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玄関脇のボタンを押すと 中でチャイムの鳴る音がして、『はーい、ただいま』という美由紀の声が聞こえる。 そしてすぐに扉があいて、白のブラウスと紺のプリーツスカート姿の美由紀が顔を出す。
『あ 三田さん、お待ちしてました。 どうぞ 中へ』
『うん 有難う。 お邪魔します』
中に入り、靴を脱いで上がる。 祥子も出てきて『あら、いらっしゃい』と言う。 また『お邪魔します』と応える。
2人の後についてLDKへ行く。 LDKでは食卓の横に、写真で見覚えのある孝夫が立っている。 ちょっと黙礼を交わす。
みんなが集まった所で まず祥子が私に孝夫を紹介する。
『三田さん。 それではご紹介するわ。 これがこの間 お話しした私の従弟の孝夫で、姓は森山というの。 現在はN大の工業デザイン科の3年生。 趣味はカメラで 本職はだしよ。 それに8ミリ・カメラも持っていて、あたし達も時々撮ってもらってるの。 それから あたし達のプレイで色々手伝ってもらっていて、とても助かってるのよ』
それから孝夫の方に向いて私を紹介する。
『こちらはさっきからの話の主の三田さん。 T大大学院修士コースの2年生で、ご専門は物理工学。 とてもプレイに理解があって、今までの話からも判る通り、ご自分お一人ででも素晴らしいプレイをなさっているの。 そしてこれから大いにプレイをご一緒していただく予定なの』
『そういうことなので よろしく』と私から挨拶する。
『こちらこそ、どうぞよろしくお願いします』と孝夫が深々と頭を下げる。
食卓を囲んで4人がそれぞれ椅子に座る。
見たところ 孝夫は身長180センチ位。 大柄ながっちりした身体をしているが、顔つきは穏やかな、まさに良家のお坊ちゃんと言った感じである。
祥子と美由紀が紅茶を入れる。 その間にさっそく孝夫に話しかける。
『あの、確か貴方のお名前は、モリヤマ・タカオ、でしたね』
『ええ そうです』
『ええ そうよ』と祥子が紅茶を入れながら口を挟む。 『モリヤマのモリは「森や林」の森、ヤマは「山登り」の山で、孝夫は親孝行のコウという字に夫(おっと)という字を書くの』
『いや、むしろ親不孝のコウかも知れませんけど』と孝夫は笑う。 皆も笑う。 その巧まざるユーモアにますます好感が湧く。
『まあ それはともかくとして、これから何とお呼びしようかと思って』
『ええ 何でもいいですよ。 祥子さんは小さい時からの習慣で私のことを「孝夫」って呼んでくれています。 ですから三田さんも「孝夫」と呼んでくださって結構です』
『でも 美由紀さんは「孝夫さん」と呼んでいるようだし』
『ええ そう』と横で美由紀が言う。
『それで いとこの祥子さんならともかく、他人の僕が呼び捨てにするのはどうも気になるから、当面は孝夫君とでも呼ばせて貰おうか』
『ええ 結構です』
孝夫がうなずく。 その間に紅茶が入って、祥子と美由紀もそれぞれの席に着く。
『さあ どうぞ』と祥子が砂糖壺とクリーム入れを私の方に押しやる。 『お先に』と断って、紅茶に砂糖とクリームとを入れ、スプーンでかきまぜる。 他の3人もそれぞれ自分の紅茶に砂糖とクリームを入れ、スプーンでかき混ぜる。
『それで、私の方は三田さんとお呼びしていいんですね』と孝夫が念を押すように言う。 ちょうどいい機会なので、前からちょっと気になっていたことを言い出してみる。
『それでもいいけど、ちょっと気になることがあってね』
『え、それはなあに?』と祥子が訊く。
『うん それはね。 こういう席では 君たち3人のことは、祥子さん、美由紀さん、孝夫君って名前で呼び合っているのに、僕だけが三田さんと姓で呼ばれるのがちょっと気になってね』
『そうね』と祥子が承ける。 『でもそれは三田さんがあたし達よりも2つも3つも年上の最年長者だからだけど、いけないかしら』
『うん いけなくはないけど、僕たち4人は平等な立場でプレイを楽しむ筈なのに、僕だけがちょっと差別されてるような気がするんだ。 出来たら僕も名前で呼んで貰った方がいいんじゃないかと思ってね』
『そうね。 確かに今さら他人行儀に姓でお呼びすることもないかも知れないわね』
祥子はうなずく。 他の2人もうなずく。
『それでは三田さんもこれからはお名前でお呼びするわ。 三田さんは確か「ゆうじ」というお名前だったわね?』
『うん、このように「しめすへん」に「みぎひだり」の右と言う字を書く「祐」の字に、明治大正の「治」を書く「祐治」だ』
私は横のメモ用紙に「三田祐治」と書いてみせる。
『そうだったわね。 じゃ、あたし達はこれからは「祐治さん」とお呼びすることにするわ』
『うん 頼む』
『美由紀も孝夫もいいわね』
『ええ やってみるわ』
『ええ 結構です』
他の2人もうなずく。 これで気になっていたことが一つ片付く。 紅茶を一口飲む。 そして改めて祥子に向かって言う。
『それで祥子さんはね』
『え、なーに?』と祥子。
『うん、祥子さんは今さっきの紹介で、僕のことを「さっきからの話の主」って言ってたけど、僕についてどんな話をしたの?』
『ええ 佳いお話。 三田さん、じゃない祐治さんを、とても誉めてたのよ』
『ほんとかな』
私はちょっと首をかしげてみせる。
『ええ ほんとです』と孝夫が真面目な顔をして言う。 『感激するような佳いお話ばかりでした』
『孝夫君がそう言うのならほんとかな』
『まあ、あたしの言うことじゃ信用できないというの』と祥子がにらむ振りをする。
『まあね』
みんながどっと笑う。 初対面の緊張が少しほぐれる。
また紅茶を一口飲む。 そして祥子に向かって、『それでいったい、孝夫君にどんな話をしたの』と 今度は少し強くきく。
『そう特別のことじゃないわ。 この前 お伺いした時に見せていただいた色々なプレイの様子を、ちょっと話しただけよ』
『面白おかしく脚色してかい?』
『そんなことないわ。 ありのままよ』
祥子はすましている。
『ええ 僕の聞いたのは』と孝夫が説明する。 『祐治さんが鎖とシリンダー錠とを使って、すっかり完成した技術であるHセットとかをなさっていること。 素晴らしい逆えびをやってお見せになったこと。 それにタバコを使って2回にわたってなさった美しい責めの様子 などです』
『それじゃ ちょっとでなくて全部じゃないか』
『まあね』
祥子は笑っている。
『そんなことまで知られているなんて、ちょっと恥ずかしいな』
『そんなことないわよ。 それにこれからは孝夫にも加わって貰ってプレイをするんだから、すっかり知ってて貰った方がいいわよ』
『そうかな』
私は首をかしげながら、また紅茶に口をつける。
『ほんとに祥子さん達と三田さん、いや 祐治さんとの間には、もう何のへだたりもないんですね』と孝夫が感心したように言う。 そして『慣れてないとやっぱりつい、三田さんって口に出ますね』と申し訳なさそうな顔をする。
『いいよ、名前のことはそんなに気にしてくれなくても。 すぐに慣れるだろうから』と私。 そして付け加える。
『そうだね。 もう この前、あれだけみっともない格好をさらけ出しちゃったから、今さら表面を飾ってみても意味がないからね』
『ほんとにそういう所が、公然とは出来ない秘密の楽しみを共にするプレイメイトのいい所なのよ』と祥子。
『まあ、そうなんだろうな』
『とにかく祐治さんのプレイは、話を伺っただけでもほんとに素晴らしいと思いました』とまた孝夫が言う。
『ほんと』と美由紀。 『あたしも、あのとても強い逆えびだの、素晴らしいタバコ責めだのを見せていただいて、すっかり感激しちゃったわ』
『それに』と祥子がつけ加える。 『祐治さんって素晴らしく辛抱強いの。 あたし、縛りでもタバコ責めでも、初めてにしてはちょっとやり過ぎたかしらって心配してたのに、かえって感謝されてびっくりしたわ』
『ええ、そうですってね』
『そんなに言われるとどうにもならないね。 どこか穴でもあったら入りたい位だ』
『でも、ほんとだから仕方がないでしょう?』
『そうかな』
どうもこういう会話になると、祥子には太刀打ちできそうもない。 その上、祥子はさらに話を広げる。
『それから、その後の食事やお茶の時に色々なプレイの経験のお話を伺って、またまたびっくりしたわ。 そんな素晴らしいプレイをお一人でなさっていたのかって』
『どうもね』と頭をかく。 『この前は調子に乗って、つまらないことまで少ししゃべり過ぎたようだね。 しかもみんな失敗談ばかりで』
『そんなことないわよ。 みんな、祐治さんが如何に厳しいプレイをしておられるかという貴重な経験のお話だったわよ。 特にあの、首を吊られた修道女というお話にはすっかり感激してしまったわ。 あんなすごいプレイをお一人でなさっていたなんて、とても信じられない位だったわ』
『大袈裟だな。 それにあれは、僕がうっかりしたために偶然そういうことになった、単なる失敗談なのに』
この会話に孝夫が興味を示す。
『え、首を吊られたしゅーどーじょ?。 「しゅーどーじょ」って何ですか?』
『うん、修道女というのはね。 あの、西洋の絵なんかによく出てくる、キリスト教の女子修道院の尼さんのことさ』
『ああ あの、よく十字架の前で膝で立って、手を組んでお祈りをしている修道女のことですか』
『うん そうだ』
『それがプレイにどう結びついてるんですか?』
『いや 実はね。 僕が絵で見た修道女の格好を真似して、首にロープを巻き付けて壁の上の方にあるフックに吊り、膝で立って両手を後ろ手に組み、うなだれているポーズをとったんだ。 所がその時うっかりして 何の気なしに両手をHセットで留めたものだから、気が付いたら後ろの台に置いたあった鍵に手が届かず、その格好から抜けられなくなってしまってたんだ』
『ふーん、それで?』
孝夫は一層の興味を示し、前にのりだす。
『うん、一時はもう駄目かと思ったけど、でも あることを思い付いて、散々苦労したあげく やっと抜けることができて、今無事にこうしている、というお話さ。 でも 祥子さんの話は少し大げさだよ』
『いいえ、ほんとに素晴らしいプレイ経験なのよ。 それに比べたら あたし達のプレイなんか、ほんとに子供の遊びに思えたわ』
『僕、その話はまだ伺ってませんでしたね』
『ええ そうね。 でもそれは後であたしが話してあげるわ』
祥子が話に区切りをつけ、また みんなが紅茶を飲む。
2
そこで改めて孝夫に訊く。
『これで僕のことはすっかり判っていただけたとして、今度は孝夫君のことを少しおききしてもいいかい?』
『ええ もちろんです』
孝夫が少し緊張した顔をする。
『いや 大したことじゃないけど、折角の機会だから少しおききして、色々と知識を仕入れておこうと思ってね』
『そんなに遠慮することないわよ』と祥子が横でけしかける。 『これからはお2人も互いにプレイメイトの間柄になるんだから、どしどし訊いておいたほうがいいわよ』
『まあ 順々にね』
私は祥子を制して 質問に入る。
『それじゃ早速だけど、孝夫君は大学では工業デザイン科におられるそうだけど、工業デザイン科ってどういうことを勉強する所ですか?』
孝夫はその質問を聞いて、ほっとしたような顔をする。
『そうですね。 一般的には 工業製品のデザイン一般を勉強するんですが、僕は特に木材で作った製品をデザインする木工デザインに興味があって、色々と勉強をしています』
『孝夫さんのお宅はね』と美由紀が横で補足する。 『木工家具や建築部品の製造・販売をしておられるの。 だから 孝夫さんはご自分の家の工場で自由にデザインを試せるのよ。 いいでしょう?』
『うん それは素晴らしいな。 そう言えば この間見せて貰ったアルバムの中のお仕置用の柱も、孝夫君が作ったんですってね?』
『ええ。 祥子さんにこんなのが欲しいんだけどと言われて、ちょっとデザインして家の工場で日曜日を使って作ってみました。 まあ お2人にも気に入ってもらえてるようですが』
『ええ、とても気に入ってるわ』と祥子。
『それにね』と美由紀がまた補足する。 『孝夫さんは木工だけでなく、金工でも何でもとてもお上手なのよ』
『いいえ、上手というほどではありませんけど、学校で実習でやらされますので 一応はこなします。 幸い家に色々な設備が整っていますから』と孝夫。 大分 話し方が滑らかになる。
『そうそう』と今度は祥子が補足する。 『孝夫の家には大きな倉庫があって、その一角に木工や金工の色々と立派な設備が並んでるの。 あたしも一度だけだけど、見せて貰ったことがあるわ』
『それはいいな。 これからも色々とプレイ用の道具を作って貰える訳だね』
『ええ そう。 孝夫はあたし達のプレイの技術担当という訳なの』
『兼 土方、ですかね?』と言って孝夫が笑う。
『そうね。 それもやって貰ってるわね』と祥子。 皆がどっと笑う。
すっかり空気がほぐれる。 孝夫もすっかりリラックスしたようである。 話に一区切りがついて 皆がそれぞれに紅茶を飲む。
また 話題を変える。
『それからもう一つ、孝夫君はいい車をお持ちだそうですね』
『ええ、普通のセダンの乗用車ですけど』
『でも いいですね』
『ええ ほんとは父の車なんです。 ですが 家の者があまり乗らないので、僕がかなり自由に使っています』
『おかげで あたし達もとても助かってるわ』と祥子。
『所で 車種は何ですか?』
『ニッサンのローレル2000です』
『ああ それはいいですね。 かなりゆったりしてて』
『ええ、4~5人でどこかにちょっと出掛けるには便利です』
孝夫の応えはどこまで行っても素直である。
『それでね』と祥子がまた話を引き取る。 『そのうちに一度、どこかに遠出しましょうということになってるの。 その時は祐治さんもお誘いするわ』
『うん そうだね。 お願いするかな』
私もすっかりくつろいだ気分になる。
『それから 孝夫の家のガレージがとても便利なのよ。 おうちの地下室に直接つながっているの』と祥子がまた話を広げる。
『ええ、家が丁度 崖の端のような所にあり、道路から大分高いものですから、家の地下室につけてガレージが作ってあるのです』と孝夫が説明する。
『だから 人に見られずに何でも積み込むことが出来るの。 色々とプレイに使えるんじゃないかしら』と祥子。
『ええ そうですね。 そう言えば一度、あのガレージで美由紀さんを車のトランクに入れて、街の中を走ったことがありましたね』と孝夫が言う。
『ああ もう そんなプレイもしているのかい』
『ええ』
横で美由紀が恥ずかしそうに下を向く。
『とにかく 孝夫が居てくれてほんとに助かってるわ。 さもないと吊り一つ、簡単には出来ないし』と祥子がいう。
『いや、僕は言われた通り 手伝っているだけですよ』と孝夫は謙遜する。
みんなの紅茶がなくなる。
『それじゃ あたし達はちょっと奥で、今日 お見せするプレイの支度をしてくるから、祐治さんはその間、孝夫と2人でお話ししてて下さいね?』と祥子。
『うん いいよ』と返事する。
『じゃあ もう1杯、紅茶をお入れしておくわね』
祥子はそう言って 私と孝夫の茶碗に紅茶を入れ直し、美由紀と一緒に奥へ消える。
3
孝夫と2人だけで残され、私はまた話題を変えて会話を再開する。
『ところで孝夫君は小さい時から祥子さんと、姉と弟のように育てられたって伺ってるけど』
孝夫はちょっとはにかんだ顔を見せる。
『ええ、小学校の低学年までは しょっちゅう、どちらかの家で一緒に遊んでました。 というのは 祥子さんのお母さんが僕の母の姉で、昔は家が近くにありましたからね。 それに僕は一人っ子でしたし、祥子さんには兄さんが居ますけど、年が5つも離れているものですから遊び相手にならなくて、年の近い僕達2人がお互いに丁度よい遊び相手だったんですね』
『なるほど もっともですね』とうなずいて、さらに訊く。
『それでどうでした?。 その頃の祥子さんは』
『そうですね。 その頃からとても活発でしたね。 向かうの方が年上ということもあって、しょっちゅう泣かされてました。 もっとも僕はその頃はとても泣き虫で、何かといっては泣いてたそうですから、あながち 祥子さんにいじめられた、という訳でもないでしょうけど』
『なるほど。 それで、その頃から祥子さんが紐か何かに興味を持ってる、というようなことがありました?』
『いや まだ、そういうことはなかったんじゃないですか。 少なくとも 僕は気がつきませんでた』
『それはそうでしょうね』
もっともな答に私もうなずく。
ちょっと会話がとぎれる。 が すぐに孝夫が何かを思い出したかのように一つうなずいて話を再開する。
『でも そう言えば一度、僕が幼稚園の年長組で祥子さんが小学校1年の夏でしたか、一緒に海の別荘に行ってた時に、誰も居ない部屋の隅で祥子さんに両手を後ろ手に縛られて、僕が泣き出したことがありました』
『ふーん』
『ただ その時は すぐに泣き声を聞いた祥子さんのお母さんに見付かって、ほどいて貰いましたけど。 その後で祥子さんは大分叱られてたようでした』
『なるほど そんなことがあったんですか。 栴檀は双葉よりかんばし ですかね』
『いや、それほどの事ではないと思いますけど』
孝夫と私は顔を見合せて笑う。
ところへ2人が奥から戻ってくる。 見ると祥子が例の赤いバッグを右手に提げ、美由紀はスカートをパンタロンにはき替え、上もTシャツに着替えており、その上もう両手を後ろに回して 上半身をきっちり縛り上げられている。 その縛りはどうやら高手小手らしい。
『ああ もう』
『ええ。 プレイをするのにはスカート姿よりこの格好の方が便利だし、それについでだから、紐も掛けといたの』
祥子はバッグを食卓の横に置きながら、そう言って笑う。 美由紀が恥ずかしそうに下を向く。 私は初めて見る高手小手縛りの実物に興奮を覚え、立っていって 美由紀の縛りを見る。
『それで これが例の高手小手の縛りなんだね』
『ええ そう』
『なるほど、きっちりした縛りだね』
『ええ。 ああ 裕治さんは高手小手の実物は初めてなのね。 よくご覧になるといいわ』
『うん 有難う』
私は前から後ろから眺める。 全般に もはや腕を動かす余地がまったく無さそうなきっちりした縛りの中で、特に背中で縛り合された両手首がぐっと首筋近くまで引き上げられた形が印象的である。
『いいねえ』
『ええ。 この縛りは上半身がきっちり決まって、かなり気持がいいものらしいわよ』
『うん そうかな』
『それから 見かけは大分きつそうだけど、実際はうまく縛ってあると比較的楽らしいの』
『そうかな。 でもこれだけ締め付けられてると、長い時間だとつらいんじゃないかい?』
『ええ でも、2~3時間ならどうってことはないらしいわ。 ね、美由紀?』
『ええ』
美由紀は下を向いたまま、消え入りそうな小さい声で答え、こっくりする。
『うん なるほど。 美由紀さんはね』
私もうなずく。
『じゃ、よかったら もう、席に戻らない?』
『うん そうだな』
私は席に戻る。 美由紀も祥子に椅子を動かしてもらって 自分の席に坐る。 そして祥子は自分達2人の茶碗にも紅茶を入れ直してから席につき、まず隣りの美由紀に一口飲ませる。 そして自分も一口飲んでから、私に向かって訊く。
『あの、あたし達が今 入ってきたとき、お2人で笑ってたようだったけど、何か面白い話でもあったの?』
『うん。 小さい時に祥子さんが孝夫君を後ろ手に縛ったことがあるって聞いたものだから、栴檀は双葉よりかんばしかなって笑ってたんだ』
『まあ、そんなことを話してたの』
祥子が孝夫をにらむ。 孝夫が首をすくめる。 私は笑いながらとりなす。
『いや、僕が無理に聞き出したんだから、孝夫君には罪はないよ』
『まあ いいわ。 相手が祐治さんだから』
祥子も笑う。 そしてなつかしそうに言う。
『そうね。 あれはあたしが小学校1年の時だったわね。 あの時は 孝夫がすぐにしくしく泣き出したりするもんだから、あたし 母にひどく叱られてしまって』
『一体 どんな理由で孝夫君を縛ったのかい』
『そんなこと憶えてないわ。 きっと何かいたずらしたから、お仕置をした積りだったんでしょう』
『お仕置たって、よく後ろ手に縛るなんてことを知ってたね』
『ええ。 その少し前に、やはりお仕置だと言って 兄に後ろ手に縛られたことがあったの。 だから それを孝夫にやってみただけじゃないかしら』
『ふーん。 でも 後ろ手だったら、どうやって縛るかは見てなかった訳だろう?。 それに幼稚園児だと言っても男の子があばれたら、小学校1年の女の子が後ろ手に縛るなんて、とても出来そうもない気がするけどな』
『そう言えばそうね。 それじゃ まあ、お仕置ごっこだと言って、両手をおとなしく後ろに回させて、でたらめに縛り合せたんじゃないかしら。 あの頃から孝夫は あたしの言うことは何でも「はいはい」って、よく聞いてくれたから』
『なるほど、そんな所かな』
『僕もどうして縛られたかは憶えてませんけど』と孝夫も言う。 『縛られて両手が腰の後ろから抜けなくなったら急に悲しくなって、しくしく泣き出したのを憶えてます』
『するととにかく、あたしが孝夫を後ろ手に縛ったのは、この間が初めてじゃなくて2回目と言う訳ね。 すっかり忘れてたわ』と祥子が面白そうに笑う。
『そんな小さい時からお仕置ごっこをするなんて、やはり 栴檀は双葉よりかんばし、だね』と私。 皆がどっと笑う。
『でも 僕も祐治さんから聞き出されるまでは すっかり忘れてました。 もし それが頭にあったら、祥子さんと美由紀さんのプレイの話を初めて聞いたときも、あんなにびっくりはしなかったでしょうね』と孝夫がしみじみした調子で言う。
4
ここで私は最も興味ある、核心の話題に移る。
『ところで孝夫君は、こういうプレイをどう思ってます?』
孝夫は少しはにかみながら答える。
『そうですね。 少なくとも今は嫌いじゃないですね。 特に祥子さんと美由紀さんのプレイは』
『と言うと?』
『ええ、最初 祥子さんから打ちあけられたときは、こんな世界があるなんて全然知りませんでしたから ほんとにびっくりしました。 けれど 祥子さんの話を聞いたり 写真を見せて貰ったりしているうちに、これはそんなに不自然なことではない、祥子さんと美由紀さんのお2人が納得して楽しんでおられるなら、それはそれでいいじゃないかって思うようになりまして』
『うん、なるほど』
『そして お2人のプレイを実地に見せて貰って、祥子さんも美由紀さんもすごく生き生きとして楽しそうなのを見て、お2人のご希望なら手伝ってもいいやという気になり、お手伝いを始めたのが最初です。 それが この頃は、プレイの時、お2人と一緒に居るのが僕自身、楽しいような気分になって来まして』
『なるほどね』
『でも 孝夫さんは、今でもご自分では 縛ったり縛られたりはなさらないのよ』と美由紀が横から注を入れる。
『ええ、どうも僕は 自分から進んで人を縛ろうと言う意欲が涌かないんです。 大体 どう縛ろうかというアイデアが浮かばず、それを考えるのがつい面倒になってしまうんですね。 それでいて 祥子さんが美由紀さんを縛ってるのを見るのは楽しいんですから、どうなってるんですかね』と孝夫は自分で笑う。
『ほんとにね』と祥子も横で笑う。
『それからまた一度だけ、祥子さんが後ろ手に縛ってくれたんですけど、あまり楽しい気分になれませんでした。 どうも その方も駄目なんですね』
『ほんとにそうなのね』とまた祥子。
『だから僕は、今はもっぱら力仕事でお手伝いしています。 それが一番 僕の性に合っていて 楽しいんです』
『うん、そういうこともあるかな』
私も納得する。 そして孝夫が続ける。
『それも最初のうちは、祥子さんのプレイぶりはとても美的感覚があるし、美由紀さんが責められている姿もとても美しい、だから デザインの勉強にもなるって自分に納得させていたんですけど、どうもそれだけじゃないんですね。 何故か解らないけど、横で見させて貰ってプレイの雰囲気にひたるだけで充分に楽しいんです。 そこで この頃ではもうすっかりプレイの楽しさに魅せられて、祥子さん達に声を掛けられると 何をさしおいても飛んで来るようになってます』
私は改めて納得する。
『なるほどね。 何か判らないけど、こういうプレイには 自分ではプレイをしない孝夫君までひき込む、妖しい魅力があるんだね。 何となく解るような気もするね』
そして祥子が言う。
『ほんとに孝夫は、自分からプレイをすることはなくても 頼んだことは何でも気持ちよくやってくれて、しかもプレイの雰囲気にとけこんで気分を盛り上げてくれて、本当にいいプレイメイトよ。 感謝してるわ』
『いや そんな』
孝夫が頭をかく。
『それに これから祐治さんとプレイをご一緒するとなると、祐治さんは美由紀よりもずっと重いから ますます孝夫の助けが必要になるわよね。 よろしくお願いするわ』
『僕からもよろしくお願いする』と私も頭をさげる。
『いや こちらこそ、色々と楽しい場面を見せていただけることを楽しみにしています。 よろしくお願いします』と孝夫も頭をさげる。
話に一区切りついて、また みんなが紅茶を飲む。 祥子も美由紀にゆっくり飲ませてから、自分のを飲む。 皆の紅茶々碗が空になる。