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3.1 孝夫

第3章 2度目の訪問
04 /28 2017


  玄関脇のボタンを押すと 中でチャイムの鳴る音がして、『はーい、ただいま』という美由紀の声が聞こえる。 そしてすぐに扉があいて、白のブラウスと紺のプリーツスカート姿の美由紀が顔を出す。
『あ 三田さん、お待ちしてました。 どうぞ 中へ』
『うん 有難う。 お邪魔します』
  中に入り、靴を脱いで上がる。 祥子も出てきて『あら、いらっしゃい』と言う。 また『お邪魔します』と応える。
  2人の後についてLDKへ行く。 LDKでは食卓の横に、写真で見覚えのある孝夫が立っている。 ちょっと黙礼を交わす。
  みんなが集まった所で まず祥子が私に孝夫を紹介する。
『三田さん。 それではご紹介するわ。 これがこの間 お話しした私の従弟の孝夫で、姓は森山というの。 現在はN大の工業デザイン科の3年生。 趣味はカメラで 本職はだしよ。 それに8ミリ・カメラも持っていて、あたし達も時々撮ってもらってるの。 それから あたし達のプレイで色々手伝ってもらっていて、とても助かってるのよ』
  それから孝夫の方に向いて私を紹介する。
『こちらはさっきからの話の主の三田さん。 T大大学院修士コースの2年生で、ご専門は物理工学。 とてもプレイに理解があって、今までの話からも判る通り、ご自分お一人ででも素晴らしいプレイをなさっているの。 そしてこれから大いにプレイをご一緒していただく予定なの』
『そういうことなので よろしく』と私から挨拶する。
『こちらこそ、どうぞよろしくお願いします』と孝夫が深々と頭を下げる。
  食卓を囲んで4人がそれぞれ椅子に座る。
  見たところ 孝夫は身長180センチ位。 大柄ながっちりした身体をしているが、顔つきは穏やかな、まさに良家のお坊ちゃんと言った感じである。
  祥子と美由紀が紅茶を入れる。 その間にさっそく孝夫に話しかける。
『あの、確か貴方のお名前は、モリヤマ・タカオ、でしたね』
『ええ そうです』
『ええ そうよ』と祥子が紅茶を入れながら口を挟む。 『モリヤマのモリは「森や林」の森、ヤマは「山登り」の山で、孝夫は親孝行のコウという字に夫(おっと)という字を書くの』
『いや、むしろ親不孝のコウかも知れませんけど』と孝夫は笑う。 皆も笑う。 その巧まざるユーモアにますます好感が湧く。
『まあ それはともかくとして、これから何とお呼びしようかと思って』
『ええ 何でもいいですよ。 祥子さんは小さい時からの習慣で私のことを「孝夫」って呼んでくれています。 ですから三田さんも「孝夫」と呼んでくださって結構です』
『でも 美由紀さんは「孝夫さん」と呼んでいるようだし』
『ええ そう』と横で美由紀が言う。
『それで いとこの祥子さんならともかく、他人の僕が呼び捨てにするのはどうも気になるから、当面は孝夫君とでも呼ばせて貰おうか』
『ええ 結構です』
  孝夫がうなずく。 その間に紅茶が入って、祥子と美由紀もそれぞれの席に着く。
『さあ どうぞ』と祥子が砂糖壺とクリーム入れを私の方に押しやる。 『お先に』と断って、紅茶に砂糖とクリームとを入れ、スプーンでかきまぜる。 他の3人もそれぞれ自分の紅茶に砂糖とクリームを入れ、スプーンでかき混ぜる。
『それで、私の方は三田さんとお呼びしていいんですね』と孝夫が念を押すように言う。 ちょうどいい機会なので、前からちょっと気になっていたことを言い出してみる。
『それでもいいけど、ちょっと気になることがあってね』
『え、それはなあに?』と祥子が訊く。
『うん それはね。 こういう席では 君たち3人のことは、祥子さん、美由紀さん、孝夫君って名前で呼び合っているのに、僕だけが三田さんと姓で呼ばれるのがちょっと気になってね』
『そうね』と祥子が承ける。 『でもそれは三田さんがあたし達よりも2つも3つも年上の最年長者だからだけど、いけないかしら』
『うん いけなくはないけど、僕たち4人は平等な立場でプレイを楽しむ筈なのに、僕だけがちょっと差別されてるような気がするんだ。 出来たら僕も名前で呼んで貰った方がいいんじゃないかと思ってね』
『そうね。 確かに今さら他人行儀に姓でお呼びすることもないかも知れないわね』
  祥子はうなずく。 他の2人もうなずく。
『それでは三田さんもこれからはお名前でお呼びするわ。 三田さんは確か「ゆうじ」というお名前だったわね?』
『うん、このように「しめすへん」に「みぎひだり」の右と言う字を書く「祐」の字に、明治大正の「治」を書く「祐治」だ』
  私は横のメモ用紙に「三田祐治」と書いてみせる。
『そうだったわね。 じゃ、あたし達はこれからは「祐治さん」とお呼びすることにするわ』
『うん 頼む』
『美由紀も孝夫もいいわね』
『ええ やってみるわ』
『ええ 結構です』
  他の2人もうなずく。 これで気になっていたことが一つ片付く。 紅茶を一口飲む。 そして改めて祥子に向かって言う。
『それで祥子さんはね』
『え、なーに?』と祥子。
『うん、祥子さんは今さっきの紹介で、僕のことを「さっきからの話の主」って言ってたけど、僕についてどんな話をしたの?』
『ええ 佳いお話。 三田さん、じゃない祐治さんを、とても誉めてたのよ』
『ほんとかな』
  私はちょっと首をかしげてみせる。
『ええ ほんとです』と孝夫が真面目な顔をして言う。 『感激するような佳いお話ばかりでした』
『孝夫君がそう言うのならほんとかな』
『まあ、あたしの言うことじゃ信用できないというの』と祥子がにらむ振りをする。
『まあね』
  みんながどっと笑う。 初対面の緊張が少しほぐれる。
  また紅茶を一口飲む。 そして祥子に向かって、『それでいったい、孝夫君にどんな話をしたの』と 今度は少し強くきく。
『そう特別のことじゃないわ。 この前 お伺いした時に見せていただいた色々なプレイの様子を、ちょっと話しただけよ』
『面白おかしく脚色してかい?』
『そんなことないわ。 ありのままよ』
  祥子はすましている。
『ええ 僕の聞いたのは』と孝夫が説明する。 『祐治さんが鎖とシリンダー錠とを使って、すっかり完成した技術であるHセットとかをなさっていること。 素晴らしい逆えびをやってお見せになったこと。 それにタバコを使って2回にわたってなさった美しい責めの様子 などです』
『それじゃ ちょっとでなくて全部じゃないか』
『まあね』
  祥子は笑っている。
『そんなことまで知られているなんて、ちょっと恥ずかしいな』
『そんなことないわよ。 それにこれからは孝夫にも加わって貰ってプレイをするんだから、すっかり知ってて貰った方がいいわよ』
『そうかな』
  私は首をかしげながら、また紅茶に口をつける。
『ほんとに祥子さん達と三田さん、いや 祐治さんとの間には、もう何のへだたりもないんですね』と孝夫が感心したように言う。 そして『慣れてないとやっぱりつい、三田さんって口に出ますね』と申し訳なさそうな顔をする。
『いいよ、名前のことはそんなに気にしてくれなくても。 すぐに慣れるだろうから』と私。 そして付け加える。
『そうだね。 もう この前、あれだけみっともない格好をさらけ出しちゃったから、今さら表面を飾ってみても意味がないからね』
『ほんとにそういう所が、公然とは出来ない秘密の楽しみを共にするプレイメイトのいい所なのよ』と祥子。
『まあ、そうなんだろうな』
『とにかく祐治さんのプレイは、話を伺っただけでもほんとに素晴らしいと思いました』とまた孝夫が言う。
『ほんと』と美由紀。 『あたしも、あのとても強い逆えびだの、素晴らしいタバコ責めだのを見せていただいて、すっかり感激しちゃったわ』
『それに』と祥子がつけ加える。 『祐治さんって素晴らしく辛抱強いの。 あたし、縛りでもタバコ責めでも、初めてにしてはちょっとやり過ぎたかしらって心配してたのに、かえって感謝されてびっくりしたわ』
『ええ、そうですってね』
『そんなに言われるとどうにもならないね。 どこか穴でもあったら入りたい位だ』
『でも、ほんとだから仕方がないでしょう?』
『そうかな』
  どうもこういう会話になると、祥子には太刀打ちできそうもない。 その上、祥子はさらに話を広げる。
『それから、その後の食事やお茶の時に色々なプレイの経験のお話を伺って、またまたびっくりしたわ。 そんな素晴らしいプレイをお一人でなさっていたのかって』
『どうもね』と頭をかく。 『この前は調子に乗って、つまらないことまで少ししゃべり過ぎたようだね。 しかもみんな失敗談ばかりで』
『そんなことないわよ。 みんな、祐治さんが如何に厳しいプレイをしておられるかという貴重な経験のお話だったわよ。 特にあの、首を吊られた修道女というお話にはすっかり感激してしまったわ。 あんなすごいプレイをお一人でなさっていたなんて、とても信じられない位だったわ』
『大袈裟だな。 それにあれは、僕がうっかりしたために偶然そういうことになった、単なる失敗談なのに』
  この会話に孝夫が興味を示す。
『え、首を吊られたしゅーどーじょ?。 「しゅーどーじょ」って何ですか?』
『うん、修道女というのはね。 あの、西洋の絵なんかによく出てくる、キリスト教の女子修道院の尼さんのことさ』
『ああ あの、よく十字架の前で膝で立って、手を組んでお祈りをしている修道女のことですか』
『うん そうだ』
『それがプレイにどう結びついてるんですか?』
『いや 実はね。 僕が絵で見た修道女の格好を真似して、首にロープを巻き付けて壁の上の方にあるフックに吊り、膝で立って両手を後ろ手に組み、うなだれているポーズをとったんだ。 所がその時うっかりして 何の気なしに両手をHセットで留めたものだから、気が付いたら後ろの台に置いたあった鍵に手が届かず、その格好から抜けられなくなってしまってたんだ』
『ふーん、それで?』
  孝夫は一層の興味を示し、前にのりだす。
『うん、一時はもう駄目かと思ったけど、でも あることを思い付いて、散々苦労したあげく やっと抜けることができて、今無事にこうしている、というお話さ。 でも 祥子さんの話は少し大げさだよ』
『いいえ、ほんとに素晴らしいプレイ経験なのよ。 それに比べたら あたし達のプレイなんか、ほんとに子供の遊びに思えたわ』
『僕、その話はまだ伺ってませんでしたね』
『ええ そうね。 でもそれは後であたしが話してあげるわ』
  祥子が話に区切りをつけ、また みんなが紅茶を飲む。



  そこで改めて孝夫に訊く。
『これで僕のことはすっかり判っていただけたとして、今度は孝夫君のことを少しおききしてもいいかい?』
『ええ もちろんです』
  孝夫が少し緊張した顔をする。
『いや 大したことじゃないけど、折角の機会だから少しおききして、色々と知識を仕入れておこうと思ってね』
『そんなに遠慮することないわよ』と祥子が横でけしかける。 『これからはお2人も互いにプレイメイトの間柄になるんだから、どしどし訊いておいたほうがいいわよ』
『まあ 順々にね』
  私は祥子を制して 質問に入る。
『それじゃ早速だけど、孝夫君は大学では工業デザイン科におられるそうだけど、工業デザイン科ってどういうことを勉強する所ですか?』
  孝夫はその質問を聞いて、ほっとしたような顔をする。
『そうですね。 一般的には 工業製品のデザイン一般を勉強するんですが、僕は特に木材で作った製品をデザインする木工デザインに興味があって、色々と勉強をしています』
『孝夫さんのお宅はね』と美由紀が横で補足する。 『木工家具や建築部品の製造・販売をしておられるの。 だから 孝夫さんはご自分の家の工場で自由にデザインを試せるのよ。 いいでしょう?』
『うん それは素晴らしいな。 そう言えば この間見せて貰ったアルバムの中のお仕置用の柱も、孝夫君が作ったんですってね?』
『ええ。 祥子さんにこんなのが欲しいんだけどと言われて、ちょっとデザインして家の工場で日曜日を使って作ってみました。 まあ お2人にも気に入ってもらえてるようですが』
『ええ、とても気に入ってるわ』と祥子。
『それにね』と美由紀がまた補足する。 『孝夫さんは木工だけでなく、金工でも何でもとてもお上手なのよ』
『いいえ、上手というほどではありませんけど、学校で実習でやらされますので 一応はこなします。 幸い家に色々な設備が整っていますから』と孝夫。 大分 話し方が滑らかになる。
『そうそう』と今度は祥子が補足する。 『孝夫の家には大きな倉庫があって、その一角に木工や金工の色々と立派な設備が並んでるの。 あたしも一度だけだけど、見せて貰ったことがあるわ』
『それはいいな。 これからも色々とプレイ用の道具を作って貰える訳だね』
『ええ そう。 孝夫はあたし達のプレイの技術担当という訳なの』
『兼 土方、ですかね?』と言って孝夫が笑う。
『そうね。 それもやって貰ってるわね』と祥子。 皆がどっと笑う。
  すっかり空気がほぐれる。 孝夫もすっかりリラックスしたようである。 話に一区切りがついて 皆がそれぞれに紅茶を飲む。
  また 話題を変える。
『それからもう一つ、孝夫君はいい車をお持ちだそうですね』
『ええ、普通のセダンの乗用車ですけど』
『でも いいですね』
『ええ ほんとは父の車なんです。 ですが 家の者があまり乗らないので、僕がかなり自由に使っています』
『おかげで あたし達もとても助かってるわ』と祥子。
『所で 車種は何ですか?』
『ニッサンのローレル2000です』
『ああ それはいいですね。 かなりゆったりしてて』
『ええ、4~5人でどこかにちょっと出掛けるには便利です』
  孝夫の応えはどこまで行っても素直である。
『それでね』と祥子がまた話を引き取る。 『そのうちに一度、どこかに遠出しましょうということになってるの。 その時は祐治さんもお誘いするわ』
『うん そうだね。 お願いするかな』
  私もすっかりくつろいだ気分になる。
『それから 孝夫の家のガレージがとても便利なのよ。 おうちの地下室に直接つながっているの』と祥子がまた話を広げる。
『ええ、家が丁度 崖の端のような所にあり、道路から大分高いものですから、家の地下室につけてガレージが作ってあるのです』と孝夫が説明する。
『だから 人に見られずに何でも積み込むことが出来るの。 色々とプレイに使えるんじゃないかしら』と祥子。
『ええ そうですね。 そう言えば一度、あのガレージで美由紀さんを車のトランクに入れて、街の中を走ったことがありましたね』と孝夫が言う。
『ああ もう そんなプレイもしているのかい』
『ええ』
  横で美由紀が恥ずかしそうに下を向く。
『とにかく 孝夫が居てくれてほんとに助かってるわ。 さもないと吊り一つ、簡単には出来ないし』と祥子がいう。
『いや、僕は言われた通り 手伝っているだけですよ』と孝夫は謙遜する。
  みんなの紅茶がなくなる。
『それじゃ あたし達はちょっと奥で、今日 お見せするプレイの支度をしてくるから、祐治さんはその間、孝夫と2人でお話ししてて下さいね?』と祥子。
『うん いいよ』と返事する。
『じゃあ もう1杯、紅茶をお入れしておくわね』
  祥子はそう言って 私と孝夫の茶碗に紅茶を入れ直し、美由紀と一緒に奥へ消える。



  孝夫と2人だけで残され、私はまた話題を変えて会話を再開する。
『ところで孝夫君は小さい時から祥子さんと、姉と弟のように育てられたって伺ってるけど』
  孝夫はちょっとはにかんだ顔を見せる。
『ええ、小学校の低学年までは しょっちゅう、どちらかの家で一緒に遊んでました。 というのは 祥子さんのお母さんが僕の母の姉で、昔は家が近くにありましたからね。 それに僕は一人っ子でしたし、祥子さんには兄さんが居ますけど、年が5つも離れているものですから遊び相手にならなくて、年の近い僕達2人がお互いに丁度よい遊び相手だったんですね』
『なるほど もっともですね』とうなずいて、さらに訊く。
『それでどうでした?。 その頃の祥子さんは』
『そうですね。 その頃からとても活発でしたね。 向かうの方が年上ということもあって、しょっちゅう泣かされてました。 もっとも僕はその頃はとても泣き虫で、何かといっては泣いてたそうですから、あながち 祥子さんにいじめられた、という訳でもないでしょうけど』
『なるほど。 それで、その頃から祥子さんが紐か何かに興味を持ってる、というようなことがありました?』
『いや まだ、そういうことはなかったんじゃないですか。 少なくとも 僕は気がつきませんでた』
『それはそうでしょうね』
  もっともな答に私もうなずく。
  ちょっと会話がとぎれる。 が すぐに孝夫が何かを思い出したかのように一つうなずいて話を再開する。
『でも そう言えば一度、僕が幼稚園の年長組で祥子さんが小学校1年の夏でしたか、一緒に海の別荘に行ってた時に、誰も居ない部屋の隅で祥子さんに両手を後ろ手に縛られて、僕が泣き出したことがありました』
『ふーん』
『ただ その時は すぐに泣き声を聞いた祥子さんのお母さんに見付かって、ほどいて貰いましたけど。 その後で祥子さんは大分叱られてたようでした』
『なるほど そんなことがあったんですか。 栴檀は双葉よりかんばし ですかね』
『いや、それほどの事ではないと思いますけど』
  孝夫と私は顔を見合せて笑う。
  ところへ2人が奥から戻ってくる。 見ると祥子が例の赤いバッグを右手に提げ、美由紀はスカートをパンタロンにはき替え、上もTシャツに着替えており、その上もう両手を後ろに回して 上半身をきっちり縛り上げられている。 その縛りはどうやら高手小手らしい。
『ああ もう』
『ええ。 プレイをするのにはスカート姿よりこの格好の方が便利だし、それについでだから、紐も掛けといたの』
  祥子はバッグを食卓の横に置きながら、そう言って笑う。 美由紀が恥ずかしそうに下を向く。 私は初めて見る高手小手縛りの実物に興奮を覚え、立っていって 美由紀の縛りを見る。
『それで これが例の高手小手の縛りなんだね』
『ええ そう』
『なるほど、きっちりした縛りだね』
『ええ。 ああ 裕治さんは高手小手の実物は初めてなのね。 よくご覧になるといいわ』
『うん 有難う』
  私は前から後ろから眺める。 全般に もはや腕を動かす余地がまったく無さそうなきっちりした縛りの中で、特に背中で縛り合された両手首がぐっと首筋近くまで引き上げられた形が印象的である。
『いいねえ』
『ええ。 この縛りは上半身がきっちり決まって、かなり気持がいいものらしいわよ』
『うん そうかな』
『それから 見かけは大分きつそうだけど、実際はうまく縛ってあると比較的楽らしいの』
『そうかな。 でもこれだけ締め付けられてると、長い時間だとつらいんじゃないかい?』
『ええ でも、2~3時間ならどうってことはないらしいわ。 ね、美由紀?』
『ええ』
  美由紀は下を向いたまま、消え入りそうな小さい声で答え、こっくりする。
『うん なるほど。 美由紀さんはね』
  私もうなずく。
『じゃ、よかったら もう、席に戻らない?』
『うん そうだな』
  私は席に戻る。 美由紀も祥子に椅子を動かしてもらって 自分の席に坐る。 そして祥子は自分達2人の茶碗にも紅茶を入れ直してから席につき、まず隣りの美由紀に一口飲ませる。 そして自分も一口飲んでから、私に向かって訊く。
『あの、あたし達が今 入ってきたとき、お2人で笑ってたようだったけど、何か面白い話でもあったの?』
『うん。 小さい時に祥子さんが孝夫君を後ろ手に縛ったことがあるって聞いたものだから、栴檀は双葉よりかんばしかなって笑ってたんだ』
『まあ、そんなことを話してたの』
  祥子が孝夫をにらむ。 孝夫が首をすくめる。 私は笑いながらとりなす。
『いや、僕が無理に聞き出したんだから、孝夫君には罪はないよ』
『まあ いいわ。 相手が祐治さんだから』
  祥子も笑う。 そしてなつかしそうに言う。
『そうね。 あれはあたしが小学校1年の時だったわね。 あの時は 孝夫がすぐにしくしく泣き出したりするもんだから、あたし 母にひどく叱られてしまって』
『一体 どんな理由で孝夫君を縛ったのかい』
『そんなこと憶えてないわ。 きっと何かいたずらしたから、お仕置をした積りだったんでしょう』
『お仕置たって、よく後ろ手に縛るなんてことを知ってたね』
『ええ。 その少し前に、やはりお仕置だと言って 兄に後ろ手に縛られたことがあったの。 だから それを孝夫にやってみただけじゃないかしら』
『ふーん。 でも 後ろ手だったら、どうやって縛るかは見てなかった訳だろう?。 それに幼稚園児だと言っても男の子があばれたら、小学校1年の女の子が後ろ手に縛るなんて、とても出来そうもない気がするけどな』
『そう言えばそうね。 それじゃ まあ、お仕置ごっこだと言って、両手をおとなしく後ろに回させて、でたらめに縛り合せたんじゃないかしら。 あの頃から孝夫は あたしの言うことは何でも「はいはい」って、よく聞いてくれたから』
『なるほど、そんな所かな』
『僕もどうして縛られたかは憶えてませんけど』と孝夫も言う。 『縛られて両手が腰の後ろから抜けなくなったら急に悲しくなって、しくしく泣き出したのを憶えてます』
『するととにかく、あたしが孝夫を後ろ手に縛ったのは、この間が初めてじゃなくて2回目と言う訳ね。 すっかり忘れてたわ』と祥子が面白そうに笑う。
『そんな小さい時からお仕置ごっこをするなんて、やはり 栴檀は双葉よりかんばし、だね』と私。 皆がどっと笑う。
『でも 僕も祐治さんから聞き出されるまでは すっかり忘れてました。 もし それが頭にあったら、祥子さんと美由紀さんのプレイの話を初めて聞いたときも、あんなにびっくりはしなかったでしょうね』と孝夫がしみじみした調子で言う。



  ここで私は最も興味ある、核心の話題に移る。
『ところで孝夫君は、こういうプレイをどう思ってます?』
  孝夫は少しはにかみながら答える。
『そうですね。 少なくとも今は嫌いじゃないですね。 特に祥子さんと美由紀さんのプレイは』
『と言うと?』
『ええ、最初 祥子さんから打ちあけられたときは、こんな世界があるなんて全然知りませんでしたから ほんとにびっくりしました。 けれど 祥子さんの話を聞いたり 写真を見せて貰ったりしているうちに、これはそんなに不自然なことではない、祥子さんと美由紀さんのお2人が納得して楽しんでおられるなら、それはそれでいいじゃないかって思うようになりまして』
『うん、なるほど』
『そして お2人のプレイを実地に見せて貰って、祥子さんも美由紀さんもすごく生き生きとして楽しそうなのを見て、お2人のご希望なら手伝ってもいいやという気になり、お手伝いを始めたのが最初です。 それが この頃は、プレイの時、お2人と一緒に居るのが僕自身、楽しいような気分になって来まして』
『なるほどね』
『でも 孝夫さんは、今でもご自分では 縛ったり縛られたりはなさらないのよ』と美由紀が横から注を入れる。
『ええ、どうも僕は 自分から進んで人を縛ろうと言う意欲が涌かないんです。 大体 どう縛ろうかというアイデアが浮かばず、それを考えるのがつい面倒になってしまうんですね。 それでいて 祥子さんが美由紀さんを縛ってるのを見るのは楽しいんですから、どうなってるんですかね』と孝夫は自分で笑う。
『ほんとにね』と祥子も横で笑う。
『それからまた一度だけ、祥子さんが後ろ手に縛ってくれたんですけど、あまり楽しい気分になれませんでした。 どうも その方も駄目なんですね』
『ほんとにそうなのね』とまた祥子。
『だから僕は、今はもっぱら力仕事でお手伝いしています。 それが一番 僕の性に合っていて 楽しいんです』
『うん、そういうこともあるかな』
  私も納得する。 そして孝夫が続ける。
『それも最初のうちは、祥子さんのプレイぶりはとても美的感覚があるし、美由紀さんが責められている姿もとても美しい、だから デザインの勉強にもなるって自分に納得させていたんですけど、どうもそれだけじゃないんですね。 何故か解らないけど、横で見させて貰ってプレイの雰囲気にひたるだけで充分に楽しいんです。 そこで この頃ではもうすっかりプレイの楽しさに魅せられて、祥子さん達に声を掛けられると 何をさしおいても飛んで来るようになってます』
  私は改めて納得する。
『なるほどね。 何か判らないけど、こういうプレイには 自分ではプレイをしない孝夫君までひき込む、妖しい魅力があるんだね。 何となく解るような気もするね』
  そして祥子が言う。
『ほんとに孝夫は、自分からプレイをすることはなくても 頼んだことは何でも気持ちよくやってくれて、しかもプレイの雰囲気にとけこんで気分を盛り上げてくれて、本当にいいプレイメイトよ。 感謝してるわ』
『いや そんな』
  孝夫が頭をかく。
『それに これから祐治さんとプレイをご一緒するとなると、祐治さんは美由紀よりもずっと重いから ますます孝夫の助けが必要になるわよね。 よろしくお願いするわ』
『僕からもよろしくお願いする』と私も頭をさげる。
『いや こちらこそ、色々と楽しい場面を見せていただけることを楽しみにしています。 よろしくお願いします』と孝夫も頭をさげる。
  話に一区切りついて、また みんなが紅茶を飲む。 祥子も美由紀にゆっくり飲ませてから、自分のを飲む。 皆の紅茶々碗が空になる。

3.2 吊りの観賞

第3章 2度目の訪問
04 /28 2017


  お茶が終わって、『さあ』と祥子が座り直す。
『もう 話も一区切りついたし、紅茶も丁度終りになったから、お互いの挨拶と紹介はその位にして さっそくプレイに入らない?』
『うん そうだね。 それがいいね』
『それでね。 今日は祐治さんのご執心に応えて、美由紀の吊りをお見せすることにしてるの。 ね、美由紀?』
『ええ』
  美由紀が少し恥ずかしそうにうなずく。
『それは有難う』と礼を言う。 そして思わず興奮を覚えて、少し顔がほてる。
『じゃ、さっそく始めるから、祐治さん、よく御覧になっててね』
  祥子が立ち上り、かがんで横に置いてあった赤いバッグの口を開ける。 美由紀も立って祥子に背を向ける。 改めて後ろ手高手小手姿に緊縛されている美由紀の美しい上半身を見つめる。 特にTシャツで覆われた乳房のふくらみが上下の紐で強調されていて、ひときわ魅力的に見える。
  私も立って美由紀の横に行く。 孝夫も立って来る。
『それではまず、一番標準的な吊りからお目にかけるわね』
  そう言って、祥子はバッグの中から少し太目の綿の紐を取り出す。 そしてまず 美由紀の腰に2重に巻き付け、腰の前で一度結んで、パンタロンの股間を通してから腰の後ろでもとの紐に結びつける。 そしてその先をさらに上に引き上げ、手首の所で一度結んでから胸に2重に巻き、また手首の紐に結び付ける。 そしてさらにもう一本の少し太い紐をとって、手首の所でさきの紐と結び合せる。
  一歩下がって仕上がり具合を見て、『これでいいわ』と祥子が言う。 私はその手際の良さに感心する。
『ずいぶん早く出来たね』
『ええ、このプレイは高手小手に縛るのに案外時間が掛かるので、それを先に済ませておくと楽なの』
『それにしても、腰にまでずいぶん厳重に紐をかけるんだね』
『ええ そう。 きびしいでしょう?』
  祥子はちょっと笑う。 しかし すぐに真面目な顔になって 説明を加える。
『ほんとを言うとね。 こういう風に腰にも紐を厳重に掛けておいた方が力が分散されて、吊られる本人が楽なの』
  そして 『ね、美由紀?』と美由紀に同意を求める。 『ええ』と美由紀が軽くうなずく。
『実際 少し長い時間吊るとなると、この位にしておかないと 美由紀でもまだ痛くて我慢ができないらしいの。 もう少し訓練すれば、腰紐なんか使わずにもっとかっこよく吊れるようになると思うけど』
『なるほどね』
  私はうなずく。 美由紀は黙って笑っている。
『ところで どこで吊るの?』
『ええ あそこ』
  祥子が部屋の北東の隅の天井を指差す。 見ると そこだけ天井板がほかとは少し違ってるように見える。
『実は あそこは天井板が開くようになってるの。 そして 中に少し細工がしてあるの』
『ふーん』
『じゃ 孝夫。 用意して』
『はい』
  孝夫が椅子をその下に持っていって上に乗り、手を伸ばしてその板のへり近くのつまみを回す。 板が開いて垂直に垂れ下がる。 孝夫はさらに天井裏に手を入れて、ワイヤーロープを引き出してから椅子を降りる。 垂れ下ったロープの先には直径7センチばかりの太い鉄の輪がついている。
『ふーん、いい場所があったね』
『ええ お陰さまで』
  祥子はにっこり笑った後で説明する。
『あたしが何とか吊りプレイがしたいと言ったら、孝夫があそこを見付けてくれて、ワイヤーロープをセットしてくれたの』
『ええ』と孝夫が引き継ぐ。 『何かないかと思ってあそこを開けてみましたら、手の届く所に丁度いい梁が走ってましたので』
『ふーん、よかったね』
『ええ』
『まだ調べてはないけど、こういう場所なら僕のマンションにもあるのかな』
『ええ、きっとありますよ』
  孝夫が保証してくれる。
  祥子が『さあ、いらっしゃい』と声を掛ける。 美由紀が『はい』と応えて椅子の横に行く。 孝夫が背伸びして美由紀の背中の手首からのびている太めの紐の先を鉄の輪に通し、下に引き出して祥子に渡す。 ついで美由紀が椅子に右足をかけ、孝夫に腰の辺を支えて貰って、ぐっとふんばってその上に立つ。 祥子が紐の先を引っぱって、ぴんとさせる。 美由紀は身体を一杯に伸ばし、少しつま先立ちになって協力する。 祥子は紐をぴんと張ったまま、横の壁際の床に半円形の形で出ている金属環に丁寧に結びつける。
『丁度いい所に留め輪があるんだね』
『ええ、これも孝夫が取り付けてくれたの』
  孝夫が美由紀を抱えあげ、祥子が椅子を横にどかす。 孝夫が美由紀の身体をゆっくり下して、最後にそおっと手をはなす。 美由紀の足が床から20センチほどの所まで下がって、身体が吊り下がってゆっくり右に回る。 紐が締って小さなきしみ音がする。 背面の紐尻から延びている1本の紐で吊るされて、美由紀は後ろ手に緊縛された上体を少しうつむき加減にし、脚をだらりと下げ、顔を伏せ、眼を軽く閉じて、口をきっちり結んでいる。 あるいは痛さをこらえて歯をかみしめているのかもしれない。 私は生れて初めて見る本物の吊りにすっかり感激して、美由紀の全身を眺め回す。
  祥子は手を伸ばして美由紀の身体の回転を止め、食卓の方に向かせてから、『これで出来上り』と宣言する。 そして美由紀に向かって、『美由紀、いつもより特に痛い、という所はないわね』と念を押すようにきく。 美由紀はちょっと眼を開け、祥子の顔を見て『ええ』と小さな声で答え、また眼を閉じる。 たまらなく愛しくなる。



『それじゃ、美由紀は少しの間、このままにしておいて、お茶を飲みましょう』
  祥子が茶碗4つとモダンなデザインの急須を食卓に出す。 そしてほうじ茶を入れて、3つの茶碗に注いで並べる。 3人が食卓のまわりに座る。 お茶を一口飲む。 興奮で乾いた口に お茶がうまい。
  私はずうっと美由紀から眼をはなせないでいる。 美由紀は相変らず眼を軽く閉じ、口を結んで、ごくわずか揺れている。
『吊りを実際に見るのは初めてだけど、やはりすごいもんだね』
『そうね。 何回見ても悪くないわね』
  お茶をすすりながら美由紀の顔を見ているうちに、少し心配になってくる。
『美由紀さん、口をきっちり結んで歯をかみしめてるようだけど、大分痛いんじゃないのかな』
  しかし 祥子は平静に応える。
『ええ そうかもね。 でも 美由紀はもう大分慣れたし、それに体が軽いんで 紐がそんなに締まることもなくて、割に平気らしいわよ』
『ふーん』
『それに美由紀は時間がたつと気分がのって、却っていい気持になるらしいの』
『なるほど、そんなものかな』
  私はなおも美由紀を見詰める。 そう言えば 思いなしか、美由紀の表情が少しうっとりしてきたような気もする。
  3人でゆっくりお茶を飲む。 祥子が袋から一口チョコを一つ取り出して 包み紙をむき、立って美由紀の所に行って、
『美由紀、チョコレートよ。 一つ食べない?』
と顔の前にかざす。 美由紀は眼をあけ、祥子の顔とチョコレートを見て、口を小さくあける。 祥子が手を伸ばしてその口にチョコレートをそっと入れて、また席に戻る。 美由紀はまた眼を閉じ、ゆっくりとそれを味わっている様子。 その穏やかな表情に少し安心する。
  改めて祥子が説明する。
  『この縛り方だと 力は大部分が腰にかかって、胸はあまり圧されないらしいの。 胸だけで吊ると大分辛いらしいけど、これならかなり長い時間でも大丈夫みたいよ』
『ふーん』
  美由紀は眼をつぶって静かにゆれている。 でも 紐が腕にくいこんで、大分痛々しくみえる。 そんな思いにふけっていると、祥子が話を私に向けてくる。
『それで祐治さんは、お一人のプレイではまだ、吊りはなさったことはないのね?』
『うん、まだ一度もない。 雑誌で読んだ所では 一人でも出来ないことはないらしいけど、僕のマンションでは まだこういう適当な場所を見付けてなかったしね』
『でも 興味はおありだったんでしょう?』
『うん、実をいうとすごくあるんだ。 だから現実にこうやって見せて貰うと、すごく興奮する』
『それはよかったわ。 お見せした甲斐があったわ』
  祥子がまた嬉しそうな顔をする。
『ちょっと写真を撮りますから』と言って、孝夫がカメラを取り出す。 皆が立って食卓を少し横に寄せる。 美由紀も眼をあけて、私達の作業をぼんやり見ている。 孝夫は美由紀の写真を2~3枚撮ってから、『一緒に入りませんか』と声をかけてくる。
『そうね。 祐治さんを迎えての初の吊りプレイの記念に、一緒に入るのもいいわね』
  美由紀を中にはさんで祥子と3人で並んで立つ。 美由紀の顔がちょうど私の顔の高さにくる。
『はい。 ちょっと笑って』と孝夫が声をかけてくる。 私は左手で美由紀の腰を巻くようにして笑顔をつくる。 1本の紐で吊り下っている美由紀の身体が軽くゆれる。 シャッターの音がする。
『もう一枚』と孝夫。 ちらっと美由紀の顔を見る。 美由紀も私の顔を見てにこっとする。 正面を向く。 またシャッターが切られる。
『孝夫も入ったら?』と祥子が声を掛ける。
『そうですね』と言って、孝夫は三脚を出し、カメラをセットし、祥子の横に立ってセルフ・タイマーでまた一枚撮る。



  写真を撮り終えて、立ったままで祥子に言う。
『さあ もう大分長くなったから、美由紀さんを一度下さないか?』
『ええ そうね。 一つの吊りだけで長い時間を過ごすのは退屈でしょうから、一度下して 別の吊りをお目に掛けるわ』
『え、別の吊り?』
  私は思わず聞き返す。
『ええ そう』
『そんなに続けてやっても大丈夫なのかい?』
『ええ、吊り方が変われば力の掛かり方が変るから、案外 大丈夫のようよ。 それに今日は美由紀も、祐治さんにたっぷり見てもらうんだって張り切っていたから、一つの吊りだけでは物足りないわよ。 ね、美由紀?』
  祥子に声を掛けられて、美由紀は恥ずかしそうに下を向いてうなずく。 美由紀の身体がまた少しゆらゆらする。
『うん、それなら見せて貰おうか』
『ええ』
  美由紀を下ろすために孝夫が手を出そうとする。 祥子がその手をちょっと抑える。 そして
『今度は祐治さんが美由紀を支えてごらんにならない?』と言う。
『そうだな、やってみようか』
『じゃ、どうぞ』と孝夫が場所を譲ってくれる。
『うん、有難う』
  私は孝夫に替わって美由紀の身体を横からかかえる。 美由紀が眼をうっすらと開け、私の顔を見てにっこりして『有難う』と言う。 『うん ご苦労さま』と応える。 祥子が『まあ』と言って、私達2人をにらむ振りをして笑う。
  祥子が床の環に結んであった紐を解く。 ゆっくりと美由紀の身体を下ろしていく。 足が床に着き、美由紀がほっとした表情になって立つ。 祥子が手早く今の吊りに使ったやや太い紐と腰の紐とをほどいて、美由紀の身体から取り去る。
『手の紐はこのままで、今度は逆吊りをお目に掛けるわよ。 いいわね?、美由紀』と祥子が念を押す。
『ええ』と美由紀が小さな声で応える。
  祥子は椅子を横にどかし、『じゃ、今度はここに寝て』と、その空けた場所を指差す。 『はい』とうなずいて美由紀は床の絨緞の上に腰を下ろし、祥子に肩を支えられながらゆっくりと仰向けに寝て、足を伸ばす。 高手小手の手が体の下になって、ちょっと痛々しい。
  祥子は美由紀の両方の足首に包帯を厚く巻き、さっきの太目の紐で手早く縛り合せて、『じゃ、お願い』と言って孝夫に渡す。 孝夫がまた背伸びして紐の先を鉄の輪にくぐらせ、下に引きおろす。 美由紀は足を引き上げられ、腰を曲げる。
  孝夫は祥子に紐の先を渡し、美由紀を腰と脇の下とで抱き上げる。 そして祥子が紐を引くに従って腰の方を上げていき、遂には美由紀をすっかり逆さにして支える。 しかし美由紀の頭はほとんど床に着き、孝夫は何となく手の具合が抱えにくそうにしている。
『祐治さん、ちょっと手伝ってくださらない?』と祥子が声を掛けてくる。 『うん』と答えて私も手を出し、美由紀の肩の辺を支える。 孝夫が手を変えて抱え直し、美由紀の身体をさらに上に持ち上げる。 美由紀の頭が床から40センチほど離れる。 祥子は紐をぴんと張って、その先を丁寧に床の金属環に結び付ける。 孝夫がゆっくり手を離す。 美由紀の身体は少し下がったが、それでも頭は床から30センチほどの所にある。 『はい、出来上がり』と祥子が宣言する。
  今度は椅子に座ると顔が見にくいので、皆が美由紀のすぐそばに位置を占め、床の絨緞の上にぺたっと座る。 美由紀の身体はゆっくり右周りに回っている。 祥子が手を伸ばして回転を止め、我々の方に向かせる。 美由紀は頭を下にして身体を一杯に伸ばし、口を軽く開け、眼をつぶってうっとりした顔をしている。 両手を後ろ手高手小手に縛られ、胸にも2重づつ2組の紐が乳房の上下にかかっているので、Tシャツで覆われた形の佳い胸のふくらみがぐっと突き出していて、身体の線の美しさを一層引き立てている。
『美由紀さん、大丈夫?。 足首が痛いことはないかい?』と声を掛けてみる。 美由紀は眼をつぶったまま、小さい声で、『ええ、大丈夫』と答える。 その小さいが元気そうな声に少し安心する。
『美由紀は軽いから、こういう風に吊っても足首には余り負担は掛からないらしいの。 それに念のため、厚く包帯も巻いてあるから大丈夫よ』と祥子が笑いながら言う。
『でも 祥子さんはこういう風に吊られた経験はないんだろう?』
『ええ ないわ。 でも その位は、美由紀の顔を見てれば解るわよ』
  祥子はすましている。
『ふーん。 大した自信だね』
『まあね』
  私と祥子は顔を見合せて笑う。 孝夫もつられて笑う。 心なしか、美由紀の顔にも軽い笑みが浮かぶ。
『それにしても いいね』
  私は美由紀の逆吊り姿をつくづくと眺め回す。
『それで 美由紀さんの逆吊りって、これで何回目なの』
『ええ 実は この前お見せした写真の時が初めてで、その後 まだする機会がなかったから、これが2回目』
『ふーん、それは貴重なプレイなんだね』
『ええ そう。 この前のプレイが美由紀もよっぽど気に入ったらしいの。 それで今日の演目にぜひ加えたいって、これは美由紀が言い出したのよ』
『ふーん』
  私はまた 美由紀を見詰める。
『今日のもかっこいいけど、この前はヌードだったんで もっと見事でした』と孝夫が言う。
『そうだろうね。 僕は写真で見せて貰っただけだけど、ほんとに身体の線が息を飲むように美しかった』
  美由紀の顔にまた軽い笑みが浮かぶ。
『何とおっしゃっても今日はもう駄目。 そのうちに一度お見せするわよ』
『うん 頼む』
  改めて逆さに吊り下がった美由紀の全身を上から下まで見回す。 『こういう逆吊りって、美由紀も好きだけど、やはり佳いわね』と言って、祥子もうっとりした顔で美由紀の優美な逆吊り姿を見詰めている。
  孝夫がふと立ち上がって、少し離れて美由紀の写真を取る。 そして 私達が床にぺたっと座って美由紀を見ている所の写真も撮って、また横に腰を下ろす。
  5分ほど時間が経つ。 美由紀の顔が心なしか赤くなり、息が荒くなる。
『ちょっと息が荒くなったようだね』
『ええ ますます気分が乗ってきたんじゃない?』
『そうかな』
  私は首をかしげる。
『ええ この逆さ直線吊りというのはね』と祥子がまた自信たっぷりに説明する。 『最初のちょっとの間は頭に血が下って苦しいけれど、それを過ぎるとむしろうっとりしてきて、それからは20分や30分は平気ですぐに過ぎてしまうものなのよ』
『なるほど そんなものかな』
『ええ そうよ』
『祥子さんは経験がないんだろうに、ひどく詳しいね』
『ええ、その位は経験がなくても判るわよ』
『なるほどね』
『いや 実はね。 もっぱら文献情報と、それに美由紀の話の受け売りなの』
  祥子はそう言って また笑う。 私はまた 『なるほどね』と笑う。
『所で この前のヌードの逆吊りは、一体 何分くらい続けたの』
『そうね。 10分もやったかしら』
『なるほど、いきなり 10分かい』
『ええ そう。 それで降ろした時に、美由紀が「これならまだ当分は平気よ」と言ってたの。 だから今日はまだまだ大丈夫よ』
『なるほどね』
  私はまたうなずいて、また美由紀の顔を見詰める。
『そうね。 でも 美由紀は大丈夫にしても、何時までこうしていてもきりがないから、もう下しましょうか』
『うん、僕ももうすっかり堪能させて貰ったから もういいよ』
『じゃ また、孝夫、お願いね』
『はい』
  また 孝夫が美由紀の脇の下と腰の所に手をやって身体を抱くようにして支え、祥子が床の環から紐の先をほどく。 孝夫がゆっくりと美由紀の身体を下ろしていく。 私も美由紀の肩に手をやり、床に軟着陸するのを助ける。
  すっかり床に下ろしてから 祥子が手早く両足の紐を解き、肩を支えて起き上がらせる。 そして『美由紀、手はまだ そのままでいいわね?』と念を押し、美由紀が『ええ』とうなずく。 皆がまた食卓の周りの椅子に座る。
『美由紀さん 有難う。 とってもよかったよ。 お陰ですっかり吊りを堪能した』と改めて礼を言う。 美由紀は後ろ手姿をちょっとくねらせ、小声でただ『ええ』と応えて、また恥ずかしそうに目を伏せる。

3.3 吊られ初め

第3章 2度目の訪問
04 /28 2017


『さあ これで今日予定していた、基本的な吊り2つをお眼に掛けるプランは終ったけど』と言いながら、祥子が食器戸棚の時計にちらっと眼をやる。 私もつられて時計を見る。 針は4時ちょっと過ぎを指している。
『あら、まだ大分早いわね』と祥子は言う。 そして、『せっかくだから、祐治さんも一度 吊ってあげましょうか』と私の顔を見る。
『えっ、僕を?』と聞き返す。 『今日は美由紀さんだけじゃなかったのかい?』
『ええ、初めはその予定だったの。 でも まだ時間のあるとなったら、急に吊ってあげたくなったの。 ね、いいでしょう?』
  祥子は積極的に押してくる。 孝夫が横でにやにや笑っている。 美由紀が心配そうな顔をする。
『まあ 僕はまだ経験がないから、一度は吊られてもいいとは思ってはいたけど』
『それじゃ いいでしょう?。 是非やらせて。 今日は孝夫も居るし、とてもいいチャンスよ』
  こう熱心に押して来られると、私もつい その気になる。
『そうだな。 じゃ、やって貰おうか』
『まあ うれしい!』
  祥子は例の喚声をあげる。
『どうもその、祥子さんの「まあ 嬉しい」に僕は弱いんだな。 つい その気になってしまって』
『でも それは、祐治さんが心の奥でそうしたいって思っていることだから、スムースに進むのよ』
『そうかな?』
  私は自分の気持をはかり兼ねて、ちょっと首をかしげる。 確かに私には本来そういう欲望があって、祥子の言葉は私の羞恥心のバリヤーを軽減するのに効いているだけなのかも知れない。 とにかく今は、私も初めて経験する吊りに期待がふくらむ気分である。
『それじゃ、さっそく始めしょう』と祥子がせきたてる。
『うん でも、お手柔らかに頼むよ』
『ええ 解ってるわ。 任せといて』
  祥子は自信たっぷりである。
『じゃ 祐治さんも高手小手にしてあげるから、ちょっとそっちを向いて』
『うん』
  祥子は紐を手にしてスポーツシャツ姿の私の後ろにまわる。
『まず 手を後ろにまわし、肘を曲げて手首を重ね合せてくれない?』
『うん』
  言われた通り後ろ手にして 両手首を重ねる。 祥子は重ねた手首に手早く紐を巻き付け、ぐっと引き締めて結び、さらに両手首の間に割り紐を通し、引きしめて結ぶ。 手首に紐の感触がぐっとかかる。 『ああ また、縛られちゃった』と思う。
  次にその紐を左右に分け、二の腕の上から胸にかけて1回づつ巻きつけて締め、また手首の紐に結びつける。 そして その紐の先を上に引きあげ、1本づつ左右の肩に掛けて前に出し、胸の前でぐっと引く。 手首がぐっと上に引き上げられ、ぐっと歯をくいしばる。
『どう?。 この位で痛くない?』
『うん、何とか辛抱できそうだ』
  祥子はその紐の先を胸を2重に走っている紐に結びつける。 そして みぞおちの所までのばして結び目をつくり、左右に分けて肘の所で二の腕の上を通し、背中に回し、反対側の肘の上を通して、ぐっと締めてからまたみぞおちの上で結び合せる。 そしてさらにもう一度肘までのばし、肘と脇の下の間を2回ばかりくぐらせて往復させて割り紐とし、前の紐をぐっと締めつけて、背中へまわして、また手首の所で結び合せる。
『さあ これで高手小手の出来上りよ』と祥子がいう。 『祐治さんは確か、高手小手に縛られたのは初めてだったわね。 御気分はいかが?』
『うん』
  両手に力を入れてみる。 手首も肘も全然動かない。 先日の縛りと比較しても、上半身が一層きちっと決まった感じがする。 それに背中で手首がぐっともち上げられているので、かなり圧迫感がある。 きっちり緊縛されてしまった、という奇妙な快感が身をつつむ。
『なるほど、高手小手ってずいぶんきついんだね。 もう 腕の感覚が少しおかしくなってきた』
『でも きっちり決まってて気持いいでしょう?』
『うん まあ、そうだね』
『痛い所はない?』
『うん。 全体的にかなりの圧迫感はあるけど、特に痛いという所はない。 なんとか辛抱出来そうだ』
『じゃ いいわね?』
『うん』
『それじゃ、次に吊り用の紐をかけるわね』
  そう言って祥子は さっき美由紀を吊るのに用いた紐を手にする。
『今日は初めてだから、一番基本的な吊りとして、美由紀の最初の吊りと同じ形に吊って上げるわね』
『うん、それは光栄だな』
『まあ』
  美由紀が私と同じ後ろ手の高手小手姿で、恥ずかしそうに下を向く。
  祥子はまず私の二の腕の上から胸にかけて2重に巻いて、ぐっと締めて結ぶ。 次に私の腰に別の太い紐を2重に巻きつけ、腰の後ろで結び合せて、股の下にタオルを折ったものを当てて、紐を股の下を通して前に出し、腰の前で以前の紐をくぐらせ、また股の下を通して後ろに戻し、腰の後ろで先程の紐に結びつける。 そして そこから2本の紐を上に上げて背中で胸の太い紐に掛けてぐっと引きしめて結び合せる。 腰の後ろがぐっと引き上げられて軽くなった感じがする。
『これで出来上り』と祥子が宣言する。 『さあ 後は吊られるだけだ』と思って、ぞくぞくっとする。 美由紀も両手を後ろに回したままでじっと私を見ている。



  孝夫が椅子を例の鉄の輪の下におく。
『じゃ、こっちへ来て』
『うん』
  私はその椅子の方へ歩いていく。 腰がぐっとひき上げられていて、身体が半分 宙に浮いているような感じである。
  椅子の横に着くと、孝夫が私の背中の手首からのびている紐の先をとり、椅子に乗って鉄の輪に通し、下に引き出してから椅子から下りる。 つぎに私が椅子に片足をかけ、足をふんばってぐいっと椅子の上に立つ。 祥子が紐の先をつかんでぐうっと引く。 私も協力してかかとを一杯に上げ、身体を精一杯のばす。 胸の紐がぐうっと締まる。 下の方で祥子は紐の先を念入りに壁際の床の環に縛りつけている。
『もういいわよ』と言う祥子の声に、かかとを下ろす。 胸の紐がさらに締まり、腰も後ろでぐっと引き上げられたようになる。
『せっかくだから足も縛っといてあげるわね』
  祥子が笑顔でそう言って、私の返事も聞かずに、揃えている両足首を念入りに縛り合せる。 私は興奮で口の中が乾いてくる。
『じゃ、本番よ』と祥子。 私はちょっとうなずく。 期待感で一杯になる。 孝夫が私の腰の辺をかかえてぐっと持ち上げる。 祥子が椅子を取り除く。 孝夫がゆっくり私の身体を下す。 胸と腰の紐がだんだん締ってくる。 歯をくいしばる。 腰をかかえた孝夫の手がゆるむ。 紐が一層きつく締めつける。 孝夫が手をはなす。 身体が浮く。 二の腕に紐がぐっとくい込んでくる。
『出来たわよ』と祥子。 『ああ、吊られちゃった』と思う。 奇妙な嬉しさがこみ上げてくる。 身体がゆっくり右にまわる。 美由紀がくい入るような眼で見ている。 孝夫が手をのばして、私の身体が3人の方に向いた所で止めてくれる。
『どう?、祐治さん』と祥子が笑いかけてくる。
『大分きついね。 でも、何とか辛抱できそうだ』と応える。 声が少しかすれている。 美由紀と孝夫が、何故かくすりと笑うのが見える。
『じゃ、しばらくこのままにしておいて上げるわね』
  祥子はそう言ってにっこり笑う。 私も笑顔を返す。
  祥子は他の2人を促して、一緒に食卓の椅子に座る。 そして 『じゃまた お茶でも頂きましょうか』と言って、立ってほうじ茶を入れ直し、3つの茶碗に注ぐ。 孝夫も立って茶碗を配る。 美由紀は手を出すことが出来ず、座ったままで黙ってそれらの動きを見ている。
  自分の席に戻った祥子はまず美由紀に一口飲ませ、ついで自分も茶碗に口をつける。 孝夫も自分の茶碗に手を伸ばして取り、一口飲む。 そのまま3人はじっと私を見詰める。
  しばらくして、祥子が口を開く。
『あたし、美由紀以外の、特に男の人を吊ったのは初めてだけど、祐治さんは身体の大きいからやっぱり迫力があるわね』
『ほんとにそうですね。 でも その分だけ身体が重いから、紐がきつく締まって辛いんじゃないんですか?』と孝夫。
『そうね、それはあるかも知れないわね』
  祥子はそう言ってうなずき、改めて訊いてくる。
『祐治さん どう?。 大丈夫?』
『うん』
  今は長い言葉を言う気にはならない。
『祐治さんって 辛抱がいいですね』と孝夫がまた感心したように言う。
『ええ そうよ。 さっきお話しした通りでしょう?。 時々はあたしでも圧倒されるような気がすることがあるわ』
『ふーん、祥子さんでもそうですか』
  孝夫はますます感心した顔をする。
  祥子が手を伸ばして一口チョコを一つ取って紙をむく。 そして立ってやってきて 『辛抱のご褒美にこれを上げるわね』と言って、私の口に入れてくれる。 ゆっくり口を動かす。 チョコレートが溶けて口の中を甘さが満たす。 奇妙な幸福感が体を包む。
  祥子が席に戻る。 3人が黙って私を見上げる。 特に美由紀は後ろ手高手小手に緊縛された姿のままで、軽く口をあけ、くいいるように私の吊り姿を見つめている。 急に恥ずかしさがこみあげてくる。 その場を逃げ出したくなる。 もちろん私にはそのような自由はなく、ただ3人の目の前でだらしなく吊り下がっているだけである。
  見詰められる視線に耐えかねて、3人から目をそらす。 しかし 視線のもって行き場がない。 軽く眼をつぶる。 美由紀がさっき吊られてた時に眼をつぶっていた気持ちが解るような気がする。
  今は膝や腰が少し曲がった自然体でだらりと吊り下がっている。 じっとしていると腕や胸を締めつけている紐が気になるだけなので、身体を少し動かしてみたくなる。 上半身は動かす余地はほとんどないが、下半身は足は揃えて縛り合されてはいても少しは動かせる。 思い付いて膝を少し曲げてみる。 次に腰を曲げてみる。 身体が前後にゆっくり揺れる。
  身体を精一杯伸ばしてみる。 しかし 足を一杯に伸ばしても宙を蹴り、体が頼りなくゆらゆら揺れるだけ。 何とも奇妙な頼りなさを感じる。 今はもう、こうして何時まで放っておかれても自分ではどうしようもないんだ、と言う無力感と共に、奇妙な嬉しさが身体中を包む。 身体を動かしたので、胸や腰の紐がまた一段ときつく締まる。 歯をかみしめる。
  少し時間が経つ。 時々 紐がみしっと小さい音をたて、その度に紐がさらにきつく締ってくる。 二の腕も大分痛くなり、手の指の感覚も薄れてくる。 また 歯をぐっとかみしめる。 しかし 少しうっとりした気分になる。
  誰かが立ち上がる気配がする。 そして 『じゃまた 写真を撮りますから』との孝夫の声で眼をあける。 孝夫がカメラを構えている。 何か変化が欲しくなっていた時なので何となくほっとする。 孝夫がまず方向を変えて私の吊り姿を3枚ばかり撮る。
  ついで 孝夫が『祥子さんと美由紀さんもどうぞ一緒に』と誘う。 2人が私の横に並んで立つ。 2人の頭が私の腰の上の辺にくる。 祥子が左腕を私の太腿の辺に巻く。 美由紀は緊縛姿なので、そのまま右肩を私に触れるようにして立っている。 孝夫が写真を2枚ばかり撮る。 最後に孝夫も入ってセルフタイマーで1枚撮る。
  記録写真を撮り終えて 『今日は初めてだから、この位で終りにしましょう』と祥子が言う。 『はい』と孝夫が応える。 何となくほっとする。 美由紀もほっとしたような顔をしている。
  孝夫がカメラを食卓の上に置いて、私をそっと抱きかかえる。 腕や胸の紐の圧迫が急にゆるみ、ほっとする。 祥子が床の環から紐を解いて放す。 孝夫がゆっくりと私の身体を下していく。 足が床に着く。 さらにほっとする。
  孝夫が手を離す。 祥子が慣れた手付きで手早く腕や胸の紐を解いていく。 両手首を縛りあわせた紐も解かれて、腕を横に伸ばす。 手の指などがじーんとし、薄れていた感覚が戻って、身体中をまた改めて血がめぐり始めたような気がする。 腰の紐も解いてくれる。 残った足首の紐は床に腰を下ろして自分で解く。



  椅子に座って 祥子の入れてくれたお茶を飲む。 一口飲んで 茶碗を両手の手のひらで包むようにして見つめ、手に伝わってくるぬくもりを感じながら、今の吊られてた感覚を思い返してみる。 そしてぽつりと口に出る。
『とうとう僕も 吊られぞめをしてしまったね』
『え、つられぞめ?』
  耳慣れない言葉に孝夫が聞き返す。
『うん その、「ぞめ」はお正月の書き初めの「ぞめ」。 つまり 「吊られはじめ」と言うことさ』
『と言うことは』
と今度は祥子が笑みながら念を押す。
『これから何回も吊られるということを、祐治さんご自身がお認めになったと解釈してもいいわね?』
『あ いけない。 そんな意味になるかな』
『ええ そうよ』
  祥子は断固とした口調てそう言って、他の2人に『そうよね』と同意を求める。 『ええ そうね』、『そうですね』 と2人も笑いながら同意する。
『まあ しょうがないかな』
  私も笑って、また 一口お茶を飲む。
『ところで、初めて吊られたご感想はいかが?』と祥子がなおも軽く笑みながら訊いてくる。
『うん そうだね。 とても面白い体験だったね。 特に最初 吊り下げられたとき、自分の身体がゆっくり 回っているのを自分ではどうも出来ない 奇妙な無力感と言ったら、何とも言い表しようがないね』
『そんなに気持よかった?』
『そうだな。 気持いい のとは違うけど、悪い気分ではなかったね』
『すごいですね』と孝夫が改めて感心した顔をする。 『生れて初めてあのような姿で吊られて、その直後に感想をきかれて、まず 楽しかったという話から始めるなんて』
『ね あたしの言ってた通りでしょう?』
  その祥子の言葉に『あれ?』と思う。
『祥子さんが一体 なんて言ってたの』
『ええ、祐治さんがいらっしゃる前にですね。 祥子さんが「今日 時間があったら、祐治さんも吊ってみるからよろしくね」って言うんです。 僕が「初めてじゃ承知されるかどうか 分りませんよ」と言ったら、祥子さんは「祐治さん きっと承知して、しかも後できっと楽しかったとおっしゃるわよ」ですって。 僕は ほんとかなって思ってたんですけど』
  それを聞いて 祥子につっかかる。
『それじゃさっきは 時間があるのを見て急に思い付いたようなことを言ってたけど、ほんとは僕を吊るのも最初からの予定のうちだったのかい?』
『まあね』
  祥子は笑う。 そして言う。
『それで悪い気分じゃなかったんだから、いいでしょう?』
『まあね』
  今度は私が笑う。
『それで、何か辛いことはなかった?』と今度は美由紀がきく。
『うん そうだね。 大分きつかったことは確かだね。 でもこの位なら、これからも何とか辛抱できそうだね』
  美由紀と孝夫とがまたくすりと笑う。
『僕が何かおかしなことを言ったかい?』
『いいえ。 でも 祐治さんが、さっきから何かきかれる度に 何とか辛抱出来そうだって 同じような答ばかりするもんですから』
『ふーん、そんなに何度も同じ答をしたかな』
『ええ、今でもう 4度目ですよ』
『ふーん、そんなにね』
  プレイを共にした仲間意識の気安さで、私ももう孝夫とも何のこだわりもない、ゆったりした気分になる。 部屋の空気がすっかり和む。
  ちょっと右腕の袖をまくり上げてみる。 肘の所とそのすぐ上に赤く紐の跡がついている。 「やっぱり」と思って
『あれだけきついと、やっぱり 紐の跡が残るね』
と祥子に示す。 しかし 祥子は全く気にする様子もなく 言う。
『ええ でも その位なら、1時間もすると消えてしまうから心配ないわよ』
  そして 『ね、美由紀?』と美由紀の同意を求める。 美由紀も自分の経験をもとに保証する。
『ええ あたしもそう思うわ。 あたし この前、胸の紐だけで吊られたときは本当に痛くて、痕が幾日も残っていて、肌の出る服が着られなくて困ったけど』
『そうかな』と私。
  祥子がさらに言う。
『それに今日は初めてだから、祐治さんのは特に念を入れて、腰に大部分の重さがかかるように縛ったのよ。 だから胸の方は楽だったでしょう?』
  「へー」と思って聞き返す。
『へー、あれで楽な方なのかい?。 だとすると、胸だけで吊られると大変だね』
『そうね』
  祥子はいたずらっぽく笑う。 そして言う。
『一度 試しにやってあげましょうか』
『まあ 今日はいいや。 もう時間もないしするから遠慮しておく。 また次の機会にお願いするよ』
『そうね。 じゃ そうするわ』
  祥子は素直に引き下がる。 心の奥で何故かちょっと残念な気がする。 またお茶を一口飲む。



  ちょっと会話が途切れた後で、祥子が
『じゃ、これで今日の吊りプレイのご感想は伺ったとして、せっくだの機会だから これからもう少し 吊りプレイ一般の話を続けましょうか』
と言う。 私も何だかまだ高揚した気分が収まらない気持だったので、
『そうだね。 僕もまだ話したいことがあるような気がするから それもいいかな』
と応じる。 ほかの2人もうなずく。
『それでどんなことを話す?』と祥子の顔を見る。
『そうね、これから吊りプレイを続けていくのに参考になるようなものだと 特にいいんだけど』
『ふーん、真面目だね』
『そりゃそうよ』
  祥子は少しむきになる。 そして言う。
『これからずうっとプレイをご一緒するんだから、ちゃんと考えておかないと』
『はい はい』
  私のとってつけたような受け答えに、皆がどっと笑う。
  笑いが収まった後、改めて祥子が水を向けてくる。
『じゃ、祐治さんはまだ話したいことをお持ちのようだから、それから話してもらえる?』
『そうだな』
  ちょっと考える。 そしてもう一度、今日のプレイの感想から始める。
『とにかく今日は楽しかった。 美由紀さんの吊り姿も素晴らしかったけれど、それ以上に自分が吊られるのって奇妙な楽しさがあってね。 気に入ったよ』
『そんなに喜んで貰えて、私も嬉しいわ』
  祥子も嬉しそうな顔をする。
  続けて本論に入る。
『それにしても吊りって本当に素晴らしいプレイだね。 特に手も足も縛られて、身体が宙に浮いてゆらゆらしている時の気分は格別だね。 自分じゃ もうどうしようもない という無力感が、何とも言えない心地よさとなって身体を包んでくるんだ』
『ええ ほんと』
  美由紀も横で うっとりした顔で同感の意を表わす。 そして祥子が珍しくしんみりした顔で言う。
『なるほど、Mの人にとってはそういうものなのね』
  その祥子を見て、ちょっと気をひいてみる。
『祥子さんも一度吊って、その気分を味わわせてあげようか?』
  しかし とたんに祥子はもとの祥子に戻って、しゃあしゃあとして言う。
『ええ、ご好意 有難う。 でもあたしは吊る方だけでも充分楽しんでるから、今は遠慮するわ』
『ああ そう』
  2人で顔を見合せて笑う。
  そこで今度は祥子が自分のペースで話を始める。
『あたし まだ、今日お眼にかけた 高手小手での正常位の吊りと直線的逆吊りという基本的な吊りの外は、この前のアルバムでお見せした猪吊るし しかやったことがないんだけど、吊りにはすごく沢山 変化があるのよね。 中には昔、拷問に使われたものも幾つもあるし』
  それを美由紀が『ええ、そうね』と受ける。 そして眼を輝かせ、蘊蓄を示して言う。
『あの、吊りの中でも 高手小手の縄を掛けてその縄尻からの1本の縄だけで吊るす「吊るし」だとか、逆えびの形に吊って背中に重しをのせる駿河問いなんかは、まさに拷問の典型よね。 そういう拷問にかかると とても強情な罪人でも 大概は一度で白状したんですって』
『ふーん、美由紀さんって詳しいんですね』と孝夫が感心した顔をする。
『ええ そうよ』と祥子が笑う。 『美由紀は 何時かはそういう拷問に掛けられてみたいって、夢みてるのよ』
『そんなことないわ』
  美由紀が後ろ手のまま、身体をひねってすねる。
『あたし そんな拷問にはとても耐えられないわ』
『そうね。 美由紀じゃちょっと無理かもね』
  祥子は笑いながら 意味ありげに私の顔を見る。
『僕なら大丈夫っていうのかい?』
『もしかしたらね』
  祥子は笑う。 そしてすぐに真面目な顔に戻って 話を進める。
『とにかく 吊りには色々とバラエティーがあって、あたしも色々プランを暖めてるの。 それでそれらを美由紀と祐治さんとで順々に試してみたいのよ』
『ふーん、なるほど』
『それで、この次の機会には、美由紀はともかくとして、祐治さんには今日のみたいに生ぬるいのでなくて、もっと拷問に近い吊りや、何か外の責めと組合せたプレイをするのがいいんじゃないかって思ってるんだけど』
『そうだね。 でも ちょっと考えちゃうな』
  2人で顔を見合せて笑う。 そして改めて私の意見を言う。
『それで 僕も吊られるのはいいけど、ただ痛かったり 苦しかったりするだけ、というのは御免だな。 吊られる立場から言うと、吊りの最も基本的な効果は やはりそれがもたらす無力感にあると思うね。 つまり どうもがいても足が宙を蹴るだけという頼りなさが、吊りの本領だと思うんだ。 まあ それにきつい責めが加われば それなりに気分が高まる、ということもあるんだろうけど』
『でも タバコ責めなんかとの組合せはとても面白いんじゃないかしら』
『そうかもね。 でも お手柔らかに頼むよ』
『ええ まあね』
  祥子はまた にこっとする。
『それにつけても今日の吊りプレイはよかった。 無力感は充分に味わえたし、それに「もう下ろして」と言えばすぐに下ろして貰える という安心感もあったから、その点 気分的に楽だったし』
『でも 祐治さんが「下ろして」って言ったからって、必ずしも すぐに下ろすとは限らないわよ』
『そうかな』
『ええ そうよ。 それに 「もう下して」なんて哀願するのは 祐治さんの本意ではないでしょうから、うっかりそんなことをする心配のないように、今度吊るときは口を猿ぐつわできっちりふさいどいてあげるわよ』
『うん 有難う。 そうだね。 そうするとまた 気分が違うだろうな』
  横で孝夫がまたまた感心したようにいう。
『すごいですね。 それに祐治さんって ほんとに辛抱づよいですね。 あのプレイの間中、一言も痛いって言わないんだから』
『ねえ、あたしの言った通りでしょう?。 今日は生れて初めての吊りだから、普通の人じゃ とてもああはいかないわよ。 祐治さんだから 「まだ、物足りない」って顔をしてたけど』
  その祥子の言葉に、私は思わず大きな声を出す。
『えっ、僕 そんな顔をしてたかい?』
  皆が一斉に笑う。
  笑いが収まって、改めて孝夫が満足そうに言う。
『ほんとに祥子さんの言う通りですね。 お蔭さまで面白い写真が沢山撮れました』

3.4 かもめの会

第3章 2度目の訪問
04 /28 2017


  話が一段落したところで祥子が
『そういえば、この前にお撮りした写真が もう出来上がって来てるわよ。 もってくるわね』
と言って立ち上り、奥から何枚かの写真を持ってくる。 そしてまず4枚の写真を食卓の上に拡げる。 そのうちの3枚はいずれも私が椅子に縛りつけられている姿の写真で、4枚目はその私の左右に祥子と美由紀とが並んで立って写っている写真である。 私と孝夫とが1枚づつとって、順々に眺める。
『ああ、この縛られてるの、みんな祐治さんですね』と孝夫が言う。
『ええ そう。 これ、この前 初めて祐治さんがここにいらっしゃった時に、ブラックメイル用にと思って撮った写真なの』と祥子が説明する。
『え、ブラックメイル用?』
『ええ そう。 つまり、もしも祐治さんがあたし達の仲間から逃げ出しそうな素振りでも見せたら、これを公表するぞって脅迫するの』
『へえ、怖いですね』
  孝夫が笑いながら肩をすくめてみせる。 私も、
『うん そうなんだ。 僕はこの美しくて恐ろしい2人の魔女の手に捕われて、こんな姿にされてしまったんだ』と4枚目の写真を指差す。 皆がどっと笑う。
  孝夫がなおも笑いながら言う。
『ああ つまり、この祥子さんと美由紀さんが魔女、という訳ですか』
『うん そうなんだ。 この日は 最初、このマンションに連れてこられた時からそんな予感がしてたんだけど、案の定、こんなにぐるぐる巻きにされてしまった』
『でも この写真でも、祐治さんは眼で笑ってますよ』
『うん。 確かに僕自身も、こうなったことを喜んでいない訳ではないけどね』
  皆がもう一度 どっと笑う。
『ふーん。 僕が縛られるとこうなるのかね』
  私は生れて初めての自分の縛り写真をつくづく眺める。 この前の心地よい緊縛感がよみがえってくる。 写真の隅の「86. 5.24」という日付も懐かしい。
『これらはみんな、ブラックメイル用の大事な写真だけど、特に祐治さんに差し上げておくわね』
と祥子が言う。 そしていたずらっぽく笑いながら付け加える。
『だけど、あたし達の方にもネガもポジもとってあるから、逃げ出すことはやっぱり出来ないわよ』
『はいはい』
  私は写真を受け取る。 祥子はさらに2枚の写真を差し出して言う。
『それから、これも差し上げておくわ』
  見ると1枚は下着姿の美由紀が柱に縛りつけられている写真で、もう1枚は祥子がやはり下着姿で今度は椅子に縛りつけられている写真である。
『これ、あたし達も裏切りません というあかしのための贈り物。 もしもあたし達が妙な素振りを見せたら、これをブラックメイルにお使いになってもいいわよ』
『そうだね。 その必要が生じた時の用心に 大事にとっておくよ』
  横で孝夫が面白がって言う。
『何だか秘密結社みたいですね。 互いに裏切りしないように、ブラックメール用の写真を取り交わすなんて』
『うん、そう言えば そうだね』
『そうね』
  みなが笑いながらうなずく。



  そこで祥子が提案する。
『それではせっかく秘密結社という名前が出たんだから、ここでほんとに何か会を作っておいたらどうかしら。 これからはあたし達4人、 時々集まってプレイをすることになると思うから、そういう会を作っておくと何かと便利だし、それにそういう秘密の会のメンバーだと言うと それだけでも気分も出るんじゃない?』
  私は「なるほど」と思い、
『うん そうだな。 それは面白そうだな』
とすぐに話に乗る。 だが 孝夫はびっくりした顔をして言う。
『え、ほんとに秘密結社を作るんですか?。 僕はさっきは ふと連想しただけですけど』
  それに対し 祥子が笑いながら答える。
『ええ あたしも秘密結社という言葉を聞いて 急に思い付いたの。 そういう会を作っておけば あたし達が同じ趣味と志の仲間だということがはっきりするし、会の行事として定例の会を開いたり、さらにはどこかで合宿をして 納得のいくまでプレイを楽しんだりするのも面白んじゃないかって考えたの』
『うーん、壮大なプランだね。 もう そんなことまで考えてたの』と私。
『ええ そうよ。 どうせ作るのなら、夢は大きく持った方がいいでしょう?』
『それはそうだね。 まあ 内容はよく判らないけど、面白そうだから僕は原則的に賛成するよ』
  それを聞いて、孝夫が笑いながら言う。
『内容はわからないけど、というのは大分 無責任ですね』
『内容はこれからみんなで相談して決めればいいのよ』と祥子。
『それはそうですね』
  孝夫がうなずく。 美由紀はにこにこして聞いている。
『美由紀はどう?』と祥子が訊く。
『あたしもいいわ』と美由紀が答える。
『それで 孝夫は?』と祥子。
『そうですね。 僕だけ仲間はずれになるのは嫌だから、とにかく賛成しておきます』
『ああ よかった。 それじゃ みんな賛成ね。 じゃ さっそく作ることにしましょう』
  ひとつ話がまとまって、皆がまたお茶に手を出す。 美由紀に一口飲ませ、自分も飲んだ後で、また祥子が
『でもそうなると、やっぱり新しい会の名前が欲しいわね』と言い出す。
『そうだね。 それで、何か好い名前の案があるかい?』と私。
『そうね、「SMの会」は露骨すぎていやだし、「プレイを楽しむ会」というのも間が抜けてるし、ちょっと思い付かないわね』
『そうだね。 もっと象徴的な、夢のあるのがいいね』
  そこへ美由紀が発言する。
『あの、「かもめの会」というのはどうかしら』
『え 「かもめの会」?』
  祥子が聞き返して、ちょっと口の中で言ってみる。 そして にっこりして言う。
『ああ いいわね』
『なるほど、「かもめの会」か』
  私も頭の中でくり返してみる。
『ええ そう』と祥子。 そして賛成理由を述べる。
『かもめは祐治さんも孝夫もよく御存知の通り、あたし達のプレイの象徴だし、それに明るくのびのびとプレイを楽しむ感じがよく出ているし』
『そうだね。 それに響きもいいし』と私。
『いいですね』と孝夫も言う。
『じゃ、それで決まりにしましょう』
  私が『賛成』と言って手を叩く。 孝夫も祥子も拍手する。 美由紀は手を出せないで、しきりにうなずいている。
  拍手が止む。
『何だか、ばかにとんとん拍子に会が出来ちゃったね』
『そうね。 つまり、みんなの気持がそういう所まで進んでいたという訳ね』
『うん、そうかな』
  せっかくだから「かもめの会」結成のお祝いに乾杯の儀式をすることにして、手分けして大瓶のビール2本とコップ4つを食卓に出す。 そして4つのコップに7分目ほどずつビールを注いで、祥子が両手にコップを一つづつもち、私と孝夫とが一つづつコップをとる。 美由紀も立ち上がる。
『祐治さん、音頭をとって』と祥子がいう。
『うん そうだね。 僕が一番年上だから それが自然かな。 じゃ 音頭をとらせて貰うよ』
  私は改めて皆を見回す。
『まず、乾杯の前に確認するけど、「かもめの会」のメンバーは当面はここに居る4人だね』
『ええ そう。 つまり、祐治さんと美由紀と孝夫とあたしの4人だけ。 将来は増えるかもしれないけど』
  他の2人もうなずく。
『それで、この乾杯が終ると4人は秘密結社「かもめの会」のメンバーになるんだけど、みんな異存はないね』
『はい』
  3人が口々に応える。 改めてコップを目の高さに捧げる。
『それでは乾杯します。 今日ここに私達4人の「かもめの会」の結成を確認し、会のプレイの健全なる発展と大いなる楽しみとを祈って、乾杯!』
  皆が『乾杯!』と唱和し、4つのコップが食卓の中央でカチャンと音をたてる。 私と孝夫がビールをぐうっと飲む。 祥子はまず美由紀に一口飲ませてから、自分もぐうっと飲む。 3人でぱちぱちと拍手をする。 美由紀も手は出せないが、肩をゆすって唱和する。



  皆がまた椅子に座る。 座ってすぐに孝夫が少しおどけた調子で言う。
『これで僕達4人はみんな、秘密結社「かもめの会」の一員になった訳ですね。 何だかスリルを感じますね』
『そうだね』と私。
『ほんとに これからは素晴らしいことになりそうね』と祥子も言う。 『プレイも「かもめの会」の行事としてきちんとプランをたてて、みんなの納得ずくで進めることになるでしょうし』
『なるほどね。 そんな風に大義名分をたててこられると、辛いプレイも断る訳にはいかなくなるな』
『ええ そうよ。 祐治さんも嬉しいでしょう?』
『まあね』
  皆がまた思い思いにコップに残っているビールを飲む。 そして祥子が続ける。
『それでね、実を言うと あたし、今でも色々なプレイのアイデアを暖めてるの。 その中には、美由紀ではちょっと無理と思うのも幾つかあるけど、それが祐治さんなら実行出来そうで 嬉しくなってるのよ』
『ふーん、ちょっと怖いね』と笑ってみせる。
『ええ、覚悟していらっしゃい』と祥子も笑う。
  そこで私も少し浮き浮きした気分になって心情を告白する。
『実はね。 僕の方も こういう会が出来たお陰で、今まで絶対に出来なかった経験を色々させて貰えそうで、すっかり嬉しくなってるんだ』
『それは結構でした』と祥子。 そして、『美由紀も、祐治さんとご一緒にプレイが出来るようになって、嬉しいんでしょう?』と言う。 美由紀は下を向いて、『ええ』と小さい声で応える。
『要するに、みんな、ハッピーなんですね』と孝夫がしめくくる。
『まあ、そういうことになるかな』と私はうなずく。 そして、なお、言い足りない気がして、感想をつけ加える。
『それにしても、孝夫君の力もあるにしても、今日の吊りを初めとして、祥子さんも美由紀さんも日頃、素晴らしいプレイをなさってるんだね。 特に祥子さんのSは底知れない感じで、少し恐ろしいような気もするよ。 それだけに期待も大きい訳だけどね』
『ええ、精々御期待に添うように努力するわ』
 祥子が笑ってそう応え、皆もつられて笑う。
『ほんとに、祐治さんに加わっていただいて、また色々と変化に富んだプレイを見せていただけそうで、僕もすっかり楽しみにしてます』と孝夫も言う。
『うん、こちらこそ』と応える。
 また、みんながビールを飲む。
『それから』と孝夫が話題を変えて言い出す。 『今日の吊りのことですけど、祐治さんはやはり美由紀さんに比べると大分重いですね』
『そりゃそうよ』と祥子が受ける。 『だから迫力があって、素晴らしい吊りだったんじゃない?』
『ええ、それはもちろんそうです。 それで、僕の言いたいのは、僕でもあれだけ高く上げるのはやっとでしたから、これからはやはり、滑車くらいは用意しておいた方がいいんじゃないかって言うことなんですけど』
『そうね。 確かに滑車があると便利ね』
 祥子はうなずく。
『それに、孝夫が居ないと吊りプレイが出来ないというのも不便だから、やはり、用意しておいて貰おうかしら』
『ええ、そうと決まれば、そのうちに僕がどこかで手に入れておきましょう。 特に祥子さんが祐治さんを吊るんでしたら、何か差動滑車式のもので、小さい力で重いものを吊り上げられるのがいいですね』
『そうね。 それだと助かるわね』
 2人の話を聞いていて、私も発言したくなる。
『なるほどね。 それが届くと、僕は孝夫君が居なくても祥子さんにびしびしと吊りの経験をさせて頂けるようになる、という訳か』
『ええ、そうよ。 嬉しいでしょう』と祥子が笑う。
『まあね』と私も笑う。 そして、『そしてそれが、我々かもめの会の備品第1号となるわけなんだね』と注意する。
『そういえばそうね』と祥子。 『しかもそれが、「かもめの会」の結成という記念すべき日に購入を決定した、特に由緒ある備品になるわけね』



 ちょっと食器戸棚の上の時計を見る。 時計の針は5時5分前を指している。
『さあ、もう5時に大分近くなったから、おいとましなければ』と辞意を告げる。
『そうね』と祥子も時計を見て言う。 『おなごり惜しいけど、後にお仕事があるんじゃお引き留め出来ないわね』
『僕も一緒においとまします』と孝夫も言う。
『いいよ。 孝夫君はゆっくりしたら』
『ええ、でも、今日は夕食は家に帰ってとることになっていますから』
『そうね。 じゃ、孝夫も引き止めないわ』と祥子も言う。
『それで、この次なんだけど』と私は続ける。 『この気分を大事にして、またすぐ、明日の日曜日の午後にでも会いたいと思うんだけど、どうかな』
『ええ、お会いしたいわね。 あたしも午後ならいいわ』と祥子。
『ええ、あたしも』と美由紀も言う。
『あの』と孝夫はいかにも残念そうな顔をする。 『僕は明日は一日、ちょっとした用があって、残念ですが参加できません。 ですけど皆さんはどうぞ』
『ああ、そう。 それは残念だね。 じゃ、孝夫君には悪いけど、3人だけでも会うことにしようか』
『ええ、是非、そうして下さい』
『そうね。 じゃ、そうさせて貰うわ』と祥子も言う。 美由紀もうなずく。
 そこで私は、『それじゃ、お言葉に甘えて、僕たち3人で会うことにして』と一応しめくくり、
『それで明日の会合だけど、次は順番だから、また僕のマンションに来てもらえるかな?。 まだ見て貰いたいものも残っているし』と提案する。
『そうね。 それが順当ね。 それにあたしもやらせて貰いたいことがあるし』
 祥子は意味ありげに笑う。
『何だか少し怖いね』と私も笑う。
『それで、何時頃にお伺いしましょうか』と祥子が訊く。
『そうだね。 僕は明日は午前中ちょっと外に出るけど、昼過ぎには戻る予定だから、2時頃に来て貰おうか』
『ええ、いいわ。 きっとお伺いするわ。 ね、美由紀?』と祥子。 美由紀も『ええ』と応える。
 2人が来てくれると聞いて、ふと面白い歓迎のプランが頭に浮かぶ。 そこで、ポケットから予備の鍵をつけたキーホルダーを取り出す。
『あ、そうそう。 念のために、この鍵を渡しておこう』
『何?、それは』
『うん、僕のマンションの予備の鍵だ。 僕は2時には戻っている積りだけど、万一まだ戻ってなかったら、この鍵で玄関の扉を開けて中に入って、例のLDKで待っててくれないか?。 僕はそんなに遅くはならないから』
『ええ、でも』と祥子がちょっとためらいの色を見せる。 『お留守の間に中に入り込んでいいかしら』
『もちろん、いいよ。 是非上がって、中で待っててくれないか。 マンションの入口にきれいなお嬢さん2人が立って待っていられると、近所の目がうるさいから』
『そうね。 いいわ。 じゃ、お預かりするわ』
 祥子が鍵を受け取る。
 皆が立上がる。 『じゃ、マンションの前までお見送りするわ』と言って、祥子は美由紀の肩に例のケープを着せ掛ける。
 4人揃って玄関を出てエレベーターで下に降り、誰にも会わずにマンションの前の道路に出る。
『じゃ、行くよ。 明日、2時に待ってるからね』
『ええ、きっと伺うわ』
『じゃ』
 私が胸の前で小さく手を振る。 祥子も笑顔で、同じく胸の前で小さく手を振って応える。 美由紀も笑顔でこっくりうなずいて見せる。 あのケープの下には、また高手小手の紐で後ろ手にくくられ、美しく締め上げられた美由紀の上半身がある、と思うと、また美由紀が無性に愛しくなる。
 マンションの前で孝夫とも左右に別れて、この後の会合へと向う。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。