1
ふと眼が醒める。 外はもうすっかり明るくなっている。 あくびをしようとして、あごが動かない。 『ああ、口枷をしてたっけ』。 そして、『今日はS湖の湖畔合宿の第3日で、また箱に詰められ荷造りされて、貨物として東京に送り返される日だったっけ』と思い出す。 ちょっとした興奮が身体を走る。
枕もとの女物の腕時計を手に取ってみる。 もう時刻は7時に近い。 右隣りの孝夫はまだ眠っている。 一昨夜は邦也が寝ていた左隣りには今朝はふとんも敷いてない。 そう言えば邦也は昨夜はあの箱に詰められて、箱ごと吊られたんだっけ。 今も宙に吊り下げられている箱の中だろうけど、一体どうしているかしら。 ちょっと気になる。
静かに起き出して、スカートとブラウスを身に着けて食堂に行く。 女3人はもう起きていて、台所で朝食を作っている。 私の顔を見て祥子が声を掛けてくる。
『おはよう、祐子さん。 昨夜はよく眠れた?』
『むん』
私はうなずいて応える。
食堂の隅には例の箱が、差動滑車から延びている太い紐に吊られて、ぶらさがっている。
『もうすぐお食事にするから、ちょっと待っててね』と祥子が言う。
『祐子さんはお食事が出来ないのに、そんなこと言うのってお気の毒よ』と美由紀。
『ああ、そうだったわね』と祥子もうなずく。 そして訊く。
『それでもスープ位はお飲みになる?』
『むむん』
顔を横に振る。
『そうね。 今日はまた、おトイレに行けなくなるから、水分は控えておいた方が安全ね』
『むん』
ところへ孝夫が起き出してきて、『おはようございます』と挨拶する。 『ああ、おはようございます』と皆が挨拶を返す。 女3人は台所の仕事をつづける。
早速に孝夫が訊く。
『邦也さんはまだ出してあげないんですか?』
『いいのよ、まだ』と祥子。
『でも、昨日の朝は、皆が顔を揃えたら、すぐに美由紀さんを出したんじゃなかったですか?』
『でも、いいのよ。 邦也さんには、今朝はゆっくりお人形の気分を味わって貰うことにしてるの』
『でも』と横で玲子がいう。 『そんな差別をするのもお気の毒だから、やはり早い方がいいと思いますけど』
『そうね。 何時までという当てもないから、じゃ、食事が出来たら出しましょうか』
しばらくして料理が出来上がる。 女3人で食卓の上に料理の皿やパンやカップなどを並べる。 そして周りを見回してから、祥子が言う。
『さあ、これでいいわね。 それじゃ、邦也さんも出してあげましょう』
皆が邦也の箱の吊り下がっている部屋の隅に集まる。 『じゃ、下ろしますよ』と声をかけて、孝夫が差動滑車のロープをたぐり始める。 箱がゆっくり下がって、やがて、こつんと小さな音がして床に着く。 私がロープの先を滑車のフックからはずし、孝夫と2人で箱を部屋の真ん中の方に動かす。 ついで、女3人も手伝って、紐を箱からはずす。 4つの南京錠を開け、掛金をはずす。 孝夫が蓋をはずす。 皆が中をのぞき込む。 中には昨夜入れたままの格好で袋が横たわっている。
『邦也さん、お元気?』と祥子が声を掛ける。
『ええ、早く出して下さい』と邦也が鼻声で応える。
『ああ、その声ならまた蓋をして、もうしばらくこのままにしておいても大丈夫ね』
『そ、そんな殺生な』
邦也の悲鳴に似た言い方に、皆がどっと笑う。
『早く出してあげましょうよ』と美由紀が切なさそうに言う。
『美由紀もああいうから、勿体ないけど、もう出してあげるわね』
『うん』
まず袋の口の細紐を解いて、頭を出す。 邦也がほっとしたような顔をしている。 鼻からマスクをはずす。 そして孝夫と私とで袋ごと箱の外にかかえ出して立たせる。 袋を足元まで下げる。 祥子が手早く後ろ手に縛ってある紐を解く。 邦也は両腕を横にのばす。
『足首の紐は自分で解いてね』
『うん』
邦也は腰を下して、両足首を縛り合せてある紐を解く。
皆がテーブルの周りに座る。
『そうね。 祐子さんは今は何もとらない訳ね。 黙って何もしないでお食事を見てるの辛いでしょうから、また何かやってあげましょうか』
そう言う祥子の言葉に、西伊豆でもそんな話があったっけ、と思い出す。
『でも』と美由紀がいう。 『もう2日半も何も食べてないし、今日は後でまた厳しいプレイが待ってるから、体力を消耗するようなことはしない方がいいわよ』
『それもそうね』
祥子はあっさり引き下がる。 そこで玲子がいう。
『祐子さんにはその間に、朝のお化粧をしっかりして貰ってたらどうかしら』
『ああ、それがいいわ。 今日は最後の日なんだから、思い切ってきれいになって貰うといいわね』
私も『むん』とうなずき、それじゃ、と立ち上がって、自分の部屋に行く。
バッグから洗面と化粧の道具を取り出して、それを手に持って洗面所に行く。 鏡をみる。 顔は昨夜化粧し直したので、そんなに崩れてはないが、今晩までとなると、また少し髭が伸びて化粧が浮いてしまうであろう。 やはり、玲子の言葉に従って、全部やり直した方がよさそうである。
まずブラウスを脱ぎ、リムービング・クリームとティッシペーパーとを使って、出来るだけ残っている化粧品を拭い去る。 そして石鹸でよく顔を洗ってから、丁寧に髭を剃る。 見ただけでは判らない位の髭であったが、安全かみそりの刃には可成りの黒いものがつく。 それからもう一度、丁寧に顔を洗ってから、改めてローションから始めて、顔のメイクをする。
こうしてまた、いつもの祐子の顔が出来上る。 軽く開いたままの唇の赤がとても魅力的である。 かつらにも丁寧にブラッシをかけてかぶり直す。 ブラウスを着て、襟の辺を格好よく直して、鏡に向かって一度にっこりと笑顔を見せてみる。 自分でもほれぼれするチャーミングな女の子が、鏡の中でにっこり笑っている。 すっかり満足して部屋に戻り、化粧道具などをバッグに丁寧に収めてから食堂に行く。
2
食堂ではもう既に食事が終って、皆がお茶を飲んでいる。
私を見て玲子が言う。
『祐子さんはいつ見てもおきれいね』
『ほんとに今朝はまた一段ときれいですね』と孝夫も同調する。
『それほどでもないけど』と言いたい所だが、口をきくことが出来ない。 黙って笑って自分の椅子に座る。
早速に相談が始める。 まず、祥子が言う。
『さて、これからの予定を皆で相談したいんだけど、まず、荷物は何時頃発送することになるのかしら?』
『ええ、今日は』と孝夫が応える。 『午後1時頃に、W運送の車が荷物を受け取りにくることになってます。 帰りの車はこの辺の得意先を順々に回って荷物を積んでいって、そのまま東京に向かうんだそうです』
『そうすると、ここで積んだ後もこの辺をぐるぐる回って、大分時間をとるのかしら』
『いや、この寮は殆ど最後に近い方だと言ってましたから、ここで積んだら後は精々1~2箇所寄って、そのまますぐに東京に向かうんじゃないですか』
『それで、何時頃、どこに着くの?』
『そうですね。 まずK町にあるW運送のトラック・ターミナルに着いて、そこで荷物を振り分けてすぐに配送するそうで、最後にはまた僕の家に、早ければ4時頃、遅くとも5時には届くことになってます』
『ああ、それならば、こっちに来た時よりも大分速く着く訳ね。 それはいいわね。 祐子さんもこの2日半ばかり食事もしないで色々とプレイをしたんで、見掛けは変らないけど大分、体力を消耗しているでしょうから』
皆がうなずく。
『それであたし達は荷物を渡したら、すぐにここを出て東京に向かう訳ね。 そして3時頃までに孝夫の家に着いて、しばらくして荷物を受け取ることになる訳ね』
『ええ、そうです』
そこで美由紀がいう。
『荷物が着いたら、すぐに祐子さんを出すのね』
『ええ、そうよ』と祥子。
『でも、祐子さんの口枷は孝夫さんのお宅では外せないから、出したらすぐに皆であたし達のマンションに行くことになるのかしら?』
『そう言えばそうね。 すると、最後のお食事と反省会はあたし達のマンションですることになりそうね』
『とすると』と孝夫が言う。 『荷物は最初から祥子さん達のマンション宛てにしておいた方がよかったですかね』
しかし、祥子は応える。
『いや、それは孝夫の家の方がいいわよ。 その方がトラック・ターミナルに近いから早く着くし、それに第一、あたし達の使う荷物だから、用が済んだら送り出した所に戻す方が自然ですもの』
『それもそうですね』
孝夫もうなずく。
改めて祥子が皆を見回す。
『さあ、これで、貨物輸送プレイに関しては大体の様子が判ったわね。 1時頃にトラックが取りに来るとなると、荷造りは丁度お昼時頃から始めたいと思うけど、それでいいかしら?』
私は『むん』とうなずく。 孝夫も『そうですね』と同意する。
『それで、帰りの荷造りも、往きの時と同様にマゾミちゃん人形になって貰って、また袋に入れて丁寧に荷造りすることにしたいけど、どう?』
『それから、今度は「天地無用」と書いておくことを忘れないようにしないと』と玲子が注意する。
『そうでしたね』と孝夫がうなずく。
『あとは荷造りに関しては往きと同じだから、もう特に打ち合せておくこともないわね』
皆がうなずく。
『それから、往きには車のトランクに美由紀を入れて来たけど、帰りはどうしようかしら』
『そうですね。 やっぱり誰かに入って貰った方が、座席がゆったりしていいですね』
『すると、孝夫は運転があるから駄目で、美由紀は往きにもう済ませているから、残るのは邦也さんと玲子だけど』
玲子はにこにこ笑っている。
『まだ、祥子さんも居るよ』と邦也がいう。
『あたしは駄目。 女王様だから、何時もちゃんとプレイを監督している役目があるの』
祥子がすましていう言葉に、皆がどっと笑う。
『それで、玲子さんは?』と邦也がきく。
『玲子はあたし達の会のジェネラル・マネージャーで、プレイは特別の場合以外はお願いしないことにしてるの』
『それは初耳ですね』と孝夫。
『ええ、今そう決めたの』
また皆がどっと笑う。
『なるほど、祥子さんは女王様だから、そういうことを決めるにも絶対の権限があるんですね』
改めて孝夫がうなずく。
『すると』と邦也がまた心細そうな顔をする。
『ええ、そうよ。 邦也さんが最適だと思うわ。 邦也さんには色々なことを経験して貰って、早く一人前のMになって貰わないといけないし』
『僕はまだ、一人前とは認めて貰えてないのかい?』
『ええ、そうよ。 そう1回1回べそをかくようじゃ駄目よ』
『べそなんかかいてないよ』
『じゃ、いいでしょう?』
祥子はあくまで押している。 そして美由紀が言う。
『今は暑くないから、来た時のトランクの中でも比較的楽だったわ。 西伊豆へ行った時はかなり辛かったけど』
『ね、だから、いいでしょう?』
とうとう邦也が折れる。
『しょうがないな。 じゃ、引き受けるよ』
『ああ、よかった』
祥子は大げさに喜んでみせる。 そして言う。
『あたし、今度はシーミュータイムを宣言しなければならないかな、って思っていたの』
『それじゃ僕がいやだと言っても駄目だったのかい?』
『ええ、その積りだったわ』
祥子はすましている。
『これで邦也さんも、合宿の後半ではつづけてプレイの主役の一人を演ずることになりますね。 昨夜からの箱吊りプレイと、帰りのトランク入りとで』と孝夫がいう。
『そうね。 やっと美由紀と同等のMということが証明されてきたわね』と祥子も笑いながら言う。
『ええ、嬉しいような、情けないような』
邦也が複雑な顔をする。 また皆がどっと笑う。