2ntブログ

第2部 プレイ展開期編

第2部 プレイ展開期編
04 /01 2017
第2部 プレイ展開期編 ではいよいよ「かもめの会」の月1回の定例の会:「月例会」が始まり、皆で次々と新しいプレイを企画・実行して楽しみます。 また 月例会とは別に、私(祐治)が FD、H遠足 などの新しいプレイを披露します。

目次


 第1章  FD
私が女装して外出し、美由紀に会い、祥子を訪問する。

 第2章  第1回月例会
第1回月例会を開き、天井クレーンを用いた吊りなどを楽しむ。

 第3章  ノーアイオウ
1日半を飲食・排泄なしで過ごし、仕上げにH遠足を行う。

 第4章  第2回月例会
炎暑責めなどの新しいプレイを試み、楽しむ。

1.1 FD外出

第1章 FD
04 /29 2017


 祥子の誕生日パーティから一週間余りたった日曜日の朝、私は8時頃に眼をさます。
 ベッドから起き出し、寝巻のままでLDKに出ていって遮光カーテンを開く。 白のレースのカーテンを通してさっと明るい光が入ってくる。
『ああ、昨日につづいて、今日も天気はよさそうだな』
 レースのカーテンを開け、ベランダのガラス戸も開けて空を見る。 天気は薄曇りで、一面の淡い雲を通して薄日が差している。 気温もそんなに高くはない。 今は梅雨の真最中であるが、昨日からは梅雨全線がかなり南に押し下げられているとかで、北からの涼しい空気が流れ込んでいて比較的涼しく、湿度も低く、今の時期としては凌ぎ易い天候になっている。
 寝巻を脱いで下着のままで洗面所に行き、歯をみがく。 それからLDKの食卓の上のジャーからお湯をとってきてひげを剃り、顔を洗う。 すっきりする。
 部屋に戻ってズボンをはき、上は肌着のままで簡単な朝食をつくる。 そして9時からテレビで日曜美術館をみながらゆっくりと朝食をとる。 今日はレンブラントの生涯を追った作品観賞で、楽しい観物だった。
 その後、この1週間の間にすっかり散らかった机の上をあれこれ片付けているうちに昼近くなる。 ふと思いついてプレイ用品の箱を開けてみる。 プレイ用のタバコの買置きが1個だけ残っている。 タバコとの連想で、久しぶりに無性にFD (Female Dressing)での外出がしてみたくなる。
 私はプレイ以外ではタバコには全く縁がない。 そしてプレイ用のタバコを仕込む時は原則として完全なFD姿で外出して、どこかの売店で女店員と相対で2つづつ買うことにしている。 ただし、タバコの買置きがなくなり、しかも煙草プレイがしたいのにFD姿で外出する機会がない、というような時には、例外として他のプレイ姿で外出して自動販売機で買うこともある。 例えば、外から見える所以外を全部F用の下着で固めたいわゆるFU(Female Underwear) 姿で、さらに乳首に洗濯ばさみではさんで痛さを我慢しながら買いに出る、というように。
 テレビで正午の時報の前の天気予報を見る。 今日は午後も「曇時々晴」の天気で、気温は比較的低く、最高温度で22度程度との事である。 FDでの外出は余り肌を露出する真夏はやりにくいし、そういう服装も私はあまり好きでない。 それで通常は真夏は避けて、気候の良い春、秋に行なうことが多い。 今日はその意味では大分時期が遅いが、最高温度も22度程度で湿度も比較的低いということならば、私の好きな長袖のブラウスとツーピースを身に着けてもそんなに汗をかかずに過ごせそうである。 思い切ってFD外出を実行することにする。



 残っていたパウンドケーキ1切れと紅茶とで簡単な昼食をすませてから、さっそく準備にかかる。 まずパンツ一枚になり、浴室で髭を丁寧に剃り直す。 私は髭は余り濃い方ではないが、それでも1日たつと少し目立つようになる。 そこでFD外出の時は特に丁寧に剃っておいて、時間がたっても髭が伸びて化粧が浮いたりしないようにしておく。
 ついで肘から先の腕や手の甲の毛も丁寧に剃り落す。 その後はぬるま湯で顔と腕をよく洗い、男性クリームを塗り込んでおく。 胸も上の方で目立つ毛だけを簡単に落しておく。
 6畳に戻って着ていたものをすべて脱いですっ裸になり、トイレに行って出るものをすっかり出す。 そしてまた6畳に戻り、まずPセットをする。
 Pセットでは小物用のポリ袋( 15 センチ× 25 センチ)と長さが約 1.2メートルの細い麻紐、それにバッファー用の小布れとを用意する。 そしてまず、ポリ袋の奥の一つの角がPの先に当るようにPを包み、その根元を麻紐で2巻きして結び留める。 次にそのポリ袋の上の部分でSを覆って、Sの根元でPと一緒に麻紐の先を2巻きして結んで留める。 その際、小布れを2~3重に折りたたんだものをSの根元の下側に当て、その上に紐を巻き絞るようにする。 このバッファーの小布れがないと麻紐がSの下部に食い込んで、すぐに痛くて我慢が出来なくなる。 以上の操作の後、さらに袋の余った部分を裏返すように折り返し、もう一度PとSとを包みこんで根元に麻紐の先を巻き締めて結んで留める。 こうしてPとSとはポリ袋により2重に包み込まれ、全体が丸い鞠のような形に整形される。
 PセットはFDでは欠かせない手段である。 それはPの根元を紐で縛って締め上げて常にPの存在を意識させると共に、それを密封してM機能を圧殺し、私は今確かにFに変身してるんだ、という自覚を生じさせる。 FDでは外から見える所はもとより下着の類までFのものを用いるが、それだけではなくて気持までも全てFになりきる所にその精髄がある。 Pセットはその第一の手段である。 その外にPセットには、Pの根元の緊縛により放尿が物理的に防圧されて、下腹が張ってもそのままでは漏らすことすら出来なくなる、というM的な要素や、ショーツの汚れを防ぐという実際的な機能もある。
 次に下着をつける。 まず生理用ナプキンのチャームナップ・ミニを一つ取り出して股に当て、生理用ショーツをはき、その上に黒の厚手のズロースを重ねる。 腿にくいこむズロースのゴムの感触が気持よい。 生理用ナプキンは、アヌスの周りの異物感によりFの象徴であるナプキンの着用を自覚する心理的満足感と共に、アヌス付近の汚れからショーツをまもる実際上の意味も持っている。
 ズロースの上にカメル色のタイツをはき、さらにその上にセーヌ色のパンティ・ストッキングと白色のパンティ・ストッキングとを重ねてはく。 これで少し黒くなりかかっている脚の毛が完全に隠され、なめらかな肌の素肌の脚に白のストッキングを穿いたような感じになる。 また、太腿から腰にかけてぴったり締まった感じがとても良い。
 胸にはワコール製品のパッドを入れた白の綿のブラジャーをつける。 パッドの裏側には古いパンティ・ストッキングを片脚づつに切った詰め物がしてあって、つぶれるのを防ぎ、胸のふっくらした感触を出すようにしてある。
 ブラジャーをつけた上に3分袖のスリーマーを着る。 胸のあたりをレースであしらった純白のものである。 袖口や裾も縁が簡単なレースで飾られていて、優雅な気分にさせる。 女の子はいつもこんな下着で楽しんでいるのかと思うと、少し羨ましくなる。 胸に手をやると、ブラジャーによる胸のふくらみが手の平に心地よく感じる。 スリーマーの裾をパンティ・ストッキングの中に押し込む。
 それから洗面所に行って顔のメイクをする。 まずローションで肌を整え、その上にベース・クリームを丁寧に塗り込む。 そして5番のファンデーションで髭の剃り跡を消しながら顔全体の肌の色を整え、さらに3番のファンデーションを重ねて特に口の周りの色が髭により黒ずんでいるのを調整する。 これで肌の色に関してはかなり自然になる。 下着の汚れ防止用に湯上がりタオルを肩に掛けてから、顔の肌にフィニシング・パウダーをパフで叩きつける。 そしてたっぷり3分間ほど待ってから、ぬるま湯で余分のパウダーを軽く洗い流し、ティッシ・ペーパーで軽く抑えて水分を取り去る。 これで肌のメイクは終る。
 かねて用意のかつらをかぶる。 私の髪は少しアレンジすれば女の子としても通用するようになっているが、本格的FDにはやはりかつらを披った方がぴったりする。 かつらはパーマで全体に軽くウエーブがかかっており、耳を四分の三ほど隠して、毛の先が軽く内側に巻いている。 前の方もひたいの半分程を隠して、やはり内側に少し巻いており、私の気に入っているおとなしい髪型である。 かつらの位置を納得のいくまで調節し、ヘア・ブラッシで毛並みを整える。 これで顔はすっかり女の子らしくなる。
 それから口紅を出して、まず紅筆で唇の輪郭を丁寧に画いて、スティックで中を直接に塗り込める。 口紅の色は私の好みで鮮明な赤である。 FDとなるとやはりことさらにFを強調したくなる。 そのためにはやはり唇は赤くなければ、という気になる。
 ティッシ・ペーパーをくわえて余分の口紅を取り去る。 軽く頬紅とアイ・シャドウも入れる。 最後に愛用のサングラスをかける。 これはやや濃いブラウン色のサングラスで、少し気になる眉毛の太いのを半ば隠して印象をやわらげてくれる効果を持つ。 これで顔と頭はすっかり用意が出来る。 鏡を見てにっこり笑ってみる。 一応満足のいく出来ばえである。
 次に6畳に戻って服装を整える。 まず白のシャツ・ブラウスを着て前ボタンと手首のボタンをかける。 胸の辺に単純なフリルのついた簡素なブラウスで、私のお気に入りである。 胸のふくらみの線が美しい。
 上には3~4枚あるFD用の服のうち、どれにしようかと少し迷った末、もう夏だからということで明るい萌黄色のツーピースを着ることにする。 まず浅いプリーツの入ったスカートをはき、ブラウスの裾をスカートの中に入れてきちっと形を決める。 そしてその上に上着を着ける。 袖は丁度手首まである。
 姿見の前に立ってみる。 なかなか可愛い女の子に見える。 持物は白のハンドバッグとし、中に腕時計、ティッシ・ペーパー、手帳とサインペン、札入れ付きのえんじ色のがま口、および風呂敷を入れる。 また口紅、5号と3号のファンデーション、小容器に入れ直したフィニシング・パウダー、パフなどの簡単な化粧道具も一つの小さいポリ袋にまとめて入れて中に納める。 コンパクト・ミラーも入れる。
 これでFへの変身完了として、ハンドバッグを右腕に掛けて、もう一度姿見の前に立ってみる。 ややうっとりした気分になる。 時刻はすでに1時半を回っている。
 玄関に出て、履物の戸棚から靴の箱を出す。 今日はかかとがサンダル式の革紐になっている白のパンプスで、かかとの高さが7センチ程の靴をはくことにする。 背が高い女の人がかかとのぺちゃんこな靴をはいていると、他の人から「ああやっぱり」と思われてますます背が高く見られる、という話を何かで読んだことがある。 私も背の高さは 174センチあるから、女の子としては非常に高い方に属する。 従ってかかとの少し高目の靴を履いたほうがかえって目立たない、の思惑がある。 それにスカートとハイヒールはFの象徴として、FDをするようになる前からあこがれの的であった。 今もスカートとハイヒールでないとFDの気分が出ない。
 一度、中に戻って、戸締りや火の元、水道の栓などを確かめ、明りを全部消す。 玄関に戻っていよいよハイヒールをはく。 右手の指で靴の革紐をかかとに掛け、まっすぐ立ってみる。 足の指の先にぐっと力が加わる。 久しぶりでとても気持がよい。
 玄関の鍵を右手に持って耳をすませる。 私の家の入口がある外廊下にはエレベーターからこちらに5戸分の入口があり、私の家は奥の階段から2軒目にある。 外廊下は左にずうっといくとエレベーターの所で少し屈曲していて、その先の廊下との見通しはきかない。 また右に行くと突き当って右手に階段室がある。 耳をすませると廊下を歩く人の足音は大体わかる。 FDは自分だけの秘密の楽しみなので、やはり家を出て玄関の扉に鍵をかけている所を人に見られるのは望ましくない。 そこで家を出るときは慎重に耳をすませて、廊下に人の居ないことを確かめてから出ることにしている。 幸い今は人の気配は全くない。
 扉を少し開けて、もう一度人の気配を探る。 そして、何の気配もないことを確かめて、さっと外に出て、手早く鍵を掛ける。 念のためにノブを回して引いてみて、鍵の掛かっていることを確かめる。 さっと左へ歩き始め、後も見ずにエレベーターに向う。 今日も私が出る所を見ていた人は居なかったようである。 一応ほっとする。



 エレベーターの前に出る。 下りのボタンを押し、エレベーターが1階から上がってくるのを待つ間に、玄関の扉の鍵をハンドバッグに納める。
 エレベーターの表示は5階を通り越して6階に行く。 そしてちょっとして5階におりてくる。 扉が開く。 中に顔だけ知っているどこかの若い奥さんが1人で居る。 中に入り、扉の方に向いてなるべく奥さんの方は見ないようにする。 それでも何となく奥さんの方が気になる。
 扉が閉まってエレベーターが下り出す。 奥さんも私を見ない振りをしてちらりちらりと見ている様子。 普段の私の顔ならば先方も見覚えあるだろうが、今はFD姿なので分る筈はない。 それとも私の顔に何か見覚えがあるような気がして、一生懸命思い出そうとしているのかしら。 先方にしてみれば自分のマンションのエレベーターで背がとても高い見知らぬ女の子と2人きりに乗り合せたのであるから、気にするなと言うほうが無理とは思うが、ちらりちらり見られると、私の女の子姿にどこか不自然な所があるのではないかと思って、やはり大分緊張する。 1階までの下りの時間がとても長く感じられる。
 1階に着く。 扉が開く。 私は先にマンションのロビーに出て、後ろも見ないで入口から前の道路に出る。 またほっとする。
 地下鉄のK駅に向ってさっさと歩く。 かかとの高いハイヒールを履いてさっさ歩く感触がたまらなく良い。 路で何人かの人とすれ違うが、誰も私の事を気にかける様子はない。 同じマンションに住んでいてよく挨拶を交わす中年の奥さんともすれ違うが、私の方はちらとも見ずに行ってしまう。 FD姿では、誰にも気にされずに行動できるのが不自然さのない女の子と見られている証拠で、最も望ましい状態である。
 K駅に着く。 生理用ナプキンの残りが大分数少なくなっていたことを思い出し、行きつけの駅前のスーパーに入って何時も使っているチャームナップ・ミニを買う。 棚から28個入り一包みをとり、レジに行ってほとんど口の中で『お願いします』と言いながら差し出す。 よく顔を見るレジの女の子が無表情で受け取り、レジに打ち込んで、『 265円です』と機械的に言う。 五百円玉を出して品物とお釣りとを受け取り、品物を風呂敷に包んで外に出る。
 生理用ナプキンは男ではちょっと買いにくい品物の一つである。 そこで大概はFDで外出した機会に買うことにしている。 それにFD姿での買物は、口をきかずに機械的に出来るという理由で、自動販売機を除けばスーパーでするのが気分的に一番楽である。 今日もレジの女の子は、私のFD姿に何の疑問も持ってないように極く自然に扱ってくれた。 嬉しくなる。
 駅の階段を降り、今日は渋谷行の切符を買って自動改札口を通ってホームに入る。 ホームには人はちらほら居るだけである。 やがてステンレスむきだしの車体の6両編成の電車が入ってくる。 幸いにすいていて、座席が半分ほど埋まっているだけである。 少し広くあいている所を選んで腰を下ろす。
 斜め左前の席に50才ほどのどこかのおばさんが座っていて、私の方を見ている。 ちょっと顔がほてる。 スカートの裾の乱れを直し、足を揃え、膝にハンドバッグをおいて両手を軽く添え、やや下を向いて、ほほえみ加減の顔でなるべく神妙な態度を取る。 おばさんは20秒ばかり私の方をちらちら見ていたが、やがて眼をそらせる。 緊張がやわらぎ、ほのぼのとした気分になる。 恐らくは私の女の子姿に不自然さがあったというよりは、大柄なので目を引いたのだろう、と都合よく解釈する。 とにかく、この位の年配のおばさんは一番遠慮なくじろじろと人を見るので、一番苦手である。
 そのうちに電車は段々と混んできて席がすっかり埋まり、立ってる人も大分でてきて、先程のおばさんの姿も陰になって見えなくなる。 もう私のことを気にしてそうな人は居ない。



 やがて電車は渋谷に着く。 人波にもまれながらホームにおりる。 先程のおばさんはもう一度ちらっと私の方を見て、それからさっさと行ってしまう。 大分執念深いな、と思う。 駅を出る。 時刻はもう午後の2時頃で、あたりはかなりの人出である。
 まずTデパートの3階へエスカレーターで上り、トイレに行く。 この階は婦人服売場で、トイレは化粧室と一体につくられていて婦人専用である。 入口からさっと中に入っていく。 入口で中年の奥さんとすれ違うが、先方は少しも気にした様子を見せずに出ていく。
 最初のうちはFD姿で婦人用トイレに入っていくときは非常に緊張し、中に居る女の人がみんな自分の方を見ているような気がして落ち着かなかったが、最近は大分慣れて人の眼が気にならなくなった。 それと共にこちらの態度が自然になったのか、婦人用トイレの中でも私の事を気にする人が居なくなったような気がする。
 売場から入ってすぐ左に曲がり、通路を10歩ばかり行って化粧室の入口につく。 化粧室は入口から見ると右手と正面の2つの壁に化粧台が並んでいて、左手奥がトイレになっている。 そして化粧台のある壁は腰の高さから天井までの一面の鏡が壁全体に張りつめてあって、腰の高さの張り出しに適当な間隔で手洗いのボウルが8つばかり並んでしつらえてある。 全体としては淡いブルー系統の色調の涼しげな部屋である。
 まず左手に行き、トイレの一番奥の個室を借りて形だけ用をたす。 個室に備えてある便器の多くは和式であるが、奥の2つの個室のだけは洋式なので座って足を休めることが出来、いつも愛用している。
 トイレを出て化粧台のボウルの一つの前に立ち、鏡に向う。 先客に若い女の人が1人居て、鏡に向って化粧崩れを直している。 もちろん私の方に振り向いたりはしない。 私も鏡の中の女の子の顔をつくづくと眺め回し、髪の毛の乱れを右手の指で軽くすいてみる。 でも乱れはあまり直らない。 にっこり笑ってみる。 鏡の中の女の子もにっこり笑う。 自分のFD姿に一応満足して手を洗い、ハンドバッグの中のポケットティッシの袋から紙を1枚取り出して手を拭き、入口の屑物入れに捨ててトイレを出る。
 1階に降り、人波の中をさっさと歩いて駅の売店の前に出る。 中には40才過ぎ位の女店員が1人で店番をしており、カウンターの上の左手横のガラスのケースの中に色々な種類のタバコが並んでいる。 口の中で一度練習してみてから、少し高い声で声を掛ける。
『あの、タバコを下さい』
『なににします?』
『あの、ピースを2つ』
 ケースの中のピースの黄色い箱を指差す。
『ロングの方ですか?』
『ええ、ロングの方』
 女店員がケースの中からピースを2箱とり出して『はい』と言って差し出す。 私はまた五百円玉を出し、『有難うございました』との言葉と一緒にタバコとお釣りとを受け取り、タバコをがま口と共にハンドバッグに納める。 今度も女店員の態度は普通と全然変らない。 私のFD姿での振舞いが相手に全く不自然さを感じさせなかった証拠として嬉しくなる。
 このように口で応答する買物は、声の高さ、調子や言葉遣いまで気を配らなければならないので、スーパーでの買物よりは大分気をつかう。 それだけにごく自然にすますことが出来るとFDに自信がつき、嬉しくなる。
 Sデパートに行く積りで歩き出す。 ハイヒールの感触を楽しみながらさっさとスクランブル交差点を渡り、化粧品店の「Mや」の前に出る。 『ああ、そうだ。 5号のファンデーションが大分残り少なくなっていたっけ』と思い出す。 丁度いい機会だからここで買っていこう、と表から中を伺う。  中は色々な服装の女の子でごったがえしている。 ここは化粧品のブランド別に売場が分れている。 そしてその各々は、前にカウンター兼用のガラスの商品ケースがあり、後ろに棚がある構造をしていて、垢抜けした化粧の若い女店員が1人ないし2人づつ立っている。 ちょっとためらいを感じる。  口のなかで言うべき言葉を一度練習してから、思い切って中に入る。 そしてまっすぐ「オリリー」と表示のある売場にいき、立っていた20才代半ば位の垢抜けした女店員に注文する。
『あの、5号のファンデーションを一つ下さい』
 少し高い声で出来るだけ女らしい口調で言った積りだが、緊張で声が小さく、少しかすれている。  女店員はにこやかに『5号ですね』と念を押す。 そして後ろの棚からファンデーションの小さい箱を取り出して『これですね』と渡してくれる。
 箱に小さく表示してある5号の文字を確かめる。 『ええ、これです』と返す。 声のかすれは直ったような気がする。
『2千円いただきます』
 私はがま口をハンドバッグから出し、札入れから五千円札1枚を取り出して渡す。
『これで、お願いします』
『ちょっとお待ち下さい』
 女店員は札を持って向うのレジに行き、やがてお釣りと一つの紙箱とを持って帰ってくる。
『くじを2本、お引き下さい』
 私は三角形の紙のくじを箱の中から2つ取り出し、女店員に渡す。 女店員はそれらの端を破り、『残念でした。 2本ともはずれでした』と中の記号を見せてくれる。
『はずれはティッシ・ペーパーか手帳ですけど、どちらがよろしいでしょうか?』
『ティッシ・ペーパーをお願いします』
 女店員はファンデーションの箱と紫色で「Mや」の名前と模様の入ったポケット・ティッシペーパーを2つとを店のマークの入った紙袋に手早く入れてシールで封をし、お釣りと共に『有難うございました』と言いながらにこやかに渡してくれる。 こちらも『お世話さまでした』と応えて受け取り、お釣りは納め、袋は手に持ったまま外に出る。 ほっとする。
 ここでの買物は会話が複雑で、しかも1対1で向い合っている相手はいつも女の子と相対している化粧品店の女店員である。 これだけ長く会話を交していて、私のFD姿での振舞いに少しは不自然さを感じない筈はなかろうと思う。 しかし彼女はその様な素振りは少しも見せずに応対してくれた。 やはり客扱いに慣れていて、しかも教育が行き届いてるせいかな、と思う。 それならそれでこちらも堂々と、出来るだけ女の子らしく振舞っていけばいいんだ、と自分に言い聞かせる。

1.2 美由紀との出会い

第1章 FD
04 /29 2017


 Sデパートへ行く。 この辺も周りの道路まで、若い男女でごったがえしている。 また、3階の婦人服売場に行く。 目指すはパウダールームである。 フロア中央の壁の近くに「パウダールーム」と表示した独立した標識が立っている。 横に「婦人専用化粧室」と添え書きがある。
 標識の横の狭い入口からさっと入り、突き当って右に折れて、前室に入る。 ここには右手壁に全身をうつせる縦長の金縁の化粧鏡があり、正面奥には鉄の桟とハート型の鉄片とを組合わせて作った透かし模様の仕切り壁をへだてて化粧室がある。 また左手は数段の階段を上ってトイレに連なっている。 化粧室には見知らぬ女の人が2人ばかり、化粧直しをしているのが見える。
 ちょっと立ち止まって、右手の鏡で全身を映してみる。 我ながらほれぼれする女の子に見える。 ついで化粧室に入って行き、空いている鏡の前に立つ。 そして映っている女の子の顔をつくづくと見て、ちょっとほほえみかけてみる。 髪の毛のほつれを右手の指ですいて乱れを直す。 この部屋は、壁はすべて淡いピンクの大理石ようの石で張りつめてあり、三方の壁のうちの奥および右手の壁には豪華な金縁の楕円形の鏡がいくつも並んでいる。 そして、壁の前には腰の高さの、これも大理石様の手洗いの棚が張り出していて、各々の鏡の前に手洗いのボウルがしつらえてある。 天井にはこれまた豪華なシャンデリアが下っていて、とても豪華で優雅な気持にさせる。
 鏡を見ながら初めてここに入ってきた時の感激を思い出す。 売場とはまるで異なる豪華な雰囲気で、突然宮殿にでも入ってきたような心持ちだった。 ここは世の中の男は伺い見ることも出来ぬ男子禁制の場所である。 今でもここに来るたびにつくづくFD冥利につきると感じる。
 化粧室の雰囲気を充分楽しんでから、今度はトイレに行って個室に入り、また形だけ用をたして水を流す。 外に出て化粧室に戻る。
 化粧室では先程の2人が居なくなり、代りに白系統の清楚なスーツを身に着け、かなりかかとの高い白のハイヒールをはいた小柄な女の子がひとり、鏡に向かって化粧を直している。 見ると美由紀である。 どきっとする。 一瞬、このまま知らん顔して行ってしまおうかと思う。 しかし鏡に向って無心に顔を直している美由紀を見ているうちにちょっとからかってみたくなる。 また自分のFD姿を見て貰いたくなる。 いずれにしてもその内には私がFD姿にもなることを知って貰う積りでいたのだから、今日は良い機会であると考える。
 決心してつかつかと美由紀の隣りの鏡に行き、顔を映す。 そして美由紀がちょっと手を休めて鏡に見入った機会をとらえ、急に気がついた風をして美由紀に向かい、出来るだけ高い声、女の子の口調で声を掛ける。
  『あら、失礼ですけど、小川美由紀さんじゃありません?』
 美由紀がこちらを見る。 そして、まじまじと私の顔を見て不審そうな顔をして応える。
『ええ、あたし、小川美由紀ですけど』
 私だということが美由紀にも判らないと知って、すっかり嬉しくなる。
『あら、お久しぶり。 あたしが誰だか、お分りになりません?』
『ええ、失礼ですけど、どなたでしたかしら』
 美由紀は懸命に記憶をたどってみている様子。 余りじらせてもと思い、一呼吸おいて言う。
『あの、あたし、三田祐治ですけど』
 サングラスをはずしてみせる。 美由紀は『ミタ・ユージ?』と小声で言って、なおも一瞬、私の顔を見詰める。 そして声を上げる。
『んまあ』
『やっと、お分りになって?。 美由紀さん』
 私はにこっと笑ってみせる。
『あなた、ほんとに祐治さんなのね。 あたし、全然分らなかったわ』
 そしてまだ信じられないといった顔をして、もう一度まじまじと私の顔を見る。 わたしはまたサングラスを掛ける。
 改めて美由紀が訊く。
『祐治さんはよく、こういうお姿をなさるの?』
『ええ、時々、気が向くと』
 もう、無理に高い声を出す必要もないので、いつもよりいくらか高い程度の声ですませる。 気分的にも大いに楽になる。
『でも、ほんとにびっくりしたわ』
 美由紀はなおも興奮が覚めないかのようにまじまじと私の顔を見て、それでもにっこりする。
 中年の婦人が1人、化粧室に入ってくる。 それを機に美由紀を誘う。
『美由紀さん、もう、ここはお済みになったの?。 もしよろしかったら、その辺でお茶でも御一緒しません?』
『あ、ちょっと待って』
 美由紀はまた鏡に向い、最後に口紅をちょっと差し、化粧道具を白のショルダ-バッグに仕舞う。 そして『お待ちどおさま』と私の方に向く。
 2人で肩を並べてパウダールームを出口の方に行く。 歩きながら美由紀が訊く。
『祐治さんって、よくここにいらっしゃるの?』
『ええ。 この姿で渋谷に来ると、必ずここに寄るの。 あたし、このパウダールームの雰囲気がすっかり気に入ってるの』
 美由紀がくすっと笑う。
 パウダールームを出て、沢山並んでいる婦人物の服を横眼で見ながらエスカレーターの方に向う。
『祐治さんって女言葉もお上手ね。 これが祐治さんだと思うと、何だか奇妙な感じがして』
『ええ、そうよね。 あたしもしてるの』
 美由紀がまたくすっと笑う。



 エスカレーターで1階に降りて外に出る。 通りは相変らず、若者を中心とした人の渦で埋まっている。 とある喫茶店に入る、 店内にはムード音楽が流れている。 席は大分埋まっているが、丁度運よく奥の隅の4人掛けのテーブルが空いている。 美由紀と2人で向かい合って腰を下ろす。 若いウエートレスが水の入ったコップ2つとおしぼり2つとをお盆にのせて注文を取りに来る。
『あたし、ホット』と美由紀が注文する。
『あたしはココアをいただくわ』と告げる。 美由紀がまたくすっと笑う。 しかしウエートレスはごく自然な態度で注文を伝票に書き込み、注文を一度復唱してそのまま行ってしまう。
 おしぼりの封を切りながら美由紀が話しかけてくる。
『祐治さんはこういう時はいつも女言葉をお使いになるの?』
『ええ、そうよ。 FDの時はいつもよ』
『え、エフディ?』
『ええ、Female Dressing のイニシャルよ』
『フィーメイル ドレッシング?』。 美由紀は口の中でとなえるように聞き返す。
『ええ、そう。 female は女性で、dressing は衣裳とか着付けとか言う意味だから、くだいて言えば、女の人の姿になること』
『ああ』
 美由紀はやっと納得がいったようにうなずく。
『でも、女装とか言うよりはFDの方が響きがいいでしょう?。 だから自分ではFD姿と言うように呼んでいるの』
『ふーん』
『でも実を言うと、あたし、FD姿で正体をあかしたの、美由紀さんが初めてなの。 だからこういう時にどういう言葉を使ったらいいのか、あたし自身、まだとまどっているんだけど』
『ええ、でも、祐治さんの女言葉、そのお姿にとてもお似合いよ』
『ええ、有難う。 そう言って頂くと嬉しいわ』
 注文の飲物が来る。 私はココアを1匙すくって味わってから、『お先に』と断って砂糖ポットを手元に引き寄せ、グラニュー糖を1匙すくってココアに加え、ポットを美由紀の方へ押しやる。 美由紀もコーヒーにグラニュー糖を加え、ミルクを注ぐ。
 ゆっくりとココアをかきまぜながら会話を再開する。
『でも、あたし、この姿で祐治さんと呼ばれるの、何だか気になるわね』
『そうね。 じゃ、何とお呼びしたらいいかしら』
『そうだわね』。 ちょっと手を休める。 『これからはFDの時は、ユーコって呼んで頂こうかしら。 字だとこう書くことにして』
 私はハンドバッグからサインペンをとり出し、横の紙ナプキンの上に「祐子」と書いてみせる。 美由紀は口の中で一度『祐子さん』と言ってみてから言う。
『そうね。 それがいいわね。 響きもいいし』
 2人がおのおのの飲物を一口飲む。
『すると祐子さんがFDをなさるということは、まだ誰も知らない訳なのね?』
『ええ、そうなの。 あたし、マンションの部屋を出るときは人に見られないように充分用心して出て来るし、外で知っている人に見破られたこともないし』
『そうよね。 祐子さんのこのお姿では、実は男の方だなんて誰にも分らないわよね。 ましてやそれが祐治さんだなんて、あたし、サングラスを外して名前を言われてもとっさには信じられなかったもの』
『それにこういうことは、信頼できるプレイ仲間にでもないととても打ち明けられないわよね。 さっき美由紀さんを見つけたときも、どきっとして一度はそのまま行ってしまおうかと思ったの。 だけど美由紀さんと祥子さんには何だか知っておいて貰いたくて、丁度いい機会だからと思い直して思い切って声をお掛けしたの』
『それで、あたしがびっくりした、という訳なのね』
 美由紀はおかしそうに笑う。
『美由紀さんは笑うけれど、声をかけるってほんとに大変なことなのよ。 とにかくまだ誰にも知られてない恥ずかしい趣味を持ってることをあかすのだから、すごく決断が要ったの』
『そうでしょうね』と美由紀も真顔になる。 そして言う。 『でも、そんなに信頼して下さって嬉しいわ』
『まあ、かねがねその内にはお2人には知って頂いてプレイに役立てたいと思っていたから、とっさに決心がついたんだけど』
『ええ、それを聞いて祥子も喜ぶわよ』
 美由紀も嬉しそうな顔をする。 また飲物を一口飲む。
『所で今日は祥子さんはどうなさってる?』
『祥子は今日は学校の宿題を片づけなければならないからって、マンションに残ってお仕事をしてるわ。 あたし、お仕事の邪魔にならないようにって外に出て、思い付いて久しぶりに渋谷まで来たわけなの』
『あら、そう』。 ちょっと思案する。 『あたし、せっかくのいい機会だから、この姿を祥子さんにもちょっと見て頂きたいけど、今お伺いしたらお邪魔かしら』
『そうね』。 美由紀は壁の時計をちらっと見る。 『ああ、もう3時ね。 そろそろお仕事は終ってる頃だわ』
 美由紀は一人でうなずいて『ちょっと電話できいてみましょうか』と立ちかける。
『あら、ちょっと待って』
『え、なあに?』
 美由紀は浮かせた腰をもう一度下ろす。
『せっかくだから、祥子さんも験してみましょうよ。 別の名前で祥子さんに会って、あたしだということが分るかどうかを験すのって面白いんじゃない?』
『ええ、それは面白そうね』。 美由紀も話に乗ってくる。 『すぐには分らないと思うけど、長く一緒に居ると気が付くかもね』
『ええ』
『それじゃもしも祥子が「もう来てもいいわよ」って言ったら、祐治さんの名前を言わないで、ただお友達を連れていくからって言っておきましょうか』
『ええ、そうして』
『祐子さんって茶めっけがあるのね』
『ええ、そうね』
 2人で顔を見合わせて笑う。
 美由紀が立って店のピンクの電話の所に行き、ちょっと電話で話をする。 そして笑いながら帰ってくる。
『祥子が、もうお仕事がすんで少し退屈しかけた所だから、いつ帰って来てもいいわよ、ですって。 そして女友達を1人連れていくからって言ったら、「美由紀にしちゃ、珍しいわね。 楽しみね」って言われちゃったわ』
『そんなに珍しいことなの?』
『ええ。 一緒に生活しているから、あたし、特に祥子ともお友達になれそうな人しか連れて帰らないの。 だから新しい人を連れて帰ることはめったにないの』
『するとあたしは祥子さんの友達としてもふさわしい人、と言うことになってるのね』
『ええ、そう』
『だとするとちょっと責任があるわね』
『そうよ。 うまくやってよ』
 美由紀は笑う。
 2人のカップが空になる。
『じゃ、そろそろ行きましょうか』
 私はテーブルの上の伝票を取りながら立ち上がる。
『あたしにも払わせて』と美由紀もショルダーバッグを引き寄せて開けかける。
『いいわよ』と押しとどめる。 『あたし達、レズだとしても、あたしの方が背が高いから男役ですもの』
『そうお?。 じゃ、遠慮なく御馳走になるわ』
 美由紀は素直に手を引いて、ショルダーバッグを肩にかける。



 レジで支払いをすませて外に出る。
『ご馳走さま』と美由紀が言う。 『いいえ、どういたしまして』と応える。 美由紀がまたくすっと笑う。 外は相変らず、人の渦である。
『ちょっとここに寄っていかない?』と美由紀が横の小奇麗なブティーク・ショップを指差して誘う。 『ええ、いいわ』と応じて、美由紀についてブティークに入る。
 中には人がいっぱい居て、ワンピースが沢山ぶらさがっている。 美由紀は慣れた態度で一つのコーナーに行き、ワンピースを一つ手に取ってながめる。 そして、『これ、祐子さんにどうかしら』と私の体に合せてみる。 薄紫の華やかなワンピースだが、ちょっと小さめである。
『やっぱり祐子さんは大分大きいのね』
 美由紀は諦めた顔でそれをもとの場所に戻す。 私はこの様なブティークに入るのは初めてなので、周りの女の子達が服選びしているのを興味深く見ている。 美由紀はなおもしばらく物色していたが、やがて『じゃ、行きましょう』と声を掛けてくる。 2人で外に出る。
 歩きながら、また話しかける。
『あたし、ああいうブティークって初めて入ったんだけど、外の人の様子を見ていると面白いわね』
『えっ、祐子さん、今まで入ったことなかったの?』
 美由紀はびっくりしたような顔をして私の顔を見る。
『ええ。 このFD姿はまあまあだろうとは思っていたけど、ブティークに入って店の人につきまとわれたら、と思うとちょっと自信がなかったの』
『そうね。 今の祐子さんなら大丈夫と思うけど』
『ええ、でも今までは自分の姿が外の人からどのくらい自然に見えるかを確かめる方法がなかったんですもの。 自信も涌かないわよ』
『それはそうね』
『その点、今日は美由紀さんと御一緒だったから助かったわ。 2人で相談している振りをしていれば、店の人がついて来る心配はないわよね』
『ええ、そうね』
 パルコの前を通る。
『ちょっとまたここのおトイレに寄っていかない?』と今度は私が誘う。
『トイレはさっき行ったばかりだけど、いいわ、御一緒するわ』
 2人並んでパルコに入り、エスカレーターで3階に行く。 途中で美由紀が訊く。
『祐子さん、今日はおトイレが近いの?』
『いいえ。 でもあたし、おトイレに行って自分のFD姿を大きい鏡に映してみるのが好きなの。 一種のナルシシズムね』
『ああ、そう』
『それに婦人専用のおトイレに入って外の女の人から気にされないでいる、ということは自分が女性の一員であることを認めて貰ったことになるって満足感もあるし』
『ええ、解るような気もするわ』
 美由紀もうなずく。
 また3階の婦人用のトイレに入る。 中はかなり混んでいて、5つほど並んでいる個室の前には2~3人づつの列ができている。 私は一番奥の個室の列の最後に並ぶ。 美由紀は入口近くの手洗いの鏡で顔を映してみている。
 周りに立っているのはもちろん全員女性である。 しかしそれらの女性が少なくとも表面は私に何の関心も示さずに順番を待っている。 すっかり女性の一員として認めて気を許して貰っている、という気安さと嬉しさとを感じる。
 順番が来て個室に入る。 洋式便器である。 上蓋をあけ、スカートをまくっただけで座る。 しばらくその姿勢を保った後、トイレット・ペーパーを破って形だけ尻を拭いて水を流し、立ってスカートを整えて扉をあける。 次の若い女の子と眼が合う。 『お先に』と言って軽く会釈する。 先方もごく自然に会釈を返してくる。 手洗いに行く。 振り向くと女の子は私の出たあとに入って扉を閉めている。
 手洗いでは美由紀がもう化粧直しを終えて待っている。 私は手をさっと洗ってハンカチで水分を取った後、『ちょっと待っててね』と断ってハンドバッグから口紅のスティックを取り出す。 美由紀は興味ありげに横で見ている。 私は鏡を見ながらさっきココアを飲んで少し取れた口紅を補い、ティッシペーパーをくわえて余分の紅を取り去る。 美由紀がくすくす笑い、小さい声でささやくように言う。
『仕草がすっかり本格的ね』
『あら、いやだ』
 美由紀の得意のせりふの口真似に、美由紀が噴き出して笑いこける。
 なおも少しの間、鏡で自分の上半身を映してつくづくと点検してから、美由紀に振りむいて『お待ちどうさま』と声を掛ける。 2人で歩き出す。



 渋谷駅に向って歩きながら、美由紀が話し掛けてくる。
『それからね』
『なあに?』
『あの、祥子にはレース編みの趣味があるの』
『へえ。 人はみかけによらないわね』
『そんなこと言っちゃ駄目よ。 今日は祐子さんは、祥子のレース編みの作品を見たいからあたし達のマンションに来ることにしてあるんだから』
『あら、そうなの。 でもあたし、レース編みのこと、余り知らないけど』
『いいのよ。 とにかく奇麗な花瓶敷やテーブル・センターを見せてくれるから、誉めておけばいいのよ。 祥子は喜んで色々見せて説明してくれるわよ』
『ええ、分ったわ。 そうするわ』。 私は素直に受けあう。 『でも、美由紀って案外に人が悪いのね』
『いいのよ。 何でも人を喜ばせるのは一つの功徳よ』
『まあ、そうね』
 2人で顔を見合せて笑う。
 渋谷駅に着く。 相変らず人でごったがえしている。
『あたし、初めてのご訪問だから、ケーキを買ってお持ちすることにするわ。 ちょっと一緒に来てくださる?』
『そうね。 祐子さんとしては初めてね』
 のれん街に行く。 ここは何時もと同じく、まっすぐ歩けないくらいに買物客でごったがえしている。 『祥子が好きだから、ここのにしたら?』と言う美由紀に言葉に従ってコロンバンのケーキを5つ買う。
 駅に戻り、階段をのぼって地下鉄のホームに入る。 ここは始発駅で、各出入口の停まる位置に10人ばかりづつの列が出来ている。 2人並んで一つの列の後ろにつく。
『ここに来るといつも思うんだけど、地下鉄電車が建物の上の方にあるホームから出るのって、何だか奇妙で面白いわね』とささやく。
『そう言えばそうね』と美由紀も面白がる。
『ずっと昔にノンキ節というのがあって、その文句に「渋谷の駅を見てごらん、地下鉄電車が屋根の上」というのがあったって何かの本で見たことがあるけど、何時もそれを思い出すの』
『まあ、祐子さんって博識ね』
 私はこのようなとっさの場合にすぐに「祐子さん」と呼んでくれる美由紀の機敏さに感心し、すっかり嬉しくなる。
 電車が入ってくる。 私と美由紀は要領よく並んで席を取る。
『祐子さん、そんなにかかとの高いハイヒールでよくそんなに機敏に動けるわね。 よっぽど慣れているのね』と美由紀が感心したように言う。
『ええ。 あたし、ハイヒールでさっさと歩くの、とても好きなの』
 電車が動き出す。 騒音が高くなり、声がききにくくなる。 私も美由紀も黙って前に向く。 今まで気がつかなかったが、右前に立っている中年のおばさんが私を見ていて、私が眼をやると先方は眼をそらせる。 ちょっと気になる。
 赤坂見附で乗り換える。 ホームに立って反対側の線路に入ってくる電車を待ちながら美由紀が話しかけてくる。
『祐子さん、かかとの高いハイヒールをはいていて、つま先が痛くなることはない?』
『ええ、少し長く歩くと痛くなるので困ってるの』
『あたしもそうなの。 ハイヒールでも土踏まずの所までぴったり足に合っていればそういうことはないそうだけど、街で買うとなかなかそうはいかないわよね』
『ええ、そうよね。 特にあたしはこの靴を買った時はまだFD姿になる前だったので、自分の足に合せる訳にはいかないで大きさだけの見当で買ったの。 だから足に合っていないかも知れないわね』
 足下を見る。 そういえば足のつま先が少し痛くなりかけている。
 地下鉄丸の内線の電車が入って来て、会話を中断する。 今度は大分混んでいる。 人波に押されるようにして乗り込む。 私は女の子としては大柄なので、FD姿では手をあげて吊り革にぶらさがると更に大きいのが目立つような気がして、あまり好きでない。 今は幸い何とか入口近くの手摺りに左手でつかまることができる。 でも右手は肘にハンドバッグを提げてケーキの箱をかかえている。 何となく不安定である。 電車が揺れるたびにハイヒールをふんばる。 つま先の痛さが気になってくる。  美由紀は少し離れた所で吊り革にぶらさがっている。 美由紀が時々は両手を後ろ手にくくられて、しかも今と同じような高いハイヒールをはいて祥子と一緒に地下鉄に乗る、という話を思い出す。 さぞ大変だろうなと思う。
 やがて電車はH駅に着く。 ホームに降りる。
『ずいぶん混んでたわね』と声をかける。
『ええ、そうね』と美由紀が応える。 そして『ケーキは大丈夫だった?』といたずらっぽい眼付きできく。
『ええ、多分』と笑いながら応える。
 駅を出てまた2人並んで歩き始める。 美由紀達のマンションは駅から歩いて5分ばかりの所にある。 やがて向うにマンションの建物が見えてくる。
『そうね』と美由紀が言う。 『祥子と会うのに、祐子さんも姓が三田では困るし、名前も変えておいた方がいいわね。 何にしましょうか』
『ええ、そうね。 何がいいかしら』
 私はちょっと考える。 とっさに仲のよかった幼い日の女友達の顔を思い浮かべる。 しかし、そのままではちょっと気が引けるので、少し変える。
『そうね、西田ヨシコにして貰おうかしら。 西田はにしひがしの「西」とたんぼの「田」、ヨシは美しいという字を書くの』
『ああ、西田美子さんね。 いいお名前ね』
『ええ、あたしが幼稚園の時の仲のよかった友達の名前をちょっともじったんだけど』
『ああ、思い出のあるお名前と言う訳ね。 ええ、いいわ。 じゃあ、祐子さんはあたしの大学の先輩で、西田美子さんという名前だ、ということにしておくわ。 うまくやってね』
 美由紀がいたずらっぽく笑う。
 入口のロビーに入り、エレベーターで6階に上がる。 外廊下を端まで行って美由紀達のマンションの扉の前に立つ。 少し胸がどきどきしてくる。

1.3 祥子訪問

第1章 FD
04 /29 2017


 美由紀がショルダーバッグから鍵を取り出して、扉を開ける。 そして中に入って、『ただいま。 お友達をお連れしてきたわよ』と奥に声を掛ける。 私も玄関に入る。 祥子が出てきて、『いらっしゃい。 さあ、中へどうぞ』と招じ入れてくれる。 『有難うございます』と応えて、ハイヒールをスリッパに履き替える。 足の先がじーんとして、血の巡りがよくなって楽になる。 祥子の後についてLDKに行く。
 食卓の横に3人が立つ。 美由紀が要領よく紹介する。
『こちらがさっきお話しした岩崎祥子さん。 近くのT歯科大の4年生。 さっきも言った通り、あたしとは高校からのお友達で、互いに「美由紀」、「祥子」って言い交わしている仲なの。 それからこちらが西田美子さん。 あたしの学校の先輩で、今はさる会社にお勤めなの。 今日は久しぶりにお会いしてお茶をご一緒して、話してるうちに祥子のレース編みの作品を見たいとおっしゃったので、お連れしたの』
 美由紀の紹介には全くよどみがない。 美由紀も大分芝居気があるなと思う。 私は胸の動悸がますます大きくなる。 それでもなるべく高い声で努めて平静に、『初めまして。 どうぞよろしく』と挨拶して、頭を下げる。 祥子も『こちらこそよろしく』と頭を下げる。
 つづけて声の調子に気を使いながら、あらかじめ考えていた通りに口上を述べる。
『先程、美由紀さんに、こちらで素晴らしいレース編みを見せていただけると伺って、突然にお邪魔しましたけど、御迷惑じゃありませんでしたかしら』
 それに対して祥子も如才なく挨拶を返す。
『いいえ、迷惑どころか、つたない作品を見ていただけるなんて、とても嬉しく思いますわ』
 いつもの祥子とは一味違う上手い言葉遣いの挨拶に、祥子の違う一面を見るようで感心する。
 ケーキの箱を差し出す。
『これ、ご挨拶代わりのケーキですけど、どうぞ』
『それは有難うございます。 まあ、嬉しい。 コロンバンのケーキですわね』
 今の所、祥子はまだ全く何も気付かず、不審の念も浮かばないらしい。 私のFD姿もまんざらではないらしい、と満足する。
 食卓のまわりに3人が座る。 美由紀がさっそく、『美子さんと祥子もお互いに親しくなっておいた方がいいから、まずは美子さんから頂いたケーキをみんなで頂かない?』と提案する。 『美子さんもそれでいいでしょう?』
 私はあまり親しくなるとすぐにばれないかと、一瞬、気になったが、その時はその時だ、と覚悟を決めて、『ええ、結構よ』と答える。
『そうね。 それがいいわね』と祥子も賛成する。
『じゃ、あたし、食べる前にちょっと着替えてくるから、祥子、お願いね』
『ええ、いいわ。 早く行ってらっしゃい』
 美由紀が立って奥に入る。 祥子と2人だけで残されて、また胸がどきどきする。 しかし祥子は何事もないかのようにケーキ皿や紅茶の用意をしている。
 美由紀が白のサマーセーターと焦茶のパンタロンの姿で戻ってくる。 ほっとする。 祥子がケーキを皿に取り分けている間に美由紀が紅茶を入れる。 あらためて2人が椅子に座る。
『よく、いらっしゃいました。 それじゃ、有難くいただきますわ』との祥子の言葉を合図に、3人は紅茶とケーキに手を出す。
『今日も渋谷は人でいっぱいで』と美由紀が話のきっかけを作る。 『あたし達よりも若い人達でごったがえしていたんで、あたしもまた一段と若がえった気がしたわ』
『そうね。 あそこは何時行っても若い人で一杯ね』と祥子が言う。
『ええ、その中で美子さんとお会いしたんだから、偶然って恐ろしいわね』
『ほんとね』と今度は私。 私も滅多にしないFDでの外出中に、あの人混みの中で同じ化粧室に行って美由紀と出会って、しかも成り行きから今ここにこうしていることになった偶然に、強い感銘を受ける。
『ところで』と祥子が私の顔を見る。 『ヨシコさんは、美由紀とはどこでお会いになられたの?』
『あの、Sデパートのパウダールームで』
『ああ、あのピンク色がかった大理石の壁の豪華な化粧室ね。 あそこならあたしも何回か行ったことがあるわ。 そして?』
 余りおしゃべりすると化けの皮がはがれそうで、ちょっと躊躇する。 でも話のつづきとしてやはり私が応えた方がよさそうである。 また声の調子や口調に注意しながら応える。
『ええ。 あたし、パウダールームに入っていきましたら、思いがけず、美由紀さんを見つけてびっくりしましたの。 本当に久しぶりだったので、懐かしくなって思わず声をお掛けして』
『ええ、そう』と美由紀が話を引き取る。 『あたし、あそこでちょっと唇を直してたの。 そうしたら美子さんに声を掛けられてほんとにびっくりして』
 私は声を掛けた時の美由紀の顔を思い出して、心の内で思わず笑みを漏らす。 美由紀は続ける。
『そして久しぶりだから御一緒にというので、Sデパートを出て、すぐ隣りのRに入ってお茶を飲んだの。 そうしたら、話をしているうちに祥子のレース編みの話が出て、是非見たいとおっしゃったの。 美子さんもとても興味があるんですって』
『まあ、光栄ですわ』と祥子が言う。
『それでここに電話したら、祥子が「来ていただいていいわよ」と言ったんで、お連れしたんだけど』
『ええ、いいわよ。 見ていただけるだけでとても嬉しいわ』
 祥子にしてはしおらしいことを言うな、と思う。 しかし、こう話が急に進展するとちょっとついていけなくなる恐れがある。 少し心配になる。
『それで後はまっすぐここへお連れしたの?』
『いいえ。 せっかくだからって、すぐそばのDというブティークのお店にちょっと寄ったの』
『ああ、Dね。 あそこならあたしもよく知ってるわ』
『ええ、そこで美子さんに合うワンピースをちょっと見たんだけど、余りお合いになるのがなくて』
『そうね』
 祥子が正面から私の上半身を見回す。 また胸がどきどきする。
『ヨシコさん、大分背がお高いようだけど、どの位、おありになるの?』
『ちょっと高いから恥ずかしいわ』と顔を伏せる。
『でも、どの位?』
『あの、普通は172センチと言ってますけど、本当は174センチありますの』
『そうね。 それだとやはり、ブティークのぶらさがりの中から見つけるの大変ね』
 祥子は大きくうなずく。 そして、『美由紀が洋裁が好きで得意にしているから、作って貰うといいわよ』とすすめる。
『あら、そう?。 ちっとも知らなかったわ』
 私は懸命に声の質を考えながら話を合せていく。 大分お芝居が苦しくなり、冷汗が出てくる。



 ケーキと紅茶が終る。 2人が立って食卓の上を片づけ、汚れた食器類を台所に運び出し、改めて食卓の上を拭く。
『それじゃ、少し作品を見ていただくわ』
 祥子は奥の部屋に行き、レース編みの作品を何点かと本を一冊持ってくる。 そしてまずレース編みを1つ取り出す。
『これが最近編んだ花瓶敷きですの』
 それは純白のレースで、大輪のばらの花の模様が編み込んである。
『いいわねえ』
 私は本音で誉める。 手でそっと触ってみる。 感触が何とも言えずよい。
『それからこれがテーブル・センター』
 祥子は少し大きいレース編みを食卓の上に拡げる。 同じく純白のレースで、30センチ×50センチほどの大きさがあり、模様にいくつものばらの花を盛った形のよい花瓶が編み込んである。
『まあ、素晴らしい』
 私は思わずみとれる。
『お気に召して?』と祥子は横で満足気に言う。
『ええ、とても。 こんな素晴らしいの、見たことがありませんわ』
 私は改めてテーブル・センターを手でさすり、その感触を楽しむ。
『こういう模様は御自分でお考えになりますの?』
『いいえ。 これはこの本から採りましたの』
 祥子は持ってきた本に挟んである一枚のしおりの所を開いて、指で図を示す。 確かに同じ模様が書いてある。
『これだけ大きいと大分時間がかかるんでしょうね』
『ええ。 これで大体、3月(みつき)位』
『まあ、3月も』
『ええ、でもいつもやってる訳じゃないから、根を詰めれば3週間位で出来るんじゃないかしら』
 祥子はなおも4点ばかり、次々と作品を拡げて見せてくれる。 私はその度に言葉遣いを考え、声の調子に気を使いながら精一杯誉める。 美由紀も時々調子を合せて作品を誉めて、私の顔を見てにこっとする。
 もうここに着いてから40分余りになる。 その間、私はお芝居で緊張しっぱなしで、少し疲れてくる。 話していても時々地の声が出そうになり、はっとする。 もう早く見破ってくれないかなと希う。 しかし、祥子は相変わらず作品を広げ、熱心に説明を続ける。
 そのうちに祥子が持って来た作品が終りになり、最後のレース編みを手にとって観賞して祥子に返すために差し出した時、祥子が『あらっ』という顔をする。 そして私の顔をじいっと見る。 『あ、いよいよ』と身体をこわばらせる。 一瞬、緊張した空気があたりを流れる。
 やがて、祥子が『ああ、そうか』と言った顔をして、笑いながら言う。
『ヨシコさん、失礼ですけど、ちょっとそのサングラスをとっていただけません?』
 美由紀も横で『ああ、やっと』といった顔で、含み笑いをしながら祥子と私の顔を見比べている。
『ええ、いいわ』
 私はサングラスをはずす。 祥子はまたじいっと私の顔を見ていたが、やがて『あ、やっぱり』というようにうなずく。 そして笑いながら言う。
『あなた、祐治さんでしょう?』
 私も笑いながら応える。
『ええ、そうよ。 やっと分って下さったのね?』
 緊張が解けてほっとする。
『うまく変身したわね。 あたし、すっかりだまされてたわ』と祥子は心から感嘆したように言う。 『真面目になってレース編みをお見せして損しちゃった』
『そんなことありませんわ』と私はあくまで今までの調子を維持する。 『素晴らしい作品ばかりで、あたし、すっかり感激してましたもの』
『もういいわよ、祐治さん。 無理にそんな女言葉を使わなくても』と祥子が笑う。
『ええ、でも、FDの時はこれがあたしの本来の言葉ですの』と私も笑う。 でも声の高さは少し下げて、喉を楽にする。
『エフディって何?』と祥子がきく。 美由紀が横から説明する。
『ええ。 それ、Female Dressing という言葉のイニシャルなんですって』
『え、フィーメイル ドレッシング?』
『ええ、女性という意味の female と、ドレスするという意味の dressing とを組合せた言葉なんですって』
『ええ、そう。 あたしが創った言葉なの』
『ああ、Female Dressing ね』
 祥子も口の中で一度言ってみる。
『なるほど、女性の着つけ、というの。 要するに女装ということね』
『ええ。 でも女装というと普通は形だけでしょう?。 あたしは形だけでなく、心までも女の人になり切りたいの。 だから特にFDと呼んでいるの』
『まあ、真面目ね』
 祥子がまた笑う。
『それにFDの方が響きもいいでしょう?』
『ええ、そうね。 感じも明るいわね』
『それから』と美由紀がつけ加える。 『祐治さんはFD姿の時は、祐治さんではなくて祐子さんって呼んで欲しいって御希望なの』
『ええ、祐治の「祐」に「子」をつけて、ユーコと読ませるの』
『ええ、いいわ。 じゃあ、これからは祐子さんとお呼びすればいいのね?』
『ええ、そうして』
 話が一段落して、祥子が座り直す。
『それじゃ、改めて歓迎するわ。 祐子さん、よくいらっしゃいました』
 祥子が丁寧に頭を下げる。 私も座り直して丁寧に頭を下げる。
『有難うございます。 突然、お伺いして、こんなに歓迎して頂いて』
 横で美由紀が面白そうに見ている。



『それにしても見事な変身ぶりね』と祥子が改めて感心したように言う。 『あたし、全然気がつかなかったわ』
『それで何時頃、気がついたの?』と美由紀がきく。
『気のついたのはほんのついさっき。 美由紀のお芝居もうまかったので、最初のうちは本当にヨシコさんというお名前で、美由紀の女友達だ、とすっかり信じ込んでいたの』
『それで?』とまた美由紀。
『ええ、でも、レース編みをお見せしているうちに、何だかヨシコさんの声が聞き覚えがあるような気がしてきて、それが誰の声だったか、何とか思い出そうとしたの。 でも、ヨシコさんは女だと信じ込んでいたから、こんな大柄な女の人でそんな人、会ったことあるかしら、ということばかり考えていたの』
『なるほど。 でも祥子さん、余り考えている素振りを見せなかったけど』と私。
『ええ。 考えていたと言うよりは、心の奥の方で漠然と感じていただけだから』
『ああ、そう』
『でも、そのうち、レース編みも終りになって、ふとヨシコさんの手を見たとき、何だか少しごつい気がしたの。 そして急に、ヨシコさんって背も高いし、ほんとは男の人じゃないかしら、という考えが浮かんだの』
『ああ、それがさっき、祥子が「あらっ」という顔をした時ね』と美由紀が横から言う。
『ええ、恐らくそうでしょうね。 そしてそう思ってみると、眼元はサングラスで判らないけど顔の下半分の感じが祐治さんに似ているし、声も高さが違うけど祐治さんと同じような感じだって気がついたの。 それに部屋の中でまでサングラスをしたままでいるのも変だし、お化粧も少し厚化粧みたいだし、これはてっきり、と思ってサングラスを取って貰ったの』
『それで、正体が判ったという訳ね』と私。
『ええ、そう』と祥子はうなずく。 『でも、サングラスをはずして貰って、そう思ってお顔を見ても、まだ祐治さんだとはすぐには確信がもてなかったわ。 本当にうまく変身して見事な美女になっているわね』
『ええ、ほんと』と美由紀も同調する。 『あたしもSデパートのパウダールームで声を掛けられた時は、祐治さんが自分で名乗られてサングラスをお取りになるまで、男の方だなんて夢にも思わなかったわ』
『そうね。 あたし達、祐治さんのことを可成り知っててこうなんだから、知らない人の間だったら、祐子さんは完全に女の子よね』
 祥子はなおも私の顔を見詰める。 大分、こそばゆい感じになる。
『ええ、有難う』と礼を言う。 『あたし、これでやっと自信がついたわ』
 私は食卓の上にのせた両手を見詰める。 そして続ける。 『今までは他の人は感づいているのに知らん顔をしているのか、それともほんとに女の子と信じてくれているのか、確かめる機会が全然無かったので、あたし、どうしても自信が持てなかったの』
『まあ、純情ね』と祥子が笑う。
『それはもう、完全に大丈夫よ』と美由紀が言う。 『祐子さん、どこから見ても女の子としか見えないわ。 あたし、保証する』
『祐子さんはあたしよりもよっぽど女っぽいわよ』と祥子も笑いながら言う。
『まさか』と私も笑う。
『いいえ、ほんとよ』と祥子が真面目な顔になって主張する。 皆でまた笑う。
 笑いが収まる。
『ほんとをいうと、さっき、あたし、40分もお芝居を続けてて緊張しっぱなしで、もうすっかり苦しくなってたの。 だから祥子さんが早く見破ってくれないかなって希ってたのよ。 それなのにちっとも気がついてくれなくて』と少し恨みがましく言ってみる。
『それはお気の毒さま。 でもそれはあたしを欺した当然の罰よ』と祥子が笑いながら応える。 『そうね。 でもまだそれだけでは罰が足りないようだから、後でまた何か考えてあげるわね』
『それは御親切さま。 でも、いいのよ、そんなにして下さらなくても』
『ええ、でも、せっかくだから任せといて』
『ええ』
 この応酬があった後で、祥子がつけ加える。
『それから、あたしのことを言いにくそうに祥子さんって呼んでるけど、何時も通り祥子と呼び捨てにして下さってもいいのよ』
『ええ、有難う。 でも、あたしは今、祐治ではなくて、祐子ですもの』
『それもそうね。 じゃ、それでもいいわ』
 祥子は簡単に引き下る。

1.4 下着の検分

第1章 FD
04 /29 2017


 話に一区切りついて、祥子はレース編みの作品を横に片付ける。 そして珍しく、しみじみした口調で言う。
『最初に祐治さんのお宅にお伺いしたとき、祐治さんが女物の下着について口をにごしていたけど、こんな素晴らしい趣味がおありだったのね』
『ええ、あの時はまだそんなことを言うのが恥ずかしかったんですもの』
 私は体をもじもじさせる。
『それに』と少し笑いを含みながら、祥子が今度は少しとがめるように言う。 『この前までにお一人でなさる基本的なプレイについてはすっかりお話しして下さった、と言うことだったのに、こんな素晴らしいプレイのことを隠しておられたのね』
『ええ、ごめんなさい』と素直に謝る。 『でも、これはHセットや煙草プレイのようなMのプレイとは少し違った種類のものだったので、言い出す機会がなくて』
『いいのよ。 そんな言い訳しなくても』と祥子が笑う。 『お陰で、また、プレイをする楽しみが一つ増えたんだから』
『ね、祥子も喜んでくれたでしょう?』と美由紀が言う。
『ほんとね』と認める。
『それで祐子さんは』と祥子がいつもの口調に戻って言う。 『もちろん下着まで全部、女物なんでしょうね』
『ええ、もちろんそうよ。 男物は一つも身に着けてないわよ』
『それでどんな下着を着けているか、ちょっと見せて下さらない?。 あたし、とっても興味があるの』
『ええ、でも、ちょっと恥ずかしいわ』
 祥子は笑いながら、なおも押してくる。
『ね、いいでしょう?。 あたし達、女同志なんだから』
 私もこの辺が潮時と思う。 それに下着をどう着ているかを見て貰いたい気がないでもない。
『じゃ、いいわ。 祥子お姉さまのお言葉なら何でも従いますわ』と笑いながら受け入れる。
『祐子さんって、今日は本当に芝居気たっぷりね』と祥子が言う。 また3人で大きく笑う。



『それじゃ、ちょっと失礼させて頂くわね』と断わって、私は立って隅の方に向いてツーピースの上着とスカートを脱ぎ、シャツブラウスも脱いで椅子の上に置く。 そして手を後ろに組んで2人の前に立つ。 まず祥子が前に立って、『いい形に決まっているわね』と言う。 美由紀も横に来て訊く。
『祐子さんは何時も下はスリップでなくてスリーマーを着けていらっしゃるの?』
『ええ、肌には自信がないから、下着もなるべく素肌があまり出ないのを着ているの』
 横に周り、後ろに回って見ていた祥子が、手首の近くの腕に手を触れる。
『肌に自信がないって、腕もすべすべしてるじゃない』
『ええ、腕も先の方は外からも見えるから、肘から先は今朝ちゃんと剃っておいたの』
『まあ、感心ね』
 後ろで祥子の笑う声が聞こえる。
 祥子が前に戻る。 『でもスリーマーの胸の開きから胸毛が少し見えてるわよ』
『あんまりそんなこと言わないでよ』
 私は身をよじってみせる。 祥子が噴き出して笑い、美由紀もそれにつられて笑う。
 笑いが収まってから、『実は普通は胸を見せないブラウスを着ているから、その方は大丈夫なのよ』と説明する。
『なるほど、そうね。 このブラウスは胸がきっちり閉まっていたわね』
 祥子はちょっと横の椅子の上のブラウスに眼をやり、改めて私の胸から首にかけてを見回す。
『そう言えば、祐子さんは喉ぼとけはほとんど目立たないわね』
『ええ、お陰さまで』
 次に祥子はスリーマーの上から私の胸を手の平で押さえてみる。
『上はもう後、スリーマーとブラジャーだけのようね』
『ええ、そう』
 私はスリーマーの裾をまくり上げて、ブラジャーを見せる。
『いい形のブラジャーをしてるわね』。 祥子がブラジャーに触ってみる。 そしてつぶやくように言う。 『そのうち、コルセットもするといいわね』
『ええ、有難う。 でも、あたしに合うのがあるかしら』
 私はちょっと首をかしげてみせる。 祥子がくすりと笑う。
『祐子さんのその仕草、ほんとに女の子ね』
『ええ』
『ちょうど合うのがなかったら特別注文すればいいのよ。 それにコルセットはきつ過ぎる位のほうが楽しいわよ』
『ええ、そうかもね』
 私もきつ過ぎるコルセットをつけてあえいでいる自分を想像してうっとりした気分になる。
『もう、いいわよ』との祥子の言葉にスリーマーを下す。
 祥子は次に私の腰の辺を触ってみる。
『下の方は大分複雑そうね』
『ええ。 大分何枚も重ねているわ。 少し脱いでお見せしましょうか?』
 私はパンティストッキングに手を掛けかける。
『ええ、でも』と祥子はいう。 『あたしは自分の手で自由に検分したいから、祐子さんの手はちょっと紐で留めさせて下さらない?』
 いよいよ祥子の本領発揮だなと思う。
『いいわよ。 お好きなようになさって』



 祥子は奥から例の赤いバッグを持ってくる。 そしてその中から紐と幅広の包帯とを取り出して、私の後ろにまわる。 私は両手を後ろに回す。 祥子はまず、両手首に包帯を巻いてから縛り合せ、つづいて手際よく高手小手に縛り上げる。 すでに何回か縛られたことがあるにしても、こうきっちりと縛られるとやはり興奮する。 それに今日はFD姿で、上半身は薄いスリーマー1枚だけである。 肌の出ている腕の肘の辺を締めつけている紐が特につよく感じる。
 うつむいて胸を見ると、乳房代りのブラジャーのふくらみが紐で一層強調され、突出して見える。
『胸がいい格好に決まってるわよ』と祥子が言う。 ちょっとこそばゆい気分になる。
『ちょっと鏡で見させて』と少し甘えるように注文する。
『ああ、そうね。 祐子さんは縛られたのは初めてなのね。 それじゃ、ご自分の姿も見たいでしょうね』
 祥子は美由紀を誘って奥に行き、2人で1枚鏡の姿見をかかえてきて私の前に置く。 初めて自分の下着姿で縛られた全身を見る。 特に紐で絞り出された乳房のふくらみを万遍なく眺める。 予想以上に形よく決まっている。 今まで美由紀の縛りで形の良い胸を羨ましく思っていたが、今日は私の胸もそうなっている、とすっかり嬉しくなる。
『どう、気に入った?』と祥子が笑いながら言う。 『ええ』と応えて、また鏡の中の自分を見詰める。
 しばらく自分の姿をうっとり眺めていると、祥子が横でまた笑いながら、『何時まで見てても同じよ。 もうそろそろ検分にかかるわよ』と言う。 『ええ』と返事をして祥子の方に向き直る。
 そのまますぐに検分を始めるのかと思っていると、祥子は『こっちへ来て』と例の吊りのコーナーへいざなう。 ああ、吊られるのか、と思う。 でも、宙吊りでは検分もしにくいだろうから、そうされることはなかろう、と高をくくる。
 祥子は椅子に乗り、背伸びをして天井への覗き穴の蓋を開け、例のワイヤーロープを引き出してから床に下りて椅子を横にどかす。 促されて私はロープの下に行く。 祥子は高手小手の紐の背中の結び目に別の紐を結び付ける。 そして私の肩につかまって一杯に背伸びをして、その端をロープの先の鉄の輪にくぐらせ、ぐうっとひっぱる。 私はかかとを一杯に上げて協力する。 祥子は膝をついて紐の先を壁の床近くにある環に結びつけて固定する。 かかとを下す。 背中の紐がみしっと言い、胸がぐうっと締めつけられる。 美由紀は横で一連の作業を興味深そうに見ている。
 祥子が立ち上がり、『さあ、これでいいわね』と満足そうに私を眺める。 そして『作業はちゃんと見せてあげますからね』と言って、美由紀と2人で姿見を私の前へと運んでくる。 FDの下着姿で高手小手に縛られ、吊られている自分を見て、また、うっとりした気分になる。 足は縛られてはないが、やっと床に着くくらいに一杯に吊られているので、横に動く余地はほとんどない。
『それじゃ、今からいよいよ見せて貰うわよ』と祥子が宣言する。 『ええ』と軽くうなずく。
 祥子はまず白のパンティ・ストッキングを腰から引き下し、足首の所にまとめてまるめる。 そして、『なるほどね。 下はセーヌ色のパンティ・ストッキングね。 これで素肌のように見えたのね』と感心したように言う。 『ええ』とうなずく。
 祥子はちょっと見ていてから、次にセーヌ色のパンティ・ストッキングを慎重に引き下げる。 下からはカメル色の綿のタイツが現われる。
『このタイツは、あたしの脚の毛が少し濃くなりかかっていて目立つので、それを隠すためにはいているの』と説明する。
『剃ればいいんじゃない?』と美由紀がいう。
『ええ、でも、いちいち剃るのは大変だし、それにタイツの方が腰が締まって気持がいいんですもの』
 祥子はさらにタイツの縁に手をかけて、ゆっくり下に引きずり下ろす。 太腿から膝下にかけてやや黒くなった毛が沢山生えている脚が現れる。 腰は黒の厚手の生地のズロースで覆われている。
『なるほど、ちょっと毛が濃いわね』と祥子が言う。
『いや、そんなこと言うの。 恥ずかしいから』と私は背中で吊られたままで後ろ手の体をくねらせてみせる。
『はいはい。 もう言いませんよ』と祥子は子供をあやすように言って笑う。
『もう、そろそろ終りかしら』
 祥子は太腿に少しくい込んでいるズロースの端をさする。 どうやらそれ以上脱がすのをためらっているように見える。
『いいえ。 まだ大丈夫よ』
『ああ、そう。 それじゃ』
 祥子がズロースに手をかけて、そっと引き下ろす。 下からサーモンピンク色の地に赤い花柄のついた生理用ショーツが現われる。 股の前がふっくら膨らんでいる。
『へえ。 これ、生理用ショーツじゃない。 凝ってるわね』
 祥子はつくづくと眺めている。 そしてそれ以上は手を出さずに終りにしようとしているかのように見える。
『もう一枚取って下さらない?』
『ええ、でも、この下は男性自身でしょう?』
 祥子はなおもためらっている。
『いいえ。 それはちゃんと包んであるわよ』
『それじゃ』
 祥子はこわごわとショーツに手を掛け、少しづつ引き下ろす。 はだかの腰が現れる。 ただし、股の前にはポリ袋で包まれた丸い鞠状のものが着いている。 また、ショーツの裏側には生理用ナプキンが付着している。
『まあ、生理用ナプキンまで着けているの?。 本格的ね』と祥子は声をあげる。 そして『これは?』とこわごわとポリ袋の包みを指差す。
『ええ、これはPセットと言って、男性自身をポリ袋で厳重に封じて包み込んであるの』
『ああ、そう。 面白いわね』
 祥子はこわごわと右手を出してポリ袋の包みに触る。 Pに感じる奇妙な感触に腰がぎくっとする。 祥子も慌てて手を引っ込める。 急に激しい羞恥心が私を襲う。
『あたし、そんな所までお見せしてしまって恥ずかしいわ。 早く仕舞って』
 私は後ろ手に吊られたまま身悶える。 『はいはい』と祥子は生理用ショーツを急いでもとに戻す。 ほっとする。
 後は美由紀と2人がかりで順序よくもとに戻してくれる。 ほどなくまた最初の下着姿になる。 吊っていた紐も環からはずし、背中から取り去ってくれる。 しかし『あとの紐はこのままでいいわよね?』と祥子が笑いながら言う。 仕方なく『ええ』と応える。
 高手小手の姿のままで食卓に戻り、椅子に腰を下す。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。