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5.1 プレイの反省

第5章 第5日
05 /01 2017


 翌朝、少し遅い朝食の時、祥子が後ろ手の美由紀にチーズをお給事しながら、『祐治さん』と話し掛けてくる。 そしていたずらっぽい眼付で言う。
『あの、昨夜も大分きついプレイをしたけど、もうすっかり回復した?』
『うん、ほとんど回復した』
『ほとんど?』
『うん、実をいうとね』。 私はパンに手を出しながら敷衍する。 『何だかちょっと疲れが残っているような気もするんだ』
『そうですよね』と孝夫が言う。 『連日、あれだけの厳しいプレイを続けているんですものね』
『そうね。 それじゃ』と祥子が笑いながら言う。 『今日は午前中はプレイをお休みして、ゆっくり休ませてあげましょうか』
『ばかに優しいね。 一体、どうしたというの』
『そりゃ、たまには完全な休息をはさんだ方が、プレイを長く楽しめますものね』
『うん、そうかな』
 2人で顔を見合せて笑う。 美由紀と孝夫も笑っている。 パンをちぎって口に入れる。 ちょっとの間、会話がとぎれる。
 少しして今度は孝夫が会話再開のきっかけをつくる。
『それで午前中は祐治さんの休息に当てるとして、午後はどうします?』
『ええ、午後は昨日にも言ってた通り、荒船さんが帰った後に皆でD平とかにピクニックに行きましょう』
『ああ、それはいいですね』
『とすると』と私が口を挟む。 『今日は一日、ゆっくりさせて貰えるのかな?』
『そうとは限らないわよ』
 祥子はそう言ってにやりとする。 そして言う。
『ピクニックがどういう風になるのかもまだ判らないし』
『ふーん。 また、道中、何かがあるのかい?』
『ええ、いくらかプランはあるわ』
『一体、何をする積りなんだい』
『それは秘密』
 祥子はまた笑って明かさない。
『それにしても、昨夜のプレイも大分すごかったですね』と孝夫が話題を転換する。
『そうだね。 僕も終った後ではさすがに何もする気にならなくなって、あれからすぐに寝ちゃったからね』
『そういえば、昨夜のプレイの感想はまだ済んでなかったわね』と祥子が言う。 『今、お食事しながら感想を語り合いましょうか』
『うん、それもいいかな』と私。
『皆さん、真面目ですね』と孝夫が笑う。
『うん、それに』と私がつけ加える。 『昨夜のプレイでは僕も調子に乗って我々の会にちょっと異質なものを持ち込んだようなので、それが気になっててね。 それでそのような種類のプレイをどう考えるか、この機会に一度みんなで話し合って貰った方がいいんじゃないかと思って』
『異質なものと言いますと?』
『うん、あの、祥子や僕の吊りであそこをさらけ出させた完全ヌードだ』
『ああ、あれですか』
 孝夫はうなずく。
『そうね』と祥子も言う。 『あれはあたし達「かもめの会」の思想からはちょっと外れてる気もするわね』
『うん。 あまりその方向にすすむと、プレイを純粋に楽しむことから外れてしまいそうな気がするんだ。 僕も恥ずかしかったことを抜きにしても、何となく後味がすっきりしなくてね』
『そうね』。 祥子はちょっと考える。 『そういう重い問題がからむのでは、お食事しながら話すのは消化に悪いわね。 じゃ、今はまずお食事を済まして、その後でゆっくり話し合ったらどうかしら』
『そうだね』
 皆が真面目な顔をしてうなずく。



 食事が終る。 改めて祥子と孝夫が紅茶を入れ直す。 紅茶に角砂糖とミルクを入れ、ゆっくりとスプーンでかき混ぜる。 祥子も2つのカップに角砂糖とミルクを入れ、ゆっくりかき回して、まず美由紀に一口飲ませてから自分も飲む。
 全員が紅茶を一口飲み終えた頃を見計らって、祥子が『じゃ、さっきの問題の話し合いを始めましょうか』と切り出す。
『話は確か、完全ヌードであそこまで露出させるようなプレイが、私達「かもめの会」に相応しいかどうかということだったわね』
『うん、そうだ。 つまり、美由紀の吊りから始まって、祥子、僕、と続いた吊りプレイだが』
 私はそこで一息入れて、改めて考えを述べる。
『でも、それらが僕たちの会に相応しいかどうかという話をするとなると、そもそも僕たちはどういう考えで「かもめの会」を作ったのかをもう一度確認しておく必要があるかもしれないな』
『そうね』
 祥子がうなずく。
『じゃ、その辺の話を僕から始めようか』
『ええ、お願いするわ』
『それじゃ』
 私はもう一口、紅茶を飲んで座り直す。
『それで、「かもめの会」を作ったのは、確か、僕が2度目に祥子達のマンションに伺って、孝夫君と初めて顔を合せた日だったね』
『ええ、そう。 この4人全員が初めて顔を合せた日よ』
『あの時、どんな議論があったっけ』
『そうね。 あの時は確か、これから先も逃げ出さずプレイをつづけます、という誓いの担保にお互いの縛り写真をブラックメイル用に配って、それを孝夫が秘密結社みたいだと面白がって、ほんとに秘密結社を作ったら、ということになったのよ』
『ああ、そうだったね。 確かにプレイというものは世間をはばかるから、そういう趣味と志を共有する僕たちだけで秘密の会を作れば、一連托生の仲間意識で安定した気持ちでプレイを楽しめる、ということがあったんだね』
『ええ、そう』
『それでその時に頭にあったプレイだけど、僕たちは最初の時に鞭打ちや浣腸は嫌いだと意見が一致していたので、結局は色々な縛りと吊りと、それにポリ袋などを使った窒息責めなんかを漠然と考えていたんだね』
『ええ、それに祐治さんの場合はタバコ責めと』
『ああ、そうだ。 あれは確か、お2人に僕のマンションに来て貰ってタバコを使う一人プレイを披露して、タバコ責めをやって貰った後の集まりだったから』
『ええ、そう』
 私はその時ちょっと奇妙な疑問を感じてわき道に入る。
『それで、僕たちは何故、鞭打ちや浣腸が嫌いなのだろう?』
『あら、妙な質問ね。 そんなことは余り考えたことがなかったわ』
 祥子は笑う。 しかし、すぐに真面目な顔になって言う。
『そうね。 浣腸が嫌いなのはすぐに解る気がするけど』
『というと?』
『つまり浣腸プレイって何だか汚らしいのよ。 プレイは美しくなければいけないわ。 人前で汚く恥ずかしい行為をさせるだけというのはプレイではないわ』
『なるほど。 それが祥子のプレイの美学か』
『ええ、そう。 祐治さんは?』
『そうだな。 僕も同じような理由かな。 もう我慢が出来ないくらいになっても恥ずかしくて必至に堪えている切羽詰まった気持、というのも悪くはないと思うけど、それは出しさえすれば解消し、結果が汚く恥ずかしいだけというのでは魅力を感じなくてね』
『そうね』
 美由紀も盛んにうなずいている。
『じゃ、それは片づいたとして』と祥子が話を進める。 『その、もう一つの鞭打ちの方だけど、祐治さんはどうしてあれがお嫌いなの?』
『そうだな』。 私はちょっと考える。 『僕はどうも鞭打ちのような瞬間的な強い痛みには弱いんだな』
『あら、経験がおありなの?』
『いや、まだないけど、解るような気がする。 そしてその痛みが責め手の意向ひとつで次々と襲ってくるのを待ち受ける緊迫感も悪くないとは思うけど、どうも進んで受ける気にはならないんだ』
『あたしも痛いのはいや』と横で美由紀も言う。
『そうね。 あたしにもお2人の気持が解るような気がするわ』
『それで祥子の方はどうなんだい』
『そうね』
 祥子は顔に微笑を浮かべ、ちょっと間をおいてから続ける。
『あたし、プレイはじっくり責めるものが好きなの。 鞭を振るって派手に悲鳴を上げさせるような派手なパーフォーマンスは何となく性に合わないのよ』
『なるほど』
 私にもその気持がよく解る。
『確かに僕もあの派手なパーフォーマンスは好きになれないね。 要するに僕たち3人には、その辺に鞭打ちが好きになれないほんとの理由があるのかも知れないな』
『そうね』
『とにかく、そういうことで僕たちは縛りや吊りを中心にしたプレイを頭に描いて、それらのプレイを楽しむことだけを考えて会を作ったんだね』
『ええ』
 祥子と美由紀もうなずく。 孝夫もうなずいている。



 私も話しているうちに次第に考えが固まってくる。 とともに昨夜のプレイの問題点もはっきりしてくる。 もう冷えた紅茶をぐっと飲み干してから、端的に話の核心を持ち出してみる。
『それで昨夜のプレイだけど、あれらに僕たちが違和感を感じたのは、問題を生じた場所が場所だけに、恐らくはセックスの問題に関連してると思うんだけど、どうだろうか』
『ええ、あたしもそう思うわ』
 祥子がすぐにそう反応し、美由紀と孝夫もうなずく。
『そこでセックスの問題だけど、僕たちは会を作る時に純粋にプレイを楽しむことを考えて、暗黙のうちに、セックスをプレイに結びつけない、ということにしていたような気がするんだ』
『そうですね』と孝夫が頭を傾げる。 『確かに僕たちはそうしてきましたね。 本来、SとかMとかいうのは、セックスの一つの形と聞かされてきましたけど』
『そうね』と祥子も言う。 『あたしも祐治さんを縛る時はともかく、美由紀を縛るのは確かにセックスからではないわ』
『うん、そう言い切れるかどうかはまた問題だけど、僕たちは少なくとも意識の上ではセックスが絡んでいなかったから、自意識の陰りもなく明るくプレイを楽しめたんだと思うんだ』
『なるほど』
『それが昨夜のプレイでは、その禁断の木の実であるセックスを嫌でも意識に乗せざるを得ないような状況があって、それが我々の違和感につながったのではないのかな』
『そうね』
 祥子が『難しいわね』と言うように首をかしげる。
『僕の言いたいことが解るかい?』
『ええ、何となく解るような気がするの。 うまく言えないけど』
『うん、僕もうまく言えないのでもどかしいんだけど。 とにかく昨夜のプレイには、当事者の意図はともあれ、何かまともに見るのをはばかるようなものがあったような気がするんだ。 つまり、何かセックスにからんだ根源的な嫌らしさが表面に出て、プレイを楽しむ以前に目を背けたくなるように感じて』
『なるほど、そうね』と祥子が深くうなずく。 『あたしも何か、もやもやっとした感じを持っていたけど、そう言うことだったのかしら』
『うん、そうじゃないかな』
 美由紀も孝夫もうなずいている。 祥子はさらに『それで?』と後を促す。
『うん。 だとすると、これからはそう言う嫌らしい事態の起こるのを避けた方が、お互いに明るく楽しいプレイが出来るんじゃないかな』
『ええ、そうね』
『それで、出来れば何かルールを作っておいたらどうかと思うんだけど』
『そうね、それがいいわね』
 皆がうなずく。



 早速に祥子が言う。
『それじゃ早速、その話し合いを始めましょうか?』
『うん、ただ』と私がさえぎる。 『せっかくのいい機会だから、その前に我々の会についてもう一つ確認しておいたらどうか、と思うことがあるんだけど』
『え、それは?』
『うん、それはね。 僕たちの会でするプレイは、責める方もそれを受ける方も、双方ともがその責めを楽しめるものでなければいけない、ということだ』
『ええ、そうね。 それが当り前と思っていたけど』
『うん、当り前だから今までは意識しないでそうやってきたけど、この機会にそうだと言うことを確認しておいたらどうかな。 つまり、我々の会で行うプレイは責める者も責められる者も、またそれを見てるだけの者も、会の全員がそれぞれに楽しめるものでなくてはいけない。 仲間のうちの一人でも嫌だなと感じるようなプレイはしてはいけない、ということを』
『なるほど』と孝夫がうなずく。 『確かにプレイというのには、ちまたのSM小説にあるような、嫌がる哀れな犠牲者を責め苛むことで周りのものが楽しむ、というのもあり得るけど、そういうものではいけない訳ですね』
『うん。 僕はたとえ小説であっても、悪意を持った男や女が誰かを責め苛むようなものは読むに耐えず、気分が悪くなる』
『ええ、あたしも』
 美由紀が大きくうなずく。
『じゃ、プレイは会の全員が楽しめるものでなくてはいけない。 一人でも嫌だと思うプレイはすべきでない、という原則を全員で確認していいかい?』
 孝夫と美由紀はすぐに『ええ』とうなずく。 しかし、祥子は『ええ、いいわ。 でもね』と笑う。
『何かあるのかい?』
『ええ、Mの人ってよく、本心はその責めを受けたいのに、表面では嫌だと言ってみせることがあるのでね』
『まあ、そういうこともあるだろうな。 でも、本当にお互いの心が通じあっていれば、そう言う区別はおのずと解る筈だから、ここではその原則を確認しておいて、個々のプレイの時は祥子の判断に任せてもいいよ』
『ええ、じゃ、その辺はあたしの判断でどしどしやらして貰うことにして、その原則を確認するわ』
『うん、有難う。 これで確認終り。 これからもどしどし我々全員が楽しめるプレイをしていくことにしよう』
 私は一度はそう締めくくる。 しかし、ふと祥子がよく持ち出す論理を思い出してつけ加える。
『でも、今の祥子の了解だと、プレイの途中で僕や美由紀が嫌だと言っても、本心では望んでるのよと言う祥子の判断で、結局は祥子の好きなように責めを加えられることになりそうだな』
 美由紀が大きくうなずく。 しかし、祥子はしゃあしゃあとして言う。
『いいのよ。 それが結局は祐治さんや美由紀が本心では一番望んでいることなのだから』
 皆がどっと笑う。

5.2 昨夜のプレイ

第5章 第5日
05 /01 2017


 皆の笑いが収まって、祥子が『じゃ、次に進んでいいわね』と念を押す。 私を含めて3人が『うん』とうなずく。
 まず、祥子が『それでは、今朝の話題の中心である、セックスに絡む恐れのあるプレイはどこまで許されるか、の話し合いを始めましょう』と宣言する。
 私はさっき確認した原則から議論を始める。
『うん、それで、その際に基準となるのは、全員が楽しめるか、それともそれで不愉快になる人があるか、と言ったことだね』
『ええ』
『そこで具体的には、昨夜のようなプレイが純粋にプレイを楽しむことになっているかどうかだけど』
『それで、どう言うことになるのかしら』と美由紀が覚束なげな顔をする。
『そうだね。 単に頭の中で抽象的に考えているだけでは人を納得させる議論にはならないから、ここで一度、みんなで昨夜のプレイを点検してみようか』
『そうね。 それがいいわね』
 皆がうなずく。
『それでまず』と私は皆の顔を見回す。 『美由紀の祭壇吊りだけど、あれはどうだったかな。 あれは確か、最初はショーツが着けたままで吊ったんだったね』
『ええ』と孝夫が承ける。 『それで吊り終った後で、祥子さんが美由紀さんのショーツをずらせて股にローソクを立てたんです』
『それであそこを露出させることになったんだけど』
 美由紀が恥ずかしそうに下をむく。 私は続ける。
『でも、あの時はまだ、僕はそんな違和感は感じなかったような気がするな』
『そうですね』と孝夫がうなずく。 『確かに僕も素直に楽しんでいたようです』
『何故かしら』と祥子が首をかしげる。 美由紀も顔を上げて、話の成り行きを興味深げに聞き入る。
『そうだね。 その理由は恐らく、あそこが空気中に露出したのは確かだけど、それは閉じた股の間だったし、それにその位置は体の下側で直接は目には入らないし、しかも背中や股のローソクの光が届かない暗い場所だったからかな。 だから目を背けたくなるような嫌らしさは感じないで済んだのだろうね』
『そうですね』と孝夫。
『なるほどね』と祥子もうなずく。
『そうとすると、あの美由紀の吊りとローソクの飾りのプレイは我々の会の理念に反することはない、ということになるね』
『ええ、そうね。 だから、これからも機会があったらどしどしやりましょう』
 祥子の明るい笑いに、美由紀がまた恥ずかしそうに目を伏せる。



 話を進める。
『それで次は祥子の逆吊りだけど』
『そうね』
 祥子がひとまずそう承けて、眼に笑みを浮かべながら、恨みがましく言う。
『あの時にどうして祐治さんがあたしをあんな恥ずかしい格好に吊ったのか、聞いてみたいわね』
 美由紀と孝夫も私の顔をみつめる。
『うん、そうだね』
 私はあの時の自分の心の動きを思い返しながら、ぼつぼつ話し始める。
『あの時は最初は祥子を吊ることだけは頭にあったけど、まだどう言う形に吊るかも決めてなかったんだ。 それで、あまり平凡な吊りでは祥子も満足しないだろうと思ううちに天井に並んだ3つのフックに目が行って、第2回の月例会で美由紀の開脚逆吊りを見たことを思い出し、ああ、これこれ、と思って、孝夫君に言ったんだ』
『ああ、そうでしたね』と孝夫がうなずく。 そして補足する。 『僕はいきなり開脚逆吊りと言われて、びっくりして。 でもまだその時は、後であのローソク・ショウになるとは思っていませんでしたよ』
『うん、実はあれもとっさの思い付きなんだ。 つまり、逆吊りの準備として祥子を床に寝かせた時に、ふと、すぐ前に見た美由紀の人間燭台を思い出して、開脚逆吊りと同時にローソクでも飾ってみたくなったんだ。 そして、開脚逆吊りにした祥子の姿を想像するとローソクを立てる場所は股しかなさそうだし、股に立てるとするとショーツが邪魔になるような気がしてね』
『ふーん』
 皆は真剣な顔をして私の話を聞き入っている。
『でも、ショーツを脱がせる前に一瞬迷ってね。 とにかく今度は開脚逆吊りだから、美由紀の場合と違ってあそこが正面から丸見えになる、と気がついて』
『・・・』
『しかし、美由紀の場合は祥子はすでにショーツをずらせてあそこを露出させることをやっている。 祥子は自分も同じことをされることを期待しているだろう。 ええ、やってしまえ、と決心してね。 ショーツを脱がせたんだ』
『なるほど』
 孝夫がうなずく。
『そして脱がせたショーツを祥子に見せて、「ローソクを立てるのに邪魔だから」と説明したら、祥子もうなずいてたよね。 ああ、やっぱり期待してたんだな、と思ってほっとしたよ』
『まあ、ほっとしただなんて、祐治さんも案外に神経が細かいのね』と祥子が笑う。
『こいつ』と睨んでみせる。 みながどっと笑う。
 笑いが収まって、祥子が真面目な顔になる。
『そうね。 いきなりショーツを脱がされたときには、あたしも一瞬ぎょっとしたけど、でもよく思い返してみると、あそこをローソクで飾られることを全然期待してなかった、と言ったら嘘になるでしょうね』
『そうだろう?』
『まあ、図に乗って』
 今度は祥子が私を睨む振りをする。 肩をすくめてみせる。 皆がまたどっと笑う。
『でも恥ずかしかったわ』と祥子がしみじみした顔をする。 『そして、いくら恥ずかしくても自分ではどうすることも出来ない。 これがプレイなんだわ、と思ってたわ』
『ええ、あたしも何だか恥ずかしくで、まともに見ていられなかった』と美由紀も後ろ手の身体を揺すって言う。
『そうだね。 僕も実はちょっとやり過ぎかな、と思った。 でも、祥子が冷静な顔を見せてくれてたんで安心した』
『でも、しょうがないでしょう?。 妙に恥ずかしいという素振りをみせれば、祐治さんを喜ばせるだけだし』
 祥子のその言葉に、『祐治さんはそんなことはないと思いますけど』と孝夫が弁護してくれる。 しかし、祥子は『そんなこと分らないわよ』とすねる。 私はにやにやしながら聞いている。
 つづいて祥子が『でも、あんな妙な所にローソクを立てるなんてひどいわよ』と恨みがましく言う。 『ああ、ごめん、ごめん』と謝る。 そしていい訳するように言う。 『あの時、せっかくローソクで飾ろうと思ったのに他に立てるにいい場所がなくて焦ってね』
『ええ、まあ、そう素直に謝るのなら許してあげるわ』と祥子が尊大に言う。
『はい、有難うございます』と身体を縮めて頭を下げてみせる。 皆がまたどっと笑う。
『でも、あそこ以外には本当に立てる場所がないだろう?』
『そうね。 美由紀に使った針金の台を使えば、あそこに差し込まなくても立てられたとは思うけど』
『ああ、なるほど。 そう言う手はあったかな』
『ええ、そう。 でも、面白みは少ないかもね』
『そうだね』
 私はあの情景を反芻する。 そして視点を変える意味で、『所でどうなの。 祥子から見たあのプレイは』と訊いてみる。
『そうね』と祥子は言う。 『自分が吊られた時は、これがプレイなんだと割り切っていたから、それほどには思わなかったわ。 それで祐治さんを吊る時には、あたしも祐治さんにされたんだからと思ってショーツを脱がしたんだけど、実際に吊ってみるとこちらが恥ずかしくて、あそこをまともには見られなかった』
 横で美由紀が盛んにうなずいている。
『それで、何となく落ち着かない気分で、とにかくプレイを進行させたけど』
 祥子はそこで一度言葉を切る。 そして続ける。
 『だから、あの時はあたしも純粋に祐治さんを責めて楽しむということにはならず、心のどこかに何かが引っ掛かってすっきりしないものがあったわね』
『なるほど』
 またちょっと会話が途切れる。 皆がそれぞれに考えにふけっている。 私も次第に考えが纏まってくる。
『それで』と発言する。 皆が私の顔を見る。 もう一度、『それで』を繰り返した後、『美由紀と孝夫君も、あのプレイはやっぱり落ち着いて見てはいられなかったのかい?』と訊いてみる。
『そうね』と美由紀がまず応える。 『あたしはもともと、ひとが責められるのを見てるのは切なくて得意じゃないけど、今度のプレイはそれとはちょっと違った意味で、目を背けたくなる気がしてたわね』
『ということは、何となく拒否したくなるような』
『ええ、ローソク・ショウは確かにきれいだったけど、でもちょっと気分が悪くなるような要素もあったわね』
『ああ、解った。 それで孝夫君は?』
『ええ、僕も何だか素直には楽しめないような気がしてました』
『なるほどね』。 私はうなずいてみせる。 『これでメンバー全員が、素直に楽しむには何か引っ掛かることがある、と感じていた訳だね』
『そうね』
 全員がうなずく。
『だからやはり、ああいう露骨なプレイは僕たちの会には取り入れない方がいい、ということになるのかな』
『ええ、そうね。 やはりあたし達の会のプレイは、メンバー全員が素直に楽しめるものでないといけないわね』
『つまり、さっき確認した原則に則って、メンバーの誰かに嫌らしいという不快感を与えるようなプレイはしない、ということだね。 特に今度のケースはメンバー全員が引っ掛かりを感じていたのだから、なおさらだよね』
『ええ』
『じゃ、それを結論にしようか』
『ええ、でも』と孝夫が言う。 『それをきちんとした言葉で言うと、どう言うことになるんですか?』
『そうだね、ちょっと難しいけど』。 私は頭の中でとっさに考える。 『具体的には、露骨にあそこを見せつけるようなプレイはしない、と言うことかな』
『ええ、そうね』と祥子が承ける。 『もっと具体的にいうと、開脚逆吊りの時は必ずショーツかパンツを穿かせて行う、ということよね。 ちょっと惜しい気もするけれど』
 そう言う祥子の言葉尻をつかまえて、ちょっとちょっかいを出してみる。
『でも、祥子が惜しいと言うのなら、祥子にだけは例外を認めて、何も着けずに吊って上げてもいいよ』
『いいえ、遠慮するわ。 せっかくみんなで決めたルールを破って会の和を乱すのはよくないから』
 祥子がしゃあしゃあとしていう言葉に皆がどっと笑う。



 難問を片づけて、皆がほっとした顔をする。
『これで一番重い問題は片づいた訳だけど』と私が言う。
『ええ、でも、昨夜のプレイの感想ということなら、まだ祐治さんの吊りとタバコ責めが残っていますよ』と孝夫が注意する。
『そうね。 それもやっておきましょうか』と祥子が言う。
『そうだね』と私も同意を表明する。
『まず、前半の開脚逆吊りだけど』と祥子が言う。 『あれはあまり問題はないわね。 一番大きな問題はもう話がついてるから』
『そうだね』と私は応え、『でも、祥子はまだブラジャーを着けていたけど、僕が完全な真っ裸だろう?。 それに祥子のは少しへこみがあるだけだけど、ぼくのは裸で正面につっ立ってるんだから恥ずかしかったぞ』とつけ加える。
『なるほど、そうですね』と孝夫が同性のよしみでまず認め、うなずいてくれる。 しかし祥子は『そんなの同じことよ』と言う。 美由紀はにやにや笑って見ている。
『それはともかくとして』と改めて訊く。 『それで祥子はどうだったの。 あの初めての開脚逆吊りを受けて』
『そうね』
 祥子はちょっと考えて答える。
『とにかく悪くはなかったわ。 足首や腰は少し痛かったけど、適度の緊張感もあって』
『うん、それはよかった』
『それよりも、祐治さんはどうだったの』
『うん、僕も開脚逆吊りは初めてだったけど、それ自体は悪くはなかったね』
『それはよかったわ』
『でも、同じ開脚逆吊りでも、僕は祥子のより股を大分大きく開かされてたね』
『ええ』と孝夫が応える。 『祥子さんの場合は両脚の開きは30°くらいのものでしたけど、祐治さんのでは70°くらいはありました』
『ええ、そうよ』と祥子がにやっと笑う。 『あたしと同じでは祐治さんは物足りないでしょうと思って、両端のフックを使って開きを2倍にしてあげたの』
『やあ、それはお心遣い有難うございました』
『いいえ、どういたしまして』
 珍妙な応酬に皆がどっと笑う。
『ただ、足首と腰が大分痛かった。 とにかくあのくらい開くと、まっすぐの場合に比べて足首の負担も2割くらいは大きくなるんじゃないかな』
『え、そんなに違うの?』
『うん、確かそのくらいだと思う。 それに伴って腰の負担も増えるから、大分辛かったよ』
『それに祐治さんは祥子さんより大分重いから、余計ですよね』と孝夫が言う。
『うん、それもあるしね』
『でも、悪くはなかったんでしょう?。 それならいいじゃない』と祥子。
『うん、まあ、そうだね』と認める。
 話に一区切りついて、ちょっと間が空く。 そしてまた、祥子が『それから股にローソクを立てた人間燭台の方だけど』と話を進める。
『うん、とにかく幻想的できれいだったね』とまず応える。 美由紀と孝夫もうなづく。
『あのプレイを今後はしないことになってちょっと残念だけど』と祥子は言う。
『でも、その分、妙な所に神経を使わずにすんで、明るい気分でプレイが出来るのではないかな。 それにショーツを穿かせたままでも針金のローソク立てを使えば同じようなことは出来るし』
『ただ、ロウが肌に直接流れ落ちることがなくなるから、ぎくっとして炎がゆれる面白みはなくなるけど』
『まあ、そうかな』
 どうも、祥子はまだあのプレイに未練があるらしい。 彼女のことだから、また何時か新しい工夫であのプレイを復活させることも考えるだろう。
 祥子が話題を変えて、『それで鼻のローソク照明はどうだった?』と笑いながら訊いてくる。
『うん、別にどうってことはないけど』と答える。 『ただ、あの火を消さないように静かに息をするのに大分気を使った』
『それはどうも』
 私は続ける。
『でも、ローソク・ショウとしては悪くはなかったんじゃないかい?』
『ええ、とてもきれいでした』と孝夫が保証する。 美由紀も『そうね』とうなずく。 祥子もうなずく。
 続いて、『それで最後に逆吊りタバコ責めだけど』と祥子が話を進める。
『うん』と応える。
『祐治さん、あれは充分に堪能出来たでしょう』
『うん、充分過ぎるくらいだった』
『そんなに辛かった?』
『まあね』
『でも、あれは祐治さんの多年のご希望をかなえて上げたんだから、感謝なさい』
『はいはい。 お陰さまで』
 また、みんながどっと笑う。
『これで一応終りかしら』と祥子が言う。
『うん、とにかく色々と新しい経験も出来、我々のプレイの深い反省をするきっかけを与えてくれて、有益で楽しいナイトセッションだったよね』と私。 皆がうなずく。
『じゃ、今朝の話し合いはこれで終りにして、また一日、楽しく遊びましょう』
 皆が立ち上がる。 そして祥子が美由紀の後ろ手のひもも解いて、皆で朝食の後片づけを始める。

5.3 美由紀の砂山

第5章 第5日
05 /01 2017


 朝食の後片づけも終る。
『さて』と祥子が言う。 『今日の午前中は祐治さんの休息のお時間だけど、あたし達はどうしましょうか』
『でも休息の時間といっても、それはプレイを休むということだろう。 だから何時もの通りに海に出て、普通に遊べばいいんじゃないのかい?』
『それはそうね。 じゃ、やはり海に出ましょう』
 というような会話の後、また皆が水着に着替える。 そしていつもの荷物も全部持って浜に出て、ビーチパラソルを立てて基地「ラウンジかもめ」をつくる。 今日も天気は上々で、夏雲がぽかりぽかり浮かぶ空からは陽がさんさんと照りつけている。
『それで』と祥子がにやりとする。 『午前中はさっきも言った通り、祐治さんは休息のお時間だから、何もしなくて済むように手を留めといてあげるわね。 だから、手を後ろに回して』
『え?』と孝夫が横でびっくりした顔をする。 『何もしないって、手は縛るのですか』
『ええ、そうよ。 その方がゆっくり休めるでしょう?』
 そう言って、祥子は『ね?』と私に笑い掛けてくる。 私も『それもそうかな』と思い、『うん』とうなずいて両手を後ろに回す。 祥子は私の両手首を後ろ手にきっちりと縛り合せる。 そして他の2人に『今日はあたしが解くまで、誰もこの紐に手をつけちゃ駄目よ』と注意する。 孝夫と美由紀が笑いながらうなずく。
 改めて、『さて、何をしましょうか』と祥子が言う。 『祐治さんはご休息中だから、ビーチパラソルの陰でお休みになってる?』
『いや、それでは退屈して却って疲れるから、皆と一緒に遊んでた方がいいな』
『それじゃ、とにかく海に入りましょうか』
『うん』
 皆で海に入る。 今日も沖から適当な高さの波がやってきて、砂浜に寄せて崩れては返している。 まず、背の立つ所で波乗りをして遊ぶ。 後ろ手で波乗りをするのも割に楽しいものである。 ただし、左右の安定性が悪くてすぐに仰向けになって頭が沈む。 また、ひっくり返ると水中で立ち上がるのにちょっと手間どり、鼻に水が入ってつーんとしたりして、手首を後ろ手に縛り合された効果を満喫させられる。
 しばらく遊んでから浜に上がる。 皆が思い思いに砂の上に横になる。 私は後ろ手のままでは横になっても余り楽な姿勢が採れないので、ただ横座りにしている。 祥子は『こういう平凡な遊びも結構楽しいものね』と一人で悦に入っている。 そして『祐治さんもその格好で波乗りを結構楽しんでたようね』と言う。 『うん、悪くはなかったね』と応える。
 しばらくして祥子が起き上がる。 孝夫も美由紀も起き上がる。
『それじゃ、今度はみんなでまた、あの沖の岩まで行ってみましょう』と祥子が言う。
『でも、祐治さんはどうします?』と孝夫が訊く。
『そうね。 あたし逹で左右から支えてあげれば、祐治さんも行けるんじゃない?』
 私も何とか行けそうな気がして、『そうだな』と応える。
 また、みんなで海に入る。 そして背の立つ所は歩いて行って、そこからみんなで泳ぎ出す。 私は足だけしか使えないので孝夫と祥子が両側から脇を持って支え、2人は片手で泳いで進む。 それでも30メートルばかりだったので、何なく岩にたどり着く。
 手が使えないので岩伝いに上がるのにちょっと神経を使ったが、それでも無事に岩に上がり、棚の上に腰を下ろす。
『割に楽に来れたわね』
『うん、そうだね』
 照り付ける太陽の光で身体がすぐに乾いて来る。 ちょっと休んで、今度は孝夫と美由紀に支えられて浜に戻る。
 皆が思い思いに砂の上に腰を下ろす。 快い疲れが身体を包む。 ちょっと眠気もさしてくる。
『どう?、気持ちよさそうね』と祥子が言う。
『うん、気分が何となくゆったりして、もう動きたくないみたいだ』
『ああ、そう』。 祥子はにやっと笑う。 『それじゃ、動かなくて済むように、足も縛っておいてあげましょうか』
『え、足もかい?』
『ええ。 今朝は祐治さんには出来るだけ休息を取っておいて貰いたいから』
『ふーん』
『ね、いいでしょう?』
『そうだな』
『じゃあ』
 祥子は立ってバッグから紐を取り出してきて、あぐらをかいた形に私の両足首を縛り合せる。
『完全な休息というのも大変なんですね』と孝夫が笑う。
『祐治さんはこうしないと休んだ気にならないのよ』と祥子。
『まあね』
 私もにやにやする。
 今日も天気はかんかん照りである。 水に冷えた身体がすぐに温まり、そのうちに額に汗が浮かんで来る。 しかし、手で拭うことも出来ない。 ふと、先日受けた炎暑責めを思い出す。
『こういう格好で、こう照りつけられると、またあの炎暑責めを思い出すね』
『そうね。 あの辺の焼けた砂の上で炎暑責めをしてみるのも面白そうね』
 祥子が砂浜の上の方を見る。 そう言えばここは砂も黒く湿ってひんやりしているが、少し上の方では乾いた砂の原が銀色に輝いている。
『でも、今は祐治さんは駄目よ。 ご休息中だから』と美由紀が言う。
『そうね。 祐治さんにはお願い出来ないわね。 でも、ちょっと惜しいわね』
 祥子はそう言って、顔に笑みを浮かべながら美由紀の顔を見る。
『じゃ 美由紀でやってみようかしら』
『あたし、いや』
『そうね。 もしやるとしても、もう少し後で、もっと暑くなってからの方がいいわね』
 美由紀が首をすくめる。



 少しして、祥子が独り言のように言う。
『でも、こうやって浜に上がってる時、何もしないでいるのってやっぱり退屈ね』
 ほら、また始まった、と思う。 祥子がこのようなことで満足する筈がない。 祥子がみんなの方に向き直る。
『ねえ、やっぱり何かしましょうよ』
『そうですね』と孝夫が応える。 『でも、何をします?』
『ええ、また生き埋めプレイをしたらどうかしら?』
『え、生き埋め?』と今度は美由紀が聞き返す。 『でも誰を埋めるの?。 今朝は祐治さんにはプレイをしないことになってるでしょう?』
 こうなれば祥子の答は決まっている。
『もちろん、美由紀よ』
『あら、あたし?』
 美由紀は、やっぱり、と云うようににやりと笑う。
『ええ、そうよ。 それに砂山も作ったらどうか、と思うんだけど』
『え、砂山?』
 美由紀が一瞬、けげんそうな顔をして聞き返す。
『ええ、そう』と祥子は平然として答える。 『一昨日の祐治さんと同じように、頭の上に砂を盛り上げて砂山を作るのよ』
『まあ』
 美由紀は一転してびっくりしたような顔になる。
『だって』と祥子は説明を加える。 『祐治さんはこの前、ご自分は頭まですっぽり埋められたけど、人を頭まで埋めて砂山を作る所は見たことがない訳でしょう?。 一度、見せて差し上げたいと思って』
『なるほど』
 孝夫は解ったような顔をする。
『でも、あたし、こわいわ』と美由紀がしり込みする。
 私にも少し興味がわいて来る。 そして、『そうだね。 僕も一度見たいな。 僕は祥子でも美由紀でもいいよ。 いっそのこと、祥子を埋めたらどう?』と鎌をかける。
『あたしには砂に埋められる趣味がないの』と祥子は平然という。 皆がどっと笑う。
『それに今日は祐治さんは手を出せませんから、安全に埋め込み作業ができるのは祥子さんしか居ませんよ』と孝夫がいう。
『なるほど、それもそうかな』
『それに』と祥子も言う。 『美由紀も一度、祐治さんと同じ経験を味わってみたいんじゃないの?』
『知らない!』と美由紀がすねる。 でも、やっと決心がついたように、『じゃ、やってみるわ』とうなずく。
『ああ、よかった』と祥子が大げさに喜んで見せる。
『でも縛っちゃいやよ。 それに、あまり長い時間はいやよ』
『ええ、いいわよ』
 話が決まって、さっそく孝夫が別荘からスコップを取って来る。 その間に祥子が、『祐治さんもじっくり鑑賞出来るように、足は自由にして上げるわね』と足首の紐を解いてくれる。
 孝夫が穴を掘り始める。 私も立ち上がって、祥子、美由紀と並んで穴堀りを眺める。 ふと美由紀に話しかける。
『美由紀はこの形に埋められるのは今度で3度目かい?』
『ええ、最初に祐治さんと一緒に埋められたのと、千恵子さんとご一緒したのとがあるだけだから、確かに3度目ね』
『どお?。 もう、大分慣れた?』
『ええ、肩まで埋められるのは慣れたけど』
『頭まで埋められるのは、やっぱり不安かい?』
『ええ、少し』
 美由紀は少し笑って見せる。
『そう言えば、美由紀が埋められるときは、2度とも僕が先に埋められてたので、美由紀が埋められる様子を上から見るのは初めてだね』
『そう言えばそうね』
 美由紀はうなずく。
『まあ、じっくり、見させて貰うよ』
『ええ』
 美由紀は恥ずかしそうに下を向く。
 そうこうするうちに穴が掘り上がる。 横に掘った砂の山が出来ている。 『じゃ、美由紀、中に入って座って』と祥子がうながす。 『はい』と応えて美由紀が穴の中に下り、海の方に向いて正座して、両腕を脇に垂らす。 肩が砂浜の面と丁度同じ高さになる。 美由紀はちょっと不安そうな顔をする。 私は穴の前に立ち、『美由紀、大丈夫だよ』と力づける。 美由紀がこっくりうなずく。
 孝夫がスコップで横の山から砂をすくって穴に入れ始める。 祥子が中に入って隙間ができないように砂を脚の下などに丁寧に押し込み、時々は海水をバケツで汲んできて、そそぎ入れて砂を固める。 私は手を出すことが出来ないので、黙って作業を見守る。 美由紀は眼をつぶってうっとりした顔をしている。
 穴が砂でだんだん埋まっていく。 腹が埋まり、胸が埋まる。 私は美由紀が次第に、抜け出ることはおろか、身体を動かすことも出来ない無力そのもののようになって行くのを、たまらない気持で見つめる。
 ついには肩すれすれまで砂が入り、穴はすっかり埋まって砂浜の面と平らになる。 砂浜に首から上だけを出して埋められている美由紀がたまらなく愛しく感じられる。
『美由紀、大丈夫?』と声をかける。 美由紀は眼をあけ、ちょっと私を見上げて、にっこり笑って見せる。 ますます愛しくなる。
 砂浜から直接に首を出している美由紀を上から見るのは、昨日に引き続いてこれで2度目である。 しかし、昨日は自分が典男さん達の眼の前で砂の下から掘り出されたばかりで、何となくきまり悪さが先にたち、ゆっくり見る余裕がなかった。 今、前に立ってつくづく見ると、なるほど楽しい観物である。 思わず、『いいねえ』と声を出し、じいっと見つめる。
『いやーん。 そんなに見つめちゃいやーん』と美由紀が首を振る。
『じゃ、美由紀、早く頭も隠してあげましょうか?』と祥子が声をかける。
『ええ』と美由紀はうなずく。 とてもけなげに見える。
『それじゃ、まずマスクを掛けるわよ』
 祥子は赤いバッグから例の潜水マスクを取り出す。
『美由紀はこのマスクを掛けるのは初めてね』
『ええ』
『大丈夫、すぐに慣れるわよ。 ね、祐治さん?』
 祥子に同意を求められて、私も保証する。
『うん、すぐに要領を覚えるよ』
 美由紀もこっくりうなずく。
『じゃあ』
 祥子はマスクを美由紀の顔に当てて革ひもを締め、あちこちを調節する。 美由紀はまた目をつぶり、うっとりした顔になる。 祥子はまた例によって鼻の部分のパイプの先のキャップをはずし、指で孔をふさいで美由紀の息のつまるのを確かめ、漏れのテストをする。 美由紀も要領をつかんだらしく、正常に呼吸している。 祥子は『いいようね』とうなずいてキャップを戻す。
 ついで祥子は美由紀の水泳帽をちょっとめくり、耳に補聴器のイヤホーンをさし込む。 そしてマイクに向かって、『美由紀、どう?。 イヤホーンから聞こえる?』と声をかける。 美由紀は眼を開けて祥子の顔を見上げ、にっこり笑って軽くうなずく。 もうすっかり覚悟が定まり、今は期待さえしているかのように見える。
『それじゃ、砂を積むわよ』と声をかけて、祥子が小さいシャベルで美由紀の頭を中心に砂を盛り上げ始める。 孝夫も砂を運び、手を出して祥子の作業を手伝う。 美由紀はまた眼をつぶる。
 頭の後ろと両側が砂で埋まる。 頭の上にも砂が盛られる。 前面も鼻まで砂で埋められ、前が少し欠けた円錐状の小山ができる。
『さあ、ひと休み』と祥子が手を休めて、しばらく美由紀の顔をみつめる。 今は見えるのは眼からひたいにかけてだけである。 美由紀は相変らず眼をつぶって、うっとりとした顔をしている。 呼吸は正常のようである。 敷物の上の時計の針は10時35分を指している。
『じゃ、美由紀、いいわね。 本番よ』と祥子が声をかける。 美由紀がちょっと目を開けて祥子の顔を見て、小さくこっくりし、また目を閉じる。 頭の上の砂が少し崩れ、眼の上にかかる。 何とも言えず、いとしい気がする。
 祥子がまた小さいシャベルで砂を頭の上に盛り始める。 孝夫も手で砂を足していく。 砂が小山の上から流れ落ちて来て次第に美由紀の眼やひたいを隠していき、ついには頭が全く見えなくなる。 祥子はなおも砂を足していく。
 やがて高さ50センチばかりに完全円錐状の砂山ができ上がる。 祥子は手の平でとんとんと周りを固める。 頂上のやや左に塩ビのパイプが長く突き出ている。
『さあ、出来上がり』と祥子が手を止める。 そして、『美由紀、出来たわよ』と補聴器の集音マイクに呼びかける。 もちろん、砂山からは何の反応もない。 美由紀はどんな気持ちでいるのかな、と想像をめぐらせながら、砂山を見つめる。
『祐治さんの時はもっとずっと大きな山で、高さが1メートル位もあって、このパイプの先がやっと頭を出していたんですよ』と孝夫が説明する。
『ふーん。 なるほどね』
 私は感心しながらなおも山を見つめる。
『じゃ、またお水をあげるわよ』
と言って祥子はバケツからカップで水を汲み、『色即是空、空即是色』と口の中で唱えながら、山の上に水をちょろちょろかける。 私は、自分が埋められたとき、イヤホーンからこの文句がきこえ、頭の上から水がしたたり落ちて来たことを思い出す。 また、美由紀がどんな気持でいるかなと考える。
 祥子が一本のパイプの先のキャップをはずし、小さな紙きれを口に触れてみる。 規則的に少し動く。 『正常のようね』とつぶやき、キャップをもとに戻して、山の横に腰をおろす。
 孝夫が立ち上がって、何枚か写真を撮る。 私は砂山を見てて、無性に美由紀がいとしくなる。  横の祥子に言う。
『自分が埋め込まれているときは、そうも思わなかったけど、こうやって人が埋め込まれている砂山を見てるのって、随分やるせないもんだね』
 祥子が感心したような顔をする。
『祐治さんも美由紀がいつも言ってるみたいなことを言うわね。 やっぱりMの人って、お互いに一脈通じるところがあるのね』
 そんなことをしているうちに、埋め終ってから10分ほど時間がたつ。 横すわりをして山を見ていた祥子が『そうね。 もう終りにしましょうか』と言う。 『うん、それがいい』と賛成する。
 祥子が立ち上がる。 そして集音マイクに向かって、『美由紀、ご苦労さま。 もう終りにするわよ』と言って、手で山を崩しはじめる。 孝夫も一緒になって山を崩す。 やがて美由紀の水泳帽があらわれ、ひたい、眼、と順に出てくる。 美由紀は眼をぴったりつぶっている。
 頭の砂の山がすっかり取り払われ、首から上が砂の上に出る。 孝夫が『美由紀さん、ちょっと水を掛けますよ』と注意して、頭から水を流して砂を洗いながす。 美由紀が眼をそっとあけて、私を見てにっこりする。 私もつられてにっこりする。 マスクも取りはずされる。 美由紀はほっとしたように大きく息をする。
 膝をついて、後ろ手のままで美由紀の顔をのぞき込むようにして、
『美由紀、有難う。 どうだった?』
と訊く。  美由紀が私の顔を見上げて答える。
『ええ、まっくらになって、頭中が砂で抑えつけられて、とても心細かったわ。 でも祐治さんもこうだったのだと思って、一所懸命に辛抱したの』
 祥子が美由紀の口にチョコレートの一片を含ませる。 そして、『そうね』と独り言のようにいう。 『せっかく肩まで埋めたんだから、今日は当分このままにしておこうかしら』
『いやーん』と美由紀が悲鳴をあげる。 そして、『荒船さんに見つかると恥ずかしいから早く出して』ともだえる。 しかし、肩の辺の砂が少し動くだけで、身体はまったく動かない様子。 祥子もそのままで、急には動きそうもない。
   孝夫が横で『もう出しましょうよ』という。 私も『美由紀はみんなにたっぷり鑑賞させてくれたんだから、もう出してあげた方がいいよ』とすすめる。
『皆がああいうから、もったいないけど出して上げることにするわ』と祥子も勿体をつけてようやく同意する。 美由紀がほっとした顔をする。
 孝夫が早速、少し離れた所からスコップで砂を掘りはじめる。 祥子も美由紀の身体のすぐ横の砂を手でどかし始める。 私は手を出せず、横で2人の作業を見守る。 2人は時間をかけて慎重に美由紀を掘り出す。
 やっと美由紀の手が出る。 そして少しして美由紀が立ち上がる。 ぱちぱちと2人が手をたたく。 『ええ、有難う』と言って、美由紀は海で身体を洗ってくる。
『美由紀、ご感想はいかがでした?』と祥子がからかうように言う。 美由紀は真面目な顔をして応える。
『ええ、息の方は別に苦しいことはなかったけど、真っ暗で、体も頭も顔までも砂で重く抑えつけられて動かなくて、それは心細かったわ』
『でも、祐治さんと同じ経験が味わえて、満足だったんじゃない?』
『そんなことないわ』
『じゃ、どうだって言うの?』
 美由紀はまた、神妙な顔になる。
『そうね。 でも、同じ経験だなんて、とても言えないわ。 祐治さんはあの真っ暗で、身体中、どっこも動かすことが出来ず、何かが起こっても、それを外の人に伝えることが全く出来ない心細い中で、何時間も何時間も辛抱してたんでしょう?。 しかも手も足もきっちり縛られて、その紐がだんだんきつく肌に食い込んで来るのを感じながら』
『うん、まあ、そうだね』
 私は自分の経験を思い出してうなずく。
『あたし、頭も埋められてた間中、ずうっとそう言うことばかり考えてたの。 そして、とても大変なことだなと思ったの。 あたしじゃ心細くって、とてもそんなに辛抱できそうもないわって』
 今の美由紀はいつもに似合わず、雄弁である。 まだ、プレイの興奮が冷めてないのであろう。
『でも、美由紀も辛抱したじゃない』
『ええ、まだ、時間が短かかったから、祐治さんがどんなに大変だったか、ということだけを一心に考えていたので、どうにか辛抱出来たの。 もっと長くなって、外のことが頭に浮かぶようになったら、どんなになっていたか分からないわ』
『でも、辛抱出来ない気持ちになっても、どうにもならない訳よね』
『ええ、そう。 だからそれが怖くて、「祐治さんは大変だった。 それに比べたら、あたしはまだ」、ということばかり考えていたの』
 孝夫が横でうなずいて言う。
『なるほど。 解るような気もしますね』

5.4 密封炎暑責め

第5章 第5日
05 /01 2017


 美由紀の砂山隠しプレイも無事に終って、また岩まで泳いで行って来よう、ということになる。
『祐治さんはどうなさる?』と祥子がきく。
『そうだな。 今度は僕はここで休んで待ってようか』
『ああ、そう。 それじゃ、また、足も留めといておいてあげるわね』
 祥子は今度は私を敷物の上に座らせて、あぐらの形に足首を縛り合せる。 そして『じゃあね』と声をかけて3人が泳ぎに出掛ける。 横になりたいが、後ろ手で足をあぐらに組んだこの格好ではそれも出来ない。 それに今はビーチパラソルの陰に入っているので直射日光は当たらないが、それでもこう縛られていると汗が出て、身体が気持ち悪く濡れてくる。 それでも拭くことも出来ず、『これじゃ、あまり休息にならないな』と思いながら、岩に向かう3人をぼんやり見ている。
 そのうちに例の岩のあたりを一泳ぎして、3人が帰ってくる。 そして私の前の砂の上に腰を下ろす。
 祥子が私の姿をじろじろ見ながら、『この強い日差しの中で祐治さんのその格好を見てると、どうしても炎暑責めがしてみたくなるわね』という。
『ふーん』と応える。
『でも、今朝は祐治さんは駄目よ。 それにあたしはいやよ』と美由紀が先手を打つ。
『そうね』と祥子は言う。 『美由紀は今さっき、頭まで埋められて祐治さんをお慰めしたから、もう御用済みね。 だから今度は、あたしが責められてみようかしら』
『え?』と孝夫がびっくりしたようような声を出す。 『それ、本気ですか?』
『ええ、そうよ。 今まで祐治さんと美由紀をさんざん痛めつけたから、少しは罪滅ぼしをしてもいいわよ』
 私にもがぜん興味が湧く。
『それは素晴らしいな。 じゃ、早速見せて貰おうか』
『でも』と孝夫がちょっと尻込みする。 『祐治さんは手を出せないし、僕と美由紀さんだけじゃ心細いですね』
『必要なことは、あたしがちゃんと指図してあげるわよ』と祥子。
『でも、炎暑責めのときは口も蓋をするんでしょう?』と美由紀も心細げな顔をする。
 そこで私が口を出す。
『口で指示するだけなら僕でも出来るよ』
『そうね』と祥子も言う。 『祐治さんに指示して貰えばいいわね』
 これを聞いて2人もやっとやる気になったらしい。
『じゃ、やってみますか。 ねえ、美由紀さん』と孝夫が言う。
『ええ、そうね』と美由紀もうなずく。
『じゃ、何か適当なポリ袋を探してきます』
 そう言って、孝夫が別荘の方に行く。
 孝夫を見送って、私は少し感心したような気になって祥子に言う。
『でも、祥子はよくそんな気になったね。 祥子には責められる趣味は無かったんじゃなかったっけ』
『ええ、そりゃ』と祥子は笑う。 『あたしだってたまには責めを受けてみたくなる時もあるわよ』
『それじゃ、美由紀。 祥子がせっかくああ言うのだから、今まで僕たちを苦しめた罰で、美由紀も罪人祥子に存分にきびしい刑を加えてやるといいよ』
『ええ、でも』
 美由紀は笑っている。



 やがて孝夫が透明なポリ袋をかかえて帰ってくる。 祥子と美由紀は立って迎える。 孝夫が『黒いポリ袋が見付からないので、代りにこれを持って来ました』と言って、ポリ袋を私の前で拡げて見せる。 それは幅が1メートル30ぐらいで、長さは2メートルもありそうな大きな袋である。
『大分、大きな袋だね』
『ええ、でも、これしかなかったので。 それに大きい分にはよかろうと思って』
『うん、いいよ。 大は小を兼ねるというし、その程度に大きいのは却っていいかも知れない』
『ええ』
『それから、透明なのも黒いのとは別の意味でいいかもね』
 横で祥子が『まあ、人のことだと思って』とちょっとすねる。 しかし、すぐに『でもいいわ。 任せるわ』と気前のよい所を見せる。
 それを潮に、私が『じゃ、さっそく始めたら?』と促す。
『ええ』とうなずいて、早速に祥子が指図を始める。
『じゃあまず、あたしを高手小手に縛って』
 孝夫と美由紀が顔を見合せる。 孝夫が言う。
『僕、やったことがないから、美由紀さん、お願いしますよ』
『そうね。 あたしもあまり得意じゃないけど。 でも、やってみるわ』
 美由紀は紐を取り、立っている祥子の後ろに回って、自分で後ろに回した祥子の両手首を重ね合せて縛り始める。
『そら、そんなに緩くちゃ駄目よ。 と言ってそんなにきつくすると痛いわよ。 もっときちっとして、痛くないように縛らなけりゃ』と祥子は口やかましく指図する。
『うるさい罪人だね。 美由紀。 先に祥子の口を蓋しておいたら?』とけしかける。 しかし美由紀はまた『でも』と言ってそのまま縛り続ける。
 そうこうするうちに、美由紀はどうにか祥子を高手小手に縛り上げる。 そして祥子の顔を見て、『どうお?』ときく。 祥子はきっちり紐で縛められた後ろ手姿の上半身を少し揺すってみて、『ええ、いいわ。 まあまあね』という。 『えらく尊大な罪人だね』と私が笑う。 『そうね』と美由紀も笑う。
 ついで祥子は腰を下ろし、やりにくそうに自分で足をあぐらに組んで、『次は足を縛って』という。 今度は孝夫が祥子の足首を重ねて縛り合せる。
『それじゃ、次は猿ぐつわを掛けて』と祥子が言う。
『それをすると、後は指示を貰えないんですね』と孝夫が笑いながら念を押す。
『ああ、そうね』と祥子も笑う。 そして、『とにかくこれで、猿ぐつわを掛けて、首から上だけを出して袋に入れて、口を閉めて、向こうの乾いた砂の所まで運んで、置いといてくれればいいのよ』という。
『後は僕が相談に乗るよ』と口を出す。
『そうね。 お願いするわ』
『うん、分かった。 それじゃ、美由紀』
 私は改めて美由紀を見上げて、指示を出す。
『まず、祥子に小布れと例のマスクとで猿ぐつわを掛けてあげて』
『はい』
『やり方は知ってるね』
『ええ、何とか。 何時も祥子さんが掛けてくれるのを見てるから』
 そして、美由紀は赤いバッグから小布れと黒い革のマスクを取り出し、祥子に向かって『あーん』という。 祥子が『言うわね』と笑って、口を大きく開ける。 美由紀はその口に小布れを詰めて口を閉じさせ、手早く黒い革のマスクを口にあてて横の革紐を左右に引っ張り、ぐっと締めてうなじで尾錠留めにする。 さらにマスクの上部の紐を上に引っ張り、頭の頂点を通って後ろに下ろし、きっちり締めて、さっきの革紐にやはり尾錠で留める。 祥子は顔の下半分をマスクで覆われ、鼻を三角に囲んだ紐の延長で額を割られて、眼をきらきら輝かせる。 これからこの祥子をあの厳しい炎暑責めにするのかと思うと、初めてでもない祥子のマスクの顔がとても新鮮に見える。
 孝夫がポリ袋の口を大きく開いて、底がむき出すようにして砂の上に置く。 そして祥子を抱え上げてその中央にそっと置く。 祥子は腰を動かし、少し前屈みになって姿勢を安定させる。 美由紀が『じゃ、いいわね』と声をかけて、袋の縁をぐっと引き上げ、首の所で絞るようにして袋の口をまとめかける。
『美由紀』と声をかける。 美由紀が『え?』と振り向く。
『それで口をそのまま上に引き上げたらどうなる?』
『こうお?』
 美由紀が口をずっと上に引き上げる。 祥子は頭も完全に袋の中に入る。
『うん、そう。 それでポリ袋をたっぷり膨らましておいて、そのまま口を閉めたらどうかな』
 袋の内側で祥子がぎょっとしたような表情を見せる。
『え、頭も中に入れて密閉するんですか?』と孝夫も驚いたような声を出す。
『うん、そうだ。 それ、袋が大きいから、たっぷり膨らませておけば、口を閉めても呼吸は中の空気でかなりの時間もつんじゃないかな。 それに窒息しそうになったら、袋が透明だからすぐに判るし』
『それはそうですね』と孝夫もうなずく。
『だから、袋をそのまま密閉して炎暑責めをしてみたら、と思うんだけど』
 祥子が袋の中から私をにらみつけて、何か言いたそうにする。 しかし、きっちりした猿ぐつわを嵌められているので何も言えない。 私はそのような祥子の様子には気が付かない振りをする。 孝夫は本当に気がついていない様子で、『それは面白そうですね』と言う。 美由紀も『あまり長い時間でなければいいわ』と賛成する。
『じゃ、祐治さんの指示通りにやってみます』
 孝夫と美由紀は2人がかりで袋の口を大きく拡げる。 そして、『あ、そうだ。 これも入れときましょう』と孝夫が温度計を祥子のひざ元に赤いアルコール柱が外から見えるように置いて、袋を大きく膨らませたままで口をぐうっとまとめ、細紐でぐるぐる巻きにして、引き絞って結ぶ。 こうして祥子が透明なポリ袋の中に封じ込められる。 祥子は眼をつぶって、うっとりした顔をしている。
『どの辺に置きましょうか』と孝夫がいう。
『そうだね。 なるべく砂の焼けてる所がいいから、その、板切れの落ちてるあたりがいいんじゃないかい?』
 手が使えないから、あごでしゃくるようにして示す。
『ああ、あそこですか』
 孝夫はすぐ解ったらしく、敷物から7メートルばかり上の辺へ歩いて行く。 そして白く輝く砂の上に立ち、『この辺ですか?』ときく。 『うん』とうなずく。
 孝夫は足踏みをするようにして、すぐに帰ってくる。 そして報告する。
『あそこの砂はすごく焼けていて、その上にじっと立っていられない位です。 祥子さんもそのままであの上に置いたら、お尻と焼けた砂との間には薄いポリ袋の膜だけしかありませんから、やけどをするかも知れませんよ』
『じゃ、仕方がないから、水をバケツに一杯まいてから運んだら?』
『ええ、そうします』
 孝夫はバケツに一杯、海水を汲んできて、その辺に丸く輪を書いて空ける。 そして、さらにもう1杯、バケツに海水を汲んできてそこに空け、その上に乗ってみて、『うん、これなら大丈夫』というようにうなずく。
『じゃ、運びますよ』と声をかけて、孝夫が袋の上から祥子の身体をかかえる。 そして美由紀が脚の方を支えて2人で祥子をその場所に運んで行き、海の方角に向かせてあぐらをかいた格好に置く。 そしてさらに袋の外から腰の下に折りたたんだ湯上がりタオルを当てがって、祥子の姿勢を安定させる。 祥子は相変らず眼をつぶって、うっとりした顔をしている。 しかし、遠目にもそのひたいにはもう汗が流れはじめているのが判る。
 孝夫と美由紀が戻ってくる。
『あれでいいですか?』と孝夫が訊く。
『うん、いいと思う』と応える。
『それで、このプレイはどのくらい続けますか?』
『そうだね。 所で今は何時なの』
『ええ、11時24分を過ぎた所です』
『ああ、そう』。 私はちょっと考える。 『そうだね。 今日は袋の中に頭まで入れて口を閉じてあるから僕の時よりも条件が大分きびしいし、昼過ぎになって荒船さんが来た時に祥子が余りへばっていてもいけないから、適当に切り上げた方がいいだろうね。 まああと20分ほど続けることにして、11時45分になったら終りにしようか』
『そうですね。 まあ、その位ですね』
 美由紀も横でうなずく。
『僕も祥子の近くに行きたいな』と注文を出す。
『でも、あの辺はここと違って、日がまともに当たっていて暑いですよ』
『うん、でも、祥子はそこで炎暑責めに遭ってるんだし、僕も近くで異変がないように見守っていたいから』
『ああ、そうですか。 それじゃ、足の紐だけでも解きましょうか?』
『いや、いいよ。 祥子が動けない間にそんなことをすると、また後でこわいから』
『それもそうですね』
 2人で顔を見合せて笑う。
『それじゃ』と孝夫が小さなござを持ってきて祥子の袋の横に敷き、私を抱えてそこに運んでくれる。



 いつの間にか雲一つなくなった青空から日がさんさんと照りつける。 祥子の呼吸はすでにかなり荒くなっている。 顔や腕を始めとして、紐で高手小手姿にがっちり縛められた上半身の至るところから汗が噴き出して、流れ落ちている。 それでも祥子は目をつぶって、うっとりした顔を崩さずにじっと耐えている。 横に座っている私の身体からも汗が流れる。
『祐治さんは余り汗を出すと疲れて休息にならないから』と美由紀が汗を拭いてくれ、頭につばの広い麦藁帽をかぶせてくれる。
『僕だけが汗を拭いて貰うと、また祥子に恨まれそうだな』と私が笑いながら言う。
『祥子さんも拭いてあげたいけど、袋の中で拭けないから仕方ないわ』と美由紀も笑いながら応える。
 孝夫が袋の中の温度計を覗いて見る。 そしてこちらを向いて、『すごいですね。 もう50度を越えてますよ』と報告する。
『ふーん。 温度計にも直射日光があたっているから、本当の空気の温度より高く出てるかも知れないけど、それにしてもすごいね』
 祥子の呼吸がますます荒くなり、時々苦しそうに大きく息をして首を振る。
『所でもう、何分になった?』と私がきく。
『ええ、今、11時41分ですから』と孝夫が時計を見ながら答える。 『もう16分経ったことになります。 ですからあと4分ほどで終りの時間です』
『それで、温度は?』
『わあ、すごい。 58度ですよ』
『えっ、58度?』と美由紀も声をあげる。
『祥子。 あと4分ほどだそうだけど、頑張れそうかい?』と声をかける。 祥子が眼をつぶったまま、こっくりうなずく。
『58度にもなって大丈夫かしら。 熱射病になったりしないかしら』と美由紀が心配そうに言う。
『そうですね。 でも』と孝夫がいう。 『サウナ風呂では100度を越えることもありましたけど、特にどうってことはありませんでしたよ。 空気の温度が高いだけなら、何とか我慢出来るんじゃないですか』
『でも、サウナの場合は湿度を極端に低くして、10パーセント位にするから我慢できるのよ。 今の祥子さんの袋の中はむしろ100パーセントに近いんじゃないかしら』
『そうだね。 ちょっと心配だね』と私も加わる。 『でも、祥子は汗をどんどん出しているから、まだ大丈夫なんじゃないかな』
『そう言えば』とまた孝夫がいう。 『月例会での祐治さんの炎暑責めの時も、祥子さんが丁度同じことを言ってましたね』
『でも』
 美由紀はまた何か言いかけるが、そのまま黙ってしまう。 そして心配そうに祥子の顔を見詰める。  また、3人が黙って祥子の顔を見詰める。 祥子は時々上体を動かし、苦しそうに首をふる。 体からは汗が滝のように流れ落ちている。 袋の底には少し水たまりが出来ている。 私は第2回月例会で受けた炎暑責めを思い出す。 あれも苦しかったが、頭が空気にさらされているだけ楽だった。 今の祥子は頭も袋の中である。 さぞ苦しいだろうなと思う。
 また少し時間が経つ。 孝夫がさっきから時計を見詰めている。 美由紀はもう袋の横に立って、袋の口の紐を解く用意に身構えている。 そして祥子が一際大きくあえいだ瞬間に孝夫が『はい。 11時45分になりました』と宣言する。 美由紀が待ちかねてたように袋の口の紐を解き、口を拡げて下に下ろす。 祥子がまた大きく息をする。
 孝夫が祥子の両足首を縛り合せてある紐を解く。 祥子が立ち上がろうとして、ちょっとよろめいて、また腰を落とす。 孝夫が祥子をかかえ、急いでビーチ・パラソルの蔭に運んでマスクをはずす。 祥子が小布れを吐き出し、また大きく肩で息をする。 美由紀がジャーからカップに冷たい水を注いで、祥子に飲ませる。 祥子はごくごくっとうまそうに水を飲んで『ああ、おいしい』と言う。
 孝夫と美由紀がまた私を敷物の上へ運んで、麦わら帽子を頭から取ってくれる。 頭がすうっとする。
 美由紀が祥子の高手小手の紐を解きにかかる。 祥子はまだ息をはずませながら、何も言わずに美由紀のなすがままに任せている。
『祥子、どうだった?、御感想は』と笑いながらきく。
『さすがに辛かったわ』と祥子。
『そりゃ、そうだろう。 責めだもの』
『それに、頭まで袋の中にいれて口を閉めるなんて契約違反よ。 みんな、祐治さんのせいよ』
 祥子がまだ息をはずませながらすねてみせる。
『何か契約をしたっけ?』
『だって、あたしは炎暑責めにしてって言ったのよ。 炎暑責めというのは、頭だけは出したままで袋詰めにして、ひなたに出して置いとくものなのよ』
『でも、責めというのは、自分の考えに関係なく、無理にそうされるから責めになる、というのが祥子の持論じゃなかったかい?』
『そりゃそうだけど』
『それにこの前の月例会の時に祥子は、出来たら頭も入れたまま袋の口を閉めてもいいんだけどって、言ってたんじゃなかったっけ』
『そう言えばそういう話があったわね』と、美由紀が紐を解く手を休めて口を挟む。
『そうですね』と孝夫も横から言う。
 座り直した祥子が、『まあ、美由紀や孝夫までがそんなことを言って。 憶えてらっしゃい』と言う。 美由紀が首をすくめる。 皆が大きく笑う。
『でも、もうすぐ荒船さんが来るのに、祥子があまりへばっていては困るなと思っていたけど、その位に元気なら大丈夫だ。 安心したよ』と私がいう。 祥子がまた私をにらみつける。

5.5 昼休み

第5章 第5日
05 /01 2017


 高手小手の紐もすっかり解けて、祥子は上半身を動かして凝りを取る。 それからゆっくり立ち上がり、海に行って海水で汗を洗い流して帰ってくる。 息はもうほとんど収まった模様である。
『もう、祐治さんの紐も解きましょうか』と孝夫が訊く。 祥子は私を見下ろして、『ああ、そうそう。 祐治さんはまだご休息中だったわね』とにやりとする。 私は祥子を見上げて、『この格好じゃ、あまり休息にならなかったぜ』と文句を言う。 しかし、祥子は平然としている。
『文句は言わないこと。 それでも次々と色々な責めが続くのに比べれば、大分休めたでしょう?』
『それはそうだけど』
 こういう議論になっては普段でも祥子には敵わない。 まして今は私は、手は後ろ手に脚はあぐらの形に縛られて、身動き一つままならずに、五体自由な祥子を見上げている身の上である。 まともに太刀打ち出来る筈がない。
『ほんとに祐治さんって、行住坐臥がこれすべてプレイという感じですね。 休息までそういう格好でするんですから』と孝夫が難しい言葉を使う。
『それを言うなら、祥子は、と言ってほしいな。 今だって祥子に強制的にさせられているだけなんだから』
『そんなことないでしょう。 祐治さんだって、そう言う生活を期待してここに来たんじゃないの?』
『まあ、そうでないこともないけど』
 どうも旗色が悪い。 横で孝夫と美由紀がにやにや笑っている。 いっそのこと、思い切って本音をぶつけてみる。
『そうだね。 こう言う条件の揃った好い所に来ていると、確かに少しでもプレイをしない時間があると惜しいような気がするね』
『そうでしょう。 だから、あたしも張り切って協力してあげてるのよ』
『うん、有難う』
 これではどこまで行っても退勢を挽回出来そうもない。
『ところで、祐治さんの紐の方はどうします?』と孝夫が話を戻す。
『そうね。 そもそも今、何時かしら』
『ええ、今は丁度12時を過ぎた所です』
『ああ、そう。 丁度今、祐治さんのご休息の時間が終った所なのね』。 祥子がまたにやりとする。 『それじゃ、このままでまた、本格的なプレイに移ることにしようかしら』
『そんなの駄目よ』と美由紀が言下に反対する。 『もう、お昼のお食事の時間だし、それにそのうちには荒船さんも来るし』
『それもそうね』
 美由紀の反対に、珍しく祥子がうなずく。
『それじゃもう、お昼休みにしてあげるわ。 まあ、さっきはあたしのが終るまでって、脚の縛りを解くのも我慢してたようだし』
『へえ。 あの苦行の最中に、そんなことまで聞いてたのかい?』と私。
『ええ、それは聞いてたわよ』
『すごいですね』
 孝夫がまた感心した顔をする。
『それで昼休みって、脚の紐を解いてくれると言うのかい?』
『ええ、脚だけでなく、手も自由にしてあげるわよ』
『ふーん。 何だか気味が悪いな』
『まあ、お昼休みだけはね』
 祥子はまたにやりと笑う。
『それで、祐治さんも今日は荒船さんとまともに会って下さいね』と孝夫が横で言う。 『この2日ばかり、祐治さんが顔を見せてないので、荒船さん、変に思っているようですから』
『うん』とうなずく。
 早速、祥子が手の縛りを、美由紀が脚の縛りを解いてくれる。 その間に孝夫が祥子の炎暑責めに使ったポリ袋や湯上がりタオルを片づけて持ってくる。



 昼食は別荘に帰って、祥子達が作った冷やし中華そばを庭に持ち出して、木の丸テーブルで摂る。 美由紀はまた両手首を後ろ手に縛り合され、祥子がお給仕している。 早速に話を始める。
『さっき孝夫君が言ってた、行住坐臥、これすべてプレイ、というのね。 考えてみると面白い言葉だね』
『そうね。 美由紀なんか、お食事の時は何時も後ろ手だから、まさにその典型ね』
『あら、いやだ』
 美由紀が後ろ手の身体をくねらせる。
 2人のやり取りを聞き流して、私は話を進める。
『それで思い出したんだけど、アメリカにボンデージ・ライフという名前の雑誌があってね』
『ボンデージ・ライフ?』
『うん。 ボンデージという英語はこういう綴りなんだ』
 私はテーブルの上に指で Bondage と活字体で書きながら、b,o,n,d,a,g,e と口で唱えてみせる。
『それからライフは「生活」とか「人生」とかいう意味でよく使う普通の英語のライフだけどね。 そこでこの bondage という単語は辞書を引くと、奴隷の身分とか束縛とかの意味だと書いてあるけど、でも、bondage and gaggage というような使い方もあるから、まさに日本語で言う緊縛ということになるんだろうね』
『ああ、そう。 でも、ギャッゲイジと言うのもあまり聞かないけど』
『うん、辞書にもあまり出てないけど、要するに gag をすること、つまり、猿ぐつわを咬ませることらしいんだ』
『ふーん』
『だから、bondage life というと、まさに「緊縛生活」、つまり、日常生活、これすべてプレイ、と言うことになるんじゃないのかな』
『ふーん。 祐治さんって、そう言うことも詳しいのね』。 祥子が感心してみせる。 そして、『一体どこで、そんな雑誌を手に入れたの?』と詰問するように言う。
『うん、実は少し前に3箇月ばかり、アメリカの研究所で過ごす機会があってね。 1人での寮生活だったので、週末によくニューヨークまで出掛けてたんだ。 そのとき、42番街のミュージカル劇場が並んでいる近くに、こういう雑誌も置いてある本屋が何軒かあるのを見つけてね。 そこで買い込んだんだ』
『なるほど』
『そこには他にも似たような雑誌はあったけど、これが一番楽しいプレイと言う感じがして、気に入ってね』
『なるほど』。 祥子はまた感心したようにうなずく。 そして、『でも、祐治さんも熱心ね。 そんな所に行ってまで、そういう雑誌をお買いになるんだから』と笑う。
『そんな訳でもないけど』と私も笑う。
『それで、その雑誌がどうかしたんですか?』と孝夫が先を促す。
『いや、特に意味はないけど、さっきの孝夫君の言葉でふと思いだしてね』
『それ、どんなことが書いてあるの?』と、今度は美由紀が興味を示す。 みんなの食事の手が大分おろそかになる。
『うん、それがとてもおとなしいんだ。 きれいな女の子の縛りの写真と、読者からの手紙の形の告白文と、それに数ページの短い読み切りのフィクションとが主な内容、という所かな』
『ふーん』
『縛りも椅子に座って縛られるとか、立ったままとか、まあ精々、軽い逆えびで床にころがされるとかで、吊りの写真も1枚もないんだ』
『ふーん、頼りないわね』
 祥子が何だか物足りなさそうな顔をする。
『うん、でもそれでいて、中に出ている写真も告白文もすごく楽しそうなんだ。 ああいうのを見ると、日常的なプレイとしては、こういうのも1つの行き方かな、って考えさせられてね』
『そうね』と美由紀も同感の意を表す。
『つまり、もう』と祥子がにやにやする。 『あたしに責められるのが嫌になったと言う訳なの?』
『いや、そんなことはないよ。 ただ、若いカップルのプレイでは、ああいう行き方もあるんだな、と思っただけさ』
『若いカップル?』
『うん、そうだ。 その雑誌に出てくるのは、結婚前のボーイフレンドとガールフレンドか、または結婚直後の若い2人かの別はあるけど、とにかく、若いカップルの話が多いんだね。 そう言う2人なら、日常的にああいうおとなしいプレイをすることで、けっこう満足出来るんだろうね。 それで奴隷になった生活、と言う意味も含めて、bondage lifeという言葉がぴったりするんじゃないのかな』
『なるほどね。 祐治さんもいいお相手を見付けて、早くその bondage life とやらに入りたい、と言う訳ね』
『いや、僕はそのようなおとなしいプレイだけで満足出来るかどうか、ちょっと自信がないな』
『でも、相手の人がもっと厳しいプレイをしてくれればいいんでしょう?』
『まあ、それはそうかもしれないけど』
 美由紀が後ろ手のまま、ちょっと淋しそうに目を伏せる。 我々のグループではタブーとすべき話題にちょっと深入りしたようである。
『とにかく、僕は今のグループ・プレイが一番気に入ってるよ。 これ以上のものは今のところ、ちょっと考えつかないからね』
 美由紀がほっとしたような顔をする。 皆がそれぞれに食事を再開する。



 少しして祥子が話を戻す。
『それで、その Bondage Life とやらに、特に面白い話でも載っていて?』
『そうだね。 大部分の話は家庭的で、特に目覚ましいものはないけど、あ、そうだ、パラパラめくって写真を見て行くと、すぐに気のつくことがある』
『え、それは?』
『うん、それはね。 あちらでは gag、つまり猿ぐつわというと、ボールを口にくわえさせるのがとても多いことなんだ』
『あら、そうなの』
『うん、大体、半分はその方式なんだね。 日本じゃ、その方面の雑誌の中でもあまり見かけないと思うけど』
『そうね、あまり見ないわね』
『うん、とにかく、いろんな写真の中の女の子が、みんなボールを口にくわえて、後ろ手に縛られたり、後ろ手錠をかけられたりしてるんだ。 それも真っ赤なボールだったりして、色彩ゆたかにね』
『まあ、楽しそう。 あたし達もやってみたいわね』
 祥子が一人ではしゃぐ。 しかし、美由紀が真面目な顔で具体的な疑問を提出する。
『でも、どうやってボールを吐き出せないようにしてるのかしら』
『そうだね。 僕も写真で見ただけで、細かい所は分からないけれど、みんな口から横に革紐らしきものが延びているから、おそらくは最初からギャグ用の紐付きボールが売られてるんじゃないのかな』
『おそらくそうね』と祥子がすぐに話を引き取る。 『あたし達も捜して、やってみましょうか』
『そうだな。 でも、写真うつりは確かにきれいだけど、実際はどうかな。 僕はやはり日本式の方がいいね』
『そうね。 それに祐治さんにはMセットと菱紐という、素晴らしいギャグがあるし、機会があったら、位でいいわね』
『そうだね』
 これで話が一区切りつく。 しかし、私はもう一つ、ぜひ皆に話してみたい話題を思い出す。
『それからもう一つ、その雑誌の1冊に僕がとても興味を持った、小さな記事がのっててね』
『え、それはなあに?』と、また祥子が話に乗ってくる。
『うん、それはやはり、一読者からの手紙の形の文章なんだけど、それに、どこか広い講堂のような場所での女学校の卒業式、とでも言ったような風景で、何列もに横に並べた椅子に揃いのスーツの女の子が並んで座っている所を右前から撮った白黒写真が添えてあってね』
『ああ、そう。 それがどうかしたの?』
『うん、それだけならどうってことはないけど、そのうちで最前列の右はじ近くに並んだ3人ばかりの女生徒が、両手を後ろに回し、黒い布で目隠しして座っているんだ』
『まあ、それは面白そうね』
 祥子が体をのりだしてくる。
『そして説明文によると、その3人は、まだ他の出席者が会場に入ってくる前に、その席で両手を後ろ手に縛られ、足首も縛り合され、目隠しされて待機していて、式典はずうっとその格好で参加し、式が終って人々が帰った後で初めて紐や目隠しを解かれた、となっていた』
『ふーん』
『猿ぐつわは?』と美由紀がきく。
『うん、猿ぐつわについては何も書いてなかったし、写真でもはっきりは分からなかったけど、何か簡単な猿ぐつわを掛けられていたようだね』
『それ、一体、どういうことなんですか?』と孝夫が口をはさむ。
『うん、その手紙によると、近頃は bondage がポピュラーになって市民権を得て来た、ということで、その一つの例証として、その写真が添えてあったんだ。 だから、そういう公の行事にそのような bondage を持ち込んでも、行事の運営に支障がない限り、別に騒ぎにもならずに受け入れられている、ということらしいんだ』
『なるほど』
 祥子は首を傾げる。
『でもそれ、ほんとかしら』
『そうだね。 話としてはちょっと出来すぎているような気もするね』
『そうね。 写真もその位なら合成出来ないこともないでしょうし』
『うん、確かにあまり鮮明な写真でもなかったから、何とも言えないね。 でも、今、アメリカでは public bondage という言葉もあるそうだから、案外ほんとのことなのかな、という気もしないではないけど』
『そうね』と祥子はうなずく。 そして、『それで、祐治さんはそのプレイのどういう所に興味を持ったの?』と、興味深そうに私の顔を見つめる。
『うん、まず、そういう公開の場所でのプレイという点だね。 そう言う場所でさらしものになるって、考えただけでもぞくぞくっとしてね』
『そうね。 興味深いわね』と祥子がうなずく。
『それから、さぞかし大勢の人から好奇の目でじろじろ見られただろうに、ずうっと目隠しされたままだから、そのことを知ることさえ出来なかった、という、やるせない感じだね』
『解るわ』と、今度は美由紀がうっとりした顔をする。
『もっとも、目隠しされていたから恥ずかしさを我慢し易かった、ということもあっただろうけど』
『そうね。 そう言うこともあるでしょうね』と、また祥子がうなずく。
 ちょっと会話がとぎれて、皆がそれぞれに食事を進める。 祥子も美由紀へのお給仕を再開する。
 少しして祥子がまた口を開く。
『それで祐治さんには、少なくとも内心では、そういうふうに公開の場所でさらしものにされてみたい、って願望がある訳なのね』
『うん、ないと言ったら嘘になるだろうな。 こういう仲間内でのプレイと違って、羞恥責めの極致だからね』
『そうね。 でも、日本じゃ難しそうね』
『そうだね。 少なくとも日本じゃまだプレイは世間的に認知されてないから、社会の目がうるさいし、ほっておいてはくれないだろうな』
『でも、public bondage って面白いテーマね。 後ででも一度、ゆっくり議論しましょう』
 祥子はそう締めくくり、『面白い話題を提供して下さって有難うございました。 また一つ、祐治さんを責める楽しみが増えたわね』と笑う。
『うん、でも、お手柔らかに頼むよ』と私も笑う。
 また、皆が食事を進める。



 やがて、食事が終る。 祥子は美由紀の手首の紐を解き、皆で手早くテーブルの上を片づけ、汚れものを食堂に運んで食事の後片づけを済ませる。
 もう、時刻は午後の1時に近い。 『もう、また、荒船さんが来る頃だから、浜に出てましょう』と言うことで、皆でまた浜に出る。 夏の日差しはさんさんと照りつけ、浜の乾いた砂が銀色に輝いている。 踏むと足の裏が熱い。 急いで黒く湿った砂の所まで駆けていって、ほっとする。
 先ほどの祥子の炎暑責めの前に撒いた水ももうすっかり蒸発してしまっていて、その場所も焼けた砂がまぶしく輝いている。
『暑いね』と孝夫に声を掛ける。
『そうですね。 午後になって、また一段と暑くなったようですね』
『祥子の炎暑責めも今時分からの方がよかったかな』
『ええ、でもそれはちょっと無理ですよ。 もうすぐ荒船さんが来ますし』
『だから、荒船さんの帰った後でさ』
『駄目よ』と祥子が横で言う。 『さっきは祐治さんの休憩時間だから、特別に奉仕してあげたのよ。 午後はピクニックに行かなければならないし』
『はいはい』と応える。
 祥子が馬鹿に張り切っている。 また色々とプランを練っているのだろうなと思う。
 海に入り、皆で早速、沖の岩まで行く。 こうやって自由に泳ぐのは今日は初めてである。 やはり気持ちが良い。
 岩の上に横のなっていると、『あ、荒船さんの船よ』と美由紀が言う。 確かに右手の岬を丁度今回っているのは荒船さんの船である。 起き上がって皆で手を振って、泳いで浜に帰る。
 荒船さんの船が浜に着く。 皆が近寄る。
 荒船さんは船から下りるなり、『やあ、今日はみなさん、お揃いで』と言う。
『何時も揃ってますよ』と孝夫が応える。
『でも、この2日ばかり、そちらの祐治さんですか、お顔を見ませんでしたけど』
 私は『何時も荒船さんの目の前に居たのに』と、軽い満足感を覚える。
『ええ、2日とも、丁度、ちょっと散歩に行ってまして』
『ええ、そうだそうですね。 で、どのへんへ行かれました?』
 これはちょっと困る質問である。
『どこって』と口を濁す。 荒船さんはそれにかまわず、つづける。
『でも、せっかく海岸に来られたのだから、なるべく海に入って遊んで行かれた方がいいですよ』
『ええ、有難う。 なるべく、そうしてます』
『でも山がお好きなら、一度、ご案内しましょうか?』
『ええ、有難う。 でも僕は一人歩きが好きなもんですから』
『そうですか。 でも、よければ何時でもおっしゃって下さい。 私も山を歩くのも好きなので、ご案内しますから』
『ええ、有難う』
『それに、近くにも色々いい所がありますよ。 例えば、D平とか』
『ああ、D平なら』と祥子が話を引き取る。 『今日の午後、みんなで行ってみよう、と言うことになっていますの』
『ああ、今日午後、皆さんでD平に行かれるんですか。 それはいいですね。 祐治さんでなくとも山歩きもいいものですよ』
『ええ、海で泳ぐばかりでも飽きますから』
『それでは、今日は特にすぐ帰らなければならない用事もありませんから、ご案内しましょうか』
 祥子が慌てる。
『ああ、有難うございます。 でもそれは結構ですわ。 孝夫もよく知っているそうですから、あたし逹だけで大丈夫です』
『ああ、孝夫さんは何回かいらっしゃったことがありますね』
『ええ』
『じゃあ、私は遠慮しましょう』
 荒船さんは簡単に引き下がる。 そして、
『でも、あまり崖っぷちまで行くと危ないですから、注意して下さいよ』
と注意を加える。
『ええ、有難う。 気をつけます』
 話が一段落して、『じゃ、荷物を下して』と荒船さんがまた船に上り、下から手を出している我々と荷物の受け渡しをする。 そしてもう一度浜に降りて下ろした荷物を一緒に確認し、次回の注文を聞いて、『じゃ、また明日、今時分に来ます』と言い残して帰っていく。
 荒船さんの船を見送って、『ああ、危なかった』と祥子が言う。
 美由紀がくすりと笑う。
『荒船さんって、よっぽどご案内したかったのね。 でもちょっと、あたしたちのピクニックのご案内を願う訳にはいかないわよね』
『そうだね』と私も笑う。 『ご案内されたんでは、祥子のせっかくのプランも形なしだろうからね』
『そうよ。 色々とプランを練ってあげてるんだから、覚悟なさい』と祥子は言う。
『はいはい』とわざと恭しく応える。
『さあ、これで祐治さんも免疫になったわ。 あした1日ぐらいはもう顔を見せなくても大丈夫よ』と祥子が張り切る。
『明日も何かあるのかい?』
『まあね』
 祥子はまたにやにやする。
『それじゃ、今日の午後はもう海には入らないでしょうから、ここは一応、片づけましょうか』と孝夫が言う。
『そうだね』と言うことで、ビーチパラソルを閉じ、敷物も折りたたんで、皆で荷物を持って別荘に帰る。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。