1
翌朝早く、Pの付け根に痛みを感じて眼がさめる。 Pセットをしたままで就寝するとよくあることだが、夜明けにPが緊張し、紐を巻いて結んであるPの根元が膨張して丁度無理に締め上げられたのと同じ状況になり、痛くなったのである。 外は大分明るくなっているが、日の出にはまだ間がありそうである。
両手首は下腹の前で固定されているが、手の先は少し動かせる。 右手の先で五分パンティの上からPのふくらみをさすってみる。 そしてちょっと姿勢を変え、できるだけプレイのことは考えないようにして気をしずめる。 Pの根元の痛みが次第にやわらぐ。 また、うとうとっとして寝込む。
次に眼がさめたときは辺りはもうすっかり明るくなっており、窓からみえる山の背に日がさしている。 隣りの孝夫も眼をさましている様子。 『今、何時?』と訊こうとして、昨夜は口を蓋されたままで寝かされたことを思い出す。 掛けてあったタオルケットが大分ずれて横に落ち、身体が半分出ている。 かつらは上からマスクの革紐で抑えられているから落ちる心配はないが、寝ている間に乱れておかしくなったりしてないだろうか。 ちょっと気になるが、今はどうしようもない。
足で軽く反動をつけて上半身を起こす。 孝夫も上半身を起こして声を掛けてくる。
『ああ、眼がさめました?。 もう7時を過ぎたから、そろそろ起きましょうか』
そう言えば祥子が、今朝は7時起床、と言ってたっけ。 『むん』とうなずく。
孝夫は立って手早く寝巻きを脱ぎ、シャツとズボンを身につける。 私は脚にもネグリジェの裾が巻きついた上に紐が掛っていて、立ち上がるのも容易でない。 そこで腰を下ろしたままで孝夫の着替えを見守る。
孝夫が着替えを終える。 そして私を見て言う。
『その格好では向こうへ行くことも出来ませんね』
『むん』
『それじゃ、もういいでしょうから、脚の紐だけでも取りましょう』
孝夫は手早く膝上と足首の紐を解いて取ってくれる。
膝を曲げて、よっこらしょ、と立ち上がる。 ネグリジェの裾がはだける。 孝夫がスナップを留め直して旧に戻してくれる。 そして済まなさそうに、
『手やマスクの錠も外して上げたいけど、何しろ鍵を全部、祥子さんが持ってってしまってるので』という。
また、『むん』とうなずく。
両手を下腹の所でネグリジェの中に突っ込んでPを抑えてる格好はいかにもみっともないとは思うが、今はどうしようもない。 そのままの格好で孝夫と一緒に食堂に行く。
食堂では祥子と美由紀が朝食をつくっている。
『おはようございます』と孝夫が声をかける。 2人が振り向き、祥子が
『あら、祐子さんと孝夫、おはよう。 もう、おめざめ?』と応える。 そしてちらっと壁の時計を見て言う。
『ああ、もう7時を過ぎてるわね』
『むん』
美由紀が言う。
『よくお休みだったので、音をたてないようにしてたんだけど』
『有難う』と言いたいが、猿ぐつわで言葉にならず、『むむむ』と声が鼻に抜ける。
祥子が笑いながら言う。
『孝夫、祐子さんとご一緒の部屋で1晩過ごして、何も起こらなかった?』
『ええ、あれだけ厳重に守られてては、起こる筈がありませんよ』
『そりゃそうね』
祥子はまた笑う。 そして言う。
『まだちょっと時間がかかるから、祐子さんも着替えてきていいわよ』
そう言われてもこの格好ではどうしようもない、と思っていると、祥子が
『はい、鍵なら全部、そこにあるわよ』
と食器戸棚の棚の隅を指さす。 確かにそこにいくつかの鍵が置いてある。
孝夫がそこにある鍵を順々に使ってまず両手を留めている錠を外し、ついでマスクの錠を外してくれる。 後は自分でマスクを外し、小布れを吐き出して紙に包んでくず籠に入れる。 久しぶりに両手を横に伸ばし、口を開けて大きく呼吸する。 そして両手首の鎖も外し、包帯も取って食卓の上に置く。
まだ鎖のふんどしが残っているがこれで後で外すことにして、改めてネグリジェのボタンを全部掛けて服装を整える。
祥子がこちらを向いて言う。
『祐子さん、ゆうべはよく寝られた?』
『ええ、よく寝られたわ』
横で孝夫が言う。
『ええ、とてもよく寝てました。 あの格好でよく寝られるなんて、すごいですね』
『お疲れだからよ』と美由紀。
『でももう、疲れは取れたんでしょう?』と祥子は言う。
『ええ、お陰様で』
『でも、マスクでせっかくのお化粧も大分はげちゃったわね。 着替えのついでにそれも直してらっしゃい』
『あら、そう?』
少し離れた壁の鏡を見る。 確かに口の周りを中心に化粧が大分まだらになっているように見える。 しかし、心配していたかつらはそれほど乱れてない。 両手でかつらのかぶり具合を少し直す。
『じゃ、行ってくるわね』
私は鎖のふんどしの鍵を手にして部屋を出て行きかける。 後を祥子の声が追いかけてくる。
『ああ、でも、上はネグリジェのままで戻って来てね』
『え?』
私は振り向いて祥子の顔を見る。
『ええ、その方が祐子さん、おきれいだから』
『ああ、そうか』と思い当たり、『ええ』と応えて、食堂を出る。
2
部屋にもどり、バッグを提げて洗面所へ行く。 近くで鏡を見ると、確かに口の周りのお化粧が大分はげており、その上、マスクの端の線がうっすらとついたりしている。 それに今日一日を祐子で通すからには、心身を整えてお化粧も念入りにしておく必要がある。 そこでまた、お化粧をすっかりし直すことにする。
まず一旦、ネグリジェを脱ぎ、持って来た鍵を使って鎖のふんどしを外して、五分のパンティを脱ぐ。 そしてトイレへ行って、ズロースとショーツを脱ぎ、Pセットを外して十分にお小水を出す。 今日はこの次、何時トイレへ行かせて貰える運びになるのか分らない。 しかし、水分を摂るのを少し控えれば、これでまあ、今日一日ぐらいは何とかもつであろう。
また念入りにPセットをし、股に新しい生理用ナプキンを当て、ショーツとズロースを穿いて下半身を整える。 そして洗面所に戻る。
洗面所ではまずかつらを脱ぎ、顔のお化粧をリムービングクリームとティッシペーパーとで拭き取ってから、お湯で洗い落とし、ひげを丁寧に剃り直す。 ついでに首筋の辺を丁寧にお湯で拭いて汗を落とす。 そして、ローション、ベースクリーム、ファンデーション、フィニシングパウダーと順々に使って、顔を念入りにお化粧する。 口紅も丁寧に差す。 眉毛も眉用のクシとブラシで整える。 軽くアイシャドウも入れてみる。 そして頭に先ほど脱いだかつらを被り、ブラッシをかける。 これで見慣れた祐子の顔が出来上がる。
両方の胸のふくらみに手を当てて、しなを作って見る。 手のひらの感覚が快い。
最後に愛用のサングラスをかけ、ネグリジェを着る。 出した品物をバッグに戻し、上半身を鏡にもう一度映してつくづくと眺めてから洗面所を出る。 そして途中でバッグを部屋に戻してから、食堂に戻る。
『すっかりお待たせして』と言いながら、食堂に入って行く。 食堂ではもうすっかり朝食の支度が出来ていて、食卓には料理を載せたお皿などが並んでいる。 そして3人がそれぞれに席に着いていて、一斉に私の方を見る。
美由紀はもう両手を後ろに回していて、私を見て言う。
『まあ、きれい』
祥子が笑いながら言う。
『まあ、ずいぶん念入りにお化粧してたわね。 大分待ったわよ』
『ええ』
『でも、ほんとにおきれいですね』と孝夫。
『そうね。 今朝はお化粧を念入りにしてただけあって、一段と見事ね』
祥子も改めて感心したような顔をする。
自分の席に着こうと思って椅子を引くと、祥子が『ちょっと待って』という。
『え、何かご用?』
私は立ったままで祥子の顔を見る。
『ええ、丁度いい機会だから、ちょっとオブジェを飾って、それを鑑賞しながらお食事を頂きたいんだけど』
ほら来た、と思いながらも、わざと聞き返してみる。
『え、だから?』
『ええ、だから、オブジェ造りにちょっと協力してほしいのよ』
このような場合に祥子が使う「協力」という言葉には独特の意味がある。
『あの、つまり、オブジェの素材になってほしいと言うのかしら?』
『そざい?』
祥子は一旦は聞き返したが、応答を聞く前に意味が解ったらしく、すぐに応える。
『ええ、そう』
『そうね』
私は首をかしげてみせる。
美由紀と孝夫も話が飲み込めたらしく、うなずいている。 そして美由紀が言う。
『つまり、それが、祥子さんがゆうべ言っていた、プレイを離れた純粋なオブジェの鑑賞というお話なのね』
『ええ、そう』
『でも』と今度は孝夫が言う。 『そうすると、祐子さんのお食事はどうなるんですか?』
『そうね』
祥子はちょっと首をかしげる。 そして続けて言う。
『でも、祐子さんはプレイのためなら1食ぐらい抜いても平気よ。 ね、祐子さん?』
『ええ、それはそうだけど』
『じゃ、いいわね』
確かに祥子の言うオブジェなるものには興味がある。 あまり渋ってみせて、祥子の気が変わっても残念である。
『そうね。 じゃ、ご挨拶代りにオブジェになってもいいわ』
『ああ、よかった。 じゃ、さっそく始めるわよ』
祥子が赤いバッグから紐を取り出し、私の後ろに回る。 私は両手を後ろに回す。 祥子はまずその手首を縛り合せ、手順よく私の上半身をきっちりした高手小手に縛り上げる。 そして先ほど外したばかりの赤い革のマスクを差し出して私に見せる。
『せっかくお化粧した口元がもったいないけど、また、これを掛けさせて貰うわよ』
『ええ』
私は椅子に腰を下ろして口を開ける。 祥子はその口に小布れを詰め込み、革のマスクで覆って、左右の革バンドをうなじに回して錠をかけて留める。 そしてサングラスを外し、マスクのもう1本のバンドを頭を通ってうなじに回して、これも錠で留める。 最後にサングラスをかけ戻してマスクの位置などを調整する。
『どうお?』と手鏡を見せてくれる。 きれいにお化粧した女の子の顔が、口を赤いマスクで覆われ、両耳の下へのびるバンドと、鼻の両脇を通り眉間から上にのびてかつらの上まで割っているバンドとで仕切られて、けっこう可憐でチャーミングにみえる。 濃いブラウンの女物としては大きめのサングラスが眉間のバンドでちょっと浮き加減になっているが、外見は悪くはない。
『結構だわ』と応えたいが、猿ぐつわでそれも出来ず、ただ軽く『むん』とうなずく。
祥子が孝夫に訊く。
『それで、作ったオブジェを飾るのに、何か適当なテーブルがないかしら?』
『どんなのがいいですか?』
『そうね。 祐子さんをコンパクトな置物に造形して載せるのだから、食卓と同じ位の高さで大きさはこの位がいいわ』
祥子は両手を70センチ位にひろげてみせる。
『地下室で何時も使っているテーブルはどうですか?』
『そうね。 ただ、長さはあまり要る訳じゃないから、むしろまっ四角なものの方がいいわね』
『そうですか。 とにかく幾つかありますから、見に行ってみましょう』
2人が出て行く。 美由紀は相変らず後ろ手で、黙って私を見ている。
やがて2人が戻ってくる。 孝夫は一辺が75センチばかりの正方形のテーブルを抱えている。 そして、『それ、ここに置いて』との祥子の指示で食卓の横に置く。
床に毛布が敷かれる。
『じゃ、造形に掛かるから、まずスリッパを脱いでここに上がって』
私が毛布に上がる。 祥子が私の前に立ち、ネグリジェの前をあけ、膝の上を揃えて、あまりきつくなく、しかもきっちりと縛り合せる。
『つぎに正座して』
膝の上を縛り合されているのでやりにくいが、孝夫にも支えて貰って、何とか毛布の上に正座する。 膝の紐がぐっと締まる。
祥子は長い紐を取り上げ、私に腰を少し浮かさせて、膝の裏側にその紐を通して2巻きして絞る。
『前に一杯にかがんで、胸を膝に付けて』
腰をおとして、精一杯、前かがみになる。
そこで祥子は『ちょっと手伝って』と孝夫を呼び、2人で膝を巻いた紐の先を左右相称に肩にもっていき、斜めに反対側の脇の下を通し、私の腰をちょっと持ち上げて膝の裏側に戻し、背中をぐうっと押して紐を引き締める。 胸が膝にぐっと押しつけられる。
その紐の先がまた左右から背中に回される。 そしてもう一度背中が押されて紐がぐっと引き絞られ、結び合されて、高手小手の手首の縛りにつなぎ留められる。 これで前かがみの姿勢がきっちり固定される。
つぎに左右の足首に別々の紐をかけ、また孝夫に手伝わせて、2人で左右にぐっとひっぱる。 両脚の膝から下が左右に開き、太腿が床の毛布に直接に触れる。 そのまま左右の足首の紐の先を背中の方へ引き上げて、これも祥子がぐっと引き絞って結び合せ、高手小手の紐に固定する。 両足首が左右に開いてぐっと背中に引き付けられ、空中に浮いた形になる。
最後に祥子は、猿ぐつわのバンドの頭頂部に紐を結び付け、後ろに引いて、これも先を背中の結び目に繋ぐ。 うつむき加減だった顔が、これであごを少し突き出してあおむいた形に留められる。
『さあ、できたわ。 一緒にもちあげて』
今まで呆然として最後の仕上げを見ていた孝夫が、祥子が声にはっと気が付いたように手を出し、2人がかりで私をテーブルの上に上げる。 太腿がテーブルの木の板に直接触ってひんやりする。 顔がまっすぐ食卓の方に向くように向きを調節する。
手足に力を入れてみるが、動く気配は全くない。 膝が縛り合され、両足首が左右に開いて空中に引き上げられているので、腰や脚をひねって横へずる、というようなことは全く出来ない。 いや、そもそも腰や脚を動かすこと自体がほとんど出来ない。 また一方では両腕を後ろ手に高く縛り上げられ、その紐で胸を無理に膝に押しつけられているので、腰が大分痛く、呼吸も楽でない。 その上、頭も少し上向きに留められ、あごを引くことも出来ないので、首筋が次第に凝ってくる。 『あんまり楽な姿勢じゃないわね』と思う。
祥子はなおもネグリジェの裾をきれいにひろげ、襟元などの形を直し、赤い大輪のバラをかたどった髪飾りを私の髪につける。 そして、『さあ、できあがり』と言って、1歩下がって満足そうに私を見回す。 私と目が合う。 にっこりする。 私もつられて眼だけでにっこりする。 孝夫と美由紀はただただ感心して見ている。
『これ、何という名前なの?』と美由紀がきく。
『そうね。 オブジェ「亀の子」とでも言ったらいいかしら。 亀の子みたいに平たくなって、頭を出し、足の先を横に出して、動けないでばたばたしているみたいで面白いでしょう?』
『なるほど。 サングラスをかけた亀の子ですか』
『なるほど、そうね』
ひょうきんな孝夫の言葉に、孝夫と祥子がどっと笑う。 しかし、美由紀は少し心配そうに私を見つめている。
祥子が感慨深げに言う。
『あたし、こういうオブジェを作る話を、昔、何かの雑誌で読んで、一度やってみたかったの。 やっと念願がかなったわ』
それに応えて、孝夫も改めて感心したように言う。
『それにしても強烈な縛りですね。 これではほんとに身体中、どこも動かせませんね。 それに全体の形が美しいし』
『ええ、よく決まっていて、華やかな色のネグリジェともマッチしていて、考えてたよりも見事だわ』
祥子も満足そうである。 私はまた眼をとじて、じっと耐える。