2ntブログ

第4部 プレイ成熟期編

第4部 プレイ成熟期編
04 /01 2017
純粋で明るいSMプレイを楽しむ若者の集まり「かもめの会」は 邦也と玲子という新しいメンバー2人を加えて総勢6人になり、新しいプロジェクト「人間貨物発送プレイ」に挑みます。 そして貨物を送った先のS湖畔の寮で合宿を行い、私(祐治)を素材にしてコンクリート台座付きの胸像を造ります。

目次


 第1章  第3回月例会
西伊豆合宿の写真を鑑賞、新メンバー「邦也」の参加があって、皆で「運送貨物プレイ」の相談をする。

 第2章  箱詰めテスト第1日
貨物輸送プレイ用の箱が出来上がってきたので、孝夫の家に集まって、実際に祐治を箱に詰めるテストをする。 今回から会に新メンバー「玲子」が参加する。

 第3章  箱詰めテスト第2日
孝夫の家で祐治を箱に詰め、その箱を車で祥子達のマンションへ運んでみる。

 第4章  運送貨物(第4回月例会)
合宿第1日。 祐治を箱に詰め、その箱を貨物として街の運送会社に渡す。 箱はトラック便でS湖畔の寮へ運ばれる。

 第5章  湖畔での一日
合宿第2日。 コンクリート台座の胸像造りの実際をテストする。

 第6章  帰京の日
合宿第3日。 祐治は還りも貨物として送り出されて、トラック便で帰京する。 その夜に皆で反省会を開く。

1.1 月例会の集まり

第1章 第3回月例会
05 /02 2017


 西伊豆でのプレイ合宿が終ってから1週間余りがたち、8月も最後の日となった日曜日の午後、また「かもめの会」のメンバー4人が孝夫の家の応接室に顔を揃える。 これは、西伊豆合宿での写真が出来上った、との連絡が孝夫からあり、祥子を中心に電話連絡をした結果、今日が丁度月末の日曜日なので、慣例に従って第3回月例会を開いて、みんなでそれを眺め、今度の合宿について語り合い総括しましょう、ということになったのである。
 まず、美由紀がポットのお湯でお茶を入れて4つの茶碗に注ぎわけ、祥子がそれらを皆の席の前に配る。 そしてそれが終ると祥子が『さあ』とうながして、さっそく美由紀の手首を後ろ手に縛り合せる。 美由紀は何時ものことなので、ごく自然に両手を後ろに回し、おとなしく縛らせる。 みんなが席に着き、お茶をすする。 美由紀にはまた例によって祥子が飲ませている。
 さっそく会話が始まる。 まず、今度の合宿が楽しかったね、というところから始まって、すぐにプレイの話になる。
 祥子が言う。
『しかし、よくプレイをしたわね。 向こうに着いた日の祐治さんの両手吊りから始まって、吊り初め、地下室でのタバコ責め、渚の逆えび、本格的生き埋め、それから』
 祥子は指を折って数え始める。 しかし、すぐに諦めたかのように止めてしまう。
『そうね、数え切れないわね』
 そして孝夫が言う。
『しかもその大部分が、祐治さんが一人で受けたプレイなんだからすごいですね。 よく身体を壊さない、と思って感心してました』
『そうよ、そうよ』と美由紀も勢い込んで言う。 そして続ける。 『少しは祐治さんの身体のことも考えないとだめよ』
 その真剣な顔を見て、何時ものことながら美由紀達の心配を有難いと思う。
『うん、有難う。 でもお陰様で、身体への悪い影響はなかったようだね。 帰ってきた当座は身体の節々に少し変な感じもあったけど、それも2~3日するうちにはすっかり直ってしまったし』
『タフですね』
 孝夫がつくづく感心したという顔をする。
『そうよ』と祥子が笑いながら言う。 『祐治さんはプレイとなるとがぜん張り切って、いくら痛めつけても大丈夫になるのよ』
『こいつ、調子に乗って』
 私は祥子をにらむ。 祥子が肩をすくめる。 皆がどっと笑う。
 また一口お茶を飲む。 そして話題を変えて祥子に訊く。
『それで今日の予定はどうなってるのかい』
『ええ、電話でもお話しした通り、今日は主にこの間のプレイの写真を鑑賞して楽しい思い出を語りあったり反省したりして、それに例の貨物輸送プレイの可能性についても話し合いをしたら、と考えているの』
『うん、それから?』
『それから?』
 祥子は一瞬、ちょっといぶかしげな顔をして聞き返す。 そしてすぐにうなずいて言う。
『ああ、プレイのこと?』
『うん、そう』
 祥子は笑い顔を見せる。
『そうね。 今日は特にはプレイの計画は立てて来なかったけど、でも後で何かやってあげるから心配しなくてもいいわよ』
『いいよ。 予定がなければ、そう無理してやってくれなくても』
『でも、祐治さんがこの1週間余りの間をプレイなしで我慢してて、期待に胸を膨らませてご出席あそばされたのに悪いもの』
『どういたしまして』
 横では美由紀と孝夫が笑いながら2人の応酬を聞いている。 私は今日行なうプレイのことはともかくとして、祥子の言ってたもう一つの話題が気になって訊いてみる。
『ところで今祥子は貨物輸送プレイの可能性って言ってたけど、それについて何か進展でもあったのかい?』
『いいえ、特にはないけど、でも実際に実行する時にはどんな荷造りをして、どんな方法で送るか、などを話し合うのも楽しいんじゃないかと思って』
『うん、それもそうだな』
 私もうなずく。



 皆の茶碗が空になる。 早速に祥子が言う。
『じゃ、とにかくそう言うことで、まずプレイの写真の鑑賞から始めましょう』
『うん』、『ええ』と応えて、皆が同意する。
『それじゃ、アルバムを持ってきます』と言って、孝夫は立ち上がって部屋を出て行く。 残った私と祥子がテーブルの上の茶碗などを一方の隅に寄せる。
 すぐに孝夫がポケットアルバムを5冊ばかり重ねて、両手で抱えて戻って来る。 そしてそれらを重ねたままテーブルの上に置く。
『これがあの時の写真のアルバムです』
 一番上のアルバムの表紙にかもめのデザインがあしらってあるのが見える。 残りの4冊の表紙もかもめの画のデザインなんだろう。 そして5冊のアルバムに詰まっている写真の数に思いを馳せる。
『随分あるね』
『ええ、でも、これでも撮った写真全部ではなくて、主としてプレイに関係した写真だけを選んで、その中でもかなり精選した結果です。 全部だとプレイの写真だけでもこの2倍以上になります』
『ふーん。 そんなに撮ったのかい』
『ええ、向こうに居た7日間、毎日毎日プレイをしてましたからね』
『うん、それもそうだね』
 祥子が笑いながら言う。
『とにかく記録係が勤勉だから助かるわ』
 それには構わずに孝夫はつづける。
『それからこの他にあの時撮った8ミリも出来上がってきてますから、それも後で映して見ましょう』
『そりゃ、大変だ。 もう見るだけで今日1日かかりそうだな』
『そうね』
 祥子がにやりと笑う。
『うっかりするとプレイをする時間がなくなりそうね。 そうなると祐治さんにお気の毒だから、さっそく見せて貰いましょう』
『そう、僕にかこつけなくてもいいだろう。 本当は祥子の方がもっと残念なんじゃないのかい?』
『どっちでもいいわよ。 とにかく早く見ましょう』
 祥子は強引に矛先を逸らし、また私の顔を見てにやっと笑う。
 そこで孝夫が、『ここのテーブルは低くて、みんなで一緒に写真を見るには向いてませんから、食堂に行きませんか?』と提案する。  『それもそうね』ということで皆が立ち上がる。
 祥子が5冊のアルバムを持ち、私と孝夫がポットと急須と、それに汚れた茶碗とを持って食堂に移動する。 美由紀は後ろ手のまま、済まなさそうな顔をして付いて来る。
 食堂ではさそっくテーブルの周りの椅子を詰めて並べ直し、後ろ手姿の美由紀を真中にして私と祥子とがその左右に座り、孝夫が美由紀の向い側に席をとる。 テーブルの美由紀の前に最初のアルバムを置く。

1.2 最初のアルバム

第1章 第3回月例会
05 /02 2017


 私が手を出して表紙をめくる。 最初のページに祥子が美由紀の手首を腰の後ろで縛り合せている写真と、美由紀の顔に革のマスクを革紐で装着している写真とが並び、つづいて足首も縛られた美由紀が後ろ手姿で正面を向いて直立している写真がある。 いずれも孝夫の家のガレージの中らしい。 特に最後の写真で、黒い革マスクと革紐とで均整よく分割された美由紀の顔の、わずかに微笑んでいる眼が特に印象的である。
『まずは縛りの実演の写真だね。 祥子も好きだけど、孝夫君もこういうのが好きのようだね』
『ええ、祥子さんにすっかり感化されまして』
 この孝夫のすまして言った言葉に、祥子がまぜかえす。
『あたしのせいじゃないわよ』
 皆がどっと笑う。
 ページを1枚めくる。 まず、先程の姿の美由紀が車のトランクの中に脚をちぢめて横たわっている写真がある。 そしてガレージの前に止まっている車のトランクの横に祥子と孝夫とが並んで立って写っている写真がつづく。
『これ、3人揃って孝夫の家を車で出発、という記念の写真よ』
『なる程、何のへんてつもない車のトランクも、中に美由紀が寝かされてるとなると、また感じが違うものだね』
 私はもう一度、その写真を眺め直す。
 続いてその下に、林の中の草原での写真がある。 そこでは美由紀が両手を後ろに回し、口と鼻とを白い大きなマスクに覆われて、苦しそうにあえいでいる。 そして右のページの最初の写真には、それと同じ場所、同じ格好であえいでいる私と、その横でマスクこそかけてないがまだ後ろ手のままで、心配そうに私を見ている美由紀の姿とが写っている。 そしてもう1枚、後ろ手姿の美由紀と同じく後ろ手姿の上に口と鼻とを白いマスクで覆われた私とが、車の後部座席で並んで座っている所を、前から撮った写真がある。
『ああ、ゴム裏のマスクか』
『ええ、そう。 これも結構有効で楽しかったわね』
『うん、ちょっと気の利いた小道具だね』
 私はもう一度、草原での2枚の写真を眺め返す。
『しかし、この2枚のようなとっさのプレイ場面をよく写真に撮ってあったね』
『ええ、何かプレイをしたときには、なるべく1枚は記録しておくようにしてます』
『なるほど』
 孝夫の言葉に私はうなずく。 祥子が言う。
『ほんとに孝夫がまめに記録を撮っておいてくれるので助かるわ』
『ほんとにそうだね』
 私はもう一度うなずいてから、3枚目の写真を指さす。
『それから、この後部座席の僕と美由紀を撮ったのは確か祥子だったね』
『ええ、あんまりお似合いだったから、つい撮りたくなったの』
『でも、僕は息苦しくてやっと息をついてるのを祥子は面白がってはしゃいでて、ちょっと恨めしかったぞ』
『あら、それは失礼したわね』
 祥子は笑う。
 つづいて、M町に入る手前の海岸の崖の下での一休みの写真が1枚ある。 明るい海を背景に、祥子が後ろ手の美由紀の口にサンドイッチの小片を入れている構図が面白い。
『ここもいい景色だったね。 でも、この辺で懐かしがってうろうろしてると、ちっとも進まないから、次に行くよ』
 ページをめくる。 そこにはまず、別荘のある入江に荒船さんの船が入っていくときに撮った海岸の全景の写真がある。 そして別荘を前から写した写真がそれにつづく。
『さあ、これでめでたく別荘に着いたわけだ』
『そうね』
 皆が懐かしがって、ひとしきり2枚の写真を眺め回す。



 つづいて私が地下室で両手吊りにされている写真が1枚ある。
『いよいよプレイの序曲という訳か』
『ええ、そうね』
 感慨を込めて写真を眺める。 祥子が言う。
『ほんとにこの時にはまだ、あの後であれ程充実したプレイが出来るなんて思ってもいなかったわ。 あたしにもまだ漠然としたプランが二つ三つあっただけだったし』
『ふーん』
 ついで右側には美由紀の吊り初めの写真が3枚並んでいる。 1枚目は背中から上に延びた紐で吊り下げられている美由紀を斜め前から撮った写真で、高手小手姿で足首も縛り合され、足が床から30センチばかり離れている。 2枚目は吊られたまま壁のかもめの写真の方に向いて頭をたれている美由紀の後ろで、祥子と私とが両手を合せ、頭を下げてお祈りをしている写真、そして3枚目は天井の梁の近くまで一杯に引き上げられた美由紀を斜め下から仰ぎ見るように撮った写真である。 頭の造花の髪飾りから脚のタイツまで白づくめの衣装に身を包み、うっとりした顔を見せている美由紀は、まぶしい位に美しい。 特に天井一杯まで引き上げた写真には迫力がある。 思わずみとれる。
『美由紀、きれいだね』
『みとれてちゃ駄目よ。 さっさと進まないと日が暮れるわよ』
『はいはい』
 ページをめくる。 顔を定法通りにMセットと菱紐とで固め、地下室の柱を後ろ手で抱くようにして、水泳パンツ1枚の姿で柱に厳重に縛り付けられている私の写真が4枚つづく。 縛りの具合がよく分るように、前、横、後ろの3方向から全身を撮った写真に、胸から上を前から撮ったクローズアップ1枚を交えてある。
 祥子が懐かしげに言う。
『いよいよ本格的プレイの開始ね』
『なるほどね。 あの時、僕はこんなにきちきちに縛られていたのかね』
 私も改めて感心しながら写真に見入る。 特に頭の頂点を柱の孔につないでぴんと張っている紐と、口の両脇の菱形の隅から左右に引っぱって柱に通したパイプに掛けて引き絞ってある紐とで顔が全く動かないようにしてあるのが印象的である。
『そうよ。 あの時はあたしも気が入っていたから、特に念入りに紐を掛けたのよ』
『ふーん』
 私はなおも写真を見詰める。
『だけど今度の合宿では、足が完全に浮く形の柱縛りはするチャンスがなかったわね。 一度はやってみたいと思っていたんだけど』
『そんなの、これからいくらでもやらしてあげるよ』
『ええ、お願いするわ』
 孝夫が呆れた顔をして聞いて居る。
 次の写真では私の鼻にタバコペアがセットされ、祥子が2本のローソクの火を2本のタバコの先の下に持っていっている。
『これは最初の2号Tの時です』と孝夫が説明する。 『僕はタバコ責めを見るのは第1回の月例会に続いて2度目ですけど、すっかり興奮してましてね』
『うん』
 つづいて、赤い火の玉が中央に2つ並んで写っているだけで、後はまっくろと言う写真がある。
『これは露出時間を1秒にして、わざとフラッシを焚かずに撮ったのですけど、やはりタバコの火以外は何も写ってませんでしたね。 でも、知ってる人にはそれなりに面白いんじゃないかと思いまして』
『そうね。 まさに前衛芸術の写真ね』
 祥子がさかんに面白がる。
『でも、あたし』と美由紀は切なさそうに言う。 『こういうのを見ると、つい、祐治さんは苦しいだろうなと思って』
『うん、有難う。 でも、この時は少し酔ったような良い気分になっただけで、まだ苦しい程ではなかったよ』
 横でまた祥子が笑いながら口を挟む。
『そんなのんきな問答をしてると遅くなるわよ』
『はいはい』
 またページをめくる。 まず左上に私の鼻に祥子がタバコペアをセットしている写真があり、その下に真っ黒の中に火の玉2つとその近くのぼうっとした鼻と紐のようなものとが浮かんで見える写真が並んでいる。
『この2枚は4号Tの時の写真です』と孝夫が説明する。 『下の方はもう終りに近くなった時に、周期的に変るタバコの火の明るさが一番明るくなる瞬間をねらって充分近くで撮ったので、火の近くがいくらか照らし出されてぼうっと見えてます』
『するとこれは僕がせき込む直前で、恐らくはせき込みそうになるのを懸命に抑えて、息を大きく吐いてる時の写真なんだね』
『ええ、そうです』
『そうだな。 あのせき込みは大分苦しかったな』
 私はその時、必死に耐えて居た純一な心境を思い出して、写真の中でわずかに見える鼻を懐かしく見つめる。  横で祥子がまたはしゃぐ。
『これ、面白い写真だわね。 この方がさっきのよりももっと芸術的ね。 あたし、一枚貰って机の上に飾っておこうかしら』
 つづいて明るい中で美由紀が私の横で椅子に縛り付けられている写真があり、その後にまだ火のついてないタバコペアを鼻にセットした、私の顔の大写しの写真が出てくる。 私の顔がかなり苦しそうに見える。
 祥子がまたおどけた口調で言う。
『今度は本日のメインイベントの8号Tでございまーす』
 しかし、祥子のおどけた口調とは裏腹に、私はそれに続く場面での苦しさを思い出して、ぞくぞくっとする。 美由紀も切なさそうな顔をして言う。
『でもほんとに、あの時の祐治さんは火をつける前からとても苦しそうだったわ』
 私も経験を語る。
『そうだね。 8号だと確かに、火を点けずに放っておかれても呼吸が間に合わず、息苦しさがだんだん募る感じだね』
『それに火をつけるんですもの。 あたし、手は出せないし、真っ暗でお顔は見えなくて判らないけど、どんなに苦しいかと思うと、居ても立ってもいられない気持だったわ』
 美由紀がまた如何にも切なさそうに後ろ手の上半身をよじる。 それを見て祥子が笑う。
『美由紀は本当にSに弱いのね。 それが美由紀のいいところでもあるんだけど』
 次にはタバコが1本だけ私の左の鼻に3分の2程残って先が赤くなっており、もう1本のタバコは右の鼻の穴の下に糸でぶら下がっていて、その白くなった先から淡い煙が立っている写真がある。 写真の中では私は眼をつぶってうつらうつらした顔をしている。
 祥子が笑いながら言う。
『これ、すっかり参ったようね。 それとも気持がよくて、うっとりしてるのかしら』
 私は言い返す。
『そうだね。 一度、祥子にも体験して貰って、どっちかを判断して貰う必要がありそうだね』
『いいわよ。 そんなに気をつかって下さらなくても』
 祥子のすました顔に皆が笑い出す。
 その後、2号Tでの写真が1枚あってタバコ責めの写真が終る。
 私は写真の中の自分の顔を見ながら、懐かしさを押え切れずに言う。
『実際、あの時のタバコ責めはきつかったね。 でもとても懐かしく、もう一度やってみたい気もしないことはないね。 とにかくあれだけ厳しいタバコ責めは、前にも後にもまだあれだけだからね』
『また、やってあげるわよ』と祥子。 孝夫がまた呆れたような顔をする。



 またページをめくる。
『ここからは第2日です』
 まず海を背景にして、ビーチ・パラソルの横に祥子と美由紀とが水泳着姿で並んで立っている写真があり、ついで岬や沖の例の岩などを入れて海の風景を海岸から撮った写真がつづく。 いずれもとても明るい海の雰囲気がよく出ていて気持がよい。
 つづいてそのページの3枚目に、私が空気枕を頭の下に敷いてあおむけに寝ていて、体が細長い砂山で覆われている写真がある。 そして右側のページには、美由紀が砂浜にあおむけに寝て、身体をすっかり砂山に覆われている写真が3枚並んでいる。
『ああ、砂浜での最初のプレイは埋めっこ遊びだったね』
 私は4枚の写真を見回す。 身体の上の砂の重みの快い感触を思い出す。
『祐治さんも気持よさそうに寝てるわね』
『まあね』
 右側のページの最初の1枚には美由紀を埋めた砂山の全景が写っていて、その左の端に美由紀が眼と口とを軽く閉じて気持よさそうな顔を見せている。 2枚目には美由紀の胸に相当する辺から上が大きく写され、祥子が美由紀の鼻を右手の指でつまみ、美由紀は眼はつぶったままだが口は小さくあけて、相変らずうっとりした顔をしている。
『また、祥子がいたずらをしてる』
『違うわよ。 どうしたらプレイを一層楽しく出来るか、研究をしてたのよ』
 祥子が口をとがらす。 皆がどっと笑う。
 そして3枚目では、大写しにした美由紀の顔の上を蟹が這っていて、美由紀が眼を大きく開いて何か叫んでいる。
『ほらまた、いたずらして』
『違うわ。 これは研究の成果よ』
 また皆が笑う。
『なるほどね。 それにしても、すごい瞬間を撮ったんだね』
『ええ。 でも偶然ですよ』
 孝夫は謙遜する。
『あの時は本当に怖かったわ』と美由紀が肩をすくめる。 『手も身体もちっとも動かせないから顔の上の蟹も避けようがないでしょう?。 それに今にも挟みではさまれそうな気がして。 ほんとに、今思い出してもぞくぞくっとするわ』
『そうだろうね。 あまり気持のいいものじゃないだろうね』
『まあ、祐治さんはあたしのせっかくのアイデアにけちをつけるお積り?』
『いや、とんでもない。 とても楽しいプレイでした』
 私が慌てて打ち消す様子に、皆がどっと笑う。
『それにしても、美由紀さんは』と孝夫がいう。 『もっとずっと厳しいプレイでも平気で耐えることが出来るのに、あの小さい蟹に挟まれそうだというだけでそんなに怖がるのって、ちょっと不合理ですね』
 私は言う。
『うん。 でもそうは言っても、怖いという感情は理屈ではないからね』
 それに祥子が高級な解説を加える。
『そうよね。 だからプレイが成り立つのよね。 全てが合理的に考えられるのなら、プレイは必ず充分安全な範囲で行うのだから、少なくとも心理的には責めにならなくなる訳よね』
 さらに私が言う。
『それで祥子の出番もなくなるって訳だ』
『まあ、またそんなことを言って。 憶えてらっしゃい』
 祥子がすねてみせる様子に皆がまたどっと笑う。
 笑いが収まった時、祥子が真顔になってしみじみした調子でいう。
『とにかくこの頃はまだ砂に埋めると言っても、こんな簡単な埋めっこをしてただけで、それ以上のアイデアはなかったのよね。 それがあんな素晴らしいプレイに発展したんだから、プレイってやっぱりやってみないと解らない所があるわね』
 皆がうなずく。
 ページをめくる。 『ああ、渚の逆えびね』と祥子が懐かしそうに言う。 確かに左側のページには美由紀の、右のページには私の逆えび縛りの写真が並んでいる。
 まず左のページの一番上は、美由紀が逆えび縛りにされて波打ち際に置かれている写真である。 まだ波が来る前で、美由紀はあごを砂につけ、眼をつぶってうっとりした顔をしている。 私はその顔に見とれる。
『美由紀のこういう顔ってほんとに佳いね。 一枚貰って机にでも飾っておこうかしら』
『いやよ、恥ずかしいわ』
 後ろ手の美由紀がはげしく首を振る。 皆が笑い出す。
 つづいて2枚目では美由紀の顔が波で洗われ、水が鼻の上まで来ている。 そして3枚目では水流が美由紀らしい顔にぶつかり、すっかり覆って盛り上がっている。 美由紀もこの時の波をかぶった感触を思い出してるのか、食い入るように写真を見ている。
『この辺は美由紀が主役だね。 いいプレイだったね』
『ええ、この時は美由紀がいいきっかけを作ってくれたから、面白いプレイが出来たわ。 これが後につづく一連の楽しい波遊びの初めだから、意義が大きいわね』
『そうだな』
 右側のページに移る。 まず私が強い逆えびに縛られ、波打ち際に置かれている写真がある。 身体がぐっと反りかえり、みぞおちの辺を支点にして身体全体を支えていることがよく判る。
『あの時、祥子さんは少し手加減したって言ってたけど、それでも強い縛りですね。 祐治さん、こんな格好でよく長い時間、我慢できますね』と孝夫が言う。
『だってさ』と私がまぜっかえす。 『自分じゃどうすることも出来ないんだから、しょうがないだろう?』
『ああは言ってもね』と祥子が口を挟む。 『祐治さんはこの縛りがとてもお好きなのよ。 ほどいてくれって、自分からは絶対に言わないんだから』
『まあね』
 私はにやにやっとする。
 次はその姿勢で、水流が私の顔にぶつかり、額の辺までをぬらしている所を写した写真である。
『この続きで、祐治さんが本格的に波をかぶっている時は僕は8ミリを撮ってたんで、スナップ写真が抜けてます。 8ミリの方ももう出来上がってますから、後で映してみんなで見ましょう』
『そうだね。 じゃ、次へ行こう』
 その下の写真に眼を移す。
『ああ、亀塚ね』と祥子が言う。
『なるほど、亀塚ってこんな風になってたの』
 それは全体が亀の形をした高さ50センチほどの砂山を右斜め上から撮った写真であって、その先端に私のうつぶせの頭が出ている。 私は首を後ろ一杯に曲げて顔を上げている。 背中には奇麗な亀甲模様が彫ってある。
『この中に祐治さんが、さっきの厳しい逆えび姿のままで入ってるんですよね』と孝夫が言う。
『そうよ。 しかもそのまま一人ぼっちで30分も放っておいて、顔が波に洗われて溺れそうになってたのよ』と後ろ手の美由紀が義憤に耐えないという顔でまくしたてる。
『まだ、溺れるほどじゃなかったわよ』と祥子は言う。
『でも』
 美由紀はまだ納得しない顔をする。
『まあ、それはともかくとして』と私が話を変える。 『ただね。 僕もこの合宿の後で知ったんだけど、「塚」というのは本来は土を盛り上げて作ったお墓なんだそうだね。 だからまさに僕はお墓に埋められてしまってた訳なんだ』
『あら、そうなの』と祥子は言う。 『あたし、塚がお墓のことだなんて、ちっとも知らなかったわ』
『うん、僕も「土饅頭」がお墓の意味することは知ってたけど、塚もお墓だとは知らなかった』
『あら、土饅頭ってお墓のことなの。 あたしはただ、土で作ったお饅頭の積りで言ったんだけど』
『ああ、そうなの。 僕はまた祥子一流のブラックユーモアかと思ってた』
『まあ、それはそれは。 そんなに買いかぶって頂いて、有難うございます』
 祥子はことさら丁寧な言葉使いで頭を下げる。  そして顔を上げ、にやりとして言う。
『だとすると、あのまま溺れる所まで放っておくと、「塚」の本来の意味がそのまま活きて、もっとよかった訳ね』
『まあ、そうかな』
 私は逆らわずに受け流す。 他の2人は唖然とした顔で聞いている。



 亀塚をめぐる私と祥子のやり取りも一段落し、『じゃ、次に行くよ』と断ってまたページをめくる。 左のページには祥子が、右のページには私が砂に埋められたプレイの写真が並んでいる。
 まず、全体を見て面白く思う。
『ああ、ここは、埋めっこが段々進化していく過程の記録だね。 面白いね』
『ほんとね。 アイデアが進歩する様子が判って面白いわね』
 まず、左側のページには、あおむけに寝た姿勢で砂に埋められている祥子の写真が3枚並ぶ。 最初の1枚では、祥子は体は砂山で覆われてはいるが、頭はまだそのまま砂浜の面の上に横になっている。 2枚目では、砂山のつづきが頭の方に延びて、その端のすり鉢の底に祥子の顔が見える。 祥子は眼をつぶって、うっとりした顔をしている。
『この時の祥子は確か手足を縛ってあった筈だけど、でも、気持よさそうに寝てるね』
『ええ、でも大分心細かったわ』
『祥子にしちゃ大分弱気だね』
『だって、壁が崩れてきたら一巻の終りでしょう。 それを祐治さんったら、ちょっと泳いでくるから、おとなしく一人で待ってなさい、なんておどすんですもの。 あたし、まだ、その言葉を憶えてるわよ』
『でもそれは、あの後で祥子が僕をすり鉢の底で口まで埋め込んだことで、帳消しになったんじゃなかったのかい?』
『祐治さんを埋めたのは純粋のプレイよ。 この恨みとは別物よ』
 3人が吹き出して笑う。 つられて祥子も笑い出す。
 最後の写真では、砂の穴の底に祥子のいい形の鼻と口だけが見える。
『あたし、こんな風に埋められていたの。 われながらすごいわね』
 祥子が食い入るように見つめる。
『ええ、ほんと。 あたし、見てるだけで、胸がどきどきしてたわ』と美由紀がいう。
『うん、でも、この情景、とてもよかったよ。 ほんと言うと、僕もこの時、祥子の鼻や口も残さずに埋めてみたくなったんだけれど、うまい方法が考えつかなくて止めたんだ』
『そんなことを考えるなんて、祐治さんはSにも相当強いのね。 見直したわ』
 祥子は私も顔を見てにやりと笑う。
『また、そんなことを言って人をからかう。 それにしても潜水マスクを使えばいいって考えつくなんて、祥子はやっぱりすごいね。 とにかく実行力だけじゃなくて、次々とアイデアが浮かぶんだからね』
『ええ、でもあれは、あの潜水マスクがバッグの中に入っていたから、偶然に思い付いただけよ』
 祥子が珍しく謙遜するのをしおに右側のージに移る。
 まず、高さ20センチばかりの低いなだらかな砂山の頂上に私の首のあごから上がちょこんと載っている写真がある。 そして次にずっと高い砂山ができて、その砂山の中央にすり鉢状の穴があり、その底に私が口まで砂に埋められ、鼻から上だけを見せて見上げている写真がある。 そして、3枚目では、祥子がバケツをすり鉢の上で傾けて水をざーっと流し込んでいる写真になる。
『そうそう』と祥子がいう。 『このプレイの最中に、あたし、本格的生き埋めプレイのアイデアが頭に浮かんだの。 頭だけが砂の上にちょこんと載っているように埋めたら、どんなものかしらって。 この写真ではまだ砂の山の上に祐治さんの首が載ってるけど、どうせ埋めるなら砂浜の面に直接載るように深く埋めた方が面白いんじゃないかって。 しかも、自分では絶対に抜け出せないように、手足をきっちり縛っておいた方が面白いだろうって考えたの』
『なるほどね。 それがあの生き埋めプレイの発端なんだね』
『ええ、そう。 そして、それだけじゃまだ面白味が足りないから、砂浜にちょこなんと載っている頭に何か面白いいたずらが出来ないかしらって考えたの。 どうせ候補者は祐治さんだから、何かじっくりした責めが出来れば喜んで貰えると思って』
『なるほど。 それで?』
 私もすっかり興味が乗ってきて先をうながす。
『ええ、それで、頭の上にお水をちょろちょろとゆっくり流して、鼻と口とを水の膜で覆って、息が出来なくさせたらどうかしらって思いついたの。 苦しくなってもがいても、あごまできっちり埋めておけば顔も余り動かせないから、水から逃げることが出来ないでしょう?。 こんな責めも面白いなって考えたの』
 横で孝夫が感心したように言う。
『よく、アイデアが浮かびますね』
 美由紀も眼を輝かして聞き入っている。
 私がコメントする。
『でも、まだそれでは、あの波打ち際に埋めるアイデアまでは距離がありそうだね』
『ええ、そう。 そこで、お水をちょろちょろ掛けるプレイを実行してみる積りで海の水をバケツに一杯汲んできたんだけど、急に気が変って、このままざぶって掛けたらどうなるかしらって思って、やってみたの』
『それがこの写真ですね』
 孝夫が3枚目の写真を指差す。
『ええ、そう。 そうしたら、一度穴に水が溜まって祐治さんの頭がすっかり水に隠れて、その後、水が引いてまた出てきたでしょう。 これは面白い、と思ったの』
『ああ、その写真なら次のページにありますよ』
 ページをめくる。 そこはこのアルバムの最後のページで、最初の1枚は、すり鉢の中に少し泡だった水がほとんど一杯に溜まっていて、水面の中央にわずかに私の頭の頂点らしきものが見える写真である。 そして、2枚目には、水が大分引いて、鼻の頭がやっと隠れる位になっていて、私が少し砂のついた顔で見上げている所を写している。 すり鉢の内側の壁が少しえぐられて、縁も崩れ掛けているのが印象的である。
『ああ、この場面だね』
『ええ、そう。 そして、ちょろちょろ水を掛けるのは、かけひか何かを工夫して作れれば自然にやらせられないこともないけど、大概はあたしか誰かが手で加減しながらゆっくり掛けることになるでしょう?。 でも、ざぶって掛けるのなら、今、眼の前にいくらでも押し寄せてくる波を利用して、適当な場所に埋めておけば自然がいくらでもやってくれるでしょう?。 高さも頭だけ出しておくのだから、簡単に波をかぶるように出来るし、この方法なら、あたし達と違って、感情を交えずに、毎回毎回、強さの違う責めが何回でも繰り返されて理想的な責めになる、と気がついたのよ』
 一同、祥子の息もつかせぬ説明に、息をのんで聞き入る。
 孝夫が訊く。
『でも、実際問題として、波がどんどん来る場所に深い穴を掘って埋めるのは、ちょっと無理ですよね。 祥子さんは素晴らしいイデアでそれを解決しましたけど、あのアイデアは最初から持ってたんですか?』
 祥子が答える。
『いいえ。 祐治さんを埋めた穴を掘ったときも底にすぐ水が溜まって、それ以上深く掘るのがむずかしかったでしょう?。 だからそういう問題があることは分っていたけど、解決策はまだ思いついてはなかったの。 でも、あの朝、みんなで沖の岩に行ったとき、孝夫から、あの棚が潮が満ちてくると隠れてしまう、という話を聞いたでしょう。 その時、美由紀をあの棚に縛りつけて、潮が満ちてきて溺れかかるのを眺めるというプレイを考えついたんだけど、まだ、満潮までに時間がありすぎて、その時は駄目だったの。 それが、丁度あの時、潮が大分満ちてきてたんで、もうそろそろ実行してみようと思ったの。 そしてそれとの連想で、祐治さんを波打ち際に埋めるのも潮の干満の差を利用すれば出来るという考えが天啓のようにひらめいたのよ』
 私は深く感心する。
『ふーん、すごい発想の飛躍だね。 僕の生き埋めプレイが美由紀を岩棚に縛りつけたプレイと関係があったとは知らなかったな』
『でも』と孝夫が言う。 『干潮から満潮までは7~8時間もかかるでしょう?。 それは最初から気にならなかったんですか?』
『ええ、祐治さんなら長い時間の緊縛プレイにも慣れているし、その事についてはむしろ喜んで下さるって信じていたわ』
『ご信頼下さって有難うございます』
 私がことさら丁寧に言葉づかいし、軽く頭を下げる。 皆がまたどっと笑う。
 祥子は続ける。
『でも実をいうと、何時間ものながーい生き埋めと波かぶりとを組み合せたきついプレイだから、いくら祐治さんでも果して話に乗って下さるかどうか、あたしには自信がなかったわ。 やはり、祐治さんがやろうと言って下さったから出来たのよ』
『なるほどね。 でも、あの時は祥子はすごく自信ありげで、うまく話をもってきたものだから、つい乗せられてしまったような気がするけどね』
『でも、それだけじゃないわ。 実際、すっかり埋めた後で祐治さんは、自分もこのように埋められてみたいって思ってたのかも知れない、って言ってたじゃない』
『確かにそうだね。 恐らく僕も以前から、心の奥ではあのように頭だけ出してすっかり埋め込まれてみたいって願望があったんだろうね。 だから、それからのちょっとした延長に過ぎないんだ、ということで、あの、その格好でくり返し波をかぶる、という厳しいプレイのアイデアにも、すぐに乗ることが出来たんだろう』
 私はあの時の自分の心理を思い返しながら、再びうなずく。 皆もしーんとして、しばらく物思いにふける。
 少しして物思いから醒める。
『さあ、祥子に生き埋めプレイが生れた経過の素晴らしい話を聞かせて貰って、すっかり感激してしまってたけど、遅くなるといけないから次に進もう。 さて、このアルバムでは、もう1枚残っているだけだね』
 アルバムに向き直る。 皆が急に気がついたようにまたアルバムをのぞき込む。
 最後の写真は、私が水泳パンツ1枚で顔に潜水マスクをつけ、浴槽の中ではしごに縛り付けられて水底に沈んでいる所を、上から撮った写真である。 横の方では水面に少し光の反射があるが、私の沈んでいる付近は反射もなく、はっきり写っている。
『これも潜水マスクのテストという、祥子さんのアイデアでしたね』と孝夫がいう。
『うん。 何だかうまく言いくるめられて、冷たい水の底に沈められてしまったプレイだった』
『言いくるめたりはしないわよ。 その次のプレイに備えた神聖なテストだったのよ』
『確かにそうですね』
 孝夫がうなずく。 そして言う。
『でもこれがあの、頭まで砂に完全に埋め込んでしまうという素晴らしいプレイにつながっているなんて、この時はまったく気がつきませんでした。 そもそもそんなプレイがあり得るなんて、およそ想像外でしたからね。 だから、このプレイはこれ1枚しか撮ってないんですけど』
『それは貴重な記録だね。 そしてこれがまた、今度の貨物輸送プレイを可能にする決め手になりそうなんだから、ずいぶん大きな意味のあるプレイだったんだね』
 私はまた感慨にふけり、水底に横たわっている私の顔の下半分を覆っている潜水マスクと、それから延びて水面に顔を出し、水道の蛇口に結びつけられているパイプとを懐かしく眺める。
 ふと気が付く。
『このテストは確か、2日目の夜だったね。 するとこの日の昼間に美由紀を沖の岩にくくり付けたプレイをした筈だけど』
『ああ、あのプレイですか』と孝夫。 『あれは沖の岩に行く時に、カメラを持って泳いで行くのがちょっと面倒だったので持って行かず、撮ってないんです』
『ああ、そう。 それは残念だったね』
『そうですね。 あの時の祥子さんの言い方で、どうせ何かプレイをするって判っていたんですから、片手で高く捧げながら泳いででも持って行くとよかったですね。 すみません』
『いや、いいよ。 そんな無理をしなくても』
 そこで祥子が『そうね』と話を引き取る。 そして言う。
『来年またあの浜に行ったら、また同じプレイをして記録を取りましょう。 ね?、美由紀』
『・・・』
 美由紀は笑っていて応えない。

1.3 2冊目のアルバム

第1章 第3回月例会
05 /02 2017


 アルバムを2冊目と交換する。 『ここからが第3日です』と孝夫が説明する。
『いよいよ今度の合宿のハイライトの一つ、本格的生き埋めプレイって訳ね』と祥子が声をはずませる。
 表紙をめくる。 まず私が鎖のふんどしを締め、両手を後ろ手に組んで砂の上にうずくまっている姿を、前と斜め後ろとから写した2枚の写真がある。 足首と太腿とをきっちりと縛り合せて膝を伸ばせないようにしている紐の白さが印象的である。 また顔は可愛い女の子風に軽くお化粧し、髪もそのようにアレンジしてあって、裸ではどうしても男らしさを隠せない体つきとは対照的である。
『なるほど。 あの時に孝夫君も言ってたようだけど、確かにこの顔に対してはこの体がちょっと目障りだね。 早く埋め込んで見えなくした方がいいね』
『そうでしょう?』
 孝夫がしたり顔でいう言葉に皆がどっと笑う。
 3枚目には後ろ手の縛りが大写しにしてあって、両手首をきっちりと縛り合せ、腰の後ろの鎖に厳重に固定してある有様がよく判る。
『ふーん』
 私は自分の手首にかかっていた紐の造型をしげしげと眺める。
『なるほど、こんな風に縛ってあったの。 ずいぶん丁寧に、きっちりと紐を掛けてあったんだね』
『ええ、あの時はあたしもとても気が入っていたから』
 この祥子との会話で、あの時のこころよい緊張感が改めてよみがえってくる。
 ページをめくる。 まず、穴の縁にしゃがんで中をのぞき込んでいる後ろ手姿の私を横から撮った写真がある。 向う側には中腰の姿勢で私を見詰めている祥子と美由紀の顔も見える。
『さすがの祐治さんも緊張した顔をしてるわね』
『うん、あの時はね、あそこに下りたら自分ではもう絶対に穴から出られないんだ、と思ってね。 それに脚は曲げたままで伸ばせないし手も使えないしするから、静かに下りる訳にはいかないんで、飛び下りる決断をしてたんだ』
 孝夫がうなずく。 そして言う。
『もっともですね』
 2枚目には穴の中で背筋をのばして正座している私の写真がある。 顔がやっと穴の上に出ている。 私は眼を軽くつぶって、しごく穏やかな顔をしている。
『この写真ではもうすっかり落ち付いたようね』
『そうだね。 もう絶対に出られないと決まったら、却ってほっとしたような気分になってね』
 美由紀がしきりにうなずいている。
 その次の写真には、孝夫がスコップで穴に砂を入れ、祥子がバケツで水を注ぎ込んでいる光景が写っている。 私は相変らず背筋をのばし、顔をまっすぐ立てて眼を軽く閉じている。
『これは美由紀が撮ったのかい?』
『ええ、祥子さんに言われて』
 祥子がしたり顔で解説する。
『ええ、そうよ。 これはあたし達の今度の合宿での一番重要な行事の一つだから、途中の経過もちゃんと記録しておかないとね』
『なるほどね』
 私は一度はうなずいてみせる。 そしてつけ加える。
『そして、それと同時に、これは生き埋めという犯罪を実行した犯人を特定する証拠写真ででもあるわけだ』
 皆がどっと笑う。 祥子が反論する。
『でもね、すぐ前の2枚の写真で、被害者も自分から進んで穴に入ったので、生き埋めされることを望んでいたことが証明されるんじゃない?』
『うん、そう見えないこともないね。 でもそれは、脅迫されて止むをえず、自分で穴に入ったのかも知れないよ』
『でも』と今度は孝夫が異議を称える。 『それにしてはこの写真の顔が穏やか過ぎますよ』
『なるほどね。 強迫されてというのはちょっと無理かな。 それじゃ、生き埋め犯人についても情状酌量の余地ありか』
 また皆がどっと笑う。
 右側のページに移る。 埋め込みが終って、平らな砂浜の上に私の頭だけをちょこんと載っている写真が、正面からと右前からと、それに前からの大写しと、角度や距離を変えて3枚つづく。
『面白いね。 僕の頭はあの時こう見えてたのかい』
 私は下あごまで砂浜に着いてじっと眼を閉じている自分の顔をつくづく見つめる。 言いたいことが沢山あるような気がするが、表現する言葉が出てこない。
 美由紀が懐かしそうに言う。
『この時あたし、横で見てるだけで胸がどきどきしちゃったわ』
 孝夫も言う。
『ほんとですね。 こういうプレイって、側で見てるだけでもほんとに興奮しますね』
 祥子が聞きとがめる。
『だって、孝夫は見てただけじゃなくて、自分で手を下して埋め込んだんだから当然よ』
『そういえばそうでしたね』
 孝夫があっさり認めたので、皆がどっと笑う。
 またページをめくる。 まず、美由紀が手を両脇にだらりと下げて穴の中に座り、孝夫がスコップで砂を入れている写真がある。 まだやっと膝の上に砂が載り始めた状況だが、美由紀はもう眼をつぶってうっとりした顔をしている。
『美由紀は縛りなしで埋めたことの証拠写真よ』
『なるほど、丁寧だね』
 次に、美由紀が脇の下まで埋まって肩から上だけを見せている姿を、正面と左斜め前とから撮った2枚の写真がつづく。 2枚目には左の端近くに私の頭も写っている。
『これ、美由紀の胸像という訳だね。 生き埋めプレイも観て楽しむ方から言うと、この程度に埋めたのが一番美しいね。 僕ののようにあごから上だけが出てるというのは、生首みたいで少しグロテスクかもね』
『ほんとにそうね。 あの時はそうも思わなかったけど、こうやって写真の中で並んでるのを見て比較すると、頭だけというのはやはり少し異様な感じね』
 この会話に美由紀も孝夫も写真をみてうなずいている。
『どうしてそう感じるのかな』
『そうね、それは、地面に直接置かれた首には生命なんかある筈ない、という先入感があるからじゃないかしら。 その首が笑ったり口をきいたりするから、異様に感じられるのよ、きっと』
『うん、そうかな』
 私はあらためて写真を見直す。
『僕はこの写真で見るだけで、現実にあごまで埋まってる首を上から見下した感じは知らないけど、何となく解るような気がするな』
『でも』と孝夫が言う。 『祐治さんは後で、美由紀さんが肩まで埋められたのを見たんじゃないですか?』
『うん、見た。 でもあれは首の付け根から上がすっかり出ていたから、丁度ショーウインドーのかつらの展示を見ているみたいで、それ程とも感じなかったけど』
『ああ、そうですか』
『それで』と祥子は興味ありげに私の顔を見る。 『埋められる立場から言うと、脇の下までとあごまでとではどっちが好かったかしら?』
『それは深く埋められた方がきっちり決まってて、もうどうにもならないと言うことで、気分もすっきりしてた』
『美由紀は?』
『あたし、あごまで埋められたことがないので解らないわ。 でも、脇の下までよりは肩までの方がやはり、「ああ、ほんとに埋められちゃった」って、奇妙に落ち着いた気分になった気がする』
『そう、やっぱりね』
 祥子はうなずく。
 その顔を見て、また空想が広がる。 そこの写真の端に写る自分の頭を指さして、新しい構想を持ち出す。
『それで、僕のこの時のよりももっと深く埋めたらどういうことになるのかな』
『というと?』と祥子が聞き返す。
『つまり、頭が砂浜の面よりも完全に下に来るように深く埋めて、埋められた者が平坦な砂浜にぽっかり口を開いている穴の中から上を見上げてるようにするんだ』
『ああ』と孝夫がうなずく。 『つまり、その前の日に祐治さんの頭の周りにすり鉢を作った時みたいにですね』
 私は孝夫にはまだ新構想のねらいが解ってないらしいと気付いて、心の中でにやりとする。 そして説明する。
『うん、あれと似てるけど、少し違うんだ。 あれでは頭は砂浜の平面よりは上にあったから、山が崩れる途中では一時的には鼻や口が砂で埋まる恐れはあるけど、自然に帰れば頭が外に出るという安心感があっただろう。 所が今度はそうではなくて頭が砂浜の面より下にあるから、長く放っておかれると穴が自然に砂で埋まってきて、自然に帰れば頭が砂の中にすっぽり埋もれてしまうという不安感があって、それを考えただけでも緊迫感に強くなるんじゃないかな』
『ふーん、すごいですね』
 孝夫が改めて感心した顔をする。
『なるほどね』
 祥子もひとつ大きくうなずく。 そしてさらに想像の羽をのばして言う。
『そして波打ち際でそれをすると、波がやって来て穴に流れ込んだ水がなかなか引かないわけね。 もっともその前に水が浸み出して来て穴の中に溜まるでしょうし、そのうちには砂の壁も崩れてくるでしょうし。 面白いわね』
『すごいですね、祐治さんも祥子さんも。 そんなアイデアが次から次へとよく浮かびますね』
 孝夫がまた感心した顔をする。
 しかし、美由紀が言う。
『でもそんなことしたら、祐治さんは生命がいくつあっても足りないわよ』
『そうだね。 この写真の生き埋めプレイと違って、波打ち際で実行するのは潮の干満の差を利用するとしてもちょっと無理だろうね。 だから実行するとすれば水の来ない所だろうけど』
『水が来ない所でも、そんなに深く掘るのは大変ですよ』と今度は孝夫が実務の立場から懸念を表明する。 『それに万が一にも砂の壁が頭の上に崩れてきたりしないように、充分に広く掘らなければならないでしょうし』
『まあ、そうだね』
 私はそう受け止めて、話の収拾を図る。
『今はちょっと思いついただけだから、現実に実行するときはまた考えるよ』
 皆がうなずく。



 右側のページにはまず、砂浜に頭だけを出している私の、鼻をタバコで「浄めて」いる写真2枚がある。 いずれも鼻の穴に差し込まれた2本のタバコの先からは紫煙が淡く立ち昇っている。 そのうち1枚は私の右前から撮った写真で、右の隅には顔を私の方に向けて心配そうに見ている胸像姿の美由紀も写っている。 そしてもう1枚は正面から大写しにした写真で、私が口を布粘着テープのぐるぐる巻きで蓋され、鼻に火のついた2本のタバコを装着して、目をつぶってじっと耐えている様子がよく判る。
『まさに無念無想といったところね』と祥子が笑う。
『そうだね』
 私はあの時の自分を懐かしく思い出す。
『とにかく正座したまま身動き一つ出来ず、呼吸も出来るだけゆっくり静かに行うと同時に意識を集中して鼻の奥のむずむずを抑え込まないと咳き込んでしまうから、まさに強制的に座禅をさせられてるようなものだね。 だから自然に無念無想ということにもなる訳だ』
『そうね』
 祥子もまじめな顔になる。
 続いて3枚目には、私と美由紀の前に野菊の花束が一つづつ飾ってある写真がある。
『つぎのページにこの続きがありますよ』
『うん』
 私はまた一枚めくる。
 そこにはまず、祥子が私の頭の上にコップでちょろちょろと水を注いでいる写真が2枚続いてある。 1枚目の右端近くには私の顔を心配そうに見ている美由紀も写っている。 一方、顔を大写しにした2枚目では、水の膜が鼻と口とをすっかり覆っていて、私が眼をつぶって息を詰めている様子がよく判る。
『祥子さんはこういう図柄が好きですから』と孝夫が笑う。
 祥子はいう。
『あたし、この時ほんとは、さっき言ってた、水をゆっくり掛け続けて、鼻と口とを水の膜で長時間ふさぐプレイをやってみたかったのよ。 でも、今日は後でたっぷり波をかぶるのを見られるからと思って止めたの』
『この写真でも僕は大分息を詰めているようだけどな』
『でもコップじゃ、ほんとに息苦しくて我慢出来ない所までは行かないから、ほんのお遊びよ。 本格的にするには、やはり1分半から2分は続くように工夫しなければ』
『なるほどね。 それだとこたえるだろうな』
 私もそのプレイの場面を想像してぞくぞくっとする。
『そして少なくとも、我慢がし切れなくなって思わず息を吸い込んで、気管に水が入って激しく咳き込み始める位までは続けないと、本格的とは言えないわ』
『なるほど、きびしいね。 するとこの時は祥子女王様がちょっと差し控えて下さったので、僕は地獄の苦しみを味わわずにすんだ、という訳だ。 感謝するよ』
 私のおどけた言葉に皆がどっと笑う。
『でも』と美由紀が言う。 『あの状態で気管に水が沢山入ったら、うつむくことも出来ないから、悪くすると咳き込んでも水を吐き出せないで、ほんとに息が詰まってしまうんじゃないかしら』
『そうね』
 祥子も真面目な顔になる。 そして言う。
『そうなると背中も叩けないし、他にもちょっと簡単に助け出す手段がない訳ね。 少し慎重にプレイをする必要がありそうね』
『そうですね』
 孝夫も真面目な顔でうなずく。
 私はその時に身体で受け止めていた紐や砂の感触を思い出し、Mの娯しみをかみしめながらもしみじみした気分になる。
『いずれにしてもこうなると、僕は何をされてもほんとにどうしようもないんだね。 こんなコップの水さえ逃れられないんだから』
『でも、その無力感が祐治さんにとっては何とも言えない魅力なんでしょう?』
『まあ、それはそうだけど』
 その列の3枚目には祥子が美由紀の頭にコップで水をちょろちょろ注いでいる場面が写っている。 美由紀は相変らず目をつぶり、うっとりした顔をして息を詰めている。
『美由紀は相変らず、気持よさそうな顔をしてるね』
『あら、いやだ』
 美由紀は得意のせりふを吐いて下を向く。
 右のページに移る。 まず、私の頭の横の敷物に祥子と美由紀が腰をおろして食事を拡げている写真があり、ついで頭を少し後ろに傾けて小さく開けた私の口に、美由紀の手が小さく切ったサンドイッチを入れようとしている場面の写真がつづく。 私も美由紀も目の表情が生き生きとしていて、我ながらほほえましい写真になっている。
『まさにペットに餌をあたえている図よね』と祥子は言う。
『あら、いやだ』
 美由紀はまたそう言って、後ろ手の上半身をくねらせる。
 つづいて、美由紀が私にカップで紅茶を飲ませている写真がある。 私と美由紀とが呼吸を合せて、紅茶をこぼさないようにゆっくり飲ませ飲んでいる快い緊張感が写真から伝わってくる。
『これは適当な緊張感もあって佳い写真ですね』と孝夫も言う。
『そうだね』
 私はそう応えて、つくづくその写真を眺める。 見詰めているうちに、何となくほほえましいばかりではなく、ちょっと異様な感じがしてくる。
『さっきも話が出たけど、砂の上に頭だけが載ってて、それが物を食べたり飲んだりしてるのって確かに少し異様な風景だね』
『そうね。 でも、ずいぶん変った雰囲気が出てて面白いわよ』
『そうかな』
 もう一度その写真を見直してから、ページをめくる。
 まず、高さが40センチばかりの砂山があり、その前の部分だけが幾分欠けて凹んでいて、そこに顔の上半分だけが見えている写真がある。 頭の上も両側も砂にすっかり覆われていて、見えるのはひたいと眼だけである。 また、砂に隠れている鼻に当る所からは2本のパイプが斜め上に立っている。 そして横に腰を下ろして祥子が、顔が嵌まっている砂山の側面をじっと見詰めている横顔も写っている。
『さすがの祥子もこの場面では緊張してるようだね』
『そりゃそうよ。 これは初めてのプレイで、しかもうっかりすると命にかかわるかも知れない重大なプレイですもの』
『そうだね。 口じゃ悪女ぶってても、プレイとなるとやけに慎重に行動するのが祥子のいい所だね』
『まあ』
 祥子が怒った顔を見せる。 そして言う。
『そんなこと言って人を茶化すと、この次のプレイからはもっと粗雑に扱ってあげますからね』
『やあ、ごめん、ごめん』
 私は手を振る。 そして、頭を下げて言う。
『悪女ぶるという発言は取り消すから、この次からもなるべく慎重に頼む』
 皆がまたどっと笑う。 祥子も一緒に笑い出す。
 つづいて完成した砂山を正面と右前とから写した写真2枚がある。 砂山は高さが1メートルほどもあり、その前には小さな砂の壇が作られて火のついたローソク2本と線香3本が立ち、線香からは淡い紫煙が立ち昇っている。 そして先ほどよりも立派な野菊の花束も供えてある。
『ずいぶん凝ってるね』
『ええ、そうよ。 親愛なる祐治さんのお墓だから、この位のことはしないと』
 祥子はそう言って笑い、ついで『これがパイプの先よ』と指で差し示してくれる。 山の頂上のちょっと横に小さくパイプの先らしいものが2本見える。
『ふーん、これが僕の命の綱のパイプだった訳かい』
 私は感慨をもってそのパイプを見詰める。 そしてまた、写真全体を眺め直す。
『それにしても、こんなに立派な墓を造って丁寧に供養までして貰ったんでは、後でのこのこ出て来たのが申し訳ないみたいな気がするね』
『どういたしまして。 色々と遊ばさせていただいて、元は充分にとらしていただきましたから』
 祥子がすまして言う言葉に皆がどっと笑う。
『でもこの時は、祐治さんのご無事なお顔を見るまでは心配でならなかったわ』と美由紀が言う。
『うん、有難う』と応える。
 また、頭に砂のずっしりした重みを感じながら、じっと闇の中の孤独を娯しんでいた気分を思い出す。
 ついで右側のページには、祥子が砂山にカップで水を掛けている写真がある。
『このお水はちゃんと祐治さんまで届いたのかしら』と祥子が言う。
『うん、頭から水が顔につたって降りてきてね。 なんだか奇妙な気分だった』
『そうね』と美由紀も言う。 『あたしが埋められた時も頭から水がしたたってきたわ』
『なるほどね』と祥子が感心したような顔をする。 『砂の中でも水は案外ちゃんと流れていくものなのね』
 つづいて、砂山の前に3人が並んで腰を下している写真が並ぶ。
『これ、あたし達全員が揃っての記念写真よ』と祥子がすまして言う。
『そう言えばそうですね。 面白いですね』と孝夫が面白がる。
 3枚目は、砂山の腹に大きなへこみが出来ていて、その横に荒船さんと小学校に入り立てくらいの男の子が並んで立っている写真である。 日に焼けたやんちゃそうな男の子の顔が印象的である。
『この子だね。 砂山にどすんとぶつかって来て、このへこみを作ったのは』と私は写真の中の子を見詰める。 『ほんとに見るからに元気そうで、やんちゃそうな子だね』
『そう言えば祐治さんはこの子を一度も見てない訳ね』と祥子がいう。
『ええ、そうですね。 この子が現れた時は祐治さんは2度とも砂の中でしたから』と孝夫が笑う。



 また1枚めくる。 また美由紀が私の口にクッキーを入れてくれている写真がある。 私は頭の上にも小さな砂山があって、顔の前面だけが出ている。 つづいて、あごを少し上げるようにして、美由紀にカップでジュースを飲まして貰っている写真がある。
『美由紀は祐治さんにはとても親切なんだから』と祥子が笑う。
『祐治さんにだけじゃないわ。 こういう時には誰にでもよ』と美由紀は口をとがらす。
 この写真では、もう砂の上に水が来た跡があり、あごが少し濡れ、砂山の後ろの部分が少し崩れかかっている。 祥子が指で波の跡を示し、嬉しそうに言う。
『もう、波がここまで来てるわよ。 そろそろ波のうたげが近づいて、楽しくなりかかった所ね』
 その下の写真に移る。 美由紀がまた高手小手に縛られ、砂の上に横座りに腰を下ろしていて、その後ろ手の手首から伸びている短い紐の先を、祥子が砂浜から30センチほど突き出た杭の頭の環に結びつけている。 『波のうたげのオードブル』と祥子がつぶやくように言う。
 次のページの最初の写真では、美由紀が背中を見せて右肘を下に横になり、手首からの紐がまっすぐ下に伸びて、その先が砂に隠れている。 美由紀は黙ってくいいるように写真を見詰める。
 2枚目は横になっている美由紀を前から撮った写真で、水泳帽をかぶった後ろ手の美由紀は右の耳の辺を砂浜に着けて、また眼をつぶってうっとりした顔をしている。 祥子が指で差して言う。
『この顔、気持よさそうね』
『あら、いやだ』
 美由紀が身体をくねらせる。
 3枚目は少し離れた所から撮った写真で、頭を海に向けて横になった美由紀の足から2メートルばかり離れた所に私の頭が鎮座している位置関係がよくわかる。
 ページをめくる。 まず、水流がどっと美由紀に向ってやってくる所の写真がある。 そしてその次の写真では、美由紀の頭から小さく水しぶきが上がっている。 後ろの方に私の頭も小さく写っている。 3枚目は海の方に向いて汀の線に平行に横たわっている美由紀を背中の方から撮った写真で、美由紀の身体からはかなり大きな水しぶきが上がっている。
『まだ、この辺じゃ、おとなしいわね』と祥子がいう。
『大分物足りなさそうだね』
『そりゃそうよ。 せっかくプレイをするんですもの。 少なくともこの位にはならなければ』
 祥子が指差した右のページの最初の写真では、美由紀の身体がすっかり水に覆われ、盛り上がった水面の下に肌がすけて見える。
『なるほどね』
 私はうなずいてみせる。
 その下の2枚目では、大きく崩れながら押し寄せてくる波頭と美由紀の眼を大きくあけて何かを叫んでいる顔とが写っている。 そして3枚目では白く泡立った水面だけが写っている。
『これ、一番大きい波の時の写真です』と孝夫が説明する。 『この時から僕は8ミリにかかっていたので、この3枚は祥子さんが撮った写真です』
『なるほど、祥子が撮った芸術写真か』
 私はその泡だった水面だけの写真を、その下の水中で後ろ手姿で杭に繋がれて横たわり、身悶えている筈の美由紀を想い描きながら見つめる。 祥子がしたり顔をして言う。
『これでやっと本格的な感じになったわね』
『でも、この時は怖かったわ』
 美由紀が後ろ手の肩をすくめる。
『このすぐ後よね。 美由紀が「もう、かんにんして」って得意のせりふをはいたのは』
『得意なんかじゃないわ』
 美由紀がまた口をとがらす。
『でも、水面の泡だけ撮るなんてしゃれてるね』
『そうでしょう?』
 祥子が自慢げな顔をする。 そして言う。
『ね?、あたしもまんざら捨てたものでもないでしょう?』
『それほどでもないけどね』
 私は軽くいなしてから、左右のページに並ぶプレイの写真を見回す。
『それにしても、こういうプレイをよく考えつくね』
『これは祐治さんが退屈そうでお気の毒だから、お慰めするために一生懸命考えたのよ。 少しは感謝なさい』
『それはどうも』
 私は軽く受け流した後で、少しからかってみる。
『でも祥子はこのアイデアが浮かぶと、すぐに実行したくてしょうがなくなって、美由紀を強引に説得したんじゃないのかい?』
『そうね。 その気味もあるわね』
 祥子は案外あっさりと認める。 そして美由紀に矛先を逸らして言う。
『でも、美由紀だって嫌じゃなかったのよ。 ね、美由紀?』
 美由紀は小さい声で『ええ』と言って下を向く。
『そうだね。 そう言えば、この時、祥子と孝夫君が別荘に杭を捜しに行ってる間に、僕は美由紀と2人で「お互いに因果な性分だね」って笑い合っていたっけ』
『あら、あたしの居ない間に、2人でそんな甘い言葉を交していたの?。 油断も隙もないわね』
 祥子の呆れたように言う言葉に、また皆が笑う。
『要するに、みんながそれぞれに楽しんだって訳ですね』と孝夫がしめくくる。
 それを機に、先ほど出した疑問をもう一度訊いてみる。
『それで、このように短い紐で杭に繋いで起き上がれないようにして波にさらす、というプレイは、あの時とっさに思いついたのかい?』
 祥子は答える。
『そうね、実はね。 杭に繋ぐというのは、昨日祐治さんを渚の逆えびにしたすぐ後で思い付いて、そっと暖めてたアイデアだったの。 渚の逆えびでは実際に流され始めたらすぐにプレイを中断しなければならないけど、もっと放っておくためにはどうすればいいかって考えてて、そうだ、杭に繋げばいいって気がついたの。 そうすれば波がくる度に、今度持って行かれるか、今度はどうかって予想する楽しみは無くなるけど、その代りに波に翻弄されて必死にもがき悶えるさまを何回でもじっくり鑑賞できる利点があるわよね。 だから今度も最初は逆えびの積りだったんだけど、いい杭が手に入ったので、足が自由なのに起きられないというのも面白いと思ってあの形にしたの。 とてもうまくいったわ』
 祥子はこういうプレイの話をする時、如何にも冷酷そうな描写や表現を交えて嬉しそうに話す。 祥子らしいな、と思う。
『なるほどね』
『でも、こういう風にして放っておけば、潮が満ちるにつれて責めが自然に強くなって限界まで楽しめる、というのは、祐治さんのこの生き埋めプレイを見てからのアイデアよ。 これでこのプレイに一層の面白さが出てきたわね』
『うん』
 また、ページをめくる。 『いよいよ、本番ね』と祥子が身をのり出す。
 まず、かなりの水流が押し寄せ、その先端が私の顔のすぐ前まできている情景の写真がある。 私は口をつぐんで水流をにらんでおり、もう手足が自由になった美由紀が横で横座りで砂に手をついて前屈みになり、心配そうな顔で流れの先端の辺りを見ている。 ついで次のページにかけて、私の顔に水流がぶつかって水しぶきを上げている所、泡だった水面に白い水泳帽の先だけが見えている所、私がぐっしょり濡れた顔で口をあけて大きく息をついている所、と3枚の一連の写真がつづく。 そしてさらに、角度を変えて後ろから取った、私の頭で水しぶきが上がっている写真と、戻っていく水流が私の頭の所で盛り上がっている写真とがあって、ページが終る。
『このとき僕は8ミリにかかりっきりだったので、これも祥子さんが撮った写真です』と孝夫が説明する。
『あたしも案外うまいわね』と祥子がはしゃぐ。
 私はその時のもう極限に近い体験を思い出し、だまって写真に見入る。
 美由紀が溜め息混じりに言う。
『でもほんとに厳しいプレイだったわ』
『そうだね。 ここでは1度か2度の波かぶりの写真しかないけど、それが何回も何回も繰り返したんだからね』
 また改めて一連の写真を見回す。
『その情景は8ミリでずっと詳しく撮ってありますから、後でじっくり見ましょう』
『うん』
 ページをめくる。 そこはアルバムの最後のページになっている。 まず、はげしい雨にかすむなかで、砂浜のずっと海に寄った所に白いものが一つ、ぽつんと置かれているのが見える。
『この夕立はずいぶん激しかったですね。 稲妻や雷もすごかったし』と孝夫がいう。
『あたし、怖かったわ』と美由紀が肩をすくめる。
『そうだね』
 私もそのときの不安を思い出す。 そして言う。
『僕もこの浜で出っ張ってるのは僕の頭だけかと思うと、余りいい気持はしなかった』
『でも、プレイの無事終結を祝うにふさわしい、佳い贈物だったんじゃない?』と祥子がいう。
『うん、僕もその時、そうも思っていた』
『なるほどね』と孝夫がまた感心した顔をする。 『祐治さんと祥子さんとはすぐに発想も一致するんですね。 本当のSと本当のMとは、やはり通い合うものなんですかね』
 最後に、もう暗くなった砂浜の写真が2枚ある。 1枚ではかなり離れた所に人が2人立っているシルエットがあって、その足下に何か塊があり、その右端近くに小さな赤い点が見える。 画面の右手には海があって、押し寄せている水流の泡の白さやバックの岬の稜線の岩でごつごつしたシルエットが印象的である。 そして最後の写真では白い波頭が列をなす海を背景に、腰を下している2人のシルエットとその横の円錐形の砂山のシルエットとが美しい画面を構成している。
『ずいぶん感度のよいフィルムを使っているし、丁度、月が明るいからと思って、フラッシをたかずに露出時間を充分長くして撮ったのですけど、やはり何が写っているかは余りよく判りませんね』と孝夫が残念そうに言う。
『でも、とても幻想的で美しい写真じゃない?。 2人の人物のシルエットだけでも充分楽しいわよ。 それにこの赤い点が印象的ね』と祥子はすっかり喜んでいる。
『そうだね。 この円錐形の山も面白いね。 とにかく、こうしたシルエットを活した写真っていいものだね。 とても想像力をかきたてるね』
 私はなおもその2枚の写真を見つめ、余韻を楽しむ。



 ややあって我に返って、『さあ、また1冊終った』とアルバムを閉じる。 皆もほっとした顔をする。
『でもこうやってみると、この2冊目のアルバムは本格的生き埋めプレイで始まって、そのプレイで終っちゃったんだね』
『そう言えばそうね。 よく写真を撮ったものね』
 祥子は今さらながら感心したような顔をする。
『ええ、僕も素晴らしいプレイの連続にすっかり魅せられていましたから』と孝夫。
『あたしもよ』と美由紀も言う。
『ほんとに美由紀も随所に活躍してるし、やっぱり美由紀も乗ってたんだろうね』
『ええ、そう』
 美由紀はうなずく。
『とにかく僕は、この日は朝から晩の遅くまでずうっと砂の中に居て、何もしないで一日中たっぷり楽しませて貰ったんだから、みんなに感謝するよ』
『でも、楽しんだのは祐治さんだけじゃないわ。 祐治さんがプレイに乗って下さったお陰でみんなが楽しんだのよ』と祥子。
『ええ、そうよ』と美由紀も言う。
『とにかく、この1冊は、この生き埋めプレイがいかに素晴らしかったかと言うことと、あたし達がこのプレイにいかに打ち込んだかということの証ででもあるわけね』
 祥子がしみじみした口調でいうこの言葉に、あらためて皆がうなずく。

1.4 3冊目

第1章 第3回月例会
05 /02 2017


 3冊目のアルバムに移る。 『ここからが4日目です』と孝夫が説明する。
 まず最初に、砂浜に細長い穴が掘られ、その50センチほどの深さの底に私があおむけに寝ている写真がある。 そこでは私は顔に潜水マスクを着け、首と両手首、それに縛り合せた両足首とをそれぞれ底に敷いた金属製のはしごの段にくくりつけられている。 そしてその写真につづいて、穴が既に大部分埋め戻され、端の方にまだ残っている穴の斜面の底に眼とひたいと白い水泳帽をかぶった頭とだけが見えている写真が並んでいる。
『ああ、祥子女王様がご発案あそばした水平埋め込み、つまり神隠しだね。 埋める途中の経過もちゃんと撮ってあるんだね』
『ええ』
 3枚目の写真では、砂浜にビーチ・パラソルが立っていて、その下に敷物を敷いて赤いバッグが載せてある。 そのすぐ横では祥子と美由紀が並んで砂に腰を下ろして、顔を見合せて何かを話し合っている。 陽光を一杯に受けた砂浜は外には何の変哲もなく、ひろびろと拡がっている。
『平和な風景だね』
『ええ、でも』と孝夫が敷物を指さして言う。 『この下には祐治さんが埋め込まれているんですよ』
『なるほどね。 平凡で何の変哲もないだけに、知ってるものには却って趣きがあるね』
 私は改めてその写真をなつかしく眺める。
 祥子が言う。
『荒船さん達は全然気が付かなかったようだけど、この埋め方でもこの赤いバッグの陰にはパイプの頭が顔を出してて、それが余り面白くないわよね?。 本当に何も残らないようには埋められないかしら』
『そうですね』
 孝夫はちょっと考える。 そしてアイデアを出す。
『よく、スキューバ・ダイビングといって、空気ボンベを背負って海に潜ってますね。 あれが使えませんかね』
『そうね。 それだと空気の補給のパイプの頭も出しておく必要がなくなるわね』
 祥子はうなずく。 しかし、私にはちょっと気になることがあってコメントする。
『でもね。 スキューバ・ダイビングでは吸う空気をボンベから補給して、吐く空気は水の中に出してしまうんだよ。 砂に埋められてて、空気がうまく吐き出せるかどうかが問題だな』
『なる程、そういう難しさがありますか』
 孝夫がうなずく。
『でも面白いアイデアね。 一度研究する価値があるわ』
『まあ、そうだね』
『じゃ、それは後にして、つぎに行きましょう』
『うん』
 ページをめくる。
 新しいページの最初の写真で、敷物の上の赤いバッグが大写しされ、その陰に2本のパイプの頭が顔を出している。
『ああ、そうそう。 これがその時のパイプの先の状況です』
『ああ、そう』
 私は一度はその写真を眺める。 しかし、すぐにその下にある写真に目が奪われる。 それはまた砂浜の写真で、まず最初に祥子が逆えびに縛られ、頭を海の方に向けて波打ち際に置かれている写真がある。 かなり強烈な逆えびである。
『へえ。 僕が埋められてる間に祥子を「渚の逆えび」にしたの。 何かしたらしい、とは思っていたけど』
『ああ、感付いてた?』
 祥子は笑う。
『うん、確かイヤホーンから祥子が「やってちょうだい」と言ってるのを聞いて、一体何だろうと思ってたよ。 掘り出されたら訊いてみる積りだったけど、例の2人が現れたのに紛れてすっかり忘れてた』
『ああ、そう。 確かにあの後、話に出なかったわね』
 祥子はうなずく。 そして孝夫が笑いながら説明する。
『ええ、あの時は祥子さんが「是非に」っていうものですから、僕と美由紀さんとで慣れない縛りを無理してやりましてね』
 その説明に祥子が文句をつける。
『そんなに恩着せがましく言うものじゃないわよ。  孝夫も結構楽しんで縛ってたんじゃないの?』
『まあ』
 孝夫は笑って、それ以上応えない。
 次の写真では水流が祥子の顔にぶつかって水しぶきを上げている。 そして右側のページの最初の写真では腹を浅い水に漬けて、頭をあげてあえいでいる祥子が写っている。 そしてさらに、水面に祥子の濃いえんじ色の水着の腹だけが見えていて、緊張した顔の孝夫が手を差しのべて、まさに助け上げようとしている写真が続く。
『ふーん、ここまで辛抱したの。 さすがだね』
『ええ。 実はこの少し前に、もうほとんど流されかけたんで、もう止めましょう、って言ったんですけど、祥子さんが承知しないものですから』
 孝夫が言い訳するように一息にそう説明する。 そして付け加える。
『でも、この写真の波で祥子さんも納得がいったらしく、これで終りにしました』
『ああ、そう』
 私は改めて4枚の写真を眺め直す。
『それにしても祥子は一体何で、渚の逆えびを受けてみる気になったの』
『そうね、別に理由はないけれど。 ただ、その前の時に祐治さんがあんまり楽しそうだったから、どんなものかなって思ったの』
『ふーん』
『それに祐治さんが居ると責めの内容を勝手に拡張して危険だけど、美由紀と孝夫だけなら言った通りにやって貰えるしね』
 祥子はそう付け加えてにやりと笑う。
『それは結構でした。 それでどうだった?、責めを受けた御感想は』
『ええ、悪くはなかったけど。 でも、あたしにはやっぱり祐治さんや美由紀を責めてる方が性に合っているわね』
『まあ、そうだろうな』
 ほかの2人もうなずいている。
 そのページの終りの1枚は、敷物のすぐ前の砂の上に荒船さんと男の子が並んで腰を下している写真である。
『そうだ、これは、この子が僕の上の敷物にどすんと飛び乗って、こちらがげっと言いそうになった時の写真だね』
 私は写真の中の男の子を懐かしく見詰める。
 孝夫が言う。
『ほんとにこの子は、来るたんびに何かひやっとさせるようなことを仕出かしましたね』
『そうね』
 祥子もうなずく。 そして改めて写真を指さして言う。
『それにしても荒船さんも男の子も平和な顔をしてるわね。 まさか自分達の腰の下に生身の人間が一人埋まってるなんて、夢にも思っていない顔だわね』
 私もしみじみした気分になる。
『ほんとだね。 僕もあの時は、こうした厳しいプレイを受けていながら、それをすぐ傍に居る第三者にも気付かれないでいるとあって、何となく奇妙な優越感と共に、何とも言えぬやるせなさを感じてたことを憶えてる』
『ええ、よく解るわ』
 美由紀がまたうっとりした顔をする。
 私はさらに付け加える。
『しかも、何も知らない小さな男の子が敷物の上に跳び乗るという無邪気な動作が、僕にとっては息が詰まるような強烈な責めになったりするんだからね』
『そうね。 面白いわね』
 祥子は面白がる。 そして孝夫はまた感心した顔をする。
『なるほど、いかにも祐治さんらしい感想ですね』
 ページをめくる。 最初は美由紀と千恵子が並んで砂浜に埋められて、首の付け根から上だけを出している写真である。 2人の前にはマロンケーキを1つづつ紙皿にのせて供えてあり、2人とも無理に笑ったような顔をしている。
 つづいて、同じく砂の上に首から上だけを見せている千恵子を大写しに撮った写真と、同じ姿の千恵子に典男が、美由紀に祥子がそれぞれケーキを食べさせている写真とがあり、それから右側にもう1枚、もう生き埋めプレイも終って服を着た典男と千恵子が、ナップ・サックを背負って別荘の前に並んで立っている写真がつづく。
『これ確か、典男君と千恵子さんという名前だったね。 懐かしいね』
『ええ、ほんと』
 美由紀も懐かしそうに写真を見詰める。 そしてつけ加える。
『その前の日に祐治さんと並んで埋められてる姿を見られた時には、恥ずかしくてどうしようもなかったけど、でもいい人達でよかったわ』
 私はふと思いついて口に出す。
『今頃はどこで何をしているかな』
『そうね』
 今度は祥子がしみじみとした顔をする。
『結局はお互いに住所もなにも言わずに別れたけど、あたし達のプレイの上での行きずりのお付合いは、やはりそれが一番いいのよね』
『そうだね』
 そこで美由紀がいう。
『でも、東京のどこかでまたばったり出会ったりしたら、どうしたらいいかしら』
『そうだね。 また一緒にお茶でも飲んで、やはり素性は明かさずに別れることになるんだろうね』
『そうね』
 皆がうなずく。



 つづく2枚は背中を上にして水平に吊られた美由紀の写真である。
『ああ、ここからはあの晩の地下室での吊りだね』
『ええ、そうね。 あの地下室は柱やフックがよく整っていて、ずいぶん色々なことが出来たわね』
 最初の1枚は明るい中で真横から撮った写真で、身体全体の縛り具合や、腰から背中にかけて3本のローソクが立てられている様子がよく判る。 美由紀も自分の縛り姿を食い入るように見ている。
『あの時、祥子は何か雑誌でこの縛りの絵を見たって言ってたけど、確かにずいぶん凝った縛りだね』
『ええ、でも、面白い構図でしょう?。 それに割に力が分散してて、本人も我慢し易いんじゃないかしら。 美由紀、どうだった?』
 美由紀は夢から覚めたように祥子の顔を見て答える。
『ええ、あまり辛くはなかったわ』
 もう1枚は暗い背景の中での写真で、水平に吊られた身体の背中側だけが3本のローソクの光で淡く浮かんで見える所を真横から撮ったものである。 暗い陰で美由紀が頭を垂れている風情がたまらなく愛しい感じを起こさせる。
『写真で見ると、本物よりも一段と神秘的ですね』
『そうだね』
 ページをめくる。 左側には祥子が高手小手に縛られ、両脚を開いてYの字の形に逆さに吊られている写真が2枚ある。 1枚目は明るい中での写真で、祥子はすらっとした形のよい身体を一杯にのばし、革のマスクで猿ぐつわを着けて、眼をつぶってうっとりした顔を見せている。
『この時、祐治さんはあたしがいやだっていったのを、無理に縛って吊ったのよ』と祥子が恨みがましく言う。
『うん、そうだったかな。 でも、佳い写真だね。 祥子でもこういうときは穏やかな佳い顔になるんだね』
『それじゃ、普段は佳くない顔みたいじゃない』
『いや、そういう訳じゃないけど、普段は祥子はきりっとした顔をしてて、なかなかこんな穏やかな顔は見せてくれないからね』
 横で孝夫も言う。
『そうですね。 祥子さんのこういう写真は貴重ですね』
『まあ、孝夫までそんなことを言って』
 祥子がちょっとすねてみせる。
 孝夫が続ける。
『それに、祥子さんの逆吊りって、これが初めてじゃないですか?』
『うん、そうだったかな』
 2枚目は暗い背景の中で、股間に立てられたローソクの炎の光で下半身が怪しく浮かんで見える写真である。 顔にはローソクの光もあまり届かず、かなり暗くて表情はわからないが、猿ぐつわの革のマスクが強いいとおしさを感じさせる。
『さっきの美由紀もそうだったけど、こういう暗いバックの中でローソクの光だけで撮った写真っていいね。 どこか神秘的で、美由紀も祥子もとてもいとおしく感じるよ』
『顔がよく見えないから一層いいって言うんでしょう』
 皆がどっと笑う。
 つづく3枚目は後ろ手高手小手姿の私がY字形の逆吊りになっている写真である。 股の間と両方の鼻の穴とにまだ火の点いてないローソクが1本づつ立っている。 そして右ページにはまず一番上に、その3本のローソクに火を点けて明りを消した写真がある。 股間のローソクは祥子の場合と同じだが、今度は鼻の穴にもローソクが差し込んであるので、顔の真中でも2つの炎が明るく輝き、逆さになった上半身をぼうっと浮き上がらせているのが面白い。
『ああ、この時は鼻まで燭台に使われたんだっけ』
『ええ、そう。 きれいだったわよ』
『そうだろな。 僕も火を消さないようにずいぶん気を使ったからな』
『そうね、悪かったわね。 だから今度する時には、祐治さんに気を使って貰わなくてもいいように工夫するわよ』
『それはどうも』
 私と祥子のこの会話を、美由紀と孝夫が笑いながら聞いている。
『ただこの時は、鼻にロウがどんどん垂れてきて熱くてね。 よっぽど吹き消そうかと思ったけど、何とか我慢したよ。 でも火傷をするんじゃないかって心配だった。 顔にやけどの痕が残ったりすると敵わないからね』
『そう言えばローソクが斜めになっていたから、よく流れてたわね。 でも、やけどはしなかったでしょう?』
『うん、まあ、どうにかしないですんだようだね。 とにかく祥子に協力するのも楽じゃないよ』
『ご協力、有難うございました』
 祥子が私に頭を深々と下げる。 皆がどっと笑う。
 次に進む。 次には逆吊りのままの私の顔にMセットと菱紐とを掛けて、鼻の穴に差し込んだ2本のタバコの先に祥子がローソクの火を近づけている写真がある。 蛍光灯はすでに消えていて、股のローソクの炎と祥子の手のローソク立ての2つのローソクの炎だけが輝き、私や祥子の顔をぼんやり浮き上がらせている。 それからもう1枚、股のローソクの光にぼんやり照らされた逆吊りの私の、顔の暗い輪郭の中に赤い2つの火の玉が光っている写真がある。
『さすがにこのタバコ責めは辛かったな』
『そうよ。 これ、逆吊りで4号タバコですもの。 特に祐治さんが咳き込んだ時には居ても立ってもいられない気持だったわ』
 美由紀がそう言って身体をよじる。 しかし、祥子はけろりとして言う。
『確かに今までやった責めのなかでは一番強いものの一つかもね。 でもそれだけに、プレイの楽しさも最高だったんじゃない?』



 またぺージをめくる。 まず、明るい砂浜に美由紀が肩まで砂に埋められている姿を正面と斜め後ろとから撮った写真2枚がある。
『ああ、ここからが5日目だね』
『ええ、そうです』
 改めて写真の中の美由紀のうっとりとした顔を見つめる。 孝夫が言う。
『このように首から上だけが出ていると、何だかかつら屋さんのショーウインドを思い出しますね』
 私もなるほどと思う。 確かにそんな雰囲気である。 祥子も言う。
『そう言えば確かにかつらの台にも好適ね』
 そして、眼を輝かせてつけ加える。
『だとすると、こういう本物の首をそういう飾り棚に据えるのも面白いかもね』
 ほんとに祥子は話を何でもすぐにプレイに結びつける、と改めて感心する。
『ショーウインドに生きた人間を実際に飾った例って、今までにありましたっけ』と孝夫が頭をかしげる。
『そうね』
 美由紀がちょっとうなずく。 そして言う。
『モデルさんがファッションの服を着て、ショーウインドにポーズをとって立っている、というのはあるんじゃないかしら。 まあ、長い時間ではなくて、1回あたり10分位のものでしょうけど』
 私は祥子の顔を見て言う。
『でも、祥子の言ってたのは、そんなんじゃなかろう?』
『ええ、違うわ』
 祥子が断固とした口調で応える。 そして言う。
『あたしの考えてるのでは、飾り棚の板を2枚に分けて間に首枷用の穴をあけ、頭をその上に載せて板を合せて、首の付け根の所を穴で抑えてきっちり固定するの。 するとその店の前を通る知らない沢山の人にじろじろ見られて、結構な羞恥責めになると思うわ』
『うん、そうだろな』
 祥子は相変らずイメージが豊富である。 私は繁華街のショーウインドの飾り棚に固定され、沢山の人の好奇の目にさらされている自分の首を想像して、ぞくっとする。 もちろんその時は、身体は両手を後ろ手に、身動き一つ出来ぬようにきっちり縛り上げられて筈である。
『でも』と孝夫がいう。 『首を動かないように棚に固定して飾っておいたら、いくら本人が承知してるからと言っても、人権問題だと言って騒ぐ人が出て来ますよ』
『それもそうね。 少し工夫が要りそうね』
 祥子もうなずく。
『そうだね』と受けてから、私も自分の考えを述べてみる。
『一番いいのは、それをお人形の首に見えるように仕立ててうまく飾ることじゃないかな。 つまり、その首が一見お人形の首のようにも見えて、生きた人間の首ではないかって疑いを持つ人があっても確信が持てなくなるように仕向ければ、うっかり騒いで物笑いの種になってもということで、余計なことを言い出す人も出ずにすませられるんじゃないかな。 それにその方が、こちらも単なる物品のように扱われていることにもなって気分がのるし』
『祐治さんも熱心ですね』と孝夫が笑う。 そして、『でも、そんなにうまく出来ますかね』と首をかしげる。
『何事も工夫よ。 きっと出来るわよ』と祥子は自信ありげな顔をする。
 話が一段落して次の写真に移る。 つづいては高さ50センチ程の砂山の写真があり、山の頂上近くから塩ビのパイプが長く突き出ている。
『これが美由紀の砂山』と祥子が説明する。
『ああ、これは美由紀がわざわざ僕に見せるためにやってくれたんだったっけね。 どうも有難う』
『ええ、でも、それだけではないけど』
 そう応えて、美由紀は食い入るように写真を見つめる。
『そうよね』と祥子がいう。 『美由紀も祐治さんと同じ経験をしてみたかったのよね』
『そういう訳ではないけど、頭まで埋め込まれることにも少し興味があって』
 美由紀はまた恥ずかしそうに下を向く。
 右ペ-ジに移る。 まず祥子が高手小手に縛られ、口に黒い革のマスクで猿ぐつわを掛けられ、両足首はあぐらの形に組んで縛り合されている姿がある。 『炎暑責め』と祥子が懐かしそうにつぶやく。
 次には強い太陽の光を反射してぎらぎら輝いている砂の上に大きく膨らんだ透明ポリ袋が置かれ、その中に上と同じ格好の祥子がすっぽりと入っている所を、方向を変えて撮った写真2枚がある。 袋が部分的に光っていて見にくいが、中で祥子が汗でぐっしょり濡れてあえいでいる様子が見てとれる。
『祥子さんもこういう責めに対して我慢強いですね。 中の温度が58度にもなってたので心配してましたけど』と孝夫が感心したように言う。
『だって』と祥子は言う。 『祐治さんの何時ものせりふじゃないけど、止めて貰えなければ我慢するより仕方ないでしょう?』
 そこで私が口をはさむ。
『でもね、途中で「まだ頑張れそうかい」って訊いたら、祥子はうなずいてたよ』
『そりゃ、あの場面じゃ、止めてなんて言えないわよ。 祐治さんが余計なことを言ったにしても、もともとは自分で言い出したんだし』
『余計なことはないだろう。 祥子だって結構楽しんでいたんじゃないのかい?』
『まあね』
 祥子はにやにや笑う。



 またページをめくる。 まず、山道を上っていく私と祥子、美由紀の3人の後ろ姿の写真がある。 祥子と美由紀はそれぞれバッグを一つづつ手に提げているが、私は何も持たずに後ろ手に組んだ手首をスポーツ・シャツのすそで隠している。 『ああ、Hセットをしてピクニックに行ったっけ』と思い出す。
 2枚目は山道を背景に、顔にMセットと菱紐を装着した私の鼻にTペアが差し込まれ、祥子がマッチでそれに火を点けている写真である。 そして3枚目では後ろ手の私が火のついた2本のタバコを鼻に差したままで山道を登っている姿を写している。
 祥子がぽつんと言う。
『運動のタバコプレイに対する影響のテスト』
『うん、こんなこともしたっけね』
 私はその写真を懐かしく見つめる。
『次に続きがあります』と孝夫が言う。 ページをめくる。
 そこでは1枚目に、後ろ手姿でしゃがんで頭を垂れ、眼を固くつぶっている私が写っている。 鼻の火のついている2本のタバコがもうすっかり短くなっているのが印象的である。
『このときは祐治さん、とても苦しそうでしたね』と孝夫が言う。
『うん、相当にきつかったね』と応える。
『あたし、もうタバコを取って差し上げたくてじりじりしてたんだけど、祥子が駄目だというからやっと我慢したの』
『だって、もうすぐ終りですもの。 あんな時に取ったりしたら祐治さんに悪いわよ』
 祥子の言うことは相変らずである。
『まあ、そうだな。 2人とも、気持はよく解るよ』 
『まあ、そんな八方美人なことを言って』
 祥子が睨むふりをし、皆がどっと笑う。
 2枚目は後ろ手の上半身を大写しにされ、鼻のTの燃えかすは取り除かれたが、Mセットをつけたままで汗を一杯流している私の顔を、美由紀がタオルで拭っている。
『また、仲のいい所を見せつけて』と祥子がいう。 また皆が笑う。
 その下には、両側を森で縁どりされた明るく広い草原の写真がある。 広場の先は崖の縁でくぎられて、その先にこれまた一段と明るくかがやく海が見える。 左の隅には私の後ろ姿も写っている。
『D平だね。 いい所だったね』
『そうね』
 皆でうなずきあう。
 ページをめくる。
 最初に、私が後ろ手で崖の縁に海の方に身をのり出してうつむけに倒れており、腰から延びてぴんと張ってる紐を孝夫が引いている場面の写真がある。 私の胸はまだ崖の外に出ている。 思い出して思わずぞくぞくっとする。
『これ、祥子さんが撮ったんですけど、緊張した場面をよく撮れてますね。 こういう所をとっさに記録できるって、やはり祥子さんはすごいですね』と孝夫がいう。
『でも、倒れかかる決定的な瞬間が撮れてないのは残念よね。 いくらあたしでも予想してなかったものだから』と祥子がいかにも残念そうな顔をする。
『祥子はああ言うけど、ほんとはとても緊張して、少し青くなってたのよ』と美由紀。
『そんなことないわよ』と祥子が少しむきになる。
 そこで私が口を挟む。
『いいよ。 そんなに悪女ぶらなくても』
『まあ、祐治さんまでがそんなことを言って。 覚えてらっしゃい』
『はいはい』
 また皆で笑う。
 次には、私が松の木の大枝に逆さに吊り下げられている写真が2枚つづく。 1枚では背景は森で、頭の斜め前の下に敷物が敷いてあり、祥子と美由紀とがそれに腰を下して私を見上げている。 もう1枚では逆吊りの私の後ろは草原の縁で、その先に明るい海がかがやいている。
『こういう明るい野外でのプレイって素敵ね。 屋内ではとても味わえない楽しさがあるわね』と祥子がいう。
『そうだね。 僕も明るい太陽の下で吊られるのは初めてだったけど、悪い気分じゃなかったよ』
『そうでしょう?。 ほんと言うと、あたし、あの時に、あのまま別荘に帰ってみたかったの』
『え?、そうすると、逆さに吊られたままでほんとに独りぼっちにされる訳かい?』
『ええ、そう。 ね、面白いでしょう?』
『そうだね。 面白くないこともないね』
 私はそう言いながらも、改めて祥子の大胆な発想に感心する。
『でも』と孝夫が言う。 『そんなことしたら、帰ってすぐにまた下ろしに行っても1時間くらいは掛かりますよ』
『ええ、その位なら祐治さんなら大丈夫と思うけど』
『うん、そうかな』
 私は首をかしげてみせる。 しかし、祥子はさらに話を大きくする。
『でも、あたしとしては、せっかくだから一晩、そのままにしておいたら面白い、と思っていたの』
 それを聞いて、美由紀が声を上げる。
『え、一晩も?』
 私もちょっとびっくりして、祥子の顔を見る。
『なるほど、さすがに祥子だ。 すごいことを考えたんだね。 それで?』
『ええ、でも、まだ逆吊りで一晩ほっておいた経験がないでしょう?。 それであの時は諦めて止めたんだけど』
『うん、なるほど』
『だから今はこの次のそういう機会に備えて、出来るだけ条件のいい逆吊りだと、どのくらい長く吊っておけるかを、一度テストしてみたいと思ってるの』
『ふーん』
 私は改めて祥子の顔を見る。
『つまりそれは、例のトランク詰めの前に祥子が言ってた、奴隷の堪えられる限界まで責めて験してみたい、というのの一つだと言う訳だね』
『ええ、まあそうね』
 私は自分が逆吊りでどのくらい辛抱出来そうかを自問自答してみる。 まだ、逆吊りだけでは限界を感じるまで行った憶えはない。 しかし、一晩となると。
『そうだね。 僕も30分やそこらは逆吊りでも我慢できると思うけど、一晩は自信がないな』
『でも、この写真の後で吊りから下ろした時、祐治さんは2~3時間なら平気だ、みたいなことを言ってたわよ』
『そんなこと言ったかな』
『ええ、確かに言ってたわ。 それに、初めて祐子さんにお会いした時に逆さに吊って差し上げたわね。 あれは記録としてはかなり長かったと思うけど』
『ああ、そうそう』
 私もそれを思い出す。 でもちょっと言ってみる。
『でもあれは祐子であって、僕じゃないからな』
『まあ、またあんなこと言って』
 祥子の言葉に皆がどっと笑う。
『まあ、それはともかくとして、あれは結構、1時間を超えてたようだったね』
『ええ、そう。 確か1時間と10分余りだったわ。 あの時は途中でもう終りにしようかと思っても、祐子さんがあまり気持よさそうだったので、つい長くなったの。 すぐ前に窒息責めをした後なのに、1時間たってもまだまだ余裕がありそうだったから、体調のよい時ならほんとに一晩位は頑張れるんじゃないかしら?』
『そうかな』
『そのうちに機会をみて、是非一度、テストをしてみましょうよ。 そして、出来たら来年の夏、またあそこで逆吊りをやってみましょうよ。 今度こそは、あたし達はそのまま別荘に帰って、祐治さんには一晩ゆっくり孤独を楽しませてあげるわよ』
 私には祥子のこの積極的な誘いがちょっと煩わしくなる。 そこで軽くいなす。
『それはどうもご親切さま。 まあ、その時にまた考えるよ』
『そうね』
 祥子はちょっと引いて、ひとりでうなずく。
『そう言えば、こういうことは、例のいわゆる「絶対奴隷プレイ」の時にすればいいのよね。 そうすれば、いちいち同意を求めなくてもいい訳だから』
『ちょっと怖いね』
 私はおどけてみせる。
 話のちょっとした途切れに、『それにしても』と孝夫が入る。
『あそこで崖から落ちて死んだ女子大生の話は怖かったですね。 あの話を先に聞いていたら、とても祐治さんをあの松の木に逆さに吊るす気にはならなかったでしょうね』
『そうね』
 祥子も真面目な顔になる。 そして一息おいて言う。
『現実に逆さに吊るしたってことは、半分はその女の子の思いが誘ったのかも知れないわね』
 孝夫がつづける。
『その上、一晩も逆さに吊るしたままで置いたりしたら、祐治さんはきっとその子に誘われてあの世に行ってましたよ』
『ああ、怖い』
 美由紀が肩をすくめる。 私も思わず、ぞっとする。
『それをしなかったということは、祐治さんがまだまだ寿命があったということね』と祥子がいう。
 そこで私が言う。
『そうすると、来年の夏にあそこに逆吊りにして一晩置いといてくれる、という計画は取り止めかい?』
 しかし、祥子はすました顔で答える。
『いいえ、それはまた話が別よ。 来年の夏までにはその女の子もすっかり成仏してるから、もう誘いには来ないわよ。 だから、ちゃんとやってあげるわよ』
『それはご親切さまで』
 皆がどっと笑い、しんみりしていた場の空気が一度にまた明るくなる。
 右のページに移る。 最初の1枚は、私が同じ広場で後ろ手のまま両足首も揃えて縛られた姿で、遠くの明るい海を背景に立っている写真である。 私の横には高手小手に紐を掛けられて、心配そうに私を見ている美由紀が写っている。
 祥子は言う。
『いよいよお得意のHFお散歩、ってわけね。 これなら帰れずに一晩ぐらい野宿をすることになっても、別にどうってことはないから安心よね。 それに祐治さんも結構、楽しんでたしね』
『勝手なことを言ってる。 祥子も一度、HFのセットをして、あの辺に置いて来てあげようか』
『いいえ、結構よ。 あたし、そういうお散歩をする趣味はないの』
 孝夫と美由紀がくすりと笑う。
 つづく2枚は食堂で私が中腰で鼻を吊られている所を、前と斜め後ろとから写した写真である。 後ろ手の縛りの結び目から足首につなげた紐がぴんと張って、腰と膝とを少し曲げた姿勢を必死にもちこたえている緊張が写真から伝わってくる。 思わず身体を固くして写真を見つめる。
『これは厳しいプレイですね。 これまでに僕達のやったプレイのうちで、最も密度の濃いもの一つじゃないですか?』と孝夫がいう。
『そうね。 見た目にも厳しくて短い時間で決まりがつくという意味では、これに匹敵するのは8号Tのタバコ責め位のものかしら』と祥子。
『そうだね。 まさに拷問だね』と私。
 そして美由紀がいう。
『祐治さんがああ言うのだから、よっぽどなのね』
 私は『うん』とうなずく。 そして敷衍する。
『あの、普通の責めは窒息責めでも逆吊りでも、自分ではどうにもならないにしても許される範囲で最も楽な姿勢をとって、身体から力を抜いて只ひたすらに受け身で耐え忍ぶだけだけど、このプレイは自分から力一杯ふんばらざるを得ないようにさせられてる所が違うんだ。 太腿はもうどうにもならない位疲れてくるし、力を抜く訳にはいかないしで、ほんとに辛いプレイだった』
『なるほど、そういう見方もあるんですか』と孝夫が感心する。
 ここでまた祥子が話を取る。
『ところで、この時の中腰耐久テストでは、祐治さんはすぐ前のHF散歩で疲れていて、たった3分間でギブ・アップしたわね』
 私は『また、何か思惑があるのかな』と思う。 しかし、素直に応じる。
『うん。 僕は何も意志表示をしなかったけど、祥子が終りにしてくれたね』
『ええ、祐治さんは口じゃ確かに何も言わなかったけど、全身でもう限界だって表現してたから3分で止めたの。 でも、この時は色々のプレイの後で体調がとても悪かった筈だから、本当はもっと記録を伸ばせるわよね』
 なるほど、そう言うことか、と思う。 ちょっと予防線を張る。
『うん、そうかもね。 でも実を言うと、このプレイは膝と腰の曲げ方のちょっとの差で辛さがすごく違うんだ。 ちょっと深く曲げるとすぐに我慢が出来なくなり、ちょっと浅いととても楽になるんだ。 だから記録という意味では余り厳密ではないと思うけどな』
『ええ、それはあると思うけど、中腰の深さの条件は慎重に測ってあるから、必要ならばまた再現できるわよ』
『なるほどね。 そう言われると反論のしようはないね。 それで?』
『ええ、それと同じで、逆吊りも身体の条件のいいときを選べば、一晩もつかどうかは別として、2~3倍はすぐに記録を伸ばせるんじゃないかしら』
 なるほど、本命はそっちの方か。
『なるほどね。 あるいはそうかもね。 でもあまりぞっとしないね』
 私は肩をすくめてみせる。
 話に一区切り付いて、また1枚めくる。 左側にはまず、美由紀の写真が2枚ある。 美由紀は後ろに回した両腕を1本の棒のように縛り合され、あおむいた顔の鼻と口とを覆う白いマスクを掛けて、マスクの上端からは1本の白い紐が上に延びてフックにつながっている。 1枚は上半身を前から撮った写真でマスクの上端から延びた紐で吊られた顔が印象的である。 もう1枚は斜め後ろからの写真で、腕の縛り方や肩を後ろに引かれて胸を突きだした姿がよく判る。
『美由紀は辛かったろうけど、面白い責めだね』
『ね、そうでしょう?』
 祥子が自慢そうな顔をする。 美由紀は黙って写真を見つめている。
 3枚目は祐子の写真である。 スカートとブラウスも何時もの祐子のものである。
『祐子さんにきて貰って、大分楽しかったわね』と祥子が言う。
『そうですね。 僕はこの時初めて祐子さんにお眼に掛かって、すっかり感激しました』と孝夫も言う。
 アルバムは後2ページ分が空いている。
『ここで丁度5日目が終わったので、この後は4冊目にしました』
『ああ、そう』
 アルバムを閉じる。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。