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3.1 朝

第3章 第3日
04 /30 2017


 翌朝、ふと目が覚める。 辺りはもうすっかり明るい。 手を伸ばして枕元の腕時計を取って見ると、針は6時50分を少し回っている。 昨夜寝たのは10時過ぎであったから、もう9時間近く寝たことになる。 『ああ、よく寝た』と思う。 やはり、昨日のプレイが効いてたのかしら。
 横を見ると孝夫の蒲団が空になっている。 『あれ、どこへ行ったのかな』と思う。 昨夜の就寝前の祥子と孝夫の会話を思いだす。 多分、朝早く起きたので散歩にでも出掛けたのだろう、と深く気にとめずにいる。
 起き上がって庭側のカーテンを開ける。 今日も素晴らしい天気で、木立に限られた視界一杯に青空がひろがっている。 ガラス戸も開ける。 さわやかな空気がさっと入ってくる。 縁に立って空を見上げながら、『今日はいよいよあの砂浜に、首まですっぽり埋められるんだ』と思う。 思わず、ぞくぞくっとしたものが身体中を走る。 そしてまた、『この天気では大分あぶられそうだな』と思う。 体は首まですっかり砂で覆われるとしても、顔と頭とがである。
 服に着替えて中廊下に出てみる。 祥子達の気配はない。 やはりみんな外へ出ているらしい。 こういう海浜でこのような好天気では、目が覚めたら家の中に居る気がしないのはしごく尤もである。
 私も玄関に出て、ゴムぞうりをつっかけて外へ出る。 みんなは恐らく海へ行ってるんだろう、と見当をつけて、まず浜へ出てみる。 しかし、木立を抜けて砂浜の縁まで出て見回しても浜辺には人影は見当たらず、ただ穏やかな波がずっと下の方に寄せては返しているだけである。 水際から大分離れた上の方に例の目印の木の棒が立っている。 『ああ、あそこに埋められるんだな』と思う。 その場所の砂の上に私の頭がちょとなんと載っている風景を想像して、またぞくぞくっとする。
 別荘に戻り、裏手に回ってみる。 そして思い掛けない光景にはっと息を飲む。 例の祥子が気に入っていた松の木の大枝に、後ろ手姿の美由紀が足を地面から30センチほど浮かせて吊り下げられている。 横に祥子と孝夫も立っている。 祥子が私に気がついて、手を振って『おはよう』と朝の挨拶を投げかけてくる。 孝夫もこちらを向いて会釈する。 私も手を振って『おはよう』と応えて、まっすぐに3人の所へ行く。 吊られたままで美由紀も眼で微笑みを向ける。
 美由紀は一昨日の合宿始めの儀式で着ていた純白の衣装を着け、高手小手に縛られ、足首も揃えて縛り合されて、上半身をやや前傾姿勢にして、背中から延びる太目の紐でまっすぐ吊り上げられている。 その上、今朝は純白のガーゼのマスクで顔の下半分を覆われ、苦しそうにあえいでいる。 このマスクは例のゴム裏のマスクらしい。
 祥子が笑い顔で、『やっとお目覚めになったの』と言う。
『うん、よく寝た』と応える。
『今朝は祐治さんが余り気持ちよさそうに寝ておられたので、僕だけそっと抜け出してきました』と孝夫。
『うん、それで、美由紀はどうしたの』
『ええ、今日のプレイの安全祈願よ』と祥子。
『ええ、外に出たら、玄関前でお2人にお会いして、祥子さんに今日の祐治さんの生き埋めプレイが無事にうまく行くようにお祈りするから手伝って、と言われまして』と孝夫が言う。
『ああ、それは有難う。 それで美由紀にあの衣装を着せて吊った訳かい?』
『ええ。 もっともお2人に会った時には、美由紀さんはすでにあの衣装で高手小手に縛られていました』
『ええ、そうよ。 最初は起きたらそのまま、2人であの祐治さんを埋め込む場所に行ってプレイの無事をお祈りしましょう、と言うことだったんだけど、美由紀がプレイの神様にお願いするのだから、お祈りはやはり神様がお喜びになるような姿でしたい、と言うものだから、美由紀にはまた正装させて出てきたの。 だけど孝夫と会ったので急遽、予定を変更して、プレイの神様が一層お喜びになるように、この吊りを御供えすることにしたの』
『ふーん、それであのゴム裏のマスクを掛けてかい?』
『ええ、そう。 御供えにはなるべく苦行を積んで貰った方がご利益もあると思って』
『そんなことを言ったって、苦しいのは祥子じゃなくて美由紀だのに』
『いいのよ、あたし達の内で誰かが苦行を奉納すれば。 それに今日のマスクは適当に漏れがあるように掛けておいたから、そんなに苦しくはない筈よ』
『ふーん、都合のいい理屈だね』
『そうね』
 祥子も笑いだす。 孝夫も横で笑っている。 美由紀も心なしか、眼で笑っているように見える。
『ところでもうお祈りは済んだのかい?』
『ええ、祐治さんの来るちょっと前に済ませたの。 でも、もう一度やってもいいわよ』
『ああ、一度済んでるのならもういいよ』
『そう』
 会話が一段落して、改めて美由紀の吊り姿を見る。 背中で美由紀を吊った綿ロープは大枝の上を回って来て斜め下にぴんと延び、その先はすぐ脇の木の曲がった根元近くに縛りつけられている。 吊紐は腰の紐にも連結されているようなので幾らかはましだろうが、単に吊られているだけでも胸を圧迫されて苦しいのに、その上にあの、呼吸もままならぬマスクを掛けられててはさぞ辛いだろうな、と思う。 しかし、頭の髪飾りから足の先まで白づくめの衣装は一昨日と同じであるが、それに白のマスクが加わり、しかも明るい青空の下の木立の中で、格好のよい松の大枝に厳しい緊縛姿で吊られている美由紀は素晴らしく愛しく美しい。 思わず見とれる。
『いいね』と感想を漏らす。
『そうね』と祥子も美由紀を見詰める。 『野外での吊りプレイって初めてだけど、雰囲気が明るく開放的でとてもいいものね』
『そうだね。 それにあの枝の格好がいいね。 祥子があの枝に誰かを吊り下げたくてうずうずしてたのも無理もないような気がするね』
『ええ、それに美由紀だって、あの枝に吊られたくてうずうずしてたのよ』
 横で吊られている美由紀が『違う』と言うように、首を横に振る。 美由紀の身体が吊り紐を軸にわずかに回り、小さく揺れ始める。 実相はまた祥子がうまいことを言って、美由紀を吊りに誘い込んだのであろう。 孝夫がカメラを持って来て、美由紀の吊り姿を何枚も撮っている。
 しばらく鑑賞したのち、もうそろそろと思って祥子に言う。
『もうお祈りも済んだのなら、そろそろ美由紀の苦行も終りにしてやってもいいんじゃないのかい?』
『そうね。 もう7時も大分過ぎたから、下ろして朝食の支度に掛かろうかしら』
『うん、そうした方がいい』
 早速、私は美由紀の顔からマスクを外す。 美由紀はほっとした顔をして、まだ荒い息をしながら『有難う』と言う。 ついで私と孝夫が美由紀の体を支えて、祥子がロープの先の縛りを解き放つ。 美由紀の身体をゆっくり下ろす。 そして美由紀を立たせたままで、皆で手分けして紐を解く。 すっかり紐から解放された美由紀は肩や腕をぐりぐり動かして凝りを取って、皆と一緒に食堂に行く。



 美由紀が普段の服に着替えてきて、さっそく祥子と一緒に朝食の準備を始める。 その間に私は孝夫と自分の部屋の寝具を片づけて、一旦食堂に戻る。 そして改めて、『ちょっと顔を洗ってくるから』と断って洗面所へ行く。 食堂を出る時に祥子が『ひげを丁寧に剃っておいてよ』と声を掛けて来る。 『何故だろう』と軽い疑問を感じながらも、ただ『うん』と応える。
 洗面所では歯を磨き、顔を洗い、安全カミソリを丁寧に当てる。 それから食堂に行って席につく。
 食卓の上には、パンとベーコン・エッグと生野菜が並んでいて、もう3人が席に着いて待っている。 美由紀は祥子と並んで席を取って、また両手を後ろに回している。 いつものことなので気にならなくなる。
 私が『やあ、お待ちどおさま』と席に着いた途端に祥子が浮き浮きした顔で言う。
『さあ、今日はいよいよ、祐治さんをあの砂浜に埋め込む日よね』
『うん、そうだな』
『どうお?、もう覚悟は決まった?』
『うん、まあね』
 私は祥子と顔を見合せて笑う。 美由紀と孝夫も笑顔を見せる。
『じゃ、頂きましょう』と言う祥子の言葉をきっかけにして、食事が始まる。 祥子はまず美由紀に食べさせてから、自分も食べる。
 一口食べてから、美由紀に『さっきは有難う。 僕のためにあんな儀式をして貰って』と声を掛ける。 美由紀はただ、『いいえ』と恥ずかしそうに下をむく。
『あ、もう8時ですね。 ちょっと、ニュースを聞いてみましょう』と、孝夫が食卓の上に携帯ラジオを置いて、スイッチを入れる。 いくつかのニュースの後に天気予報の放送がある。
『きっと波の高さも言いますよ』と孝夫が注意する。 皆が手を休めて聞き耳を立てる。
 放送は男性アナウンサーの声で、まず全国天気概況の中で、昨日、南方洋上に台風15号が発生したが、まだ日本には影響がないこと、日本は小笠原高気圧に覆われて、全国的に天気がよく、今日一日はよい天気がつづき、暑いこと、などを述べる。 そしてローカルな天気予報に移って別のアナウンサーに代り、『伊豆地方は、今日は一日中晴天で、所によりにわか雨があります。 朝の9時から晩の9時までに10ミリ以上の雨の降る確率は10パーセントです。 気温は33度を越える見込みです。 海上は相変らず静かで、波の高さは50センチほどの見込みです』と放送される。
 孝夫がラジオのスイッチを切る。 そして、『波の高さはやっぱり、50センチのようですね』と言う。
『そうね。 だから昨日に決めた場所でいい、変更する必要はない、と言う訳ね』と祥子は嬉しそうに言う。
『ええ、そうですね』と孝夫が応える。
 あの場所にはかなりの波が来る。 これで間違いなく、首だけを砂の上に出して繰り返し繰り返し波をかぶってあえぎ続ける自分が現実のものになる、と思って、ぞくぞくっとする。 そしてふと、それはそうとして、それまではどうしてるんだったけ、と思う。 埋め込み以外のプランは祥子からも聞いてない。
『それで、今日のスケジュールはどうなってたっけ』
『ええ、それは昨日の夜にも言った通り、干潮の時刻に合わせて、10時ころに祐治さんを埋めてあげるの』
『それまでは?』
『ええ、そうね。 この食事がすんだら、簡単に後片付けして、あとは浜に出て、しばらくは自由に遊ぶ積りでいるんだけど』
『すると、埋め込みまでは特別なプレイの予定はないんだね』
『ええ、祐治さんには後で頑張ってもらわなければならないので、自由に遊ばせといてあげるわよ』
『ああ、それは有難う』
 私が話の流れに乗って思わず礼を言うのを聞いて、孝夫と美由紀がくすりと笑う。
 また、続きを訊く。
『それで、埋め込みの作業が終ったら?』
『ええ、後は夕方の5時18分とかいう満潮の時刻を待つだけだけど』
『ふーん』
 私は時計を頭に浮かべる。 そして、さんさんたる太陽の下で、砂浜に頭だけ出して埋め込まれている自分の姿を想像する。
『そうだね。 ちょっと退屈しそうだな』
 孝夫が驚いたような顔をする。
『え、退屈ですって?』
『うん、その長い時間を何も出来ずに、ただひたすらに待っていなければいけないんだからね』
 私は少しにやにやして見せる。
『ええ、でも』と祥子が口を出す。 『満潮の時刻のかなり前から波が祐治さんの顔を洗い始めるから、そうなれば退屈しなくてすむわよ』
『まあ、それはそうだろうな。 でも、そうなるまででも待ち時間はかなり長いね』
『ええ、それで、一つ二つは対策も考えてあるけど』
『例えば?』
『それは秘密。 とても楽しいことも考えて上げてあるから、期待してらっしゃい』
『うん、解った』
 祥子と顔を見合せて笑う。 孝夫が今度は呆れたような顔をする。
 また、皆が食事の手と口を動かし始める。



 朝食が終って簡単に後片付けをして、皆がさっそく水着に着換える。 そして手に手に荷物を持って4人揃って砂浜へ行く。 祥子はまた例の赤いバッグを提げて行く。 私のふんどし用の鎖などのプレイ用品も一纏めにして一つの小さい布製のバッグに入れ、その中に入れて貰ってある。
 浜に出て、まず昨日の目印の木の棒の近くにビーチ・パラソルを立て、その下に敷物を敷き、荷物を置く。 まだ時刻は9時前で、潮はかなり引いているが、この辺はまだ砂はしっとりしている。 例によって浜には我々以外の人影は全くない。
『ほんとにいい所ね』と祥子が周りを見回しながら言う。 『今度の生き埋めプレイみたいな厳しいプレイは、人目のある所ではちょっと無理だけど、ここなら安心してプレイをすることが出来るわね』
『そうだね。 僕も人目のないのは助かるな』
『祐治さんでもそうですか?』と孝夫が言う。
『そりゃそうだよ。 僕だって仲間内ならいいけど、砂浜に頭だけ出して埋め込まれてる哀れな姿をほかの人に見られるのは恥ずかしいからね』
『そうよね』と美由紀が大きくうなずく。
 まだ時刻が早いので、早速、ひと泳ぎしてくる。 そして、ビーチ・パラソルの横で思い思いに腰を下ろす。 すぐ眼の前に目印の棒が立っている。
 祥子がその棒を見ながら『ほんとはね』と言う。 皆が祥子の方に顔を向ける。 祥子が続ける。 『ほんとはここよりももっと海に寄った、下の方に埋める方が面白そうね』
 美由紀がちょっと心配そうな顔をする。
『ええ、でも』と孝夫が言う。 『そんなことをしたら、満潮の時には頭が完全に水に隠れて、溺れてしまいますよ』
『ええ、そう。 だから典型的な処刑プレイになるんじゃない?。 ね、祐治さん』と祥子は話を私に向ける。
『そうだな』と笑いながら返事する。 『僕は当事者だからコメントを控えるけど、でもあんまりぞっとしないな』
 横でまた孝夫が『ええ、確かに処刑プレイにはなりますけど』と言って続ける。 『でもプレイというからには、生命は保証しなければいけませんよね。 それに処刑プレイでは、気を失うまでは放っておくんでしょう。 その後でどうやって生き返らせます?』
『ええ、そこが問題なの』と祥子が真面目な顔をして応える。
『とにかく、溺れたらすぐに体を逆さにして水を吐かせて、人工呼吸をする必要がありますよね。 生き埋めにしてあったのではそのどちらも出来ませんし、掘り出してからでは間に合いませんからね』
 孝夫はあくまで真面目に主張する。
『ええ、解ったわ。 やっぱり無理よね』
 祥子がとうとう笑い出す。
『今日は孝夫君もずいぶんはっきりと主張するね』と私も笑う。
『あ、そうですね』と孝夫も頭をかく格好をして笑う。 『祥子さんが本気でそんなプレイをするんじゃないかって、心配になって』
『あたしもまさかとは思っていたけど、でもやっぱり、少し心配だったわ』と美由紀も横で言う。
『うん、有難う。 でも、僕には祥子は絶対安全な方法を考え付くまではそんなプレイはしそうもない、って判ってたから、あまり心配はしてなかったけど』
『そう言えばそうですね』と孝夫はまた笑う。 『やっぱり僕は、これから始まる素晴らしいプレイを前にして、少し興奮してたんですね』
『まあ、そんな所かな』
『そうね』と祥子が言う。 『でも、祐治さんにそんな風に見通されてるとすると、本当の処刑プレイはちょっと無理という訳ね。 いくら本当らしい死刑の理由を作り上げても、祐治さんはまともに考えてくれそうもないもの』
『まあ、そういう所かな』と引導を渡す。
 話に一段落ついて、『じゃ、まだ時間があるから、もう一泳ぎしてこよう』ということで、4人で海に入る。

3.2 埋め込み

第3章 第3日
04 /30 2017


 しばらく海で遊んで、また、浜にあがって休む。 敷物の上に置いてある目覚時計を見ると、時刻は9時半近くになっている。
『もう、そろそろ始めない?』と祥子が言い出す。
『そうですね』と孝夫が応える。 『今から始めると、丁度10時近くに埋め込むことになりますね』
 私ももう好い時分だと思う。
『うん、そうだね。 じゃ、そろそろ始めることにしようか』
 私はそう言いながらも、さあ、いよいよ、と身が引き締まる思いがする。
『それじゃ、孝夫は穴を掘り始めて』と祥子が指示を出す。
 ふと、こういう場面では何時でも祥子が当然の事のように指示を出す、と思い当り、面白く感じる。 そしてそれ以上に、他のものがまた当然の事のようにそれに従うのをさらに面白く感じる。
 今も孝夫がすぐに『はい』と応えて、目印の木の棒を引き抜いて、スコップでその場所に穴を掘りはじめる。 潮はもう干潮に近く、海はかなり遠くまで引いていて、砂は黒く湿っているが、穴を掘っても中に水が湧くことはない。
『それから』と祥子が赤いバッグの中から私のプレイ用具の入っている小さいバッグを取り出しながら言う。 『祐治さんも鎖のふんどしを締めるのと、足首と太ももとを縛り合せるのとを自分でやっておいてね』
『うん』
 私は胸が期待感で高まるのを感じながら、小さいバッグから必要な品を取り出して敷物の上に並べ、身支度を始める。 美由紀が横でじっと私を見ている。 祥子は孝夫の作業を見たり、振り返って私を見たりしている。
 まず、立ったままで股擦れ防止のために股に小布れを当て、何時もの要領で水泳パンツの上から鎖のふんどしを締める。 鎖を留めた南京錠は、まず鍵穴を砂が入らないようにセロテープでふさぎ、さらに錠全体をポリ袋で包んで口をしっかり細紐で封じておく。 鎖のふんどしを締めると腰がぐっと引き締まって気持がよい。
 ついで砂の上に腰を下ろし、順次片膝を立てて、左右の脚それぞれを足首と太ももとをしっかりと縛り合せるいわゆるAT縛りにする。 この縛りをすると立ち上がることはもちろん出来ず、座るかしゃがむかした姿勢で左右の足を交互に動かしてよちよち進むのが精一杯の行動となる。
 最後に、紐の痕がつくのを防ぐために、両方の手首に幅の広い包帯を10巻きづつ巻きつけ、端をセロテープで留める。 そこまでやって、ふと祥子が手首は紐で縛ると言っていたことを思い出して、横で見ている祥子に訊く。
『手首の鎖は着けなくてもいいんだったっけ』
『ええ、手首だと鎖を留める錠が幾つも要って、その一つ一つの鍵穴に砂が入らないように処理するのが面倒だから、手首には紐を使うことにするわ』
『ああ、そう。 それじゃ、これで僕の方の準備は出来たから、後を頼む』
『はい』
 祥子が後ろに回る。 私は改めて正座してつま先を立て、上体を精一杯上に伸ばし、両手を後ろにまわす。 祥子が紐を掛け始める。
 まず、重ねた両手首に紐を2重に巻いて縛り合わせ、ついで十字方向にも2重に巻いて結び、さらにそれらの紐を引き締めるように手首の間に割り紐を通して、ぐっと引き絞って結び合せる。 そしてさらにその先を腰のくさりに結び付け、腰の周りを右と左に1周づつ回して、引き締めてからまた手首に結び付け、くさりにつなぐ。 さらに短い紐で何箇所か手首をくさりに固定する。
 ちょっと力を入れてみるが、手首はもう上下にも左右にも全く動かない。 縛りにかけては4人のなかで祥子は抜群にうまい。 彼女の掛けた紐は、そう強く引き絞ったようではないのに、全然緩まない。 ことに今日の彼女は気が入っていて、入念に紐を掛けている。 もう緩む気配は全くない。 このように手足の自由がなくなると、もう物理的には何をされても逆らうことは出来ず、後がどうなるかは全く先方の考え次第、ということになる。 期待感と軽い不安、無力感とでうっとりした気分になる。
『どう?、気持がいいでしょう』と祥子が言う。
『ああ』と生返事をする。
 美由紀がこわごわと、しかもそれでいて少し羨ましそうに見ている。
『こういうプレイは、モデルはやっぱり女の子の方が感じが出るわね』
『それじゃ、あたし、お化粧してあげる』
 美由紀が化粧道具をもってきて、私の前に両膝をついて座る。 私は後ろ手・正座の姿勢で顔を上げる。 美由紀はまず私の顔をウエットティッシで軽くぬぐってから、薄くファンデーションを塗り、フィニシング・パウダーをパフで叩きつけ、また湿らせたガーゼで軽くふく。 ついで口紅をさし、アイシャドウをつけ、頬紅を入れる。 軽くカールのかかっている髪もちょっとアレンジし直す。
『これでどう?』と小さい手鏡を見せてくれる。
『うん、いいね』
 鏡の中には女の子風にアレンジされた私の顔が映っている。 祥子に言われたこともあって、今朝も顔を洗う時にあまり濃くもない髭を丁寧に剃っておいたので、お化粧ののりはよいようである。 我ながら可愛らしい女の子の顔にみとれる。
『また、祐子さんのお誕生ね』
 祥子のその声に、孝夫が穴を掘っている手をちょっと休めてこちらを見る。
『なるほど。 お顔はほんとにきれいな女の子ですね』
『ええ、そうよ』と美由紀が得意気に言う。 『祐子さんって、これに女の子のかつらをかぶって、本格的な女の子の服装をなさるのだから、どう見てもきれいな女の子としか見えないわよ』
『そうね』と祥子も言う。 『今は体がまだ男の子だからそうでもないけど、服装もきちっとなさると、ほんとに妬ましいくらいの美人よね』
 私は恥ずかしくなって顔を伏せる。 そしてこの、紐で強制されて自分では崩すことの出来ない後ろ手・正座の姿勢でじっとうつむいて、まさにこれからお仕置をお受けるべく待っているような気分になり、いじらしい自分に強い愛着を感じてうっとりしてくる。
 祥子がふと思い付いたように孝夫に言う。
『孝夫は確かまだ、本物の祐子さんには会ったことがなかったわね』
『ええ、まだです』
『それじゃ、今度の合宿の間に、一度会わせて貰うといいわね』
『ええ、ぜひ一度、お会いしたいですね』
 孝夫がそう言うのを聞いて、私も孝夫に祐子を会わせてみたくなる。 顔を上げ、『孝夫君』と呼びかける。
『はい』と応えて、孝夫が私の顔を見る。
『あの、今度の合宿にも必要な品は一応持ってきてあるから、一度、機会を見付けて祐子に会わせて上げてもいいけど』
『ええ、ぜひ、お願いします』
 孝夫は勢いこんでそう言って、頭を下げる。
『まあ、それはそうとして』と祥子は話を旧に引き戻す。 『今日は体はいずれ砂に埋めて見えなくなるんだから、これで充分、女の子でプレイしている気分になれるわよね』
『そうですね』
 孝夫もうなずく。 そしてまた、スチールの巻き尺で深さを確かめながら穴を掘り進める。



 そのうちに穴がすっかり掘り上った様子で、『もう、この位でどうですか?』と孝夫が声をかけてくる。 掘り出された砂は穴の傍にうずたかく積み上げられてある。 祥子が穴の中を見下ろす。
『そうね、大体よさそうね』
 祥子は満足げに一つうなずき、続けて孝夫に言う。
『それから美由紀も並べて埋めてみたいから、もう一つ穴を掘ってくれない?』
 美由紀がびっくりしたような顔で『あら?』と声を出す。
『あなたには紐はかけないで、そのままの姿で浅く埋めてあげるわよ』と祥子はすまして言う。 美由紀は『でも』といった顔をする。
『でも、その前にまず、祐治さんを埋めてみませんか?』と孝夫がいう。
『それもそうね』と祥子も同意する。 『それじゃ、祐治さん、ご自分で穴に入って下さらない?』
『うん』
 私はつま先を立て、えいやっと両膝を上げてしゃがんだ姿勢になり、穴の縁へとひょこひょこ行く。
 際まで来て穴の底を見下ろす。 穴は孝夫が中に入って掘ったので、2人は入れる位の広さがある。 深さは80センチ位の感じで、片隅には狭い段がひとつ掘り残してある。
 足元の砂が崩れそうに少しぐずぐずっとする。 今の私は両手を後ろ手に固定され、脚も左右それぞれ足首と太ももとを縛り合せてあるので、穴の底に静かに降りる、という訳にはいかない。 それに、あそこに降りたらもう絶対に自分では穴から出られないんだ、と思うとぞくぞくっとする。 ほかの3人がじっと私を見詰めている。
『さあ、行くぞ』と決心して、思い切ってぽんと飛び降りる。 後ろ手のしゃがんだ姿勢のままで底に着き、ちょっと後ろに倒れかかって、頭と肩が後ろの壁で支えられる。 紐が両脚の足首と太腿とにぐっと食い込む。 穴の縁が目の高さよりも上に来る。 砂の壁がものすごく高く感じる。 一瞬、『ああ、とうとう降りちゃった。 もう出られない』と思う。
 身体をひねって上半身を起こし、脚を正座の形に座り直して、膝を小刻みに動かして体を海の方に向ける。 背筋をぴんと伸ばすとあごが砂の面よりも少し上に出る。
 上からのぞいた祥子が『ちょっと浅いようね』という。 そして、『もうちょっと深くするわね』と私を少し横に寄らせ、自分で穴の中に入って来て、小さいシャベルで砂をせっせと掘って外へ出す。
 砂をだいぶ掘り出してから表面を簡単にならして、『これでどうお?』と私に言う。 私はただ、『うん』とうなずく。
 祥子が立って少し脇に寄る。 私はまたいざって、足の位置を決めて座り直す。 背筋をのばす。 あごの下面が砂浜の面より少し低い位になる。 祥子が満足げな顔をする。
『ああ、今度はいいようね』
 いよいよ埋め戻しにうつる。 孝夫が横にうずたかく積み上げてあった砂をスコップですくって穴に入れる。 最初のひと塊りを膝で感じたとき、またも『さあ、いよいよ』と思う。
 孝夫が砂を入れ、祥子が手やシャベルで砂を私の膝の下の隙間などに押し込んだり、ならしたりしていく。 私は強制された後ろ手の正座姿で、背筋をぴんとのばしたままで少しうつむいて、脚が次第に砂で埋まっていくのを肌で感じながら見守る。 美由紀は穴の横に立って、黙って埋め戻し作業が進むのを見ている。 彼女は他の人に向けたS的な作業にはあまり手を出すことはしない。
 太腿がすっかり隠れる位にまで砂が入ったとき、祥子は段に立って穴の縁に片足をかけ、孝夫に片手を引っぱって貰って穴から出る。 そしてバケツに海水をくんできて穴に注ぎ、砂を引き締める。 ほてっていた身体に水の冷たさが気持よい。
 さらに砂が入って胸の高さまで来る。 腹がやや押されている感じがする。 また海水が注がれる。 一瞬、水がたまるが、すぐまた吸い込まれて砂が締る。
 最後に肩もかくれ、首も埋まって、下あごの先が少しもぐる位まで砂が入って、やっと砂浜の面と平らになる。 今まで立って見ていた美由紀がしゃがんで、祥子と一緒に手のひらで丁寧に砂の表面をならす。 それを見ながら、『あ、とうとう埋められちゃった』と、ほっとしたような、やや不安なような脱力感に満たされる。
 首を左右に回したり、うつむいたりしてみる。 左右には比較的容易に回すことができるが、うつむくとあごが砂につかえてかなりの抵抗がある。 右横にはまだちょっとした砂の山が残っている。 『ああ、あれが私の身体の容積か』と思う。
 ちょっと腕に力を入れてみる。 手首を固定されているので全然動かない。 肘に力を入れてみる。 やはり、ほとんど動かない。 体を前に倒すことを試るが、やっぱり動かない。 脚に力を入れても動く気配はない。 こうして身体のどこも全く動かないことを確かめて、改めて『埋められちゃった』との実感が涌く。
 祥子が立ち上がって、『さあ、出来上がり』と言う。 しばらくの間、3人は立って黙って私を見下ろしている。 私はちょっと恥ずかしくなって眼をつぶる。
『とうとう埋めちゃいましたね』と孝夫が言う声が聞こえる。
『そうね。 夢の本格的生き埋めの完成ね』と祥子も感慨深げに応える。 『これで砂の中では手足をきっちり縛ってあって、しかもこれから満潮が過ぎるまでの少なくとも7~8時間はこのまま掘り出さずにおくのかと思うと、昨日の埋めっこなどとは一味違った感じがあるわね』
『それに祐治さんはきれいですね。 どう見てもきれいな女の子としか見えませんね』
『そうね。 まさにきれいな女の子を生き埋めにした図だわね。 それに同じ生き埋めなら、男の人よりもきれいな女の子の方が胸に迫るものがあるし』
『そうですね』
『それから、普通は生き埋めと言うと肩まで隠れるだけで首から上が出ているものだけど、このように女の子の頭があごも半分埋まって砂浜にちょこんと載ってるのも、何か妖しげな雰囲気があって面白いわね』
『そうですね』
 祥子がしきりに奔放な感想を述べ、孝夫が同意している。 2人ともよほど感激しているらしい。 美由紀の声が聞こえないが、彼女もそれ相応に感じて、じっと私の頭を見ているのであろう。 私も多年の念願が叶い、みんなにも感激して貰って、この生き埋めが実現してほんとに好かったと思う。 改めて手足を繋ぎ留めている紐の締めつけの感触や身体全体を圧迫する砂の快い重みをじっくりと味わって、うっとりした気分になる。
 ひとしきりの感激の会話の後、少しの間の沈黙が続く。 そして、『祐子さん』と呼びかける祥子の声がある。 眼をあける。 祥子が砂に両膝をつき、両手を前について顔を近づけて、私の眼をのぞき込むようにして、『どうお?、埋められたご気分は』と言ってにこっと笑う。 とっさにやや高めの祐子の声で、『ええ、そうね。 悪くはないわ』と答える。 埋められて初めて出す声だが、案外に正常な祐子の声が出る。 横で美由紀と孝夫がくすりと笑うのが見える。
『じゃ、どっこも特に悪い所はなく、大丈夫、と言うのね』
『ええ』
 あごが砂にくっついて、ちょっとしゃべりにくいが、でも、どうにか会話は正常に出来る。 祥子は安心したように、また立ち上がる。



 祥子が美由紀の方に向く。
『さあ、今度は美由紀よ』
『ええ』
 美由紀がこっくりうなずく。
 私の左、約1メートル半の所に、孝夫がまた穴を掘り始める。 私は首を左に回して作業を見守る。 祥子と美由紀も横に立って見ている。
『今度はあまり深くなくていいわよ』
『はい』
 しばらくの間、砂を掘り出していた孝夫がふと手を止める。
『もうこの位にしておきましょうか』
『そうね。 じゃ、美由紀、ちょっと中に入ってみて』
『はい』
 孝夫が穴から上り、代りに美由紀が穴の中に入って、やはり海の方角に向いて座って背筋をのばす。 砂浜の面が脇の下のあたりに来る。 美由紀が周りを見回して、『これならいいわ』とやや安心したように言う。 祥子も『そうね。 まあ、こんなものね』とうなずく。
『じゃ、いいですね。 砂を入れますよ』と断わって、また孝夫がスコップで砂を入れ始める。 祥子がまた中に入って砂を押し込み、ならしている。 美由紀は両手をまっすぐ下に下げ、眼をつぶってうっとりした顔をしている。 私は顔を左に回して、その様子を見ている。 そして、さっきの埋められていた時の気持を思い出して、美由紀もあんな風な気持でいるんだろうな、と思う。
 やがてまた、祥子は穴から出る。 そして孝夫と祥子は穴に水を注いで砂を固めながら砂を入れ、砂浜の面と平らになるまで埋めていく。
 最後に祥子が手のひらで砂の表面を丁寧にならして、『さあ、出来上がり』と言って立ち上がる。 美由紀が眼をそっと開けて、周りを見まわす。 一瞬、私と眼が合い、にっこりする。
『まだ、砂が大分余っていますけど、どうしましょうか』と孝夫が訊く。 『そこらに散らせて平らにしましょうか?』
『いいえ。 あたしにちょっと考えがあるから、そのままにしておいて』
『はい』
 私は一瞬、『考えって何かな』と考える。 しかし、見当もつかない。
 美由紀がしきりに肩の辺を動かす。 しかし、砂に埋められた体はほとんど動かないらしい。 祥子が腰をかがめて顔を覗き込み、『美由紀も埋め方に特に悪い所はないわね』と念を押す。 ちょっと間をおいて、美由紀が『ええ』とうなずく。
 祥子は海の方に2~3歩下がり、私達2人の首と胸像とを興味深そうに眺めて、『いいわね』と感慨深げに言う。 孝夫も祥子に並んで立ち、私達2人を見て、『そう、いいですね』と言う。 美由紀が恥ずかしそうに下を向く。 孝夫はカメラを構えて、私達の写真を2~3枚撮る。
 美由紀も身体を海に向けている。 両手は下にまっすぐ下したまま脇の下が少し隠れる位まで埋められているので、自分で抜くのは難かしかろう。 それに足は縛ってなくても砂が重いので立ち上がることは恐らく無理で、その意味では自由の無さは私とそれほど変らない。 しかし、手足の縛りがなく、しかも脇の下から上が砂の上に出ているので、気分的には私とは大分違うだろう。
 美由紀の顔は私の眼よりかなり高い所にあり、眼をつぶってうっとりしている様子が見てとれる。 美由紀の場合、眼の高さが砂浜の面から約 30 センチあるのに対し、私の眼の高さは 10 センチほどしかない。  30 センチでも普通とは感じが大分違うだろうが、地面から 10 センチの高さに眼を置いて見る世界は、普段見なれている世界とはまるで違った印象を与える。 身体がまるで動かないことと相まって、何か別世界に居るような奇妙な気分になる。
 顔を戻して海を見る。 もう時刻は10時も大分まわって、今は潮が一番引いている時の筈。 波ははるか下の方で、寄せて崩れて引いている。 潮が満ちてきてあの波が私の顔を洗うまでになるのはまだ7~8時間も先の話で、私はそれまで身動きも出来ずにじっと待っていなければならない。 気のせいか、腕の付け根が凝って少し痛くなってくる。



『それじゃ、初めての本格的埋め込みの完成を祝って、ちょっと行事をしましょう』と祥子がいう。
『いいですね』と孝夫はさっそく賛成する。 そして、『で、何をします?』ときく。
『ええ、まず、お2人のこれからのプレイの無事を祈って、いつもの通り、鼻と喉のお浄めの行事をしようと思うの』
『ああ、タバコ責めですか』
『いいえ。 これは責めじゃなくて、神聖な行事よ』
『ああ、そうですか』
 孝夫は強いて逆らわない。
『ね、いいわよね』と祥子が念を押す。
 私は昨日から祥子のやっていた準備から考えて、当然、そういうことになるだろう、と思っていたので、すぐに『ええ』とうなずく。 しかし、美由紀は、『え?』という顔をして、心配そうに祥子の顔を見る。
『美由紀は心配しなくていいのよ。 今日のプレイは祐治さんが主役だから、お浄めも祐治さんに代表してやって貰うから』と祥子が笑いながら言う。 『ええ』と美由紀は安心したような顔をする。
『じゃあ』と祥子が私の口に小布れを持ってくる。 口をなるべく大きく開ける。 あごが砂につかえる。 祥子が口に小布れを押し込み、口を閉じさせる。 そして口の上からうなじにかけて布粘着テープを4重に巻き付け、さらに鼻の下にティッシ・ペーパーを小さく折り畳んで粘着テープで貼りつける。 ついで小さい丸缶から2号タバコを1組取り出して、私の鼻にセットする。 呼吸がやや大きくなる。 孝夫が周りでしきりに写真を撮っている。
 次に祥子は、長さ5センチばかりの小さいローソクを2本とり出し、例のローソク立てに立てて点火する。 そして、私の前に来て両膝をつき、『じゃ、いいわね?』と念を押す。 『むん』と軽くうなずく。
 祥子は『なむあみだぶつ』と唱えながら、ローソクの炎をタバコの先の下にもってこようとしてローソクを傾ける。 しかし、タバコの先の位置が低く、砂の面に近すぎていてうまくいかない。 ロウが溶けて、しずくがぽたぽたと砂の上に落ち、白く固まる。
 ローソクをまっすぐの位置の戻して、『なかなか難しいわね』と祥子は言う。 そして『じゃ、もう1回』とまたローソクの先を近づけてくる。 私もぐっと首を後ろ一杯にそらせてタバコの先をなるべく上にもっていき、大きく息を吸って協力する。 喉に強い刺激が走る。 祥子がまたローソクを戻す。 そして、『あ、うまくいった』と嬉しそうに言う。 どうやら今度は2本ともうまく火がついたようである。
 祥子はローソクの火を消して横に置き、ちょっと横に来て私の頭の後ろに手をやって、今の動作で乱れた砂の表面をならし直す。 そして、右斜め前で横座りの姿勢になって、黙って私の顔を見下ろす。 孝夫も横に腰を下ろして私の顔を見ている。 美由紀も首を回して私を見ている模様。
 私は下の方の寄せては返す波を眺めながら、鼻で静かな呼吸をつづける。 とにかく視線が砂の面すれすれに平行に走っているから、一昨日から見慣れた波もとても新鮮に見える。
 息を吸うたびに一緒にタバコの煙も吸い込む。 しかし、今は2号タバコなので、小鼻とタバコの吸口との間の隙間からの空気の流入もあり、静かに呼吸していれば、何とか咳く込まずに我慢できる。 それに今日のMセットは簡略なので、あごに力を入れると多少の隙間もできて、口からも空気が漏れて入って来るであろう。 ただし、今の所、その必要もなさそうである。 とにかく今は、何とかせき込まないようにして静かに呼吸を続ける。 少しニコチンに酔ったような良い気分になる。
 数分して、火は吸口に達して消える。 今は鼻からの空気に刺激がなくなり、大きく呼吸する。
 なおも2~3呼吸した後で、『さあ、終った』と祥子が言う。 そして、『でも、一遍もせきが出なかったわね。 これじゃ犠牲を捧げたことにならず、プレイの神様がご不満かも知れないわよ』と笑う。
『む?』と祥子の顔を見る。
『だから、4号Tの方がよかったんじゃないかしら』
 私は何か言ってやりたい気がするが、Mセットで口がきけない。 代りに孝夫が『でも』と言ってくれる。 『あとに厳しいプレイが待ってるんだから、あまり消耗させるようなことはしない方がいいですよ』
『そうね。 それに4号Tは用意をしてなかったし』
 どうも祥子は何時もの露悪家ぶりを見せて、ただ言ってみただけのようである。
 祥子が鼻から燃え残りを取り除く。 唯の空気がうまい。 口を覆う粘着テープもはがされて、小布れを吐き出す。
『あらあら、口のまわりのお化粧がすっかり取れちゃったわね』と祥子が言う。 何となく恥ずかしくなって目を伏せる。 しかし、どうしようもない。 美由紀も心配そうに私の方に顔を向けて見ている。 しかし、彼女も何ひとつ出来ない身の上である。
 祥子はちょっと私の顔を見ていたが、『どうせ後で波に洗われればお化粧は落ちてしまうにしても、このままじゃお気の毒だから、ちょっと、まだらだけは直しておくわね』と言う。 『ええ』とうなずく。
 祥子はバッグの中から化粧道具を出してくる。 そして、『美由紀が動けないから、あたしで我慢してね』と言って、私の顔の下半分を紙で軽く拭きとってから、ファンデーションとパウダーで軽くお化粧し直し、口紅も軽くさし直してくれる。
『さあ、どうお?』と祥子が手鏡を見せてくれる。 かなりきれいに仕上がった祐子の顔がある。 『ええ、いいわ』とうなずく。 孝夫と美由紀がまたくすりと笑っているのが見える。
『さて次はお参りだから、まず、お花をあげたいんだけど、そうそう、林の中にきれいな花がたくさん咲いていたわね。 あれがいいわ』
 祥子が後ろの林の方に行って、紫色の菊のような花を幾つか付けた草の幹を数本採ってくる。 そして私の前と美由紀の前との2箇所、顔から30センチほど離れた所に一つづつの高さ10センチばかりの小さな砂の塚を作って、そこに採ってきた花を3本ほどづつ挿して飾る。
『それじゃ、お水も要りますね』と言って、孝夫がバケツに海水を汲んでくる。
 まず祥子は紙コップに水を汲んで、砂の塚の横に供える。 そして、バケツからカップで水を汲んで、口の中で『色即是空、空即是色、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ』と称えながら私の頭にちょろちょろと掛ける。 水が顔の上に流れる時、思わず眼をつぶり、息を止める。 これを3回くりかえしてから祥子は手を合せる。 つづいて、孝夫が黙って同じことをする。
 それから美由紀の所にも行って、同じことを3回くりかえす。 美由紀は眼をつぶってうっとりしている。 孝夫も同じことをくり返す。
『これでお祝いと安全祈願の行事はおしまい』と祥子が宣言する。 そして、『これで一度、仏様にして、お念仏を唱えておいたから、もう一度死ぬことはないわよ』とにっこり笑う。



 祥子が私の前、やや左に横座りになる。 孝夫もその左に腰を下ろす。
『どうお?、御気分は。 祐子さん』と祥子が笑いながらきいてくる。 祐子さんと呼ばれると祐子として答えざるを得なくなる。 いつものように祐子の声で、『ええ、悪くはないわ』と答える。 そして、前に挿してある花の束を見て云う。
『とうとう、あたしも仏様にされちゃったのね』
『そうよ、ほんとに極楽に居る気分でしょう?』
『そして間もなく、地獄の責め苦がじわじわとやってくる、という訳ね』
『ええ、そうよ。 でも、そんなことが言えるくらい元気なら、きっと大丈夫、切り抜けられるわよね』
『ええ、そう願いたいわ』
 ついで祥子は美由紀の方を向く。
『美由紀は?』
『ええ、まあ、何とか』
 美由紀は短く答える。
 祥子が立ち上がり、少し下がって、改めて腰を下ろして私達2人を見比べる。 そして云う。
『こうして、お2人が並んでいると、とてもお似合いよ』
 美由紀が恥ずかしそうに下を向く。
 孝夫も祥子の横に行って私たちを見回す。
『この、きれいな女の子の胸像と女の子の頭とを並べた取り合わせが面白いですね。 何かシュールな静物画のようで』
『そうね、ちょっと妖しげな感じがあるわね』
 祥子がうなずく。 この2人もこの情景にちょっとこの世でないものを感じているらしい。
 私も今の私が感じている奇妙な気分を伝えたくなる。
『あたしの方も、こういう低い眼の位置から見ていると、世界がとても新鮮で変って見えるのよ。 まるで、何か別世界に居るような気がするわ』
 美由紀もいう。
『ええ、ほんと。 あたしもそんな気がしてたの』
『なるほどね』
 祥子がうなずく。 私は続ける。
『さっき祥子さん達がお花をお供えし、水を掛けてくれてたときに考えてたんだけど、あたしは幼い時、H海岸で例の男の人の生き埋めを見て以来、内心では一度、こういう風に首まできっちり砂に埋められたい、って望んでいたのかも知れないわね。 意識に上らせないようにはしていたけれど』
『そうね。 祐子さんなら、ありそうな気がするわね』
『それで今は長年の夢が急に実現して、とまどっているような所もあるの。 でもこの姿で波をかぶるというのは全く考えてなかったので、その点は祥子さんのアイデアに感心するけど』
『ね。 それ、素晴らしいアイデアでしょう?』
『ええ、そうね。 それがどの位辛いものかはまだ分らないけど、とにかく不安と期待で一杯にさせて貰ったことは確かよ』
 孝夫がまた感心したような顔をして云う。
『すごいですね』

3.3 外来者

第3章 第3日
04 /30 2017


 埋め込みの後の会話も一段落する。 祥子がちらっと海を見て
『それじゃ、お2人にはこのままで居て貰って、あたし達はまたひと泳ぎしてこようかしら』
と言う。
『そうですね』
と孝夫も同調する。 美由紀が『え?』という顔をする。
 祥子が腰を上げ、膝で立って、私たち2人に念を押すように言う。
『じゃ、あたし達はまたちょっと泳いでくるけど、お2人ともいいわね』
 私は、私たち2人を砂に埋め込んだままで泳ぎに行くなんて無責任な、と思う。 しかし、昨日はすでに亀の子埋めの時と埋めっこの時とで2回、私を砂に埋めたままで3人が泳ぎに行っている。 もっとも埋めっこの時は自分で抜けられる程度の埋め方であったが。 そして今は美由紀も横に埋められている所が事情が少し異なるが、祥子と孝夫にとっては前の2回のつづきに過ぎず、特別の意味もなしに、ひと泳ぎしてくる、と言ったんだろう。 こうなったら特に反対する理由もない。
『ええ、いいわ。 美由紀さえよければ』
と応える。
『美由紀もいいわね』と祥子はさらに念を押す。 美由紀も
『ええ』とうなずく。
『そうよね。 美由紀は祐治さんと一緒ならいいわよね』
 笑いながら祥子がそう言うのに、美由紀は真っ赤になって顔を伏せる。
『じゃ、行って来るわよ。 お2人ともおとなしくして待っててね』と手を振って、祥子は孝夫と海に入って行く。
 2人が海に入り、次第に深みに入って行くのを見送りながら、ふと、『万が一、あの2人が溺れたりして、このまま帰って来なかったら、私と美由紀はどうなるのだろう』と考える。 そして、『ああ、そうだ。 お昼に荒船さんがやって来る』と気がつく。 『荒船さんがこの姿の私達を見たら、さぞかしびっくりするだろうな』などと思いながら、眼で2人を追う。 2人はまた例の沖の岩に向って泳いでいる。 私の目の前と美由紀の前には、先ほど祥子が供えてくれた花とお水がそのままで残っている。
 2人のことはともかくとして、美由紀のことが気になる。 何か話しかけたくなる。 そして美由紀と2人だけなら、何も無理して祐子で居る必要もない。 祐子で居ようとするとやはりそれなりに声や口調に気を使う。
 あごを砂でこすりながら顔を美由紀の方に向けて、普段の声と口調で、『美由紀、どうお?』と声をかける。 胸が抑えられているようで大きい声が出ない。 それにあごが砂につかえるので、発音も少しくずれている。
 美由紀も顔をこちらに向けて、『え、なあに?』ときき返してくる。 今は日射しがつよく、さっき祥子達が掛けてくれた海水がもうすっかり乾いてしまっている。 私は頭だけだが、美由紀は肩まで日にやかれて、どうかしら。 改めて訊いてみる。
『肩は熱くないかい?』
 美由紀はちょっと自分の肩に目を落としてから、また私に顔を向けてにっこり笑う。
『ええ、肩は大丈夫。 だけど、砂がずいぶん固く締って重くて、あたし、手も足も全然動かないの。 何だか少し凝ってきたみたい』
 美由紀は肩を動かす。
『まあ、そうだろうな。 でも、頑張ってね』
『ええ、有難う。 で、祐治さんは?』
『僕は最初から砂がなくても動けないようにしっかり縛られているから、却って気が楽だけどね。 腕や脚が大分だるいけど、どっちみち、そのうちにはしびれて感じなくなるだろうし』
 海に眼をやると、2人はもう例の沖の岩に上っていて、祥子がこちらに向けて手を振っている。
『いい気なもんだね』
『そうね』
 美由紀も沖に今は大きく姿を見せている沖の岩の方を見ている。



 と、右手の遠くの方から砂の上を歩いて来る足音がきこえてくる。 『あれっ』と思って首を右にまわす。 若い男女の2人づれが近づいて来る。 まったく予期していなかった部外者の出現に顔がかあっとなる。 この、砂に埋められて頭だけ出している哀れな姿を見られるのは如何にもまずい。 と言って、今の私にはどうしようもない。
 首を左に回して美由紀を見る。 美由紀も気が付いたらしく、何とか抜け出そうとしてか、しきりに肩を動かしている。 しかし、とても抜け出せそうはない。
 再び右手を見る。 近づいてくる男女は2人ともナップサックを背負ったハイキング姿である。 M町から山を越えて来たらしい。 2人は波打際から2メートルばかり離れた砂の上をさくさくと歩いて来る。 このまま進むと、私達の前、 10 メ-トルばかりの所を通り抜けることになる。
 かなり近くまで来て、まず男がビーチパラソルの横に美由紀を見付けたらしく、一瞬ぎくっとした様子をみせ、隣りの女に何かを言って、こちらを指差す。 女がうなずく。 そして2人はコースを変えて、美由紀の方を見ながらまっすぐに近寄って来る。 美由紀はもう真赤になって顔を下に向けて、じっと動かずにいる。
 さらに近くまで来て、今度は女の方が頭だけ出している私を見付けたらしい。 また、『あれ?』という顔をして、私の方に視線を向けて男に何かささやく。 男も私の方を見てうなずく。
 2人はすぐ近くまで来て、私達2人の前で立ち止まり、じろじろ見下ろす。 私ももう覚悟が決まって、黙って2人を見上げる。
 2人とも年格好は私達と同じくらいで、男はすらっとしてやや背が高く、孝夫くらいはありそうである。 女は美由紀くらいの背格好で、愛くるしい顔をしている。 2人は単なるお友達以上の親しい関係のように見える。
 やがて、男の方が私に向って問いかける。
『あの、どうしたんですか?』
『ええ、ちょっと遊んでるので』
 私が普段の声でそう答えるのを聞いて、女の方がびっくりした顔をして、思わず、という口調で訊く。
『えっ、あなたは男の方?』
『ええ、そうです』
『まあ、そうなの。 あたし、女の方だとばかり思っていたわ』
 そして今度は美由紀に向って訊く。
『あなたは本物の女の方でしょう?』
『ええ』
 美由紀は下を向いたまま、消え入るような声で答える。
 男がまた訊く。
『遊んでるって、誰かお友達に埋めて貰ったんですか?』
『ええ、そうです』
 女が一瞬、羨ましそうな顔をしたような気がする。
『それで、あなた方を埋めたお友達はどこかへ行ったんですか?』
『ええ、向こうの岩です』
 私は顔を沖の岩の方に向けてみせる。 美由紀も顔をあげて岩の方を見る。 岩の上では祥子と孝夫が立ち上がって、じいっとこちらを見ている。
 先方の2人も岩の上の孝夫と祥子の姿を認めたらしい。 『ああ、なるほど』と男は独り言のように言い、安心したかのようにうなずく。 そしてまた、私の方に向いて、『お楽しみですね』と笑う。 私はただ、『まあ』と応える。
『それで、これは?』
 男が私の目の前の、花を挿してある砂の塚とその横の水を入れた紙コップを指さす。 私は応えようもなく、ただ、『ええ』と言う。
『つまり、仏さまのご供養と言う訳ですか。 白い趣向ですね』と男は一人で納得して、一人で笑う。
 また、ただ『ええ』と応える。
 男は改めて海岸を見回す。 そして、
『この砂浜はほんとに静かでいいところですね』
と少し笑いを含みながら言う。 私はまた、『ええ』と簡単に応える。
 男が真顔になって訊いてくる。
『ところでこの浜には、今はあなた方4人しか居ないんですか?』
『ええ、そうです』
『で、どこにお泊りですか?。 M町?』
『いいえ。 あの、後ろの木立の中に別荘があって、そこに泊まってます』
『え、別荘が?』
 男が後ろの木立の方をすかして見て、『なるほど』という。 そして、もう1度、私に向かい、『ほんとに皆さんだけでこういう所で遊べるのって、いいですね』と、さも羨しそうに言う。
『ええ』と簡単に応える。
 2人はなおも興味深そうにしばらく我々の顔を見ていたが、やがて男が女に言う。
『それじゃ僕たちが手を出すことじゃなさそうだから、もう行こうか』
『そうね』
 女もうなずく。
『じゃ、僕たちはもう行きますから、お元気で』と男が言う。 『ええ、有難う』と応える。 女も『じゃ、あなたもお元気でね』と言って、にっこり笑いながら、腰をかがめて美由紀の顔に手を伸ばす。 美由紀はその手を避けることも振り払うことも出来ず、鼻を軽くつままれて、また真赤になって顔を伏せる。
 2人はもう一度、沖の岩の方をちらっと見てから、『じゃ、さようなら』と私達に手を振って、左手に立ち去る。 ほっとして、その後ろ姿を見送る。
 2人の姿が次第に遠ざかり、やがて岬の付け根に着いて、一度私達の方に振り返って手を振ってから木立の中に消える。 心からほっとする。
 ふと、女の両手首に細くて赤い紐の痕のようなものが薄くついていたのを思い出す。 もしかするとあの2人も我々と同じような趣味を持っていて、昨夜も旅館の一室ででもプレイをしたんじゃないだろうか、と思う。 そう言えば、砂浜に頭だけ残してすっかり埋め込まれた私の前に飾ってある花を見ては「仏さまのご供養で、面白い趣向」だと言うし、「いいところ」という言葉も「プレイをするのに好いところ」と言う意味に使っていたように思えてくる。 そして最後に、『とにかく、あまり驚いたりもせず、騒がずに行ってくれたのは有難かった』と考える。
 祥子と孝夫が沖の岩を降りて、泳いでくるのが見える。



 帰ってくるなり早速に祥子がきく。
『今の2人、どうしたの?』
『うん。 男の方が「どうしたんですか?」ときくものだから、「ちょっと遊びに友達に埋めて貰った」って返事したんだ。 そして、その友達があの岩の上に居るときいて、祥子達を見付けて、それですぐに納得してくれたようだったよ』
『ふーん、物わかりがいいわね』
 祥子はさも感心したような顔をする。 そして続ける。
『でも助かったわ。 騒がれでもしたら、ちょっと困ったもの』
『うん、そうだね』
 私もうなずく。 あごが砂につかえる。
『安心したら、おなかが少し空いてきましたね』と孝夫が言う。
『そうね。 それじゃ、もう12時を過ぎたから、お昼にしましょう』
 なるほど、もう埋められてから2時間以上たったのか、と思う。 身体のあちこちが凝って痛くなっている。 しかし、まだ大したことはない。
『美由紀はもう出してあげるわね』と祥子が言う。 美由紀がほっとした顔をする。 『これはもういいわね』と言って、祥子は美由紀の前と私の前とに飾ってあった花を抜いて横にまとめて置き、紙コップも水を空けて片づける。
 早速に孝夫が美由紀を掘り出しにかかる。 危険なので、スコップで少し離れた所を慎重に掘っていって、最後は祥子と2人で手で砂をかい出したり、掻き落としたりする。 美由紀の手がやっと砂から抜ける。 美由紀はしきりに腕を動かし首や肩を動かして凝りを取っている。
 さらに砂が除かれ、美由紀が自分でも砂をかい出す。 そして最後に両側の砂に手をついて、ぐっとふんばって立ち上がる。 祥子と孝夫がパチパチと手をたたく。 美由紀はまたほっとした顔をしてちょっと2人に会釈し、軽く足ならしをしてから、海へ走って行って身体の砂を洗い落してくる。
 お昼の食事が始まる。 サンドイッチとポットに入った冷たい紅茶の食事である。 3人が私の前に適当に腰を下ろして食事を進める。 特に美由紀は私のすぐ前に横坐りに座って、自分の食事を進めるとともに私にお給仕してくれる。 ただ、あごの所まで砂があるので紅茶を飲むのが難しいが、美由紀はカップを口に押しつけ、ゆっくり傾けて飲ませてくれる。 今は頭はビーチパラソルの影に入っており、熱さが防がれている。
 自然と会話が始まり、話題は先ほどの2人のことになる。
『さっきは驚いたわ。 急に人が来て』と美由紀が言う。
『うん、僕も』と私も言う。 『全く考えてもなかったことだったのでびっくりした。 それに、こんな姿を見られたらまずいな、と思ったら頭がかあっとなった』
『でも祐治さんはあの2人に随分てきぱきと応答してたようじゃない』と祥子が言う。
『うん、もうどうしようもない、と観念したら覚悟が決まってね』
『すごいですね』と孝夫が言う。 『僕等も岩の上で見ていて、ひやひやしてましたよ。 騒がれたら騒動ですからね』
『そうね。 客観的に見れば、1組の男女がもう1組の男女にリンチを加えているという図柄だもの、騒ぐ方が普通だわよね』
『うん、ほんとに危なかった。 でも考えてみると、騒ぐといっても、その騒ぎを聞く人がここには一人も居ないんだよね。 だから慌ててM町まで飛んでいくことになるのかな』
『そう言えばそうですね。 それとも正義感に燃えて、さっそく祐治さん達を掘り出しにかかるか』
『そうね。 その方が可能性が高いわね。 こちらとしては今から掘り出されるのが一番困るけど』
 私は祥子の言葉尻を捕まえてからかってみる。
『え?、こちらとしては、というのは、あたしとしては、の間違いじゃないのかい?』
 しかし、祥子もさるもの、済ました顔で応える。
『いいえ。 少なくとも祐子さんはそう思っていらっしゃいます』
 祥子の改まった口調に皆がどっと笑う。
『でもよかったわ。 祐治さんがそんな冗談を言える位、元気で。 これなら間違いなく最後まで頑張れるわよね』と祥子がいう。 また、美由紀が紅茶を飲せてくれる。
 紅茶を飲み下して、また、話をあの2人に戻す。
『ところで、あの2人が物わかりよく、騒がずに行ってくれたのは、どうもあの2人にもプレイの気があるからのようなんだ』
『ふーん』
 祥子が興味を示す。
『というのはね、女の方の両方の手首に、何だか紐の痕らしい少し赤い2重の線が残っているのが見えたんだ。 きっと、昨日の夜にでも、どっかでプレイをしてきたんだと思うけど』
『なるほどね』と祥子。
『祐治さんはそんな所まで見ていたの?』と美由紀がびっくりしたような顔をする。 そして『あたし、恥ずかしくって、とてもあの人達を見る余裕なんかなかったわ』と今でも恥ずかしいかのように肩をすくめる。
『ええ、無理もないですね』と孝夫が言う。
『それで』と私は話を元に戻す。 『まあ、恐らくは、あの2人にもそう言う知識や経験があったものだから、僕や美由紀が埋められてたのもすぐにプレイだと納得してくれたんじゃないのかな』
『ええ、そうかもね』
 祥子もうなずく。
『とにかく男の方は、僕達が4人だけで泊まりがけでこの海岸で遊んでいるって聞いて、大分羨ましそうだったし、僕と美由紀が埋められてるのを見て、女の方もなんだか羨ましげだった』
『ふーん』
 今度は孝夫が感心た顔をする。
『でも』と祥子が面白そうに言う。 『あの2人には、砂の中では祐治さんの手足を厳重に縛ってある、なんてことは判らなかったでしょうね』
『そうだね。 ましてや僕が今から何時間もこのまま放って置かれて、次第に潮が満ちてきて、ついには頭に絶え間なく波をかぶって必死にあえぐようになり、その様子を祥子達が楽しく観賞する、なんて言うことは、想像も出来なかったろうね』
『そんなことを言ったって、祐治さんだってそれを期待して待ってるんでしょう?』
『まあね』
 祥子と顔を見合せて笑う。 小さいながらも我々だけが秘密を共有している、という軽い満足感を感じる。
『まあ、とにかく無事でよかったですね』と孝夫は言う。 そしてぽつりとつけ加える。 『それにしてもここは普段、人の来ることがほとんどない所なのに、丁度このようなプレイをしている最中に来るなんて。 ほんとに悪いことは出来ないものですね』
『あら、孝夫はこのプレイを悪いことだと思ってるの?』と祥子が笑いながらなじる。
『いや、そんなことはありませんけど』と孝夫が慌てて打ち消す。 皆が笑う。
 デザートには櫛形に切ったオレンジが出る。 美由紀がその一切れを口にふくませてくれる。 ゆっくりと味わう。
『祐治さん、埋められているご気分はいかが?。 悪くないでしょう』と祥子。
『うん、悪くはないね』
『それに、こうやって美由紀に親切にお給事して貰えると、最高の気分でしょう?』
『まあね』
 また、祥子と顔を見合せて笑い合う。
『ところで』と祥子が話を美由紀に向ける。 『美由紀はどうだった?、埋められてて』
『ええ、あたし、埋められてる間に身体のあちこちが痛くなってきて。 もうそろそろ我慢の限界だったわ』
『ああ、そう。 でもそれを通り越すと、また辛抱できるようになるのよ』
 祥子の知った風の言葉に、私が訊く。
『祥子は経験があるのかい?』
『いいえ、まだないわ』
 また皆が笑う。

3.4 砂山

第3章 第3日
04 /30 2017


 そのうちに美由紀がふと時計を見て云う。
『ああ、もう、12時半に近いわよ。 そろそろ荒船さんが来たときの対策を始めたほうがいいんじゃない?』
 祥子が応える。
『そうね。 少し早めにやっておいた方がいいわね』
『で、どうします?』と孝夫が訊く。 『そこにあるバッグだけじゃちょっと頼りないから、別荘から何か適当な物を持ってきて祐治さんの頭を隠しますか?』
『そうね、それもいいけど』
 祥子はそこで言葉を切って、にやっと笑う。 そして一息おいて続ける。
『でも、あたしは、祐治さんの頭の上に砂のお山をつくって隠したらどうか、と思っているの』
『え?』
 孝夫が聞き返す。 美由紀がきょとんとした顔をする。 それまでぼんやりと祥子達の会話を聞いていた私も、思わず祥子の顔を見上げる。
『つまり』と祥子は横に置いてあった赤いバッグから昨夜の潜水マスクを取り出して皆に示す。 『これを使うのよ』
『というと?』
 孝夫はまだ理解できない、という顔をする。
『つまり、これを顔に掛けてパイプの先を砂の上に出しておけば、頭を完全に埋め込んで砂山を作っても、息が出来るでしょう?』
『ああ、なるほど』
 孝夫はやっと解ったという顔をする。 私にもやっと祥子の意図が解る。 ぞくぞくっとした戦慄が身体中を走る。
 祥子が説明を続ける。
『昨日は交代で色々と砂に埋めっこをしたけれど、あたしの場合は鼻と口が砂から出ていたし、祐治さんの場合は鼻から上が出ていて、まだ、全部を完全に埋め込んだ、ということがなかったわよね』
『ええ』
『それで、完全に埋め込むことが出来なかった理由は、頭も完全に埋め込むと口も鼻も砂で埋まってしまって、呼吸が出来なくなって窒息してしまうからだわよね』
『ええ、そうです』
『そこで、あたし、その後も考えてたの。 頭まで完全に埋め込んで、しかも呼吸がちゃんと出来るようにする方法がないかしらって。 そして、昨夜の打合せで今日のプレイでは祐治さんの頭を荒船さんから隠さなければ、と言う話が出て、それには何とか砂で埋めることが出来るとうまいんだけど、って改めて思って、そのすぐ後で正座してあごの高さを測って貰っている祐治さんの横顔を見てて、ふと、あ、そうだ、このマスクを使えば、って気がついたの』
『・・・』
『つまり、潜水マスクと言うのはポリ袋の中や水の中だけじゃなくて、砂の中でも使えるんだって。 だから、このマスクを使えば頭まで砂に埋めることが出来るし、そうならば上に砂の山をつくって頭を隠すことが出来るって。 それで早速、ゆうべ祐治さんにこのマスクの水漏れテストをして貰って、パイプの先さえ空中に出して置けば確かに呼吸が出来ることを確かめたのよ』
『なるほど』
 孝夫がうなずく。
『ね?、いいアイデアでしょう』
 祥子が孝夫に自慢げに言って、ついで顔を私に向けてにこっと笑う。 私は祥子の顔を見上げて訊く。
『ああ、それがゆうべ、祥子が言っていた素晴らしいプレイなのかい?』
『ええ、そうよ。 そうすれば、プレイを楽しむと同時に、荒船さんの目から祐治さんを隠すことが出来て、一石二鳥でしょう?』
『なるほどね』
 私もうなずく。
『ね?、やってみましょうよ。 こんな素晴らしいプレイがあるのに、やらない手はないわよ。 祐治さんの好みにもぴったりだし』
『そうだね』
 私はちょっと考え込む。 このプレイの意味する所を消化するのにはちょっと時間がかかる。
『孝夫はどうお?』
『そうですね。 悪くはないですね』
『美由紀は?』
『そうね』
 美由紀はちょっと首をかしげる。 そして云う。
『あたし、祐治さんさえよければいいわ』
 そうこうするうちに私も次第にそのアイデアになじんでくる。 確かにうまく行きそうである。 それに、頭まで完全に埋め込まれるとはどんな感触のものなのか、にも興味がある。 その上、荒船さんの目の前に居ながら荒船さんの目を逃れてるという、してやったりとする満足感も捨て難い。 また、慎重な祥子が考えたんだから安全性にも問題はなかろう。
『ね、いいでしょう?』と祥子がもう一度、タイミングよく押してくる。
『そうだね。 それじゃ、祥子の言う通りにして貰おうか』
『まあ、嬉しい。 じゃ、さっそく始めるわよ』
『うん』
 また、ぞくぞくっとしたものが身体中を走る。



 祥子はまずバッグから白の地にピンクの花模様のある女物の水泳帽を取り出し、私のあごの下の砂を少しとり除いてから、私にかぶせて紐をあごの下にまわして留める。 少し大きめらしく、頭も耳もすっかり覆われる。
 それから祥子はまたバッグから、昨夜使った補聴器を取り出す。 『何も聞こえないと退屈でお気の毒ですからね』と祥子は言う。 どうやら祥子は本気で私の頭を砂の山ですっかり覆ってしまう気らしい。 昨夜の合意で『生命の危険や後遺症の心配がない限り何をしてもよい』と言うことになっているから文句は言えないが、ちょっと不安になる。 しかし、一度承知してしまった以上はもう今さら嫌とも言えない。 それに祥子は案外に慎重だからうまくやってくれるだろう、と言うことで不安を鎮める。
 祥子はまず水泳帽を耳の横だけ少しずらし、補聴器のイヤホーンを右の耳の穴に差し込む。 そしてコードを前に引き出して、水泳帽をもとのように直して丁寧に耳を覆う。 そして最後に例の潜水マスクを念入りに顔に掛ける。
『さあ、出来上がり』
 祥子は前にべたっと座って私の顔を見回す。 そしてもう一度、潜水マスクを慎重に点検してから、『念のために、またちょっとテストをするわね』と鼻側のパイプを手に取ってキャップをはずし、穴を指でふさぐ。 息が詰まってくる。 首を振る。 祥子が指を離す。 大きく息をする。
『空気の漏れもないから、水が入る心配もないわよね』
『うん』
『それじゃ、始めるわよ。 いいわね?』
 にっこり笑い掛けてから、祥子は小さいシャベルで砂を横の山から採って私の頭の周りに盛り上げ始める。 孝夫もスコップで砂を私の後ろに積み上げる。 美由紀もこわごわと手を出して砂を押し、山の形を整えている。 眼をつぶる。
 そのうちに頭の後ろと両側がすっかり砂で覆われ、頭の上にも砂がずっしり載る。 ただ、前面は砂は鼻の上まで盛られただけで、眼から上は空気に触れている。 鼻で息を吸って口から吐き出す動作をゆっくり繰り返す。 呼吸には別に何の支障もない。
『一度に埋めると危険だから、眼の見える状態で少し様子を見ましょう』
 砂を盛る気配が止む。 静かに眼をあける。 眼の前を2本のパイプが斜め上に走っている。 祥子が流出パイプの先のキャップをとり、ティッシ・ペーパーの小片をのせて、その動きをじっと見る。 パイプからの周期的な空気の出を確かめているらしい。 いかにも慎重な祥子らしい、と微笑ましくなる。
 試しに息を止めてみる。 祥子が妙な顔をして私の目を見る。 目でにやっと笑って、また呼吸を始める。 紙片がまた規則的に動き出したのを見て、祥子も私の目を見てにやっと笑う。
 しばらく私の様子を見ていた祥子が補聴器のマイクを手に取って、口の近くにもっていく。 イヤホーンから『祐治さん、どうお?。 マスクには異常はない?』との祥子の声が流れてくる。 大丈夫、という積りで、眼を2回パチパチしてみせる。
『ああ、大丈夫って言うのね。 じゃ、残りも埋めるわよ』
『うん』
 私はもう一度、眼をパチパチしてみせる。
 作業が再開する。
『じゃ、始めて。 まずその2本のパイプをなるべく後ろに倒すように立てて』
『はい』
 美由紀が2本のパイプを上に向け、額につきそうになるまで後ろに傾けて支える。 私は観念して、また、眼をつぶる。
 砂がまた頭の上に加えられる。 今度は閉じたまぶたの上にも砂が積まれ、額から頭へと砂が積み上げられて完全に覆われる。 さらに砂を積んでいる気配が続いて、最後にパンパンと手のひらで叩いて砂を固める響きが伝わってくる。 もう外見上は何の変哲もない砂山が出来ている筈。 呼吸は今まで通り、規則的に繰り返す。
 それにしても潜水マスクと補聴器とはうまく考えたものだと感心する。 普通は生き埋めプレイと言っても、首から上は出しておくものである。 そうではなくて頭まで完全に埋め込むプレイでは、通常は密閉した箱に入れるかどうかして埋めるので、身体のまわりには自由空間があるのを通例とする。 このように頭をも含めた全身を直接すっかり砂で埋め込むのは、通常は呼吸の問題があって成立しない。 そこを祥子は例の潜水マスクで解決している。
 と言っても、砂で全身を頭まで完全に埋め込まれた圧迫感は相当なものである。 これでいきなり外界との音の連絡までも完全に遮断されたら、精神的に耐えられるかどうか判らない。 そこで、外の状況を本人に知らせるために補聴器のイヤホーンを耳にセットしておく、と言う驚くべきアイデアが登場する。 確かに、僅かに補聴器を通じてでも外界と繋がっている、そして仲間が横に居てくれてることが確認出来る、ということで、大分気分が楽になっている。



 しばらくして、『さあ、出来上ったわよ』との祥子の声が、またイヤホーンから聞こえてくる。 今は閉じたまぶたを通して来る光もなくなって、完全に真暗になる。 頭から顔全体にわたってかなりの圧迫感がある。
『いい砂山が出来ましたね』と孝夫が言っている。
『そうね。 この中心に祐治さんの頭があるなんて、とても思えないわね』と祥子。
『祐治さん、本当に大丈夫なのかしら』と美由紀の心配そうにつぶやく声も聞こえる。
『それはこっちのパイプの口の紙きれが規則的に動いているうちは大丈夫よ』とまた祥子の声。
 3人が立ったまま、砂山を見ている様子が目に浮かぶ。
『それで、これからどうします?』と孝夫が訊く。
『そうね。 こうしてせっかく立派な墳墓が完成したんだから、完成の儀式をしましょうか』
『ふんぼ?』
 孝夫がちょっと聞き返す。 そしてすぐに気がついたように云う。
『ああ、お墓のことですか』
『ええ、そう』と祥子は笑いながら応える。 『これは祐治さんが不慮の出来事でこの世からお隠れになった、まさにその場所に作られた墳墓なの』
『なるほど』
『それじゃ、祐治さんの霊が迷わずに成仏できるように、祭壇を作って盛大にお祀りし、お慰めしましょう』
『はい』
『美由紀もいいわね』
『ええ』
『それから孝夫。 出来たら、ローソクや線香もあった方がいいと思うんだけど』
『はい。 確か別荘にはあったと思います。 ちょっと見てきましょう』
 私は『あれあれ、とうとう私は怨霊にされちゃった』と可笑しくなる。 外ではまた作業が始まった気配がある。
 しばらくに間、イヤホーンからごそごそした物音が聞こえていた後、『さあ、これで大体いいわね』という祥子の声がする。 『だけどあたしも気にしてるせいか、後ろの2本のパイプの先がいやに目につくわね』
『そうですね』と孝夫の声。 『でも、これは埋めて隠す訳にはいかないし』
『そうね、仕方ないわね。 それじゃ、それはそのままにして、みんなで祐治さんの塚にお参りしましょう』
『ええ』、『はい』と美由紀と孝夫の声。
 そして、『それから』と孝夫が言う。 『祐治さんに状況が判らないとお気の毒ですから、僕が実況放送しましょうか』
『そうね。 それはいいアイデアね。 是非、お願いするわ』
『はい』
 少し間があって、孝夫の声がイヤホーンから流れ始める。
『このたび、私共が敬愛する祐治さんが神隠しに遭われて、突如、姿を消されました。 そこで私共は祐治さんへの愛慕の念を込めて鎮魂の塚を造りましたので、ただいまよりその完成式を挙行いたします。 そして僣越ではございますが、私、孝夫がつつしんで実況を放送させていただきます。 ただいまの時刻は12時51分でございます』
 孝夫はわざと改まった、ややおどけた口調でしゃべっている。 孝夫にはこんな一面もあったのかと、思わずにやりとする。
『さて、この塚は祐治さんが姿を隠された正にその場所につくられたもので、高さが1メートルほどで断面がほぼ正三角形の端正な円錐形をしております。 塚の頂上近くの背面には、並んで3センチほど突き出した2本の塩ビの細いパイプがありまして、その1本には白い紙片が口にのせられ、規則的に揺れております。 風説によりますと、この2本の管こそ祐治さんの神隠しの謎を解く重大な鍵であるとのことであります』
 くすくす笑う複数の女の声が聞こえる。
『塚の前には、今、祭壇が設けられ、豪華な花の束が飾られてあります。 また、2本のローソクがともされ、一束の線香が静かに煙をたなびかせております。 まことに厳粛なる瞬間であります』
『へー、ほんとにローソクと線香まで用意したの』と思う。 今度こそほんとの仏にされて、そのお墓にと塚を作ったことにされたらしい。 砂山の前に花束が飾られ、ローソクと線香が立っている光景を頭に浮かべる。 波はどの辺まで来てるのかしら。
 そう言えば、潮が大分満ちて来たらしい。 補聴器を通じての波の音が少し近くなって来たような気がする。 それに最初は湿っただけであった砂が、今では脚の辺が水びたしの感じになってきている。
『それでは、祥子さんからお参りをどうぞ』
 ちょっと孝夫の声がとぎれる。 そしてまた、聞こえてくる。
『只今、祥子さんが塚の前に進まれ、まず、仏、法、僧を念じて、お水を3回、塚に掛けておられます』
 そう言えば、頭から水が顔を伝わって流れ下りてくる。 もちろん避けようはなく、顔を流れ下りる水の感触をじっくりと味わう。
 つづいて、祥子が『観自在菩薩・・・』と般若心経を唱える声が聞こえてくる。 祥子のお得意の『色即是空、空即是色』の文句が印象に残る。 身体のあちこちがだるいを通り越してやや痛くなり、完全埋没の圧迫感もかなり強いが、色即是空と観ずればどうということはない、と自分に言いきかせる。 しかし、それにしても後ろ手に留められ、砂で固められて動かすこともほとんど出来ぬ両腕がひどくだるい。 また、うっかり顔を動かしたりしてマスクの中に砂でも入ったら取り返しがつかない、と思うと、顔を動かすことも出来ない。 改めて厳しいプレイの下にじっと耐えている自分を確認して、奇妙な嬉しさが込み上げてくる。
 般若心経が終る。 少し間を置いて人の交代の気配があって、『つづいて美由紀さん、どうぞ』と孝夫の声がする。
 美由紀が水を掛けてくれたらしく、水が顔にしたたってくる。 そして、『なむあみだぶつ、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ』と念仏を3回唱える美由紀の声がある。 砂山の前で美由紀が手を合せている光景を頭に浮かべる。
『それでは最後に、私、孝夫がお参りさせて頂きます』
 また、顔に水のしたたりがあって、孝夫の「なむあみだぶつ」を3唱する声が聞こえてくる。 そしてまた少し間があって、『これでいいんですね』と孝夫が念を押している声と、『ええ、いいわ』と言う祥子の応えがあり、最後に『これで式を終ります。 祐治さんも無事に成仏されたことと思います』との孝夫のアナウンスが聞こえてくる。 『成仏なんかしてたまるものか』と思う。
 ためしに声を出してみる。
『あれっ、何か声がしたようよ』と美由紀の声。 声がパイプを通じて少し外に漏れたらしい。 『ああ、無事な証拠ね』と祥子のすました声がする。 『じゃ、こんな所で紙切れがひらひらしてるのも目立つし、呼吸も順調らしいって判ったから、紙切れを取ってキャップを嵌めておこうかしら』
『そうですね。 その方が安全面から言ってもいいですね』
 少しの間、パイプの先にキャップを嵌めてる気配があって、すぐにそれも終る。
『それから補聴器のマイクはどうします?。 塚の根元からコードが出てるのも妙なものですよ』と孝夫の声。
『そうね。 塚の正面のこの辺に置きましょうか。 そうすれば花束の陰になって、一応は見えなくなるし』
『そうですね』
 イヤホーンから大きな雑音が流れて来て、それも収まる所に収まった模様で、また静かになる。
『じゃ、これですっかりいいわね。 後は荒船さん待ちね』
 3人が腰を下ろした気配がある。
『祐治さん、どうしてるかしら』とまた美由紀が心配してくれている。
『大丈夫よ。 闇の中で一人でゆっくり楽しんでるわよ』と祥子はそっけない。
『そうかしら』
 美由紀はまだ納得しないように言っている。 そしてそのまま3人とも黙ってしまう。 イヤホーンからは波が寄せては返す音だけが聞こえてくる。



 少し時間がたつ。 身動き一つできず、何の刺激も変化もなく、ただひたすら待っている時間はひどく長く感じる。 外界でも待ちかねたように、『もうそろそろ、荒船さんの来る時間ね』と祥子が言う。 久しぶりの人の声にほっとする。
『今のうちに祭壇は片づけましょうか』と孝夫が言う。 『火のついたお線香まで上がっていては、妙に思われて困りますよ』
 しかし、祥子は『大丈夫よ、そのままで。 あたしがうまく話をするから』と言っている。
『そうですか。 うまくやって下さいね』
 なるほど、まだ、お線香からは淡い煙が立ち上っているのか、とその状況を想像して、にんまりする。
『そう言えばさっき、孝夫が面白いことを言ってたわね』と祥子が言い出す。 『祐治さんが神隠しに遭われたとか』
『ええ、突然に祐治さんがこの地上から姿を消したので、まさに神隠しだと思って』
『そうね、面白い発想ね。 でも、ほんとは祐治さんの頭を砂山で隠したのだから、「砂山隠し」と言った方がいいかもね』
『なるほど、感じは出ますね』
『それじゃ、ちょうど名前をどうしようかと思っていた所だから、生き埋めプレイでこういう風に砂山を頭の上に造って覆い隠すプレイを「砂山隠し」と命名しようかしら』
『ええ、結構です』
『美由紀は?』
『ええ、あたしもいいわ』
『じゃ、このプレイを今後、「砂山隠し」と呼ぶことにするわね。 いい名前が付いてよかったわ』
 祥子は一人で悦にいっている。 こちらがその砂山の底の暗黒の世界に埋め込まれて、身動き一つ出来ずにじっと辛抱しているのに、いい気なものだなと思う。
 それで会話がとだえる。 ただ、波の寄せては返す音を聞きながら、真っ暗の中でひたすら時間の経過を待つ。
 それから間もなく、『あ、来ましたよ』と言う孝夫の声が耳に届く。 確かにイヤホーンを通しても、ポンポンという機関の音が小さく聞こえ始める。 『あ、荒船さんの船だ』と思う。 いよいよこの、祥子のいわゆる「砂山隠し」の勝負所である。 気付かれる筈はない、とは思っていても、ちょっと緊張して胸の鼓動が高まる。
 やがてポンポンと言う音が次第に大きくなり、そして急にその音が止んで、少ししてどすっという船が浜に着いたらしい気配が伝わってくる。
『やあ、今日は。 具合はどうですか』という荒船さんの声が聞こえる。 『ええ、とても快調です』と言う孝夫の声。 そして、『今日は坊主を一緒に乗せて来ました』との荒船さんの声があって、『こんにちは』と言う男の子の声が続く。 祥子が如才なく、『やあ、いらっしゃい』と言っている。 どんな子かしら、と思う。 声から判断すると、小学校に上がったかどうか位の元気な男の子らしい。
 やがて荒船さん達も船から下りてきたらしく、近くで『さあ、これがご注文の食料品』、『はい』、・・・ と言う品物の受け渡しをしている声が聞こえ始まる。 途端に、とっ、とっ、とっ、と言う砂の上を駆けるような足音があり、『あっ』という孝夫らしい声と共に『えいっ』と子供の声がして、山に何かがどすんとぶつかる衝撃がある。 ぎくっとして身体を固くする。
『あ、坊主、駄目だ。 せっかくのお山を崩しちゃ』と荒船さんの声。
 つづいて『これ、何だろう』とまた子供の声がして、『あっ、だめ、だめ。 それに触っちゃ』と孝夫の慌てたような声が響き、『ああ、すみません。 うちの坊主がやけにやんちゃなもので』と荒船さんの声が続く。 そして荒船さんが飛んできて、『おい、坊主、こっちへ来い』と子供を捕まえて引っ張っていったらしく、子供が『いやだよ』と不満の声を出しながら離れていく。 私はそれらの状況を頭に描いて、思わずにやりとする。
『じゃ、また、品物の確認の続きをしましょう』との荒船さんの声があって、『これが今日の新聞です』、『はい』、『それから・・・』と品物の受け渡しが再開する。 そしてしばらくしてそれも終ったらしく、『これで全部です』という荒船さんの声があり、『ええ、有難うございました』と祥子が応えている。
 そこで改めて荒船さんは私の砂山を見たらしい。 『それにしても大きな砂山を作りましたね』と荒船さんが言っている。 『おまけに前にお花を飾ってお線香まで上げてあって、一体何の積りですか?』
『ええ、それはね』と祥子が答えている。 『ある人の菩提をとむらうために塚を作ったので、お花やお線香をお供えしてお祀りしたの』
『え、ある人って?』
『それは秘密』
 祥子の笑い声が聞こえる。 『ずいぶん際どいことまで言うな』と思う。
 会話が続く。
『それからあの、坊主がいたずらしかけた、砂山の後ろに出っ張ってるものはあれ何ですか。 何か細いパイプの先のようですけど』
『ええ、それも、ひ、み、つ』
『ああ、それも秘密ですか。 みなさんはもう大人なのに、随分子供っぽい遊びをしますね』
『ええ、こういう所へくると、すぐに子供に返ったような気がして』
 皆で笑っている。
 荒船さんは話題を変える。
『所で、もう一人の男の方はどうしました?』
『ええ、ちょっと』と孝夫が言いかける。 それを祥子がまた引き取って返事をする。
『あの、ちょっと山を歩いて来るから、と言って出掛けました。 ああ見えても木や草が好きで、詳しいんですよ』
『ああ、そうですか』
 荒船さんはまた、それ以上詮索することなしに簡単に引き下がる。 それにしても祥子の返事は全く堂々としている。 これではまさか目の前の砂山の下にその男が埋め込まれていて、身動きも出来ずにじっと辛抱しているとは夢にも思わないであろう。 ふと『おしゃかさまでも気がつくめえ』という文句を思い出す。
 大体が荒船さんのような普通の人に取っては、砂山の底に人を埋め込むなどと言うことは思いも寄らぬ事がらである。 従って、そこに居ない一人の人間と目の前の砂山との関連なども凡そ思考の範囲を超えて居る。 今日も会話を聞く限りでは、荒船さんは私が砂山の底に埋め込まれている可能性などはちらとも頭に浮かべた様子はない。 思わずにんまりする。
 最後に荒船さんは『それではまた明日の1時過ぎに来ますけど、何か欲しいものはありませんか?』と果物などの注文を訊き、『さあ、坊主、帰るぞ』と声を掛けて、皆と一緒に向こうへ行く気配がある。 そして、少ししてポンポンの音が聞こえ始め、それが次第に遠のいていく。
 皆が近くに戻ってくる。 まず、『いや、ひやひやしましたね』との孝夫の声がする。 『まさか子供が一緒に来て、砂山に体当りするとは思いませんでしたからね』
『そうね』と祥子の声。
『祐治さんは、あの子がぶつかった後も大丈夫だったんでしょうね』と美由紀が少し心配そうに言う。
『それにあの子がパイプの先に触ってて。 まだ、砂を入れるなどのいたずらはしてなかったようですけど』と孝夫。
『ええ、そうね。 あたしもそれが気になってたけど。 じゃ、また紙切れで試して見ましょうか』
 また何かしている気配があって、少しして祥子の声がする。
『ああ、やはり規則的に動いてる。 これなら心配ないと思うわ』
『ええ、それならいいけれど』
 美由紀はまだ不安を残しているようである。
『でも、パイプの先にキャップを嵌めといてよかったですね。 あれがないと簡単に砂でも入れられるけど、あるとちょっと難しいので』と孝夫。
『ええ、ほんと。 よかったわね』と祥子も言っている。 ほんとにパイプに砂を詰め込まれでもしたら、場合によってはこちらは一巻の終わりとなる所だった、とぞっとする。
『それから、山を大きく作っておいてよかったですね』と孝夫が続ける。 『あの子が体当たりして横が大分崩れたけれど、祐治さんまでにはまだ大分余裕があって』
『そうね』とまた祥子。 『それに壁が厚いから、衝撃も祐治さんに伝わる頃には大分弱くなっていたでしょうし』
『ええ、そうよね』と美由紀も救われたように言っている。
『とにかく、終りよければ全てよしよ』と祥子が悟ったような言い方で締めくくる。
 ついで、『それでもう、祐治さんの頭をお出ししない?』と美由紀の声。 『荒船さんの目に触れないように隠すという目的ももう達したんだし』
 しかし、祥子は済まして応える。
『ええ、でも、まだしばらくはこのままでおいといて上げましょうよ。 祐治さんはきっとお一人で孤独を楽しんでおられるから、やたらにお出しするとご不満をおっしゃるわよ』
『でも』
 美由紀はなおも渋っている。
『とにかく、せっかく大きな砂山まで造って差しあげたんだから、もうしばらくはこのままにしておいて、祐治さんに楽しませてあげましょう』と祥子が押し切る。
『そうですね』と孝夫も祥子に賛成の風をみせる。
『仕方ないわね』と美由紀も折れる。



 もう、荒船さんの船のポンポンという音は全く聞こえなくなる。 そして、とんとんと砂山を補修しているらしい響きが伝わって来る。
 やがてその響きも止んで、『じゃ、もうひと泳ぎして来ましょう』とて、皆が海へ行く気配がある。
 辺りはまた静かになり、寄せては返す波の音だけがイヤホーンから流れて来る。 頭も埋め込まれてからでも、もう既に1時間はたっぷり経っているのではないかしら。 一体いつまで埋めたままでおく積りだろう。 呼吸は正常に続いているが、とにかく変化がなく、少し退屈を感じる。 手足はもうだるいのを通り越して、感覚が大分うすれて来ている。 砂の中の水面も大分上がってきて、今では腹の辺までぐっしょりになった感じがする。
 お小水が出たくなる。 腹まで水に浸かっているのと似た状態だから、少し冷えたのかな、と思う。 腰と太腿に力を入れて何とか少し空間を作り、お小水を出す。 出にくいお小水が少しづつ出て、下腹の圧迫感が緩む。 腰から太腿、すねにかけて、なまぬるい水が流れる。 思わず、ぶるぶるっと身体がふるえる。
 また少し時間が経つ。 皆が戻って来た気配がある。 『ああ、もう大分潮が上がったわね。 荷物が濡れると面倒だから、少し上に移しましょうか』と祥子の声。 『そうですね』と孝夫が応えている。 そして、イヤホーンを通して耳に孝夫のアナウンスの声が入ってくる。
『さて、大分、潮も満ちて参りまして、この「ラウンジかもめ」にも近くまで波が来るようになりましたので、今のうちにラウンジを少し上の方に移動します。 仏は淋しいしょうが、一人で静かに休んで下さい』
 やれやれと思う。 今の口振りではまだ当分は頭も出しては貰えないらしい。
『さあ、パラソルを抜いて上に動かして』、『ええ、場所はその辺でいいわ』、『敷物を持って』、『バッグは?』、『忘れ物はないわね?』と色々な声と気配とがある。 3人が忙しくたち働いている有様を頭に思い浮かべる。
 補聴器からの音が不意に聞こえなくなる。 コードの接続を外して、マイクを持っていったらしい。 急に音がなくなり、わずかに厚い砂の層を通して波の打ち寄せる気配だけが感じられる。 体はもう肩の辺まで水びたしになっている。 真の闇の世界、本当の孤独感が襲ってくる。 急に不安が高まる。
 ふと、ある筈はないことだが、万が一、3人がこのままどこかへ行ってしまったら、という考えが頭に浮かぶ。 もう2度と明るい太陽が見られなくなる、との妄想が頭にとりつき、じっとしていられなくなって、腕や脚に力を入れて悶える。 しかし、腕も脚も手首、足首や太腿を巻いている紐が締まって食い込むだけでほとんど動かず、改めてひしひしと緊縛感を感じる。 呼吸も乱れて、少し息苦しくなる。 『これはいけない』と思って、心を懸命に鼻で息を吸って口で吐く動作に集中する。 少し気持が鎮まる。 呼吸も楽になる。

3.5 おやつの時間

第3章 第3日
04 /30 2017


 また少し時間が経ち、急に砂山をごそごそいじる気配が始まる。 外界とのつながりが復活し、祥子達がすぐ横に居ると判ってほっとする。
 そのうちに上にのった砂を取り去られ、頭が久しぶりに空気にさらされてすうっとする。 顔も出て、閉じた眼にも明るさが戻る。 顔に熱い太陽の輻射を感じる。 しかし、まぶたの上にまだ砂がついていて、眼を開けると砂が眼に入るような気がして、眼が閉じたままでいる。
 頭の周りの砂がすっかり取り除かれて、誰かが顔に水を掛ける。 そしてタオルのようなもので拭いてくれる。 顔に付いた砂がすっかりとれた感じがする。 おずおずと眼をあけて見上げる。 祥子の緊張した顔とその横の美由紀の心配そうな顔とが目に入る。 後ろに孝夫も居る。 まぶしくて、すぐにまた眼を閉じる。
『ああ、よかった。 ご無事で』とほっとしたような美由紀の声が聞こえる。
『そうね。 大丈夫らしいと判っていても、無事な顔を見るとやっぱり安心するわね』と祥子が珍しく本音らしい言葉を吐いている。
 また、ゆっくり眼をあける。 空には真白い綿のような雲がいくつか、深く明るい青色の中に浮かんでいる。 たった今、暗黒の世界から連れ戻されたためか、その青が眼にしみて、妙に懐かしく感じる。 砂に膝をついて私の顔を見下ろしている3人の後ろでは潮はもう大分満ちて来ていて、波の崩れた後の水流の先端が顔のすぐ近くまで押し寄せて来ている。
『さあ、もう、砂のお山は終りにするわよ』と祥子が言う。
『うん』と返事をする。 声が潜水マスクの中にこもる。
 祥子が潜水マスクをはずす。 久しぶりに胸一杯に呼吸する。
『まだ、お元気そうね』
『うん』
『どお?、御気分は』
『うん、気分はまあまあだ。 でも、手がだるくて』
『ああ、そう。 でも、それは今はあたし達にもどうにもならないわ。 もう少し我慢してれば、しびれて感じなくなるんじゃない?』
『そうかな』
 私は『祥子のやつ、相変わらず無責任なことを言ってる』と思ったが、今それをあげつらっても仕方がないので、あいまいに応えておく。
 祥子は続ける。
『とにかくこの、砂山で祐治さんの頭を隠す「砂山隠し」はとてもうまくいったわよ。 荒船さんは、祐治さんが目の前の砂山の下に埋め込まれてるなんて、夢にも思わなかったようよ』
『うん、そうらしいね』
『あら、祐治さんにも分かった?』
『うん、僕もイヤホーンでみんなの話し声を聞いてたからね』
『ああ、そうだったわね』
『うん』
『ただ、荒船さんの連れてきた坊やが祐治さんの砂山に体当りして、山が大分崩れてひやっとしたけど、終り良ければ全てよしよね』
『うん』
 水流の先端がまたざあっと顔のすぐ近くまで寄せて来て、戻っていく。
 皆が私の周りに腰を下ろし、それぞれに横坐りになったりする。
『所で、今何時?』
『そう、もう3時半よ』
『すると、もう2時間半余りも砂山の底に居たことになるのかな』
『ええ、そうね』
『荒船さんが帰ったらすぐにも頭を出して貰えるのかと思っていたけど、それからでも随分になるんだね』
『そうね』
 祥子は笑う。 横で美由紀が言う。
『あたし、すぐにも出してあげましょうよって言ったんだけど、祥子がまだいいわよって言って、承知しなかったの』
『ええ、そうよ。 せっかくだから、ゆっくり楽しませてあげたのよ』
 祥子はすましている。 そして、といたずらっぽい笑いを見せて、さらに言う。
『それとももっと早くに顔を出して貰いたかった?』
『いや、そうでもないけど』
 私はふと、右手で頭をかきたい、という衝動にかられて右腕がぴくっと動く。 しかし、今はもちろん手を上げることは出来ない。
『それが、何故、今に?』
『もっと後の方がよかったの?』
 祥子はまた、いたずらっぽく笑う。
『いや』
 私はまた、頭をかきたくなる。
『実は』と孝夫が説明してくれる。 『もう大分潮が満ちてきて、このあたりまでも波の先端が来るようになったし、それにもう丁度いい時間だから、この辺で頭を出して、一緒におやつを食べよう、ってことになったんです』
『ええ、そうなの。 祐子さんにも少しエネルギーを補給しておいた方が、後でクライマックスを観賞させていただく楽しみの為にもいいと思ってね』
 祥子の言い方は相変らずである。
『ああ、そう』
 私も納得する。



『それじゃ、早速、おやつにしましょう』と祥子が言う。
『ちょっと待って』と美由紀がさえぎる。 『祐子さんのお化粧がすっかりくずれちゃったから、あたし、ちょっと直して差し上げる』
『もうすぐ後で波をかぶったら、お化粧なんか、すっかり落ちてしまうわよ』
『ええ、でも、それまではきれいにしておいて上げたいの』
 美由紀はまた化粧道具をもって来て、私の水泳帽を脱がせて、丁寧に顔の化粧を直し始める。
『さて、所で』と祥子は周りを見回しながら言う。 『おやつは祐子さんとご一緒にいただきたいけど、ここは下が濡れてるわね』
 そして孝夫に向かって注文を出す。
『そうね。 何かおやつを載せるのにいい、台みたいなものが無いかしら』
『そうですね。 ちょっと探してきましょう』
 孝夫が立って別荘の方に行く。
 その間にも美由紀は化粧直しを進め、最後に頬紅をさし、濡れている髪を梳いてなでつけて、ちょっと離れて眺める。 そして
『これでどお?』
と手鏡をかざして、映して見せてくれる。 いつもの祐子の顔が砂の上に直接据わっているのが見える。
『ええ、有難う。 とてもいいわ』
 祐子の声色でそう礼を言うと、横で祥子がくすりと笑う。
『やっぱり、これもあった方がいいわね』
 美由紀がそう言って、また水泳帽をかぶせてくれる。
 そこへ、孝夫は左の脇に脚が折り畳める小さいテーブルをかかえ、右手に幅7センチ、長さ40センチほどの板2枚を持って戻ってくる。
『これでどうです?』
『ああ、それはいいわ』
 祥子が満足の意を表する。
 孝夫が私の左斜め前に2枚の板を50センチばかり離して平行に置き、テーブルの足を起こしてその上に載せる。 そして、3人で上の方からおやつの品々を運んできて、その上に並べる。
 祥子と孝夫がその横に腰を下ろす。 美由紀は『あたし、祐治さんにお給事してあげるの』と言って、クッキーとオレンジ・ジュースの入った紙コップとを両手に持って、横にぺたりと座る。 そしてまず、右手でジュースをゆっくり飲ませてくれる。 喉が大分かわいていたのでとても美味い。 祥子と孝夫はそれぞれにジュースとクッキーで自分達のおやつを進めながら、笑い顔で美由紀がお給仕するのを見ている。
 ついで美由紀は紙コップを砂の上に置いて、クッキーを割って口に入れてくれる。 こうしてきれいな女の子に何から何まで世話してもらえるのは、プレイの最上の楽しみの一つである。
 またひとつ大きな波がやってきて、水流の先端が美由紀の腰を軽く濡らし、私のあごにも軽く触れる。 美由紀が慌てて紙コップを持ち上げる。 水が引き返すときテーブルの脚を巡り、小さな渦を作る。
 ふと手と休めて、祥子がしみじみした調子で言う。
『でも今日は、朝から埋めといてよかったわ。 荒船さんが来たのは今日は2時に近かったから、荒船さんが帰った後からでは、祐治さんを埋め込むのはちょっと無理だったかも知れないものね』
『そうですね』と孝夫がうなずく。 『確かに潮が大分上がってましたから、それからあれだけの穴を掘るのはちょっと難しかったでしょうね』
『善は急げ、というけど、ほんとね』
『そうですね』
 2人の会話を聞きながら、私は、こういうプレイってやはり「善」なのかな、と首をかしげる。
 祥子達はまたおやつを続ける。 美由紀がまた、私にジュースを飲ませ、クッキーを口に入れてくれる。
 少しして祥子が『ところで』と話を私に向けて、『祐子さんはもう大分楽しんだでしょう』と笑い掛けてくる。
 確かに今の私は、美由紀が顔を祐子並にお化粧し直してくれた所である。 しかし今、祥子に改めて「祐子さん」と呼ばれても、祐子で通すのはちょっと億劫になる。 普段の祐治の声で、『うん、まあね』と応える。
 祥子はさらに次のように続けて、ちょっとおどけた笑いを見せる。
『でも今日のプレイはこれからが本番よ。 だからこれからの方がもっと楽しみが大きいわよ。 たっぷり、お楽しみ遊ばせ』
 私はただ、『うん』と応えてうなずく。 しかし、心の中で、楽しむも楽しまないも全てがあなた任せで、少しも私の自由にはならないのに、と思う。
『それから』と祥子はいかにも上機嫌に続ける。 『記録はすべて、孝夫が8ミリや普通のカメラでたっぷり取ってくれてるから、後でゆっくり見せてあげるわね。 もちろん、これからの祐治さんのご活躍の分も含めてよ』
 また『うん』とうなずく。 しかし、心の中では、『首まで砂に埋められて、襲い来る波に何も出来ず、ただ辛抱するだけ、というのも、やはりご活躍と言うのかな』と可笑しくなる。
 少しの間、おやつを進めた後、美由紀が話題を変えて、私に訊く。
『あの、さっき、頭まですっかり砂に埋められる時ね。 祐治さんは不安じゃなかった?』
『うん、そうだね』
 私はちょっとその時の気持を思い出す。
『まあ、多分うまくやってくれるだろう、とは思っていたけど、やっぱり少しは不安だったね』
『それで埋められた後は?』
『それはまっくらの中で、頭にまで砂のずっしりした重みがのしかかっていて、しかも身体が全く動かせないんだから、心細くないといったら嘘だろうね。 ただ、補聴器で外の様子が判るんで、かなり気がまぎれたけど』
 そこで祥子が横から自慢げに言う。
『ね、あたしのアイデア、よかったでしょう』
『うん、まあね』
『それで』と美由紀がまた話を取る。 『何か特に辛いことはなかった?』
『そうだね。 少なくとも、頭まで埋められたことを後悔するような辛いことは少しもなかったけど』
 私はちょっと考える。
『そうだ。 さっき、君たちがビーチ・パラソルを移動させた後だったかに、補聴器が切られちゃったろう?。 あの時は急にとても心細くなってね』
『あ、それはうっかりしてて。 すみません』と孝夫が謝る。
『うん、それはいいんだ。 それもプレイのうちだから』
『そうよ。 祐治さん、それもすっかり楽しんでいたのよ』と祥子がいう。
 私は祥子の発言を無視して続ける。
『でも、その時は何だか、君達3人が私をそのまま置いてどっかに行ってしまって、僕はもう2度と明るい太陽が見られないんだ、というような考えが、ふと頭に浮かんでね。 急に居ても立ってもいられなくなってしまって』
『・・・』
 美由紀が眼を輝かせて聞いている。 向うの2人も手を休めてこちらを見ている。
『それで、手足に力を入れてもがいたら、呼吸までがおかしくなってきたんだ』
『ええ、そう言えば』と祥子が言う。 『あの時にパイプの口の紙切れの動きのリズムが一時的にちょっと狂って、妙におかしくなったわね』
 孝夫がびっくりしたような顔をする。
『え?、そんなことがあったんですか』
『ええ、でも、あたし、その時、気になってしばらく見ていたら、またリズムが正常に戻ったんで安心したんだけど』
『やっぱり祥子さんって、観察が緻密なんですね』
 孝夫が感心している。
 美由紀は次のクッキーを私の口に運ぶのも忘れて訊く。
『その、祐治さんの方は呼吸がおかしくなって、それでどうなったの?』
『うん。 それで懸命に気を落ち付かせて、鼻で吸って口で吐く呼吸だけに心を集中しているうちに少しづつ気が鎮まって、呼吸も楽になってきたけど』
『ああ、よかった』
 美由紀が大きくため息をつく。
『つまり』と祥子が言う。 『それが、紙切れの動きのリズムが正常に戻ったことに対応しているのよね』
『うん、そうなんだろうな』
 話をもとに戻す。
『それでまた、頭の埋め込みのことなんだけど、あのような厳しい状況に置かれて、しかも外部と完全に切り離されると、やはり精神状態も少しおかしくなるんだね。 慣れればいいんだろうけど』
『そうね』
 祥子もしみじみした口調で言う。
『祐治さんでさえそうなんだから、これからも気を付けないといけないわね』
『そうですね』と孝夫が相槌を打つ。
 しかし、祥子は口調を改めて満足気に付け加える。
『でも、無事を確かめるためのモニターとしてあの紙切れが充分役にたつことが判ったのは収穫だったわ』
『そうですね』とまた孝夫がうなずく。



 おやつが終る。 3人は残った品を上の方に運び、テーブルを片付ける。 そして私の周りに腰を下ろす。
 祥子が私の顔と海とを順次眺める。
『さて、これからはあたしにも特別なプレイの予定はないから、後は満潮待ちね。 あと1時間余りだけど待ち遠しいわね』
『ええ、でも』と横で孝夫が言う。 『もう30分もしたら潮が既にかなり上がっていて、波が祐治さんの顔を洗うようになってますよ』
『そうね。 とすると待ち遠しいのは後30分ほどと言う訳かしら』
『ええ、そうですね』
 孝夫がうなずく。 私も、どうせなら早く満潮になってくれないかな、というような気分になる。 満潮になれば、繰り返し繰り返し頭に波をかぶって、かなり辛いことになることは解っているが。 美由紀は黙って私の顔を見つめている。
 ちょっと雲の陰に入っていた太陽がまた顔を出し、私の頭を左上からかあっと照りつける。 私の頭の水泳帽はもうすっかり乾いて、熱くなり掛かっている。
『そうね』と私の頭を見ながら祥子は言う。 『祐子さんも余りあぶられっぱなしだとお気の毒だから、また、頭だけは覆っておいてあげましょうか』
『うん』とうなずく。
 また3人が私の周りにぺたっと座って、ちょうど良い仕事が見つかったとばかり、嬉々としてシャベルや手で私の頭に砂を積み上げ始める。 もちろん今度は前はあけたままである。 私は頭の周りや上に砂が積まれていく感触をぼんやりと味わう。
 やがて、砂の積み上げが終る。 美由紀が手鏡を見せてくれる。 私の頭はまた左右と後ろがすっかり砂に覆われ、頭の上にも5センチ程の厚さで砂が覆っている。
 ついで、まだ仕事がやり足りないとばかり、『今度は波が直接、顔に当らないようにしましょう』との祥子の音頭取りで、私の顔の前50センチばかりの所に高さ10センチほどの提防をつくり始める。 3人は全く幼い子供のようにはしゃいで、砂を盛って固めている。
 私は、昔、H海岸で幼かった私もこのような砂の堤防をよく作ったっけな、と懐かしく思い出しながら、3人の作業を眺める。 そして提防越しに波を眺める。 提防の陰になって少し見にくいが、波が寄せてきて、前方の水が引いて、波頭が崩れて、ぐっと押し寄せて来て、また帰っていく有様は、毎回変化があって、見あきることがない。 そのうちひとつ、大きな波が来る。 崩れた後の水の先端が砂の提防の横を通って来て、ちょっとあごを洗う。 ひんやりして気持がよい。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。