2ntブログ

4.1 朝

第4章 第4日
05 /01 2017


 昨日のプレイがさすがにきつかったのか、昨夜はぐっすり寝て、朝、眼がさめて腕時計を見たら、もう9時に近い時刻である。 隣のふとんに孝夫の姿が見えない。 起き上がってみる。 多少は後に疲れが残るのではないかと心配していたが、起きた時の感じではもうすっかりいいようである。
 パジャマを普段の服に着替えて食堂へ出ていく。 みんなが集まっている。 食卓にはお皿や紅茶々碗も並べてある。
 皆と『お早う』との挨拶を交わす。
『みんな、朝飯を待っててくれたのかい?』と訊く。
『ええ』と孝夫。 『祐治さんがとてもよく寝ておられたので、まあ9時までは起こさないで待っててみましょう、ということで』
『それにしてもよく寝てたようね』と祥子が言う。
『うん、ぐっすり寝てて、孝夫君が起きたのもちっとも知らなかった』
『そうね。 無理もないわね』
 祥子はうなずく。 そして続ける。
『それでどお?。身体の調子の方は』
『うん、もうすっかりいいようだ。 いつもと変らないよ』
『じゃ、今日もたっぷりプレイが出来るわね?』
『まあね。 でもお手柔らかに頼むよ』
 横で孝夫が『タフですね』とまた感心したような顔をする。
『ちょっと口だけすすいでくる』
 そう断って私は洗面所に行き、歯をざっと磨き、水で顔を洗う。 そしてまた食堂に戻る。 その間に食卓上にはハムエッグとサラダの皿と紅茶が並べられ、パンが中央の竹の篭に盛られていて、私が戻ってきた時には丁度祥子が美由紀の後ろに回って両手首を縛り合せている。
『いつもながら勤勉だね』
『ええ、ほんとにこの子は手がかかってしょうがないの』
 笑いながらの私と祥子の応酬に、美由紀も孝夫も笑っている。
 ついで、祥子がポットのお湯を使って紅茶を入れ、孝夫が配る。 美由紀は後ろ手で所在なさそうに見ている。
 皆が席に着き、『それでは頂きましょう』との祥子の声を合図に朝食が始まる。 祥子はまず美由紀にお給仕してから、自分の紅茶に手を出す。 いつものことながら面倒見がよい。 しかし、見方を変えれば、これはまさに美由紀女王様に召使祥子がかいがいしくお給仕している図でもある。
 皆が一通り手をだした頃、孝夫が
『それにしても昨日のプレイはすごかったですね』
と言い出す。 すぐに祥子が応じる。
『そうね。 厳しさから言っても時間から言っても、あれだけの本格的なプレイはそうやたらには出来ないわね』
 私も昨日の色々な場面を思い起こす。
 孝夫が続けて訊く。
『今度の合宿では、まだまだあんな厳しいプレイが続くんですか?』
『そうね』。 祥子は首をかしげる。 『あたし、まだ幾つかプレイを考えているけど、あんな本格的なのは他にはないわ』
 私が口をはさむ。
『差し当って、今日はどうなってる?』
『今の所、少なくとも本格的なプレイは考えてないけど』
『ふーん。 そうすると、今日は無事に遊ばせて貰えるのかい?』
『まあね』
 祥子は笑う。
『そうですね。 祐治さんだって、時にはプレイの休養日も作っておかないと、身体がもちませんよね』と孝夫が言う。
『うん』
 私はうなずきながらも、少し物足りないような気がする。 すると、それを見透かすように祥子が言う。
『でも、昨日のプレイだって、おとといになって急に思い付いたプレイだったわよね。 だから今日だって、すぐに面白いプレイが考え付くわよ』
 私はうなずく。
『乞う、ご期待か』
『まあね』
 顔を見合せて笑い、そのまま食事が進む。



 朝食をすんで、美由紀の手首の紐を解き、簡単に後片付けをしてから、皆が水着に着替える。 そしてまた、ビーチ・パラソル、スコップ、バケツ、敷物、タオル、目覚し時計などを持って、10時頃にみんな一緒に浜に行く。 祥子は相変らず例の赤いバッグを提げてくる。 私がバッグを指差して、『真面目だね』と笑う。 祥子も『そうね』と自分でもおかしそうに笑う。
 浜に出る。 海ははるか下の方に退いている。
『昨日、祐治さんを埋めたのはどこだったかしら』と美由紀が言い出す。
『そうだね』
 砂浜を見渡す。 夜の間にもう1回満潮があったので、砂を掘った跡もすっかり波でならされてしまっていて、ちょっと判らない。 孝夫が言う。
『穴は判らなくても、美由紀さんをくくりつけた杭は残ってる筈ですね。 昨日はつい抜くのを忘れてしまったので』
『そうね。 でも』。 祥子は首をかしげる。 『砂に隠れるくらいに打ち込んだのだから、うまく見付かるかしら』
 私が言う。
『そうだな。 でも、杭は残しておくと危ないから、探して抜いておこう』
『そうですね』
 皆が同意して、こことおぼしきあたりを探す。
『あ、あった。 これじゃないかしら』
 祥子が声をあげ、指で砂の面を指さす。 見ると、いつも祥子が使っているのと同じ紐の先が砂の中から少し顔を出している。
『ああ、これらしいですね』
 孝夫が砂を手で掘ってみる。 杭の頭とそれにはめ込んである丸い環が出てくる。
『ああ、これなの』
 美由紀が感慨深そうに杭の頭を見詰める。
 孝夫が右手の3本の指を環に差し込み、にぎってぐっとひっぱる。 しかし、杭は簡単には抜けそうもない。
『ちょっと掘るか、道具でも使うかしないと無理みたいだね』
『そうですね。 じゃ、ちょっと道具を取ってきましょう』
 孝夫は別荘へ行く。
『ここが美由紀の杭の位置だとすると』
 私は杭から4メートルばかり上へ歩いて行く。 祥子と美由紀もそばにやって来る。
 足元を指差す。
『僕が埋められてたのはこの辺かな』
『そうね』と祥子。 そしてその右の1メートル半ほどの場所を指差す。
『そうすると、朝、美由紀を埋めたのはこの辺ね』
『そうだな』
『あの時、ああやって祐治さんと美由紀とが並んでる光景って、とてもよかったわよ』
『あら、いやだ』
 美由紀はまたいつものせりふを言って赤くなって下を向く。
 私は自分の埋められていたとおぼしき場所に腰を下ろして、あたりを見回す。 眼の高さがまるで違うので昨日の眺めとは印象が大分異なるが、それでも昨日の感じが色々とよみがえってくる。 祥子と美由紀も立ったまま、周りを見回している。
 ふと、昨日、自分が頭まで埋め込まれたプレイでの感触を思い出す。
『それで、荒船さんが来た時には、この辺に大きな砂山があったんだね』
『ええ、そう。 それで、その前にお花やお線香が上がってたりしたんで、荒船さんが妙な顔をして』
 祥子がおかしそうに笑う。
『ふーん。 その顔、僕も見たかったな』
『ええ、でも、それはちょっと無理ね。 孝夫もそこまでは写真に撮ってはなかったようだし』
『うん』
 私は改めて、その時の荒船さんの顔を想像してみる。 しかし、どうもうまくまとまらない。 その顔を見損なったのがほんとに惜しいような気がしてくる。 無理なことと解ってはいるが。
『それで、あの時、祥子が、「ある人の菩提をとむらうため」、だとか何だとか、ずいぶん際どいことを言ってたね。 僕は聞いてて、ひやひやしてたよ』
『そうね、大分スリルがあったわね』。 祥子は笑う。 『ほんとはあんな目立つ砂山なんかを造らずに済ませられれば、もっといいんでしょうけど』
 そう言った後、祥子は急に『あ、そうだ』というようなことを口の中で小さく言い、こっくりうなずく。
『何かあったのかい?』
『ええ、いいことを思いついたの』
 祥子はにこっと笑う。 また何か、プレイのアイデアでも浮かんだんだろう。
 孝夫が帰ってくる。 手には、昨日、祥子が手にしていた杭と同じもう1本の棒と、スコップとを持っている。
『まず、これでやってみましょう』
 孝夫は少し砂をかい出して、杭の環に棒を通す。 そして棒の頭をぐっと持ち上げる。 しかし、棒の先が砂にもぐってしまって、杭は上がらない。 私は思い付いて、少し上から、昨日、小テーブルの足の下に敷いた板を持ってくる。
『これを敷くといいんじゃないかい?』
『そうですね』
 孝夫はそれを受け取って、棒の先の下に敷く。 そしてぐうっと棒の頭を引き上げる。 てこの原理で杭が少し上がる。 『うまい、うまい』と皆が手をたたく。
 孝夫が棒の位置を少し直して、もう一度ぐうっと力を入れる。 杭が10センチ余り頭を出す。 もう一度、棒の位置を直してぐうっと引き上げ、杭が30センチほど抜けた所で両手でぐっと引き抜く。
 杭が抜ける。 孝夫が息をはあはあさせる。
『ずいぶん、しっかりしてるんだね』
『そうね。 これならどんなプレイに使っても、抜ける心配はないわね』
 祥子も満足そうにそう言って、うなずく。
『じゃ、また、「ラウンジかもめ」を設営しましょう』
 孝夫がスコップで穴を掘り、ビーチ・パラソルを立てる。 そしてその横に敷物を敷き、祥子のバッグを載せ、タオルや目覚し時計をその横に置く。 祥子が敷物を見て、また一つうなずく。

4.2 敷物の下

第4章 第4日
05 /01 2017


 ひと泳ぎして浜に上がり、皆が思い思いに砂浜に横になってこうら干しをする。
 少しして、すぐ隣で横になっていた祥子がふと上半身を起こして、『祐治さん』と呼びかけてくる。 横になったままで、『うん?』と祥子の顔を見る。
『昨日の生き埋めプレイでは祐治さんの頭を上に砂山を作って隠したけど、あとに大きな砂山が残って、荒船さんに一体何の積りですかって訊かれて返事に困ったわよね』
『うん、そうらしいな』
『だから一度、外に何も痕跡を残さずに埋め込む、ほんとの「神隠し」プレイをしてみたいんだけど』
『ふーん』
 私は生返事をする。 しかし、ちょっと興味が涌いたので、上半身を起こして、『と言うと?』と先をうながす。 美由紀と孝夫も起き上がって、2人の会話に耳を傾ける。
『つまり、頭まですっかり砂浜の下に埋め込んで平らにならして、後には目につくものが残らないようにするのよ』
『うん、なるほど』
『そうしてその上に「ラウンジかもめ」の敷物を敷いて荷物を載せれば、もう普段とまったく変わらず、しかもその上に人が乗ったりすることもなくて安全でしょう?。 それに、荒船さんがやってきて、すぐ横の荷物の置いてある敷物の下に人が埋まっているのに、何も気がつかないのって、面白いんじゃない?』
『うん、そうだね』
 祥子のイメージが大分判ってくる。 なるほどそれは祥子の好みによく合ったプレイで、しかもよく考えてある。 その説明を聞いて、私もそんな気がしてくる。 孝夫が横で、『好きですね』といった顔をしている。
『それで、それを実行するとなると、埋められるのはやっぱり僕かい?』
『ええ、もちろんよ』
 祥子はすまして答える。 そして、『ねえ、やりましょうよ』と押してくる。
『でも』と孝夫が横から口をはさむ。 『座ったままで頭まで埋め込むには穴をすごく深く掘らなければなりませんし、後で祐治さんを掘り出すときも大変ですよ』
 確かに孝夫は作業の中心となって動かねばならないのだから、それだけ大変な作業ともなれば尻込みするのも無理はない。 しかし、祥子もさるもの、ちゃんと対策を用意してある。
『だから、座ったままではなくて、横になってもらえばいいでしょう?』
『え?』
『つまり、穴の底に水平に寝て貰って埋めるのよ。 水平埋めよ』
『なるほど、「水平埋め」ですか。 それならば穴はそれほど深くなくていいですね』
 孝夫は安心した顔をする。
『でも』と今度は美由紀が言う。 『横にして深く埋めたら、砂の重みで息が出来なくなるわよ。 昨日、あたしが埋められた時には正座の姿勢だから体はまっすぐ立ってたけど、それでも砂で胸やおなかが押されて息がしにくかったのよ』
『うん、そうだね』と私も後押しする。
『そうね』と祥子もうなずく。 『あまり深く埋めると危ないわね』
『それに、そんな大きな穴を深く掘るのは大変ですし』と孝夫も言う。
『そうね。 じゃ、なるべく浅く埋めることにしましょう』
 そして祥子は私の顔を見て、にやっと笑って言う。
『でも、そうとすると、うっかり動いて手や足が出たりするといけないから、手足はきっちり留めておかないといけないわね』
『そうかな?』
 私は首をかしげて見せる。
『そうよ』
 祥子は断固として言う。 そしてもう一度押してくる。
『ね?、それはそうとして、とにかくこの「水平埋め」をやりましょうよ』
 祥子の積極的な誘いに乗って、私もやっとその気になる。 それに好奇心も湧いてくる。 たしかに自分が皆の足元の敷物の下に埋め込まれて、身動きひとつ出来ずに砂の重みをじっと耐えているのに、傍らに立っている第三者にその存在さえ気付いて貰えないというのは、何とも言いようのないナルシシズムを感じさせる。 つい、『うん』と返事をしてうなずく。
『まあ、うれしい』と祥子がいつもの歓声をあげる。 そして、『じゃ、善は急げで早速はじめましょう。 今日は荒船さんに何も気づかれないように、うまく埋めてあげるわよ』と張り切る。
 横の敷物の上の時計を見るとまだ11時より少し前である。
『ふーん、今すぐにかい?』と祥子の顔を見る。 『荒船さんの来るのは何時も1時過ぎだろう?。 まだ大分、間があるね』
 しかし、祥子はすまして言う。
『ええ、そうかも』
 そして続ける。
『でも、荒船さんが早く来るかもしれないし、それにそうと決まったら早くやってみたいの』
『でも、もうすぐお昼よ』と美由紀が口を挟む。
『いいの。 今朝のお食事が遅かったから、お昼は荒船さんがお帰りになるまでお預け』
『まあ』
 美由紀が呆れた顔をする。
 私も観念する。
『そうだね。 まあ、祥子がそうまで言うんじゃ仕方がないかな』
『じゃ、いいわね』
 祥子は念を押して早速立ち上がる。 そして『孝夫、またお願いね』とうながす。 孝夫もつられて『はい』と返事して立ち上がる。
 祥子はさらに、『じゃあまず、祐治さんの手足を留めるのに、おとといの夜にお風呂場で使った例のはしごを用意して』と指示する。 孝夫がまた『はい』と返事する。 またぞくぞくっとする。 美由紀が横で、しかたないわ、と言うような顔をする。



 孝夫は別荘に行き、例の金属製のはしごを抱えて来て横に置く。 そして早速スコップを手にとって、『場所はどこにします?』ときく。
『そうね。 その辺でいいわ』と祥子が2メートルほど横を指差す。 そして言う。
『そして後でその上に敷物を敷いて、ビーチ・パラソルもその横に移すことにするわ。 そうすれば、何時もの通りのラウンジがあることになるし、パイプの先を安全に隠すのも容易だし、砂を掘り返した跡も隠れて、一石三鳥でしょう?』
『そうですね。 それで、深さは?』
『そうね。 身体の上の砂の厚さを20センチぐらいにしたいから、その積りで深さは40センチぐらいにして貰おうかしら』
『はい』
 孝夫がスコップで穴掘りを始める。
『じゃ、祐治さんも支度をお願い』と言って、祥子が幅の広い包帯2巻と昨日も使った白地にピンクの花模様のある水泳帽を差し出す。 『うん』とうなずいて、それらを受け取り、私も両方の手首に10回づつ包帯を巻き付けて端をセロテープで留め、水泳帽をかぶって身支度をする。
 ついで祥子がもう1巻の幅の広い包帯を差し出して、『首に紐の痕がつくといけないから、これを巻いといて』と言う。
『え?、首も縛り付けるのかい?』
『ええ、そうよ。 頭が動いて砂から出てもいけないし、それにそうしないとプレイの気分が出ないでしょう?』
『はい、はい』
 私はおどけた調子で返事をして、その包帯を受け取り、10回余り首に巻きつけて端を留める。 そして最後にまた祥子の差し出す例の潜水マスクを顔に装着して、準備を完了する。
 やがて穴が掘り上がる。 長さ2メートルあまリ、幅50センチ、深さも40センチを越える堂々たる穴である。 この底にまた埋め込まれて、しばし、真っ暗な中でじっと砂の重みに耐えて過ごすのだと思うと、思わずぞくぞくっとする。
 孝夫が穴の底にはしごを水平に置いて外に出る。 代りに私が穴に下りる。 少し離れた敷物の上の時計を見る。 11時10分を少し過ぎたところである。 これで荒船さんが来て用を済ませて帰るまでは掘り出してもらえないとすると、また2時間余りを砂の底で過ごすことになる。
 覚悟を決め、『じゃあね』の積りで祥子にちょっとうなずいてみせてから、はしごの上にあおむけに横になって手足を伸ばす。 祥子が穴に入って来る。 今日は後で砂に埋め込むので、一昨日とは違って錠は使いにくい。 そこで祥子はまず、私の右手首を腰の右脇ではしごの段の一つにきっちり縛りつける。 ついで左手首も左脇で同じ段にきっちり縛りつけ、私の顔を見てにやっと笑う。 確かにこれで私はもう逃れられなくなった、と観念する。 祥子はさらに私の首に紐を巻き、はしごの一端を孝夫に少しもち上げさせて、はしごの一つの段にしっかりと縛りつける。 被縛感が高まる。 はしごを元のように下ろし、枕代りに頭の下に少し砂を入れてくれる。 首が大分楽になる。 美由紀は相変らず手を出さずに、穴の縁に立って作業を見ている。
 最後に私の両足首を揃えて縛り合せ、やはり段の一つに固定する。 右の耳に補聴器のイヤホーンを差し込む。 横から砂が入らないようにと水泳帽のふちを粘着テープで抑えて留める。 こういう所は祥子はすごくいき届いている。
『さあ、終った』と祥子が立ち上がる。 そして、私の全身を一通り眺めてから、腰をかがめ、顔を近付けて、『これでどうお?』と笑い掛けてくる。 首や手足に力を入れてみる。 ほとんど動かない。 『いいよ』と答える。 声がマスクにこもる。 『大丈夫そうね』と祥子がうなずく。 そして『でも、念のため』とパイプの一つを手に取り、キャップを外して口を指でふさぎ、私の顔を見る。 すぐに息が詰まってくる。 手足に力を込め、首を振る。 祥子は指を外し、『大丈夫、漏れはないようね』と笑う。 大きく息をして、『うん』とうなずく。 首が紐に引っ張られる。
 祥子はパイプのキャップを元に戻し、『まず、足の方から順に埋めていきますからね』と言う。 また、『うん』とうなずく。
 孝夫がスコップで足の方に砂を入れ始める。 祥子が足の位置を変えながら、手を伸ばして砂を万遍なく隙間に押し込んでいく。 私も背中を浮かせたりして協力する。 身体の下にも砂が入り、背中の段への当たりが和らぐ。 美由紀は相変らず穴の縁に立って、手を出さずに見ている。
 しだいに脚、腹、胸と埋まっていく。 祥子が穴から出る。 そして、時々水をかけて砂を固めながら均して行く。 この頃になると美由紀もかがんで、砂をならすのを手伝い始める。 股などにずっしりした砂の重みを感じる。
 砂がだんだんと身体の上の方まで埋めて来て、口から鼻のあたりまで隠れる。 顔の面は砂浜の表面より20センチほど下にある。 砂は鼻から胸へと斜面をつくり、祥子が手の平でとんとんと固める。 胸が押されて、息が少ししにくい感じがする。
 祥子が手を止める。
『ちょっと一休みして様子を見るわね』
 3人が穴の縁から顔を出して、『どうお?』といった風に私の顔をのぞき込む。 O.K.のしるしに眼を2回パチパチしてみせる。 祥子がまた呼気の方のパイプの先に紙片をつけ、周期的にゆれるのをみつめている。 眼をつぶる。
 少しして祥子が『大丈夫そうね』と独り言のように言う。 そして、『それじゃ最後の仕上げをするわよ』と声をかけてくる。 眼をあけ、祥子の顔を見て、O.K.の積りで眼をぱちぱちさせる。 『じゃ、いいわね』と念を押して、『美由紀、その2本のパイプを斜めに立てて手でおさえてて』と指示する。 美由紀が『はい』と応える。 私は観念して眼をつぶる。
 眼の上にそっと砂が載せられる。 まぶたを通して感じていた明るさがなくなり、真っ暗になる。 さらに砂が加わり、顔にずっしりした砂の重みがかかってくる。 この重みでマスクがつぶれたりしないかと、一瞬、不安が頭をよぎる。 しかし、今さらどうしようもないし、つぶれることはなかろう、と無理に自分に納得させて心を静める。
 やがて砂を加えている気配が止む。 一応、埋め終ったらしい。 ついで、『そう、パイプはもう少し倒して、先だけ5センチぐらい砂の外に出るようにして。 それから余った砂は海に捨ててきてちょうだい』と祥子の声がイヤホーンから流れてくる。 孝夫が『はい』と返事をしている。 さらに、『その埋めた上に敷物をしいて。 バッグとタオルをパイプの口を隠すように置いて。 ビーチ・パラソルもこっちへもって来て』と、祥子がてきぱき指示している。 しばらく、作業をしている気配がつづき、砂を通してさまざまな重みが身体のあちこちにかかる。
 やがて、その動きも止まる。
『さあ、終った。 そら、これでもう全然わからないでしょう?』との祥子の声
『そうですね。 うまく出来ましたね。 確かにこれで、祐治さんが残した地上の痕跡は、この短いパイプの先だけで、それもバッグとタオルの蔭でちょっと判らないようになっているし』
『そうね。 ほぼ完全な神隠しって訳ね』
 祥子と孝夫は満足そうに感想を述べあっている。 それにしても美由紀の声が何故か聞こえない。 また心配そうに私の埋まっている辺りでも見ているのかしら。
 さらに少しして、『それで、呼吸は正常のようね』と祥子の声。 また、パイプの先の紙切れでも見ているのであろう。 改めて祥子の慎重さを有難く思う。
 と、誰かが敷物の上に乗ったらしく、胸に重みが加わる。 また呼吸がしにくくなる。 少しは埋められている身のことも考えてくれればよいのに、と思う。 とするうちに、胸の上の重みが取れる。
 ついでイヤホーンを通して、『さあ、出来たわよ』と祥子が呼びかけてくる。 『今日は砂浜には何も変ったことはなく、いつもの通り、あたし達のビーチ・パラソルが立っていて、その横に敷物がしいてあって、バッグやタオルがおいてあるだけよ』
 私もその光景を頭に浮かべてみる。 言いようのない嬉しさがこみ上げてくる。
 祥子の声が続く。
『じゃ、荒船さんが来るまで、ひと泳ぎして来ますからね。 どうぞ、ごゆっくり』
 昨日以来のプレイで祥子達はすっかり慣れてしまって、私をすっぽり埋め込んだままで泳ぎに出ることを何とも思わなくなっているらしい。 ちょっと怖いな、と思う。
 イヤホーンを通しての皆の砂の上を歩く足音が遠ざかり、遂には水に入った模様で聞こえなくなる。 今はただ波が寄せては返す音だけが響いて来る。 そばに人の気配がなくなって、孤独感が身を包む。
 初めて経験する上向きの顔に載っている砂の重みも相当なものである。 また、背中や腕、太腿の裏、ふくらはぎにはしごの段を感じる。 手足に力を入れて見る。 手首や足首の紐が締まるだけで動かない。 さらにこのような埋め方だと、腹や胸への砂の圧力は相当なもので、呼吸もややしにくくなっている。 軽く口を開けて、静かに鼻で吸い、口で吐く呼吸をくりかえす。 本当に静かである。



 間もなく、また複数の足音が近づいて来る。 何となくほっとする。
 近くまで来て皆が立ち止まった気配があって、『本当にするんですか?』との孝夫の声がイヤホーンから入ってくる。 『あれ?』と思って聞き耳を立てる。
『ええ、やってちょうだい』と祥子の声。 『まだ12時前で荒船さんが来るにも間があるから、間を埋めるのに丁度いいんじゃない?』
『でも、僕はそういうことをするのって余り得意じゃないんですけどね。 美由紀さん、どうします?』
『そうね』と美由紀の声。 『せっかく祥子があんなに言うんだから、やって上げましょうか』
『そうですね。 じゃ、2人で何とかやってみましょう』
『ええ、お願い』
 何か相談がまとまって、何かを取り出している気配がある。 祥子が何かをされるらしい。 一体、何だろう、と興味が湧く。 しかし、これだけの情報では判断のしようがない。 3人の足音が海の方へ行く。
 耳を澄ます。 何かプレイの気配が聞こえるような気がするが、定かには判らない。 そのまま時間が経つ。 しばらくの間、何の気配もない。
 やがてまた、みんなが近くにやって来た気配があり、砂の上に紐のようなものがどさっと投げ出される。 ついで、皆が腰を下ろした気配があり、イヤホーンから3人の会話が流れて来る。
 まず、『どうでした?』と言う孝夫の声。 『ええ、悪くはなかったわ』と祥子の声。 しかし、その声は大分息を切らしている。 『荒船さんが来るまで、少し横になって休んだ方がいいわよ』と美由紀。 『そうですね。 まだ顔色もよくないし、そのままだと、荒船さんに変に思われますね』とまた孝夫。 『そうね。 じゃ、そうさせてもらうわ』とまた息を切らせた祥子の声。 大分きついプレイだったらしい。 また、何だろう、と考えるが判らない。
 また、しばらく時間が経つ。
『あ、荒船さんの船が見えたわよ』と言う美由紀の声がする。 さあ、と少し緊張する。
『あ、祥子さん。 もう、起きて大丈夫ですか?』と孝夫の声。
『ええ、有難う。 もういいみたい』と祥子の声。 その声にはもう息の切れもなく正常に近いように聞こえる。
『よかったですね。 荒船さんの来るまでに回復して』
『ええ、そうね』
 祥子も今は素直に応えている。
『それにしても、今日は荒船さんの来るのが何時もより大分早いですね』
『そういえばそうね。 今日はまだ12時半ね』
『とにかく、祥子さんのプレイも終わった後でよかった』
 確かに何かプレイをしている最中に来られたら、何とかごまかすにしてもちょっと慌てたことであろう。 3人が海の方へ行った気配がある。



 やがて船が着いたらしく、少しの間、荷物を下ろしているらしいざわめきがある。 そしてそれが一段落して、皆が私の埋まっているラウンジの近くに集まって腰を下ろした模様。 また祥子が私に会話を聞かせるために皆をいざなったらしい。
 まず、『今日もあの男の方がお見えになりませんね。 またお散歩ですか?』と荒船が訊いている声が入って来る。 そして、
『ええ。 あの人は泳ぐよりも歩く方が好きらしくて、すぐに出掛けちゃうんですの』と祥子のすました声。
『ほんとに、あの方は歩くのがお好きなようですね』
 誰かがくすくす笑っているのが聞こえる。 私も心の中でにやっとする。 すぐ足元の砂の中に私が横たわっているのに、荒船さんはこちらの思惑通りまったく気づかない、ということに大きな満足を感じる。
『せっかく海岸にいらっしゃったんだから、もっと海で遊んだ方がいいですよって、私が言っていたとお伝え下さい』
『ええ、伝えておきますわ』
 私は心の中で、『ご忠告、ちゃんとここで承っていますよ』と言って、また、にやっとする。 満足感が大きくなる。
 と、その時、『今日はお山がないの。 つまんないな』と男の子の声がして、急に腹をずしんと押される。 思わず、げっと言いそうになる。
『こら、ぼうず。 敷物の上にそんな砂だらけの足でのっちゃいかん』と荒船さんの慌てたような声。 ついで、『敷物はいいけど、その上の荷物はさわらないで』との孝夫さんの少々慌てた声がつづく。
『あ、そうだ。 荷物であるバッグの陰には、私の命の綱のパイプの先が頭を出している筈だ』と気がついて、私も少々心配になる。
『ぼうず、こっちへ来い』とまた、荒船さんの声がする。 そして、『いやーん』という子供の声もして、腹がまた2~3度押され、その度にげっと言いそうになるのを懸命にこらえる。 腹の上の重しがなくなる。 ほっとする。
『すみません。 敷物をすっかり砂だらけにしてしまって』と荒船さんの恐縮している声が聞こえてくる。
『いや、砂くらいはすぐ後で払っておきますから大丈夫です』と孝夫が言っている。
『でも、元気でいいですね』と祥子の声。
『ええ、元気なだけが取り柄ですが、何しろやんちゃなもんで目が離せません』
 荒船さんはこぼすように、自慢するようにそう言う。
『じゃ、今日はこれで帰ります。 明日また、今時分に来ます』
『ええ、お願いします』
 そして、『さあ、坊主、一緒に来い』との荒船さんの声があって、全員が揃ってその場を離れていく気配がある。 そして間もなくポンポンという音が聞こえはじめ、それが次第に遠のいていく。
 3人が戻って来た気配がある。
『さあ、これで今日も荒船さんに祐治さんのことを気づかれずにうまくいったわね』と祥子の声。
『ところで、その、祐治さんは大丈夫でしたかね』と孝夫が心配そうに言う。 『あの子が上に飛び乗ったりして』
『ええ、この紙切れで見る限りは呼吸は正常のようだけど』
 祥子達がパイプの先の紙切れを見詰めている様子が眼に浮かぶ。
『でも念のために、呼びかけてみましょうか』と祥子の声。 続いて、『祐治さん。 さっきは急に荒船さんとこの坊やが上に飛びのって暴れたりしたけど、大丈夫だった?』との声がイヤホーンからきこえてくる。
『うん、大丈夫』と言ってみる。
『意味は判らないけど、声を出して応えるようなら大丈夫ね』と祥子が安心したように言っている。
『でももう、祐治さんを出して上げない?。 荒船さんに何も気付かれないように埋める、というのもうまくいったんだし』
『ええ、そうね。 いつまで埋めたままでいてもきりがないから、荒船さんの船があの岬を回って見えなくなったら、掘り出すことにしましょう』
 この美由紀と祥子のやりとりを聞いて、私は、やれやれ、やっと解放して貰えるか、と思う。 ポンポンの音はもう全くきこえなくなる。

4.3 来訪者

第4章 第4日
05 /01 2017


 と、その時、『あれ、また人が来るわよ』との美由紀の声がする。 続いて、『あら、ほんと』と祥子の声。 一瞬、ぎくっとする。 でも考えてみれば、今日は見付かって恥ずかしい思いをする恐れはない。
『何だか、昨日、ここを通っていった2人のようですね』と孝夫の声。
『ええ、そうね。 あの2人が今日またここに来るようなことを言ってた、ってゆうべ祐治さんが話してたけど、ほんとに来たのね』と祥子。
 私は『あれあれ、丁度、埋め込まれてしまっている時に来るなんて』と思う。
 少し空白があって、砂を踏んで近付く足音が聞こえてくる。 足音が止まる。
『お早うございます』と男の声。 補聴器を通してだからはっきりとは分からないが、確かに昨日の男の声のようである。 こちらの3人も『お早うございます』と挨拶を返している。
 さっそくに祥子が訊く。
『あなた方は、昨日もここにお見えになった方達ですね?』
『ええ、そうです。 昨日は失礼しました』と男の声。
『いいえ、こちらこそ。 ほんとに妙なものをお見せして』
『とんでもない。 素敵でしたよ』
『まあ』という美由紀らしい声も聞こえる。
『あなたが、昨日の朝、ここで胸まで埋められていた女の方ですね?』とまた男の声。
『ええ』
 美由紀が消えいりそうに小さい声で応えている。
『あの時のあなたのお姿、とても佳かったですよ』
『ええ』
 また美由紀の消え入りそうな声。 真っ赤になって下を向いてもじもじしている美由紀の姿が目に浮かんで、にやっとする。
 また祥子が訊く。
『それで、今日はどちらへ?』
『実はその』
 男がちょっと口ごもる。 そして、一気に答える。
『その、今日は私達も同じようなプレイをさせて頂きたくて、突然ですがお伺いしたんですが』
 大分緊張しているようである。
『というと、この砂浜に生き埋めにするプレイをなさりたい、と言われるのですのね?』
『ええ、そうです』
『ええ、どうぞ。 歓迎しますわ』
『え、いいですか?。 有難うございます』
 男がいかにも嬉しそうな声を出す。 そして言い訳のように言う。
『実は、昨日ここに埋められていた男の方のお話で、多分させて頂けるだろうとは思っていましたが』
『でも、生き埋めプレイをなさるだけなら、お2人だけでも出来るんじゃありません?』
『ええ、でも、僕たちはスコップも持ってませんし、それに、皆さんとご一緒させて頂くのでなければ、やはり恥ずかしくて出来そうもありませんから』
『ええ、そうね。 そう言うことはあるかも知れませんわね』
 祥子も納得したようにそう言った後、内情を明かす。
『実はあたしたちも、昨夜、祐治さんから、お2人にそんな御意向がおありのようだと聞いて、半分期待してた所なんですの』
『ああ、そうですか』
 男が安心したようにそう言う。 そしてさらに訊く。
『それでその、ユージさんというと、昨日、朝から夕方暗くなるまでずうっとここに、首まで埋められておられた男の方ですか?』
『ええ、そうです』
『あれはすごいプレイですね。 あんなに深く埋められるだけでも大変なのに、朝から晩までそのまま過ごされて、しかも満潮の時には、あのままの姿でさんざん波をかぶられたんだそうですね』
『ええ』
『最初からその予定だったんですか?』
『ええ、適当に波をかぶるように、場所を決めて埋めたんです』
『ユージさんとやらも納得の上ですか?』
『ええ、もちろんですわ。 むしろ、半分は祐治さんご自身のご希望でしましたのよ』
『ふーん、すごいですね』
 男はさらに感心したように言う。 そして続けて訊く。
『ところで今日は、そのユージさんはどうなさいました?』
『ええ、ちょっと疲れたからって、別荘で休んでます』
 祥子の答えには全くよどみがない。 これでは、あの2人にも疑問のわく余地はないであろう。 思わず、心の中でにやっとする。
『それは残念ですね』と男がいかにも残念そうに言う。 『ここに来たらすぐにお会いできて、色々と体験談を伺えると期待してましたのに』
『ええ、でも、後できっと会っていただけると思いますわ』
『そうですね。 是非、お会いしたいですね』
 私も改めて2人の顔が見たくなる。



『それじゃ、お近付きの印に、改めて自己紹介をしましょうか』とまた男の声。
『ええ、そうですね。 名前くらいはお互いに知っておいた方が便利でしょうから、お願いします』と祥子が応える。
『僕、ババ、マサオと言います』とまず男の声。 そして、『今、大学2年で、大学は』と言いかけたのを祥子がさえぎる。
『ああ、そんなに詳しくなくて結構ですわ。 何なら姓名の姓も省略して、名前だけをどうぞ。 その方がこういうプレイの時はお互いにいいと思いますから』
『それもそうですね』と男も言う。 そして改めて、自己紹介する声が聞こえる。
『じゃ、名前だけを言います。 僕は今も言った通り、マサオです。 あの、タダシイという字にオトコを付けてマサオと読みます。 それから、これがチエコ、センのメグミのコと書きます。 僕のガール・フレンドです』
 私は『ああ、正男君と千恵子さんか』と思って、しっかり頭に刻み付ける。
 つづいて、『あらあら、ご丁寧に』と祥子のちょっと笑いを含んだ声が補聴器から入ってくる。 しかし、その後は祥子も真面目に紹介する。
『それじゃ、私たちも簡単に名前だけを紹介しますわ。 こちらはわたしが祥子で、こっちの昨日胸まで埋められてたのが美由紀です。 そして、これが孝夫で、ここには居ないけど、もう1人いる男の人が祐治です。 あたし達4人は、いわばプレイ仲間です』
 そして改めて、5人が『よろしく』と挨拶を交わしている。
『それから、名前は漢字を眼で見た方が印象がつよく、記憶によく残ると思いますから、お互いにちょっと書いてみましょうか』と祥子が言う。
『ええ、お願いします』と男の声。
『じゃ、孝夫。 何か書くものを出して』
『はい』
 孝夫が何かを出している気配があって、また、祥子の声が聞こえてくる。
『まず、わたしたちですけど、美由紀、孝夫、祥子、祐治はそれぞれこう書きます』
 どうやら、祥子が何かに4人の名前をすらすらと書いて示したもようである。
『ああ、皆さん、いいお名前ですね。 僕たちのはさっき言った通りで、こうです』
 そこでまた何か書いている気配があって、祥子が言う。
『ああ、正男さんと千恵子さんね。 よく分かったわ。 いいお名前ね』
 私も先ほど頭の中に刻んだ2人の名前をもう一度確認する。
 祥子が訊く。
『ところで、正男さんと千恵子さんはよくプレイをなさるのかしら?』
『ええ、時々してます』
『そして、正男さんがSで千恵子さんがMという訳?』
『ええ、大体そうなってます。 実は最初は僕だけが興味を持っていて、千恵子は僕が教育したみたいなものです。 でも、千恵子もこの頃ではすっかりMの味を覚えたようで、縛られたりするのを結構楽しんでいるようです。 今日も千恵子が、一度首まで埋められてみたい、と言うものですからお伺いした訳です』
 正男ももう緊張も取れた様子で、口が大分滑らかになっている。
『そんなことないわ。 正男さんが是非やりたいと言うから来たのよ』と千恵子らしい声がする。 いつもの祥子と美由紀のやり取りを思い出す。 千恵子という女の子って、美由紀に似ているな、と思う。
『まあ、両方ともほんとでしょうね』と祥子の笑う声が聞こえる。 先方の2人がもじもじしている様子が目に浮かぶ。
 また祥子が訊く。
『それで、生き埋めプレイの御経験は?』
『あの、まったくありません』
 正男はそう答え、つづけて一気に説明する。
『実をいうと一昨日までは、そんなプレイは頭に浮かびもしなかったんです。 でも昨日の朝、お2人の埋められてるのをみて、こんな素晴らしいプレイがあったのかと思って。 それで、ゆうべ、祐治さんとかに、今日もみなさん4人だけがこの浜にいらっしゃるとお聞きして、是非一度、やってみたくなってお伺いした訳です。 とにかく、普通の人が一杯居る砂浜でそういうプレイをする勇気はちょっとないものですので』
 大分、気分が高揚しているようでもある。
『それはお互いさまですわ。 あたし達だって、普通の人が沢山居る所でこのプレイをする勇気はありませんもの』
 祥子もそう応えた後、また訊く。
『それでプレイをなさるとして、今日の時間のご予定は?』
『ええ、僕達は、とにかく今日中に東京まで帰る予定です。 それで、バスと電車の時間の都合があるので4時頃までにはM町に戻りたいと思ってます』
『ああ、そう。 そうすると、3時頃、ここを出ることになるのかしら』
『ええ、そうですね。 町まではここからは、約1時間かかりますから』
『とすると、後、1時間半あまりね。 ちょっと忙しいわね』
『ええ、ですから、さっそく始めたいんですけど』
『ええ、結構ですわ。 まあ、相手がとにかく砂ですから、埋めるのも掘り出すのも、どちらも15分もあれば出来ますの。 ですから後は、どれだけ長く生き埋めを楽しむか、だけですわ』
『ああ、そうですか。 安心しました』
 男はいかにもほっとしたように言っている。
『ええ、でも、それにしても、おいでになるのが遅かったですわね』。 祥子の声に少し笑いが混じる。 『あたし、祐治さんから話を聞いて、午前中にはお見えになるのかと思ってましたけど』
『ええ、実は』と慌てたように正男が応える。 『いざとなって、千恵子の決心がなかなか付かなかったので』
『だって』と千恵子らしい声が続く。
『そりゃそうよ』と美由紀が言う。 
『ええ、無理もないわね』と祥子も言う。
『それを、お昼近くになって、こんなプレイが出来るチャンスって、これを逃したらもう無いかもしれないからって、急に矢も盾もたまらなくなって、急いでお昼をすませてお伺いしたんです』
『ええ、よく解るわ。 誰でもそういう時は、チャンスを逃したくなくて、少しは気の進まないこともしてしまいますわ』
 祥子の声は少し笑いを含んでいる。
『そ、そんなことは』とまた、正男の弁解するような声。
『ええ、お2人がほんとにプレイを望んでおられるのがよく解りました。 とにかく結構ですわ。 ご一緒しましょう』と祥子が適当に切り上げる。
『ええ、有難うございます』と正男のほっとしたような声がする。
 聞いていた私もほっとする。 しかし、それと共に、これはまた妙な方向に話が進んだな、と思う。 これでは当分は掘り出して貰えそうもない。



『それで、このプレイはやはり水着姿の方がいいけど、千恵子さん、お持ちかしら』と祥子が言う。
『ええ』と消えいりそうに小さい千恵子らしい声の返事がある。
『それでは、どこで着替えて頂こうかしら』
『あの』と正男の声。 『実は、僕たち、もう、下に着てるんです』
『というと、水着を?』
『ええ』
『まあ、それはご用意のおよろしいことで』。 祥子の声に笑いが混じる。 『それじゃ早速、始めることになさいます?』
『はい』
 話は順調に進展する。
『それじゃ、僕たち、上に着ているものをここで脱いでいいですか』
『ええ、結構よ。 荷物はどうぞ、そこの敷物の上にお置きになって』
『はい』
 ここで会話は、正男が『じゃ、始めよう』と千恵子をうながす声に変わる。
『ええ、でも、恥ずかしいわ』という千恵子の少し渋る声。
『今さらそんなことを言ったって』
『でも、1人で皆さんの眼の前で埋められるのって、急に恥ずかしくなって』
 まあ、無理もないな、と思う。
 すると、『1人がおいやなら、美由紀とご一緒ならどうかしら』と祥子の声が聞こえてくる。 そして、『え?』という美由紀らしい声もする。
『ね、美由紀、いいでしょう?。 正男さん達にはどうせ昨日の朝、見られたんだから、もう1度見て貰っても同じよね』
 祥子のやつ、うまいことを考えたな、と思う。
『そうね』と美由紀が受け止める。 そして、『ええ、いいわ』と簡単に承知する。
『え、美由紀さんがご一緒に?』と正男の声。 そして、『ほら、美由紀さんがせっかく一緒に埋まって下さるというんだから、やってみようよ』と説得している声が聞こえる。 そして少し間をおいて、『ええ』と消えいりそうな小さな千恵子の声。 『じゃ、やってくれるね』と正男が念を押す。 また、『ええ』と言う千恵子の小さな声。 どうやらやっと納得したらしい。 聞いていて、こちらもほっとする。
 砂の上の状況を頭に浮かべ、特に昨日、上から私を見下ろしていた千恵子の顔を思い出す。 おそらく千恵子は真っ赤になって、下を向いているのであろう。
『じゃあ』と言う正男の声が聞こえ、2回軽いショックがあって、腹の上が急に少し重くなる。 2人が荷物を敷物の上に置いたらしい。
 少しの間、2人の来訪者が上に着ているものを脱いで、水着姿になっているらしい気配がつづく。 そして、その気配が一段落した後、『お待たせしました』と言う正男の声がする。
『それじゃ始めるとして、千恵子さんと美由紀のどちらからにしようかしら』と祥子が独り言のように言う。 そして、『美由紀の方が慣れているから、やっぱり美由紀を先にした方がいいわよね』と自分で答を出す。
『ええ、そうお願いします』と正男がいう。
『じゃ、孝夫。 この辺に穴を掘って』
『はい』
『それから美由紀。 今日は貴女も肩まで埋めるわよ。 ね、いいわね?』
『ええ』
『じゃ、孝夫もそのつもりで穴を掘ってね』
『はい』
 孝夫が穴を掘る気配が始まる。
 しばらくして、『穴ができました』と言う孝夫の声がする。
『こんなに深く掘るんですか』との正男の感心したような声。
『ええ、これで丁度、美由紀の肩の辺までが隠れる筈よ』と祥子が説明している。
 そして、『じゃ、美由紀、中に入って』との祥子の声。 美由紀が『ええ』と応えて穴に入る気配がある。 そして、『深さも大体いいわね。 じゃ、埋めるわよ』との祥子の声。 また、『ええ』と美由紀が応えている。
 しばらくの間、砂を入れている音や水を流し込んでいる音、それに、『こうやって砂を隙間に押し込んで、水で締めて』と祥子が説明している声がつづく。 そして最後に『さあ、終った』と祥子の声がある。
『うまいもんですね』と正男が言う。 私もまだ見たことのない、砂浜から首から上だけを出して埋められている美由紀の顔を思い浮かべる。
『じゃ、次は千恵子さんね』と祥子の声に、また『はい』と消え入りそうな千恵子の声が聞こえる。
『千恵子の穴は僕が掘ります』と正男が言う。
『ええ、じゃ、お願いするわ』
 しばらくの間、穴を掘っているらしい物音が聞こえる。
『この位ですか?』
『そうね。 でも、千恵子さんは美由紀より背が高いから、もう少し深い方がいいんじゃないかしら』
『あ、そうですか。 じゃ』
 また少しの間、穴を掘る気配がある。
『じゃ、この位でどうですか?』
『ええ、いいと思うわ』
『それじゃ、千恵子、中に入って座ってみて』
『ええ』
 千恵子が穴に入る気配がある。 祥子が指示している。
『ええ、そう。 正座して、体をまっすく伸ばして楽にして。 手はそのまままっすぐ下に下げて』
『はい』
 どうやら姿勢が決まったらしく、『じゃ、埋めるよ』との正男の声があり、また消え入りそうに小さい声が『ええ』と応える。 『じゃ、僕が水を運んできます』と孝夫の声。
 またしばらくの間、千恵子の穴に砂や水を入れて埋め込んでいるらしい気配がつづく。 そしてやがてその気配も止まる。
『これくらいでいいですかね』
『ええ、いいわ。 後は砂をきれいにならしましょう』
 そしてさらに少しして、『さあ、これで出来上がり』と宣言する祥子の声が聞こえてくる。



 まず、『いいですね』と正男の感激した声が聞こえてくる。
『そうね。 このように、女の子の首だけが2つ、砂浜に並んで生えているのって初めて見たけど、面白いわね』と祥子の声。
『どお?、千恵子。 体は少しは動くかい?』と正男が訊いている。
『いいえ』と千恵子の声。 『砂がとっても重くて、体が締めつけられて、手も足もちっとも動かないの』
『辛くはないかい?』
『いいえ、大丈夫』
『じゃ、気持がいいかい?』
『ええ、少し。 でも』
 千恵子が恥ずかしそうに答える。 そして「でも」の中身の説明がなく、会話がとぎれる。
 3人が黙って上から見つめ、首から上だけを砂から出した2人の女の子が恥ずかしそうに目を伏せてる光景が目に見えるような気がする。
 少しして、『さて、これからどうします?』と正男が訊く声で会話が再開する。
『そうね。 正男さんは考えていらっしゃらなかったの?』
『ええ、砂に埋める所まで考えるので精一杯で、その後のことなんかはとても』
『ああ、そう。 無理もないわ』
 祥子の笑いを含んだ声。 そして続ける。
『あたし達は昨日は祐治さんと美由紀の生き埋めの完成を記念して、ご供養をしたんだけど』
『「ごくよう」と言いますと?』
『ええ、この仏様のかしらをお清めして、お花を上げて、お経を唱えてお水を掛けてあげるの』
『ああ、お花を上げて、お水を掛けてあげるんですか。 それは面白そうですね』
 正男がすぐに乗ってくる。 相当に茶目っけもあるようである。 千恵子がどんな顔をして聞いているかに興味があるが、今の私には知りようがない。
『じゃ、そうしましょう』
 ちょっと用意しているらしい物音がした後、『観自在菩薩・・・』と般若心経を称えている祥子の声が聞こえてくる。 そして、読経が終って、『なむ帰依仏、なむ帰依法、なむ帰依僧』との祥子の声が聞こえ、誰かが激しくせき込む。
『あっ、美由紀さん』との孝夫の声。 せき込みがやっと終る。 そして、『ああ、苦しかった』との美由紀の声が聞こえる。
『どうされました?』と正男の声。
『ええ。 お水にむせちゃったの』
『え?』
『だって、祥子がわざとゆっくりゆっくり、顔に水を掛けるんですもの。 息が出来なくて苦しくて。 それでつい息を吸ったら、むせちゃったの』
『ね、面白いでしょう?』と祥子の声。
『なるほど。 生き埋めプレイって、そんないたずらも出来るんですね』と正男の声。
『ええ、そう。 肩まで埋められてると、顔に掛かるあんなちょろちょろした水も、払うことも避けることも出来ないのよね』
 祥子は面白そうにそう解説した後、『じゃ、次は千恵子さんね』という。
『あたし、そんな苦しいの、いやよ』と千恵子の声。
『そうね。 千恵子さんには正男さんが思う通りにやってあげて』
『はい』
 そして、『なむあみだぶつ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ』と念仏を3度繰り返す正男の声が聞こえる。 今度は格別の騒ぎもなく、無事に終る。

4.4 千恵子と美由紀

第4章 第4日
05 /01 2017


 千恵子と美由紀の生き埋め完成記念の行事も終って、
『それじゃ、2人はこのままにしておいて、あたし達はちょっと泳いで来ない?』と祥子が言う。
『え、埋めたままで?』
 正男はちょっとびっくりしたように声を上げる。 が、すぐに
『そうですね。 それもいいですね』
と賛成する。
『いやーん。 このままで行っちゃいやーん』と千恵子の悲鳴のような声。
『あら、千恵子さんが行っちゃ嫌って言ってるわよ。 正男さん、どうなさる?』と祥子が笑いを含んだ声で問いかける。
『そうですね。 でも、これもプレイのうちだし』
 正男は千恵子を教育したと自分で言うだけあって、大分S気があるようである。 そして早速、
『千恵子、大丈夫だよ。 何時も見える処に居て、なるべくこっちを見てて上げるから』と説得にかかる。
『でも』と千恵子は渋る。
『それに、美由紀さんがご一緒なんだからいいだろう?』
『でも』と千恵子がなおも渋る声が聞こえてくる。
『美由紀は大丈夫、このままで待っていられるわよね』と祥子の声。
『ええ、仕方がないわ』と美由紀。
『ほら、美由紀さんは大丈夫って言うんだから、千恵子も辛抱しなきゃ』と正男がなおも説得する。
 ちょっと間がある。 そして、『それじゃ』と千恵子のやっとその気になったらしい声がする。
『じゃ、おとなしく待っててくれるね』と正男が念を押す。
『ええ』と千恵子の小さい声。
『千恵子もいいそうです』と正男が報告する。
『そう、よかったわね』
『ええ』
 正男が少し照れたような声で応えている。
 そこて改めて祥子が皆を誘う。
『さあ、これで話はついたから、3人でまず、あの岩まで行ってみましょうか』
『ああ、あの岩ですね』と正男。 そしてまた、『あの岩なら、ここからもよく見えるからいいだろう?』と千恵子に念を押して居る。 『ええ』とまた、千恵子が小さな声で応えている。
『それじゃ、2人でおとなしく待っててね』という祥子の声がして、3人が海へ行ったらしい気配がある。
 ちょっとの間、会話がとだえて、イヤホーンからは波の寄せては返す音だけが聞こえてくる。



 やがて2人が会話を始める。 まず、『美由紀さん』と千恵子が呼びかける声がする。 そして、『え?』との美由紀の声。
『美由紀さんは、どっこも痛くない?』
『ええ、腕や肩が少し凝ってきたけど、まだ、大丈夫よ』
『あたし、もう、腕の付け根が凝って痛くて』
『そう。 でも、どうしようもないわね』
『ええ』
『でも、肩は少し動くんじゃないかしら』
『そうね』
 ちょっと間がある。 そして、
『そうね。 少しは動くみたい』
と千恵子の声。
『少しでも動かすと違うわよ』
『ええ、有難う。 やってみるわ』
 ちょっと会話がとぎれる。 そして、千恵子が言う。
『有難う。 幾らか楽になったようだわ』
『それはよかったわ』
 またちょっと会話がとぎれて、波の音だけが聞こえる。
 そのうちに千恵子がまた、『美由紀さん』と呼びかける。
『え?』と美由紀の声。
『あの、あたしのために、また埋められたりして、ごめんなさいね』
『いいのよ。 あたしだって、また埋められてみたいって気持がなかった訳ではないんだから』
『まあ』
 千恵子はいかにも驚いたような声を出す。
『それで美由紀さんは、こういうプレイをよくなさるの?』
『いいえ。 生き埋めプレイは昨日が初めてで、今が2回目』
『あら、まだ2回目?』
『ええ、そう。 それなのに、こんなに平気だなんて、あたしって少し変よね』
 美由紀がおかしそうに笑う。
『そんなことないわ』
『そうかしら』
 またちょっと会話がとぎれる。 そしてまた、千恵子が再開する。
『それで、こんな風に埋められたままでみんなが向こうに行ってしまってて、心細くないの?』
『ええ、それは心細いわよ。 でも、あたし、動けない身体で一人ぼっちでじっと待つことにもう慣れっこになっちゃってるの』
『あら、そんなプレイをよくなさるの?』
『ええ、祥子って、よく、人を縛って動けないようにしておいて、「おとなしくお留守番しててね」と言って、お使いに出掛けたりするの』
『まあ』
 千恵子の声には、また、驚きの響きが混じる。 しかし、すぐに尤もな疑問を出す。
『でも、どういう処でそういうプレイをなさるの?。 おうちじゃ無理でしょう?』
『ええ、実はあたし、祥子と2人でマンションを借りて住んでるの』
『まあ、それじゃ、何時でもいくらでもプレイが出来るわね』
 千恵子の声には、今度は少し羨ましいといった調子が混じる。
『それで、何時も祥子さんがSで、美由紀さんがMという訳?』
『ええ、そう。 あたし、人を縛ったりするの、得意じゃないの』
『縛られるのはいいけど?』
『ええ、そう』
『あたしも一緒』
『まあ』
 2人の笑い声が響く。 同じような境遇におかれて、しかもお互いに同じような傾向を持っていると分かって、2人はすっかり意気投合し、気持も明るくなったようである。
『それで美由紀さんは、縛られたままて一人でお留守番をさせられて、最初から平気だったの?』
『いいえ、そんなことないわよ。 初めての時はすごく心細かったわ』
『そうでしょう?』
『ええ。 それまでも祥子は人を動けないように縛っておいて、そのまま自分の部屋に入ってしまうことはよくあったけど、でも、外に出て行くことはなかったの。 それがその時は、祥子があたしを椅子に何時もよりも念入りに縛りつけておいて、急に「あたし、ちょっと買い物に行ってくるからそのままおとなしくお留守番しててね」と言って出ていってしまったの。 玄関の扉がパタンと閉まって、鍵をかける音がして、それはそれは心細かったわ』
『ええ、そうでしょうね』
 今日の美由紀は何時もに似合わず、饒舌である。 やっぱり、かなり心細い所へもってきて、同じ境遇の千恵子というよき話し相手を得たことが良いはけ口になっているせいかな、と考える。
『そういう時って、ふだんは考えもしないことを考えるものなのね。 その時も何だか火事でも起きそうな気がして、居ても立ってもいられない気持になって』
『それで?』
 千恵子の声にも真剣味が増す。
『ええ、でもどうしようもなくて、身体をもじもじさせたりして、時計を見ながらじっと我慢してたの。 祥子が戻ってくるまでには精々30分ぐらいなものだったけど、その時間がすごく長かったわ』
『ええ、解るわ』
 千恵子も身をつまされているらしい。
『でも、その時のプレイも、さっきと同じように、美由紀さんも承知をしてなさってたんでしょう?』
『ええ、そう。 でもほんとはね、あたし、急にそう言われた時にはきつい猿ぐつわを咬まされてて、いやって言えなかったの』
『まあ』
『それに祥子って、こういうことは一度言い出したら、あたしが首を横に振っても気がつかない振りをするか、さもなければ「でも、本当はして貰いたいんでしょう?」とか言って、どんどん進めてしまうの』
『そうね。 てきぱきした方ね』
『ええ、そう。 だから、あたし、大概は逆らわないようにしてるの』
『ああ、そう。 解るわ』
 千恵子がまた同感の意を表する。 正男にも似たところがあるのかもしれない。
 またちょっと会話がとぎれる。



 少しして、今度は美由紀が会話を再開する。
『それに祥子って、とてもプレイのアイデアがあるの。 昨日の生き埋めプレイも祥子のアイデアで始めたのよ』
 どうやら美由紀は、自分たちのプレイを少し自慢してみたい衝動に駆られてきたらしい。
『ああ、昨日、祐治さんとかと美由紀さんが埋められてたプレイね』
『ええ、そう。 でも、あたしは単なるお相伴で、主役は祐治さんの方よ』
『ええ』
『それであのプレイはね、波打ち際にふかーく首まで埋めると、大きな波が来るたんびにそれが顔にぶつかって、それから後はその波が引くまでは息が出来ないでしょう?。 だからそれがそのまま息を詰まらせる責めになって、結局、そのまま放っておくだけで、自然の摂理で1回1回変化する強さの責めが何回でも繰り返されることになって娯しいんじゃない?、という祥子のアイデアで始まったの。 でも、波が来てる場所では穴を掘っても砂の壁がすぐに崩れて埋まってしまうので、生き埋めにするような深い穴を掘るのは難しいでしょう?。 そこでまた祥子が、祐治さんを干潮の時に埋めて満潮まで待つ、というアイデアを出して実現させたの』
『まあ、すごいアイデアね』
『ええ、そう。 あたしも感心したわ』
『そうね』
 話がちょっととぎれる。 そしてまた、千恵子が言い出す。
『それにしても、あの祐治さんの昨日のプレイって、すごいプレイね。 満潮の時はあのお姿でずうっと波をかぶっておられたって、聞いただけでもぞくぞくしたわ』
『ええ、大きな波が来るたんびに頭の先まですっかり水に隠れて、波が引いてる合間にやっと息を継いで、はあはあしてて。 ほんとに厳しいプレイだったわよ』
『まあ、すごい』
 私も昨日、必死にあえいでいた時のことを思い出す。
『でも、祐治さんって、ご自分でも承知して、あのプレイをなさったんでしょう?』
『ええ、そうよ?』
『すごい方ね。 そんな厳しいプレイを承知なさるなんて』
『ええ、そう。 とてもプレイに興味をお持ちで、ああいう厳しい責めを進んで引き受けて、楽しんでおられるようなの。 今だって』
 急に美由紀が言葉を切る。
『え?』と千恵子が聞き返す。
『ええ、いいわ。 後で分かるわ』と美由紀は強引に話を打ち切る。
 千恵子もそれ以上追わずに、話をもとに戻す。
『それで美由紀さんは、この頃はこうして放っておかれても平気なの?』
『ええ、今まで何回も同じようなプレイをして、何時も何も起こらずに済んできたので、この頃は大分慣れっこになってきてるの。 それに今日は、みんなが見える所に居て時々にでも見てくれてるし、それに千恵子さんもご一緒だし』
『ええ、そうね。 あたしも美由紀さんがご一緒でなかったら、心細くてとても我慢が出来なかったわ。 今まではプレイの時は何時も正男さんがすぐ横に居てくれたんで辛抱出来てたんだけど』
『そうね。 千恵子さんはこういうことに、まだ慣れてないでしょうから』
『そうよ。 その間に何かあったら大変でしょう?』
『ええ、怖いわね』
『それでも平気?』
『ええ、今は危ないことは何も起こりそうもないし』
『ほんとにそうかしら』
『ええ、そう思うわ。 それにあの祥子って、ああ見えてもとても慎重なの。 それで絶対安全と思わないとこういう事はしないの。 だから、この頃はもう信用して任せることにしてるの』
『ああ、そう。 そんなに信頼出来るの。 いいわね』
『千恵子さんだって、正男さんを信頼してらっしゃるんでしょう?』
『ええ、それはそうだけど』
 そのまま2人とも黙ってしまう。 しばらくの間、波の音だけが聞こえてくる。
『あら、あの人達、岩の上で手を振ってるわ』と千恵子の声。
『あら、ほんと。 いい気なもんね』と美由紀の声。
『ほんとにね』とまた千恵子。
 そのまま、また静かになる。



 しばらくして、『あ、やっと帰ってくるわ』という千恵子のほっとしたような声が聞こえる。 『あら、ほんと』と美由紀も言う。
 少しして、砂を踏んで何人もの足音が近づいてきて、近くで止まる。
 まず、『お待ち遠さま』という祥子の声がする。 そしてさっそく、正男が千恵子に声を掛ける。
『千恵子、大丈夫だった?』
『ええ、何とか』
『辛いことはなかった?』
『ええ、あまり。 ただ、腕がとてもだるくて』
『まあ、その位はプレイだから仕方がないな』
『それに、みんなが遠くに行っちゃってて心細かったわ。 美由紀さんがご一緒だったので辛抱出来たけど』
『それじゃ、ずいぶん、プレイの気分が出ただろう?』
『ええ、とっても』
『よかったね。 わざわざ来た甲斐があったね』
『ええ』
『それはよかったわ』と祥子が横から口をはさむ。
『ええ、お陰様で』と正男が応える。
『それで、美由紀は?』と祥子の声。
『ええ、千恵子さんと色々お話してたんで、気が紛れて割りに辛抱し易かったわ』
『まあ、どんな話?』
『それは、ひ、み、つ。 ね、千恵子さん?』
『ええ、そうよね』
 美由紀と千恵子との2人らしい笑い声が響く。
『千恵子さんも美由紀もこんなに元気なら、2人ともまだ当分、このままにしておいても大丈夫そうね』と祥子が言う。
『いやーん、もう出して』
 また、千恵子の悲鳴のような声が聞こえる。
『そうだな』と正男が言う。 『もう、生き埋めも経験させて貰ったし、そろそろ帰る事を考えるかな』
『ええ、そうよ、そうよ』と千恵子の待ちかねたような声。
 それを祥子が、『でも、まだいいんじゃありません?』と引き止める。 『確か、3時頃まではいいというお話でしたけど』
『ええ、M町からバスでSに出るコースなら3時でもいいんですが、今すぐに出て早くM町に着けば船でNに出ることも出来ますから』
『といっても、掘り出しも慎重にしなければならないから、15分はかかるわよ』
『そうですね。 とすると、やっぱり船は無理かな』
『ええ、だから、ゆっくりしてらっしゃいよ』
『そうですね』
 正男もその気になったらしい。
『でも、もう出して』とまた、千恵子の声。
『いや、せっかくだからまだいいよ。 もうこれから後には、こんな経験は出来ないかもしれないよ』
『でも』と千恵子の渋る声。 しかし、そのまま静かになる。 どうやら、千恵子も諦めたらしい。

4.5 ケーキをご一緒に

第4章 第4日
05 /01 2017


 正男が言う。
『ところで、祐治さんとやらはまだ別荘でお休みですか?。 とにかく、みなさんとお別れする前に一目お会いして、ちょっとご挨拶がしたいですね』
 ちょっと緊張する。
『そうね。 会っていただきたいわね』と祥子も言う。
『それじゃ、お会い出来るようにアレンジしていただけませんか?。 何なら別荘に伺ってもいいですが』
『ええ、いいわ』
 そう応える祥子の声に少し笑いが混じる。 そしてちょっと間をおいて続ける。
『でも実は、祐治さんなら別荘じゃなくて、そこに居るんだけど』
『えっ?』
 正男らしいびっくりしたような声がする。 私もどきっとする。
『どこに?』
『ええ、そのビーチ・パラソルの下に』
『え?、でも、あそこには敷物があって、その上にバッグが載っているだけだし、いくら何でも祐治さんがあのバッグの中に入るとは思えないし』
『そうじゃない。 もっと下よ』
『というと?。 でも、まさか』
『そうなの。 あの敷物の下に埋めてあるの』
『えっ、ほんと?』
 今度は千恵子のびっくりしたような声が聞こえる。
『ええ、ほんとなの』と美由紀が言っている。
『だって』とまた正男の声。 『頭まで埋めちゃったら息が出来ないでしょう?。 呼吸はどうしてるんです?』
『ええ、それは潜水マスクを使ってるの』
『え?』
『つまり、顔に潜水マスクを着けて、その空気の通るパイプの先を砂の上に出してあるのよ』
『ふーん』
『ちょっとお見せするから、こっちへ来て』
 皆がぞろぞろ移動する気配がある。
『ほらね。 これがそうなの』
『なるほど』
 どうやら祥子がパイプの先を見せ、正男もそれを見てやっと納得したらしい。 そして、『驚きましたね』と言っている。
 祥子が言う。
『そうね。 もう、2時を過ぎたから、埋めてから3時間近くになるわね。 時間も丁度いいから、そろそろ祐治さんも掘り出して、みんなでさっき荒船さんの届けてくれたケーキを頂きましょうか』
『ええ、それがいいですね』と孝夫の声。
『正男さんと千恵子さんも、その位は時間はいいんでしょう?』
『ええ、それは大丈夫ですけど』
『じゃ、いいわね。 千恵子さんと美由紀は、そうやって2人が並んでいる所を祐治さんにも見せてあげたいから、もう少し辛抱しててね』
『ええ』
 この千恵子らしい応諾の声で話は決まった模様。 『やれやれ、やっと解放されるか』と思う。 『でも少し、恥ずかしいな』とも思う。
『じゃ、早速、祐治さんの掘り出しにかかりましょう。 まず、敷物をずらせるから、そっちを持って』と祥子がてきぱきと指示を出し、男2人が動き始めた気配がある。 『ええそう、荷物は載せたままでいいけど、パイプの先に注意して倒さないように。 それには何しろ祐治さんの生命がかかってるんだから』
 周りが少し騒がしくなる。
『これ、何ですか?』と正男の声。
『ええ、それ、補聴器の集音器具』と祥子が応える。 『コードが砂の中に伸びてるでしょう?。 祐治さんは砂の中であたし達の会話を全部聞いてるの』
『えっ、みんな聞いてたんですか?』
『ええ、そう。 砂の中で何も出来ずにじっとしてるのって退屈でお気の毒だから、せめて話ぐらいは聞かせて上げないとね』
『なるほど、考えてありますね』
 正男がまた感心している。
『じゃ、砂をどかしましょう。 確か、この辺に頭がある筈よ』
 頭の辺の砂を手でかき出している気配を感じる。 そして誰かの指がひたいにさわる。
『あ、あったわ』
 砂がどかされ、額にひんやりした空気を感じる。 つづいて、閉じているまぶたの上から明るさがさす。
『ほんとに埋まってたんですね』と正男がため息をつくように言う。
 さらに砂がどかされて、顔が出る。 眼から額にかけて、誰かの指で砂が丁寧に払われる。 『もう、目を開けても大丈夫よ』との祥子の声。 おずおずと眼をあける。 上から祥子と孝夫の顔がのぞいている。 目で笑って見せる。 孝夫が『ああ、よかった。 お変わりないようですね』という。 軽くうなずく。 2人の後ろに昨日の男のびっくりしたような顔ものぞいている。
 ついで横も掘られて頭が出る。 祥子が水泳帽の縁をめくり、耳からゆっくりイヤホーンを抜き取る。
『ちょっと水を掛けるから、目をつぶって』と祥子が言う。 目を閉じる。 顔に水がざあっとかかってくる。 潜水マスクを着けているんだから関係ないとは知りながらも、思わず息を止める。 砂が洗い流された様子。
『もう、いいわよ』との祥子の声に、ほっと息をして、また目を開ける。
『じゃ、後はみんなで砂をかいだして』
 祥子の言葉に、3人総がかりで、首から胸への砂がどかしにかかる。
 首が出る。 首にかかっている紐にさわって、『この紐、何だろう』と正男が独り言のように言う。
『すぐにお分かりになるわよ』と祥子。
 正男は首の下に手を差し込んで、砂の中を探る。
『あ、首が棒に縛りつけてある』
『ええ、そうよ』
 祥子は平然としている。
 さらに胸や腹の上の砂もどかされ、手も出る。 正男がまたびっくりしたような声を出す。
『あ、手も縛りつけてある』
『ええ、そうよ。 それから足も』
 祥子は相変わらず平然としている。
 足の上の砂もかいだされる。 そして、
『これで大体いいわね』
と祥子が言って、3人が手を止め、立ち上がって私を見下ろす。
 正男がまた訊く。
『身体の下にあるのははしごですか?』
『ええ、そう。 金属製のはしごで、こういうことにはとても便利なの』
『つまり、ただ埋めただけではなくて、はしごに縛り付けて埋めてあったんですか』
『ええ。 これは埋め方が浅いので、うっかり自分で手や足を出したりするといけないから』
『まるほど』
『それに、祐治さんもこうされた方が気分が出るからって、お喜びなの』
『ああ、そうですか』
 また、正男がうなずく。
 私は『みんな祥子の好みなのに』と思う。 しかし、まだ潜水マスクを装着したままなので、そう言いたくても言うことが出来ない。
『じゃ、いよいよ、解放して上げるわよ』
と祥子は笑いかけて来て、まず、首をはしごから解きはなしてくれる。 並行して、孝夫と正男とが左右の手の縛りを解いてくれる。 そして孝夫が足首をはしごの段から解き放してくれる。 さっそく腕を動かし、膝を曲げる。 身体中に血がめぐって、気持よくじーんをする。
『あとは自分でやって』と祥子が言う。
『うん』とうなずく。
 まず、孝夫に手を引っ張られて上半身を起こして、顔からマスクをはずす。 久しぶりに大きく呼吸する。 3時間近くも埋められていたにしては疲れは少ない。 もっとも厚さが精々30センチほどだから、砂の重さは大したことはない。
『お邪魔してます』と正男がぴょこんと頭を下げて挨拶する。
『やあ、どうも』と私も会釈を返す。
 左を見ると、1メートル半づつ位はなれて、手前に千恵子、向う側に美由紀が、共に首の付け根から上だけを砂浜から出して、首を回してこっちを見ている。 特に千恵子はすっかり驚いたように、口を半分あけて私を見つめている。
『やあ、今日は。 よくいらっしゃいました』と私が挨拶する。 千恵子は真赤になり、顔を海の方角に戻して下を向く。
 足首を縛り合せてある紐は自分で解く。 足を引いて立ち上がろうとして、ちょっとふらつき、また腰をおろす。 『少し休んだ方がいいですよ』と孝夫が言う。 私は『大丈夫だよ』と言ってゆっくり立ち上がり、穴から出る。 孝夫ははしごを穴から出し、穴をスコップで簡略に埋めもどす。 私は海へ行って身体を洗ってくる。



『それじゃ、早速、ケーキを頂きましょう』と祥子が言う。 千恵子が『えっ』という顔をする。  正男もびっくりした顔をして言う。
『え?、今度は美由紀さんと千恵子を掘り出すんじゃないんですか?』
『ええ、でもそれは、ケーキの後ででもいいでしょう?』と祥子。 その声には少し笑いを含んでいる。
『ええ、それはいいですけど。 でも、みんなでケーキを頂くんなら』
『ええ、ですから、千恵子さんと美由紀の2人には、このままであたし達で食べさせてあげましょうよ』
 千恵子が『まあ』という。 しかし、美由紀はこっくりうなずく。
『正男さんだって、千恵子さんに食べさせてあげたことはあるんでしょう?』
『ええ、プレイの途中で口に一口チョコを入れたこと位はありますけど。 でも、こんな本格的なケーキのお三時は』
『ええ、でも、それは同じことよ。 あたし、美由紀が自分でお食事出来ない時には、よくお食事もお給事してあげてるの』
『自分で食事が出来ない時ですって?』
 典男が不審そうな顔をする。
『ええ、そう。 美由紀って、美味しいご馳走を前にして、手が出せなくてもじもじしてることがよくあるの。 だから、そういう時は、あたしがご馳走を口まで運んで食べさせてあげてるの』
 祥子の笑いながらの説明を聞いて、今度は正男も千恵子もその意味が解ったらしく、笑い顔を見せる。 美由紀は恥ずかしそうに下を向く。
『だから、今も美由紀にはあたしがお給事するから、千恵子さんには正男さんがサービスなさるといいわ。 きっと千恵子さんもお喜びになるわよ』
『なるほど、それも悪くはないですね』
 正男もうなずく。 そして千恵子のほうを向いて、
『それでいいね?、千恵子』
と念を押す。 千恵子はまた
『ええ』
と小さな声で答えて、真赤になって下を向く。
 4人が首から上だけの2人の前に適当に場所を決めて、腰を下ろす。 祥子がケーキの箱を開く。 孝夫が紙のコップにポットから冷えた紅茶をついで皆に配る。
『じゃ、いただきましょう』と祥子が声をかける。
『突然、お伺いして、御馳走にまでなって、悪いですね』と正男がいう。
『いいえ、大歓迎よ。 大勢の方がケーキもおいしいし』
 皆がケーキを食べ始める。 美由紀には何時ものように祥子がかいがいしく食べさせ、紅茶を飲ませている。 千恵子には正男が小さく切ったケーキを口に運び、コップをそっと傾けている。
『この情景、いいですね』と孝夫がみとれる。 『そうだね』と私もみとれる。 千恵子がまた赤くなって下を向く。
『ちょっと写真を撮らせて貰ってもいいですか?』と孝夫がきく。
『ええ、僕は構いませんけど』と正男は言い、『でも、千恵子が』と千恵子の顔を見る。
『あたし、恥ずかしいわ』と千恵子が渋る。
 正男が説得にかかる。
『でも、僕達、こんな素晴らしいプレイをさせて貰ったんだし、それにケーキまで御馳走になってるんだから、やたら断わるのも悪いよ。 それにこの人達なら、悪い使い方をするとは思えないし』
 祥子も横で言う。
『ええ。 写真を撮っても、見るのはあたし達「かもめの会」のメンバーだけで、外の人には絶対に見せませんから』
『え、「かもめの会」といいますと?』と正男。
『ええ。 あたし達4人だけで、こういうプレイを楽しむ「かもめの会」というのをつくっていますの』
『ああ、そうなんですか。 いいですね』
 正男がまた羨ましそうな顔をする。
『ですから、写真を撮らせて貰ってもいいでしょう?』と祥子が千恵子に言う。
『ええ』
 千恵子は消えいりそうな声でやっとそう答えて、また真赤になって下を向く。
『その代り、僕のカメラでも撮らせて下さいね』と正男がいう。
『ええ』
 美由紀も顔を赤くして下を向く。
『それじゃ、せっかくだから、新しいケーキをお供えするわね』
 祥子がケーキの箱から新しいマロン・ケーキを2つ取り出し、1つづつ紙皿の上にのせて美由紀と千恵子の前に供える。 孝夫が少し離れた処に立ってカメラを構える。 美由紀も千恵子も恥ずかしそうに下を向く。
『ほら、お2人とも、顔を上げて、にっこり笑って』と正男がおどけた調子でいう。 2人が顔をあげて、無理に笑ったような顔をする。 孝夫がシャッターを切る。 正男が横でぱちぱちと手を叩く。
『じゃ、もう2~3枚』と言って孝夫が2人を別々に大きく撮ったり、祥子と正男がそれぞれにお給事している所を撮ったりする。 そして、そのあと代って正男が5~6枚の写真を撮る。
『どうも有難うございました。 お蔭さまで、お2人にお会いしたいい記念が出来て』と祥子が千恵子と正男に挨拶する。 正男が『こちらこそ』と挨拶を返す。



 正男がまた千恵子の前に腰を下ろしたのを機会に、『正男君』と声をかける。
『え、何ですか?』と正男がこちらを向く。
『ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、訊いてもいいかい?』
『ええ、どうぞ』
 典男がちょっと緊張した顔を見せる。 祥子も美由紀へのお給仕の手を休めて振り向く。 残りの3人もこちらを向く。
『いや、何でもないことだけど、昨日、お2人は、昼前にここを南に行って、夕方暗くなってから、またここを通ってM町のほうに戻っていったね』
『ええ、その往き帰りで、祐治さんの埋まってる姿を拝見して』
『うん、そうだったね。 あれはみっともない格好をお見せして』
『いや、とてもよかったですよ。 僕たち、あのお姿にすっかり感激して、今日、こうやってプレイをさせて頂くことになったんですからね』
『ああ、そうだったね』
 私はちょっと話の腰を折られる。 でも気をとり直して、昨日から気になっていたことを訊いてみる。
『それで、あの辺は何もない所だろうに、その長い間、お2人はどこに行ってたのかが気になってね』
『ああ、そのことですか』。 正男の顔に安堵の色が浮かぶ。 『あれはDだいらに行ってたんです』
『Dだいら?』
 初めて聞く地名に私は聞き返す。 すると横で孝夫が言う。
『ああ、Dだいらなら僕も知ってますよ』
『え、それ、どんな所?』
『ええ。 ここから南に1キロばかり行った所に、海に開けた高台の、とてもいい広場がありましてね。 そこを土地の人はDだいら、つまりDに平和の平という字を書くんですけど、D平って呼んでるんです。 そこは明るく広々とした草原で、それに高さが30メートルほどもある高い切り立った崖で海に接しいて、眺めがとてもいいんです』
『ええ、ほんとにいい所ですね』と正男も同調する。
『ふーん』
 私も明るいその眺めを想像してみる。
『そんな高い崖の上なら、確かに眺めも素晴らしいだろうね。 でも、お2人はよくそんないい所を御存じだったね』
『ええ、一昨日泊まった民宿の主人に、とてもいい所だから、そっちの方に行くのならぜひ寄って行け、と勧められまして』
『ああ、それで、そこに行ったという訳かい?』
『ええ、そうです』
『そして、午後一杯、そこに?』
『ええ、結果的にはそうなってしまって』
『というと?』
『ええ、僕たちは最初、D平にはちょっと立ち寄って、そのまま歩いてK町まで行ってしまう積りだったんです。 それがあまりいい所だったんで、もう、ついゆっくりしてて、気がついたら日が暮れかかっていたので、K町へ行くのは諦めて、M町に戻って来たんです』
『でも』と孝夫が横で言う。 『この浜に下りてこないで、崖の上をそのまま行った方が近かったんじゃないですか?』
『ええ、でも、僕たちはこの辺の地理をよく知らないし、おまけに、もう暗くなりかかっていたので、往きに通った道の方が安心ということで』
『ああ、なるほど』
『それに、この浜で見た祐治さんのことが何だか気になってて。 ええ、もちろん、祐治さんがまだそのままのお姿でおられるなんて、考えもしませんでしたけど』
 千恵子が盛んにうなずいている。
『ふーん、それで、昨日の夕方のご対面となったわけか』
『ええ、そうです』
『やあ、有難う。 よく分かった』
『じゃ』と正男はまた、フォークでケーキを小さく切って、千恵子に一口食べさせる。
『それで』と今度は祥子が言う。 『お2人はそのD平とかで、プレイもなさったの?』
『ええ、少し』
 正男がまた手を休めて応える。 千恵子がまた赤くなって下を向く。
『どんなプレイ?』
『ええ、皆さんから見たら、しょうもないプレイで』
『ええ、いいわ。 聞かせて』
『そうですね。 まあ、手と足を縛って草の上に転がしたり、松の木に縛りつけたり』
『あら、松の木があるの』
『ええ、とても形の佳い松がありましたよ』
『それはいいわね』
『ああ、それから、とても高い崖があって、下を見るとぞくぞくっとするんです。 そこを覗かせようとしたんですけど、千恵子が怖がって、ようのぞけなくって』
『だって、後ろ手に縛ったままだったんですもの』と千恵子が言う。
『でも、僕が紐の先をしっかり持って上げててたんだよ』
『でも、それはやっぱり無理もないわね』と祥子が笑う。
『そうですかね』
 正男が不服そうな顔をする。 皆が笑う。
『まあ、そんな所です』と正男が締めくくる。
『ええ、有難う。 そうね。 D平って、眺めだけじゃなくって、プレイをするにもとてもよさそうな所ね』
『ええ、人が来る心配がほとんどないので、僕たちも初めての野外プレイだったのに、のびのびとすることが出来ました』
『そうね。 いいわね』
 祥子がうなずく。
 一応、会話が終って、正男はまた千恵子へのお給仕を再開し、自分も食べる。 祥子も美由紀の口にケーキを運び、私と孝夫もそれぞれに自分のケーキと紅茶に手を出す。
『あたしたちもここに居る間に一度、そのD平とかに行ってみましょうか』と祥子が言う。
『うん、それもいいな』
 私もうなずく。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。