1
今年は梅雨があけるのが例年よりも遅く、7月下旬に入って24日にやっと梅雨あけ宣言が出る。 そして、その途端に最高温度が34度を越える暑い日になる。 その日の夜8時頃、電話のベルが鳴る。 受話器をとって、『はい、三田です』と応える。 向うからは『まあ、祐治さん、お久しぶり。 あたし、祥子』と、聞き慣れた祥子の声が聞こえてくる。 早速、会話に入る。
『やあ、久しぶりだね。 祥子の声を聞くのはこの間のプレイで色々とお世話になって以来かな』
『ああ、あの、ノーアイオウとか言うプレイの時のこと?』
『うん、そうだ。 あの時は飛び入りだったのに、時間をつぶしてすっかりつき合ってくれてどうも有難う』
『いや、あれではあたし達こそすっかり楽しませて頂いて、お礼を言うのはあたし達の方よ』
『うん、そう言って貰うと有難いけど』
私はちょっと言葉を切る。 そして思い返してまた感慨が涌いてくる。
『あのプレイからもう3週間以上になるんだね。 早いものだね』
『そうね。 ほんとに2~3日前のような気もするけど』
祥子も向こうでうなずいている様子。 話を変える。
『所で、祥子も美由紀も元気かい?』
『ええ、あたし達、とても元気よ。 祐治さんはどうお?』
『うん、僕もとても元気だ。 でも今年は涼しい日が続いてたのに、今日から急に暑くなったね』
『そうね。 ほんとに今日は暑かったわね』
『うん、ちょっときつかったね。 まだ僕達の身体が暑さに慣れていないせいもあるだろうけど』
『ええ、そうかもね』
向こうにまた電話の前でうなずいた気配があって、話が続く。
『それで、これでもうずうっと暑い日がつづくのかしら』
『そうだね。 俗に梅雨明け10日というから、今月中はいいお天気が続いて暑いんじゃないかな』
『そうね、週間天気予報もそんなことを言ってたわね』
『ああ、そうかい』
『ええ』
これで暑さ談議が一段落する。
『所で今日、電話をくれたのは、何か用でもあったのかい?』
『ええ、それなんだけど』。 祥子はちょっと間を取って、逆に訊いてくる。 『祐治さんはこの所、毎日どうなさってる?』
『うん、毎日、相変わらず学校へ行ってるよ。 ただ、今日は学校も研究室のメンバーがみんな居なくなって、その上暑いので、早く帰ってきて身体と時間とを少しもてあましていた所なんだ』
『あたし達とのプレイを大分してないから、欲求不満もあるんじゃないの?』
『うん、その気味なしとしないね』
『そうでしょう』。 祥子が笑い声をたてる。 そして続ける。 『じゃ、早速、今日の用件に入って喜ばせてあげるわ。 えーと、第2回月例会は確か来週の火曜日、29日にやることになってたわね』
『うん、そうだ。 来週は月曜日と水曜日にはちょっと用事がはさまってるけど、29日の火曜日だけはちゃんと1日中あけてある』
『そうよね。 祐治さんが忘れる筈はないわよね』
祥子がまた笑う。
『それで?』と先をうながす。
『ええ、それで、実は来週の初めから孝夫の御両親がお手伝いさんを連れて旅行なさるので、孝夫がまた1人でお留守番するんですって』
『うん、そうなるかも知れないって、孝夫君が前に言ってたね』
『ええ、そう。 それでその通りになったの。 そこで丁度いい機会だから、例の月例会の第2回をまた孝夫の家でやらせて貰おうかと思って』
『それは嬉しいな。 でも、毎回、孝夫君のお宅を使わせていただくのって、悪くはないかい?』
『ええ、ちょっと気にはなるけど。 でも今度の月例会であたしが考えているプランは、あたし達や祐治さんのマンションではちょっとやりにくいものなの。 そこで孝夫がいいって言うものだから、またやらせて貰うことにしたの』
『うん。 孝夫君や美由紀がいいって言うのなら、僕にも異存はないけど』
『美由紀はもちろんいいって言ってるわよ』。 祥子はそう言って、『ね?、美由紀?』と横に声をかけた様子。 『むむ』というくぐもった声が聞こえる。
『あれ、美由紀もそこにいるのかい?』
『ええ、居るわよ』
『じゃ、久しぶりに美由紀の声も聞きたいな』
『ええ、でも、美由紀は今は手が塞がってて電話には出られないの』
『ふーん。 それで口も塞がってるのかい?』
『ええ、そう。 察しがいいわね』
『うん、毎度のことだからね』
『そうね』
2人で声を合せて笑う。 笑いながらも、この前に祥子から電話を貰った時も同じような問答をしたっけ、と思いだす。 それにしても祥子は私に電話をする時には、いつも美由紀をそのように処理してから電話を寄越すのかしら。 それとも美由紀がその姿にされている時間が長いから、電話の時にもよくぶつかるのかしら。 いずれにしても2人のそれなりの生活ぶりが想像されて面白く感じる。
『じゃ、いいわね?。 場所はそれで本決まりにするわよ?』
『うん、いいよ。 承知した』
これで次回の月例会の場所も決まった。 私も期待に胸がはずむ。
2
祥子が続ける。
『それから時間のことだけど』
『うん』
『今度の月例会は少し開始時間を早くして、29日の朝の10時から始めたいんだけど、どうかしら』
『え、朝の10時から?』。 私は思わず声を高めて聞き返す。 『今度は午前中からやるのかい?』
『ええ、そう。 ちょっと考えがあって』
祥子がまた笑い声をたてる。
『ふーん、それは何だい』
『ええ、実は、美由紀ともこの所しばらく本格的なプレイをしてないんで、美由紀もちょっと欲求不満気味なの。 だから午前中は美由紀で「吊りアラカルト」として色々な吊りを験してみるの』
『うん、そう言えば、祥子は色々と吊りのアイデアを暖めているようだね』
『ええ、今度はそのうちの一部をやってみる積りなの。 そんなに特別変ったものではないけど』
『ふーん、楽しみだね』
『ええ、それに、今度の吊りは孝夫に完全な記録を撮って貰って、吊りの写真集を作ってみたいのよ。 孝夫も芸術的写真集を作るって張り切ってるわ』
『ふーん、それは素晴らしいね』。 私も胸をわくわくさせる。 そして、『それで?』と先をうながす。
『ええ、午前中はそれで終って、午後はなるべく早くから始めて、祐治さんにあたしが特別に考えてあげた本番のプレイをやってあげるの』
『ふーん。 特別に考えてくれたプレイをかい』
『ええ、そうよ。 今までにやり残した宿題のプレイもいくつかあるけど、祐治さんだってそれだけでは面白くないでしょう?。 だから特製のを考えてあげたの』
『ふーん。 それはどうも有難う』
『どう致しまして』
祥子の笑いを含んだ声が受話器の向う側で響く。
『それで、その、祥子の考えている本番のプレイって、どんなプレイなんだい?』
『それは、ひ、み、つ。 当日のお楽しみよ』
祥子がまた笑う。
『ふーん。 ちょっとスリルがあるな』
『ええ、とにかく、あたし達や祐治さんのマンションではちょっとやりにくくて、時期も今が一番いいプレイなの』
『ふーん、何だろうな』
『気になる?』
『うん、ならないこともないね』
『まあ、今までに差し上げてヒントでゆっくりお考えあそばせ』
『そうだね、ちょっと判らないけど、でも楽しみにしてるよ』
『そうね。 乞う、ご期待、という所ね』
祥子がまた笑う。
その話はそれ以上は進展しそうもないので、話を実務的な事柄に移す。
『ところで、当日に僕が特に持っていくものはないかい?』
『そうね。 あたしのプランに必要なものはみんなあたし達の方で用意する積りだけど、念のために祐治さんの何時ものプレイ用品は一通り持ってきて貰おうかしら』
『食物や飲物は?』
『それもあたしの方で用意するわ』
『ふーん、何時ものことで悪いね』
『いいわよ。 その代りにプレイの方で充分元をとって、楽しませて貰うから』
『そうだな。 それじゃ、お言葉に甘えてそうさせて貰うかな』
『ええ、そうして』
一応の打合せが終る。
『もう、何か他に打ち合わせて置くことがなかったかしら』
『そうだね。 場所と時間が決まって、その他は全部、祥子に任せたから、もういいんじゃないかな』
『そうね。 何かあったらまたご連絡するわ』
『うん、そうしてくれ』
『じゃ、来週の火曜日の朝の10時に孝夫の家でね』
『うん、解った。 僕は何時ものプレイ用品だけをぶらさげて、きっとお伺いするよ』
『じゃ、待ってるわよ。 じゃあね』
祥子からの電話が切れる。