1
ふと、目が覚める。 レースのカーテンの引いてある窓の外は、もうかなり明るくなっている。 枕もとの女物の腕時計をとってみる。 5時半を過ぎた所である。 まだ誰も起きてくる気配はなく、あたりはしーんとしている。 思わずあくびが出そうになって、あごが動かないことに気がつく。
『ああ、今日は例の口枷をしたままだったっけ』
ところで今日はどんなプレイをすることになるのやら。 何でも凝固の速いセメントを使って身体を埋め込んだコンクリート・ブロックを造る積もりらしいけど、どんな姿で埋め込まれるのかしら。 期待に胸がふくらむ。
ふと、昨夜は美由紀を例の輸送用箱に納めて寝たんだっけ、と思い出す。 今時分、美由紀はどうしてるかしら。 まだ眠ってるかしら。 それとも眠れぬままに見えない眼を見開いてもじもじしてるかしら。 たまらなく愛しくなる。
それにしても、美由紀は同じM仲間ということもあるんだろうけど、ずいぶん私の事を思ってくれてるようである。 私の方も、もし美由紀さえよければ、美由紀を将来の伴侶としてもいいような気になってきている。 もしかすると将来は2人が一緒になるかも知れない。 そうすると祥子がひとり浮いてしまうが、祥子とてもいつまでも美由紀と一緒に居て、レズ的なSMプレイを続ける積りでもなかろう。
それに邦也が居る。 今の所、祥子は邦也をいい玩具にしているだけのようだけど、それは形を変えた愛情の表現なのかもしれない。 将来、私と美由紀、邦也と祥子の組合せがうまく出来上がるならば、既にある孝夫と玲子とのカップルと共に、かもめの会のメンバーが皆、それぞれに落ち付くことになる。 この3組のカップルが出来たときの会のプレイの様子は、当然、今とは違ってくるだろうが、それはその時にまた考えればよい問題だろう。
私は「かもめの会」の将来について、希望的観測をまじえて、色々と想像をたくましくする。 そのうちにまた眠くなり、何時とはなしに寝入ってしまう。
次に目が覚めたときには、もうあたりはすっかり明るくなっている。 また枕元の時計を手にとってみる。 もう7時10分前である。
右のふとんの孝夫が『ああ、お目覚めですか?』と声をかけてくる。
『むん』と返事をする。
『もう、起きましょうか』
『むん』
私は静かに上体を起こす。
左のふとんでも邦也が目を覚ましたらしく、『もう、起きようか』と言って起き上がる。 孝夫も起き上がる。 手早くふとんをたたんで、皆が服を着る。 私はブラウスとスカートを身に着ける。
ちょっと壁の鏡で顔を映してみる。 女の子の顔のお化粧が少し崩れている。 バッグから化粧道具を出して、ちょっとパフで叩いてみるが、思うようには直らない。 恐らくは髭が伸びて、お化粧が浮いてるのだろう。
2人に手真似で、お化粧するから、と合図して先に行って貰う。
『いい心掛けだね』
邦也はそう言って笑い、孝夫と2人で食堂の方へ行く。 私は洗面所に行く。
洗面所ではまず、リムービングクリームを使ってファンデーションを紙で軽く拭き取る。 赤い点のついた方の蛇口をひねる。 かなり熱いお湯が出てくる。 お湯をボウルにためて、石鹸とお湯とで肌をしめらせ、軽く安全かみそりを当てる。 そして洗面し、タオルで水分を拭ってから、ローションを使って肌を整え、ベースクリーム、ファンデーション、フィニシングパウダーと順に使ってメイクをし直す。 そしてさらに口紅などを簡単に入れ直し、かつらの髪の毛も軽くすいて整えてから食堂に行く。
食堂では祥子と玲子がもう台所に立って、朝の食事を作っている。 そして私の顔を見て言う。
『ああ、祐子さんも来たわね。 これでみんなが揃ったから、さっそく美由紀にお目通りしましょう』
さっそく孝夫と邦也が箱を食堂の隅から中の方に持ち出す。 4箇所の掛け金を外す。 孝夫が蓋を取る。 皆が一斉に中を覗き込む。 中には昨夜入れたままの袋が横たわり、3本のベルトで留められている。 祥子が
『美由紀、元気?』
と声を掛ける。 袋の顔に当たる所から、
『ええ、元気』
との美由紀の声が聞こえる。 皆がほっとした顔をする。
私と玲子が3本のベルトをはずす。 祥子が袋の口を絞ってある紐を解いて口を開け、下にずらせて美由紀の顔を出す。 美由紀は鼻をマスクで覆われ、両眼を一枚の布粘着テープで蓋されて、口を軽く開けている。
祥子が眼の上の布粘着テープをゆっくりはがす。 美由紀の軽くつぶった形のよい目が現れる。 そして美由紀はゆっくり眼をあけ、首を左に回して上を見てにっこりする。
『ご苦労さま。 さっそく出してあげるわよ』
『ええ、有難う』
玲子が鼻のマスクをはずす。 美由紀がほっとした顔をして口を閉じる。 孝夫と邦也がそっと袋のままの美由紀をかかえ上げ、箱の外に出して立たせる。 そして袋を引き下げて脱がせる。 祥子が美由紀の足首の紐を解く。
『手はもうしばらくの間、このままにしておくわね』
『ええ』
美由紀がこっくりうなずく。
手を除いてすっかり自由になった美由紀は、しきりに腰を曲げたり伸ばしたり、首や肩をゆっくり動かす。
『有難う。 もう、よくなったわ』
2
『それじゃ、先に食事を作ってしまうわね』
祥子はまた玲子と台所に立ち、朝食作りを再開する。 美由紀は両手を後ろ手にくくられたままなので、しょうことなしに椅子に腰かけてぼんやり食事作りを眺めている。
『どうでした?。 昨夜はよく眠れました?』と邦也がきく。
『ええ。 初めは手の位置が気になったり、呼吸が気になったりして、なかなか寝付かれなかったけど、そのうちに何となく寝てしまったみたい。 それから後は、さっき箱が動かされるまで目が覚めなかったわ』
『すごいな』
邦也がまた感心した顔をする。
祥子が台所から声を掛ける。
『でも箱に入れられると刺激がないから、そのうちには眠ってしまうものなのよ。 邦也さんでも実際に経験してみればすぐ解るわよ』
『祥子さんは経験したことがあるのかい?』
『そんなことは、あたしは経験しなくても解るの』
皆がどっと笑う。
『試しに邦也さんもやってみたらどうですか?』と孝夫も笑いながら言う。
『いや、僕はとても』
邦也が手をふって辞退する。 皆がまたどっと笑う。
『それで、何か特に辛いことはありませんでした?』と今度は孝夫がきく。
『ええ、特に苦しいことはなく、呼吸も順調だったけど、蓋をして掛け金を掛けた音が伝わってきたとき、もう自分じゃ蓋を外せないし、箱の中で何かあっても誰にも知って貰えない、と思ってとても心細かったわ。 でもそれも、時間が経つうちに慣れてしまったみたい』
『そうだね』の積りで私は『むん』と声を出し、大きくうなずく。
『その心細さがMの人には堪まらない魅力なのよ。 ね、祐子さん?』と祥子がまた流しの前から声を掛けてくる。 また『むん』とうなずく。
食事が出来上がり、テーブルの上に料理をのせた皿や箸やスプーンが並べられる。 私の前には牛乳を八分目ほど入れたコップとストローが置かれる。
『祐子さんは今朝も牛乳よ』
『むん』
祥子がトースターでパンを焼き始める。 玲子が皆のカップに紅茶を入れる。 『それではいただきましょう』との祥子の声で、皆が食事を始める。 美由紀には今朝は祥子がお給事している。
また食事をしながらの会話が始まる。 まず邦也が口を開く。
『ここは静かでいい所だね』
『ええ、S湖の景色がとてもよかったわ。 背後の山並みが青い水に映って素晴らしかった』と玲子。
美由紀がきく。
『そんなによかった?』
それを受けて『ああ、そうそう』と祥子が言う。 『美由紀はまだ、湖を全然見てないのね。 昨日はまっすぐここに着いて、そのまま荷物の着くのを待ってたので、寮の門の外には出なかったから』
それを聞いて私も気が付く。
『なるほど、美由紀はまた車のトランクにでも入れられて来たらしい』
そこで孝夫が言う。
『後で皆で一緒に近くを散歩しましょう。 まだみんなも車の窓から見ただけですから、ゆっくり歩いてみるのもいいでしょう。 湖に沿った散歩路が素敵ですよ。 それに湖には桟橋もあって、ボート位は置いてありますし』
『ああ、ボートもあるのかい。 それはいい』
と邦也がはしゃぐのを、祥子が笑いながら水を差す。
『でも、今日は忙しいのよ。 ゆっくりボート遊びをしてる暇はないかもよ』
それで話がとぎれて、しばらく食事が進む。 私はストローで牛乳をすする。
少しして、今度は孝夫が質問で会話のきっかけを作る。
『ところでさっき、今日は忙しいって言ってましたけど、これからどういう予定になってます?』
『そうね』と祥子。 『予定としては、この食事が終ったらすぐ、孝夫が昨日造ってくれたコンクリート・ブロックを壊してみて、それでいいとなったら、それからは色々と祐子さんとコンクリートとの相性をみるテストをする積りだけど』
『色々と、といいますと?』とまた孝夫がきく。
『ええ、まず、コンクリートは2時間位で固まるということだから、少なくとも午前中に一度、小手調べのテストをして、午後にも一度、今度は少し本格的なテストをする積りなの。 でもそれだけだと固まるのを待つ時間もあるから、まだ時間の余裕があるかも知れないわね。 その外にも何かしましょうか?』
『うん、いいね』とまた邦也が真っ先に賛成する。
『邦也さんは何をするのか解っているの?』
『いや。 でも、何かプレイをするんだろう?。 プレイなら何でもいいよ』
『たとえ、邦也さんを責めるプレイをするんでも?』
『うん、いいよ。 もう、覚悟が出来たから』
『邦也さんもすっかり大人になったわね』
祥子が笑う。 皆も笑う。
『いいよ、いいよ。 僕は何を言っても笑われることになってるんだから』
またひとしきり笑い声が続く。
3
やがて皆の食事が終る。 さっそく祥子が指示する。
『じゃ、昨日造ったコンクリート・ブロックを持ってきて』
『はい』
孝夫は出ていって、やがて30×20×20センチほどのコンクリートの直方体を両手で重そうにかかえて戻って来る。 玲子がテーブルの上を少し片付けて新聞紙を敷く。 孝夫はコンクリートの直方体をその上にそっと置く。 そして私に向かって説明する。
『これが昨日造ってみたコンクリート・ブロックです。 まだマゾミちゃんの荷物が着く前に、試しに木の枠を作って流し込んでおいてみたんです』
そして祥子が付け加える。
『今度使うコンクリートがどの位かたく固まるのか、また、どのくらい安全に壊せるのかをまずテストしてみましょう、ということになったのよ』
『むん』とうなずく。
玲子がいたずらっぽい微笑を浮かべて言う。
『あの中には面白いものが2つ、埋め込んであるのよ。 祐子さんは何だとお思いになる?』
『むん?』
私は首をちょっとかしげて見せる。
『ト、マ、ト、と、う、り』
玲子がはっきり区切った発音で答を言う。 孝夫が付け加える。
『つまり、コンクリートを壊すとき、トマトや瓜が無事なくらい穏やかに壊せれば、人が入っているコンクリートを壊すときも安全だろう、ということになったんです』
なるほどと思って、また、『むん』とうなずく。
皆が立っていって、ブロックに触ってみる。 美由紀も後ろ手のままの手でさわっている。
私も触ってみる。 普通のコンクリートの打ちっぱなしの面と同じ感じで、固くてざらざらしている。 角を指でぐっと押してみる。 細かい屑が指に付くが、本体はびくともしない。 祥子も指で押してみて言う。
『かたく固まってるわね。 指で押した位ではびくともしないわね』
『ええ、それは充分な強度があります』
『それで、実際にどのくらいの時間で固まったの?』
皆が関心を持って孝夫の顔を見る。
『そうですね。 コンクリートを流し込んでから1時間くらいした時にちょっと指で強く押してみたんですけど、その時はまだ少しへこみました。 それがこのへこみです』
孝夫が上面の一カ所を指差す。 見るとそこに、わずかにへこんだ指の跡が付いている。
『そして、それからまた1時間たった時にもう一度、指で押してみたんですけど、その時はもう全然受け付けませんでした。 ですから効能書き通り、2時間たてば充分な強度が得られる、と考えていいと思います』
『それはいいわね』
祥子が嬉しそうな顔をする。
『それから、セメントを水に溶かしてペーハーを測ってみましたら、7.7でした。 アルカリ性も案外弱く、これなら肌に対する悪影響もほとんど考えなくてもいいんじゃないですかね』
『ますますいいわね。 すると後は、安全に壊せるかどうかだけね。 さっそく試してみましょう』
祥子は大分はしゃいでいる。
さっそく床に新聞紙3~4枚を拡げて敷き、その上に50センチ四方位の広さの木の台を置く。 そして孝夫が隅からタガネと金槌を持ってくる。 コンクリート・ブロックを板の上に移す。 皆が周りに集まる。
孝夫がブロックの角近くにタガネを当てて、金槌でコツコツと軽く叩く。 一辺が2センチばかりの大きさの三角錐の塊がぽろりと割れて落ちる。 割れ口には直径1センチほどの大きさの白い塊が2つばかり浮き出している。
『うまく割れるわね』
『そうですね。 案外、楽に割れますね』
次にタガネを少し奥に当てて、金槌でコツコツと叩く。 さっとコンクリートの面にひびが入る。 もう一度叩く。 かなり大きな塊がぽっくりとはがれる。 はがれた面にはさっきもあった白い小さな塊が一面に散りばめられており、本体の方には赤いトマトが小さく顔を出している。 皮は破れてはいないようである。
『あ、うまくいった』
邦也が歓声を上げる。
次に今度は横の面にタガネを当てて、軽くコツコツと叩く。 さっきの隣りで一つ塊がはがれて、トマトが3分の1ほど顔を出す。 また違った面から試みる。 また隣りの面がはがれて、トマトは結局、半分以上がブロックの外に出る。 孝夫が慎重にトマトをひっぱる。 まだ取れない。 もう一度、タガネをあてて一塊りをはがしてから、トマトを慎重にひっぱる。 すっぽり抜ける。
『あ、抜けた』
皆が歓声を上げて拍手する。
『この位に軽く叩いて順々にはがしていけるのなら、大きなブロックを作っても、かなり安全に壊すことが出来そうですね』と孝夫がいう。
『それはよかったわ』と祥子。 そしてトマトを手にとって見て言う。
『それに、トマトの皮には殆ど傷もついていないし』
『ええ。 タガネがトマトに触れる前にコンクリートが割れてくれてますから』
『でも』と邦也がいう。 『あんまり簡単に割れ過ぎると、大きなブロックをつくるのには、少し補強が必要じゃないかな』
『そうですね。 縁の方に少し鉄筋でも入れておかないと、持ち運びも出来ないかも知れませんね』
『でも鉄筋なんか入れたら、今度は安全に壊せなくならないかしら』と美由紀が心配する。
『まあ、それは、どの辺にどの位の間隔で鉄筋を入れるかに依るでしょうけど、適当に丈夫でしかも壊し易いように工夫することは出来ると思います』
そして最後に祥子が言う。
『とにかくこれで、コンクリートを壊す問題も解決したようなものね。 もう、何時、プレイに入っても大丈夫よ。 よかったわね、祐子さん』
祥子は大分はしゃいでいる。 私もつられて思わず笑顔を見せてうなずく。
『むん』
横で玲子が感心した顔をする。
『祐子さんって、ほんとにすごい方ですわね。 ご自分が身体をコンクリートで固められるというのに、あんなに嬉しそうな顔をなさるんですもの』
いつもなら『まあね』とぐらい応えるところだが、今日はそれもならず、ただにやにや笑っておく。
コンクリート談義が一通り終わったところで、改めて孝夫が言う。
『それじゃ、残りも割って、瓜を取り出しましょう』
孝夫が今度は残りのブロックの中央に近い所にタガネをあてて、金槌でコツコツと叩く。 ちょっとひびが入る。 ひびの線の延長上にタガネをあてて、またコツコツと叩く。 そこを中心にまたひびが入る。 さらにその線上で、最初の点の反対側にタガネをあてて、同じことを繰り返す。
ひびに沿ってパクっと割れ目が出来る。 両手の指で割れ目を開くようにする。 ブロックがほとんど真っ二つに割れ、その一方の面に瓜がついて盛り上っている。
孝夫はもう一度タガネをあてて叩き、かなり大きなコンクリートの破片をはがして、瓜をブロックから離す。 瓜の皮にも傷はほとんどついてない。
『うまくいった』
みながまた拍手する。 特に祥子がさも嬉しそうな顔をして言う。
『さあ、この、果物を使った最初のテストで、このセメントがほとんど理想的な性質を持っていることが判ったわね。 あとは実際に人を使ったテストをするだけね』