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4.1 打ち合せ

第4章 運送貨物(第4回月例会)
05 /06 2017


  いよいよ貨物発送プレイの当日がくる。 今日は10月2日の木曜日。 ちょうど皆の試験休みが重なったので、第4回の月例会を3日間に拡大して、いよいよ懸案の貨物発送プレイを実行しようということになったのである。 私は簡単な身の回り品を小型の旅行用バッグに詰めて、手に提げて孝夫の家に行く。 もう祥子と美由紀が来ている。 美由紀はもう両手を腰の後ろに回している。
  顔を見るなり祥子が笑顔で声を掛けてくる。
『祐治さん。 今日は水分は控えてきてくれたでしょうね』
  こちらも笑顔で応える。
『うん、用心して昨夜の9時からノーアイに入っているよ。 この前の西伊豆から帰る日の朝の経験ですっかり懲りたからね』
『そうね。 あれはちょっとひどかったわね』
  祥子がまた笑う。 美由紀も横で笑っている。 その美由紀の後ろ手姿を見て、改めて訊いてみる。
『ところで美由紀は、いつから後ろ手になってるの?』
『ええ、あの』
  美由紀は恥ずかしそうにちょっと言いよどむ。 そして少し顔を伏せて応える。
『今朝、マンションを出るときから。 支度をして2人一緒に出ようとしたとき、祥子が「また、みんなと会うのだから、きちんとした姿で行きましょうね」と言って、あたしが何も言わないうちに紐を出して縛っちゃったの』
『すると祥子が2人分のバッグを提げて、電車に乗ってきたのかい?』
『いいえ。 荷物は昨日、孝夫さんが、ついでがあったからって車でマンションに寄ってくれて、先にここへ運んどいてくれてたの。 だから祥子は小さな買物袋を一つ持ってただけ』
『なるほど』
『出がけに祥子がケープを肩からかけてくれたけど、ちょっと季節外れで、電車の中で恥ずかしかったわ』
  美由紀は肩をすくめる。
  祥子が横でちゃちを入れる。
『そんなこと言ったって、美由紀も結構楽しそうだったじゃない』
『そんなことないわ』
  美由紀が肩をゆすって口をとがらせる。 孝夫が横でにやにや笑っている。
  ほどなく玲子が来る。 玲子も美由紀が後ろ手姿なのを見て、『あらもう』と言って軽く笑う。
『美由紀は今朝、マンションを出るときから後ろ手になってるんだって。 とにかく僕達に会うので、姿をきちんと整えて来たんだそうだ』
『姿をきちんと整えて?』
  玲子はちょっと聞き返し、
『そうね』
とまた笑う。
『違うわよ』と美由紀が後ろ手の身体を揺すり、口をとがらせる。 『それ、あたしが言ったんじゃないわ。 祥子がそう言って勝手に縛っちゃったのよ』
『どちらでもいいでしょう?』と祥子。
『でも違うわよ』
  孝夫がまた横でにやにや笑っている。
  つづいて邦也が顔を見せ、後ろ手の美由紀を見て言う。
『ああ、もうプレイに入ってるのかい』
『ええ、ちょっとした前プレイにね』
  この祥子の言葉には今度は論争もなく、そのまま終る。
  こうしてメンバーの6人全員が応接室に顔を揃える。 時刻は朝の8時半の少し前である。 祥子と玲子が『ちょっとお茶を用意するわね』と言って出て行き、玲子が茶碗5つと急須とを載せたお盆をささげ持ち、祥子が茶筒とポットを持って戻ってくる。
  祥子が笑いながら言う。
『祐治さんは飲まない方がいいから、その分の茶碗は持って来なかったわよ』
『ああ、いいよ』
『それから、美由紀もあまり飲んじゃ駄目よ』
『ええ』
  美由紀は素直にうなずく。
  玲子が慣れた手付きでお茶を入れ、茶碗を配る。 皆が応接室のソファーやアームチェアに腰を下ろし、お茶を一口飲む。 美由紀には祥子が飲ませている。
  私の右前の方角には、部屋の隅に例の箱が置いてある。 今日はいよいよあの箱に詰められて何も知らない運送屋に渡されるんだ、と思うと胸がどきどきする。
  祥子が笑い顔で声を掛けてくる。
『さあ、今日からいよいよ待望の貨物発送プレイを含む合宿が始まるんだけど、祐治さんの御感想はいかが?』
『そうだね』
  私はちょっと考えて、真顔で応える。
『こういうプレイの夢があるという話を出したのが西伊豆の合宿の時で、その時はまだ将来実現するかどうかも分らない、本当の夢としか考えてなかったんだよね。 それがその時からまだ1月半しか経っていないのにもう実現するなんて、それこそほんとに夢のようだ』
『そうですね』と孝夫も言う。 『ほんとに祥子さんの実行力ってすごいですね』
  しかし、祥子は普段に似合わず、ちょっとばかり謙遜してみせる。。
『いいえ、今度の合宿では、ほとんどの準備をみんな孝夫がやってくれたのよ。 最大の功労者は孝夫だわ』
  私はそれには構わず、率直に感想を述べる。
『いずれにしても、夢が叶えられてとても嬉しいよ』
『そうね。 いかにも祐治さんらしい感想ね』
  皆がうなずく。
『それで』と邦也が私に言う。 『祐治さんには、このプレイに対する不安は全然ないんですか?』
『いや、不安がないと言えば嘘になるけど、是非やってみたいという魅力の方が不安よりもずっと強い、ということなんだろうね』
『なるほど、そうですか』
  邦也はまだ納得のいかないような顔をしている。
『ところで、邦也君の感想はどうなんだい?』
『そうですね。 とにかく、この世紀の大プレイに立ち合うことが出来て大満足です』
『世紀の、は大袈裟ね』と祥子が笑う。 そして、いたずらっぽく訊く。
『それで邦也さんには、ご自分が定期便の貨物になってトラックで運ばれてみたい、という気は全然起こらないの?』
『いや、僕にはまだとてもとても』
  邦也が慌てて顔の前で手を振る。 皆がどっと笑う。



  皆が一応、お茶を飲み終る。 改めて祥子が皆を見回して切り出す。
『それではまず、今度の合宿について、実務的な打ち合せをしましょうか』
『うん、それがいい』
  皆が賛成して、打合せが始まる。
  まず、祥子が孝夫に向かって始める。
『それでまず、運送会社の方との話はもう完全に付いてるのね』
『ええ、ついてます。 頼んだ運送会社はW運送というんですけど、今日はそこのトラックが11時すぎに荷物を取りに来ることになってます。 そして、荷物は一度、W運送のトラック・ターミナルに行き、そこで他の荷物と積み合されてS湖まで運ばれ、寮に届けられるんだそうです。 恐らくは夕方の6時か7時頃、遅くとも夜の8時までには寮に着くそうです』
『ああ、そう、ご苦労さま。 それで、寮の方は?』
『ええ、その方は僕達5人が車で午後3時頃までには行っていて、地元で管理をお願いしている人から鍵を受け取って中に入るように連絡してあります』
  それを聞いて、私は思わず口に出す。
『なるほど、計画は順調に進んでるんだね。 いよいよ後に引けなくなったね』
『ええ、そうよ。 祐治さんは満足でしょう?』
『うん、まあね』
  2人で顔を見合わせて笑う。  邦也がまた感心したような顔をしている。
  改めて祥子が皆を見回して言う。
『さて、今度の合宿の一番の主題が、祐治さんを箱に詰めて街の運送会社に運んで貰うことにあるのは、もう合意済みよね。 予定としては、今日、運送会社のトラックで寮に運んで貰って、今晩からあさっての朝までを寮で遊んで、その日のうちにまた同じ運送会社のトラックで祐治さんをこの家まで運んで貰って、ここで解散ということにしたいけど、それでいいわね』
『そうすると』と邦也がいう。 『祐治さんは往復とも箱に詰められて、街のトラック便で運んで貰うことになるのかい?。 きびしいな』
『ええ。 W運送にはもうそのように頼んであります』と孝夫。
  そこで祥子が、また笑いながら言う。
『何なら帰りだけでも邦也さんが代ってくれてもいいわよ。 そのように祐治さんに頼んであげましょうか?』
『いいよ、いいよ。 遠慮するよ』
  邦也がまた慌てて手を振って辞退する様子に、皆がどっと笑う。
  祥子がまた話を始める。
『それで、祐治さんはこの前の会の終りに合意したように、この3日間はお人形にしたり人間に戻したりして、色々とプレイをしてみたいんだけど、それでいいわね』
  皆がうなずく。
『それで、まず最初に貨物として発送する時はフランス人形のマゾミちゃんになって貰って、生命のない物品として扱いたいんだけど、どうかしら。 荷造りして発送するにしては、その方が感じが出るでしょう?』
『賛成』とまず邦也が言う。
『邦也さんはいいでしょうけど、祐治さんはどう?』
『うん。 僕もこの間の合宿で大分マゾミちゃんとして扱われることに慣れたから、それでいいよ』
  そこで美由紀が発言する。
『それで祐治さんにマゾミちゃんになって貰うとすると、また例の口枷をはめるんでしょう?』
『ええ、その積りだけど。 どうして?』と祥子。
『そうすると、向うで人間に戻って貰うとしても、口枷ははずせないわよね?』
『そうね。 はずす設備がないのだから、恐らくそうね』
『とすると、東京に帰るまでは何も口からは入れられないから、昨夜の9時からだとすると、ノーアイが72時間を越えることになりそうだけど、祐治さん、大丈夫かしら』
『そう言えばそうね』
  祥子はうなずく。 そして私の顔を見て訊く。
『どうお?、祐治さん』
『うん、そうだな』
  私はちょっと考えて答える。
『丸3日間のノーアイは一度だけ経験がある。 その時は大分喉が渇いたけど、そんなに消耗した気はしなかった。 まあ大丈夫じゃないかな』
『ああ、そう。 じゃ、大丈夫ね』
  伸子はうなずく。 そして言う。
『それに喉が渇くだけなら、今度の口枷にはちょっと細工がしてあって、水分くらいなら補給できるようになってるけど』
『え、どんな細工だい』
『それは後で現物をお見せして説明するわ。 とにかく、お水や牛乳くらいなら大丈夫、飲めるわよ』
『うん、それなら何も問題はないんじゃないかな』
『でも、そうは言っても、ノーオウとの関連もあるから、やたらに補給はしないわよ』
『うん、大丈夫だ』
『それじゃ、丸3日ぐらいならエネルギー源は補給しないでも大丈夫だという、祐治さんの言葉を信用するわ。 ひどく消耗しているようだったら、あさって、また箱に詰める前に何か液体の栄養物を補給することも考えるけど、まあ、頑張ってね』
『うん』
  これでその話は片付く。 祥子はまた皆を見回して言う。
『じゃ、そういうことで、まずはマゾミちゃん誕生ということにして、お人形さんを貨物に荷造りして発送するプレイをすることにしたいけど、外の人もみんないいわね』
  皆がうなずく。
『じゃ、そうさせて貰うわ。 これで第一の主題のプレイに関しては大筋は決まったわね。 向うに行ってからのプレイについても幾つかのプランを考えているけど、それはその都度、お話しすることにするわ』
  また皆がうなずく。
  話が一段落して、ほっとした空気が流れる。 そこで今度は孝夫が言う。
『もう、打ち合せておくことはありませんかね』
『そうね』
  祥子はちょっと考えて、念を押すように言う。
『孝夫は例の速乾性のセメントは用意して下さったわね?』
『ええ、50キロの袋を1袋だけですけど、もう車に積み込んであります』
  そこで私が訊く。
『やっぱりコンクリート詰めのテストはするのかい?』
『ええ、そうよ。 こんないい条件の機会はめったにないわよ。 これも今度の合宿の大きなテーマの一つよ』
  祥子がすました顔で言う言葉に、玲子ただ『ちょっと怖いわね』と笑う。 しかし、美由紀は言う。
『あたし、あんまり厳しいプレイだと、我慢できなくなりそうだけど』
『大丈夫よ。 口まで埋めて固めたりはしないから』
  笑いを含んでそう言う祥子の言葉に、私もちょっと驚いて訊く。
『えっ、そんなプレイもあるのかい?』
『ええ、鼻だけでも外に出しておけば、命に別状はないでしょう?』
『すごいな』
  邦也がまた嘆声を上げる。
『でもあたしは、そんな厳しいプレイは少なくとも今度の合宿ではしないって言ってるのよ』
『でも』
  美由紀はなおもちょっと渋ってる。
『それでも駄目だったら、また、シーミュータイムを宣言するわよ。 そうすれば、美由紀も自分を納得させられるでしょう?』
『そうね』
  美由紀がちょっと頭をかしげる。
  その機を捕らえて、話題を変える。
『ところで、この前、祥子の言ってた美容院のマダムとは、その後も話が進んでいるのかい?』
  祥子は答える。 
『ええ、おとといの火曜日にアルバイトで行った時、また、その話が出たの。 前はショーウインドの棚に首を固定して飾る話だったけど、この間はちょっと、コンクリート台座付きの首の像、というアイデアの話をしたら、マダムは「まあ、そんな素晴らしいものがほんとに造れるの?。 出来ればその方が芸術的でいいわね」って、すっかり乗気になってたわ』
『ふーん。 するとますます実現可能性が高まってきた、という訳かい』
『ええ、そういうことになるわね』
『でも、実行するかどうかというような具体的な話は、まだしてないんだろう?』
『ええ、それはまだアイデアだけだと言ってぼかしてあるわ。 でも、マダムは本気なんじゃないかしら』
『なるほどね。 何だか後に引けなくなりそうだな』
『でも祐治さんは、その方が楽しいんじゃないの?』
『まあね』
  私はまたにやにやする。 横でまた邦也が感心した顔をする。



  その時、私は一つのことを思い出して持ち出す。
『それでシーミュータイムで思い出したんだけど、今度の会ではまだ、祥子を女王様にえらぶ宣言をしてなかったね』
『ああ、そうですね』と孝夫。 『あれはシーミュー期間毎に、メンバーの合意によって選ぶんでしたね』
『それじゃ、早速、手続きをとろう。 この話は祥子は当事者だからやりにくいだろうし、皆も大体同意していることだから、話を早く進めるために僕が進行がかりを勤めるよ。 みなもいいね』
『ええ、お願いするわ』
  私は始める。
『それでまず、今度の合宿の3日間をシーミュー期間とすることについては、みんな異議はないね』
  4人がまた『はい』とか『ええ』とか応える。 しかし、邦也だけが『そうだね』と言う。
  そこで邦也に訊く。
『邦也君は何か異議があるのかい?』
『いや、特に異議って訳じゃないんだけど、出来れば今度の合宿では祐治さんのプレイに専念したら、と思って』
  祥子が口をはさむ。
『すると、邦也さんはSの役柄だけをしたいっていうの?』
『うん、早く言えばそういうこと』
『あたしが責めてあげるんでも、おいや?』
『いや、とんでもない。 大いに結構です』
  邦也が慌てて、皆がまたどっと笑う。
  そこでまた、私が話を引き取る。
『今度の合宿では特にシーミュー期間を設定しなくても予定しているプレイは出来ると思うけど、でも設定しておいた方が気分が出ていいんじゃないのかな?』
『ええ、まあ、そうでしょうけど』
『それに邦也君も祥子からMの教育を受けて解ってきたと思うけど、プレイで自分の意志や願望に関係なしに無理やり責められると、その時は苦しくても後でとても懐かしくなるものなんだよ。 そしてそういうプレイを受けることを自分に納得させるのには、やはり女王様がその考え一つで何でも命令できて絶対に逆らえない、というプレイの場を設定して自分をその中に置くのが、一番うまい方法で、プレイを楽しむ最上の方法だと思うけどね』
『ええ』
  邦也はうなずく。
『そこで、それを集団的に実現したのが我々「かもめの会」の規約であり、シーミュー期間なんだよ』
『なるほど、確かにそうですね』
  邦也は深くうなずく。 そして言う。
『じゃ、僕も意見を変えて賛成します』
  邦也が納得する様子を見て、孝夫が感心したように言う。
『なるほど、シーミュープレイの哲学ってそんなものなんですか』
『いや、哲学ってほどのものではないけどね』
  私はちょっとにやにやする。 しかし、美由紀はいう。
『でも邦也さんにはむしろ、このまま進むと自分がMに溺れてしまいそうだ、という不安があったんじゃないかしら』
『そうだね』
  邦也はちょっと考える。 そして言う。
『自分でもよく分らないけど、この頃、とても責めを受けるほうに気持が惹かれて、少し不安だったことは確かだね』
『それはね』と祥子が笑いながら彼女流の解説を加える。 『邦也さんはやっと本来の自分に目覚めてきたのよ』
  邦也が頭をかく。 また皆が笑う。
  私は改めて皆を見回して念を押す。
『それじゃ、シーミュー期間の設定には全員合意したとしていいね?』
  皆が『はい』とか『ええ』とか応えてうなずく。
『それで次に、女王様には祥子を選ぶことについても、みんな賛成して貰えるね』
  今度も全員がすぐに『はい』とか『ええ』とか応えて賛成する。
『それでは、今から明後日10月4日の午後12時までシーミュー期間を設定することを宣言し、祥子を女王に選びます』
  皆がぱちぱちと手をたたく。
  宣言が終わって、皆がほっとして身体を楽にする。 邦也が訊く。
『いま、祐治さんは午後12時まで、って言ったね。 そうすると今度の合宿は、夜中の12時までつづけるのかい?』
『いや』と答える。 『おそらくその前に解散になるだろうけど、何時解散、って決めておくのが面倒だったからね。 それにシーミュー期間と言っても、女王様がシーミュータイムを宣言しない限り、特に意味を持たないからね』
  そこで祥子が、『そうね』、と口を挟む。 そしてまた、いたずらっぽい顔をして言う。
『もしお望みなら夜中の12時までシーミュータイムを掛けっぱなしにして、邦也さんだけを特別に可愛がってあげてもいいわよ』
『いや、結構です』
  また邦也が慌てて打ち消す。 皆がまたどっと笑う。 私はつけ加える。
『それから特にシーミュータイムをかけなくても僕には何でもプレイが出来るように、また包括的同意を与えておくよ。 そうすればシーミュータイムを掛ける回数も減って、邦也君のご希望にも副えると思うし』
  しかし、今度は邦也もいう
『いや、僕はもう宗旨を変えました。 いくらシーミュータイムを掛けて下さっても結構です』
『まあ』。 祥子は笑う。 『ずいぶん、物解りがよくなったわね』
  そして改めて言う。
『でも、あたしもなるべくシーミュータイムを掛けずにすますように心掛けるわ。 これは伝家の宝刀として抜かずに持っていたほうが、プレイの雰囲気をつくるのに有効でしょうからね』
  皆がうなずく。
『それじゃ、これで女王様を選ぶ手続きが終ったから、あとは女王様に任せるよ』
『ええ、有難う。 それじゃ、あたし、女王として、今度の合宿を皆が最大限に楽しめるように努力するわ。 みんなもよろしく』
『うん、こちらこそよろしく』
  皆がまたぱちぱちと手を叩く。
『それでは、もう打ち合せはすっかりいいわね』と祥子が皆を見回して念を押す。 皆がうなずく。 祥子が付け加える。
『今度の合宿では、もちろん祐治さんが主役だけど、美由紀や邦也さんにも相応の活躍をして貰う積りでいるから、よろしくね』
  邦也が首をすくめる。

4.2 お祈り

第4章 運送貨物(第4回月例会)
05 /06 2017


  打ち合わせが終わって、改めて祥子が『さて』と前おいて言う。
『打ち合せが案外早く終ったわね。 発送の準備はマゾミちゃんの身支度で30分、荷造りで30分と、合せて1時間もみておけば充分だから、10時半頃までに済ますにしても、まだ30分はあるわね。 もう何か先にやっておくことはないかしら』
『そうだな』
  皆が顔を見合わせる。 私にも何も浮かばない。 後ろ手の美由紀がちょっと頭を傾けるようにして言う。
『そうね、もう大体いいようね』
  皆がうなずく。
  そこでふと思いついて申し出る。
『何か途中で故障が起こるかも知れないから、僕は早目に準備してもいいよ』
『そうね』。 祥子はちょっと首を傾げる。 『と言っても、箱に詰めたままで30分も余分にお待たせするのは、祐治さんにお気の毒だから、したくないわね。 10時半というのも既に30分の余裕を見てあるんだし』
  皆のちょっと考えあぐねているなかで、玲子が発言する。
『あの、今度の合宿では、始めの儀式はおやりにならないのかしら?。 西伊豆では何かなさったそうですけど』
  それを聞いて、私も『ああ、なるほど』と思う。 皆がプレイの準備で頭が一杯の時に、玲子の頭は柔軟である。
  私が何か言う先に、孝夫が反応する。
『そうですね。 また、今度の合宿が予定通り無事に終るようにと、お祈りする儀式をするのもいいですね。 特に今度は祐治さんを街の運送屋に単なる貨物として出して運んで貰うという、かもめの会としても画期的なプレイをするんですから』
『そうだね、確かにいいね』と私も賛意を表明する。 そして祥子も
『そうね。 時間もそれなら30分位ですみそうだし』と賛成し、他のみんなもうなずく。
  こうしてばたばたと話がまとまる。 さっそくに祥子が音頭をとる。
『それじゃ、また遊戯室に行きましょう。 孝夫はまた、例の鳥の絵を用意してね』
『あの絵なら、遊戯室にそのまま掛かってますよ』
『ああ、それは手回しがいいわね。 じゃ、さっそく行きましょう』
  祥子を先頭に皆で遊戯室に行く。
  遊戯室には、中央の柱に例の鳥の絵が掛かっており、その横のテーブルの上に、やはりこの前に使った3本立てのローソク立てが載っていて、3本のローソクもその時のままに立っている。
『さて、お祈りにはまた誰かの吊りを捧げる訳だけど、何時も美由紀では芸がないわね』
  祥子はそう言いながら皆を見回す。 皆も顔を見合わせていて発言がない。 そこで私が提案する。
『いっそのこと、祥子を吊ったらどうかな。 女王様という最も大事な人を捧げると、神様のおぼしめしもきっといいよ』
『なるほど、面白いですね』とまず孝夫が賛成する。
『そうね』
  玲子も笑いながら同感の意をアクセントで表明する。 美由紀は笑っていて何も言わない。 邦也は心配そうに祥子の顔を見る。
  祥子はちょっと考えて、『そうね』とうなずく。 そして言う。
『じゃ、そうして』
  邦也がほっとしたような顔をする。
『じゃ、早速、紐を掛けるよ』
  私は横の段ボール箱から紐を取り出して、祥子の後ろに回る。 祥子は自分で両手を後ろに回して組む。 私は手早く祥子に高手小手の紐を掛けていく。 孝夫は1枚だけ写真を撮ってから、
『玲子さん、ちょっと記録を撮っててくれませんか。 僕、ちょっと差動滑車を持ってきますから』
と玲子にカメラを渡して出ていく。 玲子はあちこちでカメラを構えて撮っている。
『うまいもんだね』
  横で邦也がいかにも感心したように声を出す。 玲子もカメラの手を休めて言う。
『ほんとに祐治さんって、縛るのもお上手ですのね』
『そうでしょう?』と美由紀が少し自慢気に言っている。
  その間に孝夫が差動滑車を持ってきて、脚立にのって部屋の中央のフックに掛ける。
  高手小手の縛りが終って、腰にも紐を掛け、後ろ手首の紐とつなげて上に延ばし、部屋中央に連れて行って、差動滑車のロープのフックに結び付ける。 そして少しロープをたぐって紐をぴんとさせる。 孝夫が玲子からカメラを受け取って、また適当に間隔をおいて写し始める。 祥子は眼をきらきらさせて私のするのを見ている。 足首も縛り合せる。
  そこで邦也に声を掛ける。
『どお?。 吊るのは邦也君がやってみるかい?』
『ええ、やらして下さい』
  邦也が勢い込んでロープをにぎる。
『邦也さん、そんなことをして、後で知らないわよ』と祥子が笑いながら声を掛ける。 邦也は『えっ』と言って祥子の顔を見る。 そして、『僕、やっぱり止めておきます』と紐から手を離す。
『大丈夫だよ。 祥子は冗談に言ってるだけだから』
『でも』
  邦也はもう手を出そうとしない。
『邦也さんも、ちょっと素直すぎて困るわね』と祥子が笑う。
  今は美由紀は両手が後ろ手の身体だし、私が今さら手を出すのも気が進まない。 あとはプレイにあまり直接には携わらないはずの孝夫と玲子だが、さてどうしようか、と考えているとき、玲子が申し出てくれる。
『じゃ、あたしが吊ってみましょうか』
  さっそく申し出に乗る。
『そうだね。 じゃ、お願い、やってみて』
『はい』
  この進行を見て、全身をきっちり縛られてフックに繋がれ、あとは吊り上げられるだけになっている祥子が
『玲子じゃ、おどしても効きそうもないわね』
と笑う。 その余裕に改めて感心する。
  玲子が受け取ったロープをゆっくりたぐり始める。 紐がさらにぴんと張ってくる。 祥子がつまさき立ちになる。 そしてついにはぐらっとして足が床を離れる。 玲子は一度ちょっと手を止めて様子を見る。 そしてまたたぐるのを再開して、祥子の足が床から30センチほど上がった所で手を止める。
『こんなものでどうかしら』
『うん、いいね。 そのまま留めて』
  玲子がロープの先を柱の環に結び付けて留める。 祥子は左右にゆっくり揺れている。
  ついで玲子は3本のローソクに火をつける。 孝夫が壁のスイッチで天窓を閉める。
『それで、お祈りの言葉は誰に唱えて貰おうか』
『祐治さんが唱えたらどうですか?』
『うん、でも』
  私はちょっと躊躇する。
『というのはね。 今度の合宿でプレイのモデルになるのはもっぱら僕だから、自分の安全ばかりお祈りするみたいで、ちょっと気がひけるんだ』
『それじゃ、誰にします?』
  そこへ宙にゆっくり揺れている祥子が声を掛けてくる。
『早くしてよ。 遅くなっちゃうわよ』
  私が言い返す。
『やかましいね。 神様への捧げ物はもっとおとなしく静かにしてるものなの』
『だってじれったくて黙っていられないんですもの。 やかましかったら、ちゃんとあたしが口をきかずにすむようにしてよ。 さもないとシーミュータイムを掛けるわよ』
  そう言われて、私も気がつく。
『ああ、そうか。 猿ぐつわも掛けて貰いたいんだね』
  祥子は笑っていて応えない。 孝夫に訊く。
『あの、孝夫君、猿ぐつわのマスクはどこに入ってる?』
『その段ボール箱の底の方にある筈です』
『ああ、そう』
  箱の中を捜す。 確かにいつもの革のマスクがある。 しかし、その横に例の潜水マスクを見付ける。
『ああ、この方がいいや』
  私はそれを取り出す。 そして孝夫に言う。
『孝夫君、ちょっと祥子の体を抑えてて』
  孝夫が祥子の体を抑える。 祥子は私の手にある潜水マスクを見て『あれっ』という顔をするが、何も言わない。 私は手早く潜水マスクを祥子の口と鼻とを覆ってセットする。 祥子は少しも逆らわずにおとなしく装着される。
  改めて美由紀に言う。
『それじゃ、議論しててもしょうがないから、祥子とのプレイの経験が一番長い、美由紀がお祈りの言葉を唱えてくれないか?』
『ええ、いつもの祥子の言葉の内容でよければいいわ』
  話がまとまって、祥子を鳥の絵の方に向かせ、皆がその方に向いて並ぶ。
『じゃ、いいわね』と美由紀が後ろ手の肩越しに皆に声をかける。
『ああ、ちょっと待って』と孝夫がさえぎる。
  孝夫は横に出て、写真を2枚ばかり撮る。 そして壁のスイッチで天井の蛍光灯を消して戻ってくる。 祥子の吊り姿や他の者の姿がローソクの光にぼうっと浮かび上がり、神秘的に見える。
『なるほど、これはいいね』
  孝夫がもとの位置に戻る。
  美由紀はそれを見て、もう一度『じゃ、今度はいいわね』と皆に念を押す。 そして、後ろ手のままで頭を軽く下げる。 皆は手を前にあわせ、美由紀に倣って軽く頭を下げる。 祥子も頭を垂れる。 潜水マスクから伸びている2本のポリ塩ビ製のパイプがぶらんぶらんする。
  ついで美由紀は頭をあげ、はっきりした明るい声で、
『お祈りの言葉。 今度の合宿で、あたし達が皆、プレイを充分に楽しんで、かつ無事に終ることが出来ますようにお祈りいたします』
と唱え、もう一度頭を下げる。 後ろの4人もそれに倣い、頭を下げる。 祥子も首を垂れている。 皆が頭を上げ、4人がぱちぱちと拍手する。 美由紀も後ろ手のまま笑顔でしきりにうなずく。 祥子もうなずいている。 孝夫が蛍光灯をつけてくる。



  そこで私は皆を見回し、さっき潜水マスクを見付けた時にひらめいたアイデアを提案する。
『このままで終りにしてもいいけれど、今はせっかく祥子に潜水マスクを掛けたのだから、例の窒息テストをしてみようかと思うんだけど』
  吊られている祥子がびくっと動き、紐がかすかにきしむ。 邦也が心配そうな顔をして言う。
『いいですけど、後が怖いですよ』
  私は笑って応える。
『うん、僕が全責任をとるから心配しなくていいよ。 それに祥子だって期待してないことはなかったと思うよ。 だって、さっき潜水マスクを掛けたとき、この場面では窒息テストに発展するのは当然予測できた筈で、しかもシーミュータイムを掛ければ簡単に止めさせられたのに、それをしなかったんだからね』
『そう言えばそうですね』と孝夫がうなずく。
『じゃあ、いいね』
  私は祥子の前に立ち、鼻の部分から延びているパイプの先を手にとって、キャップをはずす。 祥子は眼をぱっちり開けて私の顔を見詰める。 孝夫がまたカメラを構えて写真を撮り始める。 他の者はじっと立って、何もを言わずに祥子を見詰めている。
『じゃ、まずテストをするよ』
  私は祥子の顔と壁の時計とを見比べながら、パイプの口を親指でふさぐ。 祥子の顔が次第にいきんでくる。 10秒ほどで指を離す。 祥子がほっとした顔をする。
  1分ばかり待ってから、『じゃ、もう1回』と言って、また口を親指でふさぐ。 今度は15秒ほど待ってみる。 祥子は顔はいきんでくるが、身体は少しも動かさない。 指を離す。 祥子が肩で息をする。 今度は2分ばかり待つ。 祥子の息がすっかり収まる。
『じゃ、本番だよ』
  祥子がこっくりする。 分針が18分を指し、秒針が丁度12に指した所で、また親指を口に当てる。 祥子が顔をあげて、ちらっと壁の時計の方を見る。 そして今度は眼をつぶる。
  10秒、20秒と針が進む。 祥子は何の動きも示さない。 孝夫は適当に間をおいてシャッターを押している。
  30秒、40秒、50秒と進む。 そして19分を過ぎて、また10秒になる。 祥子が苦しそうに小さく首を振り、眼をあけて壁の時計を見る。 20秒を過ぎる。 祥子が胸をぐっと反らせる。 25秒を過ぎる。 祥子はまた小さく首を振る。 しかし、今までこのテストを経験した3人の場合に比べると動きが大分小さい。 あまり悶えを見せずにじっと我慢をしている祥子を見ると、ちょっといたずらをしてみたくなる。
  秒針がゆっくり動いていって、30秒をすぎる。 皆があれっという顔をして私の方を見る。 私はそれに気がつかない振りをして、なおも祥子と時計とを見比べる。 祥子が眼を大きく開いて壁の時計を見詰めたまま、体と足とを激しく動かす。 身体が大きく揺れる。
  40秒になる。 指を離す。 祥子は一つ大きく息を吸ってから、ほっとしたように眼を閉じ、ぐったりして肩で大きく息をつづける。 皆がほっと息を漏らす。
『じゃあこれで、お祈りの儀式は終り』と宣言する。
  玲子が早速、柱の環に結び付けてあるロープをほどき、逆にたぐって祥子を下ろす。 美由紀が3本のローソクの火を口で軽く吹いて消す。 祥子の身体が下りてきて足が床につく。 しかし、そのままは立てず、よろよろっとする。 邦也が飛んでいって祥子を支える。
  祥子の潜水マスクの革紐の尾錠をはずしてマスクを取る。 祥子はまだ眼を閉じたまま、口をあけて大きくあえいでいる。 手早く腰の紐と高手小手の紐を解く。 そして抱え上げて椅子まで運んで座らせる。 邦也が足首の紐を解く。 祥子はまだぐったりしている。
  孝夫が寄ってくる。
『大丈夫ですか?』
『うん、順調に回復しているようだから、大丈夫だと思うよ。 ここで祥子にへばられると、後のプレイの進行にも響いて僕も困るものね』
  皆がどっと笑う。 祥子も口の辺に笑みを漏らす。
『それにしても祥子って我慢強いね。 相当、息が苦しかった筈なのに、1分30秒を過ぎるまでは、あまり身体を動かしもしなかったものね。 さすがだね』
『そう言えばそうでしたね』
  孝夫も感心したような顔をする。
『ところで孝夫君は、ずいぶん写真を撮ってたようだったね。 何か、考えでもあったのかい?』
『いいえ、特にはありませんけど、祥子さんのこういう場面は貴重ですから、僕もつい気が入って。 そうですね。 全部では10枚余り撮っていると思います』
  2分ばかりして、祥子がやっと眼を開ける。 息も大分おさまる。 声をかける。
『どうでした?、この窒息テストは』
『ひどいわ。 10秒も長くやって』
  祥子はまだ少し息を切らせている。
『だって、いつも1分30秒と決まってたんでは、マンネリになって面白くないだろう?。 それにあの時間制限は孝夫君や邦也君や玲子といった初心者用のもので、祥子みたいなベテランには向かないよ』
『そんなこと言ったって』
  祥子はなおも不満そうな顔をする。 私は少し笑みを浮かべながら続ける。
『それにプレイの神様は、なるべく厳しいプレイをお眼に掛けた方がお気に召して、これからのプレイでの僕の安全性も高くして貰えるからね』
『まあ、ひどい。 祐治さんはご自分のためにあんなことをしたのね。 覚えてらっしゃい』
  祥子が笑いながらそう言う言葉に、皆もどっと笑う。
  笑いが納まった後、祥子は真顔になって感心したように言う。
『でも、1分30秒って決まっている積りのものが、それを過ぎても止めて貰えないと、ずいぶん不安になるものなのね。 そのあとどの位続くか、見当がつかなくなるものね。 まあ、あと10秒だろうとは思っていたけど』
  私はなおも笑みを絶やさずに応える。
『なるほどね。 それじゃ、さらにもう5秒も延ばしてその期待も裏切ったら、実質はともかくとして、心理的な効果はもっと高かった訳だね』
『そうかもね』
  祥子はなおも真顔でうなずく。
『祐治さんって、Mの方にすごく強い人だとは思っていたけど、Sの方にもとても強いんですね』と邦也がまた感心した顔をする。
  祥子が解説する。
『ええ、そうよ。 でも、今はすぐ後でご自分がプレイのモデルになるので、その時にあたしが存分にプレイするようにと、わざとあたしを挑発してたのよ。 そういう意味ではやはりMのためのSなのね』
  私も祥子の解説に感心する。 そして笑いながら言う。
『そこまでお見通しなら、言うことはないね』
『いいわよ。 この後のプレイではご希望に副って、思いっきり厳しい責めを考えて上げるから』
『はいはい』
  私と祥子との笑いながらの応酬に皆も笑いを誘われて、またひとしきり笑い声が部屋を満たす。

4.3 荷造り

第4章 運送貨物(第4回月例会)
05 /06 2017


  祥子も元気を回復する。 時刻は9時半になっている。
『そうね。 じゃ、運送会社の人が来る30分前には荷造りしておきたいから、上に上がって準備を始めましょう』
ということで、皆がぞろぞろと階段を上がり、応接室に行く。 さっき飲んだお茶の茶碗などがまだそのまま残っている。
  皆が揃った所で、祥子がてきぱきと指示を出し始める。
『それではまず、祐治さんはおトイレに行って出るものを出来るだけ出して、それからまた祐子さんに変身してここに戻ってきて』
『うん、解った』
『それから、孝夫と邦也さんは箱を荷造りするための準備をして』
『はい。 でももう、あまり準備することはありませんけど。 ただ、祐治さんにここで箱に入って貰うと後でガレージへ運ぶのが大変ですから、箱を下へ運んでおきましょうか』
『ええ、そうね、それがよさそうね。 とにかく何でもいいわ、それ以外でも必要と思ったことはみんなやっといて』
『はい』
『それから、あたしと玲子は、まずこの部屋のお茶碗などを片付けましょう』
『はい』
『じゃ、みんな、始めて』
  邦也が後ろ手姿の美由紀を見て訊く。
『美由紀さんには何して貰う?』
『そうね。 美由紀はここで休んでらっしゃい。 あとで重要なお役目があるから』
『ええ、いいわ』
  美由紀は笑みを浮かべてうなずく。 邦也が『ふーん、すごいな』と感心した顔をする。
  確かにこういう場面で手を出すことも出来ない格好で、皆が忙しく動いているのを黙って見ていなければならないのは、一つの責めになっているが、美由紀には逆にそれを楽しんでいる所もある。 邦也にもその辺の機微が解ってきたかどうか。
  皆が動き始める。 私は
『孝夫君、ちょっと着替えるのに向かいの部屋を借りるよ』
と断わって、自分のバッグを持って、応接室を出る。
  まずバッグを前の部屋に置いてトイレに行き、7~8分をかけて念入りに便と尿を出す。 量はあまり多くないが、下腹はすっかり空になった気がする。 ついで洗面所で丁寧にひげを剃ったあと、いつものようにベースクリーム、ファンデーション、フィニシング・パウダーで顔のメイクをする。 口紅を差し、軽くアイシャドウやほお紅をあしらい、かつらをつけると、われながらけっこう可愛らしい女の子の顔になる。 鏡に少し見とれた後、バッグを置いた部屋に戻り、まずPセットをしてから、いつもの手順でパッド入りのブラジャーをはじめとするFD用の下着を着ける。 上にはいつもの赤ぼたん色のブラウスと紺のプリーツ・スカートを着けて姿見に全身を映してみる。 大体満足のいく容姿である。 両方の手の平で胸を押さえ、しなを作ってみる。 手の平に感じるブラジャーのふくらみが気持よい。 時計を見ると10時ちょっと前である。 大体予定通り、として満足する。



  応接室に戻る。
『まあ、祐子さんって、いつ見てもおきれいね』と玲子が嘆声をあげる。
『ちょっと待って下さい。 まずは1枚、撮っておきますから』と孝夫がカメラを構えて1枚撮る。
『じゃ、次はマゾミちゃんに変身ね。 まず、これを着けて』
  祥子がこの前の薄いピンクのブラウスと花柄のついたフレア・スカートとを差し出す。 私はそれを受け取り、さっき着たのと着替える。
『それからこれも』
  パンティ・ストッキングも透かし模様の入った白い華やかなのにはき替える。 脱いだものは簡単にたたんで自分のバッグに仕舞って立ち上がる。 また孝夫が写真を撮る。
『ああ、よくなったわね。 それじゃまず、手に紐を掛けるわよ』
  祥子は紐を持って後ろに回り、この前と同じように私の両手首を後ろ手にきっちり縛り合せ、紐の先を腰に二重に回して縛り付ける。 腕に力を入れて、両手がもう腰の後ろから抜けないことを確かめる。 そして思う。
『この手首の紐を解いて貰えるのはもう今日の晩方で、S湖畔の寮へ送られてからだ。 そしてそこへは箱詰めの普通の貨物の一つとして街の運送会社の定期便トラックで運ばれるんだ』
  そう思うとまた全身にぞくぞくっとしたものが走る。
  これで一応縛りが終わり、孝夫の
『箱はもう下の遊戯室に運んでありますから、みんな下に来てくれませんか』
との言に従って、皆でぞろぞろ地下の遊戯室に行く。
  ゆっくり歩きながら横の孝夫と会話を交わす。
『箱は孝夫さんと邦也さんと2人で吊って階段を下ろしたんでしょう?。 空でも重くて大変だったでしょうね』
『ええ、空でも約52キロありますし、大きさもありますから、階段は結構大変でした』
『それにあたしが中に入ると、どういうことになるのかしら』
『そうですね。 これに祐子さんが入ると、平な所でもちょっと1人では動かせませんね。 この前の会の時の経験だと、邦也さんと2人でなら何とか運べますが、階段はやはり無理でしょうね』
  前を行く祥子が振り返って笑う。
『「祐子さん」ってとっさに出てくるなんて、孝夫も大分慣れたようね』
『ええ、祥子さんの教育よろしきを得まして』
  皆がどっと笑う。



  遊戯室に着く。 箱は部屋の中央に置いてある。 私はその横に立って後ろ手の上半身をかがめ、蓋のあいている箱をつくづく眺め回す。 これからこの箱に詰められて貨物として運ばれるのか、と思うと思わずぞくぞくっとする。
  祥子が少し笑みを含んだ声を掛けてくる。
『どう?、お気に召した?』
『ええ』
  箱の横に色々な長さの釘が沢山入った箱と金槌とがおいてある。 さらにその隣りには色々な形の白い塊が沢山入った透明な大きいポリ袋が2つころがっている。
『これはなに?』と孝夫にきく。
『ええ、箱に入って貰ったとき、隙間に詰める発泡スチロールです。 箱を動かす時に中でがたがたしない方が安全ですから』
  孝夫の答えにまた実感がわき、ぞくぞくっとする。
  改めて祥子が言う。
『どう、もう覚悟は出来たかしら?』
『ええ』
『じゃ、始めるわよ』
  祥子はまず私の両足首を揃えて縛り合せる。 そして次に
『じゃあ、次はこれを』
と口枷を取り出して、私の目の前にかざして見せる。
『ああ、これね?、少し細工した口枷というのは』
  その口枷をじっくり眺める。 この前の口枷より一回り大きく、前の歯の間に相当する部分が少し広くなって、そこに直径1センチほどの丸い孔があいている。 祥子が説明する。
『この孔があると、今度みたいに口からの呼吸がどうしても必要な時に楽でしょう?。 それにさっきの喉の渇く話の時に初めて気が付いたんだけど、この孔にストローを差し込めば、水や牛乳位は飲めるわよね』
『なるほど』
  私がうなずく。
『でも、これはこの前の口枷より少し大きいから、これをはめるとどうしても口が少し開いて、唇が開き気味になるの。 だからお人形さんの容貌は少し悪くなるのが欠点だけど』
『どのくらい違うの?』
『ええ、この前のは前歯の間の間隔が一番狭い所で8ミリほどだったけど、今度のは後で穴をあける必要があって、2センチ余りあるの』
『ああ、そう』
『普段、美しく飾る時には前の型のを使ってあげるから、今度は時間が長いから機能中心ということにして、まあ、我慢してね』
『ええ』
  祥子は続ける。
『それで、これを嵌めると、もう当分の間、口がきけなくなるけど、何か言っておくことはない?』
『そうね』
  私はちょっと考える。 しかし、今さら何も思い浮かばない。
『ええ、ないわ』
『じゃ、口を開けて』
『はい』
  私は口を大きくあける。 横で邦也が
『いさぎよいですね』
と言って、ほとほと感心した、というような顔をする。
『じゃ』
  祥子が口枷を私の口の中にゆっくり押し込む。 どうにか口の中に納まる。 祥子は口枷の位置を少し調節する。
『強くかんでみて』
  その言葉につられるようにして、あごにぐっと力を入れる。 カチッと小さい音がして、上下の歯と歯茎がきっちり締め付けられる。 試みにあごに力を入れてみるが、もうびくともしない。
『ああ、嵌まっちゃった』
  何だか、ほっとしたような気分になる。
  口だけで呼吸をしてみる。 孔があいてるだけでなく、努力しない自然の状態でも唇が少し開いているので、前のよりはずっと楽である。 空気が孔を通る時に少しすうすう音がするが、気になるほどではない。
  玲子が手鏡を見せてくれる。 鏡の中では、いつもの可愛い祐子が、口を少し開くようにして映っている。 少し開いた両唇の間からは、口枷の小さい孔が半分見える。 試みに無理に唇を閉じてみる。 鼻の下が長く伸びて、オランウータンのような顔になる。 これは駄目だと、もとに戻す。
『顔が少し長くなって見えるけど、仕方ないわよね』
『むん』
  もう口が開かないので、『うん』と言った積もりでも空気は半分鼻に抜けて、『むん』に近くなる。
『それで、最後はこれだけど』
  祥子は例の不透明コンタクト・レンズの入ったケースを取り出し、私に示してにこっと笑う。 私はまた『むん』とうなずいてみせる。
  祥子はそれを玲子に手渡す。
『じゃ、またお願いね』
『はい』
  玲子はケースからレンズを取り出し、洗浄液に浸して持ってくる。 私は見納めにと周りを見回す。 皆は黙って私を見詰めている。 静寂があたりを支配する。
  ひとわたり見回してから、玲子に一つうなずいてみせる。
『じゃ、はめさせて貰います』
  玲子が近寄ってくる。 もう一度うなずく。
  玲子の手がのびて、私の右眼の角膜にレンズがかぶされる。 ついで左眼にもレンズがかぶされる。 まばたきしてみる。 視界はもう一面の茶褐色の世界で、何も形は見えない。 鼻からほっとため息が出る。 皆もほっとため息を吐いている。
『これで、めでたくマゾミちゃんが誕生した訳ね』と祥子がいう。
『何がめでたいもんか』と思う。
  急に何だかひどく心細くなる。 もうこの世界を二度と見ることが出来ないような気がしてくる。 しかも今はもうその思いを外の人に伝える手段は全くない。 周りで私を見ている人々はみな善意の人ではあるが、今は私がどう考え、どう感じようと、それを知ることなく、予定に従ってプレイを進めて行くだけである。 そのどうしようもないもどかしさにどうにも我慢が出来なくなって、思わず手足やあごに力を一杯こめて、身体をよじってもがく。 しかし、手も足も所定の形からずらすことは出来ず、あごもびくともしない。 ぐったりして力を抜く。
『やっと、気分がのってきたようね』と祥子の笑いを含んだ声がする。 少し恨めしくなる。
  美由紀が心配そうに言う。
『でも、目まで見えなくなると、プレイの途中で急にとても心細くなって、どうにもならなくなることがあるのよ。 祐治さん、ほんとに大丈夫かしら』
  さすがに美由紀はよく知っている。 しかし、祥子は応える。
『これは祐治さんじゃなくてマゾミちゃんだから、そんな感情は持たないことになってるのよ。 それに心細くなるのもプレイのうちで、祐治さん、その気分を楽しんでるわよ』
  そして続ける。
『でも念のために確かめておきましょうか。 と言ってもマゾミちゃんじゃお返事が出来ないから、今だけは祐子さん、ということにするわ。 ね、大丈夫よね?、祐子さん?』
  ずいぶん勝手だなと思う。 でもそうきかれると、大丈夫でないとは意地にも言えなくなる。 それにもう、ちょっとやそっとでは祥子でも外すことの出来ない口枷をしているのだから、理由があっても説明できず、混乱させるだけである。 その上、考えてみると説明出来るようなまともな理由も存在しない。 さらに、このように少し落着いてみると、いま例え、『中止しましょうか?』と言われても、せっかくここまで進んで来たのを、とても今さら『うん』と返事する気にはならない。 さっきだって止めたくなって身悶えした訳ではさらさらない。
  見えない目を一杯に見開いて、声の方に向かってこっくり大きくうなずいてみせる。
『ね、そうでしょう?』と祥子の声。
『ええ』
  美由紀は、まだ納得いかないが仕方ない、といったような声で応えている。
  つづいて祥子はいう。
『じゃ、今からはまた、マゾミちゃんよ。 もう、うなずいたりしちゃ駄目よ』
  ますます勝手だなと思いつつ、ついまた軽くうなずく。
『あ、また、うなずいたりして』と祥子の残念そうな声。 皆がどっと笑う。
『そんなこと言っても、頭を固定しない限り無理ですよ』
『それはそうだわね』
  祥子も孝夫の言い分を受け入れる。 そして言う。
『と言って、首の支えを付けたままで箱に詰めるのはちょっと危険だしね。 まあ、いいわ、我慢するわ。 どうせ箱に入れた後は、そんなことは気にならなくなるんだから』
  これでうなずき談義は終わる。 しかし私は、もうこれからはマゾミちゃんに徹し、誰が何を言おうとうなずいてなんかやるものか、と心に決める。
  孝夫がアナウンスする。
『じゃ、マゾミちゃんをちょっと箱の横に立たせて下さい。 記念に写真を撮りますから』
  誰かの手が私をかかえ、ちょっと横に運んで立たせてくれる。 後ろ手の左手に固い箱の板がさわる。 3回ばかりシャッターを切る音が聞こえる。
『次はみんなで記念写真を撮っておきましょう』
  皆がぞろぞろと私の周りに集まる。 最後に少し遅れて一人の足音が私の右後ろに来て止まり、ジー、カチッとシャッターの切れる音がする。
  そしてまた、『念のため、もう1枚撮りますから』との孝夫の声がして、足音が行って戻ってきて、またシャッター音がする。
『はい、これで記録は一応終りました』
『ああ、ご苦労さま。 それじゃ、箱に入れる所はまた8ミリで記録をお願いね』
『はい』
  私の周りの人の輪が崩れる。



  改めて祥子が指示する。
『それじゃ、マゾミちゃんをそっと袋に入れて』
  私の横で何やら拡げている。 そして私は誰かの手に抱えられ、そっと持ち上げられ、すぐに下ろされる。 布の袋が足下から引き上げられ、肩の辺まで上げられる。 袋の上から足首をもう一度縛られる。
  また祥子の声。
『ああ、いいわね。 これですっかり準備が出来たわね。 それではもう10時半になるから、さっそく箱に入れましょうか』
『いよいよだね』との邦也のはずんだ声が聞こえる。
『それじゃ、邦也さんと孝夫とでマゾミちゃんを箱に入れて』
『はい。 でも、そうすると8ミリでの記録はどうしましょうか』
『そうね。 せっかくのプレイだから、それも欲しいわね。 誰かに頼めないかしら』
『あ、そうだ。 玲子さんが出来たっけ』
  そして孝夫が玲子に頼んでいる声。
『玲子さん、8ミリを撮るのをお願いできる?』
『はい』
  邦也の感心したような声。
『ふーん、玲子さんも8ミリを写せるのかい』
『ええ。 孝夫さんから言われて、操作だけは憶えましたの』
  それを聞いて祥子が嬉しそうに言う。
『それは便利ね。 孝夫には色々と作業をお願いすることが多いけど、その作業も記録が採れるというわけね』
『邦也さんもとても上手ですよ』と孝夫が注意する。
『ええ、でも』
  祥子はちょっとそこで切って、改めて笑いながら、念を押すように付け加える。
『邦也さんには別のお役目をお願いすることが多くなると思うので。 ね、邦也さん?』
『はい』
  邦也のまた情けなさそうな声の返事に、皆がどっと笑う。
『じゃ、入れますよ。 邦也さんは足の方を持ってください』
  肩に手がかかる。 ジーっと8ミリカメラの回る音が聞こえ始める。
『自分から望んだことながら、いよいよ』
  またぞくぞくっとしたものが全身を走る。
  身体がゆっくり斜めに倒され、脇の下と膝の上の辺をかかえて持ち上げられる。 腰をぐっと曲げ、足をちぢこませる。 右を下にして横むきにそっと下ろされる。 足を少し伸ばしてみる。 板にぶつかる。 背中にも板がさわる。
  鼻にマスクが掛けられ、丁寧にバンドで留められる。 鼻で息を吸ってみる。 空気は順調に入ってくる。 口で息を吐く。 口枷の例の小孔から少し音をたてて空気が出ていく。 鼻で息を吸い、口で吐く呼吸をつづける。 頭の下に発泡スチロールらしい四角い塊が枕の代りに入れられる。 姿勢が少し楽になる。
  しばらくそのままに置かれる。 そして祥子の声。
『呼吸は正常のようね。 大丈夫ね』
  私は軽くうなずく。
『それじゃ、最後の仕上げをしましょう。 マゾミちゃん、ご機嫌よう。 S湖畔の寮でまた会いましょうね』
  ちょっと頭が持ち上げられ、頭の上の方まで袋が引き上げられて、口を絞って紐で結んで留めている気配がする。 体の3箇所ばかりがバンドで抑えられ、留められる。 そして最後に身体と箱との間の隙間に色々な形の、これも発泡スチロールらしい軟らかい感じの塊が次々に詰め込まれていく。 しばらくして私の身体は発泡スチロールの塊で埋まり、さらに身体の上にも塊が敷かれる。
  皆の動きが止まる。
『さあ、出来たわ』
  少し静かな時がつづく。 今はもう身体を曲げたり動かしたりする余地もほとんどない。 5人が黙って私の入った袋を見詰めているらしい。 口枷の小孔を通る空気がかすかな音をたてている。
  少しして祥子の声。
『異常はないわね。 もう10時40分になったから蓋をしましょう』
  箱の上に蓋らしい重そうなものを載せる気配があって、視界が薄暗くなる。 そして少しかたかたした後、カチッと小さい音がして真っ暗になる。 ぞくぞくっとした戦慄がまた身体中を走る。 これで長年の夢であった貨物として発送されるプレイがいよいよ実現するんだ、という嬉しさと共に、不安が頭をかすめる。
  箱の外では何カ所かの掛け金をかけた気配がある。 南京錠も掛けたらしい。 と、不意に頭の後ろ上の辺から、釘を打ち込む響きが伝わってくる。 蓋は留め金と南京錠だけでも充分にがっちり留まっているだろうから、釘打ちに実際の意味はあまりないだろうが、邦也が言ってた通り心理的な効果は相当大きい。 私も釘打ちの音を聞いて大分興奮してくる。 本当の貨物として荷造りされている、という実感がひしひしと身を包む。
  釘は場所を変えて全部で6本打ち込まれて、音が止む。 これだけがっちり釘づけしてあれば、たとえ箱が高速道路で落とされても蓋がとれたりすることはなかろう。 もっとも中の私の身体がどうなるかは、例えこれだけ発泡スチロールの塊のクッションで支えられていても、保証の限りではないが。
  釘を打つ響きが止むと後は静かになる。 外の音はほとんど聞こえないが、人が沢山居るときは何となくその気配を感じる。 そして今はそのような人の気配も全くなくなる。 皆はまた応接室にでも戻ったのかしら。
  鼻で息を吸い、口で吐く呼吸はまったく順調である。 いつもはこう刺激のない状態になると、すぐにうとうととし始めるのだが、さすがに今日はこれからのプレイのことが気になって、なかなか眠気が襲ってこない。 色々とこれからの事をとりとめなく考える。
『さて、もうあと20分足らずのうちに運送会社の人がトラックで荷物を受け取りにくるけど、どんなトラックかしら。 また、どんな荷物と積み合されるのかしら』
  私は街でよく見かける幌付きの大型トラックを頭に浮かべる。 恐らくあんなトラックに積み込まれるのだろう。 そして人々はこの箱に生きた人間が入っているとは夢にも思わず、単なる貨物として無造作に荷台に積み込むだろう。 そしてさらに他の貨物を横や上に詰め込んで、私の箱は貨物の山の底にうずもれ、外からはまったく見えなくなるであろう。 私はこのような光景を頭に描いて、言いようもない満足を感じ、ぞくぞくっとする。
  ついで寮に着いて、祥子が言っていたコンクリート詰めのプレイが行われている光景が頭に浮かぶ。 一体どこまでコンクリート詰めにされるのかしら。 最初は足首あたりから始めるのだろうけど、最後は腰の辺までかしら。 それとももっと上まで埋める積りかしら。 コンクリートに固められて全く動けなくなった時の感触はどんなものなのかしら。 そもそも裸でコンクリート詰めにされるのだろうか、それとも何か着せられるのだろうか。 セメントは全部で50キロとの話だったが、コンクリートにしてどの位の量なのかしら。 色々と自分がコンクリートに埋められている姿を思い浮かべているうちに、思わずうっとりしてくる。 我ながらこのような境遇で、そのような妄想にひたり切っている自分がおかしくなる。
  しばらく妄想を楽しんでいるうちに次第に眠気がさしてきて、遂にはうとうとっとしかける。

4.4 貨物輸送

第4章 運送貨物(第4回月例会)
05 /06 2017


  と、外に人の気配を感じる。 『あれっ』と思って眠気が去る。 意識を外に集中する。 そのうちに箱がぐらっと動く。 『ああ、運送会社のトラックが来たのだ』と思う。 胸がどきどきする。 身体はほとんど動かないように固定されているが、それでももじもじすれば少しは動く。 うっかり動いて運送会社の人に怪しまれてはいけない、と心を引き締める。
  箱が持ち上げられ、ちょっと横に動かされ、また下ろされる。 ちょっとがたがたっとする。 『ああ、例の台車に載せられたな』と思う。 足下の方へと動き出す。 がらがらという響きが伝わってくる。 今、台車を押しているのは、孝夫と和也なのかしら。 それとももう運送会社の人の手に渡っているのかしら。 私にはそれを知るすべは全くない。 貨物として扱われている孤独感とそれと裏腹の快感とをひしひしと感じる。
  扉を開ける気配を2回ほど感じ、かすかにガレージのシャッターを開ける音が聞こえて、さらに少し動かされてから停まる。 ガレージの前まで運び出されたらしい。 トラックの荷台の後ろに台車が止まっていて、その上に載っている箱を祥子達が見守っている光景が眼に浮かぶ。 みんなは箱の中の私について、どんなことを考えているかしら。
  ついでまた箱がぐうっと持ち上げられ、カタンとショックがあって、すうっと横に滑らされる。 いよいよトラックに積み込まれたのだ。 また箱が少し持ち上げられ、横に運ばれて、床に置かれる。 これで位置も決まったらしく、そのまま動かなくなる。 箱の上下は最初のまま保たれていて、ずっと同じ姿勢を保っている。 人の気配も感じなくなる。
  またしばらくして不意にエンジンがかかり、車が動き出す。 5人がじっと見守る中をトラックが動き出す光景を眼に浮かべる。
  車のスピードが次第に上がっていく。 いよいよこれで祥子達の見守ってくれてた眼もなくなり、今は生きた人間を扱っているとは夢にも知らぬ運送会社の人々の手で、単なる貨物の一つとして運ばれているのだ。 気持が高揚し、思わず笑みが浮かぶ。
  車が速度を落して右に曲がる。 そしてしばらく行ってまた右に曲がる。 私はこの前にやはりこの箱に詰められ、今日と同じ孝夫の家から出発して祥子達のマンションへ運ばれた時の事を思い出す。 あの時も環八通りに入る所までは頭の中の地図上で追っていくことが出来たが、その先は判らなくなってしまった。 今日はどうかしら。 環八通りをまっすぐ中央自動車道まで行くのかしら。
  車は一度止まって左に曲がる。 私の頭の中の地図によればいよいよ環八通りである。 気のせいか外界のやかましさが箱を通じて伝わってくる。 車は時々ゆるく方向を変え、交通信号によってか、一時停止をくり返しながら走っていく。 今日は車の流れは順調のようである。
  そうするうちに車が一度止まって左に曲がる。 そしてしばらく行って右に入り、止まって動かなくなる。 『まだ中央自動車道にも入った様子がないのに、どうしたんだろう』と一瞬いぶかしく思う。 そして『ああ、孝夫の言ってたトラック・ターミナルか』と気がつく。
  そのうちに箱がぐらっと動き、ぐうっと上に吊り上げられる。 『あれっ』と思う。 ゆらゆら揺れる。 そしてずうっと下ろされてカタンと止まる。 それからガラガラという振動が伝わってくる。 何だかリフト・カーで運ばれている感じである。 『ああ、積み替えのため、一度下ろされたのか』と気がつく。
  そう言えば孝夫の説明にも、『一度トラック・ターミナルに行き、他の荷物と積み合せて』とあったことを思い出す。 あの時は単に他の荷物も一緒にのせて、の意味かと思って聞いていたが、どうやら集荷して一度下ろして方向別に分類して、同じ方向へ行く荷物を積み合せて輸送する、の意味だったらしい。 朝の11時に渡した荷物が夜の6時以降にS湖のほとりの寮に着くと聞いて、ずいぶん時間が掛かるのだなと思ったが、あれにはトラック・ターミナルでの待ち合せの時間が含まれていたんだ、と気がつく。 これは大分待たされそうだ、と覚悟する。
  と、リフト・カーが止まる。 箱がリフト・カーから下ろされ、どこかに積み上げられたらしく、体の正面の側で横の貨物とぶつかって箱がきしむ。 私の箱の上にも何か貨物を積み上げた気配を感じる。 さらに背中の側でも別の貨物がくっつけて置かれた気配がある。 そしてさらに貨物の山を大きくしている気配がつづく。
  私は以前にどこかで見た、トラック基地の貨物の山を思い出す。 私の箱が貨物の山の底に埋もれて見えなくなっている情景が目に浮かぶ。 私の貨物の山は屋外に野積みにされているのかしら、それとも屋根の下なのかしら。 私にはそれを知る手段は全くない。 そのうち貨物を積み上げている気配が止んで、後は静かになる。
  私の箱を含む貨物の山はそのままずうっと放っておかれて、なかなか動かされる気配はない。 身体のあちこちが凝って少し痛くなる。 動く範囲で身体をもじもじさせる。
  こういう所で放っておかれるのは少々予定外である。 車に載せられて走っているのならば、とにかくプレイの終りに向けて進行していることで大概のことは我慢し易い。 このように何時までとも分らずに待たされるのは、大分いらいらのもとになる。
  しかし運送会社の人にしてみれば、貨物の中に生きた人間が入っているなどとは夢にも知らないのだから、単なる貨物の一つとして予定のトラックが出るまでターミナルに一時積んでおいてるだけの話である。 これこそまさに私が望んでいた状態ではなかろうか。 単なる荷物が待つの待たないのというのは如何にもおこがましい話である。 私は自分をそう納得させて、時々もじもじしながらひたすら待つ。
  動きがないままにまた色々なことを考え始める。 一体ここはどの辺かしら。 環八通りを大分行ってから左に曲がったのだから、砧か祖師谷の辺かしら。 いくら頭の中に地図を思い浮かべてみても、手懸かりが全くないのだから判断のしようがない。 それに私は生命のないお人形にすぎない。 どこであろうと全く関係のない話である。 またまた、何も知らない人々によって単なる貨物として取り扱われていることの、孤独感と快感とが蘇ってくる。
  箱の中が大分暑くなってくる。 今日は外はとてもよい天気だった。 たとえ野積みされているとしても、私の箱の上にもいくつも貨物を積み上げてある模様だから、直射日光が当っているわけではないであろう。 しかしこの貨物の山が全体として暖められて、中の方が蒸れてくる心配がある。
  顔や首筋に汗が出てくる。 もちろん拭うことなど夢にも考えられない境遇にあるのだから、気持が悪くてもこのまま我慢するよりない。 そもそも生命を持たない単なるお人形が、汗が出て気持が悪いのどうのというのはおこがましい。 大体お人形が汗を出すこと自体がけしからん。 とは言っても、自分では生命のないお人形に徹する積りでいても汗が出てそれにより辛くなることはどうしようもない。
  幸いに呼吸の方は順調である。 鼻から吸っている空気は少しも悪くなっている気配はない。 ここは貨物が大分きっちり積まれているみたいだが、鼻につながるパイプの先は頭の上と左右の3箇所に口を開いており、しかも鼻からは空気は吸うだけの一方交通であるから、少しの隙間でも外界とつながっていっれば、空気がよどんで悪くなるということはないであろう。 そう思って少し安心する。
  色々と考えて気を紛らせているが、まだ一向に貨物の山が動かされる気配はない。 また身体のあちこちが凝って痛くなる。 また身体をもじもじ動かす。
  もともと私の箱はかなりよく防音されていて中の音はほとんど外に漏れない上に、今は周りは貨物の山で人は全然居なさそうだから、いくら物音を立てても怪しまれる恐れはない。 気楽に身体を動かす。
  とは言っても手足をくくられ、袋に入れられ、バンドで抑えられ、その上隙間を発泡スチロールの詰めもので埋められているので、身体の動かせる範囲はごく限られており、凝りは仲々直らない。 それどころか段々ひどくなってくるような気さえしてくる。 プレイの辛さが段々身にしみてくる。 しかしとにかくどうしようもない。 口枷をくいしばって我慢する。
  この我慢がいつまで続くかが心配になる。 誰も見守ってくれる人のないプレイの醍醐味をつくづくと味っている気がする。



  もう2~3時間も待たされた気がする。 と、また周りの荷物が動かされ始めた気配がする。 そうこうするうちにかたかたと私の箱と軽くぶつかる響きがあって、上の貨物がどかされた気配を感じる。 隣りの荷物もどこかへ運ばれていったらしい。 期待に胸がふくらむ。
  そのうちに私の箱がぐらっと動き、すうっと持ち上げられて何かに載せられる。 『ああ、やっと』と思ってほっとする。 また横に動いている気配がして、がらがらと振動が伝わる。 『ああ、またリフト・カーだな』と思う。 振動に身体が気持よく揺り動かされ、身体の凝りがすうっと薄らぐ。
  リフト・カーがカタンと止まる。 私の箱がぐうっと上がっていく。 そして少し水平に動いて、カタッと下ろされる。 トラックの荷台に載せられたらしい。 そしてまた持ち上げられて横に動かされ、そっと下ろされる。
  と、急に私の足の側が上がり出す。 『あれっ』と思ううちに箱が私の頭を下にして直立する。 そして横に少し動かされて止まる。 さらに隣りにも荷物が積み込まれて、ぴったりと付けられた様子である。 私もやっと気が付く。
『ああ、大型トラックの荷台の空間を有効に利用するために私の箱が縦積みにされたらしい』
  しかしこれでは、トラックから下ろされるまでずっと逆さの姿勢で耐えねばならないことになる。 思わず口枷をぐっとかみしめる。
  私の箱の周りや上にも荷物がきっちり積み込まれた様子である。 ふと、呼吸のための空気孔が塞がれやしないか、が心配になる。 荷物には色々の大きさのものがあり、私の箱の留め金や釣り手環のような凸もあるので、ぴったり密着して隙間が無くなる、ということはないであろう。 しかし、頭の真上の空気孔は床でほぼ塞がれており、左右の孔も荷物の谷間の下の方にあいている筈であるから、空気の流通はあまり良くない恐れがある。 万一呼吸に差支えが出ても何とか耐え抜くほかはない、と覚悟を決める。 幸い今の所は呼吸は順調である。
  やがて荷台の上で荷物を動かしているらしい物音も止む。 周りには人の気配が無くなる。 程なくトラックが私の背中の方向に動き出す。 箱がきしむ。
  今は口枷であごが動かず、大きな声は出せないし、たとえ声が出ても外へは漏れず、しかも荷台には人の居る気配はないから、少しぐらい漏れたとしても聞いてくれる人はない。 自分で拘束を解き、掛け金を掛けて釘づけした厚い板の蓋を開けて箱から抜け出すなどは、むろん最初から考えるべくもない。 つまり、今はどうやってもこの状態から逃れられる可能性は全くない。 思わずまたぞくぞくっとする。
  トラックは時々右や左に曲がり、一時停止を交えながら走り続ける。 それでなくても箱の中では方角が判らないのに、頭を下にしているのだから、今や全く方向観念がなくなる。
  トラックが大きくぐるっと回ってスピードが急に上がったように感じる。 一時停止がなくなる。 インターチェンジを入って中央自動車道に乗ったらしい。 それにしても一体どこのインターチェンジだったのかしら。 またまた私にはそれを知る手段は全くない。 そもそも単なるお人形がそんなことに興味を持つのが間違っているのだろう。
  車はかなり揺れる。 頭を下にしたままなので少し顔がほてっているが、呼吸は相変らず順調で、鼻で吸って口で吐くを繰り返す。 これなら呼吸の心配はなさそうで、一安心と思う。 それにバンドで体を3箇所支えており、身体のあちこちを発泡スチロールの塊で抑えられているので、頭で身体を支える事態にはならずに済んでいる。
  そうは言っても身体は大分頭の方にずり下りているようである。 鼻のマスクから延びているパイプも折れ曲がったり詰め物で圧迫されたりして空気の流通が悪くなる恐れがある。 今はまだその徴候はないが、今後揺られているうちにパイプが空気を通さなくなる事態は充分考えられる。 その時は箱の中の空気だけでどのくらい生き延びられるかが問題になる。 急に不安が襲ってくる。 思わず手足に力を入れて悶える。 もちろん手も足もほとんど動かない。 戦慄が全身を走る。 眼をぎゅうっとつぶり、口枷を力一杯かみしめる。
  少しじっとしているうちにまた考えが回転し出す。 大体私を箱に詰めるときには、このように頭を下にした向きに置かれるとは誰も考えなかった。 まさに予想外の事態である。 しかし考えてみれば、前回の合宿の後の反省会でも話が出たように、これこそ今度のプレイで私が半分待ち望んでいたことではなかったろうか。 それにパイプが詰まるといっても今はその可能性があるだけで、まだ起こっているわけではない。 その時はその時で精一杯頑張るほかはない。 そう覚悟が決まると気持も落ち着いてくる。 少しうとうとしかける。
  トラックはもうかなり長く走っている。 寮のあるS湖畔に行くのなら高速道路はKインターチェンジで下りる筈で、そこまでは2時間足らずで着く筈である。 もうずいぶん長く走っているような気がしても、まだ2時間にはならないのかしら。
  鼻からの空気は順調に入ってきているが、長時間逆さの姿勢で置かれているので、息が少し荒くなっている。 ただ身体を丸めているので、身体を伸ばした逆吊りよりは少しは頭への血の下がり方が少なくて楽なようである。 それにしても大分辛くなっており、そろそろ終りになってくれないかしら、と念ずる。 このようなことがあるから長時間かかる貨物輸送プレイの時は、箱にはっきり「天地無用」と表示しておいて貰わないといけない、と思う。 しかし今の事態はどうにもならず、トラックはかなり揺れながら無情に走り続ける。
  顔の汗が頭の方へ流れていく。 顔に触っている袋の布地がべっとり濡れて気持が悪い。 少し気分も悪くなりかける。 もう何とかしてくれと思ったとき、トラックがスピードをゆるめ、やがて、ぎ、ぎ、ぎーとブレーキをきしらせて止まる。 やっとKインターチェンジに着いたらしい。
  さてこれからまた何処かのトラック基地へ行って積み替えられるのか、それとも寮まで直接行って下ろされるのか、何れにしてももうそう長くはかからぬうちにこの逆さの姿勢から解放されるだろう、と期待に胸がふくらむ。 しかし気のせいか、空気を鼻から吸い込むのに最初のうちより力が要るようになったように感じる。 いよいよパイプの中の空気の流通が悪くなりかけてきたのか。 不安が頭をかすめる。 車がまた走り始める。
  トラックは時々一時停止をはさみながら走り続ける。 と、トラックが止まり、ちょっと向きを変えながら後退してまた止まる。 荷台から荷物をいくつかおろしている気配がする。 地図の上ではS湖はKインターチェンジからかなり離れているからまだ着く筈はない、と思いつつもひそかに期待して待つ。
  そのうちに荷物を下ろしている気配が止んで、また走り始める。 どうも車はひとつひとつ宛先の場所に寄って荷物を下ろしながら走るらしい。 この分では逆さの姿勢のままで寮までもっていかれそうである。 しかも道順からすれば、S湖のほとりの寮は順番も後ろの方じゃないかしら。 その上悪いことには、鼻で空気を吸うのがますます困難になってきている。 このまま寮に着くまでもつかしら、と少し心配になる。 しかしどうしようもない。 とにかく箱の中の空気が悪くなるのを少しでも防がなければと思って、力一杯鼻で空気を吸って口で吐く、をつづける。
  かたんと車が何か出っぱりを乗り越えたような衝撃があって箱が大きく揺れる。 とたんに身体がまたずずっとずり下りる。 胸がぎゅうっと締め付けられる。 頭が発泡スチロールのかたまりをぐっと押し、頭の上の方で何か擦れるような小さい音がする。
  鼻から空気を吸う。 全然空気が入ってこなくなる。 慌てて口で空気を吸い、吐いてから、また力一杯鼻から空気を吸う。 やはり空気が入って来ない。 『ああ、とうとう止まっちゃった』。 思わずぞくぞくっとする。 これであと頼れるのは、箱の中に現在ある空気だけである。 寮に着いて箱の蓋が開けられるまで、これだけで何とかもたせなければならない。 空気の消費を節約するために口で出来るだけ静かに呼吸するように努力する。
  それからすぐにまたトラックが止まり、荷物を下ろす気配がする。 隣りの荷物も動かされ、上の荷物もかたことずらしている。 期待に胸が膨らむが、横に下ろして私の箱の横にぴったりつけた気配だけで音が止む。 そしてちょっと間をおいて、また走り出す。
  それからは可成り長い間、一時停止もなしに走り続ける。 もうどの辺まで来たのかしら。 逆さになって3箇所のバンドにぶらさがっている形なので、胸の所のバンドがぐっと締まって胸を押さえつけ、呼吸も大分荒く、つらくなる。 空気も大分悪くなってきたような気がする。 気分も悪くなる。 今は顔から流れている汗は暑さからくる汗ではなく、苦しさからくる油汗であろう。 懸命に抑えるようにして静かに口で空気を吸い込み、吐き出す。
  気のせいか、今は空気が口枷の正面の孔から大分大きな音をたてて流れ出る。 これ以上逆さのままでおかれ、しかも空気が悪くなると、もう苦しくて我慢が出来なくなるように感じる。 しかしそうは言ってもどうしようもない。 今はもう早く寮に着いてくれとばかり一心に念ずる。
  と、またトラックが止まる。 今はもう精一杯、口で空気を吸い、そして吐き出している。 それでも息苦しさが募ってくる。
  荷台の上に人が上がってくる。 『私の箱に手を掛けてくれ』と念ずる。 少し離れた所で荷物を動かしている気配がする。 精々2~3メートルしか離れてない所に人が居るのに、この切実な思いを伝える手段が全くない現状に、ひしひしとプレイの厳しさを感じる。
  ついで私の隣りの荷物が動かされ、下ろされた気配がする。 しかしそれで荷台の上に人の気配がなくなる。 孝夫が何も言ってなかったから、我々の寮で下ろされる荷物は私の入っている箱一つだけだろう。 するとここは我々の寮ではないらしい。 がっかりする。 絶望感が身をつつむ。 口枷を力一杯かみしめる。 祥子達の顔が走馬灯のように頭の中を走る。



  また車が走り出す。 気持が少し落ち付く。 『早く次の場所に着いてくれ』と念ずる。 息はますます苦しくなる。 気を紛らすために呼吸を数える。 20まで数えたとき、また車がスピードをゆるめる。 『ああ、今度はこんなにすぐに次の場所に来たのか』と少し希望がわく。 『とにかく止まってくれ』と必死に念ずる。
  トラックが止まる。 一縷の望みをつなぐ。 トラックが向きを変えながらゆっくりバックする。 希望が大きくなる。 今度は『ここが我々の寮であってくれ』と必死に念ずる。
  荷台に人が上がってきた気配がする。 私の箱がぐらっと動く。 『あ、来た』と思う。 そして『ほんとに寮であってくれ』と念ずる。 箱が横に倒され、身体が横になった正常の姿勢に戻される。 ほっとする。 息苦しいのは変わらないが、胸の圧迫が大分ゆるむ。
  箱が持ち上げられて横に運ばれる。 そして一旦下ろされ、横にすうっとずらされ、ぐらっと少し傾いてさらに下に下ろされる。 今度こそほんとに寮に着いてトラックから下ろされたらしいと判って、『ああ、生命だけは助かった』と思う。 身体中から力が抜けていく。 しかし息はますます苦しくなる。 必死になって呼吸をつづける。
  トラックが出ていくらしい気配を感じる。 そしてまた箱が持ち上げられ、しばらく横に運ばれ、下に置かれて動かなくなる。
  また少し時間がたつ。 じりじりする。 もう呼吸は限界に近いを感じる。 しかし今は死の恐怖はなく、ただ『早くしてくれ』と念じながら次の気配を待ち受ける。
  と、ぎーぎーと釘を抜くらしい響きが伝わってくる。 心のなかでまた『早く、早く』と念じながら、『1本、2本、・・』と数える。 6本抜く音がして、響きが止む。 意識が少し遠くなりかける。
  カチッ、カチッと4箇所の掛け金をはずす響きが箱の板から伝わってきて、蓋が持ち上げられた気配がある。 急に視界が明るくなり、思わず眼をつぶる。 とっさに大きく息を吸う。 空気が音をたてて口枷の孔から流れ込む。 とてもうまい。
  一度薄れかけた意識が次第に戻ってきて、はっきりしてくる。 息を吐いて、また大きく息を吸う。 少ししづつ眼を開く。 何も形は見えないが、闇に慣れた眼には一面の明るい茶褐色の視界がまぶしく感じる。 大きい呼吸をくり返す。
  頭の上でごそごそした後、顔が袋から出され、すうっと涼しい空気を感じる。 ほっとして大きく息を吐く。 空気がまた口枷の孔から音をたてて出ていく。
『ああ、御無事だわ。 よかった』という美由紀の声が聞こえる。
『でも、呼吸がひどく荒いわね。 顔色もよくないようだし。 何かあったのかしら』と祥子が言っている。
  マスクが鼻から取られる。 私はまだうつらうつらしながら、肩で大きく息をつづける。
『呼吸がほんとに荒いわね。 それに大分汗をかいてるわね』と祥子の声。
『お人形でも汗をかくんだね』と和也が言ってる。
『そりゃそうよ。 そんな下らないことを言ってるとあなたもお人形にしちゃうわよ』
『わ、ごめんごめん、謝ります』
  和也のあわてた声に皆がどっと笑う。 私もにやっとする。
『でも、とにかく御無事でよかったわ』と玲子が言っている。
  身体と箱との隙間に詰めてあった発泡スチロールの塊が次々と取り除かれる。 頭の上の塊を取り除いていた孝夫が、『あれ?』と大きな声を出す。
『空気のパイプが発泡スチロールの塊で押しつぶされてる』
  祥子もいぶかしげに言う。
『そう言えば、塊がひどく頭の方に寄ってるわね』
  袋の上から足首を縛ってあった紐も解かれ、身体を留めてあった3箇所のバンドがはずされる。 身体をもじもじ動かす。 改めて血が全身を巡り出したように感じる。
『もう、大丈夫ね。 息も治まってきたようだし、顔色もよくなったわね』と祥子がいう。
  孝夫の声が言う。
『さっき、箱を下ろす時にトラックの荷台の幌の中を見たんですけど、この箱が何だか立てて置いてあったようなんです。 もしかすると、頭が下になってたかも知れませんよ』
『えっ、それじゃ』と美由紀のびっくりしたような声。 孝夫がつづけて説明する。
『ええ、そうです。 東京からずうっと逆さで来たのかもしれませんね。 なんだか祐治さんの身体や発泡スチロールの塊が大分頭の方に寄っていたようですし、布の袋も足の方よりは頭の上の方がよけいに汗で濡れてるみたいです』
『それは大変ね』と祥子。 そして私に向かって訊く。
『あの、マゾミちゃん、そうだったの?』
  私は軽くうなずく。
『わあ、大変だったわね。 ご苦労さま』
『しかもそれだけではなくて』と孝夫が続ける。 『あの、頭の方に寄った発泡スチロールの塊がマスクのパイプを押しつぶして、外からの空気を吸えなくしていた可能性があります。 まだ先が3つに分れる前のパイプが一箇所、横の塊に押されてひどくつぶれてましたからね。 塊を取り除いたら、もとの形に戻りましたけど』
『とすると』と美由紀がまたびっくりしたような声を出す。 『ずうっと箱の中の空気だけを呼吸してたってわけ?』
『でも』と祥子がいぶかしげにいう。 『箱の中の空気だけでは、30分もしたら息が詰まってた筈じゃないかしら』
『ええ、ですから、東京を出るときからパイプがつぶれていたら、恐らくここまではとてももたなかったでしょうけど、多分ずっと後で塊がずれて押しつぶしたんでしょうね。 そして、それから後は箱の中の空気だけでなんとかつないできたけど、それももう限界に近づいていたんじゃないですか?』
『すると、それで蓋を開けた時にあんな荒い息をしてたの?』
『ええ、恐らくそうでしょう』
『そしてもしももう少し蓋を開けるのが遅かったら、祐治さんに生命の危険があったという訳?。 それは大変なことだったわね』
  祥子も改めて事の重大さに気がついたようである。 そしてまた私に訊く。
『祐子さん、ほんとにそうだったの?』
  またこっくりする。
『あら、ほんとだって』と美由紀が叫ぶ声がする。
『でも、とにかく、蓋を開けるのが間にあってよかったですね』
『そうね。 大分際どかったにしても、とにかく命に別状なく終ったんだから、曲がりなりにも貨物輸送のプレイは成功したのよね。 だから、今はさっそく祐子さんに戻って貰って、ゆっくり休んで貰いましょう』

4.5 寮

第4章 運送貨物(第4回月例会)
05 /06 2017


  脇と脚とで抱えられて箱から出され、立たされて袋を脱がされる。 そして椅子に座らせられる。
『ちょっと、眼を開けててね』
と玲子の声。 右眼のレンズがはずされる。 眼の前に玲子のにっこり笑った顔がある。 『有難う』と言おうとして、口枷で口がきけないことを思い出し、右眼だけでにっこり笑い返す。
『じゃ、左も』
  玲子が左手で私のまぶたを抑え、右手でレンズを外してくれる。 両眼をぱちぱちとまばたきする。 久しぶりの外界が素晴らしく新鮮に見える。
  周りを見回す。 ここは寮の食堂と台所とを兼ねた大部屋らしく、中央に大きな食卓があり、向うに炊事の設備がある。
  5人が笑顔で私の顔を見つめている。 軽くうなずいてみせる。 壁の時計は6時40分を示している。 窓の外はもう暗くなっている。
『じゃ、次に紐を解くから立って』
と祥子に言われて、『むん』とうなずいて、そのままゆっくり立ち上がる。 ちょっとふらつき気味だが何とか立つ。 祥子は椅子をどかして後ろに回り、後ろ手に縛ってある紐を解き始める。 美由紀がしゃがんで、足首を縛り合せている紐を解いてくれる。
  やがて紐が全部解かれて、久しぶりに足を開き、手を伸ばす。 身体中がじーんとする。
  祥子がいう。
『これで、口枷を除いてすっかり自由な祐子さんに戻った訳ね。 口は不自由でしょうけど、ちょっとここでは外せないので我慢してね』
『むん』とうなずく。
『それで祐子さんは、すぐにお休みになる?。 それとも、もうすぐお食事の時間だけど、ご一緒なさる?』
『むん』
『ああ、食事を一緒になさるって言うのね。 もっとも祐子さんには牛乳位しかあげられないけど』
『むん』
『じゃ、すぐに食事の用意をしますからね』
  祥子が立ち上がる。
『あの、お化粧が大分崩れてるから、お食事の前に直してこられたら?』と美由紀がすすめてくれる。
『むん』とうなずく。
『化粧道具は祐子さんのバッグの中ね?』
『むん』
  とにかく、あごが動かず、口が開かないのだから、『むん』とうなずく以外には受け応えが出来ない。 自分でもおかしいくらい、『むん』を連発している。
『ちょっと持ってくるわね』
  美由紀が出て行き、すぐに戻ってきてバッグを差し出す。
『はい、祐子さんのバッグ』
  また『むん』とうなずいて、バッグを受け取る。
  美由紀はさらに、『洗面所はこっちよ』と案内してくれる。 その後について中廊下に出る。 右手には廊下の先に玄関のロビーらしきものが見える。 左に行く。 美由紀は前方の突き当りを右手の指で差し示しながら、
『あの廊下の突き当りに見える扉を開けると、裏に出るの。 するとちょっとした空き地があって、その先はすぐに林になっているの。 道路からは全く見えない、静かでいい所よ。 祥子さんもとても気に入ったらしいわよ』
と意味ありげな説明をして、にこっとする。 また『むん』とうなずく。
  扉を2つばかり過ぎて、『ここよ』と美由紀が左手の扉を右手で示してくれる。 上に浴室の表示がある。 扉を開けて中に入る。 普通の洗面所の設備が並んでいる。 ここも突き当りがガラス戸で仕切られていて、その奥が浴室になっているらしい。
『じゃ、ごゆっくり』
と言い残して、美由紀は帰っていく。
  鏡を見る。 マスクの縁が当たった跡などで顔の化粧がまだらにはげている。 『これはいけない』と思って、バッグから化粧道具を取り出し、まず顔を軟らかい紙で拭ってからメイクをやり直す。 また尤もらしい祐子の顔が出来上がる。 ちょっと髪の乱れやブラウスの形を直してから、洗面所を出る。
  中廊下に出て左手の突き当りに行き、錠を外して扉を開けてみる。 暗くてよく判らないが、10坪ほどの空き地の向うに木立らしいものが見える。 確かにここならば家の陰になって道路から全く見えず、野外プレイをするのに便利だろう。 もしかしたら祥子は明日ここで、胸像でも造る気なのかも知れない。 本格的にコンクリート構造物を造るとすれば、屋内で造るよりは屋外で造るほうがずっと自然である。 私はこの庭で自分がコンクリート詰めにされている光景を思い浮かべて、思わず少し興奮する。
  扉を閉めて錠をかける。 廊下を食堂に戻る途中で、浴室の隣りにトイレの標識を見つける。 急に下腹の張りが気になってくる。
  トイレに入って、パンティ・ストッキングや生理用パンティなどを脱ぎ、最後にPセットを外す。 下腹がジーンとする。 洋式の便器に座って腰の筋肉をゆるめる。 お小水がちょろちょろ流れ出る。
  辛抱強くお小水を出し切ってから立ち上がる。 そしてまたPセットをして、生理用パンティなどを着けてもとの姿に戻る。 下腹の張りがすっかりなくなる。



  食堂では、もうすっかり食事の支度が整っている。 皆が拍手で迎えてくれる。 ただし、邦也と美由紀は今晩も両手を腰の後ろに回していて、目顔で会釈して迎えてくれる。
『祐子さんには牛乳を用意しておいたわよ』と祥子がいう。 また『むん』とうなずき、一つ空いている椅子に座る。 前には牛乳が八分目ほど入ったコップが置いてあり、横にストローが添えてある。
『普通のお食事をして貰えないので、見せつけるようで悪いけど、我慢してね』
『むん』
『じゃ、いただきましょう』
  皆の食事が始まる。 私は口枷の孔を探ってストローの先を差し込み、首を前に曲げてコップにストローを差し込んで、牛乳を一息吸い込む。 すっかり汗をかいた後なので冷たい牛乳が本当にうまい。 皆の食事はハンバーグ・ステーキを主体とした皿とグリーン・サラダ、パンと紅茶という割に簡単なものである。 今晩も美由紀と邦也とは、それぞれ玲子と祥子とにお給事をして貰っている。
  邦也の姿を見て孝夫が会話の口火を切る。
『邦也さんのその食事姿も大分おなじみになりましたね』
『うん、祥子さんがまた、是非お給事してあげる、というものだから』
『でも、邦也さんもこういうお食事がとても好きになったのよ。 あたしはただ、邦也さんを楽しませてあげてるだけ』
『ほんと?』
  玲子が美由紀に食べさせている手を休め、邦也の顔を見ていたずらっぽく訊く。
『うん。 そう言わないと後が怖いから』
  皆がどっと笑う。
  笑いが収まった所で、孝夫が話題を次に移す。
『それにしても、今日の輸送プレイで、マゾミちゃんの箱が縦に積まれてたのにはびっくりしましたね。 さっき早速、東京のW運送の事務所に電話したら、よく知ってる掛りの男がまだ事務所に残って居たので、ああいう箱を変な向きに積んだりしては困るじゃないかって、文句を言っておきましたけど』
『それで、どういう返事が返って来たの?』と祥子がきく。
『ええ。 その男はそういう積み方をしたことは知らなかったらしいですけど、すぐに横の電話でどこかに問い合せて、確かにそうしたと判って平謝りに謝ってましたよ。 普通はああいう形の箱はまっすぐに積むものなんだそうですけど、今日は縦に積むとこの方面に送る荷物が丁度残さずに積めたんで、現場の者がそうしたらしい、との事です』
『そうだね、ちょっと無茶だね』と邦也が言う。 『上にかぶせた蓋が掛け金で留めてあって南京錠まで掛けてあり、おまけに箱の前後の板には吊り提げ用の環まで2つづつ付いているのだから、常識的には縦に積むなんて考えられないけどな』
『ええ、でも、普通に積むとどうしても荷物が一つ残ってしまうので、普通ではないけど縦に積んだ、というんじゃないですか?。 それに、こちらも箱の向きに関しては当り前だと思って、特別の指定をしておきませんでしたし』
『そうね。 余分だとは思っても、やはり「天地無用」の貼り紙くらいはしておくべきだったかもね』
  祥子は自分を納得させるかのように大きくうなずく。
『それで先方は、中の品物が壊れたていたら弁償させて貰うと言ってました。 壊れてはいなかったけど、位置が大分ずれていて危なく壊れかかっていたぞ、って言っておきました。 それから、ほんとに壊れちゃったら弁償ぐらいではすまないぞ、っておどかしておきましたけど』
『ええ、それはご苦労さま。 ほんとにマゾミちゃんが回復不能になってたら弁償位ではおっつかないわね』
『とにかくもう1度、あの箱を今度は東京に運んで貰うので、その時は必ず正しい向きに載せるように充分監督しておいてくれって、厳しく言っときました。 だから明後日は大丈夫だと思います』
  そこで玲子が発言する。
『それでもやっぱり、上に「天地無用」とか、「壊れ物注意」とか書いておいた方がいいんじゃないかしら』
『そうですね。 こんどはそうしましょう』
  私のコップが空になる。 もっと欲しいと思うが口がきけない。 手足が自由でも口で思うことが伝えられない不自由さをつくづくと感じる。 コップの底でコツコツとテーブルを叩き、『うう』と声を出す。 口枷の孔から声が漏れて出る。
  美由紀が気がついてくれる。
『あら、祐子さんの牛乳がなくなってるわよ。 もっとお飲みになりたいんじゃないかしら』
  彼女は、手が出せないのがもどかしい、というように体を動かす。 私は大きく『むん』とうなずく。
『そうね。 あまり水分を取り過ぎると後のプレイで苦しくなる恐れがあるけど、明日の午前中のプレイではまだ「オー」も出来そうだし、午後から後のプレイまでにはまだ時間があるから大丈夫ね。 それじゃ、美由紀は手を出せないから、玲子、もう一杯ついであげて来て』
『はい』
  玲子は美由紀にも『ちょっと待っててね』と断わり、私のコップを持って出ていって、また牛乳を八分目ほど満たして帰ってくる。 私はまた目顔で感謝の気持を伝えて、ストローを差し込んで一口飲む。
  また会話が再開する。 まず美由紀が言う。
『とにかく、そんな予想外の積み方をされたので、祐子さんはあやうく息が詰まって命を落とす所だったのね。 怖いわね』
『でも』と邦也がいう。 『この前の会の時に、祐治さんは何か予想外のことが起きればもっと面白い、って言ってたんじゃなかったっけ』
『ええ、確かにそのようなことを言ってたわね』と祥子もうなずく。 そして言う。 『でもそれは生命の危険のない範囲での話で、生命がなくなるかも知れないような危険なことを望んでいた訳じゃないわよ。 ね、祐子さん?』
  声を掛けられて、私は
『そうだ、そうだ』
と言う積りで2度激しくうなずく。
『ね、そうでしょう?』
『そうですね。 とにかく、我々の会の眼目は、出来るだけ楽しんで、しかも無事に終ることですからね』
  この孝夫の言葉に皆がうなずく。 そしてまた美由紀が発言する。
『でも祐治さんは、この前の西伊豆の合宿の時も首まで埋められたままで津浪を迎えて、ほんとに九死に一生を得たわけよね。 それに今度も窒息して死ぬ危険の瀬戸際まで行って、何だか気味が悪いわ。 二度あることは三度あるって言うから、もう、あまり危険なことはしない方がいいんじゃないかしら』
『そうね。 でも2回とも、プレイそれ自体には特に危険はなく、充分安全に終了する計画でやっていたんだけど、予想外のことが起こった訳よね。 だから予想外の事まで予想してプランをたてないといけないってことになるんだけど、それは難しいわね』
  さすがの祥子も思案顔している。
『とにかく差しあたっては、今度の合宿でこれからするプレイが問題ですけど、どうします?』と孝夫がきく。
『そうね。 そのうちで明日に予定してるプレイは主として速乾性のコンクリートを使ったプレイで、これはほとんど危険なしに充分楽しく実行出来ると思うわ。 問題は帰りの貨物輸送だけど』
『その方は、帰りはまともに積んで貰えると思うので、多分大丈夫と思います。 ここへ来る時も、積み方さえまともならば、問題は起きなかったようですし。 ね、祐子さん?』
  また、『むん』とうなずく。
  そこで祥子が念を押してくる。
『それではこんどの経験にも拘らず、祐子さんは、帰りも貨物として送られていい、と言うのね?』
  また、『むん』と応える。
『むしろ、そうされたい訳?』
  また、『むん』と応える。
  緊張して聞き耳をたてていた皆がほっとため息を漏らす。 特に邦也が後ろ手の身体をゆすって、『すごいな』と感心したような声を出す。
  そこで祥子が結論を提示する。
『それじゃ、そのプレイに関しては、帰りも貨物輸送のプレイを実行することを決めましょう』
  祥子自身と私とを含め、手の出せる4人がパチパチと拍手する。 手を出せない美由紀は『心配だけどしょうがないわ』というような顔をしてうなずく。



  皆がデザートのプリンス・メロンも食べ終って、食事が終る。 時刻は8時に近く、外はもうまっくらである。
『それじゃ、さっと後片付けをするから、ちょっと待っててね』
  祥子は美由紀の後ろ手の紐を解き、女3人でテーブルを片付け始める。
『僕は解いて貰えないのかい?』と邦也がいう。
『和也さんは手伝ってくれなくてもいいわよ。 あたし達だけでするから』
  邦也がまた情けなさそうな顔で『うん』と応える。 皆がどっと笑う。 私は何か声を掛けて邦也を元気付けたいと思うが、口がきけないのでしようがない。
『僕が解いてあげましょうか?』と孝夫が邦也に言う。 すると祥子が流しから笑いながら声を掛けてくる。
『孝夫、余計な手出しをすると、シーミュータイムを掛けるわよ』
  孝夫が首をすくめる。 皆がまたどっと笑う。
『僕、祥子さんが自分で解いてくれるまで辛抱するよ』と邦也がいう。
『ずいぶんお利口になったわね』と祥子。 また皆が笑う。
  後片付けも終って、また皆が席についてお茶を飲み始める。 私もストローでお茶をすする。 どうも感じが出ない。 邦也にはまた祥子が飲ませている。
『さて、今晩のことだけど、あたし達はどの部屋に寝ることになるのかしら』
との祥子の発言で、また会話が始まる。  まず孝夫が応える。
『今晩は、女のひとは女の人で一部屋に寝て、男もまとまって一部屋に寝たらどうかと思って、一応、8畳の間を2部屋用意してありますけど』
『そうね。 今日はそれがいいかもね』
  そこで邦也が言う。
『それで、祐子さんはどっちで寝るのかい?』
『そうね。 祐子さんは特別ね。 やっぱり孝夫や邦也さんと一緒の部屋に寝て貰おうかしら』
『でも、玲子さんが心配しないかね』
  皆がどっと笑う。
『いいですわ。 あたしは孝夫さんを信頼してますから』
との玲子のすました発言に、 皆がまたどっと笑う。
『それに、邦也さんも同じ部屋で監視していて下さるんでしょう?』
『ええ、それは、玲子さんの為ならば喜んで』
  皆がまた笑う。
  そこで祥子が『孝夫』と呼びかけて、
『もしも邪魔だったら、邦也さんは手足を縛って、眼も口も耳もふたをしておいてあげるといいわよ。 邦也さんもきっと喜ぶわよ』
とけしかける。 邦也が慌てて、後ろ手の身体をゆすっていう。
『いや、そんなにして下さらなくても結構だ』
  みんながどっと最後の大笑いをする。
  笑いが収まった所で、祥子が言う。
『それはそれでいいとして、でも、今晩、箱を遊ばせておくのも勿体ないわね』
  ほら、また始まった、と思う。 しかし、私には発言の手段がないので、興味をもって成り行きをも守る。
  さっそく美由紀が反応する。
『でも、祐子さんは駄目よ。 もう孝夫さん達と一緒の部屋に寝て貰うことを、今、決めたばかりだし、明日からのプレイもあるしするから、今日はふとんでゆっくり寝て貰ったほうがいいわよ』
『それはそうね。 だから今晩は外の人に入って貰うことを考えているんだけど』
『えっ』
  邦也がびっくりしたような声を出す。
『そんなにびっくりしなくてもいいのよ。 あたしの考えているのは邦也さんじゃなくて美由紀なんだから』
  和也が照れくさそうに後ろ手の体の肩をすぼめ、顔を伏せる。 手が自由だったら頭をかく所であろう。
『ね、美由紀、いいでしょう?。 美由紀も祐子さんがどんな経験をしたのか、体験することに興味があるんじゃないの?』
『ええ』
  美由紀が恥ずかしそうにちょっと下を向く。 そしてすぐに顔を上げて言う。
『でも、息が詰まるのは嫌よ』
『もちろんよ。 正常な状態で箱に詰められて一晩置かれるというのはどんなものかを、体験させてあげるのよ』
『それならいいけど』
『じゃ、いいわね?』
『ええ』
  美由紀は承知してうなずく。
  そこで祥子は改めて皆を見回して言う。
『それで、その外の人は自由行動にするわ。 邦也さんも今晩は自由にしてあげるから、明日からのプレイに備えて英気を養っときなさい』
  邦也は『はい』と応える。 しかし、その顔は少し物足りなさそうでもある。
『それで、祐子さんはすぐにでも、お休みになりたいでしょう?』と祥子がきく。 また『むん』とうなずく。
『それじゃ、まだ時間は少し早いけど、お休みになる前に、美由紀を箱に入れる所をお目にかけるわ』
  そして祥子は美由紀に指示する。
『じゃ、美由紀は、おトイレで充分に用を足してから、ここへ戻っていらっしゃい』
『はい』
  美由紀は出ていく。 そこでやっと祥子は邦也に向かい、
『それじゃ、邦也さんも紐を解いてあげましょうね』
と言って、後ろ手の紐を解く。
『ああ、助かった』
  邦也はほっとした顔をして手を伸ばし、肩をぐりぐりする。
  横で孝夫が祥子に話しかける。
『それにしても、あの箱に詰め込まれ、密閉されて一晩過ごすことをあんなに簡単に承知するなんて、美由紀さんも勇敢ですね』
『ええ、そうね』
  祥子は一旦そう受け止めたのち、自分の解釈を述べる。
『まあ、それもあるけど、美由紀はね、ほんとは祐治さんと同じ経験をしてみたかったのよ』
『と言うことは、つまり』と邦也が口を挟む。 『玲子さんが孝夫君と同じ経験をしてみたいって言ってたのと同じ心情かい?』
  横で玲子が『あらっ』という顔をして顔を伏せる。 祥子はそれに気づかないようにして応える。
『そうね。 まあそこまでは分らないけど、少なくとも心の奥では、祐治さんにばかり辛い思いをさせて申し訳ないって気があるんじゃないかしら』
『いいね。 祐治さんは美由紀さんにそんなに思われて』
  邦也は、いかにも羨ましい、という顔をする。 私は口をきけないので、ただにやにやしている。
『あたしだって、邦也さんのこと、とても深く思ってあげてるわよ。 それでは不足なの?』
『いいえ。 充分、光栄です』
  邦也が今度はすましていう。 皆がまた笑う。
  美由紀が戻ってくる。
『それじゃ、早速、始めるわね』
  祥子は美由紀の後ろに回り、両手首を後ろ手に縛り合せて、紐の先を腰に2重に巻いて締め、また手首に戻して結び合せる。 美由紀はもう、眼を閉じてうっとりした顔をしている。 両足首も縛り合せる。
『眼の方は、美由紀に合うレンズを用意してないので、これで我慢してね』
と言って、布粘着テープを眼を覆って横に長く張り付ける。 そして、美由紀の口元を見て言う。
『そうね、口枷もないわね。 と言って、口で呼吸をすることになっているので、猿ぐつわを掛ける訳にもいかないから、残念だけど、口は自由にしておくわ。 まあ、我慢してね』
  美由紀は小さい声で『ええ』と応えてうなずく。
『それから、袋はまだあったかしら』と孝夫にきく。
『ええ、もう一枚だけ用意があります』
『じゃ、それ、持ってきて。 せっかくだから、出来るだけ祐子さんと同じにしてあげるの』
『はい。 でも、その前に美由紀さんの姿を撮っておきましょう』
  孝夫は美由紀の写真を2~3枚撮ってから出ていく。
  ほどなく孝夫が新しい布袋を持って戻ってくる。
『じゃ、まず袋に入れるよ』
と声を掛けて、邦也が美由紀を抱え上げ、孝夫が口を開いて持っている袋に足の方から入れる。 肩まで入れてから、一度美由紀を立たせる。
『じゃ、今度は箱に入れるよ』
  美由紀がこっくりする。 孝夫が箱の蓋を取る。 邦也が美由紀をかかえ上げる。 美由紀は足と腰を曲げて協力する。 ゆっくり箱の中に下ろし、そっと横向きに底に置く。 孝夫が発泡スチロールの形のよい塊を美由紀の頭の下に入れて枕代りにする。 3本のベルトで体を留める。 ただし今は、発泡スチロールの塊で体を埋めることはしない。 私は自分が箱に入れられた時の経験を思い出しながら、興味深く作業を見守る。
  その後、美由紀は少しの間もじもじしていたが、やがて位置も安定したか、動かなくなる。 祥子が美由紀の頭の上方に置いてあった、パイプのつながったマスクを取り上げ、美由紀の鼻を覆って念入りにセットする。 美由紀は口をあけて呼吸をしている。
『箱の中の空気を悪くしないために、呼吸はなるべく鼻で吸って口で吐くのよ』
と祥子が注意する。 美由紀は『ええ』とひとつうなずき、空気を鼻で吸い、口で吐く呼吸を始める。
  しばらくの間、皆でだまって美由紀の顔を見詰める。 美由紀は、眼は布粘着テープで覆われていて分らないが、口元にはうっとりした表情を見せている。 孝夫がまた写真を撮る。
  やがて、祥子が声を掛ける。
『大丈夫のようね。 それじゃ、蓋をしますからね。 明日の朝までお休みなさい』
  美由紀はこっくりうなずいて応える。
『ええ、お休みなさい』
  袋の口を上げて頭をすっぽり覆い、紐で口を縛って閉じる。 袋の口からパイプが1本延びて頭の上で3つに別れ、それぞれの先が箱の3方の側板に消えている。
  孝夫が蓋を持ってきて箱の上に置き、少し位置を調整する。 カチッとはまる。 ちょっと押してみて、がたがたしないことを確かめる。 4箇所の掛金を掛ける。 ただし、南京錠は掛けない。
  皆がほっとため息を漏らす。 私はしきりにうなずいて箱を見詰める。
  孝夫がまた写真を撮りながら、
『マゾミちゃんの時は、この4箇所の掛金にひとつづつ南京錠を掛け、その上、6本の釘で留めたんです。 だから、もっともっとがっちりしてました』
と説明してくれる。 私はただうなずく。
  邦也が引き継いで説明を加える。
『美由紀さんは軽いから僕一人で箱に入れられたけど、マゾミちゃんはかなり重いから大変でした。 箱の深い底までそっと降ろさなければならないから、孝夫君と2人でかかえてやっとでしたね』
  私はまた黙ってうなずく。
  孝夫と邦也が2人して箱を持ち上げ、部屋の隅に移動する。 箱の中で美由紀が今の箱の移動をどんな気持で受け止めただろうか、とまた堪まらなくいとしくなる。
『それじゃ、あたしと玲子は向うの部屋に行くわ。 祐子さん達も早くお休みなさい。 明日の朝の起床は7時頃ということにしますからね』
と言い残して、祥子は玲子と食堂を出ていく。
  時刻は9時を少し過ぎている。 私はトイレに行ってきてから、孝夫、和也と3人連れだって、孝夫に案内されて自分達の部屋に行く。 そして、3組のふとんを敷いて、上に着ているものを脱いで、私はスリーマーとパンティ・ストッキング姿になって真中のふとんに横になり、毛布を掛ける。 孝夫と邦也はそれぞれ男物の下着姿になって、私の右と左とに寝る。 やはり大分疲れていたのか、すぐに寝入ってしまう。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。