐに止めて下さい』と叫ぶ孝夫の声が聞こえる。 ぐうっと移動が急に止まる。 私の身体が振子のように大きくゆっくり右に振れる。
 身体が入口の方に向いたまま、頭が壁際に積んである木箱にゆっくり近づいていく。 怖いもの見たさに顔を向けて、近づいてくる箱を見詰める。
 箱がぐうっと顔に迫り、思わず顔をそむけて眼をつぶる。 幸い、頭は僅かの所で箱にはぶつからないうちに止まり、左に戻り出す。 頭にますます血が下ってくる。 私は眼をつぶり、うつらうつら始める。 孝夫らしい手が私の肩に掛かり、ぐうっとひっぱって振子振動を止めてくれる。
 耳元で『祐治さん』と言う孝夫の声がする。 目を開ける。 『大丈夫ですか?』と孝夫が心配そうに言う。 『むん』と大きくうなずいてみせる。 『無理はしないで下さいね』と孝夫が重ねて言う。 また『むん』とうなずく。 少し離れた所で祥子が真剣な顔をして、コントローラーを手にして立っている。
 孝夫が祥子の所に戻って行く。 また目を閉じる。
『ちょっと移動のさせ方が速すぎましたね。 クレーンはゆっくりゆっくり動かすのがこつなんですよ』と孝夫の声がする。
『ええ、解ったわ。 今度はうまくやるわ』と祥子が言っている。
『ああ、まだ、祥子が続けるのか』とぼんやり思う。 しかし、今は頭がからっぽの感じで、何も考える気がせず、恐怖感も涌かない。
『え、まだ続けるんですか?』と孝夫も言う。
『ええ、そう。 祐治さんはまだ大丈夫でしょう?』
『ええ、本人は大丈夫だってうなずいてますけど、身体には大分こたえてるんじゃないですか?』
『ええ、でも、最後にまた、一番上まで上げてみたいのよ』
『そうですか。 じゃ、慎重にゆっくり上げて下さいよ』
 またモーターの音がして身体が上がり出す。 こんどはどこまでも上がっていく。 私は目をつぶったまま、うつらうつらしている。
 そのうちに足の上の方でカタンと小さな音がして上昇が止まる。 うっすらと眼をあける。 クレーンの桁や天井の梁がすぐ近くに見える。 『さっき、美由紀もこんな天井を見ていたのかな』とぼんやり考える。 首を後ろに曲げて下を見る。 床ははるか下にあって、そこに立ってコントローラーを手に仰向いている祥子の顔が眼に入る。 孝夫もすぐ横に立ってやはり仰向いて私を見ている。 さらに少し離れて入口寄りには美由紀が後ろ手の直立不動の姿勢で心配そうに私を仰ぎ見ている。 身体がぞくぞくっとする。 また眼をつぶる。 もう身体は汗でじっとりしていて、濡れた肌着が身体にへばりついている。 顔にも汗が吹き出してきて頭の先へと流れ出しているのを感じる。
 と、急に足が横にぐっと引っ張られて身体が右に動く。 そしてまた急にカタンとホイストが止まる気配があって、足が逆の方に引っ張られる。 身体だけが取り残され、可成り大きな振幅で、しかもさっきよりずっと短い周期で振子のように振れ始まる。 頭にますます血が下り、顔がほてりがひどくなる。 胸が苦しくなり、息も荒くなる。 手も足も動かぬ身体で身悶える。 顔から汗が飛ぶ。 足首がとても痛くなる。 『あ、遠心力が効いてるんだな』とぼんやり考える。
 左右に振子のように振れながら、身体がゆっくり降り始める。 振動の周期が少しづつ長くなる。 足首の痛さと胸の苦しさにじっと耐えながら、薄眼をあけて上眼づかいにそっと下を見る。 コントローラーを操作している孝夫の心配そうな顔が見える。
 降りるにつれて振子の振れる距離は次第に大きくなり、今は片側1メートル半位もありそうに思える。 祥子の緊張した顔と高手小手のままの美由紀の心配そうな顔が眼に飛び込む。
 身体がやっとかなり下まで降りる。 孝夫が右手をのばして振れて来た私の身体を肩の辺でつかむ。 身体がぐうっと引っぱられて振子振動が止まる。 頭が床から1メートルほどの高さになって下降も止まる。 孝夫がほっとした顔をして『祐治さん、大丈夫ですか?』と声を掛けてくる。 うつらうつらしながらも、返事の代りに軽くうなずく。
『ちょっと息が荒いわね。 それに大分汗をかいてるわね』と祥子が言う。
『そうですね。 こんなに長く逆さに吊られていて、しかも大きく振られたのでは無理もありませんね』と孝夫も言う。



『それじゃもう、祐治さんを下ろして終りにしましょうか』と孝夫が言う。
『ええ、でも、ちょっと待って』と祥子の声。
『え、まだ何かするんですか?』と孝夫がびっくりしたような声を出す。 私も逆さのままで祥子を見詰める。
『ええ、祐治さんを下ろす前に、一度、美由紀と祐治さんとを一緒に吊ってみたいの』
『え、一緒に吊る?』と孝夫が聞き返す。
『ええ、そう。 その積りでわざわざ美由紀をあの格好で待たしておいたのよ。 是非やらせて』
『でも、祐治さんや美由紀さんは承知してるんですか?』
『いいえ、まだ言ってはないけど』
 祥子は私の顔をのぞき込むようにして、『ね、いいわよね?。 祐治さん』と言う。 今さら嫌とも言えず、『むん』とうなずいてみせる。
『美由紀もいいわよね?』と祥子が言う。 向かうで『ええ』と美由紀が小さい声が応えている。
『そうですね。 祐治さんと美由紀さんも承知したのでは仕方ないですね。 でも、もう祐治さんも大分疲れているようですから、これで終りですよ』
『ええ、そうするわ』
 私も観念する。 これでまだしばらくは逆吊りから解放しては貰えず、この格好のままでもう一度きつい洗礼を受けなければならなくなったと。 しかし、嫌だなという思いはない。
『じゃ、美由紀を連れてきて』と祥子がいう。 孝夫は『はいはい』と応え、美由紀をだいて来て私の横に立たせる。
『もうちょっとフックを下げて』と祥子が指示する。 孝夫が慎重にコントローラーを操作する。 私の身体が少しづつ下がり、頭が床に軽くふれた所で止まる。
 祥子は美由紀の背中の紐の先をのばしてフックに掛けた様子。 そして私と美由紀とを背中あわせにして、私の胸の所に紐を掛け、美由紀と軽く縛り合せる。 美由紀の太腿の辺が私の背中に密着するのを感じる。 濡れた肌着がひんやり感じる。 祥子はもう一箇所、私の太腿の付け根のあたりに紐を掛け、また美由紀と縛り合せる。
『これでいいわ。 じゃ、上げてみて』と祥子の声。 私の足にかかっている紐がまた一段と強く締まる。 胸の紐もぐうっと締まり、美由紀の身体が私の身体から少し下にずれる。 足首の痛さが増す。 眼を固くつぶり、口の中の小布れをぐっとかみしめる。
 ぐらっと私と美由紀の身体が揺れる。 そして少し揺れながら上がり始める。
『いいわよ。 その調子』と祥子の声。 『何がその調子なもんか』と思う。
 頭が床から50センチほど上がった所で上昇が止まる。
『祐治さん。 大丈夫ですか?』と孝夫の声がきこえる。 うっすらと眼を開ける。 孝夫が心配そうに見ている。 軽くこっくりをする。
『美由紀は大丈夫よね』と祥子の声。 美由紀が小さい声で『ええ』と応えているのが聞こえる。
『じゃ、また一杯まで上げて』と祥子の声。
『でも、ちょっと』と孝夫がためらっている。
『大丈夫よ。 この吊り方なら、2人を別々に吊ったのと余り変らないわよ』と祥子は言う。 『じゃ』と孝夫の声。 また身体がゆっくりと上がり出す。 私はまた眼を固く閉じる。 足首がとても痛く、ほかのことが考えられない。 ただ『早く終ってくれ』と心の中で希うだけ。 汗も今は気にならない。
 また軽いショックがあって、上昇が止まる。 『すごいですね』と孝夫の声がする。 眼をあけて頭を後ろに曲げて下を見る。 美由紀の足に私の頭が触れる。 下では祥子が写真を撮っている。
『もう、降ろしますよ』と孝夫の声がして身体が降り始める。 また、眼をつぶって歯をくいしばる。 時間が経つのがすごく遅く感じられる。
 やがてまた軽いショックがあって、揺れが止まる。 『ああ、美由紀の足が床に着いたんだな』とぼんやり考える。 胸の紐の締まりがゆるみ、足首の痛みもやわらぐ。 またうつらうつらする。 胸と太腿の紐が解かれ、美由紀の体が私から離れる。 『美由紀、ご苦労さま』と祥子が言っている。
 また身体が少し下がり、頭が床に着く。 誰かが肩を支えてくれる。 眼をうっすらと開ける。 祥子が両手で私の身体を支えている。 横に美由紀が、まだ高手小手で両足も揃えたまま立っていて、心配そうに私を見ている。
 肩が床に着く。 そして腰も床に着く。 足首にかかる力がぐっと減る。 足首の紐をフックから外したらしく、足がそっと床の上に置かれる。 私は動く気力もなく、横になったまま、うつらうつらしている。 『大分、きつかったのね』と祥子の声がする。
 足首の紐が解かれる。 何本かの手が私の肩にかかり、上体を起こしてくれる。 そして高手小手の紐が解かれる。 私は身体中から力が抜けて、なすがままにされている。 手の紐もすっかり解かれ、猿ぐつわのマスクもはずされて、小布れを吐き出す。 またゆっくり寝かされる。 なおも眼をつぶり、手足をだらりと伸ばしたまま、大きい息をくりかえす。
『やっぱり、ちょっと強すぎましたね』と孝夫の声。
『大丈夫よ。 すぐに回復するわよ』と祥子が言っている。
『まだ、あんなことを言ってる』と思う。
 そのうちに大分回復し、息も収まってくる。 眼をあける。 美由紀が高手小手の紐を解かれ、しかし両手は後ろに回したままで上から心配そうにのぞき込んでいる。 足の紐もすでに解かれているようで、両足は軽く開いている。 祥子も横に居て、私が眼をあけたのを見て、『どう、もう大分よくなった?』ときく。 軽くうなずく。 『もう、立てそう?』と祥子。 もう一度うなずく。
 孝夫と祥子が私の上体を起こしてくれる。 私はまだうつらうつらしている。
『もう向うに帰ってゆっくり休みましょう』と孝夫がいう。 『ええ、そうしましょう』と祥子。 そして、『肌着が濡れてるけど、着替えは後の方がいいわね』と言う。 『うん』とうなずく。
 祥子と孝夫が私にスポーツ・シャツを着せ、ズボンをはかせてくれる。 そして孝夫が私の腕を肩にかけて、立たしてくれる。 足がふらつく。 孝夫の肩にすがりながらゆっくり歩く。 祥子が壁のスイッチで天井の蛍光灯を消して、皆で倉庫から出る。 外ではいつのまにか日がかげって薄暗くなっている。
 応接室に戻り、ソファーに横になる。

2.4 休憩

第2章 第1回月例会
04 /29 2017


 時計を見ると、3時半を少し過ぎている。
『今、冷たいものを用意しますから』と孝夫が奥に行って、コップとカルピスの瓶とジャーを持ってくる。 ジャーには表面に露が着いている。 孝夫と祥子と2人で氷の浮いた冷たいカルピスを4人分つくる。
『祐治さんもどうぞ』と孝夫がコップを一つ差し出す。
『うん、有難う』
 私は上体を起こしてコップを受けとり、ごくごくっと飲む。 プレイで大分汗をかいていたので、とても美味い。
 みなが肘掛け椅子に深々と座ってカルピスを飲む。 美由紀にはまた祥子が横に行って飲ませている。 私はコップ一杯のカルピスを飲み干し、口に小さい氷を含んだままでまたソファーに横になり、眼をつぶる。
『まだ、直らないの?』と祥子がきく。
『うん。 もう少し横になっている』
『大丈夫?』との美由紀の心配そうな声。
『うん、もう大分よくなったから、もうすぐ回復するよ』
 口の中の氷が融けてなくなる。
 ちょっとの間、みなが静かにカルピスの残りを飲む音がした後、祥子がまた話の口火を切る。
『やっぱりクレーンっていいわね。 ほんとにプレイをした気がしたわ』
『ええ、そうね』と美由紀が小さい声で同感の意を表す。
『それで、どうだった?。 クレーンで吊られるのは、普通の吊りとやはり感じが違ってた?』
『ええ、そうね。 やっぱり、いつものと大分違うわね』
 美由紀は少し考えながらのようにゆっくり返事をしている。
『特にあたし、吊られたままで横に動くのは初めてだったので、さっきはとても奇妙な感じがしたわ。 何故だかうまく言い表わせないけど』
『そうね。 横にも自由に動かせる所が普通の吊りと違うわね』と祥子が言う。 『それにあれだけ高く吊り上げることが出来るのもクレーンのいい所じゃないかしら?』
『ええ、天井一杯に吊り上げられた時は、あたし、思わずぞくぞくっとして』
『やっぱり、怖くてですか?』と孝夫がきく。
『そうね。 単に怖いのとは少し違うわね』
 美由紀がまた、何かを思い出しているかのようにゆっくり言う。
『吊られるのに慣れてるせいか、落ちたらと言うことは余り考えなかったわ。 でもやはり、何となく怖いの。 そして、このように自分ではどうしようもない姿で天井高く吊り下げられてる、と思うと、奇妙な誇らしさがこみ上げてきて、思わずぞくぞくとしたの』
『何だかよく解らないけど、ずいぶん難しい複雑な心境ですね』と孝夫が感心したように言う。 私には美由紀がうまく言い表わせないでもどかしく思っている気持がよく解るような気がする。
 祥子が話題を変える。
  『それにしても祐治さんを吊ったとき、あたしが自分でクレーンを操作したの、楽しかったわ。 とにかくあたしの指先一つで、祐治さんを逆さに吊ったままで自由に上げたり下げたり横に動かしたりが出来るんですものね』
『でも祥子さんって勇敢ですね』と孝夫が言う。 『僕だって生きた人間をクレーンで吊り上げるのは今日の美由紀さんが初めてですから緊張のしっぱなしでしたよ。 それをクレーンを動かすのがそもそも初めてで、しかも生きた人間を吊り上げて、あんなに速く動かしたりして。 僕は横で見ていて、もうはらはらのしっぱなしでした』
『そうね。 孝夫さんにはすっかり心配させたわね』
 横で見ていた孝夫に心配させたと言っていながら、吊られてた私のことは全然気にしていないのがいかにも祥子らしい。
『でも』と祥子がつづける。 『クレーンをゆっくり動かすのって難しいのね。 特に横に動かす時に見当がつかなくて、少し速く動かし過ぎたようね』
『でもよかったですよ。 祐治さんを箱にぶつけたりしないですんで』
『ええ、ほんとにあれはちょっと失敗だったわ』
 私はうつらうつらしながら、あの木の箱がぐうっと眼の前に迫って来たときのぞくぞくっとした感じを、今は懐かしい経験として思い出す。
『しかし、最後のプレイもすごかったですね』と孝夫が話を移す。 『見ているだけでぞくぞくして来ました』
『ああ、あの美由紀と一緒に吊ったプレイのこと?』
『ええ、そうです』
『そうね。 2人一緒に吊るとやっぱり迫力があるわね』
 祥子も満足そうに言っている。
『でも、大分きつかったんじゃないですか?。 さすがの祐治さんがまだへばってますからね』
『そうね。 思ってたよりもきつかったようね』
『あの』と美由紀が発言する。 『祥子さんがこの間、言っていた、あたしと祐治さんとを互いに逆に縛り合せて吊るっていうの、あのプレイのことだったの?』
『えっ、前にそんな話があったんですか?』と孝夫。
『ええ、この間、祐治さんが祐子さんの姿であたし達のマンションに来たとき、祐子さんと美由紀とが共謀してあたしをだました罰にそう言う吊りを考えたの。 だけど、その場に孝夫が居なかったので出来なかったの』
『ふーん』
『でも、あの時に考えたプレイは今日のとはちょっと違うわね。 今日のは2人を別々の紐で吊ってから後で2人を結び合せたのと同じだから、それほど辛くはなかった筈よ。 それに対して、この間に考えてたのは、2人を共通の紐で縛り合せて、その紐にフックをかけて吊り上げるの。 そうすると紐が2人分の重さでぐっと締って肌にくい込むから、今日のよりずっと厳しい責めになる筈だったのよ』
『うわ、すごいアイデアですね』
 孝夫がまた感嘆の声をあげる。
『でも今日はその代り、あんなに高く吊り上げることが出来て楽しかったわ』
 祥子がまた如何にも満足そうに言う。



 私も楽しい会話に参加したくなる。 ソファーの上に起き上がる。 それを見て祥子が声をかけてくる。
『ああ、もう気分は良くなって?』
『うん、大分よくなった。 それに会話が楽しそうで、寝ていられなくなって』
『それだけ元気が出れば大丈夫ね。 じゃ、祐治さんも回復したようだから、ここでお茶の時間にして、買ってきたケーキをいただきましょうか』
『うん、それがいい』
 皆も賛成する。
『祐治さんはそのまま休んでていいわよ』
『うん、有難う』
 祥子はまた、孝夫と2人でお茶の時間の用意をし、横に置いてあった箱からケーキを出して銘々皿に並べ、紅茶を入れる。 美由紀は後ろ手のままで2人の作業を所在なげに見ている。
 皆がまた席に戻り、早速に紅茶とケーキに手をつける。 美由紀にはまた祥子がお給仕している。
 祥子が私の方に向いて言う。
『ね、祐治さん。 同じ吊りでもクレーンだと大分違うでしょう?。 あれだけ高く吊り上げることが出来ると、それだけでも価値があるわよね』
『そうだね。 確かにそれはあるね』。 私はうなずく。 『本来吊りの効果というものは身体が空中に浮いたら後は高さと関係ない筈だけど、あれだけ高いとそれだけで一種独特な感じがあるね』
 美由紀が大きくうなずく。
『実際、僕も天井一杯に逆さに吊られたときは、思わずぞくぞくっとしたよ。 この前の逆吊りでは頭の高さが精々50センチ位なので、落ちてもという気があったけど、今日は8メートル以上あったから頭を下にして落ちたら間違いなく命がなくなるという思いもあってね。 でもそれは小さな理由で、さっきも美由紀が言ってた、何とも言えない嬉しさ、誇らしさが入り混じっていたための方が大きいようだね』
 美由紀が我が意を得たりという顔をして、またも大きくうなずく。 他の2人もうなずいている。
『それで吊られた感じはどうでした?』と孝夫が訊く。 『高いことを除けば、あまり変りませんでしたか?』
『それはそうだね。 ただ、吊られていて特に今までになかった感じがしてたことが2つあった』
『それは?』
『うん。 一つは祥子や孝夫さんがただ立って指先をちょこちょこ動かすだけで僕の身体が上下左右に大きく動く、という奇妙な感じだ。 普通ならば差動滑車にしても吊る方も紐をたぐったりして結構大変なのに、それが指先一つで自由に動かされているんだから、完全におもちゃにされてる、と言う感じが強くてね』
『そうね』
 美由紀も大きくうなずいて同感の意を表す。
『もっともこの感じは、何をされてもどうすることも出来ないっていう無力感と、それに伴なう快感とにもつながっているけど』
『そうでしょう。 祐治さんも楽しかったんでしょう?』と祥子は我が意を得たり、というような口調でいう。
『まあ、そうかもね』と半分認めて次に行く。 『それからもう一つは、あの天井近くで振子のように大きく振れたときの感じ』
『ええ、あれは予定外でしたね』と孝夫が受ける。 『普通に吊ったんでは、あんなに大きく振れることはわざとそうしない限り、起こりませんからね』
『それで、どうしてああなったの?』
『ええ、それはね』と今度は祥子が受ける。 『天井近くに吊られている祐治さんの姿を感激して見てるうち、ついうっかり、ボタンの一つを強く押しちゃったの』
『ああ、それで急に横に激しく動いたのかい?』
『ええ、そう。 それで急いで緊急停止を掛けたら、祐治さんの身体が大きく横に振れだして』
『ふーん』
『それで僕がすぐ引き取ったんですけど』と孝夫が話を引き継ぐ。 『振れを止める方法がなかったので、慎重に下ろしていったんですけど』
『うん、有難う。 とにかくそれで無事に下まで降りられたんだね』
『ええ、でも、大分心配しました』
『うん、有難う』
 私は「有難う」を連発してから、紅茶を一口飲む。 そして改めてその話題に戻る。
『それにしてもずいぶん大きく振られたね。 一帯、どの位振られたのかな』
『そうですね。 一番大きいときは角度にして45度位まで振れてましたかね』
『ああ、そんなに。 とにかくあんなに振られたの初めてだから奇妙な感じだったね』
『ええ、そうでしょうね』
『しかもそれが往復2秒ほどの短い周期での振動だろう?。 だから遠心力が効いて、頭にはますます血がさがってぼうっとしてくるし、足首の紐が締ってとても痛くなるしで、全く散々だった』
『あら、そんな余分なことが起こってたの?』と祥子が割り込む。
『うん、余分とは言っても自然現象だからどうにもならないよ。 恐らくは遠心力のお陰で、頭や足首には静かに吊られている時よりも5割近くも余分に力が加わっていたんじゃないかな』
『まあ、そんなに』と祥子がまた声を上げる。 『ええ、その位はね』と美由紀はさすがに数学科の学生らしく、すぐに飲み込んでうなずく。
『それで必死になって口のなかの小布れをかみしめて胸の悪さや足首の痛さを我慢してたんだけど、あれで大分へばったようだ。 あれだけ頭に血が下がって、よくまあ鼻血が出なかったものだと感心してるよ』
『ふーん』
 祥子は一瞬、溜め息を漏らす。 しかし、その後、笑いを含んだ顔で言う。
『あたしの操作が下手で悪いことをしたわね。 それともけがの功名で、却って楽しませてあげたことになるのかしら』
『うん、そうだね。 どっちとも言えないね』
 私もそう応えて笑う。
 皆がまたひとしきり、ケーキと紅茶に手を出す。 特に祥子はこまめに美由紀にお給事している。
『それからあの、美由紀さんと一緒の吊りの方はどうでした?』と孝夫が問いかけてくる。
『うん、あれね』と私。 『祥子の理論によると別々に吊ったのと同じだから余り辛くなかった筈ということだけど、実際は吊り上げられた時に美由紀の身体がずるずるっとずり下って、縛り合せた紐を強くひっぱってね』
『ええ、そうなの』と美由紀も言う。 『あたしも祐治さんにぶら下った形になって、とても心配してたの。 でもどうしようもなくて』
『ふーん』
 祥子はまた真剣な顔になって聞き入る。
『それで結局は美由紀の体重のかなりの部分も僕の足首が引き受けたことになってたんじゃないのかな?。 とにかく足首が振子の時と同じ位に痛かった。 もっとも前にすでにへばった後だったから、堪え性もなかったのかも知れないけど』
『なるほどね』と祥子はうなずく。 『色々と考えもしなかったことが起こるものね。 でも、いいわ。 今度やる時はお2人に力が公平に分散するように、もっとうまくやってあげるわ』
『また、やる気なんですか?』と孝夫があきれた顔をする。
『ええ。 チャンスがあればね』
 祥子は澄ましている。
 また紅茶を一口飲んでから祥子が言う。
『それからさっき言ってた、2人を一緒に1本の紐で吊るプレイね。 あれもこのクレーンを使うと簡単に出来そうだから、そのうちにやってあげるわね』
『そうすると』と私が笑いながら訊く。 『また、僕が美由紀と2人で共謀して、祥子をだまして上げなければいけない訳かい?』
『まあ、そういう事ね』
 祥子がすまして言う言葉に、皆が大きく笑う。
 最後に祥子が、『とにかく今日はクレーンを使っての吊りの実験が出来て、色々のことが解ってとても楽しかったわ。 これからも大いにクレーンを活用するプレイを考えて、大いにやりましょうよ』とクレーン談議を締めくくる。
『まあ、いいプレイがあったらね』
『ええ、きっとあるわよ』
 祥子は確信ありげに受け合う。



 しばらくの間、皆が黙ってケーキを食べ、紅茶をのむ。 やがて紅茶もケーキもなくなる。
『さて、これでお茶の時間も済んで、これからどうしましょうか?』と孝夫が皆の顔を見る。
『そうね』と祥子が応える。 『クレーンは今日の予定にはなかったのを急にやったんだけど、今日はあれでもう、たっぷり一日分のプレイをしてしまった感じもあるわね。 もうこれで終りにしようかしら』
『そうですね』と孝夫も賛成の口ぶりで言う。
 祥子が、もう終りにしようかしら、などと言うのをきくと、ちょっとからかってみたくなる。
『祥子にしては随分おとなしいね』
『いいえ、そういう訳ではないけど』と祥子は言い訳のように言う。 『あの、今日はさっきも言った通り、まずは遊戯室で例のスタンドを使って祐治さんに色々な縛りをして上げる予定だったの。 特に縛りの仕上げには祐治さんを磔にして、その姿で孝夫にタバコ責めの実際を見せてあげることを考えていたんだけど、祐治さんがまだ充分には回復してなさそうだから、後の機会に延ばした方がいいんじゃないか、と思って』
 磔と聞いてがぜん興味が涌く。
『え、磔だって?』
『ええ、そう』
『磔って、両手を左右に広げた姿で空中高く柱に縛りつける、本格的な磔かい?』
『ええ、そうよ。 空中高くとはいかないけど、そういう形の磔が出来るスタンドを孝夫さんに作って貰ってあるの』
『ふーん、それは興味があるな』
『あら、そう』。 祥子はちょっと考える風を見せ、私の顔を見つめる。 『でも、祐治さんの今の身体には、まだちょっと無理じゃないかしら』
『いや、僕の身体ならもう大体大丈夫だ』
『ほんとに大丈夫なの?』
『うん、大丈夫だと思うよ。 磔にして貰えると聞いたんで、がぜん元気が出てきた』
『ああ、そう』
 祥子は私の顔を見つめ、またちょっと考える風をする。
『ふーん、すごいですね』と孝夫が改めて感心した顔をする。
 私が付け加える。
『それに、そろそろ遊戯室も見せて貰いたいしね』
『ええ、そうね』と祥子がようやく考えが纏まったかように一つうなずく。 『祐治さんがもう大丈夫と言うのなら、磔とタバコ責めだけでもやってみようかしら』
『うん、それがいいな』
 私が積極的に賛成するのを見て、横で心配そうに話の成行きを見ていた美由紀も、また、『仕方がないわ』という顔をしてうなずく。
『じゃ、やることにするわ』と祥子が決断を下す。 皆がうなずく。
『それじゃ、早速みんなで遊戯室に行きましょう』
 祥子が腰を上げ、皆も立ち上がる。 祥子はまた例の赤いバッグを手に提げ、私も自分の茶色のボストン・バッグをぶら下げる。 美由紀は相変らず後ろ手のままである。

2.5 磔

第2章 第1回月例会
04 /29 2017


 孝夫が先頭に立ち、『じゃ、こっちへどうぞ』と導く。 皆で応接室を出て、先程の階段を降りてホールに出る。 孝夫が左手の幅1間のがっしりした両開きの扉を開ける。 かなり広い白壁の部屋が眼の前に現われる。 奥の右端の天井にガラスが嵌まった明り取りの天窓が開いていて、部屋の中は可成り明るい。 孝夫が中に入って入口の横のスイッチ板に手をやる。 天井に並んでいる蛍光灯が一斉に点灯し、部屋の中が一段と明るくなる。 みんなが中に入る。 重々しい扉がぴったりと閉められる。
『ずいぶん広い部屋だね。 広さはどの位あるの?』
『そうですね。 4間に4間で16坪くらいの筈です。 それに天井の高さは3メートル余りです』
『それで、こっちの戸は?』
 私が入口の扉の左に並んでいる開き戸を指差す。
『ええ、そこは物置です。 古い家具などが入ってます』
 部屋には右手の壁から1間ばかり離れて、太さ10センチほどの白い柱が1間づつ間をあけて3本並んで立っている。 いずれも鉄の柱らしい。 さらに各柱に相対してがっちりしたフックが3つ、さらにそれらの間に1つづつと計5つのフックが部屋の中心線に沿って等間隔に1列になって天井に並んでおり、中央のフックのさらに左にはもう1つのフックがある。 要するに3本の柱と6つのフックとできれいな家型を作っている。 そして左手奥にピンポン台とテレビとが置いてあり、その手前の部屋の中央近くにテーブルが1つあって、その周りに椅子が6脚ばかり並べてあるが、全体としては何となくがらんとしている。
『いい部屋だね』と私は感心する。 『丁度いい柱が何本もあるだけでなく、天井にはフックまで並んでいるんだね』
『ね』と祥子が横でいう。 『プレイのためにわざわざ作ったみたいでしょう?』
『うん、ほんとだ』
 私はうなずく。
『ここはですね』と孝夫が説明する。 『以前に倉庫として使ってましたし、それに簡単な作業もやってましたから、半トン位のものは吊れるようなフックも取り付けてあるんです。 今はこの部屋はピンポンなどの遊びに時々使うだけですけど』
『それでもったいないから、あたし達が便利に使わせて貰ってるの』と祥子。
『ふーん、ただで遊ばせておくのはもったいないからね』
『ええ、そうよ』
 2人で顔を見合せて笑う。
『それからあの天窓ね』と祥子が右手奥の天窓を指差す。 『あれはさっき乾杯の時にも言った通り、シャッターを閉めて、この部屋をまっくらにすることも出来るのよ』
『ちょっとやってみましょうか』
 孝夫はまた壁のスイッチに手をやる。 天窓のシャッターがぐうっと閉まる。 蛍光灯が消える。 完全に暗くなり、少し待っても何も見えない。 ただ、天窓があった所に気のせいか、淡く光の線が見えるような気がする。 また蛍光灯が点く。
『いいね。 ほんとにまっくらになるんだね』
 私は改めて感心する。 また、祥子が言う。
『どう、すっかり気に入って?。 本当に、特別注文して作っても精々この位しか作れない理想的な部屋だわよね』
『うん、そうだね』
 私はもう一度うなずく。



『それでいよいよお待ちかねの磔だけど』と祥子が孝夫に向って言う。 『あの、例の話のスタンドは確か、そこの物置の中にあるのね?』
『ええ、そうです』
『じゃ、さっそく出して十字架に組み上げてくれない?』
『はい、すぐにします。 どこに立てますか?』
『ええ、その中央のテーブルの横あたりがいいわ』
『はい』
 孝夫は立って部屋の入口の左にある物置へ行く。
『ああ、今日は十字架かい』
『ええ、そう。 磔には磔柱をキの字型にして足を開いた形に留めるのもあるけど、今日はまずは十の字の形に磔にするように組み上げて貰うの。 その方が磔にした形がすっきりしているし、工作も簡単だから』
『うん、なるほど』
 その間に孝夫は開き戸を開けて、この前、祥子達のマンションで見たのに似たスタンドを取り出し、両手でぶら下げてきてテーブルの横に置く。 2メートルほどの立柱が純白に照りはえている。
『横木は?』と訊く。
『ええ、高さを自由に変えられるように取り付け式になってるの』と祥子が説明する。
『よく知ってるね。 もう使ってみたことがあるのかい?』
『いいえ、まだ。 この前に孝夫が来て、出来ましたからって写真を見せながら詳しく説明してくれたの。 一度一緒にここに来て美由紀で試してみようかって言ったんだけど、美由紀が祐治さんより先に使うのは悪いからと言って、承知しなかったの』
『あたし、そんなこと言わないわ』と美由紀が後ろ手の身体をくねらして異議を申し立てる。 『あたしは孝夫さんのお家の人が居る所へ行ってそういうことをするのは嫌だ、と言っただけよ』
『同じようなものよ』
『違うわ』
 美由紀はまた身体をくねらせる。 間で私が口をはさむ。
『なるほど、それじゃ僕が、これを最初に使わせて貰う訳か。 光栄だな』
『ええ、そうよ。 感謝なさい』
 4人で大きく笑う。
 やがて笑いも収まって、『じゃ、横木も持ってきます』と言って孝夫はもう一度物置に行き、今度は端に結合具らしいものの付いた長さ20センチばかりのパイプと、2本の長さ1メートル足らずのパイプを結合具らしいものでつないだものを取り出し、戸を閉めて横に持ってくる。
『じゃ、祐治さんに合せて組上げて』と祥子が指示する。
『はい。 で、高さはどうします?』
『そうね、足が床から20センチばかり浮くようにして貰おうかしら』
『はい、解りました。 それでは祐治さん、ちょっとここへ来て、立ってみて下さい』
『うん』
 私はスタンドへ行き、柱を背にして台の上に立つ。 後ろ手に柱を探ってみる。 柱は今度は金属的な冷たい感触で、裏側には5センチほどの間隔で縦一列に小さな穴が開いている。
『ああ、これは鉄なんだね』
『ええ、今度はネジで留めたいと思いまして。 強化プラスチックでは少し強度が不足なのでステンレスにしました』
 孝夫が柱に鉛筆で印を付ける。 私は横にどく。 孝夫はまず20センチのパイプの結合具を立柱の上からはめ、ぐうっと下ろしてきて、私の腰の少し上のあたりの高さで前向きにしてねじで留める。 次に長い2本のパイプをつないだ結合具を立柱にはめ、下ろしてきて私の耳の辺の高さに固定する。
『なる程、考えたね』
『ええ。 祥子さん達のマンションのと同じものでもいいんですが、あれだと接着剤で固定するので後で取りはずしが出来ず、取り扱いが不便なので、これを作りました』
『なるほど』
『ただし、このパイプは前と同じ、強化プラスチックです』
『ああ、そう』
 横棒のパイプに触ってみる。 確かに柔らかい温和な感触で気持がよい。
『じゃ、祐治さん』と祥子が言う。 『磔にしたら、そのままタバコ責めもして孝夫に見せたいので、Mセットと顔の菱紐も掛けておいて下さらない?』
『うん、いいよ』
 私は自分のバッグをもって壁際の手洗いの鏡の前にいく。 そして何時もの通りの手順で、まず小布れを口に含み、唇を閉じたまま布粘着テープとポリテープとで留めて口を厳重に蓋をし、鼻の下にパッドを貼り付け、最後に顔の菱紐をきっちりと掛けてあごを固定する。 孝夫が横で興味深そうに見ている。
『ずいぶん厳重に蓋をするんですね。 これでもう口からは空気が絶対に出入りしない、という訳ですね』
『ええ、そうよ。 このプレイは祐治さんが長い時間をかけて磨き上げたので、とても洗練されてるのよ』
 祥子の説明の口ぶりは少し得意気である。
 私はテーブルのそばに戻って、茶色のバッグの中からタバコ・ペアやローソク、マッチなどの入った紙箱を取り出してテーブルの上に置き、祥子にめくばせをする。 祥子がうなずく。 そして少し笑いを含んだ顔で、『それから今日は祐治さんのヌードが見たいんだけど』と言う。
『え?』と思って祥子の顔を見る。
『ねえ、もうそろそろいいでしょう?。 もっともこの前、変則的だけど祐子さんのヌードは見せて貰ったけど、祐治さんのはまだ見たことないので一度是非見たいのよ』
 私もどうせそのうちにはヌードでプレイをしなければ、と思っていたし、それに肌着が汗に濡れて気持が悪かった所なので、丁度いい機会だと思ってうなずく。
『まあ嬉しい。 じゃあ、さっそく、お願いね』
 私はスポーツシャツ、ズボン、ズボン下、肌着と順に脱ぎ、簡単にたたんで横の椅子の上に置く。 今や私はパンツ一枚と短い靴下だけの姿になる。 地下室のひんやりした空気と、これからこの姿で十字架にかけられるという興奮とからか、身体中にぞくぞくっとしたものが走る。
 その間にちょっとスタンドと天井とを見比べて首をひねっていた孝夫が、スタンドを部屋の中央のフックの下に移し、物置から脚立と差動滑車とを持ってきてフックに差動滑車を掛け、スタンドの立柱の上端の穴に綿ロープを通して滑車のフックに掛けてロープがぴんと張るまで引き上げる。
『万が一、スタンドが倒れると危ないですから、念のために吊っておきました』と説明がある。
『むん』とうなずく。



『手首に紐の痕が残らないように、これを巻いておいて』と祥子が幅の広い包帯2巻きを差し出す。 私は受け取って両方の手首に厚く巻いて、祥子の差し出すセロテープで端を留める。
 ついで祥子が高さ20センチばかりの木の台を持ってきてスタンドの柱の前に置く。
『じゃ、この上に乗ってこのパイプをまたいで』
『むん』
 私は台に乗って立柱を背にして立ち、後ろ手に柱をつかんで身体を支え、柱の前に突き出ているパイプをまたぐ。 股がパイプでぐうっと圧迫される。 立柱に触って、はだかの背中がひやっとする。
『それじゃ、両手を横に伸ばして』
 横のパイプに沿って両手を左右に伸ばす。 祥子はまず右腕の肘のすぐ上とパイプとを合せて2回紐を巻いて縛り付け、腕とパイプの間に紐を回して十字にぐっと絞め上げてから、もう1度紐を2重に掛けて縛り上げる。 次に同様にして左手の肘のすぐ上もパイプにきつく縛り付ける。 肘がびくとも動かせなくなる。 『今日の祥子はずいぶん気合が入っているな』と思う。 孝夫と後ろ手の美由紀が横で並んで、祥子の作業ぶりを食い入るように見ている。
 次に両手の手首にも肘の上と同じように念入りに紐をかけてパイプと縛り合せる。 両方の腕の付け根もパイプにぐっと縛り付ける。 股のパイプのすぐ下の所で両方の太腿を縛り合せ、立柱にきつく縛り付ける。 股への棒の圧迫が一段と強くなり、快い痛みが走る。
 両足首も揃えて立柱に縛りつける。 胸を立柱に縛り付け、その紐を先を胸の前で十文字に交差させ、肩に回してたすき掛けにして、もう一度立柱に縛り付ける。 そして最後に下腹の所にも紐を回して立柱に縛り付ける。 今や私は家型の頂点をなすフックの方に向いて十字架にきっちりかけられて、もう身体中で動かせるところが殆どなくなる。 紐の圧迫感が全身を締めつける。
『どう?、これで。 きっちりして気持がいいでしょう』
 祥子が私の心中を見透かすように笑いながらそう言う。 確かにうっとりした気分になりかかっている。 だが両手を水平に伸ばしたまま固定されたこの縛りには、いつもの後ろ手での柱縛りとは大分違った感じがある。
『じゃ、最後に足の台をはずすわよ』と祥子がいう。 軽くうなずく。 孝夫が腰の辺を少し持ち上げるようにし、祥子が足の下から台が引き抜く。 孝夫がゆっくり下ろすようにして手を離す。 身体がずるっと少し下がり、股にパイプからぐうっと力が加わる。 体中の紐がぐうっと締まって胸や腹を一段と圧迫し、腕の付け根や肘など体のあちこちに痛みがはしる。 思わず『むっ』と声を出して、口の中の小布れをぐっとかみしめる。
 3人が前に立つ。 『いいですね』と孝夫が声を上げる。 『ほんと。 思ってたより形よく仕上がったわね』と祥子も満足そうに言う。
『でも、あんなに紐が肌にくい込んでて大丈夫かしら』と美由紀が心配そうに言う。
『そうね、大分くい込んでるわね』と祥子。 『でも大丈夫よ。 祐治さんはきっと嬉しくてうっとりしてるわよ』
『そうかしら』
 美由紀はまだ心配そうにしている。
 私も『何をまた』と言う気になる。 今は歯をくいしばって体中の紐の圧迫や痛みを堪えている。
『そうね』と祥子が感心したような顔をする。 『こうして見てると磔は吊りの一種だということがはっきり解るわね。 磔の時、足のかかとだけでも掛かるような何か出っ張りでも作っておけば、紐があんなに肌にくい込むこともないでしょうけど、それでは魅力が半減してしまうので、祐治さんもお喜びにならないわよね』
『ええ』
 美由紀もうなずくが、なおも浮かない顔をしている。
『ちょっと記録を取っておきますから』と言って、孝夫が周囲を回って何枚か写真を撮る。 そしてまた、2人と並んで私を観賞する。
 3人がそのまま黙って私を見ている。 紐1本で吊り下げれるのも身体がゆらゆら揺れて不安定であるが、それ以上落ちるはずがないと感じているいう意味でそれなりの安心感がある。 しかし、この様に足の下に何も踏むものがない形で柱に縛り付けられているのはいかにも心許ない。 それに重心が柱よりかなり前にあるので、今にも柱と一緒に前につんのめって顔を床にぶつけそうで、極めて不安な感じがある。 孝夫が立柱の上端をロープで吊っておいてくれたのがしみじみ有難く感じる。
 時間が経つにつれて股の所の圧迫が段々強くなる。 身体中の紐の締まり方もますます強くなる。 もう両手の指の先の感覚が大分薄れてきている。 顔や腕などに汗がにじみ出してきているのを感じる。 呼吸も少し荒くなってくる。 『早く次のステップへと進んでくれないかな』と思う。 次のステップはタバコ責めの筈である。 それは今よりももっとずっと苦しく辛いことになるであろうが、とにかく何か変化が欲しい気がするし、この姿勢でのタバコ責めについては私自身もなにがしかの期待を持っている。 もちろん口を蓋してあるのでそんな思いも伝える手段はない。
『呼吸が何時もより荒いようね』と祥子が言う。 さすがに観察が細かい。
『そうよ。 この磔ってそれだけでとてもきついのよ。 身体中であんなに紐がくい込んでるんですもの』と美由紀が言う。
『そうね。 そうだとすると、これにタバコ責めを加えるのは無理かしら。 でもそれはちょっと残念ね』
 祥子が何時になく、弱気なことを言う。 私は慌てて首を横に振る。
『あら、祐治さんが首を横に振ってるわ』と祥子が言う。
『ほんと』と美由紀。
『とすると、このままでタバコ責めをしても大丈夫だと言うの?』と祥子が念を押してくる。 こっくりしてみせる。
『それじゃ、ご希望に副って予定通りにタバコ責めもやることにするわよ。 それでいいのね』
 もう一度、大きくこっくりしてみせる。
 ぞくぞくっとしたものが身体中を走る。 孝夫がまた、『すごいですね』と言う。 美由紀が『仕方ないわ』という顔をする。



『それじゃ、早速、始めるわね』と祥子がいう。 すぐにこっくりしてみせる。
『今日は祐治さんも疲れているでしょうし、きつい磔と一緒だから、一番軽い2号にしておくわね』
 またこっくりする。
 祥子はテーブルの上の紙箱の中から缶を取り出し、その中から吸口に淡青色の紙の巻いてあるタバコペアを出す。
『確か、これが2号だったわね』
 私はまたうなずく。
『「にごう」って何ですか?』と孝夫がきく。 祥子は手に持っているタバコの吸口を示して説明する。
『ここに巻いてある紙の厚さを言うの。 2号が一番薄くて、4号、8号の順に倍、倍と厚くなるの』
『ふーん』
 しかし、孝夫はまだよく解らないらしく、もう一度訊く。
『それでその紙にはどんな役割があるんですか?』
『ええ、それはね。 孝夫もタバコ責めと言うのは、口を蓋して両方の鼻の穴にタバコを差し込んで火をつけて、呼吸する度に嫌でも一緒にタバコの煙をたっぷり吸わせるようにするものだ、と言うのは知ってるわよね』
『ええ、そう聞いてます』
『ところがこの紙がないと、吸口と小鼻との間の隙間を通り抜けてタバコをバイパスしてしまう空気が多くて、タバコ責めにならないんですって。 そこでその隙間をこの紙で部分的に塞いで、火のついたタバコを通った空気を多く吸うようにしてるんだそうなの。 それにバイパスする空気を制限すると、それだけ強く大きく呼吸しないと息が詰まってくるから、これは息苦しさと煙を吸い込む量の調節にもなってるの。 そしてバイパスの程度は紙の厚さで決まるから、一番薄い2号が一番軽い責めということになるのよ』
『ああ、なるほど』
 孝夫も今度は納得したような顔をする。
 祥子はタバコペアの細紐をほどき、私の2つの鼻の穴にタバコを1本づつ差し込んで、細紐をうなじに回して結び合せる。 私の少し荒い呼吸が長く大きい呼吸になる。 火をつける前からこんなに大きな呼吸を余儀なくされていて、果して火をつけた後でもつかしら、と心細くなる。 しかし、もうどうしようもなく、ただ祥子の判断を待つだけだ、と覚悟を決める。 孝夫がまた写真を撮る。
 それから祥子はまた紙箱の中からローソク立てを出し、2本のローソクを立ててマッチで点火する。 そして孝夫に『明りを消して』と指示する。 孝夫が入口の横に行ってスイッチを押す。 天井の蛍光灯が消える。 暗い中で祥子の手のローソクの炎だけが明るく輝いていて、3人の姿がぼうっと浮かんで見える。
 祥子が前に来て私の眼をじっと見る。 そして『いいわね』と念を押す。 私がこっくりする。
 祥子は私の呼吸をはかって鼻の前の下の方にローソクの炎を差し出す。 大きく息を吸う。 鼻から吸った空気の中にいつものタバコの煙の刺激を感じる。 息を吐く。 タバコの煙が眼に入り、涙が出てくる。 また息を吸う。 また強い煙の刺激を感じる。 どうやら一度でうまく点火したらしい。
 祥子はなおも2~3呼吸の間、タバコの先と私の眼とを交互に見ていたが、やがて『大丈夫ね』と言ってローソクの火を吹き消す。 あたりが真っ暗になる。 出来るだけ静かに呼吸をくり返す。 とても苦しいが何とか我慢がつづく。 身体中がじーんとして、力が抜けていくような気がする。
 しばらくの間、静かに時が流れる。
『なるほどきれいですね』と孝夫の声がする。
『ほんとね。 2つの赤い火の玉が明るくなったり暗くなったりするのは何回見てもいいわね』と祥子の声。
 暗い中でカメラのシャッターを切る音が2回ばかりする。 そしてまた2回ばかり、フラッシュがあたりを一瞬明るく照らす。
 眼の前に急に2つの火の玉が浮かぶ。 『あ、また、祥子が鏡を差し出してくれたんだな』とぼんやり思う。
 今まではいつも足が床に着いていたが、今日は足が浮いていて頼りない中でのタバコ責めである。 それに今は上半身がヌードで両手が無防備に真横に開いたままなので感じがまるで違う。 鼻の奥が呼吸の度に生暖かくなる。 すっかり酔ったような気分になり、紐の締めつけによる身体中の痛さがそれほど気にならなくなる。 呼吸の苦しさに意識が集中する。
 呼吸が次第に荒く速くなってくる。 ちょっとせき込む。 しかし、咳がつづくのを懸命に抑える。
 呼吸がさらに荒く速くなる。 一心に呼吸の数を数える。
 呼吸の数が50近くになる。 眼の前の2つの火の玉も最初に比べると互いにずっと近付いてみえる。 呼吸はさらに荒くなってくる。 どこも動かすことの出来ぬ身体で『もう少し、もう少し』と懸命に我慢する。 あごから汗がぽたっと落ちる。
 そのうちに右の火の玉がすうっと暗くなる。 『あっ、火の玉が一つ消えていく』と孝夫の声がする。 右の火の玉はますます暗くなり、そのうちにすうっと見えなくなる。 とてもいとしく感じる。 そして左の火の玉も暗くなり、消えていく。 あたりは完全の闇になる。 ほっとする。
 しばらくの間、誰も動かず、静寂があたりを包む。 私は鼻の穴に残ったタバコの吸口をすうすう言わせながら、苦しくなった呼吸を取り戻そうと、精一杯大きな呼吸をつづける。



 やがて、『終っちゃった』という祥子の声がする。 誰かが壁の方にゆっくり行く気配がする。 急に蛍光灯が点く。 まぶしさに思わず、眼をつぶる。 やがておずおずと眼をあけると、祥子が笑い掛けてきて『ご苦労さま』という。 『ほんとに、よかったですよ』と孝夫も言う。 美由紀も後ろ手のままで、ほほえんでいる。 私はまだタバコに酔った気分で、うつらうつらしながら大きい呼吸をくり返す。 呼吸は少し楽になり、それと共に身体のあちこちの痛みがよみがえってくる。 思わず『むーん』とうめき声を出しそうになり、懸命にこらえる。
『今日は2号だったのにかなりよく効いたようね。 やっぱり疲れているのね』と祥子が言う。 そして私の頭の後ろに手を回して細紐を解き、鼻の穴からタバコの吸口を取り去ってくれる。 久しぶりに新鮮な空気を鼻から存分に吸い込む。
『早く十字架から下ろしてあげましょうよ。 もう肌の色もあんなに変っているわよ』と美由紀が後ろ手の上半身をよじるようにして切なさそうに言う。
『そうね。 でも、せっかくこんないい形に縛ったのに勿体ないわね。 何か他にやって面白いこと、ないかしら』
 祥子は落ち付いている。 その間も私は歯をくいしばって身体中の痛みをこらえる。
 祥子が『あ、そうだ』と言って、私の右の脇の下をくすぐり始める。 私は身体中の皮膚が麻痺してしまったかように、全然くすぐったさを感じない。 やがて祥子も私の反応がないままに諦めて止めてしまう。 そして『ちっともくすぐったがらないわね』と残念そうに言う。
『そんなことを感じない位、極限状態に居るんじゃないですか』と孝夫が言う。 『紐もひどく肌にくい込んでるし、顔色も悪いし、顔もゆがんでますよ』
『そうね。 十字架って思ったよりきついようね』
 祥子は初めて気がついたかのような顔をする。
『もう、下ろして上げましょうよ』と美由紀がまた切なさそうに言う。
『ええ、そうしましょう』
 祥子もやっと同意する。 ほっとする。
 所が孝夫が、『でもちょっと待って下さい。 せっかくですから、極限状態の祐治さんを少し記録に撮っておきますから』と言って2人を止める。 ちょっと恨めしくなる。 でも、もう少し、とまた歯をくいしばる。
 孝夫がカメラを構えて、顔のアップを含めて5~6枚写真を撮る。
『はい。 もう結構です』
『じゃあ』
 祥子がまず足の下にさっきの足台を押し込もうとするが、私の身体が大分ずり下りていてうまく入らない。 孝夫が私の身体を抱えるようにして少し持ち上げる。 麻痺した皮膚に痛みが走り、ぎくっとする。
 足の下にやっと台が入る。 孝夫が手をはなす。 久しぶりに自分の足で立つ。 股の圧迫感や腕の紐が少しゆるみ、それと共に皮膚の痛みが一斉に戻ってきて、また歯をくいしばる。 でもほっとする。 それと共にせっかくの縛りをこれで解かれてしまうのは惜しく、もう少しこのままでいたい気がしてくる。 しかし、何時ものことながらそれを伝える手段はない。
 祥子は手早く手首や肘の紐を解いていく。 孝夫も足の紐を解いてくれる。 体の紐も解かれてすっかり自由になり、股のパイプからも降りて、その場にしゃがみ込む。 紐の痕がぴりぴりし、手足がじーんとしている。
 美由紀が後ろ手のままで横に来て、『大丈夫?』と心配そうにきく。 まだ顔の菱紐などは掛けたままなので、『うん、大丈夫』の積りでうなずく。
『そうね。 祐治さん、もう大分消耗してるわね』と祥子も言う。 そして、『まだやりたいことは残ってるけど、今日はもうこれで止めておいた方がよさそうね』と残念そうにつけ加える。
『そうですよ』と孝夫が言う。 『いくら祐治さんだって、そんなに続けてこんなきついプレイをしたら身体に悪いですよ』
『そうね。 それじゃ、今日はもうこれで終りにするわ。 クレーンですっかり楽しんだし、十字架も試してみたし、それに孝夫さんにタバコ責めも御披露したしするから』
 そう言う祥子の言葉に、私は少し惜しいような気もする。
『それじゃ、もう菱紐やMセットも取ってもいいわよ』と祥子が言う。 『むん』とうなずく。
 やがて気力が少し回復してくる。 自分で顔の菱紐をほどき、布粘着テープをはがし、ポリテープもほどいて取る。 口でため息をつく。
 ついで手首の包帯も取る。 見ると手首は包帯に保護されていたので全体的に赤くなっているだけだが、二の腕の付け根や肘や、それに太腿などにはくっきりと紐の痕がついている。
『大分紐の痕がついたわね』と祥子が言う。 しかし、『でも大丈夫よ。 2~3日もすればすっかり消えるわよ』とすまして言い、『そうよね、美由紀?』と同意を求める。 『ええ、多分』と美由紀も言う。 私は『消えるのに2~3日もかかるのか。 その間は半袖を着て外へは出られないな』とぼんやり考える。
 滑車や脚立を片付け終って、孝夫が『じゃ、また上に戻りましょうか』と言う。 私もスポーツ・シャツを直接に肩に掛け、ほかの脱いだ衣類を手に持って、孝夫の肩につかまりながら皆の後について応接室に戻る。 ソファーにぐったり座り込む。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。