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4.1 祥子からの電話

第4章 第2回月例会
04 /29 2017


 今年は梅雨があけるのが例年よりも遅く、7月下旬に入って24日にやっと梅雨あけ宣言が出る。 そして、その途端に最高温度が34度を越える暑い日になる。 その日の夜8時頃、電話のベルが鳴る。 受話器をとって、『はい、三田です』と応える。 向うからは『まあ、祐治さん、お久しぶり。 あたし、祥子』と、聞き慣れた祥子の声が聞こえてくる。 早速、会話に入る。
『やあ、久しぶりだね。 祥子の声を聞くのはこの間のプレイで色々とお世話になって以来かな』
『ああ、あの、ノーアイオウとか言うプレイの時のこと?』
『うん、そうだ。 あの時は飛び入りだったのに、時間をつぶしてすっかりつき合ってくれてどうも有難う』
『いや、あれではあたし達こそすっかり楽しませて頂いて、お礼を言うのはあたし達の方よ』
『うん、そう言って貰うと有難いけど』
 私はちょっと言葉を切る。 そして思い返してまた感慨が涌いてくる。
『あのプレイからもう3週間以上になるんだね。 早いものだね』
『そうね。 ほんとに2~3日前のような気もするけど』
 祥子も向こうでうなずいている様子。 話を変える。
『所で、祥子も美由紀も元気かい?』
『ええ、あたし達、とても元気よ。 祐治さんはどうお?』
『うん、僕もとても元気だ。 でも今年は涼しい日が続いてたのに、今日から急に暑くなったね』
『そうね。 ほんとに今日は暑かったわね』
『うん、ちょっときつかったね。 まだ僕達の身体が暑さに慣れていないせいもあるだろうけど』
『ええ、そうかもね』
 向こうにまた電話の前でうなずいた気配があって、話が続く。
『それで、これでもうずうっと暑い日がつづくのかしら』
『そうだね。 俗に梅雨明け10日というから、今月中はいいお天気が続いて暑いんじゃないかな』
『そうね、週間天気予報もそんなことを言ってたわね』
『ああ、そうかい』
『ええ』
 これで暑さ談議が一段落する。
『所で今日、電話をくれたのは、何か用でもあったのかい?』
『ええ、それなんだけど』。 祥子はちょっと間を取って、逆に訊いてくる。 『祐治さんはこの所、毎日どうなさってる?』
『うん、毎日、相変わらず学校へ行ってるよ。 ただ、今日は学校も研究室のメンバーがみんな居なくなって、その上暑いので、早く帰ってきて身体と時間とを少しもてあましていた所なんだ』
『あたし達とのプレイを大分してないから、欲求不満もあるんじゃないの?』
『うん、その気味なしとしないね』
『そうでしょう』。 祥子が笑い声をたてる。 そして続ける。 『じゃ、早速、今日の用件に入って喜ばせてあげるわ。 えーと、第2回月例会は確か来週の火曜日、29日にやることになってたわね』
『うん、そうだ。 来週は月曜日と水曜日にはちょっと用事がはさまってるけど、29日の火曜日だけはちゃんと1日中あけてある』
『そうよね。 祐治さんが忘れる筈はないわよね』
 祥子がまた笑う。
『それで?』と先をうながす。
『ええ、それで、実は来週の初めから孝夫の御両親がお手伝いさんを連れて旅行なさるので、孝夫がまた1人でお留守番するんですって』
『うん、そうなるかも知れないって、孝夫君が前に言ってたね』
『ええ、そう。 それでその通りになったの。 そこで丁度いい機会だから、例の月例会の第2回をまた孝夫の家でやらせて貰おうかと思って』
『それは嬉しいな。 でも、毎回、孝夫君のお宅を使わせていただくのって、悪くはないかい?』
『ええ、ちょっと気にはなるけど。 でも今度の月例会であたしが考えているプランは、あたし達や祐治さんのマンションではちょっとやりにくいものなの。 そこで孝夫がいいって言うものだから、またやらせて貰うことにしたの』
『うん。 孝夫君や美由紀がいいって言うのなら、僕にも異存はないけど』
『美由紀はもちろんいいって言ってるわよ』。 祥子はそう言って、『ね?、美由紀?』と横に声をかけた様子。 『むむ』というくぐもった声が聞こえる。
『あれ、美由紀もそこにいるのかい?』
『ええ、居るわよ』
『じゃ、久しぶりに美由紀の声も聞きたいな』
『ええ、でも、美由紀は今は手が塞がってて電話には出られないの』
『ふーん。 それで口も塞がってるのかい?』
『ええ、そう。 察しがいいわね』
『うん、毎度のことだからね』
『そうね』
 2人で声を合せて笑う。 笑いながらも、この前に祥子から電話を貰った時も同じような問答をしたっけ、と思いだす。 それにしても祥子は私に電話をする時には、いつも美由紀をそのように処理してから電話を寄越すのかしら。 それとも美由紀がその姿にされている時間が長いから、電話の時にもよくぶつかるのかしら。 いずれにしても2人のそれなりの生活ぶりが想像されて面白く感じる。
『じゃ、いいわね?。 場所はそれで本決まりにするわよ?』
『うん、いいよ。 承知した』
 これで次回の月例会の場所も決まった。 私も期待に胸がはずむ。



 祥子が続ける。
『それから時間のことだけど』
『うん』
『今度の月例会は少し開始時間を早くして、29日の朝の10時から始めたいんだけど、どうかしら』
『え、朝の10時から?』。 私は思わず声を高めて聞き返す。 『今度は午前中からやるのかい?』
『ええ、そう。 ちょっと考えがあって』
 祥子がまた笑い声をたてる。
『ふーん、それは何だい』
『ええ、実は、美由紀ともこの所しばらく本格的なプレイをしてないんで、美由紀もちょっと欲求不満気味なの。 だから午前中は美由紀で「吊りアラカルト」として色々な吊りを験してみるの』
『うん、そう言えば、祥子は色々と吊りのアイデアを暖めているようだね』
『ええ、今度はそのうちの一部をやってみる積りなの。 そんなに特別変ったものではないけど』
『ふーん、楽しみだね』
『ええ、それに、今度の吊りは孝夫に完全な記録を撮って貰って、吊りの写真集を作ってみたいのよ。 孝夫も芸術的写真集を作るって張り切ってるわ』
『ふーん、それは素晴らしいね』。 私も胸をわくわくさせる。 そして、『それで?』と先をうながす。
『ええ、午前中はそれで終って、午後はなるべく早くから始めて、祐治さんにあたしが特別に考えてあげた本番のプレイをやってあげるの』
『ふーん。 特別に考えてくれたプレイをかい』
『ええ、そうよ。 今までにやり残した宿題のプレイもいくつかあるけど、祐治さんだってそれだけでは面白くないでしょう?。 だから特製のを考えてあげたの』
『ふーん。 それはどうも有難う』
『どう致しまして』
 祥子の笑いを含んだ声が受話器の向う側で響く。
『それで、その、祥子の考えている本番のプレイって、どんなプレイなんだい?』
『それは、ひ、み、つ。 当日のお楽しみよ』
 祥子がまた笑う。
『ふーん。 ちょっとスリルがあるな』
『ええ、とにかく、あたし達や祐治さんのマンションではちょっとやりにくくて、時期も今が一番いいプレイなの』
『ふーん、何だろうな』
『気になる?』
『うん、ならないこともないね』
『まあ、今までに差し上げてヒントでゆっくりお考えあそばせ』
『そうだね、ちょっと判らないけど、でも楽しみにしてるよ』
『そうね。 乞う、ご期待、という所ね』
 祥子がまた笑う。
 その話はそれ以上は進展しそうもないので、話を実務的な事柄に移す。
『ところで、当日に僕が特に持っていくものはないかい?』
『そうね。 あたしのプランに必要なものはみんなあたし達の方で用意する積りだけど、念のために祐治さんの何時ものプレイ用品は一通り持ってきて貰おうかしら』
『食物や飲物は?』
『それもあたしの方で用意するわ』
『ふーん、何時ものことで悪いね』
『いいわよ。 その代りにプレイの方で充分元をとって、楽しませて貰うから』
『そうだな。 それじゃ、お言葉に甘えてそうさせて貰うかな』
『ええ、そうして』
 一応の打合せが終る。
『もう、何か他に打ち合わせて置くことがなかったかしら』
『そうだね。 場所と時間が決まって、その他は全部、祥子に任せたから、もういいんじゃないかな』
『そうね。 何かあったらまたご連絡するわ』
『うん、そうしてくれ』
『じゃ、来週の火曜日の朝の10時に孝夫の家でね』
『うん、解った。 僕は何時ものプレイ用品だけをぶらさげて、きっとお伺いするよ』
『じゃ、待ってるわよ。 じゃあね』
 祥子からの電話が切れる。

4.2 プレイの前のまどい

第4章 第2回月例会
04 /29 2017


 7月29日、火曜日の朝10時少し前に、「かもめの会」のメンバー4人が孝夫の家の応接室に顔を揃える。 私も念のため、プレイ用品の入った茶色のボストン・バッグをぶら下げて行く。 祥子もいつもの赤いバッグを持ってきている。 美由紀は今日は珍しく、両手が自由である。
 応接用テーブルの上から冷たいカルピスの入っているコップを取りながら、『両手が自由な美由紀って、ほんとに久しぶりに見たような気がするな』と声をかける。
『あら、いやだ。 そんなことないわ』と美由紀もコップを取りながら、得意のせりふを交えて笑う。
 カルピスを一口飲む。 応接室はクーラーが入っていて、かなり涼しい。 窓のレースのカーテン越しに空を見上げる。 空は雲一つなく晴れ上がっている。
『この部屋は涼しいけど、外は来る道ですでに大分暑かったね。 今はもう30度は越えてるんじゃないかな』
『そうですね。 そんな感じですね』と孝夫も窓の外を見ながら言う。
『この所、ずうっと暑かったけど、天気予報によると今日は特に暑くて、天気は1日中快晴で気温は35度を越えるそうよ』と美由紀が情報を披露する。
『それは大変だね。 それじゃ、家の中でプレイをしている分にはいいけど、ちょっと外に出る気にはならないね』
『でも、今日のプレイは大体うちの中でするんでしょう?』
『まあ、あたし達はね』
 祥子が意味ありげに笑う。
『祐治さんは暑さにも強そうですね』と孝夫がいう。
『うん。 案外、平気だね。 暑さでいやなのは、服が汗で濡れて肌にくっついて気持が悪いことで、裸で汗がいくら出てもいい格好だと、それほど気にはならないね』
『それはいいわね』と祥子が嬉しそうな顔をする。 『それじゃ、今日、あたしが考えてきたプレイにぴったりだわ』
『へー、どんなプレイを考えてきたの?』
『それは、ひ、み、つ。 後のお楽しみよ』
 祥子はまた笑ってあかさない。



『ところで』と孝夫が話しかけてくる。 『この前のノーアイオウ・プレイとやらは、僕は家から早く帰ってこいという電話があって、祐治さんのお休み中に失礼しましたけど、その後も順調に進行したようですね』
『うん、お陰さまでね』
『僕の帰った後、どうしました?』
『うん、9時過ぎに起こされてね。 両手を腰の後ろにロックされて、早くH遠足に行きなさいって外におっぽり出された』
『まあ、あんなことを言って』と祥子が笑う。 『あたしは祐治さんのご希望に副って、ご自分では外せないHセットをして、出してあげただけよ。 しかも地下鉄のH駅までご一緒して』
『まあ、見方によってはね』
『まあ』
 皆がひとしきり笑う。
『それで、そのH遠足とやらはどうでした?』
『うん、まあ、仕方がないから、てくてく歩いただけさ』
『何事もなく、ですか?』
『まあね。 途中、渋谷の駅を過ぎた所で急に後ろから肩を叩かれてぎょっとしたけど、相手は酔っぱらいで、人違いしたとかでそのまま行ってしまう、というようなことはあったけど』
『まあ、そんなことがあったの』と祥子。 そして、『それはスリルがあったわね』と笑う。
『うん、とにかく知ってる人でなくてほっとしたね。 両手を後ろ手に繋がれてるなんて知人には知られたくないからね』
『それに相手が酔っ払いだとしたら、絡まれなくてよかったですね』と孝夫が言う。
『そうだね。 絡まれたら、それこそ手も足も出ないからね』
『でも、そしたらHセットの功徳を満喫出来たんじゃない?』と祥子。 『残念なことをしたわね』
『まあね』
 私は逆らわずに軽く受け流す。
『その他には何事もなかったんですか?』と孝夫が話を進める。
『そうだね。 そう言うスリルを感じる場面はなかったね。 でももう僕のマンションの近くまで来て、強い雨に降られてね。 雨宿りをしていて、このまま長くつづいたら困るなと思ってたけど、お陰さまで割に早く止んでくれて、その時もほっとした』
『ああ、そう言えば、丁度その頃、かなり強い雨が降りましたね』と孝夫もうなずく。
『ああ、そう。 孝夫君もあの雨を知ってたの』
『ええ』
『あれは確か夜中の1時過ぎだったけど、孝夫君はそんな時刻まで起きてたのかい?』
『ええ、祐治さんのことが気になって眠れなくて』
『ああ、それはどうも有難う』
『いや、ただ、眠れなかっただけですから』
『うん、でも、そんなに気にかけててくれたとなると嬉しいよ』
『いや』
 孝夫が頭をかく。 皆がどっと笑う。
 笑いが収まって、『まあ、そんなことはあったけれど、ほぼ順調にマンションまで帰ってこれた』としめくくる。
『でも、マンションに着いた時、祐治さん、少し青い顔をして息を切らせていたわよ。 それに足もひきずってたし』と美由紀が言う。
『そうだね。 その前に吊られたこともあって、少し疲れが出てきてたんだろうね』
『でも無事に着いて、まあ、成功のうちよ』と祥子が言う。
『まあ、そうだな』
『それから後は?』と孝夫が先をうながす。
『うん、なまじ動けるとノーアイやノーオウが我慢しにくいだろうからって、御親切さまにベッドに手足をのばしたYの字の形にくくりつけてくれて、しかも眼に安眠用の眼帯まで着けてくれて、朝までゆっくり寝かせて貰った』
『へー』と孝夫は笑う。 そして、『それで、朝は?』となおもきく。
『うん、8時過ぎに起こされて、また2号Tの煙で鼻を浄めてもらって。 しかし、あの2号Tはよく効いたね』
『そうだったわね。 やっぱり疲れてたせいかもね』と祥子。
『でも、祥子の説によると、よく効いて辛い思いをした方が浄めの効果も大きくて、今後のプレイも安全に楽しく出来るんだそうだ』
『そうよね?。 そう思わない?』と祥子は孝夫に同意を求める。 孝夫は何も言わずににやにやする。
『まあ、とにかくそんなことで、定刻の9時になってめでたく解放していただけたって言う訳さ』
『ああ、そうですか。 楽しそうですね。 僕も最後まで傍に居たかったな』
『そうね。 とにかく素晴らしいプレイだったわ』と祥子が言う。 そして私の顔を見ながらつけ加える。 『それにあたし達も初めの儀式の所を見てないんで、一度、最初から通して拝見したいわね』
『そうだね。 いい機会があったらね』と軽く受け流す。 『でも、あれは足掛け3日もかかるから、ちょっと簡単じゃないけど』
『それは何とかなるわよ。 どっちにしても、かもめの会でも合宿してプレイすることも考えていたんだし』
『そうだな。 合宿すれば充分時間の余裕があるから、色々なことが出来るかな』
『そうよ。 この夏休みの間に一度どこかで合宿して、思う存分、プレイを楽しんでみましょうよ』
 祥子ががぜん乗り気になる。 瓢箪から駒が出たような感じがする。
『そこで問題はどこで合宿するかだけど』と祥子が思案する。 『また、孝夫の家を使わせて貰うのもいいけど、どうせなら何処か、海か山へ行きたいわね』
『でも、そんな、プレイが出来るいい場所ってあるかな』と私は首をひねる。
 すると今まで黙って聞いていた孝夫が発言する。
『あの、僕の家の別荘が にしいず にあって、うちの会社の人達もかわるがわる行ってますけど、割にあいてますから、そこが使えるかも知れませんよ』
『え、にしいずに?。 「にしいず」って伊豆半島の西海岸かい?』
『ええ、そうです。 別荘のあるのは西伊豆でも南の方の、M町のはずれの海岸です』
『ふーん。 それで、そこならプレイが出来そうなのかい?』
『ええ、特に管理人も置いてないので、行けば自炊をすることになりますが、恐らく僕達だけで使うことになるのでプレイなら自由に出来ると思います』
『ふーん、それはいいね』
 私はすっかり乗り気になる。
『それ、是非、使わせて貰いましょうよ』と祥子も言う。
『そうですね。 それじゃ、早速、空いてる適当な日があるかどうかを調べてみます』
 孝夫はそう言ってうなずく。



 皆のカルピスがなくなる。 時計を見ると10時半近くになっている。
『それじゃ、そろそろ始めましょうか』と祥子が言う。
『そうだね。 ところで今日の予定はどうなってる?』
『ええ。 電話でもお話しした通り、まず午前中は美由紀をモデルにして色々な吊りをやってみるの。 まだやったことのない吊りがいくつもあるから、そのうちの幾つかを順々に験してみることにしてるの』。 祥子はそこまで言って、『ね、美由紀?』と声を掛ける。
『ええ』
 美由紀が恥ずかしそうにうなずく。
『うん、午前中はそれで判ったとして、午後は?』
『それも電話でお話しした通り、祐治さんをモデルにして、あたしが特別に考えてあげたプレイをすることにしてるの』
『でも、今度のプレイは僕や祥子達のマンションでは出来ないプレイだとか、時期も今が一番いいんだとか、思わせぶりな話だけをたっぷり聞かされていて、何をするのかをまだ教えて貰ってないんだけど、一体何をする積りなんだい?』
『それはさっきも言った通り、実行する時まで、ひ、み、つ』
『ふーん』
『それで』。 祥子がちょっといたずらっぽい目つきをする。 『祐治さんでも、何をされるか、気になることがあるの?』
『うん、そりゃあるよ。 人間だもの』
『でも、何をされるか判らないという不安と期待に満ちた状態って、Mの方、とてもお好きなんじゃないかしら?』
 祥子はそう言って、口元に笑みを浮かべながら、心の中まで見すかすように私を見つめる。
『そりゃそうだけど』
『でしょう?』
 祥子はにっこり笑う。
 このままでは押されっぱなしになってしまう。 話の先を孝夫と美由紀に向ける。
『で、僕以外の人は、何をするのか知ってるのかい?』
『僕は何も聞いてませんけど』と孝夫が応える。
『あたしもよ』と美由紀も言う。
『ええ、それはそうよ』と祥子がすまして言う。 『このことはあたし1人の胸のうちだけにあるの。 こういうことは知ってる人が少ない方が秘密が漏れなくて、される人も不安が高まってプレイの楽しみが増すものなのよ』
『なるほどね。 すると、祥子は僕のためを考えてわざわざ秘密にしてくれてる、という訳なのかい?』
『ええ、そうよ。 感謝なさい』
 祥子はまた笑う。 またも一本取られた感じになる。
 旗色が悪くなったので、少し話の向きを変えて原則論を持ち出す。
『ところで僕達のかもめの会では、参加する全員が楽しめるプレイをすることが原則だよね。 とすると、プレイをする方とされる方との合意のもとでプレイを進めるのがいいんじゃないのかな?』
 しかし、祥子はさらに上手に出てくる。
『ええ、もちろんそうよ。 でも、あたし達の間には、相手の方がもっとも楽しめるようにプレイを進めてあげる、という暗黙の了解があって、しかも祐治さんなら何をするのかをお教えしない方がスリルがあって御本人も楽しいんじゃないか、と思って』
 そして美由紀までが、『そうね。 合意の中には、プレイの中身をあらかじめ知らせることはしない、という合意もあっていい訳ね。 ただ、される人が暗黙にでも以前に同意していれば、の話だけど』といかにも数学科の学生らしい論理的なコメントをつける。
『僕はそんな同意をしたっけ』
『ええ、祐治さんは心の奥では、いつもそう言うスリルを味わってみたいと思っておられます』と祥子がすまして言う。 そして、『それとも祐治さんは、どう責められるかが判らないプレイはやりたくない、とでもおっしゃるの?』とにやにやする。
『いや、そんなことはない』と打ち消す。 そして、『確かにそういうプレイもとても魅力的だけど』と半歩後退して何とか受け止めようとする。
『だけど、どうだっていうの?』と祥子はなおも追求の手を緩めない。 私はとうとう全面的に降伏する。
『わあ、降参。 とても魅力的です』
『そうでしょう?。 だから今日は、祐治さんがプレイの内容を知った時には嫌だと思ってももうどうにもならないように、最後の段階まで何をするのかを秘密にしておいてあげるのよ』
『それは、それは、どうも有難う』
 私は少し皮肉を込めてそう言った積りだが、祥子は気にもとめずに、『どういたしまして』とすまして応える。 美由紀と孝夫が横でにやにや笑っている。
 この話題ではもうどうにもならなくなったので、また話題を変える。
『それで、午後はそれだけで終りかい?』
『ええ。 一応、はっきり予定してるプレイはそれだけで、終ったらゆっくりおしゃべりして、お夕飯をすませてから解散、という積りでいるんだけど』
『そうすると、かなり時間の余裕がありそうだね』
『ええ、そうね。 だからもしもお望みなら、何かプレイのおまけを付けてあげてもいいわよ』
『そうだな』
『でもね』と祥子は笑う。 『祐治さんもその時はすっかりへばってて、それどころじゃないんじゃないかしら』
『そんなにきついプレイなんですか?』と孝夫がきく。
『ええ、そうよ』と祥子はすまして言う。 『祐治さんの欲求不満を解消してあげようとすると、そんじょそこらの生ぬるいプレイでは間に合わないのよ』
『ふーん』
 私はそのプレイに思いを巡らす。 美由紀が心配そうな顔をする。

4.3 吊りアラカルト

第4章 第2回月例会
04 /29 2017


 話に一区切りがついて、『それじゃ、そろそろ始めない?』と祥子が言う。 『今日は午後に祐治さんのプレイがあるから、美由紀のプレイはてきぱきやって、なるべく早く切り上げたいの』
『いや、僕のプレイなら遅くなってもいいんだよ』と私。
『いや、こっちの都合があるのよ』
『うん、それなら別に異議はとなえないけどね』
 孝夫と美由紀は笑って2人の応酬を聞いている。
『じゃ、今日の午前中の主題は吊りだから、遊戯室に行きましょう』
 皆が立ち上がる。 時計を見ると10時40分辺りを指している。 祥子と私とがそれぞれのバッグを提げて、皆でぞろぞろと遊戯室に行く。
 遊戯室にはすでにクーラーが利いていて、かなり涼しい。
『じゃ、さっそく始めるから、美由紀、用意して』と祥子が指示する。 『はい』と応えて美由紀はいそいそとブラウスとパンタロンを脱ぎ、下着姿になる。
『そうね。 今日はヌードがいいわ。 スリップなども脱いで』と祥子がいう。
『え、でも』と美由紀はちょっとためらう。
『いいでしょう?。 写真ではもう今までにも、孝夫にも祐治さんにも散々見てもらってるんだから』
『ええ、そうね』
 美由紀はひとつうなずいて、スリップとパンティ・ストッキング、ズロースを脱いで、ブラジャーとショーツだけの姿となる。 私は初めて見る美由紀のヌードの実物にすっかり興奮して、まぶしく見詰める。 ほんとにきれいな身体の線と肌とをしている。 美由紀は恥ずかしそうに下を向く。
 祥子はまず美由紀の差し出す両手首に包帯を厚く巻いてから、美由紀の後ろに回る。 美由紀が両手を後ろに回す。 祥子はその手を取って手首を重ねて縛り合せ、手早く紐を回して美由紀を高手小手に縛り上げる。 美由紀は眼をつぶり、うっとりした顔をしている。 その間に孝夫と私は部屋の中央にあったテーブルと4脚の折り畳み椅子を横の壁の方に移す。 そして孝夫が部屋の入口横の物置から脚立と差動滑車とを持ってきて、部屋の中央のフックに差動滑車をセットする。
 高手小手の縛りも終えて、ヌードの美由紀はブラジャーに覆われた乳房が締めつける胸の紐で一層強調され、二の腕には紐が食い込んで、ますますまぶしいような美しさ、妖しさを発散する。 『すごいですね』と孝夫も見とれている。
『じゃ、初めは平凡だけど、普通の吊りをするわ』と祥子が言う。 美由紀は目を閉じたままで軽くうなずく。 『ただし、腰紐は付けてあげないから覚悟なさい』と祥子が続ける。 美由紀は一瞬ぎくっとしたようで、目を開けてちょっと祥子の顔を見つめる。 しかし、すぐに決心がついたらしく、何も言わずにまたこっくりする。
 祥子は美由紀の胸の縛りの上に少し太めの紐を掛け、乳房の上下に2重づつ巻いて引き締め、背中で結んで高手小手の紐につなげる。 そして美由紀を滑車の下に連れていき、さっきの紐の先を伸ばして滑車のロープのフックに結び付ける。 美由紀はまたうっとりした顔になって眼をつぶる。
『じゃ、上げるわよ』と祥子が声を掛ける。
『ちょっと待って』と止める。 『僕もこの間、吊られて解ったんだけど、腰紐を使わないで胸だけで吊られるのって、すごく痛いんだ。 まだ、後のプレイの事もあるから、上がり切るまでちょっと支えておいてあげるよ』
『祐治さんは美由紀のことになると妙に親切になるのね』と祥子は笑う。
『そんなことはないけど』
『でも、いいわ。 そうして』
『うん』
 私は美由紀の傍に行って『じゃあ』と声を掛け、膝を曲げて横から腰の辺をそっと抱き上げる。 手が美由紀の肌にじかに触ったとき、美由紀は一瞬、びくっとして眼を開け、私の顔を見る。 そして、ちょっとほほえんで軽くうなずき、すぐにまた眼をつぶって、何事もなかったかのようにおとなしく身体をゆだねる。
 祥子がロ-プをたぐり、フックが上がり出す。 孝夫はカメラを構えて撮り始める。 フックが上がるにつれて美由紀の身体もゆっくり上げていく。
 フックの上昇が止まる。
『もう、この辺でどうかしら』
『うん、いいね』
『じゃ』
 祥子は滑車のロープの先を横の柱についている環につないで固定し、美由紀の前にやって来る。 何時の間にかストップ・ウオッチを右手に持っている。
 私はゆっくり美由紀の身体を下していく。 そして紐がぴんと張った所で、徐々に手の力を抜いていく。 紐が次第に締っていき、美由紀が歯をくいしばる。
 しまいにすっかり手を離す。 美由紀は上体をやや前に傾き加減にし、腰を軽く曲げて脚を下に垂らし、空中に吊り下がってゆっくり右に回り始める。 足は床から20センチばかり離れている。 孝夫が周りを回って盛んにカメラのシャッターを切る。 私はもう一度手を出して、美由紀をテーブルの方に向かせて回転を止める。
『どう、大丈夫かい?』ときく。 美由紀は眼をつぶったまま、『ええ』と短く答えて、また歯をくいしばる。 祥子はその美由紀の顔を見て、『大丈夫、辛抱出来そうね』と独り言のように言う。
 そのうちに孝夫も写真を撮るのを止めて横に来る。
『もう、充分に記録を取った?』と祥子がきく。
『ええ、たっぷり』と孝夫が答える。
 その間にも時々、紐がみしっと小さい音を出して締まり、美由紀の顔が苦痛でゆがんでくる。 しかし、美由紀は何も言わずに眼を固く閉じ、歯をくいしばっている。 私は先日、やはり胸の紐だけで吊られた時の痛さ、苦しさを思い出す。 美由紀は身体が軽いから、あれよりは少しは楽なのかしら。
 大分時間が経ったような気がして、『もう、終りにしないか?』と祥子に言う。
『そうね』と祥子は右手のストップ・ウオッチを見る。 『祐治さんが手を離してから、もう2分余り経ったし、記録も取れたそうだから、終りにしましょうか』
『うん、そうしよう』
 早速また美由紀の身体をそっと抱き上げる。 美由紀はほっとしたような顔をして眼をあけ、私の顔を見て『有難う』と短く言って、またすぐに眼をつぶる。 祥子が滑車のロープを操作してフックを下げていく。 私はそれに合せて美由紀の身体も少しづつ下げていく。
 美由紀の足が床に着く。 私はそっと手を離す。 美由紀は自分の足で立って、深いため息を漏らす。 祥子が手早く胸を巻いて吊っていた紐を解いてはずす。



 少し荒かった美由紀の呼吸もすぐに収まってくる。
『じゃあ、続けて、次はかいきゃく逆吊りにするわ』と祥子がいう。
『かいきゃく?』
 私は意味を取れなくて聞き返す。
『ええ。 「きゃく」の方の「あし」と言う字に「開く」という字を付けて開脚。 つまり逆吊りで、両脚を左右に分けて離れた2つのフックに別々に吊って、Yの字の形に開かせるの』と祥子は説明する。 『今までは適当な場所がなくて出来なかったけど、ここは天井に丈夫なフックがうまい間隔で並んでて丁度いいのよ』
『なるほどね』
 私はうなずいて、天井のフックの列を見上げる。
『でも、美由紀さん、少し休んでからでないと無理ですよ』と横で孝夫がいう。
『そうね。 でも、さっきの吊りとは紐の当たる場所が違うから大丈夫とは思うけど』
 祥子はそう言って、『美由紀、どうお?』ときく。
『ええ。 あたしなら大丈夫』と美由紀が答える。
『けなげだね。 祥子によっぽどうまく教育されてるんだね』と私が笑う。
『あら、いやだ。 そんなことないわ』と美由紀は赤くなって下を向く。 ヌードで高手小手の紐を身にまとった美由紀の、恥ずかしそうにうつむく姿がまた堪らなく愛しく見える。
『じゃ、孝夫。 用意して』と祥子がうながす。 『今度は祐治さんと孝夫と2人で引き上げて貰うから、差動滑車の代りに、普通の滑車を1つづつ、あそことここのフックに掛けてくれない?』
『仕方ないですね』
 孝夫が物置にいき、滑車を2つ、両手にぶら下げて戻ってくる。 そして脚立に乗って真ん中のフックから差動滑車をはずし、代りに普通の滑車を掛けてロープを通す。 そして次に一つ奥のフックに行って、やはり普通の滑車を掛けてロープを通す。
『床はこのままじゃ、ちょっと美由紀を寝かせるのは可哀そうだね』
『そうね。 それじゃ、マットかなんかを敷きましょうか』
 祥子はそう応え、『孝夫、何か適当なものがない?』と注文する。
『そうですね』
 孝夫はまた物置に行き、中から何か巻いたものを抱えて来て広げる。 畳1枚程の広さの小さいじゅうたんである。
『これでどうですか?』と孝夫。 『ああ、いいわ』と祥子。 さっそく、2つの滑車の間の床に横に長く敷く。 祥子はバッグから大きめの湯上がりタオルを取り出して、その上に敷く。
『それじゃ、美由紀、ここに寝て』
『はい』
 美由紀がタオル上に腰を下ろし、テーブルの方向に頭を向けて、祥子の手で支えて貰いながら上体をゆっくりとあおむけに倒していく。 体がすっかり倒れると、後ろ手に縛り合されている手首が体の下になって少し痛々しい。
 ついで祥子は美由紀の左右の足首に片方づつ幅広い包帯を厚く巻き、太目の紐を2重に巻いて結ぶ。 そしてその紐の先をそれぞれ左右の滑車のロープの先に結び付ける。
『じゃ、お願い』と祥子がいう。 『うん』と応えて私が中央の、孝夫が奥の滑車のロープを持って、ゆっくり手繰り始める。 美由紀の脚が左右に離れながら次第に上がっていき、腰も浮く。 祥子が両手で腰を支え、ゆっくりと美由紀の体をずらせていく。
 私と孝夫は呼吸を合わせ、なおもゆっくりとロープを手繰っていく。 美由紀の背中がタオルから離れ、肩も離れ、最後に頭も離れる。
 一度、手を止める。 祥子は美由紀の肩を支えながら、『もう少し上げて』という。 またロープをたぐり始める。
 美由紀の頭が床から50センチほど上がった所で、『はい、いいわ。 そこで止めて』と祥子がいう。 手を止める。 そして私と孝夫がそれぞれの横の柱に付いている環にロープの先を結び付けて留める。
 祥子が手をゆっくり放す。 美由紀の身体は少し下って、頭が床から40センチほどの高さの所で止まる。 『いいようね』と祥子はうなずく。 そして美由紀の顔を覗き込むようにして、『美由紀、どお?。 特に痛い所はない?』と声を掛ける。 美由紀はちょっと眼を開けて祥子の顔を見る。 そして『ええ、大丈夫』と小声で言って、また眼をつぶる。
 3人は美由紀の前の1メートル余り離れた場所に並んで立って、それぞれに美由紀を見詰める。 美由紀はこちらに顔を向けて眼をつぶり、両脚を30度ほどに開いたYの字形に逆さに吊り下っている。  『いいわね』と祥子が言う。 『本当に美しいですね』と孝夫も感嘆の声を上げる。 そして、『ああ、そうそう。 記録を取っておきましょう』と言って、カメラを構えて周りを移動しながら写真を撮り始める。
 私はしばらくの間、頭を下にしたY字形の美由紀と、それを色々な方向から写真に収めている孝夫とを眺める。 そのうちにふと思いついて、誰にともなく言う。
『美由紀にも自分の美しい逆吊り姿を見せてあげたいね』
『そうね』と横で祥子が応える。 そして、一通り写真を撮り終えて横に戻って来た孝夫に声を掛ける。
『何か姿見みたいなものを簡単に持ってこれないかしら』
『そうですね』。 孝夫がちょっと頭を傾げる。 『確か、そこの物置に古い三面鏡がありましたから、それを出してみましょうか』
『ああ、それはいいわ。 ぜひ、お願い』
『はい』
 孝夫はカメラを横のテーブルの上に置く。 そして、『三面鏡がちょっと大きいので、祐治さんも一緒にきてくれませんか』と言う。
『うん、いいよ』
 孝夫について行って、物置に入る。 孝夫が入口の横の壁のスイッチに手をやって電灯を点ける。 中には色々な古い家具や覆いをかぶった道具類にまじって、この前に私がくくり付けられた立ち柱や結合用のパイプなども置いてある。
『懐しいね』
 私は立ち柱に触ってみる。 孝夫も触りながら言う。
『この前のタバコ責めは本当にきれいでしたね。 また見せていただきたいですね』
『そうだね。 でも今日は祥子の予定にないらしいから、また機会があったらね』
『ええ』
 孝夫は簡単にうなずいてから、奥の方にある、古い金欄模様の生地の覆いをかぶった三面鏡らしきものを指差して『これですけど』と言う。
『ああ、立派な鏡だね』
『ええ、大分古いものらしいです』
 2人で前にあった箱をどかして、三面鏡に手を掛ける。
『じゃ、いいね?』
『はい』
 2人でそのがっちりした古い三面鏡を吊り上げて外に出る。 そして一旦床に下ろしてテーブルを横にどかし、2人で再び吊って美由紀の前方約2メートルの所に持っていって置く。 覆いを外してテーブルの上に置き、閉じてあった鏡を三枚に開く。
『美由紀、どうお?』と声をかける。 美由紀は眼を開けてしげしげと鏡の中の自分の姿をみつめる。 そして軽くうなずいて、また眼を閉じる。 その姿を限りなくいとしく感じる。
 そのまま、なおもしばらく美由紀の逆吊り姿を鑑賞する。
『さあ、次があるから、そろそろ下ろしましょう』と祥子がいう。
『え、まだ、あるんですか?』と孝夫。
『ええ、もう1つ、是非やってみたい吊りがあるの。 今日は時間がないから、それで打ち止めよ』
 早速、私と孝夫がそれぞれの位置に就いて、ゆっくりと美由紀を下ろす。 祥子は下で支えて誘導し、静かにタオルの上に寝かせて両足首の紐をはずす。 そして肩から背中へ手をやって上体を起こす。
『美由紀、どうだった?』と私が声を掛ける。 『普通の脚を揃えた逆吊りに比べて、この開脚逆吊りは痛くはなかったかい?』
『ええ。 足首は余り変らなかったけど、腰が無理に開かされている感じで少し痛かったわ』
『そうだね。 本当は足首にも少し余分に力が加わっている筈だけど、まあ、脚の開きが30度位のものだったから増えても5パーセント以下で、そんなには感じないかな。 でも腰にはやはり負担がかかるだろうね』
『祐治さんはさすがは物理工学科ですね。 すぐにそんなことが分るんですか』と孝夫。
『うん、やっぱり商売柄ね』とにやにやする。
『それで、もっと脚を開かせるとどうなるの?』と祥子が訊く。
『うん。 例えば60度位開かせると、足首の負担は15パーセント位増すから、かなり感じると思うよ。 でも腰の負担がもっと大きくなるから、その方で先に音を上げることになるかもね』
『面白いわね。 祐治さんで一度、験してみたいわね』
『まあ、機会があったらね』



『それで、今度は何をするんですか?』と孝夫がきく。
『ええ、膝かかえ逆吊りというか。 つまり、膝の裏側で両手首を縛り合せて足首で吊るの』
『なるほど、それは面白そうですね』
 孝夫はまた興味を示す。
『だけど』と私はさえぎって美由紀に訊く。 『美由紀は少し休まないで大丈夫かい?』
『ええ、大丈夫』と美由紀が言葉少なに答える。
『じゃ、時間もないから、さっそく始めるわね』と祥子が言う。 美由紀がまた『ええ』と応えてうなずく。
 祥子はまず、手早く美由紀の高手小手の紐を解く。 そして孝夫に『また、そこのフックに差動滑車を掛けて下さらない?』と指示する。 孝夫はまた脚立を使って中央のフックから普通の滑車を外し、代りに再び差動滑車を掛ける。 祥子はその下にじゅうたんを引いてきて、美由紀をその上のタオルの上にあおむけに寝かせ、まだ包帯を厚く巻いたままの両足首を縛り合せる。 そしてその紐の先を滑車のロープのフックに結び付け、 50 センチばかり引き上げて腰を曲げさせてから、美由紀の両手を曲げた膝の後ろに回させて手首を重ねて縛り合せる。 美由紀は丁度、両手で膝を抱え込んだようになる。
 『さあ、これでいいわ』と祥子は立ち上がる。 そして差動滑車のロープをにぎり、『じゃ、上げるわよ』と声を掛ける。 美由紀がこっくりうなずく。
 祥子がロープを手繰り始める。 フックが上がって足がさらに引き上げられていく。 そしてさらに腰が上がり、背中も腰に近い方から浮いてくる。
 やがて美由紀の身体が急にがくっと揺れて、背中が完全にタオルを離れる。 そしてゆっくり右に回りながら上がっていく。
 背中が床から1メートル余り上がった所で手を止め、『これでいいわね』と独り言のように言って、祥子はロープの先を横の柱の環に固定する。 美由紀は頭を後ろに垂れ、眼をつぶって、ゆっくり右に回っている。
『面白い形ですね』と孝夫がいう。 祥子はうなずいて言う。
『ええ、これも何かの雑誌で写真を見て、どうしても一度はやりたかったプレイなの。 もっともこれはさっきの開脚逆吊りとは違って、あたし達のマンションでも出来ないことはないけど、今までに機会がなかったのよ。 それに祐治さん達とご一緒の時の方が楽しいしね』
『ふーん』
 私は祥子の話を半分上の空で聞いて、美由紀を見詰める。
『とにかく、やっと出来て嬉しいわ』と祥子はほんとに嬉しそうに言う。
 私は美由紀が鏡に対して真横になるようにして回転を止めて、『美由紀、どうお?』と声を掛ける。 美由紀は眼を開けて、『ええ、大丈夫』と小声で応え、顔を横に向けて鏡に映っている自分の吊り姿をじいっと見詰める。 その姿を限りなくいとしく感じる。 そして『この吊りは紐が足首と手首とにだけ掛かっていて、縛りが単純なのがいいな』とも考える。
『美由紀。 とてもきれいだよ』と声を掛ける。 美由紀は逆さのままで顔をこちらに向け、『あら、いやだ』と口癖のせりふを言ってにっこり笑い、また顔を戻し、眼をつぶって頭を後ろに垂れる。 孝夫がまた盛んに写真を撮る。
『美由紀の今日の吊りはもうこれで終りの予定だから、少しゆっくり観賞しましょう』と祥子が言う。 『そうだね』と3人はテーブルの周りの椅子に座る。
『それにしても、張り切って作業したのでちょっと喉が渇いたわね。 お茶でも入れて飲まない?』と祥子が言い出す。
『ええ、それがいいですね。 じゃ、ちょっと持ってきましょう』
 孝夫がさっそく立ち上がる。 そして、入口の方に行きかけて、『あ、そうだ。 持って来るものが多いから、祥子さんも一緒に来て下さい』と誘う。 『ええ、いいわ』と祥子も立つ。
 孝夫と祥子が扉から出ていく。 私は一人後に残されて美由紀の美しい横顔をぼんやり眺める。 そして、『今日の午後は一体、どんなプレイが待ち構えているのな』とぼんやり考える。 期待と軽い不安とが入り混じる。 美由紀は相変らずうっとりした顔をして眼をつぶり、頭を後ろに垂れている。
 祥子と孝夫が紅茶カップ4つと砂糖壷、ミルク、スプーンなどとをのせたお盆と、お湯のポットとを持って帰ってくる。 祥子が3つのカップに紅茶を入れる。 3人はそれぞれカップを引き寄せ、砂糖とミルクを入れスプーンでかき混ぜる。
 ふと、あることを思い付く。
『美由紀の分はどうしようか』
『そうね』
 祥子はちょっと首を傾げる。
『でも、あおむけに頭を垂れた姿勢では飲ませるのはちょっと無理ね』
『でも、ちょっと抱えてやれば飲めるんじゃないかな?』
『そうね。 じゃ、やってみましょうか』
 私は立って美由紀の横に行く。 そして、『美由紀、喉が渇いてるんじゃないかい?』と声をかける。 美由紀は眼をつぶったまま、小声で『ええ、とても』と応える。
『それじゃ、僕がちょっと抱えてあげるから、紅茶を飲んでみるかい?』
 美由紀はまた、眼をつぶったまま、小声で『ええ』と短く応える。
 美由紀の身体を少し起こすようにして抱える。 美由紀も垂れていた頭を起こす。 祥子が自分の紅茶のカップを持ってきて、自分の唇に軽く当てて熱さを確かめてから美由紀の口にあてがい、ゆっくり傾ける。 美由紀は眼をつぶったままで、口を少し開けて紅茶をすすり込み、ぐっと飲み込む。 『成功』と祥子がいう。 そして、さらに何回かに分けてゆっくり紅茶を飲ませて、カップ一杯を空にする。
『美由紀。 もう終ったよ。 もっと欲しいかい?』
『ええ、有難う。 とてもおいしかったわ。 でも、もういいわ』
『それじゃ』
 私はゆっくり手をはなす。 美由紀はまた頭を後ろに垂れてうっとりした顔になる。
 席に戻る。 祥子が改めて自分の紅茶を入れて砂糖とミルクを加えてかき混ぜる。 3人がそれぞれに紅茶を一口飲む。
『逆吊りのままで紅茶を飲ませたのって初めてだけど、うまくいったわね。 面白い実験だったわ』と祥子が言う。
『そうだね。 あの吊りの形だと、ちょっと手を貸せば紅茶位は飲ませられることが判ったのは面白い発見だね』
 しばらく手を休めて、膝を抱えて逆さに吊り下がっている美由紀を眺める。 美由紀は相変らず目をつぶって、うっとりした顔をしている。
『そうだな』と会話を再開する。 『あの、これからはプレイ中に食物や飲物をどうやって摂らせるかも、面白いテーマの一つになりそうだね』
『ええ、そうね』と祥子が応える。 『それが出来ると栄養補給が出来て、長時間にわたるプレイを続ける時に便利ね』。 そしてすぐに新しいアイデアを出して来る。 『栄養と言えば、病院では時々、管を使って鼻から食べ物を補給することがあるわね。 あれも面白いんじゃないかしら』
『なるほど。 そうすれば、猿ぐつわをしたままで栄養補給が出来るわけか』
『ええ』
『でもうっかりして気管にでも流れ込むと、口が塞がれているだけに危険が大きいね。 相当慎重にする必要があるだろうね』
『そうね』
『それにそれが実現すると、プレイ中は何日も猿ぐつわを掛けっぱなしにされることになりそうだな。 ちょっと考え物だな』
『そうね』
 2人で顔を見合せて笑う。 孝夫も笑いながら美由紀の逆吊り姿をじっと見ている。 後ろに垂れた美由紀の顔にも笑みが浮かぶ。
 皆のお茶が終る。
『じゃ、もう、そろそろ下ろそうか』
『ちょっと待って。 少し遊んでくるから』
 祥子は立って美由紀の横に行く。 私と孝夫もついていく。
 祥子はまず、ちょっと右手の指で美由紀の鼻を詰まむ。 美由紀はちょっと首を振ったが指がはずれない。 そこで口を少し開けて、そのままおとなしくなる。
 祥子はさらに左手を伸ばして、美由紀のあごを押すようにして口を閉じさせ、両唇を合せて詰まむ。 美由紀は眼を開けて祥子の顔を見詰める。 そして少しして、息苦しくなったのか、顔を激しく振る。 美由紀の身体が紐にぶら下がったまま大きくゆれ、唇を詰まんでいた祥子の左手の指がはずれる。 美由紀が口で大きく息をする。 祥子は笑って右手の指もはなす。 孝夫が笑いながら『好きですね』という。 美由紀がまた目をつぶる。
 それで終りかと思って見ていると、祥子は今度は美由紀の身体を右に回し始める。 そして8回ほど回して手をはなす。 美由紀の身体が紐の弾性で逆の方向に回り始める。 そしてかなり速い角速度で回転し、やがて止まって、また逆の方向に回り始める。 美由紀の軽くウエーブした髪の毛がなびく。  こうして、何回も逆転を繰り返し、次第に振幅が小さくなって、やがて回転がほぼ止まる。 美由紀が頭を後ろに垂れ、口を大きくあけてはあはあ荒い息をしながら逆さに吊り下がっている。 私には美由紀がちょっぴり羨ましくなる。
『さあ、これでもういいわ』と祥子がいう。 そして、『じゃ、下ろすわよ』と声を掛けて、差動滑車のロープを手繰って美由紀を下ろしにかかる。
 美由紀の身体がゆっくり下りてくる。 私と孝夫は手を伸ばして美由紀の背中を支え、フックが下がるにつれてゆっくり下ろしていって、最後に静かにタオルの上に置く。 祥子はそこでロープの手を止め、そばにやってきて、膝の後ろで縛り合せた美由紀の手首の紐を解く。 美由紀はまだ足を吊られて上げたままで両手を左右に拡げ、タオルの上に長くのびて、荒い呼吸を続ける。 顔色も少し青い。
『美由紀、どうした?。 少し顔色が悪いけど』ときく。
『ええ、ぐるぐる回っているうちに気分が悪くなって』
 孝夫がロープを手繰って美由紀の足をすっかり下におろし、祥子が足首を縛り合せている紐をほどいて取る。 美由紀は手足をだらりと伸ばしたまま、ぐったりして、なおも荒い呼吸を続ける。
『ちょっと遊び過ぎたかしら』と祥子がいう。

4.4 昼食

第4章 第2回月例会
04 /30 2017


 そのうちに美由紀も気分が少し回復した模様で、『もう、大丈夫』と自分でゆっくり起き上り、手首や足首の包帯は取らずに、さっき脱いだものを身に着ける。 『まだ紐に未練があるのかな』と思う。
『この部屋は後で僕が片づけておきますから』との孝夫の言葉に従って、三面鏡や滑車類はそのままにして、さっき使った紅茶カップなどを分担して持ち、美由紀を真ん中にして皆で応接室に戻る。
 時計を見ると11時40分を少し過ぎている。 美由紀の3つの吊りを前後の準備も入れて1時間ばかりで済ませたことになる。
『今はずいぶん詰めてプレイをしたんだね。 吊りを3つもやったのに、まだ正午までには間があるよ』
『そうね。 これなら今日の本命のプレイにたっぷり時間をかけられそうね』
『というと、本命のプレイって、午後一杯が掛かるほどの大変なものなのかい?』
『いいえ、そういう訳ではないけど、ちょっと都合があるの』
 祥子はにやっと笑う。 そして、『じゃ、まだちょっと早いけど、すぐにお昼をいただきましょう』と急ぐ。 私にはよく解らないが、反対する理由もないので、『うん』とうなずく。
 祥子がバッグの中から紙包みを取り出し、応接用テーブルの上に拡げる。 中からハムやチーズやトマトをはさんだサンドイッチが現れる。 ついで祥子は『美由紀はまだ青い顔をしているから、ここで休んでいらっしゃい。 紅茶はあたし達で用意をするから』と言って、孝夫と一緒に出ていく。 美由紀はまだぐったりして、ソファーに持たれ掛っている。
『わあ、御馳走だね。 これみんな、美由紀達が今朝作ったのかい?』ときく。
『ええ。 祥子がとても張り切ってて、6時に起きて2人で作ったの』と美由紀。 しかしまだ、口をきくのも大儀そうである。
『祥子って、こういうことになると、すぐ張り切るんだね』と私が言ってるところに、祥子達が帰ってくる。 そして祥子が『今朝、張り切ってたのは美由紀の方よ。 あたし、眠いのに6時に起こされて』という。
『そら、また始まった。 どっちでもいいよ』と私。 『要するにお2人とも張り切っていたということなんだね』
 孝夫がまた、後ろでにやにや笑っている。



 祥子が紅茶を入れて昼食が始まる。 美由紀はまだ胸の悪さが直らないのか、手を出さずに皆の食べるのを見ている。
『どう、美由紀。 まだ、気分が悪いのかい?』ときく。
『ええ。 少し胸がつかえてるみたいで』と答える。
『じゃ、美由紀の分は残しておくから、無理をしないで後で食べてもいいわよ』と祥子が言う。 『ええ』と美由紀がうなずく。
 サンドイッチをつまみながら私が訊く。
『ところで、美由紀、今日の吊りはどうだった?。 もう、すっかり満足したかい?』
『ええ、かなり』
 美由紀は相変らず言葉すくなに答える。 でも、さっきよりは少しは元気になったようである。
『もう、欲求不満は解消したでしょう?』と祥子。
『ええ、少し』と美由紀はまた短く答える。
『まだ、やり足らないっていうの?』
 美由紀は笑って答えない。
『美由紀ってほんとにきりがないわね』と祥子も笑う。
『それで』とまた私がきく。 『あの3つの吊りのうちでは、美由紀にはどれが一番辛かった?』
『ええ。 痛さでは最初のまっすぐの吊りが一番痛かったわ。 時間が短かかったからやっと辛抱できたけど』
 美由紀は腕をさする。 半袖の袖口をあげると、二の腕に2条づつ2組の赤い跡がついている。
『わあ、大変ですね』と孝夫が声をあげる。
『そうね。 少し跡がついたわね。 それだけつくと、2~3日は消えないかもね』と祥子。
『あたし、困ったわ』と美由紀が困惑した顔をする。
『でも、大丈夫よ。 その位ならあざになる心配はなく、きれいに消えるわよ』と祥子が保証する。
『ええ』と美由紀もうなずく。
『それで、後の2つでは?』と私。
『ええ、2つの逆吊りの中では、後の膝をかかえた方が辛かったわ。 手首も痛いし、足首にも妙な力が加わってうずくの』
『ふーん。 楽そうに見えたけど、そんなものかね』
『ええ。 それに、最後にぐるぐる回されて眼がまわって。 それで胸が悪くなって吐きそうになったのを、懸命に我慢してたの』
『ふーん』
『で、もう懲りた?』と祥子がいたずらっぽい目付きをして訊く。
『そうね』
 美由紀は思い出しているかのようにちょっと眼をつぶる。 そして、眼をあけてしんみりした口調で答える。
『でも、あんなに痛くて苦しくても自分ではどうすることも出来ずに、ただ一心に耐えてる気持って、何だかとても懐かしい気がするわ』
『ふーん、なるほどね』
 私もその答をじっくり味わう。
『そんなに興味がおありなら、今日は予定外だけど、祐治さんにも特別にやってあげましょうか?』と祥子がからかうように言う。
『うん、でも今日は遠慮して、この次の機会にするよ』
『そう、それは残念ね』
 祥子はまた笑う。
『それで、美由紀が一番、楽しめたのは?』とまた私がきく。
『そう、やっぱり2番目の「開脚逆吊り」というのかしら。 あれなら普通の逆吊りと同じでそんなに痛くもないし、手も足もきっちり決まっていて、自分ではどうしようもない無力感があって、かなりよかったわ』
『そういえば、美由紀、あの時はいつものうっとりした顔をしてたね。 よっぽど、気持が良かったんだね』
『あら、いやだ』
 いつものせりふが出て、美由紀がにっこり笑う。
『美由紀さん、やっと元気が出てきましたね。 顔色も大分よくなってきたし』と孝夫が安心したように言う。
『そうね』と祥子。 そして、『気分がよくなったらサンドイッチもつまんだら?』と勧める。 『おなかに少し入れておいた方が回復も速いわよ』
『ええ、有難う』
 美由紀も少しづつ、サンドイッチをつまみ始める。 外のものも食事を進める。



 ふとまた、午後のプレイのことが頭に浮かぶ。 手を止めて、『それで、午後のプレイはどうなるのかね』と祥子の顔を見る。
『祐治さんったら、まだそんなことを言ってるの?』と祥子が笑う。
『うん、でも、何となく思わせぶりなことばかり聞かされているというのは、やっぱり気になるものだよ』
『祐治さんでもね』と祥子はまた笑う。 『すると、あたしの目論見が大分成功してるという訳ね』
『まあ、そうだね』と私も笑う。 そしてもう、どんなプレイをするのかを聞き出すことは諦める。 話題を変える。
『それからさっき、祥子が嬉しそうに美由紀を吊ってるのを見てて、つくづく感じたんだけどね。 お2人ってほんとに素晴らしいコンビだね。 祥子の見事なSぶりと美由紀の見事なMぶりとにはいつも感心してるよ』
『そうですね』と孝夫も同調する。
『でも』と美由紀がサンドイッチをつまむ手を止める。 『あたしはただ、受身で動いているだけよ』
『そんなことはないよ。 やはり、美由紀が責めを受けるのを心から歓んで、その歓びを全身で表現するから、祥子の責めにも熱が入って活きてくるんだよ』
『あら、いやだ。 あたし、そんなふうに見えます?』と美由紀。 その顔にははにかんだような笑いが浮かんでいる。
『うん、僕にはそう見えるけど、そうじゃないのかい?』と、笑いながら少し意地悪く反問する。
『知らない!』と美由紀が向うを向く。 私はちょっと慌てた振りをする。
『やあ、ごめん、ごめん。 まあ、そう、怒らないで。 悪かったら謝るから』
 美由紀は顔をもとに戻し、私の顔を見てにこっと笑う。 祥子が『むまあ』という顔をする。 皆で改めて笑い合う。
『とすると』と孝夫が発言する。 『祐治さんはどういうことになるんですか。 責めを受けるのを娯しんでいるのは同じじゃないんですか?』
『さあね』と応える。
『そうね』と祥子が言う。 『あたしの責めを心から楽しんで受けて下さってるという点では、美由紀と祐治さんとはよく似てるわね。 でも、あたしから見るとちょっと違った所があるの』
『ふーん』
 私は祥子の発言にがぜん興味が涌く。 祥子が私と美由紀のMにどのような違いを見ているのかしら。 皆も同じ思いらしく、手を止めて祥子の顔を見詰める。
『というと?』と先をうながす。
『ええ、まず、美由紀はあたしの責めを素直に受けて、素直に楽しんでるの。 それも縛りだとか吊りだとかの伝統的な責めをとてもうまく受け止めて、とても楽しいプレイにしてくれてるの』
『なるほど』
 皆がうなずく。
『そうね。 あたしって確かにそう言うところがあるわね』と美由紀も言う。
『それから?』と今度は孝夫が祥子に先をうながす。
『ええ、それに対して祐治さんは、あたしの考えたどんな責めも平気で受けて下さるだけじゃなくて、すごく発展性があって、あたしでも予想もつかないようなプレイを考えて実行なさるし、あたしにもさせて下さるので、胸がわくわくするの』
『うん、そうかな』と私。
『ええ、そうよ。 あのタバコ責めでも鼻吊りでも、さらにはノーアイオウ・プレイでもあたしでは夢にも考えなかったプレイだわ』
『そう言えば』と孝夫も言う。 『祐治さんはご自分に加えられる責めを考えるのにも、とても熱心ですね』
『ええ、そうよ。 お陰であたしも色々と勉強させられたわ』
『でも』と私が口をはさむ。 『そういう責めのアイデアなら、祥子の方がすごいんじゃないかな。 もう、今まででも色々と素晴らしい、しかも、とても厳しいプレイをやって貰ってるし』
『あら、そうかしら』
 祥子は判然としないような顔をする。
『それに今日はまた、僕のために素晴らしい責めを考えて下さってあるそうだし』と私はにやにやする。
『まだ、そんなことを言ってるの。 いくら言っても教えてはあげませんよ』と祥子も笑う。
『まあ、それはいいとして、とにかく、初めての時に椅子に縛りつけられた上に猿ぐつわまで嵌められた姿で一人で留守番させられたのには、いささかびっくりしたよ』
『そうね。 あれは初めてにしてはちょっとやり過ぎだったかもね』
『それに祐子に対する40分間の逆吊りと窒息責めだろう?』
『ええ、でも、あれはあたしを欺した罰よ』
『それから、クレーンで倉庫の天井高く逆さに吊っての振り回しだろう?』
『そうね。 でも、振り回しの部分はあたしの失敗よ』
『うん、それから磔と、何れにしてもずいぶんアイデアに富んだ厳しい責めを色々と経験させて貰ったよね。 中でも、僕と美由紀とが祥子をだました共犯だから、逆向きに縛り合せて1本の紐で吊り下げる、というような、状況に応じたとっさの厳しい責めを考えつくというのにはつくづく感心させられるな』
『それはまだ、実行してないわよ』
『いや、アイデアだけでも大したものだよ』
『そうですね』と孝夫も同感の意を表わす。
『それで、これから一体、何処まで発展して行くのかと思うと、期待で胸がふくらむと同時に、時々は少しそら恐ろしい気がしてくるよ』
『そうですね』と孝夫がまた同感の意を表わす。
『祐治さんだってそうよ』と祥子も言う。 『あたしでも時々、ついていけるかどうか、心配になることがあるのよ。 例えば、この前の会の時の処刑プレイのお話だとか』
『そうだな。 あれは僕もちょっと調子に乗り過ぎたようだな』
『ね、そうでしょう。 だからお互いさまよ』
『うん、そうかな』
 私もうなずく。 他の2人も「同感」と言うようにうなずいている。
『ほんとに祐治さんも祥子さんも、それに美由紀さんも素晴らしいですよ。 僕は仲間に入れてプレイを見せて頂いて、毎度、感激のしっぱなしで』と孝夫が言う。 『とにかく、このお3方が揃って、始めて我々の「かもめの会」が、変化に富んだ色々なプレイをますます楽しく出来るようになってるんじゃないんですか?』
『それに、孝夫君の素晴らしい助力があってね』と私。
『ほんとにそうよ』と祥子も言う。 『孝夫が居てくれなかったら出来ないプレイだらけだわよ』
『いやあ』と孝夫が頭をかく。 皆がどっと笑う。
『それから』と私がつけ加える。 『美由紀の力が見掛け以上に大きいと思うけど』
『というと?』と祥子がきく。
『うん、僕と祥子だけでは調子に乗って暴走する危険が大きいけど、幸いなことに何時も美由紀が傍に居て「それ、大丈夫?」って心配してくれてるので、節度のあるプレイが出来てるのじゃないのかな。 僕個人も同じM仲間で心のやさしい美由紀が見守ってくれてると思うと、厳しい責めも安心して楽しく受けられるんだ。 これも僕達のプレイがうまくいってる大きな要素の一つだと思うけどね』
『まあ』と美由紀はまた声を出して、恥ずかしそうに下を向く。
『そうね』と祥子が言う。 『ほんとにそうなんでしょうね』と孝夫もうなずく。
『何だか話が仲間誉めになってしまったね』と私が言う。 『ほんとにそうね』と皆が大きく笑う。 部屋の空気がすっかりなごむ。 また、皆がサンドイッチに手を出してつまむ。

4.5 えび責め

第4章 第2回月例会
04 /30 2017


 サンドイッチと紅茶での軽い昼食が終り、時刻は12時20分になる。
『遅くなるといけないから、さっそく午後のプレイを始めたいと思うんだけど』と祥子が言う。
『まだ12時半前なのに、何をそんなに急ぐんだい』
『ええ、ちょっと理由があってね』
 祥子はそう言って笑い、孝夫に言う。
『あのね、孝夫。 今度のプレイには廊下の反対側のお座敷を使わせて貰いたいんだけど』
『ええ、いいですよ』
『じゃ、さっそく行きましょう』
 皆はバッグ類を持って廊下に出て、反対側の部屋に行く。
 この部屋は床の間付きの8畳の日本間である。 孝夫が行って南側の障子を開ける。 その先に3尺の縁廊下をへだてて、ガラス戸ごしにテラスと芝生の庭が見える。
『いい所だね。 ちょっと見せて貰うよ』
 私は縁廊下に出て庭を眺める。 ほかの3人も縁廊下に出てくる。 屋根のないコンクリートのテラスは夏の日を一杯に受けて白くかがやき、熱い照り返しがガラス戸ごしに顔に当る。 テラスの先の芝生も暑さでうだっているようである。 芝生の向うには潅木の繁みがあり、高木も何本かあって、さらにその先に高さ2メートルばかりのコンクリートの塀が見える。 あの塀の先は高い崖になって落ちこんでいる筈である。
『外は暑そうだね』と隣りに立っている祥子に声を掛ける。
『ほんとにいい日ね』と少しとんちんかんな返事が戻ってくる。
 座敷に戻る。
『そうね』と祥子がきれいな畳を見ながら言う。 『お座敷を汚すといけないから、何かちょっと敷物を敷いて下さらない?』
『はい。 どんなものがいいですか』と孝夫。
『そうね。 汗もかくから水を通さないものがいいわね』
『はい』
 孝夫が中廊下に出て奥に入っていき、何か敷物を巻いた大きな筒を抱え、右手に厚手のビニールを折り畳んだものをつかんで持ってくる。 そしてまず、筒を座敷の真ん中に広げる。 それはベージュ色の薄いカーペットで、広さは3畳敷きほどもある。 私も手伝って位置を正し、その上に畳1枚余りの広さの厚手のビニール布を広げる。
『これでどうですか?』と孝夫。
『ええ、いいわ』と祥子は言う。
『でも』と美由紀が異議を唱える。 『このままじゃ、ビニールが肌にひんやりするし、汗をかけばべとついて、感じが悪くてお気の毒よ』
『そうですね。 じゃ、この上にもう1枚、タオルケットを敷きましょう』
 孝夫は気軽に出て行って淡い水色の模様のあるタオルケットを持って来て、その上に広げて敷く。
『これでどうですか?』と孝夫。
『ええ、いいわ』と美由紀もうなずく。
『孝夫君、色々と手間をかけるね』と声を掛ける。
『いや、これから厳しい責めを受ける祐治さんが、少しでも気持ちよく過ごして貰った方がいいですからね』
『うん、有難う』
 部屋の準備も終わって、皆がタオルケットの周りに集まる。 祥子が口を開き、『それでは、かねてからの予告通り、今から祐治さんをモデルとしたプレイを始めます』と宣言する。 皆がパチパチ手を叩く。 ぞくぞくっとする。
『それではまず、祐治さん、ヌードになって』と祥子がいう。 『うん』とうなずいて、私は部屋の隅で服をパンツも含めて全部脱ぎ、紺の水泳パンツ一枚になる。 脱いだ服は簡単にたたんで重ねておく。 皆の所に戻る。
『あら、祐治さんは、最初から水泳パンツをはいてたの?』と美由紀が言う。
『うん。 プレイには、この姿が一番便利だと思ったのでね』
『ずいぶん手回しがいいわね』と祥子が笑う。 そして、『じゃ、何をするにしても、まず手を縛っておくから、手首にこれを巻いて』と包帯を2つ手渡す。 両方の手首に10回づつほど巻いて、終りをセロテープで留める。
『じゃ』と祥子は自分のバッグから紐を取り出して私の後ろに回る。 私は両手を後ろに回す。 祥子はまず私の両手首を平行に重ねさせ、紐を掛けて縛り合せる。 両腕に力を入れて見る。 背中で手首の紐がぐっと締まるだけで、両手首は離れない。 さあこれから、いまだに何か判らない厳しい責めが始まる。 もう何をされても手でさえぎることも出来ない、とまたぞくぞくっとしたものが全身を走る。 祥子はそんなことにはお構いなく、私の裸の上半身をきっちりした高手小手に縛り上げる。 久しぶりのきっちりした紐の感触に心も体も引き締まる。
『じゃ、ついでに足も縛っておくから、此処でちょっとあぐらをかいてくれない?』と祥子がカーペットの中央を指差す。 心の中で『あれ?』と思う。 今日は珍しく、あぐらの形で縛られるらしい。 とにかく『うん』と応えて敷物の中央へ歩いて行き、庭の方に向いて腰を下ろして、足を組んであぐらの姿勢をとる。 そして、『こうかい?』と祥子の顔を見上げる。
 祥子は前に来て膝をつき、『ええ、そう。 だけど、もっと深く』と注文する。
『僕はあぐらが苦手で、余りかいたことがないんだ。 それに手も使えないから、これで精一杯だよ』
『それじゃ、手伝ってあげるわ』
 祥子は膝をくずして低く座り、手をのばして私の足を押したり引いたりしてさらに深く組ませようとする。 私は体のバランスを崩して後ろにひっくり返りそうになる。 美由紀が後ろから支えてくれる。
『そうね、腰の所に支えを入れないと無理かしら』と祥子が独り言のように言う。 そして孝夫に向かって、『ちょっと2つに折ってもいい座ぶとんをもってきてくれない?』と注文する。 『はい』と応えて、孝夫が部屋の押入れを開け、座ぶとんを3枚ばかり取り出してくる。
『これでどうですか?』
『ええ、いいわ。 有難う』
 祥子はその1枚を取って2つに折り、そばにあった湯上がりタオルを巻いて、後ろに回って私の腰の後ろにあてがう。 どうにか体が安定する。
 改めて『倒れないようにちょっと抑えてて』と美由紀と孝夫に私の体を支えさせ、祥子は再び前に来て腰を落とし、私の足を持ってぐっとひっぱって両足を深く組ませる。 そしてくるぶしの上側5センチほどの所で両足を重ねて縛り合せ、さらにその紐に十字に割り紐を掛けてぐっと引き絞って結ぶ。
『さあ、もう、手を放してもいいわよ』と祥子が声をかける。 2人が私からそっと手を放す。 私はまた後ろに倒れそうになるが、腰の後ろの座ぶとんに支えられて、どうにかバランスを保つ。
 祥子は腰を落したままの姿勢で、『どうお?、この縛り方は』と笑い顔できく。 脚や腰に力を入れて動いてみようとするが、その場所から全然動けない。
『なるほどね』と感心する。 『足首と太腿とを縛り合せても、まだかなり自由にいざることが出来るけど、この縛りだと本当に動けないんだね』
『ええ、そう。 それが狙い目なの』と祥子は笑う。 そしてまた訊く。 『その姿勢で苦しくはない?』
『うん、思ったより楽だね。 これなら当分は大丈夫そうだ』
『それはよかったわ』と祥子はさも安心したような顔をする。 そして、『せっかくのプレイが姿勢が苦しくて楽しめないのでは、祐治さんに悪いものね』と笑う。 私はまた分からなくなり、『いったい何をする気だろう』と思う。
 祥子が立ち上る。 そして美由紀の方に振り向いて、『それから、美由紀だけど』と言う。 美由紀が『え?』と言う顔をする。
『今日の祐治さんの責めは大分厳しいの。 だから、美由紀が我慢出来なくなって手を出したりするといけないから、ずっと前のタバコ責めの時と同じように、ちょっと縛っておいて上げましょうか?』
『そうね』
 美由紀はまんざらではない顔をする。
『じゃ、手を後ろに回しなさい』
『はい』
 祥子は後ろに回って、美由紀のまだ包帯を巻いたままの両手首を手早く後ろ手に縛り合せる。 膝をついて美由紀の両足首も縛り合せる。 美由紀はうっとりした顔をして、おとなしく紐を受けている。 祥子はさらに『これもね』と赤い革のマスクを見せて美由紀に口を開けさせ、小布れを押し込んでマスクで抑え、縦横の革紐についている尾錠で留める。 今や美由紀は両手を後ろに回し両足を揃え、顔の下半分を革のマスクで覆われて、目を輝かせて立っている。



 美由紀の身なりを整え終って、祥子が再びこちらを向く。 そして、いとも簡単に、『それじゃ、祐治さんはせっかくこの格好になって貰ったんだから、本番に移る前の小手調べにえび責めをやってみるわね』と言う。
『えっ』と祥子の顔を見上げる。
 えび責めというのは拷問のうちでも最も厳しいものの一つだと聞いている。 今までは自分とは縁遠いものだと思っていたのに、急にそれをやられるとは。 それに、そのえび責めがちょっとした小手調べだと言う。 それでは本番には一体、何をする積りなんだろうか。
『祥子はえび責めってどうやるのか、知ってるのかい?』
『絵で見たりしただけで、よくは知らないわ。 でもこれで、首と足とがくっつくように体を強く曲げさせて縛り合せればいいんでしょう?』
 祥子はすました顔でそう言って、にやりと笑う。
『ちょっと心細いな。 とにかく、お手柔らかに頼むよ』
『ええ、引き受けたわ。 十分に楽しませて上げるわね』
 私は観念する。 もう、今の私の格好では拒否のしようがない。 それに私自身もえび責めに興味がない訳でもない。
『そうそう』と祥子が思いだしたように言う。 『我慢ができなくなって弱音を吐くのは祐治さんの本意ではないでしょうから、口も蓋しといてあげるわね』
『それは御親切さま』
 私は皮肉たっぷりの積りで言ったのだが、祥子はいさい構わず、また膝をついて私の口にも小布れを詰め込み、黒い革のマスクを掛け、尾錠できっちり留める。
『さあ、これでいいわ』
 祥子は立って自分の作品を鑑賞するかのように私を一回り見回す。 私はいざることすら出来ない姿に縛り上げられ、口も塞がれた感触を全身でじっくり味わいながら、これから受けるえび責めに思いを馳せる。 祥子の後ろには後ろ手・猿ぐつわ姿の美由紀が立っていて、心配そうな顔で見つめている。
『いいわね。 じゃ、始めるわよ』
 そう言って祥子はまず、高手小手の背中の結び目に別の紐を結び付け、2本の紐を首の左右から前に垂らし、それぞれの先を左右の足の下をくぐらせ、足を1巻きする。 そして孝夫に、『首が足に付くように、祐治さんの背中をぐうっと押してみて』と指示する。 『はい』と応えて、孝夫が背中をぐうっと押す。 私も協力して腰を一杯に曲げる。 顔が足のすぐ傍にまで近づく。 思わず、『むっ』と鼻から声を出す。 祥子が『もう一押し』と言う。 孝夫がさらに力を入れる。 顔がさらに縛り合された足に近づく。 また『むっ』と鼻から声が出る。
『じゃ、ちょっとの間、そのままで動かさないで』と祥子は言って、右足を1巻きしている紐の先を取って、右肩に掛けて、力一杯引き絞る。 足がさらに肩に近づく。 祥子はそのまま、紐の先を右肩から背中に戻し、引き絞って留める。 左足を巻いている紐も同じように引き絞って、左肩から背中に回して留める。 さらに祥子は左右の腕の肩への付け根に紐を掛け、それぞれ左右の膝にぐっと一杯にひっぱって結び付ける。
『さあ、これでいいわ』と祥子は手を止め、腰を伸ばして立ち上がる。 孝夫も手を離して立ち上がる。 私の腰も幾らか伸びる。 しかし、苦しさが減るほどではない。
 祥子が上から私を見下ろして、『さて、これで何分間、辛抱できるかしら』と笑い掛けながら、ストップ・ウオッチのボタンを押す。 私は『もうこうなったら、意地にでも音をあげてやらないぞ』と心を決める。
 私は腰を一杯に曲げ、胸を強く押され、息苦しくなって鼻で荒い呼吸をつづける。 身体中がびくとも動かないように締めつけられ、全身の血行も妨げられて皮膚が異様な感じになり、痛くなってくる。 全身から汗が出てぬるぬるしてくる。 目をつぶり、小布れをくいしばる。 思わず、『むーん』とうめき声が出る。
『すごいですね。 祐治さんはもう、身体が至る所赤くなって、汗でびっしょりになってますよ。 紐も肌にあんなにくい込んでいるし』
『そうね。 こういうの、初めて見るけど、見事なものだわね』
 2人ののんきな会話が耳に入って、私も一瞬、今の自分の姿を見てみたいような気がする。 しかし、すぐにまた、苦しさに耐える方に意識が集中する。
『この、えび責めというのは、本来は拷問の一つなんでしょう?』
『ええ、そうよ』
『拷問というのは何か白状させたい事柄があって、それを無理に言わせるために掛けるものですよね』
『まあ、そうね』
『それを、猿ぐつわを掛けるのは、ちょっと変則じゃないですか?』
『そう言えばそうかしら』
『それに、今の祐治さんは何を白状すれば許して貰えるんです?』
『そうね。 そう言われると何もないわね』
『というと、祐治さんの方には苦しさから逃れる手段はない訳ですね』
『まあ、そういうことになるわね』
『きびしいですね』
 孝夫が改めて感心したような声を出す。 祥子のやつ、のんきなことを言っている、と思う。
『ところで』と孝夫が話題を変えて心配そうに言う。 『大分あちこちでうっ血しているようですけど、大丈夫でしょうかね』
『ええ、汗の出るうちは大丈夫よ』と祥子の冷たい声が聞こえる。 そう言えば、あごや肘から汗がしたたり落ちているのを感じる。
『それじゃ、孝夫、ちょっと記録写真を撮っておいて』
『はい』
 孝夫が何枚か写真を撮っている気配を感じる。 しかし、それはそれだけのことで、それについて何かを考える気力もなくなっている。
 しばらく時間が経つ。 もう何十分も過ぎたような気がする。 祥子と孝夫も今は黙って私を見詰めている様子。 その後ろからの美由紀の視線も感じる。 息はますます荒く苦しくなる。 もう皮膚も麻痺して、締めつけられた痛さも次第に薄らいでくる。 少し意識が遠くなる。
『大分顔色が青くなってきたわね。 そろそろ限界かもね』との祥子の声が聞こえる。 つづいて、『じゃ、あと30秒で6分だから、それで終りにするわ』と言っている祥子の声を夢うつつに聞いて、『ああ、あと30秒か』とぼんやり考える。
 それからまた、物すごく長い時間が経つ。 眼の前が少し暗くなってくる。 『もうすぐ、気を失うのかな』と、他人事のようにぼんやり考える。
『さあ、6分経ったから終りにするわよ』との祥子の声が遠くの方で聞こえる。 もう皮膚はすっかり麻痺してしまったらしく、痛さはほとんど感じない。 ただ、胸がすごく苦しく、鼻だけの呼吸で精一杯あえいでいる。
 肩と膝とを結び付けている紐が解かれる。 背中がいくぶん伸びて楽になる。 一方で腕にまた血が巡り出し、痛さが戻ってくる。 『むーん』とうめき声を上げる。
 ついで背中で紐を解く気配があって、足と肩とを引き付けていた紐がはずされる。 腰が伸びる。 じーんとした感じが腰から背中へと走る。 後ろへ倒れそうになり、ふらっとする。 『あぶないっ』との孝夫の声がして、肩を支えられる。 そして、腰の2つ折りの座ぶとんが当て直され、どうにか体が立つ。 いくらか呼吸も楽になり、意識もはっきりしてくる。
 眼を開ける。 祥子と孝夫の顔が見える。 後ろに、猿ぐつわをはめた美由紀の心配そうな顔も見える。
『あ、まだ、意識を失ってはいなかったようね』と祥子の声がする。 鼻をすうすう言わせてあえぎながら、『むん』とうなずく。 祥子が私の顔からマスクをはずす。 口の詰め物を吐き出す。
『で、どうだった?』と祥子がきく。 まだ物を言う気にならず、また、軽く『うん』とうなずく。
『でも、大分参ってるわね。 やはり、えび責めってきついのね』と祥子の声。
『まだ、あんなのんきなことを言ってる』とぼんやり考える。
『あまり、物も言いたくなさそうだから、また猿ぐつわをしておいてあげるわね』と祥子は、また私の口に新しい小布れを詰めて、革のマスクを掛け直す。 私は逆らう気力もなく、祥子のなすがままに任せる。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。