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3.1 ノーアイオウ

第3章 ノーアイオウ
04 /29 2017


『やあ、今日は。 先日はどうも有難う』
 第1回月例会の丁度1週間後の土曜日の午後3時頃、私はT大の近くのH通りの路上で祥子と美由紀を見付けて声を掛ける。
『まあ、祐治さん』と祥子が声を上げる。 『こちらこそどうも有難うございました。 この間はすっかり楽しませていただいて』
『所で今日もまたお揃いで、どちらヘ?』
『ええ、ちょっとこの先のRに行ってケーキを買ってきた所なの』
 確かに祥子はケーキらしい小さな箱を抱えている。
『祥子、ケーキとなると目が無いのよ』と横から美由紀が言う。 『それにこの辺を歩いていると祐治さんに会えるかも知れないって、祥子が言って』
『あら、そう言ったのは美由紀よ』と祥子が反論する。
『そら、また始まった。 どっちでもいいよ』と私。 3人で顔を見合せて笑う。
『ところで』と改めて祥子が言う。 『せっかくお会いしたんだから、その辺でお茶でもご一緒しない?』
『うん、有難う。 でも、今日はちょっと都合が悪いな』
『あら、お忙しいの?』
『いや、時間はあるんだけど、ちょっと事情があってね』
 私はにやにやする。 祥子も笑いながら言う。
『そうもったいぶらないで、おっしゃいなさいよ。 きれいな女の子とデートの約束があるって』
『いや、僕にはそんないい子はいないよ。 もしもデートをするのなら、お2人とするよ』
『まあ、お口がお上手ね』。 祥子はまた笑う。 そして改めて、『じゃどうして?』と訊いてくる。
 話したくてうずうずしていたことを、丁度無理に聞き出された格好になる。 それでも渋々のような顔をして答える。
『うん、実は今、自分ひとりでのプレイの最中なんでね』
『えっ、プレイ?。 一体、何のプレイなの?』
 プレイと聞いて祥子ががぜん興味を示してくる。 そして私の全身を見回して不審そうな顔をする。
『見た所、今日は手も自由のようだし、ほかにも何の変った所も見付からないけど』
 美由紀も『そうね』という顔をしている。
『うん、実は昨日から、ノーアイオウ・プレイと言って、口からは食べ物や飲み物を一切とらず、また、トイレにも行かない、というプレイをしているんだ』
『まあ、そんなことをなさってるの』
『うん、それだから、残念ながら今日はお茶は遠慮するよ』
『そうね。 それじゃ、お茶にお誘いしても無理ね』
 祥子もやっと納得した顔をする。 そして改めて言う。
『ええ、解ったわ。 それで今日はこれからどうなさる御予定?』
『うん、そうだね。 今日はこれから本屋にでも寄ってもう少し時間をつぶして、それからマンションに帰ろうかと思っていたんだけど』
『それじゃ、あたし達のマンションにいらっしゃらない?。 そのプレイの事をもっと詳しく伺いたいし、そういうことじゃケーキを御馳走する訳にはいかないけど、丁度いい機会だから、ほかで色々とおもてなしをして上げるわよ』
 祥子は意味ありげに笑う。 私は先日の第1回月例会の別れ際に祥子が言った言葉、「あたし達のマンションに来て貰えれば、何時でもちゃんとおもてなしをして上げる」、を思いだす。 何だか祥子の「おもてなし」を受けてみたくなる。
『そうだね。 それじゃちょっとお邪魔させて貰おうか』
『まあ、嬉しい』
 祥子が声をあげる。
『美由紀も構わないかい?』
『ええ、もちろんよ』
 美由紀も嬉しそうな顔をする。



 3人で祥子達のマンションの方向に歩き出す。 しばらくは人通りが多く、並んでは歩けないので縦一列になって黙って道をたどる。 そしてH3丁目の交差点を通り過ぎ、さらに少し行って右に曲がって、やっと3人が並んで歩けるようになる。
 2人の間にはさまれて歩きながら、どちらへともなく話し掛ける。
『こうして3人でこの道を歩いていると、一番最初に誘拐されて祥子達のマンションに連れていかれた時のことを思い出すね』
『まあ、誘拐だなんて』と祥子が笑う。
『でも、祥子は確かにそう言ったよ』
『ええ、そうは言ったわ。 でも、祐治さんもおいやじゃなかった筈よ』
『まあ、それはそうだけど』。 私も笑う。 『でも、あの時はまだ祥子達がプレイをするなんて全然知らなかった。 そしてマンションに着いてすぐに後ろ手に縛られた美由紀を見せられてびっくりしたんだっけね』
『ええ』と美由紀が小さい声で応える。 祥子も懐かしそうな顔をして言う。
『ええ、そうだったわね。 それで祐治さんとプレイをご一緒するようになって』
 3人の歩く速度が少し落ちる。 祥子が続ける。
『あの時、あたし達は祐治さんにある程度の期待はしていたけど、こんな素晴らしいプレイメイトになって貰えるなんて、夢にも思ってなかったわ』
『うん、僕もだ』
『考えたら、あれからまだ2ヶ月余りしか経っていないのね。 もう何年も昔からプレイをご一緒してたような気がするけど』
『そうだね。 ずいぶん色々とプレイをしたね』
 私も感心して今までのプレイの数々を思い返す。
『ほんとに、祐治さんが次々に御披露して下さった素晴らしいプレイにはびっくりさせられ通しだったわ』
『いや、祥子達の、特に吊りを中心としたプレイは大したものだよ。 お陰でこの2ヶ月の間に僕もすっかりそういうプレイの楽しさを覚えて、すっかりその魅力のとりこになってしまったからね』
『それにあたしのお誕生日を祝って下さった頃までに祐治さんの手持ちのプレイはすっかり見せて下さったのかと思っていたのに、この前はFDとかでびっくりさせられたし、今日はまた新しい、ノーなんとかと言うプレイをなさっているでしょう?』
『うん、ノーアイオウ・プレイ。 でも今度こそ本当に、僕一人でやっていたプレイの出し納めだよ』
『まあ、適当に割り引いて伺っておくわ』
 祥子は笑う。
 行く手に祥子達のマンションが見えてくる。
『いずれにしても、あの時、祥子達に誘って貰って、プレイメイトになるようにお膳立てして貰えたのは有難かったな。 僕も一人でするプレイにそろそろ限界を感じ始めていたし、そうかと言って自分でプレイメイトを見付けるあては全くなかったからね』
『そうね。 あたし達も2人だけのプレイに少しマンネリを感じて、新しいプレイメイトが欲しくて目星をつけてお誘いしたんだけど、それがこんな素晴らしい方に当るなんて、ほんとに幸運だったわ』
『そんなに言って貰うと、ちょっと恥ずかしいな』
『いいえ、そんなことないわ。 あたし達、この上ないプレイメイトに恵まれて、本当に感謝してるのよ』
『ええ、そう』と美由紀も言う。
 マンションの前に着く。 立ち止まって2人の顔を見ながら、『どちらにしても、お互いに親しい友達になれてよかったね』と言う。 2人とも『そうね』とうなずく。



 ロビーに入り、エレベーターで6階に上がる。 そしてまっすぐ祥子達の住居に行って中に入り、いつものLDKに通される。 食卓の周りに3人が座る。
『今日はケーキを御馳走するわけにいかないとすると、何でおもてなししようかしら』
 まず、祥子がそう言っていたずらっぽく、ちょっと首をかしげてみせる。
『まあ、とにかく先ず、手を縛ってあげるわね』
 祥子は立って部屋の隅へ行き、そこにおいてあった何時もの赤いバッグの中から紐を取り出してくる。 そして私を立たせ、後ろにまわって両手首を後ろ手に縛り合せる。 縛りは余りきつくはないが、祥子が縛ったからには手を動かしても緩む気配はない。 それから『ついでに足も』と言って私の両足首を揃えて縛り合せる。 私は祥子のなすがままに任せる。
 祥子は足首を縛ったついでにちょっと長ズボンの裾を捲ってみて、『靴下にしては随分手ざわりが厚いと思ったら、下にまだ何か穿いてらっしゃるのね』と言う。
『うん。 タイツを穿いている』
『まあ、またタイツを穿いてるの。 何かいわくがありそうね。 でもいいわ。 それは後で順々に伺うから』
 祥子は私の椅子を元の向きになおし、私を座らせてから自分の席に戻る。
『今日はお茶も差し上げられないから、早速お話しを伺うわ。 まず、そのノーアイオウとかいうのはどういう意味なの?』
『うん、アイオウというのは本来は計算機の用語で、インプットとアウトプットの頭文字をとったものなんだ。 つまり、入力と出力、もっとくだいて言うと、計算機にデータを入れたり、計算機からデータを出したりすることなんだ』
『ああ、アイオウってこう書くのね』と美由紀が横にあった紙にサインペンで「I/O」と書いてみせる。
『うん、そう。 美由紀はさすがに数学科だけあってよく知ってるね』
『ええ、だって』と美由紀は笑う。 『この頃の数学科の勉強って、計算機みたいなことばかりやってるんですもの』
『うん、そんなものかな』と私も笑う。 説明を続ける。
『それはともかくとして、ノーアイオウはそれに否定のノーを付けたものなんだ』
『つまり、こうなのね』
 美由紀が「I/O」の前に「No」を書き加えて、「No I/O」とする。
『うん、その通り。 つまり、ノーアイオウと言うのは、何につけても出し入れのないことを意味する。 そこでノーアイオウ・プレイでは、一定期間、身体から固体と液体を全く出し入れしないで過ごすんだ。 とは言っても、汗や鼻水が出るのは止められないけど、その外は口や鼻からも空気以外は何も出し入れせず、便やお小水は全く出さないで我慢するんだ』
『よく解ったわ。 でも』と祥子がいたずらっぽい笑顔を見せて訊く。 『タバコの煙はどうなの?。 入れてもいいの?』
『うん。 霧や煙は気体みたいなものだから、吸い込んでもいいことにしている。 じゃないと霧や煙のある場所では呼吸が出来ず、窒息してしまうからね』
『まあ、嬉しい。 それじゃ、タバコ責めはしてもいいのね。 よく憶えておくわ』
 また後でタバコ責めをされることになりそうだ、とぞくぞくっとする。 
『それでノーアイオウ・プレイの大体の内容と名前の意味とが解ったけど、細かいやり方を伺う前に、まず、どうしてそういうプレイをするようになったのかを伺おうかしら』
『そうだね。 大したことではないけど』。 私はちょっと記憶をたどる。 『このプレイを始めたのはやはり、どのくらいの時間、お小水を漏らさずに我慢できるか、という興味からだったように憶えているね。 そこで確かに漏らさないことを保証するものとしてPセットでPを封鎖して学校に出掛けたのが最初だった気がするよ』
『ふーん』
 2人が目を輝かせて聞き入る。
『それ、何時頃のお話?』と祥子がきく。
『そうだね。 大学4年の春のことだったから、今から2年あまり前かな』
『それで、その日はどの位、我慢してたの?』
『うん、その日は朝、トイレに行った後で9時頃にPセットをして学校に行って、夕方の5時頃、学生ハイツの自分の部屋に戻って、急いでPセットを外してトイレに行ったんだから、そうだね、8時間位のものかな?』
『ああ、そう。 その位ならあたしでも出来そうね。 うっかりしてると、何の気なしに5~6時間もおトイレに行かないこともよくあるから』
『そうだね。 この位ではプレイと言うほどのことではないね』
『でも今はそんなことではないんでしょう?。 さっきのお話でも昨日からと言うから、少なくとももう16時間は経つわよね』 
『うん、実際は昨夜の9時前にPセットをしてノーオウを始めたから、19時間近くになるかな』
『まあ』と美由紀がびっくりしたように声をあげる。 『もう、そんなにもおトイレに行ってないの』
『うん、行ってない。 それに今ならまだまだ我慢が出来るよ』
『ふーん』
 美由紀がまた感心した顔をする。



 ところへ横で電話のリンが鳴る。 祥子がすっと立って行って受話器を取り、『あら、孝夫?』と言っている。 聞き耳をたてる。
『ああ、そう』
『それじゃ、ちょっといらっしゃらない?』
『ええ、丁度今、祐治さんが見えてるの。 ええ、街で偶然お会いして』
『ええ、そうなの。 また、新しいプレイをご披露していただいて、お話を伺ってる所なの』
『ええ、有難う。 ケーキは用意してあるわ』
『ええ、じゃ、お待ちしてるわよ。 じゃあね』
 電話が終り、祥子が席に戻る。 そして、『今、孝夫がここへ来るって』と要点だけ簡単に説明し、『祐治さんもいいわね』と事後承諾を求める。
『うん、もちろんいいよ』と応える。
『孝夫さん、どこから電話を掛けてきたの?』と美由紀がきく。
『ええ、孝夫の学校の前からですって。 学校も終って、まっすぐ家に帰るのも面白くないから、まずちょっと電話してみたんですって』
『ふーん、偶然だね』
『ええ、そう。 丁度今、祐治さんが来ていて、新しいプレイをご披露して貰ってる、と言ったら、とても喜んでたわ。 それじゃ是非伺いますって』
『ふーん』
『とにかく、もう20分もすれば、ここに着くって言ってたわ』
『そうね。 孝夫さんの学校からだと、歩いてでもそんなもので来れるわね』
 美由紀もうなずく。
『孝夫君がもうすぐ来るのなら、僕の話の続きもそれからにしようか』
『いいわよ。 孝夫には後からあたしが話してあげるから』
『うん、じゃ、そうするか』
 私は祥子の意見に従うことにする。



『じゃ、また、お話の続きを聞かせて』と祥子がうながす。
『うん』とうなずく。
『それで』と祥子が続ける。 『さっきはノーアイオウ・プレイの始まりの話を伺ったわね。 その後、どういう風に進んだのか話して下さるかしら』
『うん、そうだね』。 私は頭の中で今までのプレイの経過を素早く回想する。 『それから後はね。 もっと長い時間のノーアイオウを狙ったり、Pセットを簡単には外せないように腰の備えを厳重にしたり、ああ、それから、水分を取らなければノーオウが我慢し易いということでノーアイを加えたりして、段々に発展してきたんだ』
『ああ、そう』と祥子はうなずく。 『そうね。 それを全部伺ってては大変ね』
『そうだね。 僕もそんなには筋道たっては話せないし』
『それで』と今度は美由紀が訊いてくる。 『ノーアイやノーオウは今では普通は何時間位なさってらっしゃるの?』
『うん。 普通はノーアイの方、つまり食べたり飲んだりするのを我慢する方は48時間を標準にしている』
『えっ、48時間も?』と祥子が声を上げる。 『あたしなんか、一食抜いただけでおなかがぐうぐう言って、我慢ができなくなるのに』
『うん、でも僕はおなかが空くのには割に平気な方なんで、そんなに辛くはないんだ』
『でも、お水も飲めないんでしょう?』と美由紀が心配そうに言う。 『普通に言う断食はお水は飲んでもいいから長い時間続けられるって聞いてるけど、お水も飲めないとなるとすごく辛いんじゃないかしら』
『そうだね。 確かにおなかが空くのよりも喉の渇くほうが辛いね。 でも、かんかん照りの下に長い時間立ってたりして汗が出過ぎて熱射病になったりしない限りは、何とか我慢ができるもんだよ』
『ふーん』
 2人がまた感心したような顔をする。
『それでおトイレを我慢する方は?』とまた祥子が話を進める。
『うん。 ノーオウの方は36時間を標準にしているけど、その方が身体の状態によってはノーアイよりもよっぽど辛くなる』
『えっ、36時間?』と今度は美由紀がびっくりしたような声を出す。 『というと1日半もなの?。 そんなにおトイレに行かないでも我慢ができるものなのかしら』
 美由紀は半信半疑な顔をする。 祥子も同様な顔をしている。
『うん。 僕も最初の頃は丸1日、つまり24時間位が限度かな、と思っていたけど、やり方によっては結構我慢が出来るものなんだね』
『やり方って?』と今度は祥子がきく。
『うん、つまりノーアイをノーオウよりも半日早く始めるようにして、出すものは充分に出してからノーオウに移るようにしているんだ。 このプレイの最中は食物も飲物も一切とらないからノーオウも36時間位は何とか我慢ができるんだね』
『ふーん』
『実はもっと我慢することも出来そうだけど、それ以上我慢してて膀胱でも破れたりするととんでもないことになるから、自重してるんだ』
『すごいわね』と美由紀が言う。
 2人が話を消化するのに手間取るかのように、ちょっと間があく。 そして祥子がまた言い出す。
『それで今してるプレイはいつ始めたの?』
『うん、今のは昨日の朝の8時過ぎに最後の食事を済ませて、9時丁度からノーアイを開始したんだ』
『するともうすでにお食事を4回も抜いて、30時間以上、何も食べたり飲んだりしてないのね。 それにしてはお元気ね』
 祥子がまた感心した風を見せる。
『うん、案外平気だね。 僕はおなかが空いたという感覚が鈍いこともあるだろうけど』
『ああ、そう』
 祥子は一つうなずく。 そしてまた次に移る。
『それで、プレイを始めた後はどうなさったの?』
『それはまあ、普通の生活をして。 つまり、それから学校へ行って、普段通りの仕事をして』
『ヘー、ちゃんと学校へいらっしゃったの』
『うん、休むわけにいかないからね。 それに普通の生活をしていた方が気がまぎれて我慢がし易いんだ』
『でも学校へ行って、何か困ることはないの?』
『うん、仕事については何も不都合はない。 ただ困るのは、仕事の合間にお茶を出されたりした時なんだ』
『なるほど、そういうことはありそうね』
『うん、昨日も研究室事務の女の子が3時過ぎにお茶を入れて皆に配って持ってきてくれてね。 本当の理由を言うわけにはいかないから、何とかごまかして手をつけずにすませたけど』
『まあ』と祥子が笑う。 『ちょっと、その場面を見たかったわね』
『まあ、大したことはないけどね』
 私も笑う。
『そして?』と祥子がまた次をうながす。
『うん、とにかくそれで学校で一応の仕事をして、それから夕方、マンションに帰って、夜になって、やはり8時すぎに最後のトイレに行って出来るだけ出すものを出して、9時前にノーオウのための腰のセットを済ませて、9時丁度からノーオウを始めたんだ』
『というと、今度のプレイは何時終るの?』
『うん、今度のプレイも何時もの通り、ノーアイが48時間、ノーオウが36時間で計画しているから、終りはどちらも明日の朝の9時ということになる』
『ああ、そう。 明日の朝の9時ね。 よく憶えておくわ』
 祥子がうなずく。
『それで、そんなに長い間、おトイレに行きたくはならないの?』と美由紀が心配そうにきく。
『うん、その方もしっかり抑えてあるから、案外平気なんだ』
『抑えてあるって、何か特別の仕掛があるの?。 そう言えばさっき、腰のセットとか言ってたわね。 あれ、何なの?』と祥子。
『うん。 実はノーオウを始める前に僕なりにちょっと儀式をしてね。 その終りに、簡単にはノーオウを破ることが出来ないように、それと我慢がし易いようにと、腰の周りをきっちり固めておくんだ』
『それは面白そうね。 詳しく聞かせて下さらない?』
『うん、いいよ』
 私も聞いて貰いたいと思っていた所だったので、祥子の注文を快く引き受ける。

3.2 WH浴の話

第3章 ノーアイオウ
04 /29 2017


『それでは始めるよ』と2人の顔を見る。 『ええ、お願いするわ』と祥子が代表して応える。 話を始める。
『まずノーオウを始める前、夜の8時頃にトイレに行って、出るものを出来るだけ出しておく。 もっともその前の11時間も口から何も入れてないし、それまでにも何回かトイレに行っているから、その時は余り出ないけどね』
『ええ』
『そしてトイレを済ませてから、身体を浄めるためにお風呂に入るんだ。 それも普通のお風呂ではなく、空の浴槽に入ってから水を入れてそのまま沸かすお風呂で、僕はWH浴と呼んでいる。 WHは water heat の頭文字で、いわば「水漬け沸かし浴」と言った所だね』
『ふーん、面白い名前ね』
『うん、このお風呂は今は夏だからどうってこともないけど、真冬だと指の感覚もなくなるような冷たい水のなかで沸いてくるまでじっと辛抱しなければならず、それだけでなかなか面白いプレイになっている』
『なるほど、面白そうね』と祥子も同調する。 しかし、『でも、それは心構えだけの問題で、我慢が出来なくなればいつでも水から出られるんでしょう?』とコメントを加えてくる。
『いや、それではプレイとして面白味が少ないから、WH浴では時間が来るまでは浴槽からは出たくても出られないように仕掛けておく』
『え、どんな仕掛け?』
 祥子はがぜん興味が湧いたように体を前に乗り出す。
『うん、実際には浴槽の中で両脚とも例のAT縛りで足首と太腿とをきっちり縛り合せ、両手はいつものHセットの要領で深い後ろ手に固定するんだ。 そうするとHセットを外さない限り、浴槽から外へは出られなくなる』
『まあ』
 2人は感心したような顔をする。
『もっと詳しく言うと、そうしたAT縛りをした後では、僕の所のお風呂では膝で立って伸び上がれば腰が浴槽の縁に当たるけれど、後ろ手姿ではどうしても浴槽から平穏には外に出られない。 実は無理に乗り出せば身体を外に出せなくもなさそうだけど、後ろ手のままで頭を下にタイルの床に落っこちるのは余りぞっとしないからね』
『そりゃそうね』と祥子が言う。
『そして後ろ手にロックした錠の鍵は、この前の鼻吊りの時と同じように、タイムスイッチと電気ハンダゴテとを使って浴槽の上にぶらさげて、一定時間経つと浴槽の中に落ちてくるようにしてあるんだ。 だからその時間までは絶対にHセットは外せず、従って浴槽からは出られないんだ』
『なるほど、考えたわね』。 祥子がまた感心したような顔をする。 そして嬉しそうに言う。 『そういえば、この前、お風呂場を見せて貰ったとき、浴槽の上の天井にも一つ、フックがあったわね。 一体何のためにあるのかって思ってたけど、これでやっと解ったわ』
『うん、確かにあのフックの主な目的はこのためなんだ』
『それで』と美由紀がきく。 『一定時間って、どの位の長さなの?』
『うん。 今は夏だからお風呂もすぐ沸くので、昨日はタイムスイッチを始動、つまり動かし始めてから30分したら鍵が落ちて来るようにセットしたけど、真冬だとお風呂が沸くのが遅いので、1時間位にしておく。 寒い盛りだと、水が少しぬるんだかな、というようになるまでに10分以上かかるから、大分Mの気分が味わえる』
『まあ、楽しいわね』
 祥子は一人で喜んでいる。
『タイムスイッチを始動させるって、両手を後ろ手にロックする前にしておくの?』と美由紀がさらに事細かに聞いてくる。 よほど興味があるらしい。
『いや、違う。 タイムスイッチは電流を通じると初めて動き出すから、その事を使って水がすっかり浴槽に入ってから始動させる。 そのために天井の電灯のソケットを差し込み口が付いている切り換えスイッチ付きのソケットと取り替えて、差し込み口にタイム・スイッチのコードのプラグを差し込んでおくんだ。 するとロックした後の後ろ手でもソケットから垂れている紐を引くことが出来、浴槽の中からでもスイッチを始動させることが出来るんだ』
『なるほど、そう言えば、あのお風呂場の電灯は浴槽の縁近くの真上にあったわね』と祥子が言う。
『うん、それをうまく利用してね』
『ずいぶん凝っているのね』と美由紀も感心している。
『でも、こんな聞き方をしていては、いつまでたっても進まないわ』と祥子がしびれを切らせたように言う。 『祐治さん、とにかく要領よく話を進めてくれない?』
『うん、そうだね。 それじゃどんどん進めるよ』
 私は後ろ手のままで座り直し、姿勢を整える。



『まず、顔は口に小布れを含んでMセットをし、きっちりと菱紐をかける』
『わあ、ずいぶん丁寧ね』と祥子が笑う。
『うん。 このプレイでは途中で助けを呼ぶなどと言うことは考えられないけど、出来るだけ厳しい境遇に自分を置いた方が気分が出るからね』
『そうね』
 祥子はうなずく。
『そして浴室を完全な暗室にして色々と準備して、まっぱだかで鎖のふんどしを締め、排水孔の栓をした空の浴槽の中に入り、両脚の足首と太腿とをAT縛りに縛り合せる。 両手首も包帯を巻き、鎖をつけて準備する。 それから鏡とタバコ責めの用具一式を手の届く所に置いておく』
『え、タバコ責めもするの』と祥子が呆れたようにいう。
『うん、一応終った後で最後に締めくくるんだ。 さっきのMセットはそのための準備でもあるんだ』
『ああ、そう』
 話をさらに進める。
『そして布粘着テープを使って目隠しする』
『え、目隠しもするの』と祥子がまた声を出す。
『うん、する。 どうせなら目隠しもして、何も見ることが出来ないと自分で納得してた方が気分が乗るからね』
『それも手拭いか何かでなく、粘着テープを使って?』
『うん。 手拭いなどでは顔を何かにこすり付けて簡単に外すことが出来るからね。 だから手を使わなければちょっとやそっとでは外せないように、両方の眼の上を覆うように頭に布粘着テープを2巻ききつく巻きつけておくんだ』
『ふーん、凝ってるわね』
 祥子はまた感心したような顔をする。 次へ進む。
『そして両手を後ろ手にセットする』
『でも両手を後ろ手に留めてしまって、どうやってガスに火を点けるの?』と今度は美由紀が訊く。
『ちょっと待って。 もうすぐ説明する』と抑える。 そして説明を続ける。 『とにかくこれで鍵が落ちてくるまでは手足の自由がなくて浴槽から出ることが出来ず、眼も見えず、顔も口が塞がれて菱紐できっちり締めつけられているという、考えられる限りの厳しい状態になった。 こうしておいてから、水道の蛇口の方ににじり寄り、栓を顔で押して回して水を出す』
『あら、顔で水道の栓を回すの』と祥子。
『うん、もう他には方法が残されてないからね』
『そうね』
『とにかくそれで蛇口から冷たい水が出て、それが段々に、脚、太腿、腰、腹、胸と浸していくのを、何も見えない中で身動き一つままならぬ後ろ手・正座姿の身体で感じ取っていくのも、割にいいものだよ』
『ええ、解るような気がするわ』と美由紀。
『そして水面が乳首を越え、浴槽を溢れそうになった所でまた顔で水道の栓を押し回して水を止める。 そして次に浴槽の横に付いている風呂釜のガス栓の方ににじり寄って、また顔でガス栓を押し回す』
『ふーん』
 2人が眼を輝かせて聞き入る。
『うちの風呂のガス栓は押したまま4分の1回転させるとパチンと音がして、口火が点くようになっている。 そして、そうして押したまま20秒ほど待って、さらに押したままで4分の1回転させると本火に点火する。 その際、ぼっと音がして、本火に点火したことが確認できる。 けれども厳重なMセットと菱紐を掛けてあるので、顔の感覚が鈍くてね』
『なるほどね』
『そこで顔でガス栓を探しに行ってもなかなか見つからず、見つかっても栓が縦に向いているか、横に向いているかも分りにくいししてね。 それに両手が後ろ手に固定してあって、両足首を太腿にしっかりと縛り付けたままで膝で立って浴槽の縁にもたれ、体を浴槽の外に乗り出すようにして作業をするのだから、顔でガス栓を押したまま4分の1回転させ、少しの間、そのままの姿勢でいて、もう一度押し付けたままの顔でガス栓を4分の1回転回すというのが、案外努力の限界に近い仕事でね。 大分Mの気分が出るんだ』
『面白いわね』と祥子が言う。 美由紀は少し息をはずませるようにして、眼を輝かせて聞いている。
『本火が点いて沸き口から暖かい湯が出始めたことを確認してから、電灯の紐を後ろ手で引いて電灯を消し、タイムスイッチを始動させる。 ソケットは最初に全てがオフの状態から出発して、紐を一度引いてカチッと音がすると電灯だけがオンの状態になる。 もう一度紐を引くと今度は電灯と差し込み口の両方がオンの状態になる。 さらにもう一度紐を引くと電灯がオフで差し込み口がオンの状態に変り、その次にもう一度紐を引くと、また全てがオフの最初の状態に戻る。 そこで電灯の点滅を確認しながら後ろ手で紐を引いていって、電灯がオフで差し込み口がオンの状態にする。 これで電灯が消えて真の闇になり、タイムスイッチが動いている状態が得られる』
『目隠ししてても電灯の点滅は分るの?』と美由紀がきく。
『うん。 目隠しの布粘着テープは2重に巻いただけだから、明るいか暗いかだけははっきり区別できる。 それも分らないように厳重に目隠しすると、タイムスイッチが動いているかどうかの判断を最初の状態とその後で何回紐を引いたかの記憶だけですることになり、時間の経過は全然判らないし、一つ狂うと何時まで待っても鍵は落ちてこないかも知れないしで、不安で耐えられないだろうね』
『でも、それも面白そうね』と祥子が言う。
『ほんとに素晴らしいわ』と美由紀はまた息をはずませている。



『とにかくこれで全ての手順が終り、後しばらくは待つだけになる。 もう何も出来ずに鼻をすうすう言わせながら、ただひたすらに時間の経つのを待ってるんだ。 その気分は何とも言えないね』
『ええ、解るわ』と美由紀がうっとりした顔をする。
『そのうちに沸き口から少しづつ暖かいお湯が出てくる。 そして乳首が時間が経つにつれて次第に痛くなり、我慢が出来なくなる』
『え、乳首が?。 また、どうして?』と祥子がきく。
『ああ、言うのを忘れていたけど、実は両手を後ろ手にセットする前に、両方の乳首を洗濯バサミで挟んでおいたんだ。 もちろん後ろ手セットのままだから、痛くなっても手ではずすわけにいかず、結構面白い責めになる』
『それでどうなるの?』と美由紀がきく。
『うん。 そのうちに特に右の乳首の痛さが我慢できなくなって、乳首を浴槽の縁にこすりつけて何とか洗濯バサミを外そうとするんだけど、ますます痛くなるだけでなかなか取れなくってね』
『それで?』と美由紀が眼を輝かせる。
『うん。 それでも必死になってこすりつけるのを繰り返して、4回目位にやっとはずれたよ。 その時は本当に生き返ったような気がしたね』
『ふーん。 面白い責めね』と祥子が言う。
『それで左の乳首の方は?』と美由紀はなおも興味を示す。
『うん。 左の方はそれほどは痛さが進まず、最後まで何とか我慢して、そのままで通してしまった。 乳首の痛さは洗濯バサミのバネの強さや挟み方で大分違うんだ。 特に洗濯バサミが乳首から外れかかった時が一番痛いね』
『その、洗濯バサミで乳首を責めるのって、色々と変化をつけられそうで楽しいわね』と祥子が嬉しそうに言う。 もう何か新しいプランでも考えついたのだろう。
『うん、僕も昨日は単純に乳首を洗濯バサミで挟んだだけだったけど、時には赤いリボンを一緒に挟んで乳首を飾ったり、釣り用の50匁ほどの鉛の錘をぶら下げたりすることもあるんだ。 そうするとまた少し違った面白味がある』
『なるほどね。 よく憶えておくわ』
 祥子はうなずく。
『そのうちに水が段々ぬるくなる。 時々膝や手の平を動かして水をかき混ぜる。 すると下の方からまた冷たい水が上がってきて、ひやっとする。 それもなかなか面白いもんだよ』
『ふーん』
『そして、まだ水が可成りぬるいうちにまた顔でガス栓を探って、押し回しで戻してガスの火を消す。 このプレイではお湯が熱くなるまで放っておくと、のぼせてしまって鍵が落ちてくるまで辛抱が出来なくなる恐れがあるから、何時も少し早めにガスを消すことにしている。 とにかくお湯から出ることが出来ないんだから、余りのぼせると呼吸困難になって危険だからね』
『それもそうね』と祥子。
『それで、実際にそんなにのぼせた事はあるの?』と美由紀がきく。
『いや、呼吸困難にまでなったことはないけれど、最初の頃にはかなりのぼせたこともあったね』
『そう』
『もっとも、いざとなったらまた水道の栓を回して水でうめてぬるくすれば何とか切り抜けられるだろう、ということを考え付いてからは、そんなに深刻には考えなくなったけどね』
『なるほどね』
 祥子がまたうなずく。
『こうしてガスの火も消してしまうと、その後は時間の経過を判断する材料が何も無くなる。 ガスの火が点いているうちは、水がこの位までぬるくなったんだから何分ぐらい経ったかな、と考えることも出来たけど』
『ええ』
『そこで、目も見えず、手足も動かせず、何もすることが出来ないままでただひたすらに耳をすませて待つだけになる。 しかし、もう所定の時間になった筈だと思うのに何の気配もなくて、本当にタイムスイッチが動いているかしら、と心細くなる。 そして不安でたまらなくなった頃、何処かでカチッというかすかな音がする。 「ああ、これでタイムスイッチが入った」と、ほっとする』
『なるほどね。 心理的な責めとしても大分面白いわね』と祥子は嬉しそうに言う。 そして、ふと気がついたように訊いてくる。 『それで、万が一、タイムスイッチが故障でもしてたらどうなるの?。 もう永久にお風呂から出られないわけ?』
『いや、こういうプレイでは脱出手段は必ず2つ以上用意してある』
『ああ、そうね。 ずっと前に一人プレイの心得としてそう伺ったわね』
『うん。 そうしておかないと危険が大きいからね』
『ええ』
 祥子はまたうなずく。 そして改めて訊く。
『それで、その第2の手段というのは?』
『うん、それはね。 このプレイでは実は何時でも、もう1つ、別のタイムスイッチとハンダゴテとを使って、2時間もすれば食い切りが浴槽の中に落ちてくるようにセットしてあるんだ。 だから鍵が落ちて来ない時は、ずっと遅くはなるけれど、その食い切りで鎖を切って脱出出来るようにはなっている』
『でも』と美由紀がなおも心配そうに言う。 『停電したら、みんな動かなくなるわね』
『うん、そうなんだ。 だから理想を言えば例えば電磁石で鍵を吊り上げておいて、時間がきたら電流が切れるようにして置けば、フェイル・セイフになって停電の時にでも安心なんだけどね。 でも丁度よい電磁石が手に入らないものだから、ちょっと不安はあるけれど今の方法を採っているんだ』
『なるほどね。 よく考えてあるわね』と祥子。 私はまた話を先に進める。
『とにかく、カチッと音がした後も鍵はなかなか落ちてこない。 まあ、ハンダゴテが焼けて糸が焼き切れるのにちょっと時間がかかるので仕方がないけど、さっきの音は本当にタイムスイッチが入った音だったかしら、とまた不安になる。 不安が少し大きくなってきた頃、じゃぼんと音がして、鍵がお湯のなかに落ちてくる』
『えっ、そんな大きな音がするの?』と祥子がいぶかしげな顔をする。
『うん。 鍵の紐の端には糸が焼けたら確実に落ちるようにと25匁ほどの釣り用の錘がつけてあるから、かなり派手な音がする。 それから紐のもう一つの端には釣り用の浮きがつけてあるから、お湯の中では鍵の紐がまっすぐ立っていて、後ろ手ででも簡単に手が届くようになっているんだ』
『まあ、本当によく考えてあるわね』
 祥子がまた感心したように言う。



『でもね』と私は昔の経験の1つを思い出してつけ加える。 『この方法にも落し穴があってね。 実は以前に一度、ひどい目にあったことがある』
『え、どうしたの?』と美由紀が身を乗り出す。
『実はこのプレイをするとき、さっき言った縛りの外に、もっと厳しい拘束をということで、膝頭の上の所で両膝を縛り合せておくことが時々あるんだ』
『それで?』
『それで、その時も膝の縛りも加えてあったんだ。 そして今言った順序に物事が進行して、鍵紐がお湯の中に落ちてきたのはいいんだけど、それが丁度膝の上に落ちてしまってね』
『ええ、そしたら?』と美由紀。 さすがの美由紀もまだその意味する事柄に気付かないらしく、きょとんとしている。
『うん、普通ならば鍵紐に背中を向けて鍵をつかまえるんだけど、鍵が膝の上にあるんじゃ、後ろ手に固定してある手ではどう体をひねってもつかまえることが出来ないんだ』
『あ、そうか』と美由紀が声をあげる。 祥子も『それは面白くなったわね。 それでどうしたの?』と体を乗り出してくる。
『うん。 最初は腰をひねったりして鍵を何とか膝から下に落とそうとしたけど、両膝を紐で縛り合せてあるから、鍵紐の錘がその紐にひっかかって落ちないで、却ってますます膝の間にもぐり込んでしまってね。 もちろん目隠しもしてあったから、どうなっているかは見ることが出来なかったけど、とにかくもがけばもがくほど鍵紐が膝の間にもぐり込んでいく感じで、どうにもならないんだ』
『ふーん』
 2人が眼を輝かせる。
『と言って、鍵が手に入らなければ他に脱出の方法はないしね』
『そうね。 それで?』と祥子がいう。
『うん、それでしまいにもう疲れてしまって、とうとう諦めてしまった』
『諦めたと言ったって、何とかしなければならないんでしょう?』と美由紀が言う。
『うん。 実際はそこでさっき言ってた、予備のタイムスイッチが入って食い切りが落ちてくるのを待つことにしたんだ』
『なるほど』と祥子がうなずく。
『予備のタイムスイッチは、浴槽に入る前に2時間にセットしてあったから、その時から更に1時間ばかり待たなければならなかったけど、その時間が長くてね。 それに顔にはMセットと菱紐を掛けてあるから、鼻だけですうすう言わせながら呼吸をしているんだけど、鼻水が出てくるし、お湯がぬるいといっても1時間半も入っていれば、すっかりのぼせて息ははずんでくるしで、本当に辛かった。 その上、予備のタイムスイッチが確実に動いている証拠もないわけだから、心細さも相当なものだったよ』
 私はその時の状況を思い出して、しみじみした調子になる。
『まさにプレイの醍醐味ね』と祥子がはしゃぐ。
『うん。 後から考えるとまさにそうだね。 でもその時はそれどころではなかった』
『そうね』と美由紀が同感の意を表す。
『それで、すっかりのぼせてしまった頃にやっとまたじゃぼんと音がして食い切りが落ちてきて。 その時は本当にほっとしたね。 後は音のした方ににじり寄って、膝頭で食い切りの位置を確かめて、体を沈め、頭まですっぽりお湯の中につかって、後ろ手の右手で探って食い切りを探し当てたときは、本当に非常用の予備のセットをしておいて良かったと思ったよ』
『ええ、そうでしょうね』と祥子も真面目な顔でうなずく。
『それから後は後ろ手の右手を何とか使って腰のふんどしの鎖を一箇所切って、その後も色々と苦心はしたけれどとにかく自由になれたんだ。 その時はもうぐったりしてしまった』
『そうでしょうね。 よく解るわ』
『実を言うと、ふんどしの鎖は切るのはほんとに最後の手段で、この時も切りたくなかったんだけど』
『まあ、ぜいたく言ってるわね』と祥子が笑う。 『でも、他には手段がなかったんでしょう?』
『うん、まあね。 でも後から考えると、大分難しかっただろうけど、足首と太腿を縛り合せた紐のどこかを切ることが出来たのではないかと思うんだ。 その紐が切れれば片足で立つことが出来、浴槽から出ることも出来て、手拭い掛けにぶら下げてある予備の鍵紐を使ってHセットを外すことも出来た筈だけど、でもその時はそんなことを考える余裕がなかった』
『そうでしょうね』。 祥子が真面目な顔になってうなずく。 そして続けて訊いてくる。
『大事な鎖をそこで切ってしまってもったいないことをしたけど、その鎖はその後、どうなさったの?』
『うん、切ったのは端の方だったので、少し短くなったけど、裸でプレイする時なら鎖のふんどしにどうにか使えるくらいの長さは残っていた。 しかし、それだけでは不自由なので別に新しいのを買って、切った鎖は錠で繋いで元の長さにして予備においてある。 こうすればまた何時でも使えて便利だからね』
『ああ、そう。 そうね。 鎖は錠で繋いで長さを調節出来るから便利ね』
『そうだね』
 話がちょっととぎれる。 そしてまた、祥子が会話を再開する。
『とにかくそれで、祐治さんは本当に貴重な体験をした訳ね』
『うん、そうだね。 この経験があってからは、膝頭の上の所も縛り合せた時は、鍵が落ちてくる頃になったら膝を浴槽の隅の方に向けて、鍵を膝の上には絶対落とさないように注意している』
『そうね。 そうすれば大丈夫なのね』
『うん。 大体がそんなことはちょっと考えれば最初から判る危険だのに、やはり盲点になっていて経験しないと気がつかないんだよね』
『そうね』
 祥子がまたうなずく。 美由紀もうなずいている。



 祥子が座り直す。
『ところで、話は昨日のノーアイオウを始める時の儀式のことだったわね。 その方はどうなったの』
『ああ、ごめん、ごめん。 すっかり横道に入り込んでしまって。 で、昨日はそんなトラブルもなかったから、順調に鍵を探り当てて後ろ手のロックを外してね。 そして目隠しのテープをはがして、明りをつけ、後はそのままの格好で鼻を浄めるためにタバコ責めをしたんだ』
『ああ、やっとタバコ責めに入るのね』と祥子が嬉しそうに言う。
『うん』と応えて説明を続ける。 『まず乾いた手拭いでよく手を拭いてから、浴槽の横の風呂釜の上に鏡を立てかけ、その前にいつものローソク立てを置いて2本のローソクに火を点け、鼻に2号Tをセットする。 そして痛いのを我慢して両方の乳首に錘付きの洗濯バサミをセットし直し、紐を引いて明りを消してから、両手をいつものように後ろ手に固定する。 もっとも鍵はまだお湯の中に浮いていて何時でも手が届くから、そんなに緊張感はないけどね』
『ええ、そして?』と祥子。
『それから先はもう、お2人も知っての通りの進行だよ。 まず鏡の中の自分の顔をよく眺めてから、決心して顔を前に突き出し、ローソクの炎で2本のタバコに火を点ける。 火の点いたことを確認したらローソクの炎の根元にタバコの先を向けて、息を吹きつけて消す。 そしてせき込みたくなるのを我慢して静かに呼吸を続け、暗闇の中で2つの火の玉が少し明るくなったり暗くなったりするのを観賞する。 ただ、お湯に長く入っていて少しのぼせて息が荒くなっていたものだから、タバコがよく効いてね。 せきは4~5回出ただけだったけど、身体がかなり酔ったようにふらふらしてた』
『いつもの事ながら楽しそうね』と祥子が合の手を入れる。
『うん』と受けて、また続ける。 『そして2つの火の玉の間隔が次第に狭くなって、しまいに火の玉が2つとも小さくなってすうっと消えてしまう。 そしてその後しばらく暗闇を娯しんでから、後ろ手で鍵紐を探り当てて両手を自由にし、乳首から洗濯バサミを取り去る。 洗濯バサミは挟む時よりも取り外す時にとても痛く感じて、ぎくっとするよ』
『なるほど、そんなものかしら』
『うん、そうだよ。 そして電灯を点け、両手を浴槽の縁にかけて体を持ち上げて縁ににじり上がり、ゆっくりと洗い場に降りてから脚の紐を解く。 これでWH浴が終る』
『なるほどね』と祥子が言う。 『儀式って単なる形式的なものかと思ってたけど、これだけでも一つの洗練された本格的プレイなのね。 すっかり感激したわ』
 美由紀もうなずいている。

3.3 腰のセット

第3章 ノーアイオウ
04 /29 2017


 玄関の方でピンポンとチャイムの音がする。
『あ、きっと孝夫よ』と言って祥子が出ていく。 美由紀も後を追う。 玄関の方で祥子の声がする。
『あ、いらっしゃい。 待ってたわよ』
 すぐに祥子を先頭に3人が入ってくる。 孝夫の顔を見て、『やあ、この間はどうも』と声をかける。 両手を後ろに回して椅子に座っている私を見て、孝夫は一瞬びっくりしたような顔を見せる。
『あれ、祐治さんはもう縛られてるんですか』
『うん、ここに着いたら、何はともあれ、まず、って縛られちゃったんだ』
『へー、何はともあれ、まず、ですか。 面白いですね』
 孝夫が笑う。 私も笑う。
 テーブルの横に来て、立ったままで孝夫が頭を軽く下げる。
『この間はすっかり楽しませていただいて、有難うございました』
『いや』。 私は膝の後ろで椅子を押して立つ。 『こちらこそすっかりお邪魔して、クレーンだの何なのとみんなやっていただいて』
『いやあ』
 孝夫が頭をかく。  皆がまた席に着く。 私の椅子は美由紀が押し込んでくれる。
 早速に孝夫が話しかけてくる。
『所でさっき、祥子さんとの電話で、今日は何か新しいプレイのお話をして下さってるって聞きましたけど』
『うん』
『ええ、そうなの』と祥子が話を引き取る。 『ノーアイオウ・プレイという新しいプレイのことを伺ってたの』
『それ、何ですか?』
『ええ、長い時間、何も食べたり飲んだりせず、おトイレにも行かないで我慢するプレイなんですって』
『へー』
 孝夫が声をあげる。
『ノーアイオウってこう書くのよ』と美由紀がさっきの紙を見せる。
『ああ、No I/O ですか』
『つまり』と私が補足説明する。 『空気や汗を除いて、身体へのインプットも身体からのアウトプットも完全に止めるプレイなんだ』
『ああ、そうですか』。 孝夫も今度は納得したらしい。 そして『長い時間ってどの位ですか?』ときく。
『ええ、ノーアイが48時間』と祥子が言いかける。
『え、ノーアイ?』と孝夫は聞き返し、すぐに『ああ、インプットの方ですね』と理解を示す。 そして『48時間もインプットなしですか』とびっくりしたように言う。
『ええ、そう』と受けて、祥子が説明をつづける。 『それからノーオウが36時間、というのが標準なんだそうなの』
『へー』
 孝夫がまたびっくりしたような声を出す。
『それに祐治さんは今、そのプレイの真っ最中で、もうノーアイを30時間以上、ノーオウも20時間近く続けておられるんですって』
『へー』
 孝夫はもう呆れたような顔をしている。
『それで、祐治さんから、このプレイの最初になさる、身体を浄めるための入浴の儀式をお話を伺ってて、丁度今、終った所なの』
『え、にゅうよくのぎしき?』と孝夫はまた聞き返し、『ああ、つまり、お風呂に入る儀式ですね』と納得したような顔をする。
『ええ、そう。 でも、お風呂に入るには違いないけど、これがWH浴とかいう名前のついた、とても凝った素晴らしいプレイになってるのよ』
『へー、僕も伺いたかったな』
『ええ、後であたしが詳しく話してあげるわよ。 それに機会があったら一度、祐治さんに実演して貰うから』
『まあ、そうだね。 機会があったらね』
 私もうなずく。



 祥子が座り直して会話を再開する。
『それじゃ、さっきのお話のつづきから伺うわね。 それでお風呂からあがって、それからどうなるの?』
『うん。 つづいて手首の鎖と包帯、それに鎖のふんどしも取って』
『え、手首の鎖と鎖のふんどし?』とまた孝夫がけげんそうな顔をする。
『うん、さっきのWH浴というのでは、簡単には浴槽から出られないように、手や足にHセットやAT縛りがしてあったんだ』
『後で詳しく話してあげるわよ』と祥子が横で言う。
『はい』と孝夫がうなずく。 話を続ける。
『それでとにかく、風呂からあがって素っ裸になって身体を乾かす。 夏だと汗がなかなか乾かないで困るんだ。 部屋にはクーラーを効かせて、しかも除湿にしてあるんだけど、それでもきちんと乾くのに10分位はかかる。 とにかく後のセットのこともあるので充分よく乾かす。 そしてノーオウ用の腰のセットをする』
『というと?』と今度は祥子がきく。
『うん。 つまり、大分面倒な手続きを踏まないとノーオウの禁を破れないように、そして同時にトイレに行くのを我慢し易いようにと腰を締め付けるセットをするんだ』
『なるほどね。 それがさっきのタイツにも関係があるのね』
『うん、そうだ。 じゃ、順々に説明する』
 3人がうなずく。
『まず、念のためにもう一度、ノーオウ前の最後のトイレに行って出るものを出す。 もっともこの時はもうほとんど出ないけどね』
『・・・』
『そして9時少し前に作業を開始してFDの時と同じようなPセットをする。 そして9時にはPセットも完了してPの根元がきつく緊縛されており、お小水を漏らすことも出来なくなって、名実ともにノーオウが始まる』
『ええ』と祥子が笑いながら言う。 『あたし、男の方の生理のことはよく解らないけど信用してあげるわ』
『うん、有難う』
 孝夫はきょとんとした顔をして、2人のやりとりを聞いている。 孝夫にはこういう趣味はないようであるから、恐らくはPセットまがいのものの経験もないのであろう。
『それから股に生理用パッドを当ててから、ショーツと厚手のズロースをはき、その上にパンティストッキングをはいて、さらにその上にタイツをはく』
『なるほど。 するとそこまでは祐治さんのいわゆるFDに似ているわね』
『うん、そうだね。 実際、ひとりでするプレイでも、M的な役割を演ずるときは、心の底にはやはり女性として振舞いたいという願望があってね。 実は今日も上の方もパッドを入れたブラジャーを付け、スリップを着ているんだ』
『へえ。 そういえば胸もいくらか膨らんでいるようね』
 祥子は私の胸をじっと見詰める。 胸がちょっとむずかゆいような感じになる。 もちろん今の身体では手で胸を隠すようなことはできない。
『そうすると、今日の祐治さんの服装で男性本来のものは、外から見えるスポーツ・シャツとズボンと靴下だけということになるわけ?』と祥子。
『うん、そうだね』。 私も後ろ手のままで自分の胸から腰にかけてを見渡す。 『もっともスポーツシャツは上から見えるののほかに、下にもう一枚着ているけどね』
『あら、どうして?』
『うん、それは後で説明する』
『ああ、そう』
 祥子は簡単に引き下がる。 また説明をつづける。
『そして、この様に外から見える所を除いてすべて女性用の下着で身を固めるのをFUと呼んでいる。 これは female underwear の積りなんだけどね』
『面白いわね』と祥子。
『とにかくFUは自己満足には違いないけど、人目を気にしないで手軽に出来るからよくやるんだ』
 その時、それまで黙って聞いていた美由紀が言い出す。
『でも祐治さんのFDの時は、タイツの上にパンティストッキングを2枚重ねてはいて自然に近い女性の肌の感じを出すんじゃなかったかしら。 何だかパンティストッキングとタイツの順序が逆みたいな気がするけど』
『うん、さすがに美由紀はよく気がつくね。 実はノーオウの時にはくタイツはこのプレイ専用のもので、一番上にはくんだ』
『ノーオウ専用?』
『うん。 Pセットでお小水が出せなくなったけど、そのPセットの紐を簡単に解くことが出来ては面白くないだろう?。 そこでこのタイツを上にはくんだ。 このタイツは腰のゴム紐の代りに鎖が入れてあって、シリンダー錠で留めるようになっている。 従ってその錠を開けない限り、このタイツは絶対に脱げないんだ』
『まあ』と美由紀は言う。
『そしてタイツを脱がない限り、パンティストッキングにも手は触れられないし、いわんやPセットの紐は絶対に解けないようになっている。 もっともタイツを破る積りなら話は別だけどね』
『なるほど、面白いわね』と祥子が嬉しがる。 『それでノーオウが簡単には破れなくなって、腰のセットはそれでおしまいかしら』
『いや。 タイツの上にもう一枚、汚れ防止用の5分のパンティをはき、その上に鎖のふんどしを締めてある』
『まあ、ずいぶん念が入ってるわね』
 祥子がまた感心した顔をする。
『うん。 鎖のふんどしには腰をきつく締め付けてお小水が出たいのを我慢し易くするという効果もあるけど、実はほかにも目的があってね』
『え、ほかの目的って?』と祥子が早速きいてくる。
『うん。 それはまた後で』
『ええ、いいわ』
 祥子はまた簡単に引き下がる。
『とにかくこれでプレイの始めの手続きが終り、後は服を着て、時間がくるのを待つだけになる』
『ああ、そう。 よく判ったわ。 長いお話、有難うございました』
 祥子が締めくくって、美由紀と孝夫がうなずく。



『それじゃ次は』と祥子がつづける。 『その腰のセットとやらを実際に見せて下さらない?』
『うん、いいよ。 タイツを脱ぐわけにはいかないけど、外から見るだけならいくら見てもいいよ』
 孝夫と美由紀が眼を光らせる。 祥子が続ける。
『そうね。 でも単に見るだけではつまらないわね。 それに祐治さんも長い間、同じ姿勢でいらしたから、お疲れでしょう?。 ちょっと姿勢を変えさせてあげるわね』
『ほら、また来た』と思いながら、『うん』とうなずく。
『じゃ、立って』
『うん』
 私は膝の裏で椅子を押し出すようにして立ち上がる。 祥子が私の後ろにまわり、椅子を横にずらせる。 縛り合された両足を少しづつ交互に動かして、少し後ろにさがる。 祥子は私の後ろ手首の縛りを一旦解いてから、改めて高手小手に縛り直す。 一週間ぶりのきっちりした縛りに体が引き締まる感じがする。
『じゃ、次にこっちへ来て』
 祥子が部屋の北東の隅を指差す。 今までは気がつかなかったが、そこには長いカーテンが部屋の隅を三角に仕切って隠している。
『そう言えばあそこには差動滑車を掛ける設備があったっけ。 また吊る気なんだな』
 私はこの前、FD姿で訪問した時に腰まわりをどのように検分されたかを思い出して、身体がかあっと熱くなる。
 両足跳びで、ぴょん、ぴょん、と跳んで、その隅に行く。 ちょっと下腹に響く。
 祥子がカーテンをさっと開ける。 そこにはもうすでに差動滑車のものらしいフックと紐が天井裏への覗き口から垂れ下がっている。
『あれ、もう、差動滑車が掛けてあるのかい。 ずいぶん用意がいいね』
『ええ。 美由紀がしょっちゅう「吊って」と言うものだから、差動滑車はもう掛けっぱなしにしてあるの』
『あたし、そんなこと言わないわよ』と美由紀が抗議する。 『祥子が色々と口実を作ってすぐにあたしを吊るのよ』
『でも美由紀もそれで喜んでいるんだから、同じことよ』
『同じじゃないわ』
 美由紀は口を尖らす。 孝夫が横でにやにやしている。
『ああ、そうか』と祥子は笑う。 『この3日ばかり、一度も縛って上げてないから、美由紀は欲求不満なのね。 じゃ、先に縛っておいてあげましょうか?』
『ええ』
 美由紀は小さな声で応えて、恥ずかしそうに下を向く。
『じゃあ』
 祥子は紐を手にして美由紀の後ろに回り、美由紀の上半身に手際よく後ろ手標準形の紐を掛ける。 美由紀は全然抵抗の気配を見せず、大人しく縛られている。 『なるほど、祥子のいう通りらしいな』と美由紀のM気に感心する。
 つづいて祥子は私の所にやってきて、少し太い紐を私の胸のふくらみの上下に2重づつ掛け、ぐっと締めて背中で結び合せる。 そしてその先をロープの先のフックに掛けて、ゆっくりと滑車の紐をたぐる。 フックが段々上がって、私は身体を一杯に伸ばして立った姿勢になる。 胸の紐がぐっと締る。 二の腕が痛くなる。 足にかかる体重が大分減る。 ぐっと歯をくいしばる。 これ以上引き上げられると足が床から離れる、と思ったとき、フックの上昇が止まる。 フックが少し下がる。 足にかかる体重が増し、二の腕の痛みが減る。 ほっとする。
『これでいいわね』と祥子が言う。
『うん』とうなずく。
『今はまだ色々とお話を聞かせていただきたいから、この位にしておくわ。 後でもっと楽しませてあげるわね』
『うん』
『じゃ、いよいよ見せて貰うわよ』
 祥子は私の前に回り、膝で立って、私のズボンのベルトをゆるめ、ファスナーを開いてズボンを下におろす。 美由紀も後ろ手のまま、横に立って見ている。 孝夫も横からのぞいている。 ズボンの下から、鎖の錆の跡が赤茶けた5分のパンティと鎖のふんどしとをタイツの上に着けた、私の腰が現れる。
『ああ、なるほど、タイツの上に鎖のふんどしってわけね』。 祥子はふんどしの鎖に指をさわってみる。 そして感心した顔をする。 『でも、このふんどし、ずいぶんきちきちに締めてあるわね』
『うん。 その位にきつく締めてあると、腰がぐっと締ってとても軽くなったように感じるし、お小水も我慢し易くなるんだ』
『なるほどね』
 祥子は次にタイツの縁を右手で触ってみて、『確かに中に鎖が入っているわね』とつぶやく。 そしてさらに、両手でタイツの前の縁を探って、裏側からシリンダー錠を引き出す。 そして『なるほど、これがタイツの鎖の錠って訳ね』とうなずき、顔を上げる。
『この鍵はどこにあるの?』
『うん。 ふんどしの鍵もタイツの鍵も、僕のマンションに置いてある。 鎖のふんどしとタイツはノーオウが始まったら終りまで絶対に取らないことにしているので、外に出るときは持ってきてないんだ』
『なるほどね』
 祥子はうなずく。  ついで祥子は私の股の前のふくらみを右手でおずおずと触り、独り言のように言う。
『ここにPセットがあるのね』
 すごく奇妙な刺激を感じて、吊られた姿勢のままで思わず腰をひねり、『むっ』と声を出す。
『あ、ごめんなさい』
 祥子はそう言って手をひっこめる。 美由紀はにこりともせず、食い入るように私の股の辺を見ている。
 それまで黙って見ていた孝夫が言う。
『鎖のふんどしって初めて拝見しましたけど、面白いものですね』
『ああ、そうか。 これは一人でするプレイの他ではほとんど使わないから、まだ、孝夫君には見て貰う機会がなかったんだね』
『ねえ、いいでしょう?』と祥子が自慢するように言う。 『あたしもこれを見て、すっかり鎖のファンになっちゃったの』
『そうですね。 ほんとに面白いですね』
 孝夫も鎖に触ってみている。  祥子が立ち上がって、『有難う。 これで今見せて貰えるものはすっかり見せて貰ったわけね?』と念を押す。
『うん、この下はプレイが終るまで外さないからね』
『それじゃ、もとに戻すわね』
 祥子は腰をかがめて私のズボンを引き上げ、ファスナーを閉め、ベルトを締め直してくれる。 そして、『あら、ズボンのポケットもずいぶん膨らんでるわね』と私のズボンのポケットに手をつっこむ。 『あ、見付かったか』と思う。 祥子は左の脇のポケットから手首用の包帯2つを、右の尻のポケットから南京錠付きの手首用の鎖2組を取り出し、さらにシリンダー錠2つを見付け出す。
『あら、手首のセットの用具一式も持ってきているのね?』
『うん。 ノーアイオウ・プレイの一環として、今晩、H遠足もする積りなのでね』
『エッチ・エンソク?』と美由紀がきく。
『うん。 両手は後ろ手にHセットしたままでの遠足、つまり外を長い距離を歩くプレイだ』
『ああ』と祥子がうなずく。 『この前、祐治さんのマンションにお伺いした時の帰り道で、祐治さんがちょっと言ってたプレイね。 それで鎖のふんどしも必要という訳なのね』
『うん、そうなんだ』
『それじゃ、これはここに置いといて』
 祥子は包帯などを食卓の上に並べて、3人に向かって宣言する。
『これで点検終り。 異常なし』
『なるほど。 異常なし、ですか』
 孝夫は笑って一人でぱちぱちと手をたたく。

3.4 おもてなし

第3章 ノーアイオウ
04 /29 2017


『さて』と祥子が笑い掛けてくる。 『これですっかりお話も伺い、見るべきものも見せていただいて、今からどうしましょうか?』
 私は『そんなこと訊かれても』と思い、黙って祥子の顔を見つめる。
『そうね。 今の吊りは足が床に着いていて物足りないでしょうから、お礼に一度、本格的に吊ってあげましょうか』
 案の定、といった感じである。 祥子がこれだけ入念に紐掛けをして吊りの体勢を取らせた以上、腰の点検だけで終らせる筈がない。 思わず、にやりとする。
 祥子がそれを見とがめる。
『何が可笑しいの』
『いや。 ただ、やっぱり、と思ってね』
『まあ、おなまなことを言って。 でも、お嫌じゃないんでしょう?』
『まあね』
『ほんとに祐治さんも美由紀と同じで、吊ってあげるっていうとすぐに喜ぶのね』
『そんなことはないけど』
『それじゃ、今日は腰の紐を掛けないで、このまま吊ってみるわね』
 思い掛けない言葉に、思わず『えっ』と祥子の顔を見る。
『だって、今は祐治さんはお小水が溜まっているから、なまじ腰に紐をかけて締め付けたりすると危ないでしょう?』
『まあ、それはそうだけど』
『でも、そんなの駄目よ』と後ろ手の美由紀が横で大きな声を出す。 『祐治さん、痛くて我慢出来ないわよ』
 孝夫も心配そうな顔をする。
『大丈夫よ』と祥子はすまして言う。 『祐治さんは、もう吊りは何回も経験して可成り慣れてきたし、すごく我慢強いって判っているから、この辺で一歩前進するのが祐治さんの御希望に副うことにもなるのよ』
『でも』
 美由紀は納得しない顔をする。
『ね、そうでしょう?。 祐治さん』
 祥子が笑いながら同意をうながしてくる。 こう言われると否とは言えなくなる。 思わず『うん』とうなずく。
『じゃ、仕方ないわ』と美由紀も引き下る。
『それから、途中で音を上げたりするのは祐治さんの本意ではないでしょうから、そんなことが出来ないように、口は蓋をしといてあげるわね』
 祥子はそう言って、私の同意も取らずに私の口に小布れをぎゅうぎゅうに押し込む。 私も抵抗せずに口を一杯に開けて小布れを受け入れる。
『従順ですね』
『ええ、そうよ。 これは祐治さん御自身のご希望に副ってのおもてなしだからよ』
『ほんとにそのようですね』
 孝夫は改めて感心した顔をする。
 祥子は赤いバッグから何時もの革のマスクを取り出し、私の口にかぶせて2つの尾錠できちきちに締める。 私は口からの呼吸を止められ、あごを一杯に開いたまま、鼻ですうすう呼吸を続ける。
『それから記録を取っておきたいから、祐治さんの足が床を離れてからまた着くまでの時間をこれで計ってくれない?』
 そう言って祥子が孝夫に懐中時計のようなものを手渡す。
『はい』と孝夫はそれを受け取る。 『でも、ずいぶん念がいってますね』
『そりゃそうよ。 記録はちゃんと残しておいて後々のプレイに役立てるようにしないと進歩がないわよ』
『なるほど』
 孝夫はうなずく。



 祥子が改めて私の方に向く。
『じゃあ、上げるわよ』
 私は軽くうなずいて眼を閉じる。 祥子がロープをたぐる気配がある。 胸の紐がだんだんにきつく締まってくる。 二の腕の痛さが募ってくる。 ぐっと口の中の小布れをかみしめる。
 ぐらっと身体が揺れる。 足が床を離れる。 二の腕の痛さが一段と強くなる。 思わず鼻から『むっ』と声を出し、口に詰まっている小布れを力一杯かみしめる。
 身体はさらに上がっていく。 眼をうすく開けてみる。 美由紀の心配そうな顔が見える。 また眼をぎゅうっとつぶる。
 足が床から50センチも上がったかと思う頃、身体の上昇が止まる。
『この位でいいわね。 これでちょっと様子を見ましょう』と祥子の声。 またうすく眼を開ける。 祥子が差動滑車のロープを手にしたままで、真剣な顔で私の顔を見上げている。 その横には美由紀と孝夫の心配そうな顔が見える。 すぐにまた、目をぎゅっとつぶる。
 紐がみしみし言っている。 身体がゆっくり右回りに回る。 腕がものすごく痛い。 胸がぐっと締め付けられてひどく息苦しい。 本当に口が蓋されてなかったら何か叫ばずにはいられないような痛さ、苦しさである。 思わず、鼻から『んむっ』と声を出す。
『腰の紐がないとすっきりしてていいわねえ』との祥子の声。 それも上の空で聞いて、何かせずにはいられずに力一杯さるぐつわを噛み締める。 震えが全身を走る。
『もう無理よ。 止めて』という美由紀の声。
 また変化を求めて眼を開ける。 やや下に斜めに見上げている祥子の顔が見える。 思わずすがりつくような眼で祥子を見る。
『そうね、大分辛そうね。 じゃ、今日は初めてだから、もう終りにするわ』
 祥子がロープを逆にたぐる。 私の身体がゆっくり下り始める。 また眼をぎゅっと閉じて、『もう少し、もう少し』と必死に頑張る。
 やがて足が床に着く。 脚に力が入っていく。 腕の痛みが急激に弱まってくる。 ほっとする。  下降が止まる。『ご苦労さま』との祥子の声がする。 胸の紐が解かれる。 ふらふらっとする。 『危ないっ』と美由紀の声。 がっちりした腕が体を支えてくれる。 眼を閉じてうつらうつらしながら体の重みをその腕に託する。
 革のマスクもはずされる。 しかし、蓋が取れても口一杯に詰め込まれた小布れは吐き出せない。 『よく詰まっているわね』と祥子の声がする。 『自分で詰められるだけ詰めといて、何言ってるの』と思う。
 口の中の小布れが引き出される。 ほっとして口で大きく息をする。 しかし、高手小手の紐や足首の紐には手を触れる気配はない。
 眼を開ける。 祥子が笑って食卓の椅子を指し示している。 孝夫が抱え上げるようにしてその椅子へ運んでくれる。 ぐったりと椅子にすわる。 他の3人も席に着く。
『そうね。 御褒美にチョコレートでも上げたい所だけど、今日はそれも出来ないのね』と祥子が残念そうに言う。
『うん』とうなずく。 まだ、あまり口をきく気にならない。 しかし、祥子はお構いなしに訊いてくる。
『所で、今の吊りはどうだった?』
『うん、相当にきつかった』
 まだ息がはあはあしている。
『ええ、腰の紐の支えがないとそうかもね』
『そうよ』と美由紀が言う。 『あの吊りは本来は拷問のための吊りなんですもの。 普通では我慢出来ないわよ』
『それで、美由紀も一度掛けられてみたい、と言う訳なのね?』
『そんなことないわ』
 美由紀はすねたように後ろ手の身体をくねらせる。
『でも』と祥子はまた私の方に向く。 『大分きつかったにしても、祐治さんは結構楽しかったんじゃない?』
『そうだな。 ちょっときつ過ぎて楽しい所までは行かなかった』
『そうかしら』。 祥子は笑う。 『でも何回かやっているうちには段々慣れて、楽しくなってくるわよ』
『そうかね』
『ええ、そうよ。 だから、そのうちにまた、今度は時間を少し延ばしてやってみましょうね』
 私はさっき必死でこらえていた痛みを思い出し、あまり気が進まないな、と思う。 しかし、曖昧に応える。
『うん、そうだな』
 ふと、あれがどのくらいの時間だったのかが気になってくる。
『ところで今の吊りは、あれでどのくらいの時間なの』
『そうね。 孝夫、どのくらいだった?』と祥子。 孝夫はストップ・ウオッチを見ながら答える。
『ええ、足が床を離れてから、また床に着くまでに、3分5秒4でした』
『なるほど、そんなものかね』。 私は首をかしげる。 『僕は5分以上も吊られていたのかと思っていたけど』
『いいえ、確かに3分余りだったわ。 あたし、棚の時計の秒針で見ていたのだから確かよ』
『ふーん』
『だからこの次は、取りあえず5分を目標にやってみましょうよ』
『そうだね。 でも、あまりぞっとしないな』
 私は肩をすくめてみせる。 ところが祥子の言うことがますます物騒になる。
『それに今日は祐治さんにすがりつくような眼で見られて、ついあそこで終りにしてしまったから、この次は眼も蓋しておいてあげるわね。 そうすれば5分はおろか、10分だって軽く頑張れるわよ』
『そうかね』
 美由紀が横で心配そうに2人のやりとりを見ている。 孝夫はにやにやしながら聞いている。 私の呼吸もようやく平常に近くなり、気力も戻ってくる。

3.5 H遠足談議

第3章 ノーアイオウ
04 /29 2017


 祥子が話題を変える。
『所で祐治さんは、ノーアイオウ・プレイの時はいつでもH遠足とやらをなさるの?。 さっきちょっと、そんなように聞こえたけど』
『うん、大概はね。 もともとH遠足は、家に辿り着くまでの何時間もの間は途中でどんなことになっても後ろ手のままでただひたすら歩く以外にどうしようもない、という厳しさを味わいたくて始めたプレイなので、ノーアイオウと組み合せるとさらに効果的になると思ってね』
『なるほどね』
 祥子がうなずく。 美由紀も孝夫も興味深そうに耳をかたむけている。 私もみんなが熱心に聞いてくれてると思うと思わず口が軽くなる。
『とにかく両手を上着の裾の陰で後ろ手に留めてあるから、歩いてるだけならそれほど人に怪しまれることはないけれど、電車やバスに乗ることは出来ず、タクシーも拾えないだろう?。 だからどんなに疲れても、また足が痛くなっても、まだ遥か遠くにある自分のマンションを目指してただひたすらに歩くしかないんだ』
『いいわね』
 美由紀が羨ましそうな声を出す。
『そしてH遠足は、スタートしたら4時間以上、時には8時間もの長い間、原則として中止できないから、始める前には相当な緊迫感がある。 それに途中で足が痛くなりかけたりするととても心細くなって、その厳しさを痛切に味わえるんだ』
『・・・』
『でも、実際にはノーアイオウ・プレイでも思ったほどは体力を消耗しないので、それと組合せたH遠足も案外楽に終りまで行けることが多いね。 ただ、腕を動かせないので、肩が凝って気分が悪くなりかけたりはするけど』
『でも本当に毎回うまくいってたの?』と祥子がにやにやする。
『いや、実を言うと、ただ一度だけ、思い切り厳しい計画をたてて、途中でどうにもならなくなって、お手上げになったことがある。 もっともHセットのお陰で、上げたくても手も上がらなかったけどね』
『それ、だしゃれ?』と祥子。
『いや、真面目な話だ』
『そう。 それじゃ、そのお話、是非、伺いたいわね』
『うん、後でね』
 一応言いたいことを言って、私も口を閉じる。 ちょっと空白の時間がある。 そして祥子がまた話題を変えて訊いてくる。
『それで今日はこれからどういうご予定だったの?』
『うん。 今日はもう少しこの辺で時間をつぶして、9時か10時頃にどこか近くでHセットをして、マンションに向けて歩き始める積りでいたんだ』
『ああ、そう』
『この辺から僕のマンションまでは直線距離で14キロ位だから、道路沿いには15~6キロだろうね。 だから所用時間は大体4時間位で、10時に出て夜中の2時頃にマンションに着く予定だ』
『すると主に夜中に歩くことになるのね』
『うん、そうだ。 このプレイでは途中で知ってる人に出会って色々と話し込まれるのが一番困るんだ。 いつまでも両手を後ろに組んだままで話しを続けるのは不自然だし、と言って手を出すことは出来ないんだからね。 そこで余り人と会わないようにと少し遅い時間を選んである』
『なるほどね』
『それに今時分の季節なら、少々遅い時間でも警官に見とがめられることもないしね』
『まあ、そうかもね』
 祥子は一つ大きくうなずく。 そして意味ありげに笑いながら言う。
『よく解ったわ。 それじゃ、あたし、明日の朝のプレイ完了まで祐治さんにお付き合いして協力して上げるわね』
『ああ、それはそれは。 でも、ちょっと悪いな』
『いいのよ、遠慮しなくて。 半分はあたしの興味からだから』
『うん、有難う。 じゃ、よろしく頼む』
『美由紀はどうする?』
『そうね』。 美由紀はちょっと頭をかしげる。 『あまりあたし達が出しゃばっちゃ、祐治さんがご迷惑でないかしら』
『いや、そんなことはないけど』
 私は慌てて首を横に振る。
『そう?。 それじゃ、あたしもお付き合いするわ』
『そう、それがいいわ』
 祥子は一人で喜んでいる。 そして、『それで』と今度は孝夫に顔を向ける。 『孝夫は今晩どうする?』
『そうですね。 プレイの方も魅力があるけど、でも僕は一応家に帰ります』
『それは残念ね。 せっかくわざわざ来て貰ったのに』
『ええ、でも、実は明日の朝、両親が2泊3日の旅行に出掛けるんで、今晩は遅くなっても家に帰る、って言ってあるもんですから』
『ああ、そう。 それじゃ仕方ないわね』
 祥子も納得した顔をする。
『それに今度のプレイは僕が居なくても何の支障もないようですし、僕は祐治さんからノーアイオウ・プレイのお話を伺ったことと、今の吊りを見せていただいたことで、充分満足してますから』
『うん、まあ、ちょっと残念な気がするけど、それで我慢して貰うか』
『はい』
『でも、孝夫君って親孝行なんだね』
『いや、それほどでも』
 孝夫が頭をかく。 皆がどっと笑う。
 時計を見ると針は6時ちょっと過ぎを指している。
『そうね』と祥子が私の顔を見る。 『あと15時間ほどだけど、おなかの方はどうかしら?』
『そうだね』。 私はちょっと腰の方に意識を集中してみる。 『ちょっと張ってるような気もするけど、まだまだ大丈夫そうだ』
『それじゃ、ちょっと悪いけど、あたし達、ここで食事をさせて貰おうかしら』
『うん、どうぞ』
『それじゃ』と祥子が孝夫の方を向く。 『孝夫も一緒に食べるわね』
『ええ、祐治さんに悪いけど御馳走になります』
『うん、そうして。 僕の事は気にしなくていいよ』
『はい』
 孝夫が素直に応える。



『じゃ、あたしは美由紀とちょっと夕飯の支度をするから、そのままで孝夫と2人で話でもして待っててね』
『うん』
『簡単なものを暖めるだけだからすぐに出来るわよ』
 そう言って祥子は手早く美由紀の胸と後ろ手の紐を解く。 そして『じゃあね』と手を振って、美由紀と2人で台所に入る。 私は孝夫と2人であとに残される。 台所で何かやっている2人の姿がカウンター越しにちらほら見える。
『ちょっと電話を借ります』とカウンター越しに断って、孝夫が家に電話する。 『今、祥子さん達のマンションに来ている。 今から夕飯を御馳走になって、ちょっと用をすませてから帰る予定なので、今晩は遅くはなるけれど確実に帰るから』
 孝夫が席に戻ってくる。 早速、会話を始める。
『今の電話の先はどなた?』
『ええ、母です』
『孝夫君も外泊することはあるのかい?』
『ええ、学校での実習の都合なんかで遅くなって、近くの寮の友達の部屋に泊めて貰うことが時たまあります』
『その時はちゃんと家に電話をするんだろうね』
『ええ、もちろんです』
『無断で外泊したことは?』
『ええ、まだ一度もありません』
『なるほど、真面目なんだね』
『いや、それほどでも』
 孝夫はまた頭をかく。 そして『祐治さんは?』と訊いてくる。
『うん、僕の方は今は一人でマンション住いをしているから、帰らなくても断るとか何とかいうことは要らないけど』
『なるほど、そう言えば祥子さんと美由紀さんもそうですね。 自由でいいですね』
 孝夫が羨ましそうな顔をする。
『そうだね。 確かにこんなプレイでもしようという時にはとても便利だね。 でも、学校は御両親の家から通うのが一番いいよ』
『そうですかね』
 孝夫はあまり納得しない顔をする。 そして話題を転じて訊いてくる。
『それよりもH遠足のことですが』
『うん』
『祐治さんは、H遠足ってよくなさるんですか?』
『うん、そうだね。 軽いのを含めて、もう6~7回もしたかな』
『そんなに何回もなさってるんですか』
『うん、その位にはなるね』
『そして、何時もノーアイオウ・プレイと組合せてですか?』
『うん、大概はそうだけど、1~2回は単独でやったこともある』
『一番長いのはどの位のですか?』
『そうだね。 今年の1月の末頃、思い切って40キロ近いコースに挑戦してみたことがあるけど、それが最長だろうね』
『ふーん、40キロですか』
『うん、その時はO電鉄でE駅まで行って、そこでHセットをして、A街道沿いにてくてく歩いて戻ってきたんだ。 まあ、僕のマンションまでは40キロはオーバーにしても、35~6キロはあったんじゃないかな』
『それもノーアイオウと組合せてですか?』
『うん、やはり、今度のと同じに、次の日の朝の9時にノーアイが48時間、ノーオウが36時間となるようにプレイを始めてね。 そして夕方の6時にE駅を出て歩き始めたんだ。 冬だから、もちろんもう真っ暗だったけどね』
『・・・』
『その時は時速4キロで歩くとして、歩く時間が9時間、従って朝の3時か4時にはマンションにたどりつく予定でいた』
『それで、予定通りにいったんですか?』
『いや、それがさっき言ってた唯一の失敗例で、途中でお手上げになってしまったんだ』
『ああ、そうですか。 それは残念でしたね』
『うん、35~6キロと言えば、普通のハイキングとしても相当な距離だよね。 それをノーアイオウで体力が落ちている最中に、しかも両手を後ろ手に組んで留めた格好で歩くんだから、ちょっと無理な計画だったのかも知れないね』
『まあ、常識的にはそうですね』
『うん、でも実をいうと、この時はどうにもならない切羽詰まった状態を一度体験してみたくて、無理かなと思いながら実行してしまったので、その意味では目的を達したのかも知れないよ』
『なるほど、すごい考え方ですね』
 孝夫はまた感心した顔をする。 そして少し間をおいてまた訊いてくる。
『それでは、ちゃんとうまくいったので一番長いのは?』
『そうだね。 今、話したプレイの少し前に一度、H駅から始めてやはりA街道に出て、マンションまでてくてく歩いたことがあるけれど、あれが30キロ近くあったんじゃないかな』
『そして、それはうまくいったのですね?』
『うん、最後の方で少し気分が悪くなりかけたけど、何とかマンションまではたどり着いた』
『・・・』
『そうだね。 まあ、その位が限度なのかも知れないね』
『なるほど』
 孝夫はひとつ、深くうなずく。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。