1
翌朝、ふと目が覚める。 辺りはもうすっかり明るい。 手を伸ばして枕元の腕時計を取って見ると、針は6時50分を少し回っている。 昨夜寝たのは10時過ぎであったから、もう9時間近く寝たことになる。 『ああ、よく寝た』と思う。 やはり、昨日のプレイが効いてたのかしら。
横を見ると孝夫の蒲団が空になっている。 『あれ、どこへ行ったのかな』と思う。 昨夜の就寝前の祥子と孝夫の会話を思いだす。 多分、朝早く起きたので散歩にでも出掛けたのだろう、と深く気にとめずにいる。
起き上がって庭側のカーテンを開ける。 今日も素晴らしい天気で、木立に限られた視界一杯に青空がひろがっている。 ガラス戸も開ける。 さわやかな空気がさっと入ってくる。 縁に立って空を見上げながら、『今日はいよいよあの砂浜に、首まですっぽり埋められるんだ』と思う。 思わず、ぞくぞくっとしたものが身体中を走る。 そしてまた、『この天気では大分あぶられそうだな』と思う。 体は首まですっかり砂で覆われるとしても、顔と頭とがである。
服に着替えて中廊下に出てみる。 祥子達の気配はない。 やはりみんな外へ出ているらしい。 こういう海浜でこのような好天気では、目が覚めたら家の中に居る気がしないのはしごく尤もである。
私も玄関に出て、ゴムぞうりをつっかけて外へ出る。 みんなは恐らく海へ行ってるんだろう、と見当をつけて、まず浜へ出てみる。 しかし、木立を抜けて砂浜の縁まで出て見回しても浜辺には人影は見当たらず、ただ穏やかな波がずっと下の方に寄せては返しているだけである。 水際から大分離れた上の方に例の目印の木の棒が立っている。 『ああ、あそこに埋められるんだな』と思う。 その場所の砂の上に私の頭がちょとなんと載っている風景を想像して、またぞくぞくっとする。
別荘に戻り、裏手に回ってみる。 そして思い掛けない光景にはっと息を飲む。 例の祥子が気に入っていた松の木の大枝に、後ろ手姿の美由紀が足を地面から30センチほど浮かせて吊り下げられている。 横に祥子と孝夫も立っている。 祥子が私に気がついて、手を振って『おはよう』と朝の挨拶を投げかけてくる。 孝夫もこちらを向いて会釈する。 私も手を振って『おはよう』と応えて、まっすぐに3人の所へ行く。 吊られたままで美由紀も眼で微笑みを向ける。
美由紀は一昨日の合宿始めの儀式で着ていた純白の衣装を着け、高手小手に縛られ、足首も揃えて縛り合されて、上半身をやや前傾姿勢にして、背中から延びる太目の紐でまっすぐ吊り上げられている。 その上、今朝は純白のガーゼのマスクで顔の下半分を覆われ、苦しそうにあえいでいる。 このマスクは例のゴム裏のマスクらしい。
祥子が笑い顔で、『やっとお目覚めになったの』と言う。
『うん、よく寝た』と応える。
『今朝は祐治さんが余り気持ちよさそうに寝ておられたので、僕だけそっと抜け出してきました』と孝夫。
『うん、それで、美由紀はどうしたの』
『ええ、今日のプレイの安全祈願よ』と祥子。
『ええ、外に出たら、玄関前でお2人にお会いして、祥子さんに今日の祐治さんの生き埋めプレイが無事にうまく行くようにお祈りするから手伝って、と言われまして』と孝夫が言う。
『ああ、それは有難う。 それで美由紀にあの衣装を着せて吊った訳かい?』
『ええ。 もっともお2人に会った時には、美由紀さんはすでにあの衣装で高手小手に縛られていました』
『ええ、そうよ。 最初は起きたらそのまま、2人であの祐治さんを埋め込む場所に行ってプレイの無事をお祈りしましょう、と言うことだったんだけど、美由紀がプレイの神様にお願いするのだから、お祈りはやはり神様がお喜びになるような姿でしたい、と言うものだから、美由紀にはまた正装させて出てきたの。 だけど孝夫と会ったので急遽、予定を変更して、プレイの神様が一層お喜びになるように、この吊りを御供えすることにしたの』
『ふーん、それであのゴム裏のマスクを掛けてかい?』
『ええ、そう。 御供えにはなるべく苦行を積んで貰った方がご利益もあると思って』
『そんなことを言ったって、苦しいのは祥子じゃなくて美由紀だのに』
『いいのよ、あたし達の内で誰かが苦行を奉納すれば。 それに今日のマスクは適当に漏れがあるように掛けておいたから、そんなに苦しくはない筈よ』
『ふーん、都合のいい理屈だね』
『そうね』
祥子も笑いだす。 孝夫も横で笑っている。 美由紀も心なしか、眼で笑っているように見える。
『ところでもうお祈りは済んだのかい?』
『ええ、祐治さんの来るちょっと前に済ませたの。 でも、もう一度やってもいいわよ』
『ああ、一度済んでるのならもういいよ』
『そう』
会話が一段落して、改めて美由紀の吊り姿を見る。 背中で美由紀を吊った綿ロープは大枝の上を回って来て斜め下にぴんと延び、その先はすぐ脇の木の曲がった根元近くに縛りつけられている。 吊紐は腰の紐にも連結されているようなので幾らかはましだろうが、単に吊られているだけでも胸を圧迫されて苦しいのに、その上にあの、呼吸もままならぬマスクを掛けられててはさぞ辛いだろうな、と思う。 しかし、頭の髪飾りから足の先まで白づくめの衣装は一昨日と同じであるが、それに白のマスクが加わり、しかも明るい青空の下の木立の中で、格好のよい松の大枝に厳しい緊縛姿で吊られている美由紀は素晴らしく愛しく美しい。 思わず見とれる。
『いいね』と感想を漏らす。
『そうね』と祥子も美由紀を見詰める。 『野外での吊りプレイって初めてだけど、雰囲気が明るく開放的でとてもいいものね』
『そうだね。 それにあの枝の格好がいいね。 祥子があの枝に誰かを吊り下げたくてうずうずしてたのも無理もないような気がするね』
『ええ、それに美由紀だって、あの枝に吊られたくてうずうずしてたのよ』
横で吊られている美由紀が『違う』と言うように、首を横に振る。 美由紀の身体が吊り紐を軸にわずかに回り、小さく揺れ始める。 実相はまた祥子がうまいことを言って、美由紀を吊りに誘い込んだのであろう。 孝夫がカメラを持って来て、美由紀の吊り姿を何枚も撮っている。
しばらく鑑賞したのち、もうそろそろと思って祥子に言う。
『もうお祈りも済んだのなら、そろそろ美由紀の苦行も終りにしてやってもいいんじゃないのかい?』
『そうね。 もう7時も大分過ぎたから、下ろして朝食の支度に掛かろうかしら』
『うん、そうした方がいい』
早速、私は美由紀の顔からマスクを外す。 美由紀はほっとした顔をして、まだ荒い息をしながら『有難う』と言う。 ついで私と孝夫が美由紀の体を支えて、祥子がロープの先の縛りを解き放つ。 美由紀の身体をゆっくり下ろす。 そして美由紀を立たせたままで、皆で手分けして紐を解く。 すっかり紐から解放された美由紀は肩や腕をぐりぐり動かして凝りを取って、皆と一緒に食堂に行く。
2
美由紀が普段の服に着替えてきて、さっそく祥子と一緒に朝食の準備を始める。 その間に私は孝夫と自分の部屋の寝具を片づけて、一旦食堂に戻る。 そして改めて、『ちょっと顔を洗ってくるから』と断って洗面所へ行く。 食堂を出る時に祥子が『ひげを丁寧に剃っておいてよ』と声を掛けて来る。 『何故だろう』と軽い疑問を感じながらも、ただ『うん』と応える。
洗面所では歯を磨き、顔を洗い、安全カミソリを丁寧に当てる。 それから食堂に行って席につく。
食卓の上には、パンとベーコン・エッグと生野菜が並んでいて、もう3人が席に着いて待っている。 美由紀は祥子と並んで席を取って、また両手を後ろに回している。 いつものことなので気にならなくなる。
私が『やあ、お待ちどおさま』と席に着いた途端に祥子が浮き浮きした顔で言う。
『さあ、今日はいよいよ、祐治さんをあの砂浜に埋め込む日よね』
『うん、そうだな』
『どうお?、もう覚悟は決まった?』
『うん、まあね』
私は祥子と顔を見合せて笑う。 美由紀と孝夫も笑顔を見せる。
『じゃ、頂きましょう』と言う祥子の言葉をきっかけにして、食事が始まる。 祥子はまず美由紀に食べさせてから、自分も食べる。
一口食べてから、美由紀に『さっきは有難う。 僕のためにあんな儀式をして貰って』と声を掛ける。 美由紀はただ、『いいえ』と恥ずかしそうに下をむく。
『あ、もう8時ですね。 ちょっと、ニュースを聞いてみましょう』と、孝夫が食卓の上に携帯ラジオを置いて、スイッチを入れる。 いくつかのニュースの後に天気予報の放送がある。
『きっと波の高さも言いますよ』と孝夫が注意する。 皆が手を休めて聞き耳を立てる。
放送は男性アナウンサーの声で、まず全国天気概況の中で、昨日、南方洋上に台風15号が発生したが、まだ日本には影響がないこと、日本は小笠原高気圧に覆われて、全国的に天気がよく、今日一日はよい天気がつづき、暑いこと、などを述べる。 そしてローカルな天気予報に移って別のアナウンサーに代り、『伊豆地方は、今日は一日中晴天で、所によりにわか雨があります。 朝の9時から晩の9時までに10ミリ以上の雨の降る確率は10パーセントです。 気温は33度を越える見込みです。 海上は相変らず静かで、波の高さは50センチほどの見込みです』と放送される。
孝夫がラジオのスイッチを切る。 そして、『波の高さはやっぱり、50センチのようですね』と言う。
『そうね。 だから昨日に決めた場所でいい、変更する必要はない、と言う訳ね』と祥子は嬉しそうに言う。
『ええ、そうですね』と孝夫が応える。
あの場所にはかなりの波が来る。 これで間違いなく、首だけを砂の上に出して繰り返し繰り返し波をかぶってあえぎ続ける自分が現実のものになる、と思って、ぞくぞくっとする。 そしてふと、それはそうとして、それまではどうしてるんだったけ、と思う。 埋め込み以外のプランは祥子からも聞いてない。
『それで、今日のスケジュールはどうなってたっけ』
『ええ、それは昨日の夜にも言った通り、干潮の時刻に合わせて、10時ころに祐治さんを埋めてあげるの』
『それまでは?』
『ええ、そうね。 この食事がすんだら、簡単に後片付けして、あとは浜に出て、しばらくは自由に遊ぶ積りでいるんだけど』
『すると、埋め込みまでは特別なプレイの予定はないんだね』
『ええ、祐治さんには後で頑張ってもらわなければならないので、自由に遊ばせといてあげるわよ』
『ああ、それは有難う』
私が話の流れに乗って思わず礼を言うのを聞いて、孝夫と美由紀がくすりと笑う。
また、続きを訊く。
『それで、埋め込みの作業が終ったら?』
『ええ、後は夕方の5時18分とかいう満潮の時刻を待つだけだけど』
『ふーん』
私は時計を頭に浮かべる。 そして、さんさんたる太陽の下で、砂浜に頭だけ出して埋め込まれている自分の姿を想像する。
『そうだね。 ちょっと退屈しそうだな』
孝夫が驚いたような顔をする。
『え、退屈ですって?』
『うん、その長い時間を何も出来ずに、ただひたすらに待っていなければいけないんだからね』
私は少しにやにやして見せる。
『ええ、でも』と祥子が口を出す。 『満潮の時刻のかなり前から波が祐治さんの顔を洗い始めるから、そうなれば退屈しなくてすむわよ』
『まあ、それはそうだろうな。 でも、そうなるまででも待ち時間はかなり長いね』
『ええ、それで、一つ二つは対策も考えてあるけど』
『例えば?』
『それは秘密。 とても楽しいことも考えて上げてあるから、期待してらっしゃい』
『うん、解った』
祥子と顔を見合せて笑う。 孝夫が今度は呆れたような顔をする。
また、皆が食事の手と口を動かし始める。
3
朝食が終って簡単に後片付けをして、皆がさっそく水着に着換える。 そして手に手に荷物を持って4人揃って砂浜へ行く。 祥子はまた例の赤いバッグを提げて行く。 私のふんどし用の鎖などのプレイ用品も一纏めにして一つの小さい布製のバッグに入れ、その中に入れて貰ってある。
浜に出て、まず昨日の目印の木の棒の近くにビーチ・パラソルを立て、その下に敷物を敷き、荷物を置く。 まだ時刻は9時前で、潮はかなり引いているが、この辺はまだ砂はしっとりしている。 例によって浜には我々以外の人影は全くない。
『ほんとにいい所ね』と祥子が周りを見回しながら言う。 『今度の生き埋めプレイみたいな厳しいプレイは、人目のある所ではちょっと無理だけど、ここなら安心してプレイをすることが出来るわね』
『そうだね。 僕も人目のないのは助かるな』
『祐治さんでもそうですか?』と孝夫が言う。
『そりゃそうだよ。 僕だって仲間内ならいいけど、砂浜に頭だけ出して埋め込まれてる哀れな姿をほかの人に見られるのは恥ずかしいからね』
『そうよね』と美由紀が大きくうなずく。
まだ時刻が早いので、早速、ひと泳ぎしてくる。 そして、ビーチ・パラソルの横で思い思いに腰を下ろす。 すぐ眼の前に目印の棒が立っている。
祥子がその棒を見ながら『ほんとはね』と言う。 皆が祥子の方に顔を向ける。 祥子が続ける。 『ほんとはここよりももっと海に寄った、下の方に埋める方が面白そうね』
美由紀がちょっと心配そうな顔をする。
『ええ、でも』と孝夫が言う。 『そんなことをしたら、満潮の時には頭が完全に水に隠れて、溺れてしまいますよ』
『ええ、そう。 だから典型的な処刑プレイになるんじゃない?。 ね、祐治さん』と祥子は話を私に向ける。
『そうだな』と笑いながら返事する。 『僕は当事者だからコメントを控えるけど、でもあんまりぞっとしないな』
横でまた孝夫が『ええ、確かに処刑プレイにはなりますけど』と言って続ける。 『でもプレイというからには、生命は保証しなければいけませんよね。 それに処刑プレイでは、気を失うまでは放っておくんでしょう。 その後でどうやって生き返らせます?』
『ええ、そこが問題なの』と祥子が真面目な顔をして応える。
『とにかく、溺れたらすぐに体を逆さにして水を吐かせて、人工呼吸をする必要がありますよね。 生き埋めにしてあったのではそのどちらも出来ませんし、掘り出してからでは間に合いませんからね』
孝夫はあくまで真面目に主張する。
『ええ、解ったわ。 やっぱり無理よね』
祥子がとうとう笑い出す。
『今日は孝夫君もずいぶんはっきりと主張するね』と私も笑う。
『あ、そうですね』と孝夫も頭をかく格好をして笑う。 『祥子さんが本気でそんなプレイをするんじゃないかって、心配になって』
『あたしもまさかとは思っていたけど、でもやっぱり、少し心配だったわ』と美由紀も横で言う。
『うん、有難う。 でも、僕には祥子は絶対安全な方法を考え付くまではそんなプレイはしそうもない、って判ってたから、あまり心配はしてなかったけど』
『そう言えばそうですね』と孝夫はまた笑う。 『やっぱり僕は、これから始まる素晴らしいプレイを前にして、少し興奮してたんですね』
『まあ、そんな所かな』
『そうね』と祥子が言う。 『でも、祐治さんにそんな風に見通されてるとすると、本当の処刑プレイはちょっと無理という訳ね。 いくら本当らしい死刑の理由を作り上げても、祐治さんはまともに考えてくれそうもないもの』
『まあ、そういう所かな』と引導を渡す。
話に一段落ついて、『じゃ、まだ時間があるから、もう一泳ぎしてこよう』ということで、4人で海に入る。