1
ふと目が醒める。 また手や足が動かない。 昨夜のことを思い出す。 そうだ、また手足をくくられてポリ袋に密封され、密閉した容器の中でも潜水マスクのパイプを通して外の空気を呼吸出来るようにすることで何とか生きていける、という事のテストをしてたんだっけ。
後ろ手のまま横向きに寝かされているので、体の下になっている右の二の腕が少し痺れたようになっている。 腰の後ろで縛り合されている手首や、揃えたまま同じく縛り合されている足首はもう半分麻痺しているが、それでも少し痛みを感じて気になる。 ポリ袋の膜がはだかの身体にぺたぺたついて、気持が悪い。 身体をもじもじ動かす。
無意識のうちに鼻と口とで分業している呼吸は正常のようである。 眼をあけると箱の隙間から光が漏れて入ってきている。 外はもう明るいらしい。 しかし、まだ誰も起きてないのか、あたりはしーんとしている。
何だか下腹が張っているような気がする。 昨夜は袋詰めにされる前に確か便所に行った筈なのにと思う。 そして、『ああ、そうだ。 昨夜はむやみに喉が渇いて、お茶を4~5杯も飲んだっけ』と思い出す。 あの茶碗は大分大きかったから、飲んだお茶は恐らく1リットル近くはあったろう。 そう思うとむやみに下腹の張りが気になってくる。 今までにも手足を縛られて就寝したことは何回かあったが、何時も用心して、その前には水分を摂るのを控えていたから、PセットのためにPの根元が痛くなることはあっても、お小水の我慢で苦しんだ経験はない。 今日はPセットをしてないから漏らすことは容易だが、いくらなんでもこんなポリ袋の中でお小水漬けになるのは有難くない。 何とか我慢しよう、と決心する。
こうなるともう眠れない。 身体をもじもじ動かす。 ますます下腹が張ってくる。 もう何時頃かしら。 早くみんなが来てくれないかしら。 腰に力を入れて我慢する。 汗が出てくる。 汗が沢山出ればお小水の出たいのは少しは緩和されるかも、と思う。 しかし少しも楽にならない。
しばらく時間が過ぎる。 もう誰か来てくれてもいいのに、と耳をすませる。 しかし辺りは相変らずしーんとしている。 気を紛らすために数を数え始める。 ゆっくり、1、2、3 ・・・ と数えていく。 100まで行ってまた1に戻る。 また100まで行って1に戻る。 これを10回くりかえす。 これでもう、さっき数え始めてからでも20分位は過ぎた筈である。 まだ物音がしない。 お小水はますます出たくなる。 一体何時になったら来てくれるのか、と苛立ってくる。 しかし何とか気をしずめて、また数を数え始める。
また100までを5回くりかえす。 もうさっき眼が醒めてから40分以上経っているのじゃないかしら。 あの時にすでに明るかったんだから、いくらなんでももう起きてくれてもいいのに、と思う。 ふと5日前の本格的生き埋めプレイの時に新聞で満潮時刻を調べたが、その記事のすぐ上にあの日の日の出が5時5分と載っていたのを思い出す。 とすると、一日に1分づつ遅くなるとしても、今日の日の出は5時10分前後である。 皆の起きるのが7時頃とすると、起きてきてくれるのはまだまだ後かも知れない。 また心細くなり、それと共にお小水がますます出たくなる。 歯をくいしばって我慢する。
またしばらく時間が経つ。 身体を固くして必死に我慢する。 身体中が汗でべっとりしてくる。 もう身体にちょっとでも刺激があれば、漏らしてしまいそうである。
2
と、どこかで物音がする。 耳をすませる。 確かにどこかで何かが動き始めた気配がする。 期待に胸をふくらませてまた耳をすませる。
廊下に人の歩く音がして、食堂に何人かの人が入ってくる。
『さあ、この箱の中で、祐治さん、どうなってるかしら。 興味津々ね』と祥子の声。
『心配だから、早く開けましょうよ』と美由紀が言っている。
『大丈夫よ、そんなに急がなくても。 逃げたり出来ないようになってるんだから』
祥子の声は少し笑いを含んでいる。
『大体、今はまだ6時よ。 今朝は7時まで寝る積りだったのに、美由紀があまりごそごそするもんだから、あたしまで起きちゃったわ』
『だって、あたし、早くから目が覚めて、眠れなかったんですもの』
『眠れないのは、後ろ手で寝たせいじゃないの?』
『ええ、それもあるけど、でも、祐治さんはあんな格好でお休みになって、大丈夫だったかしら、って気になって』
『まあ、とにかく僕も心配ですから、早く祐治さんの顔を見て、それから袋から出して上げましょう』と孝夫の声。
『そうね。 じゃ、孝夫、開けてみて』
『はい』
孝夫の声と共に、ぱりぱり、ぱりぱりっと紙粘着テープをはがす音がする。 蓋が両開きにあく。 さっと明るくなる。 上に孝夫の顔がのぞく。
『あ、祐治さん、どうしました?』
口は潜水マスクで覆われているので、もちろん答えられない。 ただ、うなずいて見せる。 祥子もその横に顔を出す。 ちょっと緊張した面持ちが見える。
『あら、顔色が悪いわね。 どうしたのかしら』
孝夫が急いで潜水マスクの2本のパイプを段ボールの穴から引き抜き、手を差し出して肩の辺を持ち上げる。 途端にとうとう我慢が出来なくなって漏らし始める。 腰のまわりに生暖かい水が巡る。 思わずぞくぞくっとする。
上半身を起こされ、孝夫に背中を支えられて、両ひざを揃えて立てて腰を下ろした姿勢になる。 もう気がすっかりゆるんで、眼をつぶったままでお小水を漏らしつづける。 ほっと息をつく。
『あらあら、可哀そうに』と祥子がいう。 『お小水を我慢してて、我慢しきれなくなって遂にお漏らししたのね』
『むん』
お小水がすっかり出切って、生暖かい水が横腹の辺まで巡る。 下腹がすっかり楽になる。 それと共に激しい羞恥が全身を襲う。 眼をつぶったままでじっとこらえる。
祥子が『すぐお風呂で洗って貰いましょう』という。 『あたし、お風呂を沸かしてくる』と美由紀の声がして、出ていく気配がある。 目を開く。 両手首を後ろ手に縛り合された美由紀の後ろ姿がちらっと見えて、廊下に消えて行く。
孝夫が私を袋の上からそっと抱え上げ、箱の外に出して静かに床に下ろす。 袋の中でどぼどぼっと音がする。 『じゃ、このままそっと風呂場に運びますから』と孝夫が改めて背中と膝の下に手を入れて、私を袋のままそっと抱き上げる。 私は身体から力を抜いて孝夫のなすがままに身を任せる。 祥子が横に付いて、食堂の扉を開けて孝夫を通す。 そして廊下をずっと行って風呂場の扉を開ける。
風呂場ではガスの燃える音がして、美由紀が後ろ手のまま立っている。 ああ、後ろ手のままでガスの栓を開き、押し回し式のコックをまわして風呂を沸かしてくれてたんだな、と、その格好を眼に浮かべる。
孝夫が私を風呂場のタイルの上にそっと下ろし、脇を抱えるようにして、まっすぐに立たせてくれる。 祥子が足首を袋の上から縛っていた紐を解きにかかる。 美由紀が『あたしもお手伝いしたいけど、出来ないの』と言うような顔をして、後ろ手のままでじっと紐をほどく祥子の手を見ている。
足首の紐が解けて、孝夫が手を上に伸ばして袋の口を締めていた細紐を解き、袋を引き下げる。 つーんとお小水の匂いが鼻につく。 祥子が、『まだ少しぬるめだけど、我慢してね』と言いながら、手桶で浴槽の中からお湯の上の方をすくい取って、背中から腰へとざっと掛ける。 かなりぬるいお湯にぞくぞくっとする。
祥子がもう一杯のお湯を掛けてから、孝夫が私の脇の下に手を入れて持ち上げて、袋の外に出してくれる。 ついで祥子が後ろ手に縛っていた紐を解く。 ほっとして手を横に伸ばす。 そして頭に手をやって自分で2箇所の尾錠をはずし、潜水マスクをとる。
孝夫が『大変でしたね』という。 『うん』とうなずき、腰を下ろして自分で足首の縛りを解く。
祥子が言う。
『まさか、お小水をお漏らしするようなことになるとは、思ってもみなかったわ』
『うん。 どうも昨夜、少しお茶を飲み過ぎたらしい。 何時もだとこういうプレイの前には水分を控えるから大丈夫なんだけど、昨夜はうっかりして喉が渇いているままに沢山飲んでしまったので』
『そうね。 これからは気を付けないとね』
祥子も神妙な顔をする。 そして、『はい、これ』と言って、いつものふんどしの鎖の鍵を手渡してくれる。 孝夫がポリ袋をゆすいで畳む。
『それじゃ、あたし達は向うに行って朝食の用意をしておくから、きれいになったら来てね』
『うん』
祥子と孝夫が風呂場から出ていく。 美由紀も後ろ手のままでまだちょっと心配そうに私を見ていたが、『じゃ』と言って2人の後を追って出て行く。
3
風呂場ですっかり全身を洗い清め、お小水の匂いの付いた水泳パンツや鎖もよく洗って臭みを取ってから、風呂から上がって普段の服を着て食堂に行く。 もう朝食の支度が出来ていて、3人が椅子に座って待っている。 美由紀はまた両手を後ろに回し、今度はきっちりした高手小手に縛り上げられている。
私の顔を見て、『ご苦労さま』と祥子が声を掛けてくる。 『うん、お待ちどおさま』と応えて椅子にすわる。
『美由紀はさっきは後ろ手だけだったのに、今度は高手小手になったのかい』
『ええ』
美由紀は恥ずかしそうに下をむく。 その隣で祥子が言う。
『これが今度の合宿での最後のお食事だから、略装から正装に直してあげたのよ』
『ふーん、つまり、お食事の礼装用に縛り直したってわけかい』
『ええ、まあ、そんな所ね』
祥子は笑う。 そして付け加える。
『ただ正確に言うと、さっきの紐は一旦ほどいて、美由紀が4人分のベーコンエッグを焼き、あたしがサラダを作って、2人でお皿の盛りつけをして食卓の準備がすっかり出来上がってから、改めてまた念入りに縛ってあげたの。 美由紀もお食事にはちゃんとした礼装で臨みたがっていたから』
『そんなことないわ』と美由紀が口を尖らせ、身体をゆする。
『顔にそう書いてあったわよ』
『しらない!』
美由紀が不自由な身体をもう一度ゆすってすねている姿を見て、孝夫はにやにや笑っている。 私は間に入って、『まあ、どちらでもいいよ。 大体、2人とも何時ものことなんだから』と言う。 『そうね』とみんなが顔を見合せて笑う。
『それにしても、祥子と一緒にいるときの美由紀って、お料理でもしてるとき以外は何時も両手を後ろに回している感じだね』
『ほんとにそうね』
祥子が笑う。 美由紀はまた、恥ずかしそうに下を向く。
『それじゃ、すっかり待たせたけど、食事を始めようか』
『ええ、じゃ、紅茶をお入れするわ』
祥子は立って4つのカップに紅茶を注ぐ。 孝夫も立ってカップにミルクを加え、私が皆の前に配る。 美由紀は手を出せないままに、ぼんやり皆の動作を見ている。
『じゃ、いただきましょう』との祥子の言葉で、各自が紅茶に角砂糖を入れ、スプーンでゆっくり回して、食事が始まる。 美由紀にはまた祥子がお給仕している。
早速に祥子が訊いてくる。
『ところで早速だけど、呼吸の方はどうだった?。 何か問題はなかった?』
『うん、気にもならないぐらいに順調だった。 あれなら問題はないようだね』
『それじゃ、テストの目的は充分達成できて、これで大丈夫となった訳ね』
『まあ、そうだね』
『それにしても大変でしたね』と今度は孝夫が横でいう。
『うん。 最近はもう、いつもうまくいってたものだから、つい気を許してしまって慎重さが足りなかったようだね』
『そうね。 そういうこともあるわね』
ちょっと会話がとぎれる。 ベーコンを切って口に入れる。 祥子もせっせと美由紀にお給仕している。
ベーコンを飲み込んで、また話を再開する。
『それにしても、ひどい格好を見せてしまって恥ずかしいな。 大分匂ったろう?』
『ええ。 まあ、大したことはありませんでしたが、少し』
孝夫が笑顔を見せながら答える。 そしてつづける。
『それよりも祐治さんの方が袋の中ですっかり漬かってしまったんですから、大変だったでしょう?』
『いや、僕の方は呼吸は全て外の空気を吸っていたので、袋の口を開けてくれるまでは全然匂いを感じなかった』
『なるほど、そうでしたね』
『とにかく』と祥子が話を引き取る。 『今朝は汚しても水泳パンツ位しかなくてよかったわ。 洗えばどうってことはないもの』
『うん、そうだな』
『それに、お小水ぐらいで済んでよかったわ。 あんまり顔色が悪かったので、一時は何かあったんじゃないかって心配したのよ』
『それはどうも』
『それに、本番の時にはもっと盛装して貰う積りだから、もっと慎重にしてよ』
『はい、はい』
『でも』と美由紀がまた心配そうな顔をする。 『ほんとに大分、辛かったんじゃない』
ほかの2人も手を休めて私の顔を見る。
『うん、でも、今朝はPセットをしてなかったから、漏らすのが辛いと言っても精神的なものだけだった。 これでもしもPセットでPの根元をきっちり縛ってあったとすると、漏らすことも出来なくて、さらに辛いことになってたかも知れないな』
『そうね』と祥子がうなずく。 『本番でもPセットをするのは少し危険かもね』
『そうだな』
『とにかく、こういうプレイをする前には水分を摂るのを極力控えること、という良い教訓が得られたわけよね』
『うん』
ちょっと話がとぎれる。 そして祥子が、『何だかお食事にふさわしくない話になってしまったわね』と笑う。 皆も『そうだね』と笑う。 『まあ、臭い話はそれまでにして、お食事を進めましょう』という祥子の言葉に皆がうなずいて、また手と口を動かし始める。