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7.1 お漏らし

第7章 第7日
05 /02 2017


 ふと目が醒める。 また手や足が動かない。 昨夜のことを思い出す。 そうだ、また手足をくくられてポリ袋に密封され、密閉した容器の中でも潜水マスクのパイプを通して外の空気を呼吸出来るようにすることで何とか生きていける、という事のテストをしてたんだっけ。
 後ろ手のまま横向きに寝かされているので、体の下になっている右の二の腕が少し痺れたようになっている。 腰の後ろで縛り合されている手首や、揃えたまま同じく縛り合されている足首はもう半分麻痺しているが、それでも少し痛みを感じて気になる。 ポリ袋の膜がはだかの身体にぺたぺたついて、気持が悪い。 身体をもじもじ動かす。
 無意識のうちに鼻と口とで分業している呼吸は正常のようである。 眼をあけると箱の隙間から光が漏れて入ってきている。 外はもう明るいらしい。 しかし、まだ誰も起きてないのか、あたりはしーんとしている。
 何だか下腹が張っているような気がする。 昨夜は袋詰めにされる前に確か便所に行った筈なのにと思う。 そして、『ああ、そうだ。 昨夜はむやみに喉が渇いて、お茶を4~5杯も飲んだっけ』と思い出す。 あの茶碗は大分大きかったから、飲んだお茶は恐らく1リットル近くはあったろう。 そう思うとむやみに下腹の張りが気になってくる。 今までにも手足を縛られて就寝したことは何回かあったが、何時も用心して、その前には水分を摂るのを控えていたから、PセットのためにPの根元が痛くなることはあっても、お小水の我慢で苦しんだ経験はない。 今日はPセットをしてないから漏らすことは容易だが、いくらなんでもこんなポリ袋の中でお小水漬けになるのは有難くない。 何とか我慢しよう、と決心する。
 こうなるともう眠れない。 身体をもじもじ動かす。 ますます下腹が張ってくる。 もう何時頃かしら。 早くみんなが来てくれないかしら。 腰に力を入れて我慢する。 汗が出てくる。 汗が沢山出ればお小水の出たいのは少しは緩和されるかも、と思う。 しかし少しも楽にならない。
 しばらく時間が過ぎる。 もう誰か来てくれてもいいのに、と耳をすませる。 しかし辺りは相変らずしーんとしている。 気を紛らすために数を数え始める。 ゆっくり、1、2、3 ・・・ と数えていく。 100まで行ってまた1に戻る。 また100まで行って1に戻る。 これを10回くりかえす。 これでもう、さっき数え始めてからでも20分位は過ぎた筈である。 まだ物音がしない。 お小水はますます出たくなる。 一体何時になったら来てくれるのか、と苛立ってくる。 しかし何とか気をしずめて、また数を数え始める。
 また100までを5回くりかえす。 もうさっき眼が醒めてから40分以上経っているのじゃないかしら。 あの時にすでに明るかったんだから、いくらなんでももう起きてくれてもいいのに、と思う。 ふと5日前の本格的生き埋めプレイの時に新聞で満潮時刻を調べたが、その記事のすぐ上にあの日の日の出が5時5分と載っていたのを思い出す。 とすると、一日に1分づつ遅くなるとしても、今日の日の出は5時10分前後である。 皆の起きるのが7時頃とすると、起きてきてくれるのはまだまだ後かも知れない。 また心細くなり、それと共にお小水がますます出たくなる。 歯をくいしばって我慢する。
 またしばらく時間が経つ。 身体を固くして必死に我慢する。 身体中が汗でべっとりしてくる。 もう身体にちょっとでも刺激があれば、漏らしてしまいそうである。



 と、どこかで物音がする。 耳をすませる。 確かにどこかで何かが動き始めた気配がする。 期待に胸をふくらませてまた耳をすませる。
 廊下に人の歩く音がして、食堂に何人かの人が入ってくる。
『さあ、この箱の中で、祐治さん、どうなってるかしら。 興味津々ね』と祥子の声。
『心配だから、早く開けましょうよ』と美由紀が言っている。
『大丈夫よ、そんなに急がなくても。 逃げたり出来ないようになってるんだから』
 祥子の声は少し笑いを含んでいる。
『大体、今はまだ6時よ。 今朝は7時まで寝る積りだったのに、美由紀があまりごそごそするもんだから、あたしまで起きちゃったわ』
『だって、あたし、早くから目が覚めて、眠れなかったんですもの』
『眠れないのは、後ろ手で寝たせいじゃないの?』
『ええ、それもあるけど、でも、祐治さんはあんな格好でお休みになって、大丈夫だったかしら、って気になって』
『まあ、とにかく僕も心配ですから、早く祐治さんの顔を見て、それから袋から出して上げましょう』と孝夫の声。
『そうね。 じゃ、孝夫、開けてみて』
『はい』
 孝夫の声と共に、ぱりぱり、ぱりぱりっと紙粘着テープをはがす音がする。 蓋が両開きにあく。 さっと明るくなる。 上に孝夫の顔がのぞく。
『あ、祐治さん、どうしました?』
 口は潜水マスクで覆われているので、もちろん答えられない。 ただ、うなずいて見せる。 祥子もその横に顔を出す。 ちょっと緊張した面持ちが見える。
『あら、顔色が悪いわね。 どうしたのかしら』
 孝夫が急いで潜水マスクの2本のパイプを段ボールの穴から引き抜き、手を差し出して肩の辺を持ち上げる。 途端にとうとう我慢が出来なくなって漏らし始める。 腰のまわりに生暖かい水が巡る。 思わずぞくぞくっとする。
 上半身を起こされ、孝夫に背中を支えられて、両ひざを揃えて立てて腰を下ろした姿勢になる。 もう気がすっかりゆるんで、眼をつぶったままでお小水を漏らしつづける。 ほっと息をつく。
『あらあら、可哀そうに』と祥子がいう。 『お小水を我慢してて、我慢しきれなくなって遂にお漏らししたのね』
『むん』
 お小水がすっかり出切って、生暖かい水が横腹の辺まで巡る。 下腹がすっかり楽になる。 それと共に激しい羞恥が全身を襲う。 眼をつぶったままでじっとこらえる。
 祥子が『すぐお風呂で洗って貰いましょう』という。 『あたし、お風呂を沸かしてくる』と美由紀の声がして、出ていく気配がある。 目を開く。 両手首を後ろ手に縛り合された美由紀の後ろ姿がちらっと見えて、廊下に消えて行く。
 孝夫が私を袋の上からそっと抱え上げ、箱の外に出して静かに床に下ろす。 袋の中でどぼどぼっと音がする。 『じゃ、このままそっと風呂場に運びますから』と孝夫が改めて背中と膝の下に手を入れて、私を袋のままそっと抱き上げる。 私は身体から力を抜いて孝夫のなすがままに身を任せる。 祥子が横に付いて、食堂の扉を開けて孝夫を通す。 そして廊下をずっと行って風呂場の扉を開ける。
 風呂場ではガスの燃える音がして、美由紀が後ろ手のまま立っている。 ああ、後ろ手のままでガスの栓を開き、押し回し式のコックをまわして風呂を沸かしてくれてたんだな、と、その格好を眼に浮かべる。
 孝夫が私を風呂場のタイルの上にそっと下ろし、脇を抱えるようにして、まっすぐに立たせてくれる。 祥子が足首を袋の上から縛っていた紐を解きにかかる。 美由紀が『あたしもお手伝いしたいけど、出来ないの』と言うような顔をして、後ろ手のままでじっと紐をほどく祥子の手を見ている。
 足首の紐が解けて、孝夫が手を上に伸ばして袋の口を締めていた細紐を解き、袋を引き下げる。 つーんとお小水の匂いが鼻につく。 祥子が、『まだ少しぬるめだけど、我慢してね』と言いながら、手桶で浴槽の中からお湯の上の方をすくい取って、背中から腰へとざっと掛ける。 かなりぬるいお湯にぞくぞくっとする。
 祥子がもう一杯のお湯を掛けてから、孝夫が私の脇の下に手を入れて持ち上げて、袋の外に出してくれる。 ついで祥子が後ろ手に縛っていた紐を解く。 ほっとして手を横に伸ばす。 そして頭に手をやって自分で2箇所の尾錠をはずし、潜水マスクをとる。
 孝夫が『大変でしたね』という。 『うん』とうなずき、腰を下ろして自分で足首の縛りを解く。
 祥子が言う。
『まさか、お小水をお漏らしするようなことになるとは、思ってもみなかったわ』
『うん。 どうも昨夜、少しお茶を飲み過ぎたらしい。 何時もだとこういうプレイの前には水分を控えるから大丈夫なんだけど、昨夜はうっかりして喉が渇いているままに沢山飲んでしまったので』
『そうね。 これからは気を付けないとね』
 祥子も神妙な顔をする。 そして、『はい、これ』と言って、いつものふんどしの鎖の鍵を手渡してくれる。 孝夫がポリ袋をゆすいで畳む。
『それじゃ、あたし達は向うに行って朝食の用意をしておくから、きれいになったら来てね』
『うん』
 祥子と孝夫が風呂場から出ていく。 美由紀も後ろ手のままでまだちょっと心配そうに私を見ていたが、『じゃ』と言って2人の後を追って出て行く。



 風呂場ですっかり全身を洗い清め、お小水の匂いの付いた水泳パンツや鎖もよく洗って臭みを取ってから、風呂から上がって普段の服を着て食堂に行く。 もう朝食の支度が出来ていて、3人が椅子に座って待っている。 美由紀はまた両手を後ろに回し、今度はきっちりした高手小手に縛り上げられている。
 私の顔を見て、『ご苦労さま』と祥子が声を掛けてくる。 『うん、お待ちどおさま』と応えて椅子にすわる。
『美由紀はさっきは後ろ手だけだったのに、今度は高手小手になったのかい』
『ええ』
 美由紀は恥ずかしそうに下をむく。 その隣で祥子が言う。
『これが今度の合宿での最後のお食事だから、略装から正装に直してあげたのよ』
『ふーん、つまり、お食事の礼装用に縛り直したってわけかい』
『ええ、まあ、そんな所ね』
 祥子は笑う。 そして付け加える。
『ただ正確に言うと、さっきの紐は一旦ほどいて、美由紀が4人分のベーコンエッグを焼き、あたしがサラダを作って、2人でお皿の盛りつけをして食卓の準備がすっかり出来上がってから、改めてまた念入りに縛ってあげたの。 美由紀もお食事にはちゃんとした礼装で臨みたがっていたから』
『そんなことないわ』と美由紀が口を尖らせ、身体をゆする。
『顔にそう書いてあったわよ』
『しらない!』
 美由紀が不自由な身体をもう一度ゆすってすねている姿を見て、孝夫はにやにや笑っている。 私は間に入って、『まあ、どちらでもいいよ。 大体、2人とも何時ものことなんだから』と言う。 『そうね』とみんなが顔を見合せて笑う。
『それにしても、祥子と一緒にいるときの美由紀って、お料理でもしてるとき以外は何時も両手を後ろに回している感じだね』
『ほんとにそうね』
 祥子が笑う。 美由紀はまた、恥ずかしそうに下を向く。
『それじゃ、すっかり待たせたけど、食事を始めようか』
『ええ、じゃ、紅茶をお入れするわ』
 祥子は立って4つのカップに紅茶を注ぐ。 孝夫も立ってカップにミルクを加え、私が皆の前に配る。 美由紀は手を出せないままに、ぼんやり皆の動作を見ている。
『じゃ、いただきましょう』との祥子の言葉で、各自が紅茶に角砂糖を入れ、スプーンでゆっくり回して、食事が始まる。 美由紀にはまた祥子がお給仕している。
 早速に祥子が訊いてくる。
『ところで早速だけど、呼吸の方はどうだった?。 何か問題はなかった?』
『うん、気にもならないぐらいに順調だった。 あれなら問題はないようだね』
『それじゃ、テストの目的は充分達成できて、これで大丈夫となった訳ね』
『まあ、そうだね』
『それにしても大変でしたね』と今度は孝夫が横でいう。
『うん。 最近はもう、いつもうまくいってたものだから、つい気を許してしまって慎重さが足りなかったようだね』
『そうね。 そういうこともあるわね』
 ちょっと会話がとぎれる。 ベーコンを切って口に入れる。 祥子もせっせと美由紀にお給仕している。
 ベーコンを飲み込んで、また話を再開する。
『それにしても、ひどい格好を見せてしまって恥ずかしいな。 大分匂ったろう?』
『ええ。 まあ、大したことはありませんでしたが、少し』
 孝夫が笑顔を見せながら答える。 そしてつづける。
『それよりも祐治さんの方が袋の中ですっかり漬かってしまったんですから、大変だったでしょう?』
『いや、僕の方は呼吸は全て外の空気を吸っていたので、袋の口を開けてくれるまでは全然匂いを感じなかった』
『なるほど、そうでしたね』
『とにかく』と祥子が話を引き取る。 『今朝は汚しても水泳パンツ位しかなくてよかったわ。 洗えばどうってことはないもの』
『うん、そうだな』
『それに、お小水ぐらいで済んでよかったわ。 あんまり顔色が悪かったので、一時は何かあったんじゃないかって心配したのよ』
『それはどうも』
『それに、本番の時にはもっと盛装して貰う積りだから、もっと慎重にしてよ』
『はい、はい』
『でも』と美由紀がまた心配そうな顔をする。 『ほんとに大分、辛かったんじゃない』
 ほかの2人も手を休めて私の顔を見る。
『うん、でも、今朝はPセットをしてなかったから、漏らすのが辛いと言っても精神的なものだけだった。 これでもしもPセットでPの根元をきっちり縛ってあったとすると、漏らすことも出来なくて、さらに辛いことになってたかも知れないな』
『そうね』と祥子がうなずく。 『本番でもPセットをするのは少し危険かもね』
『そうだな』
『とにかく、こういうプレイをする前には水分を摂るのを極力控えること、という良い教訓が得られたわけよね』
『うん』
 ちょっと話がとぎれる。 そして祥子が、『何だかお食事にふさわしくない話になってしまったわね』と笑う。 皆も『そうだね』と笑う。 『まあ、臭い話はそれまでにして、お食事を進めましょう』という祥子の言葉に皆がうなずいて、また手と口を動かし始める。

7.2 名残の吊り

第7章 第7日
05 /02 2017


 パンをちぎりながら、ふと口に出る。
『この食堂での食事ももう今朝で終りか』
『そうね』と祥子が応える。 『今度の合宿、ずいぶん楽しかったわね。 こんなチャンスはもう、二度とないかもね』
『ほんとね』と美由紀もあいづちを打つ。
 孝夫がいう。
『よければまた来年も来ましょう。 また時期になったら、ここを確保しますよ』
『ええ、そうして貰えるといいわね。 本当に今度は生き埋めプレイを中心に、すごく充実してたけど、来年はどんなプレイをすることになるか』
 祥子が珍しく、しんみりした顔をする。 私にも同じような想いが浮かぶ。 そして言う。
『そうだな』
 それきりで一旦会話がとぎれ、しばらくの間、皆が色々なプレイを思い出しているかのように黙って食事を続ける。
 食事も終わりに近くなって、祥子がちらっと壁の時計を見る。
『あら、今日は美由紀に早く起こされたお陰で、まだ早いのね』
 時計の針は7時ちょっと過ぎを指している。 祥子はまた何かを思い付いたらしく、ちょっとうなずいて、孝夫に話しかける。
『所で孝夫。 今日、荒船さんが迎えに来るのは、確か10時頃だったわね』
『ええ、10時に前の浜まで来てくれることになっています』
『とすると、このお食事ももうすぐ終るし、帰りの準備にはそんなに時間をとらないでしょうから、まだ一度ぐらい、プレイをする時間がありそうね』
 祥子が私の顔を見てにやりとする。 そらまた、祥子の好みが始まった、と思う。
『うん、長く時間を取るプレイでなければね』
『ええ、そんなに長くする気はないわ。 ただ、あたし、今度の合宿の名残に、滑車を片付ける前に、この部屋でもう一度、吊りをしてみたいって思ったの』
『ふーん。 まあ、悪くはないけど、一体、誰を吊る気なの』
『ええ、そうね。 あたしはまだ孝夫の吊り姿を見たことがないので、一度、孝夫を吊ってみようかしら』
『え、僕を?』
 孝夫がびっくりしたような声を出す。
『ええ、そうよ』
 祥子は平然としている。
『でも僕は、吊られるのは余り好きじゃないですね』
『好きも嫌いも、まだ経験がないんでしょう?』
『そりゃそうですけど』
『余りお好きでないなら、止めておきましょうよ』と美由紀が横から言う。
『でも孝夫は背は高いし、堂々としていて男らしいから、吊り姿もきっと素晴らしいわよ。 ねえ、やりましょうよ』
 祥子の積極的な姿勢に、孝夫もとうとう折れたように言う。
『そうですね。 しょうがありませんね。 祥子さんがそれほど言うのなら、一度ぐらいは吊られてもいいですよ。 だけど、痛くしないという条件付きですよ』
『まあ、素晴らしい』
 祥子は喚声をあげる。
『いいわよ。 そうとなったら、さっそく始めましょう』
『まだまだ。 食事を終ってからだよ』と私がたしなめる。
『はいはい』
 祥子はそう応えて、またパンに手を出す。



 デザートも食べて、食事が終る。 時計は7時15分を指している。
『じゃ、さっそく始めるわよ』と祥子が言う。
 孝夫はあまり気が進まない顔をする。
『やっぱり、吊られるのですか?』
『そりゃそうよ。 孝夫も滅多にない経験が味わえるわよ』
『ええ、仕方がありません』
 孝夫もやっと諦めがついた模様である。
『じゃ、あたし、紐を持ってくるから、孝夫も用意してきて』
『用意って?』
『ええ、ジャンバーでも着てた方が、紐が痛くなくていいわよ』
『はい、じゃ、そうします』
 孝夫が出て行く。 祥子も出ていって、何時もの赤いバッグを提げてくる。 孝夫もジャンバーを着て戻ってくる。
『じゃ、いいこと?。 始めるわよ』
『はい』
 祥子が紐を手にして孝夫の後ろに回る。 孝夫が首を少し回して後ろの祥子に言う。
『あの、祥子さんに縛られるのって、これで3回目ですね』
『ああ、1回目というのは小さい子供の時で、2回目もずっと前の話ね。 でも、あんなのみんな、縛ったうちに入らないわよ』
 祥子は笑う。 そして言う
『今日のはあの時のよりは少しはきついから、覚悟してらっしゃい』
『はい』
 孝夫は再び正面を向いて目をつぶる。
 祥子はまず孝夫の両手を後ろに回させて、手首を縛り合せる。 そしてその先を前に回して、と定法通りの手順で孝夫を割におとなしい高手小手に縛り上げていく。 孝夫は目をつぶり、緊張しながらも祥子のなすがままに任せて、縛りの感触を味わっている様子である。
 やがて縛りが終る。
『どう?。 痛くない?』と祥子がきく。 孝夫は目を開けて自分の胸や腹の紐を見回し、手をごそごそ動かしていたが、
『うまいもんですね。 ほとんど痛くなくて、しかも全然動きませんね』
と感心したように言う。
『お世辞を言っても駄目よ』
 祥子は笑って、次に孝夫を滑車の下につれていき、両足首を揃えて縛る。 そしてさらに胸と腰、股にやや太めの紐をかけて結び合せ、背伸びをしてその先をロープのフックをかける。 孝夫は不安そうに仰向いて、フックにかかった紐を見上げている。
『それじゃ、少し上げるわよ』
 祥子はウィンチの所へ行き、孝夫を見ながらクランクをゆっくり回し始める。 ロープがピンと張る。 孝夫が身体を一杯にのばし、かかとがやや浮き気味になる。
『ああ、そうそう』
 祥子はクランクを一旦止め、バッグから例の潜水マスクを取り出して孝夫に見せる。
『これも掛けさせて貰うわね』
『えっ、マスクもですか?』
 孝夫がびっくりしたように声をあげる。 そして『仕方がないな』という顔をする。 今は孝夫は上半身をきっちり縛り上げられ、両足首も縛り合されていて、しかもほとんど爪先立ちになるまで吊り上げられているので、抵抗する手段はない。
 祥子は椅子に乗って潜水マスクを孝夫のあごに丁寧にはめ、バンドを締める。 顔の下半分がかくされ、孝夫は眼から上だけ見せて不安そうにしている。
『じゃ、また上げるわよ』
 祥子は再びクランクを回し始める。 足が床を離れ、孝夫が顔をしかめる。 しかし、何も言わない。 もっとも何かを言っても、口が潜水マスクで蓋されているのだから言葉にはならない。
 足が床から30センチほど上がった所で祥子は『この位でいいわね』と言ってクランクを止め、ノッチを掛ける。 孝夫の身体がゆっくり右に回る。
 祥子が下に行き、回るのを止めて正面に向かせる。 そして、『どう、大丈夫?』ときく。 孝夫が何か言うが、意味は解らない。 顔をしかめ、歯をくいしばって、何とか我慢している様子。
『ちょっと、そのままで辛抱しててね』
 祥子はまた自分の席に戻る。 皆が孝夫を見上げる。
『孝夫君は体格がいいから、さすがに吊り姿も立派だね』
『ほんとにそうね。 見応えがあるわね』
 祥子も満足そうである。
『でも』と美由紀が心配そうに言う。 『体格がいいということは、体重が重いということでしょう?。 吊られた時の紐の締まり方もきつくて、辛いんじゃないかしら』
『美由紀って心配症ね』
 祥子はそう言って、さらに平然と付け加える。
『充分丁寧に紐を掛けて、力を分散するようにしてあるから大丈夫よ』
 孝夫がまた何か言いたそうにするが声は聞こえない。



 2分間ほど、皆がだまって孝夫をながめる。
『そうだ。 孝夫の吊り姿って初めてだから、記録を撮っておくわ』と言って、祥子が立って自分のカメラを持ってきて、2枚ほど写真を撮る。
『さあ、もう、いいだろう?。 いい加減に孝夫君を下してあげないか』と祥子に声をかける。 しかし、祥子は言う。
『ええ、いいわ。 でもその前に、もう一つ、やっておきたいことがあるの。 そのためにわざわざ潜水マスクを掛けたんだから』
 孝夫がぎょっとしたような顔をする。
『というと、例の窒息テストかい?』
『ええ、そう』
 祥子は平然としている。 そして孝夫に向かって言う。
『ね、いいわよね』
 孝夫はますます不安そうな目をするが、仕方ない、と言うように軽くうなずく。
『じゃ』
 祥子はカメラを横に置いて手をのばし、鼻から延びているパイプをとってキャップを外す。 孝夫は祥子の手を食いいるように見つめる。
 祥子はそのまま壁の時計を見つめ、秒針が丁度12を指した所で、パイプの口を右手の親指でふさぐ。 秒針が5秒、10秒と進む。 孝夫が身体をくねらせる。 時計と孝夫とを見比べていた祥子が指をはなす。 孝夫が身体の動きを止める。
 次に秒針が12まで来るのを待って、祥子がまたパイプの口をふさぐ。 また、5秒、10秒と時間が経つ。 孝夫がまた身体を動かす。 祥子が指をはなす。 孝夫がだらりとなって、少し荒い息をくりかえす。 祥子が孝夫の顔を見つめる。 2分余りが過ぎる。 孝夫の息がほぼ元に戻る。
『大体、要領は分かったようね。 じゃ、次は本番よ』
 孝夫がぎくっとする。
 壁の時計の秒針が12を指した所で、また祥子がパイプの口を指でふさぐ。 我々も秒針の動きと孝夫の顔とを見比べる。 5秒、10秒。 孝夫が身体をくねらす。
『祐治さん、ちょっと孝夫の写真を撮っておいて』と祥子が言う。
『うん』
 私は祥子のカメラを手に取って、立ち上がってつづけて2枚ばかり孝夫の姿を撮り、さらにバックに壁の時計も入れて1枚シャッターを切る。
 30秒、40秒と秒針が回る。 まだ祥子は指を離さない。 孝夫が身体をはげしくくねらす。 また1枚シャッターを切る。
 50秒、1分。 孝夫が頭をのけぞらせる。 また1枚、斜めから時計も入れてシャッターを切る。 祥子はまだ指を離さない。 美由紀が高手小手姿のままで立ち上がる。 私は少し心配になる。
『祥子、もう止めたら?』
『ええ、でも、もう少し、もう少し』
 1分を過ぎた秒針がまた、10秒、20秒と進む。 孝夫が首を振り、くくられた足をはげしく動かして悶える。 また、2枚ばかりシャッターを切る。
 美由紀が不自由な体をよじるようにして、『もう、止めて』と叫ぶ。 しかし、祥子は孝夫と時計とを黙って見比べている。 孝夫の身体が前後に大きくゆっくりゆれる。 孝夫の顔が苦しそうにゆがんでいる。
 1分30秒になる。 またシャッターを切る。 それと同時に、『はい、これで終り』と言って、祥子がやっと指をはなす。 孝夫が肩で大きく息を吸い、その身体から力が抜けてだらりとなる。
『ご苦労さま』と言って、祥子が椅子に乗ってバンドをゆるめ、孝夫の顔から潜水マスクをはずす。 孝夫がまた大きく息をして、首を垂れる。
『どうだった?』と祥子が孝夫の顔をのぞき込む。 孝夫はぐったりして、ゆらゆら揺れながら大きい息を繰り返すだけで、応えない。 まだ息がおさまらず、ものを言う気になれないらしい。
『じゃ、吊りの方も終りにするわ』
 祥子はウィンチの所に行き、孝夫の足が床に着く所までフックを下げる。 孝夫の息がやっと少し収まってくる。
『吊りだけだと思ったのに、ひどいですね』と孝夫がいう。
『だから、昨日の美女3尊で、美由紀を先に下ろしたりした時、憶えらっしゃい、っていったでしょう?』
『ああ、あれを憶えていたんですか』
『そうよ。 忘れる筈がないでしょう?』
『おお、怖い』
 孝夫が肩をすくめる。 皆がどっと笑う。
 祥子はフックをはずし、胸や腰の太い紐を取り去り、足首の縛りも解く。 と、孝夫が祥子の膝の辺を軽く蹴る。 祥子がよろよろっとする。
『いたずらすると、手の紐はほどいてあげませんからね』と祥子がいたずらっぽく笑いながら言う。
『あ、おとなしくするから、早くほどいて下さい』と孝夫が情けなさそうな顔をする。 そして、『もう、手も痛くって』と顔をしかめる。
『はい、はい』
 祥子はなおも笑いながら、高手小手の紐も解く。
 横で高手小手の紐を着けたまま、笑って見ている美由紀に向かって、孝夫が訊く。
『美由紀さんは、そんなにきっちり縛られたままでも、痛くはならないんですか?』
『ええ』
 美由紀はそう応えて、にこっとする。 そして言う。
『痛くならないことはないけど、もう慣れちゃったの』
 横で祥子が言う。
『それに美由紀はね、そういう格好をしてた方が落ち着くのよ』
『まあね』
 美由紀は否定もせずに笑う。 孝夫は改めて感心した顔をする。
『すごいですね』



『これで孝夫君も吊ったとすると、あと、この食堂で吊られたことがないのは、祥子だけだね。 やっぱり一度は吊っといた方がいいんじゃないかな?』
 そう言う私の言葉に、普段は他人の責めに余り乗り気になることのない美由紀が、
『そうね、いいわね』
と珍しく賛成する。 孝夫も『そうですね』といった顔をする。
『でも、あたし、いやよ』と祥子が言う。
『そんなこと言わないで、せっかくだから記念に吊っとこうよ』
 私は祥子の右手をつかむ。
『いやっ』と祥子が逃げようとする。
『おとなしくして』
 私は祥子の右手を引っぱり、後ろ手にねじり上げる。
『痛い!』と祥子は大きな声を出す。
 私はそれにかまわず、左手で足下の赤いバッグから紐を取り出し、祥子の左手もつかんで、後ろ手にして右手と手首で縛り合せる。 祥子は『いや、いや』と言いながらも、手は自分から縛り易い形に組んでいる。 やっぱり、一度吊られてみたかったんだな、と思う。
 そうこうするうちに、祥子をきっちりした高手小手に縛り上げる。 それから定方通りに胸、腰、股と順に太い紐をかけ、つないでロープのフックに掛ける。 足首も縛り合せる。
 縛られながらも祥子は
『あたし、まだ、いいって言ってないわよ。 それを無理にやるなんて、祐治さん、ひどいわ』
と体を振ってみせる。 そして
『ね、ひどいわよね?、孝夫?』
と孝夫の同意を求める。 孝夫は笑って応えない。 美由紀も高手小手姿のままで、何も言わずに笑って見ている。
 少しロープを巻き上げる。 祥子の足が浮き気味になる。
『いたい!』
と祥子がまた大きな声を出す。 孝夫が訊く。
『どこが痛いんですか?』
 祥子はにやにやしていて答えない。 クランクを一時止める。 孝夫が私の顔を見る。 私は笑いながら解説する。
『祥子はね、猿ぐつわもはめて欲しいんで、催促してるんだよ』
『え、そうですか?』
 孝夫がそう訊くと、祥子が軽くうなずく。
『なるほど』
 孝夫もうなずく。 祥子はつま先でやっと立っている。
 クランクを離れ、小布れと革のマスクを持って祥子の前に行く。
『じゃ、口を開けて』
 祥子が大きく口を開ける。 小布れを口の中に押し込む。 口を閉じる。 口からあごにかけてをマスクで覆って、横と縦の革のバンドできっちりと留める。 祥子は眼をつぶって、うっとりした顔をしている。
『じゃ、上げるよ』
 私は祥子を一気に一番高い所まで引き上げる。 祥子はそっと眼を開けて辺りを見回し、また眼を閉じる。
 しばらくの間、3人は食卓の周りの椅子にすわって祥子を見上げ、観賞する。 すらりとのびた脚のパンタロンの線がとてもきれいである。
 隣の孝夫に声を掛ける。
『祥子の吊り姿をこうして下から見るのは初めてだね』
『そうですね。 そもそも、祥子さんを吊るということが殆どありませんからね』
 孝夫はそう応えながらも、祥子から目を離さずにいる。
『今までに何回あったかな』
『そうね』
 高手小手姿の美由紀が首をひねる。 そして、手を出せないまま、頭でうなずきながら数え上げる。
『まず、祥子さんの誕生日と、この間の地下室でのプレイと』
 そして結論を出す。
『こんなものだから、2回かしら』
『なるほど、今までにその2回だけか』
 私は改めてそれら2回の光景を思い出す。
『そうとすると、今日も含めて何時も僕が言い出してる訳だね。 祥子に恨まれるの、無理もないな』
『そんなことないわ。 祥子も実は喜んでるのよ。 いつも後で祐治さんを責める口実にはしているけど』
『そんな所かな』
 少しの間、3人で黙って祥子を見上げる。 やがて孝夫がぽつんと言う。
『それにしても、祥子さんって、縛られて高く吊られた姿もとてもいいですね』
『そうだね。 女の子にしては大柄だから、こう高く吊り上げて下から見ると、美しいだけじゃなくて迫力があるね』
 祥子は相変らず眼を閉じてうっとりした顔をしている。



 5分ほど観賞する。 そろそろ変化が欲しくなる。
『もう、きりがないから下そうか』とあとの2人の顔を見る。 孝夫が『そうですね』と言う。 美由紀もうなずく。
 私はウィンチの所に行き、祥子を下におろす。 祥子の足が床につく。 祥子が眼をあけて、ほっとした表情を見せる。
 しかし、これで終りにするのがちょっと物足りない気がしてくる。 そして、『ああ、そうだ』と気が付いて、改めて赤いバッグの所に行き、さっき孝夫に使った潜水マスクを手に取って祥子の顔を見る。 私の動きをぼんやり見ていた祥子が、一瞬ぎくっとした表情を見せ、何か言いたそうにする。 しかし、猿ぐつわで何も言うことが出来ずに、そのまままた平静な表情に戻る。
『これを祥子に掛けて見ようと思うんだが』
と手のものを孝夫に示す。 孝夫が珍しく
『いいですね』
と賛成する。 美由紀はただ笑って見ている。
 祥子のマスクを外し、吐き出す小布れを取る。 そして、
『じゃ、次にこれに掛けるよ』
と、祥子の眼の前に潜水マスクをかざし、わざと返事も聞かずに、手早く顔に当てる。 祥子はまた眼をつぶり、顔を動かさずにじっとしている。 やはり、嫌ではないらしい。
 じっくりと潜水マスクを祥子の顔に装着する。 そして、足が床に着いたままでは面白くないからと、またクランクを回して足が床から20センチほど浮くまで引き上げて留める。 祥子は相変わらず眼をつぶったまま、うっとりした顔をしている。
 祥子の前に行く。 ほかの2人も寄って来て、横に立つ。 祥子の頭は私の頭よりもやや上にあり、眼のすぐ下からあごにかけてを潜水マスクで覆われている。
 鼻の部分から延びているパイプを手に取る。 その気配を感じたのか、祥子が目を開ける。 しかし、その平静な表情を崩さない。
 パイプの先のキャップを外す。
『まず、テストをするよ』
 祥子が軽くうなずく。
 ちらっと壁の時計を見てから、パイプの先の穴を右手の親指でぴったり塞ぎ、祥子の顔を見る。 祥子はその表情を変えずに、私の手もとを見ている。
 5秒、10秒、と秒針が進む。 平静な祥子の顔も次第に息張ってくる。 しかし、少しも動かず、表情も変えない。 20秒になった所で指を離す。 祥子はほっとした顔で大きく息をする。
 少し間を置いて、『じゃ、もう一度、テストだ』と穴を塞ぐ。 また、秒針が10秒、20秒、と進む。 しかし、祥子は今度も少しも動かず、表情も変えずにぐっと耐えている。 今度は25秒で指を離す。 祥子がまた大きく息をする。
『祥子は息が詰まってもあまり動かないからよくは分からないけど、一応、空気の洩れはないようだね』
『そうですね。 それにしても、ほんとにちっとも動きませんね』
 孝夫は、ほとほと感心した、と言う顔をしている。
『じゃ、次は本番だけど、これは孝夫君がやってみないか?』
『え、僕が?』
 孝夫がびっくりしたような顔をする。
『うん、さっきのお返しをするといいよ』
『でも』
 孝夫はまだ尻込みしている。
『一度、やってごらんなさいよ』
と横で美由紀もそそのかす。
『じゃあ』
 孝夫はやっとその気になった様子で、私からパイプを受け取る。
『それじゃ、祥子の息が収まるまで少し待って、そこの時計の秒針が12を指したら穴をふさぐといいよ』
『ええ』
 そう応えながらも、孝夫はなおも不安そうな顔をしている。 そして訊く。
『で、どのくらいの時間、やったらいいですか?』
『そうだね。 それは孝夫君の好きなだけ続けていいけど、さっきの孝夫君の時は1分半だったから、その位を一応のめどにしたら?』
『はい』
 孝夫はすっかり緊張している模様である。
『時間が大体1分半だとなると、時計の針が見えてたのでは面白味が減るね。 こっちに向けようか』
 私は祥子の身体を、時計が背中の方向になるように回す。 祥子は相変わらず平静な顔をして、まだ少し荒い呼吸を続けながら私達を見ている。
 そのうちに祥子の呼吸が収まる。
『それじゃ、今度、秒針が12までいったら、始めたらどう?』
『はい』
 孝夫は祥子の肩越しに時計を見つめる。 私は孝夫の背後、やや右でカメラを構え、シャッターを切る準備をする。
 針が12を指す。 孝夫が右手の親指で穴を塞ぐ。 孝夫の斜め後ろ姿と祥子と時計とをファインダーに入れて、シャッターを切る。 そしてもう一枚、横から祥子と孝夫を撮って、カメラを右手に提げ、祥子と時計とを見比べる。
 針が20秒、30秒と進む。 祥子はまだほとんど変化を見せない。 40秒、50秒と進む。 また祥子と時計とを入れて、1枚写真をとる。 孝夫は一心に時計を見ている。
 1分を過ぎ、5秒になった時、祥子が眼をつぶり、初めて首を少し動かす。 孝夫がぎくっとする。 写真をまた1枚撮る。
 1分15秒になった時、祥子がちょっと身体をよじる。
『もう、終りにしませんか?』と、待ち切れないように孝夫が言う。
『ほら、もう少しの辛抱だよ』と元気づける。 美由紀がくすっと笑みを漏らす。 祥子はまた動かなくなる。
 針が20秒を過ぎ、25秒を過ぎる。 カメラを構える。
 30秒になる直前にシャッターを切る。 針が6を回った途端、孝夫が待ちかねたように指を離す。 祥子が大きく息をする。 もう1度、シャッターを切る。
『さあ、終った』
 孝夫がほっとした顔をしている。 祥子は潜水マスクをつけ、眼をつぶったままで、肩で大きく息をしている。
『じゃ、これで祥子の吊りもおしまいにするよ』と宣言し、クランクを回して祥子を下げる。 足が床に着く。 祥子も目を開け、ほっとした表情を見せる。
『ご苦労さま』
 私は紐をフックから外す。 祥子が高手小手姿のまま、床にぺたっと腰を落とす。 身体が倒れそうになるのを、孝夫が背中に手をやって支える。
 潜水マスクを取る。 とたんにまだ荒い息をしながら、祥子がなじるように言う。
『あたし、吊りも潜水マスクも、うんって言わなかったわよ』
 私は応える。
『それはうんと言わない祥子の方が悪いんだよ』
『そんなことないわ』
『それに、モデルの意向を無視してするのがプレイの真髄だ、というのが祥子の持論ではなかったかい?』
『まあ、それはそうだけど、でもさっきの孝夫の時も、それに何時もの祐治さんや美由紀の時も、あたしはちゃんと同意を得てやってるわよ』
『うん、それには違いないけど、祥子の時は祥子の持論に従ってするのが礼儀だと思ってね』
『まあ、ひどい。 憶えてらっしゃい』
 祥子は口ではきついことを言うが、顔は満更でもない顔をしている。 そして最後の言葉は笑いながら言っている。 悪くはない経験をしたと思っているのだろう。
 初めは心配そうに2人の応酬を見ていた孝夫も、祥子の表情が笑いに変わったのを見て、安心したような顔を見せる。 美由紀は高手小手の姿のまま、最初から『ああ、また』といった顔で笑いながら2人の応酬をきいている。
『じゃ、紐もほどくよ』
『ええ』
 私は祥子の高手小手の紐を手早くほどく。 祥子は足首の紐を自分でほどき、立ち上がろうとして、よろよろっとする。 孝夫が手を出して助け、立ち上がらせる。

7.3 吊り納め

第7章 第7日
05 /02 2017


 すっかり元気を回復した祥子が言う。
『それじゃ、次は祐治さんよ』
 わざと訊いてみる。
『どうして?』
『そりゃ、吊り納めはやっぱり祐治さんでなけりゃ』
『そうかな』
『それに、孝夫とあたしとだけがやって、祐治さんがやらないんじゃ不公平よ』
『ふーん、じゃ、美由紀は?』
『美由紀は孝夫の時もあたしの時も手を出さなかったし、それに、あたし、別にいい考えがあるの』
 美由紀が『あれっ?』といった顔をする。
『とにかく、祐治さんがやらないって法はないわ。 ね、そうだわよね』と、祥子は他の2人に同意を求める。
『そうですね』と孝夫が半分同意を与える。 美由紀は黙って笑っている。
『ね、いいでしょう?。 あたし、吊り納めで、とびきり丁寧に縛って吊ってあげる』
 とうとう根負けして応える。
『うん』
『じゃ、さっそく向こうを向いて』
 祥子はもう、さっき自分の身体から解かれたばかりの紐を手にしている。
『仕方がないかな』
 私は祥子に背を向けて、両手を後ろに回す。
 祥子は手際よく、私に可成りきびしい高手小手の紐を掛ける。 そして胸に太い紐を今日は4重にかける。 腰には股の間に厚くナプキンを入れて、太い紐で縛り上げ、胸の紐とつなげる。 そしてその紐の先をロープのフックに掛ける。
『今日はまた、ずいぶん丁寧なんだね』
『ええ、だから言ったでしょう?。 今日はとびきり丁寧に縛って上げるって』
『うん、でもそれだけにしちゃ、ちょっと丁寧すぎると思って』
『ええ、そう。 確かにちょっとした面白いアイデアがあるの。 それに祐治さんだって、さっき、あたしがいやだと言うのを無理に縛って吊ったんだから、覚悟はしてるでしょう?』
『うん、まあね。 でも、なるべくお手柔らかに頼むよ』
 そうは言いながらも、祥子がわざわざああ言うのだから普通の吊りでは済みそうもないな、と思い、ぞくぞくっとする。 とにかくこのように縛られてフックに掛けられていては、もう祥子の意図から逃れるすべはない。
 祥子はウインチの所に行ってクランクを少し回す。 私のかかとが浮き気味になる。 そこで一旦留め、祥子はまたやってきて、私の両方の足首に厚く包帯を巻いて、丁寧に縛り合せる。 単なる吊りなら足首に包帯なんか巻かなくてもいいのに、何をする積りかしら。
 ついで祥子は思い出したように『ああ、そうそう』と、革のマスクを取り出す。 そして私の口に小布れを詰め、マスクを当てて、顔が曲がるほど強くバンドを締めて尾錠で留め、錠を掛ける。
『また今日は、随分きつい猿ぐつわですね』と孝夫が言う。
『ええ、今日のプレイはちょっと厳しいから、この位きつい方が祐治さん、我慢し易いのじゃないかと思って』と祥子が応える。
 その会話を聞いてまた思う。
『一体何を考えているのだろう。 菱紐ではないから、タバコ責めではなさそうだけど』
 私は期待と不安とが入り混じって、またぞくぞくっとする。
 ついで祥子は『美由紀、ちょっとここへ来て』と美由紀を呼ぶ。 上半身を高手小手に縛られた姿の美由紀が何の気なしにやって来る。
 祥子が言う。
『あなたも祐治さんと一緒に吊りますからね』
 美由紀が『えっ』といった顔をする。
『そうすれば今朝はみんなが公平に吊られたことになるし、時間もないから2人一緒に済ませた方がいいでしょう?』
 美由紀は、仕方ないわ、というように軽くうなずく。
 祥子が美由紀の高手小手の上に太い紐を掛け始める。 私は第1回の月例会で美由紀と一緒にクレーンで吊り上げられた時のことを思い出す。 あの時は私は逆吊りだった。 祥子の言い方を聞いていると、今日は今までにない厳しい責めを考えているようである。 あれよりも厳しい吊りというと一体どんなものがあるかしら、といぶかしく思う。
 その間に祥子は美由紀の胸に太い紐を掛け終り、腰と股にも紐をかけてつなぐ。 足首も揃えて軽く縛り合せる。 そしてちょっと手を休め、孝夫に『せっかくだから8ミリの記録をとっておいて』と声をかける。 『はい』と答えて、孝夫が8ミリカメラを構えて回し始める。 いよいよ期待と不安が大きくなり、祥子の動きを目で追う。
 祥子は私の足首を縛った紐に2重の太い紐をかけ、美由紀に腰を下ろさせて、その背中の結び目に結び付ける。 私はやっと気が付く。
『ああ、私の足に美由紀をぶらさげる積りなんだ。 だから足首に丁寧に包帯を巻いたりして』
 思わず全身にぞくぞくっとした戦慄が走る。
 美由紀にも解ったらしい。
『無理よ。 そんなの無理よ。 いくら祐治さんでも、あたしと2人分じゃ耐えられないわよ』と叫ぶ。
 しかし、祥子は取り合わない。
『大丈夫よ。 紐を丁寧に掛けて力を分散させてあるし、それに、あたし、じっくり限界を見極めながら、慎重に引き上げるから』
『でも、祐治さんにお気の毒よ』
『大丈夫よ』
『駄目よ』
 美由紀もあくまで反対を言い募る。 ついに祥子がしびれを切らしたように言う。
『余りそんなこと言うと、あなたも口を蓋しちゃうわよ』
『でも』
 美由紀はなおも渋る。
『そうね、やっぱり蓋しといた方がいいようね』
 祥子は一人でうなずいて、小布れを美由紀の口に押し込む。 美由紀は逆らいもせず、口を開けて小布れを受け入れる。 祥子はもう一つの錠付きの革のマスクを美由紀の口とあごとを覆う様に掛け、バンドで留めて錠をかける。 孝夫は横で呆然と成り行きを見ている。



 祥子がウインチの所に戻る。 そして
『じゃ、上げるわよ』
と声を掛けてから、クランクを回し始める。 胸と腰の紐がぎゅうっと締まり、足への体重のかかり方がすうっと減って、ついには足がふわっと浮く。 そして身体がゆっくり揺れながら上がっていく。 ここまでは何時もの吊りと変わらない。 しかし、その後に来るものへの期待と不安とから、緊張がだんだん高まってくる。
 足首に軽いショックがあり、少し下に引かれる。 そしてその後の少しの間、足首にかかる力はあまり変らずに私の身体がゆっくり上がっていく。 目の下で向かうむきの美由紀の頭が、私の身体の上昇に合せて次第にせり上がってきている。 美由紀が少しづつ腰を浮かせてくれてるのだ。
 さらに少しして、私の身体が少し右に回り、丁度鏡の方に向く。 鏡の中で美由紀の身体が一杯に伸び切り、少しつま先立ちになっている。 『さあ、いよいよ』と思う。
 足がぐうっと下にひっぱられる。 私の胸の紐がぐうっと締まる。 股の紐も締まってくる。 私の身体がゆっくり右に回る。 丁度見えた祥子は私を見つめながら、ゆっくりと、しかし着実にクランクを回しつづけている。
 胸や股の紐の締まり方がさらにだんだん強くなる。 胸がぎゅうっと締めつけられ、息が苦しくなる。 足首も痛みが増す。 やがて、ゆらっとする。 『あ、美由紀の足が浮いた』。 腕が折れるように痛い。 口の中の小布れを力一杯かみしめて痛さをこらえる。
 一度、上昇が止まる。 クランクに手を掛けたまま、祥子がじっと私を見ている。 一瞬、これで下ろして貰えるかも、とのかすかな希望が湧く。 しかし、祥子は軽くうなずき、またクランクを同じ方向に回し始める。 また上昇が始まる。 観念して眼をぎゅうっとつぶる。
 身体はゆっくり右に回りながら、さらにさらに上がっていく。 腕や足の痛みがさらに募ってくる。 腰から股にかけての紐もぎゅうっと締まり、痛い位になる。 身体がまた鏡の方に向く。 美由紀が眼をつぶり、じっと動かずに私の足から吊り下り、少しゆれながら、私と一緒にゆっくり右に回っているのが見える。 息がだんだん苦しくなる。
 そのうちにカタンと小さい音がして上昇が止まる。
『さあ、出来たわ』と祥子の声がする。 今はもう、上一杯まで引き上げられて、美由紀の足も床から1メートル以上はなれている筈。
『あたし、以前からこういう2段吊りをすることが念願だったの。 やっと出来たわ』
 今はさすがの祥子も少し興奮気味である。 孝夫も興奮した声で会話を交わす。
『だけど、すごいですね。 僕は自分の体重だけであんなに痛かったのに、今は祐治さんは美由紀さんと2人分を引き受けてるんですよね。 よく我慢出来ますね』
『そうね。 でも今の祐治さんは、我慢が出来ても出来なくても、そのままいるより外にどうしようもない状況なのよ。 痛いって言うことすらも出来ないし』
『ええ、ほんとに厳しいですね』
『そうよ。 でも、そういう風に責められるのが、Mの人には堪らなくいいらしいの。 だから祐治さんも結構楽しんでるわよ』
 祥子はそう言って、『ね、祐治さん?』と声をかけてくる。
 こちらは歯をくいしばって、やっと堪えているだけ。 例え猿ぐつわがなかったとしても、とても返事などが出来る状態ではない。 ただ早く終りにしてくれ、と念ずるだけである。 それでもそっと目を開ける。 天井の梁がすぐ目の前に見える。 下では孝夫が写真を撮っている。
『あら、目を開けたわ。 まだ大丈夫そうね』と祥子の声。 何を呑気なことを言ってるとの反発を感じる余裕もない。
 すごく長い時間が過ぎたように感じる。 腕も息ももう耐えられる限界だ、と思う。 少し意識がうすれかける。 また、眼をつぶる。 眼の前が暗くなる。
『あら、いよいよ限界に来たらしいわね。 それじゃ、すぐに下ろすわよ』との祥子の声を少し遠くからのように聞く。
 身体が下に降りはじめる。 またすごく長い時間がたった後、ちょっとショックを感じる。 胸が急に少し楽になる。 美由紀の足が床に着いたんだな、と何か遠いことのように考える。 少しづつ意識がはっきりしてくる。
 さらに身体が下りていって、私の足も床につく。 胸がさらに楽になる。 しかし、まだ立つ気力はなく、ロープにぶら下るようになったままでいる。
 そっと眼をあける。 高手小手のままの美由紀の顔が見える。 猿ぐつわはもう外されてある。
『ああ、よかった。 気は失ってらっしゃらなかったのね』と美由紀が言う。
『それはそうよ。 あたしがちゃんと見てたんですもの』と祥子の声。 しかし、ちょっと真面目な調子に戻って続ける。
『でも大分へばってるわね。 ちょっときつ過ぎたかしら』
『そうよ。 無茶だったわよ』
『でも、何とか大丈夫だったようよ』
『そんなことないわよ』
 美由紀はなおも承服しない。
『とにかく、いいでしょう?。 みんな、無事に終ったんだから』
 祥子はそう言って議論を収束にかかり、『でも』となおも渋る美由紀に構わず、
『もう、全部終りにします』
と宣言する。 そして『ご苦労さまでした』と、私を吊ってる紐をフックから外す。 孝夫に支えられながら床にへたっと横座りに座り込む。
 鍵で革のマスクが外され、小布れを吐き出す。 大きく息をする。 祥子はさらに高手小手の紐を解きにかかる。 私は眼をつぶり、身体中から力を抜いて、祥子にすっかり任せる。 孝夫も美由紀の紐を解きにかかる。
 最後に両手首を背中で縛り合せていた紐が解かれ外されて、私の上半身がすっかり自由になる。 ちょっと腕を動かしてみる。 肩や腕に血が巡るのを感じる。 先ほど腕などがあまりに痛かったので少し気になってたが、別に障害は起こしてはいないらしい。 手を後ろについて足を前に投げ出す。 祥子が足首の紐も解いてくれる。
 孝夫に助けられて立ち上がり、支えられながらゆっくり歩いて、自分の椅子にぐったり座り込む。 息は次第に収まってくる。
 これもすっかり自由になった美由紀が食卓に両手をついて、『大丈夫?』と心配そうに私の顔をのぞき込む。 『うん、もう大丈夫』と応えて、にっこり笑ってみせる。 美由紀もそれを見て、安心したようににっこりする。

7.4 お茶の時間

第7章 第7日
05 /02 2017


『さあ、もう吊りは終りにしていいですね?』と孝夫が念を押す。
『ええ、いいわ』と祥子が応える。
『それじゃ、ここの滑車もはずしますよ』と言って、孝夫は外へ出ていく。
 間もなく孝夫が長いはしごを持って戻ってくる。 そして梁にはしごを掛けて滑車をおろす。 手動ウィンチもボルトをはずす。 その頃になると私もやっと少し回復して、これらの品物を物置に片付けるのを手伝う。
『ああ、そうそう、地下室にも滑車がありましたね』と言って、孝夫がまた出て行く。 祥子と美由紀は食器などを片付け、さらに食堂の中の整理を始める。 私もまだ完全にはすっきりしないながらも、ぼつぼつ手伝う。
 ややあって、孝夫が滑車を両手に1つづつぶら下げて戻ってくる。 そして、『ついでに地下室もきれいに掃除してきました』と報告する。 『ああ、ご苦労さま』と祥子がねぎらう。
 皆でさらに食堂を整理する。 そしてその後、各自の荷物をまとめる。
 皆が荷物を持って食堂に集まり、また椅子に座る。 壁の時計の針は9時10分を指している。
『さてこれで、みんな帰る支度が済んだんだね』と念を押す。
『ええ、あとは荒船さんの迎えを待って、荷物を持って乗り込むだけです』
と孝夫が代表して応える。 他の2人もうなずく。 そして祥子が言う。
『所で祐治さんは、ご気分はどう?。 もう、すっかり回復した?』
『うん、もういいようだ』
『そうね。 顔色もよくなったわね。 さっきは大分悪かったけど』
『ああ、そう。 それは心配させて悪かったな』
『いいえ、祐治さんの身体は丈夫だから心配しなかったけど、荒船さんが来るまでに顔色も直ってて貰わないと、ちょっと説明に困るでしょう?。 それを心配してたのよ』
『ほら、また、祥子の悪女ぶりが始まった』
 私の言葉に皆がどっと笑う。
『それはそうとして』と祥子が話題を転ずる。 『荒船さんが迎えに来るのは、確か10時だったわね』
『ええ、そうです』と孝夫。
『そうね。 それじゃ、まだ50分ばかり時間があるから、お茶でも飲みながらおしゃべりしましょうか。 今やったばかりのプレイの感想も聞きたいし』
 祥子のこの提案に皆が賛成する。 祥子と美由紀が立って、また茶碗を並べ、ポットに残っていたお湯でお茶を入れる。 もう、何時、荒船さんが姿を見せるか分からないから、と言うことで、今は美由紀の両手も自由なままにしてある。
 皆が席に着いて、お茶をすする。



 早速に祥子が始める。
『それじゃ、順序としてまず孝夫からお伺いするけど、初めて吊られた御感想は?』
『いやですね。 お伺いするだなんて』と孝夫が笑う。
『いいわよ。 とにかく感想を聞かせて』
『そうですね』。 孝夫は頭をかしげる。 『吊りというのは、うまく吊って貰うと案外我慢ができるものなんですね。 もっとも、腕は大分痛かったけど』
『そうでしょう?。 少しは見直した?』
『ええ、少し』
『それで、その後の窒息プレイの方は?』
『ええ、あれは苦しかった』
 孝夫はその時の苦しさを思い返すかのように大きくうなずく。
『本当にどうにもならない苦しさで、腕が痛いのなんかは問題にならなくなって、必死にもがいてしまって』
『そうね、身体を大分激しく動かしてたわね』
『ええ、もう、じっとしていられなかったんです。 動けば紐が締まって、ますます痛くなることは解っていたんですけど』
『無理もないわ』と美由紀が横で言う。
 それには構わず、祥子がなおも質問を進める。
『でも、今から考えて、どう?。 ある意味で、楽しかった。 もう一度、やってみたい、とは思わない?』
『そうですね』
 孝夫は自分の心を点検するかのようにちょっとの間、考える。 そしてもう一度、『そうですね』を繰り返したあとで言う。
『やっぱり駄目ですね。 吊りだけなら我慢は出来そうだけど、もう一度経験してみたいとは思えませんし』
『窒息責めの方は』
『その方はもっと駄目ですね。 とても、もう1度、やって貰おうという気にはなりませんね』
『そうね。 やっぱり、そうなのかしら』
 祥子はちょっとがっかりした風を見せる。
『ええ、そうですね。 僕はやっぱり祥子さんのお手伝いをしながら、皆さんのプレイの観賞をさせて貰うのが一番いいです』
『そうよ、そうよ』と美由紀がまた横から口をはさむ。 『やっぱり孝夫さんにはそうして貰うのが一番よ。 責める方も責められる方も一緒に楽しむんでなければ、プレイは長つづきしないわよ』
『そうね。 丁度、あたしと美由紀みたいにね』と祥子が笑いながら言う。
『知らない!』
 美由紀は自由な両手をわざわざ後ろに回してすねてみせる。 皆でどっと笑う。
 祥子が続けて、『それで孝夫、あのプレイについて、もっと言って置きたいことがある?』ときく。
 孝夫が答える。
『いいえ、僕はもう結構です』



『これで孝夫の感想が終りだとすると、次はあたしかしら』
『うん、そうだね』
『それじゃ』
 祥子は一旦座り直し、お茶を一口飲んでから感想を述べ始める。
『そうね。 まず、最初の吊りだけど、あれはまあまあね』
『でも、あれだけ高く吊り上げられたのは、祥子は初めてじゃないのかい?』
『ええ、確かに初めての経験ね。 でも、みんなを高い所から見下ろすのがちょっと珍しくて、悪い気分じゃなかったわ』
『ふーん、すごいですね』
 孝夫がまた改めて感心した顔をする。
 ここで祥子がなじるように言う。
『でも祐治さんは、あたしがいやって言ってるのに縛って吊ったのよ。 ルール違反よ』
 私は素知らぬ顔で応える。
『え、そんなルールってあったっけ?』
『ええ、ルールはまだ決めてないにしても、あたしたちの慣習に違反してるわ』
『でも、僕は慣習よりも祥子の持論の方を尊重しただけだよ』
『また、あんなこと言って』
 美由紀と孝夫は横でにやにやしながら聞いている。
『それに猿ぐつわの方は、確かに祥子のご希望だったぜ』
『ええ、それは認めるわ。 でも、潜水マスクはまだいいとも悪いとも返事をしないうちに掛けちゃったのよ』
『でもどっちみち、いいと言う積りだったんだろう?』
『そんなこと分からないわ』
『じゃ、止めといた方がよかったのかい?』
『そんなこと言ってないわよ』
『じゃ、どうすればよかったんだい』
『知らない!』
 祥子はあくまですねてみせる。
 ここで、それまで笑いながら2人の言い合いを聞いていた孝夫が、
『そういう議論をしていたんでは、時間がなくなってしまいますよ』
と声をかけてくる。 『そうね』、『そうだね』と祥子と私は顔を見合せて笑う。
 改めて孝夫が祥子に向かっていう。
『それで、僕から聞きたいんですけど』
『なあに?』
『あの、さっきの窒息責めは、祥子さんはあまり苦しくはなかったんですか?』
『そりゃ、苦しかったわよ』
『でも、祥子さん、あまり身体を動かしませんでしたね』
『ええ、あまり悶えたりしないって、心に決めてたの』
『僕だって、悶えたくて身体を動かしたのではありませんよ。 苦しくてじっとしていられなかったから身体を動かしたんで』
『ええ、それは認めるわ』
 祥子は明るく笑う。
『祥子さんだって僕と同じ位苦しかった筈なのに、ほとんど動きがないものだから、却って僕の方が息苦しくなって』
『それで途中で、もう止めようか、って言ったのかい?』
『ええ、そうです。 せっかく、すぐ前の責めのお返しを少しでもしようと思って、やらせて貰ったんですけど、もう耐えられないような気持ちになって』
『そうよ。 柄にないことをするからよ』
『ええ、まったくそうですね。 あの時、祐治さんが元気づけてくれたからどうにか1分半、辛抱出来たけど、さもないときっと、その前に指を離してしまっていましたね』
 孝夫はまったく素直に認める。
『でも、それじゃ話が逆ね』と美由紀が言う。 『だって、責められてる方が平気な顔をしてて、責めてる方が辛抱出来ないって言うんですもの』
『それはそうね』
 また皆がどっと笑う。
『やっぱり僕は』と孝夫がしみじみした調子で言う。 『自分でSをするのには向いてないんですね。 Mの方はもっと駄目だけど』
『いいのよ、それで』と祥子。 『あたしたち、孝夫が一緒に居てくれるお陰ですごく助かってるのよ。 お手伝いをしてくれて、プレイを一緒に鑑賞するのが孝夫にとって一番楽しいのなら、やはりそうしてて貰うのが一番よ』
『ええ。 お手伝いなら何時でも喜んでします。 ほんとに3人のなさるプレイは明るくて、お手伝いしてても楽しいです』
『ええ、そう言って貰えると有り難いわ』
 ちょっと会話がとぎれる。 私が改めて訊く。
『それで、祥子の感想はそれでおしまいかい?』
『ええ、吊りも窒息責めも、まあ、予想してた通りだったし』
『やっぱり祥子を責めて喜ばせるには、よほど意想外な厳しい責めを用意しないと駄目なようだね』
『ええ、そうかも。 期待してるわ』
『すごいですね』
 祥子の強気な言葉に改めて孝夫が感心している。



 祥子が話を先に進める。
『じゃ、次はいよいよ、本命の祐治さんと美由紀ね』
『うん、さっきの2段吊りとかいうプレイだね?。 あれはさすがにきつかった』
『そうでしょう。 お気に召して?』
『うん、ちょっと召し過ぎたようだ』
『そんなにきつかった?』
『うん、腕は物凄く痛かったし、腰の紐もどんどん締まってくるし、それに何よりも、胸が締めつけられて息が苦しくなって』
『なるほど、きつい所があちこちに分散してたって訳ね。 丁度あたしの狙い通りに』
『ひどいな。 そんなことを狙ってたのかい?』
『ええ、そうよ。 一箇所に集中しちゃ、それこそ身体が持たず、危険でしょう?』
 祥子は平然としている。 私は『そうかね』と鉾を収め、話の方向を少し変える。
『それで、さっきは美由紀を足にぶら下げた状態で、すごく長く吊られていたような気がするけど、一体、どの位の時間だった?』
『そうね』と祥子はちょっと首をかしげる。 『まあ、3分間あまりかしら』
『なる程、そんなものかね。 僕は10分以上もきつい時間が続いてたような気がしてたけど』
『ええ、そうよ。 美由紀を繋いで、本番でクランクを回し始めてから、最後に祐治さんの足が床に着いて回すのを止めるまでで、確か3分30秒余りだったから、美由紀の足が宙に浮いていた正味の時間は、やはり3分間余りだと思うわ』
『ふーん』
『まあ、2人分の目方を支えてたんだから、長く感じるのも無理はないけど』
『そうかな』
『だから、あたし、祐治さんの股のナプキンを充分厚くして、さっきも言った通り、紐も胸と腰とに負担が等分にかかるように、丁寧に掛けておいたのよ』
『そうだね。 そのお蔭でやっと3分間、意識を失わずに済んだという訳か』
 私は改めて、必死に耐えていたあの時の気持ちを思い出す。
『しかし、3分間でもすごいですね』と孝夫が言う。 そして新たな疑問を出す。
『所で祐治さんは、あの紐1本でどの位の目方を支えてたんですかね』
『そうね。 それは興味があるわね』
と祥子はうなずく。 そして私に訊く。
『祐治さんの体重は?』
『僕は65キロだ』
『あたしは42キロよ』と美由紀がいう。
『とすると』と孝夫が素早く暗算する。 『お2人で107キロですか。 僕は75キロですから、僕1人よりも30キロ以上も重いんですね。 それをあの紐1本で吊られてたんだからすごいですよ』
『そうね。 そう言えば』と祥子も言う。 『孝夫はあたしよりも25キロも重いんだから、吊られるとそれだけ辛い訳ね。 祐治さんでも15キロ分、辛いのね。 あたし、そのことをすっかり忘れてたわ』
『あれあれ、今時分になってそんなのんきな事を言って』
 私が恨むような調子でいう言葉に皆がどっと笑う。
 笑いが収まって、私は真面目な口調に戻って続ける。
『ただ、あそこで美由紀がほとんど動かずにいてくれたんで、大分助かってたんじゃないかな。 あれで美由紀にもそもそ動かれたら余分に重さがかかって、もっとへばるのが早かったろうな』
『ええ、あたしもそれを考えて、一生懸命、じっとしてたの』と美由紀。
『なるほどね。 それじゃ、少し揺らしてみた方が面白かったかしら』と祥子がいう。
『ほら、また、そんなことを言う。 祥子はほんとに悪女ぶるのが好きだね』
 私は呆れた顔をしてみせる。 また皆が笑う。
『それはそうとして、まだ何かあるかしら』と祥子が先を促す。
『うん、僕の感想はそんなものだな』
『ああ、そう。 それじゃ、美由紀は?』
『ええ、あたしももういいわ』
『ああ、そう』
 祥子はひとつうなずく。 そして、改めて私の顔を見て、言う。
『それじゃ、最後にお聞きするけど、あのプレイをもう一度する と言ったら、祐治さんは賛成して下さる?』
 私は答える。
『そうだな。 あまり希望はしないけど、興味がないこともないな。 無理にやらされるという状況を作ってくれたら、いやとは言わないだろうな』
 孝夫が改めて感心した顔をして言う。
『すごいですね』



 皆の感想が一段落して、もう冷めてしまったお茶を一口飲む。 そしてこれからの帰りに思いを馳せる。
『ところで今日の帰り路は、もうどこにも寄らずにまっすぐ帰るんだね』
『ええ、その積りです。 今日は土曜日なので東名の下りは大分混むかも知れませんが、上りは大したことはないでしょう』
 孝夫の言葉に祥子がにやっと笑う。
『まあ、後は帰るだけだから、少しは混んだ方が面白いかも知れないわよ』
 祥子はそう言って、意味ありげにまたにやっとする。
『また、祥子は何か企んでるのかい?』
『ええ。 でも、大したことじゃないわ』
『でも、そう言うからには、何かあるんだね』
『ええ、とにかく東京に帰るまでは、まだ合宿のうちですからね』
『うん、分かった。 でも勿体をつけないで話したら』
『ええ、いいわ』
 祥子はちょっと座り直す。
『あたしはただ、帰りは祐治さんを車のトランクに入れて東京まで運び、荷物として車で運搬される経験をさせてあげよう、と思っているだけなの』
『ふーん』
『まあ、荷造りしてトラック便で、と言うのはとちょっと違うけど、車で運搬される経験としては一緒だから、我慢してね』
『はいはい』
『その代りと言う訳じゃないけど、ここへ来た時の美由紀と違って、途中で外に出してあげることはしませんからね』
『でも、途中で熱射病になったりしたら困りますよ』と孝夫が心配する。
『ええ、だから、安否だけは時々確かめて上げるわよ』
『それはどうも』
 私は軽く受け流す。 しかし、内心では帰りの旅行に期待が湧いてくる。

7.5 お迎え

第7章 第7日
05 /02 2017


 皆のお茶もなくなる。
『それじゃ、もう9時40分になったから、荒船さんを迎えがてら浜に出てみませんか』
『そうだね。 もう恐らく来年までは来ることもないだろうから、浜をもう一度、よく見ておこうか』
 簡単に後片づけをして茶碗も戸棚に納め、みんな一緒に浜に出る。
 浜は今日もよく晴れている。 海も静かで、波が30センチほどの高さになっては崩れて、ざあっと押し寄せてきている。
 はだしで波の先が届く所まで出る。 足が波に洗われ、ひんやりして気持がよい。
『荒船さんの言い草じゃないけど、今度の合宿では、祐治さんはほんとに海に入ることが少なかったですね』と孝夫が言う。
 私も思い出してみる。
『そう言えばそうだね。 3日目はほとんど一日中、砂に埋められっぱなしだったし、4日目もずっと埋められていて、正男君たちが帰った後になってやっと少し海で遊んだだけね』
『そうね』
 祥子もうなずく。  私は興に乗って続ける。
『それから5日目も午前中は少しは海に入って遊んだけど、午後にはピクニックにいってしまったし。 6日目は』
『そう、6日目は』と祥子が引き取る。 そして一息おいて真面目な顔で言う。 『祐治さんはどこかへ行ってしまって、ほとんど一日中、顔を見せなかったし』
 皆がどっと笑う。
『そうだね。 そうすると、本当に海で遊んだのは2日目に一日と、3日目の朝と4日目の朝と、それに5日目の朝にそれぞれ少しづつだけって訳か』
 私は指折り数えてみてびっくりする。
 また孝夫が言う。
『それに対して、祐治さんが砂に埋められていた時間は長いですね。 3日目だけでも12時間はありましたからね』
『それに』と美由紀も言う。 『4日目も神隠しとか言って、2時間半は砂の中に寝て埋められてたし』
『その上』と祥子も加わる。 『海で遊んだと言って、実際に海に入っていた時間はそんなにはないから、ほんとに祐治さんは、海の中に居た時間よりも砂の中に居た時間の方が遥かに長かったって訳よね。 面白いわね』
 祥子は面白がる。
『そうね。 波はあんなにかぶられたのにね』と美由紀も面白がる。
『つまり、プレイを楽しむことを優先すると、そういうことにもなるんだね』
『そうね』
 皆がうなずく。 私は付け加える。
『でも、来年にまた来るとしたら、今度はもう少しは海に入って遊びたいね』
 祥子が笑いながら応える。
『ええ。 来年は今年の埋め合せに、ずうっと海の中に沈めといてあげるわよ』
『それはご親切さま』
 その時、美由紀が沖を指差す。
『あ、荒船さんが来たわよ』
 見ると右手の岬の先に見覚えのある荒船さんの船が姿を見せ、こちらに向ってくる。
 皆が手を振る。 荒船さんも手を振っているのが見える。 船は次第に近付いてくる。



 荒船さんの船が浜に着く。 皆がその周りに寄る。 荒船さんが船から下りてくる。 そして皆を見回して真っ先に訊く。
『どうでした?。 充分、お楽しみになれましたか?』
 また祥子が代表して答える。
『本当によかったわ。 まだ帰りたくないみたいよ』
 皆で連れだって別荘に戻る。 荒船さんは別荘の中を一通り見てまわる。 荷物を外に出して戸締まりをする。
 浜に戻って船に乗る。 やがてまたポンポンポンとエンジンが掛かって、船が浜を離れる。 遠ざかっていく浜辺を皆が名残り惜しげに見詰める。
 船が例の岩の横を通る。 皆が船の前の方に集まり、岩を見詰める。 美由紀を縛りつけた環が見える。
『懐かしいね。 美由紀はあの岩の棚に張り付けられていたんだね』
と荒船さんに聞こえないように横の美由紀にささやく。 もっとも船は風を切っていて風の音が大きく、またエンジンの音も高いので、少し位大きな声を出しても、ともの方で舵を執っている荒船さんに聞こる恐れは少ない。 美由紀はただ
『ええ』
と応えて、懐かしそうに通り過ぎていく岩を見詰めている。
 祥子が残念そうに言う。
『でも、あの岩は、初めに予想したほどにはプレイに使わなかったわね』
『うん、そうだね。 砂に埋めたり、埋められたりするのに忙しかったからね』
『来年も皆で来ることになったら、さっきも言ったように、祐治さんを海の中に沈めてゆっくり楽しませてあげたいんだけど、それにはあの岩の横が一番便利そうね』
『そうかね』
 その間に岩はすっかり後ろに行ってしまう。 そして船がぐうっと右に曲がり、岬を回って私達の浜が見えなくなる。
 船は40分ばかりで荒船さんの部落に着く。



 荒船さんの家でお茶をご馳走になる。 荒船さんと老人夫婦、それに荒船さんの嫁さんも加わって、話がはずむ。
 おじいさんがまず訊く。
『どうだった?、あの浜は。 7日間もあそこに居て、退屈しなかったか?』
 祥子が応える。
『いいえ、退屈どころじゃなかったわ。 帰るのが惜しい位』
 おじいさんがまた言う。
『お前達も変ってるな。 大概の若いものは、あんな何もない所では3日もすると退屈して逃げ帰っていくのに』
『へー、そうですか』
『7日もの間、一体、何をしてたんだね。 息子の話でも、そう特別な遊びをしてたようでもないが』
『ええ、色々と、泳いだり、砂遊びをしたり』
 こういう場合は応対を祥子に任せておくと安心である。
『よく、そんなことで飽きなかったな』
『ええ、とにかく、あれだけ自由に砂をいじって色々と細工が出来るのって、初めての経験でしょう?。 もう、嬉しくって』
『いい年をして、そんなものかな』
 おじいさんは、あまり納得しないような顔をしている。
『砂遊びと言えば』と荒船さんが言い出す。 『一度、3日目ですか。 大きな砂山を造って、その前にお花やお線香を飾ってありましたね。 あれは何をしてたんですか?』
 私は一瞬、どきっとする。 しかし、祥子は動じた様子もなく、いとも神妙な顔をして応える。
『ええ、ある人の菩醍を弔って』
『え?、ある人のぼだい?』
『ええ、あたし達みんなのお友達で、大分前の夏に、前に独りで伊豆の海に泳ぎに行くって出掛けていって、それっきり行方が判らなくなった人が居るの。 その当時は、まるで神隠しにあったみたいだって、みんなで噂してたの』
『へー』
 荒船さんも真剣な顔になる。
『それで今度、海に来て思い出したら、あの日が丁度、その人が居なくなった日だったので、これも何かの因縁だというので、その人の好きだった砂山造りをして、ついでにお花やお線香をお供えして弔っていたの』
 祥子はしんみりと話を締めくくる。 私は笑いたくなるのを懸命に押し殺す。 それにしても、あのプレイの色々な要素をうまく取り入れた見事な説明である。
『はあ、そうですか』
 荒船さんもしんみりした顔をする。 その話はそれでおしまいになる。
 ちょっと会話に区切りが出来た後、荒船さんが会話を再開して訊く。
『それから、昨日はかなり大きな地震がありましたね。 皆さん、あのとき何処に居ました?』
 また、祥子が答える。
『ええ、あの時は、あたし達はまたちょうど、浜で砂山を造って遊んでましたの。 その砂山が地震で少し崩れてしまって慌てて直したりして』
 なるほど、それは本当の話である。 ただ、その砂山の下に何があったかを言わないだけである。
『ああ、それなら安心でしたね。 ただ、あのすぐ後にちょっとした津浪があったでしょう?。 その時、丁度、海に入っていて流されたりしてやしないか、少し心配してたんです』
『ええ、流される心配はなかったんですけど』
 孝夫がふとそう言い出して止めたのを、荒船さんが聞きとがめる。
『何かあったんですか?』
『いいえ、何にも』
 祥子が話をうまくそう引き取る。 そして説明する。
『ただ、大きな波がどっと押し寄せてきたので、あたし、慌てて、美由紀と手をとりあって上の方に逃げて』
 これも確かに事実である。
 孝夫が言う。
『それにしても、相当に大きな津浪でしたね。 あの浜ではいつもは波が崩れるときでも高さは精々1メートルくらいなのに、あの津浪では3メートル近くあったんじゃないですか?』
『そうだね。 その位はあったような気がするね』
 私もそう相づちを打ちながら、砂浜すれすれの低い視点から見た、あのどっと押し寄せてくる波の強烈な印象を思い出す。
『とにかく無事でよかったですね』と荒船がいう。 『この辺でも丁度、干潮に近かったから何ごともありませんでしたが、満潮だったら少しは被害があったかも知れませんね。 実はこの部落でも、子供達が遊んでいた小さな舟が一隻、流されそうになりましてね』
『えっ、そんなことがあったんですか。 それでどうなりました?』
『ええ、すぐ近くにいた船が気がついて、追いかけて引き戻したんで、みんな無事でしたが』
 私は思わず口に出す。
『それはよかったですね』
 私は子供達が無事だったということと、私達のプレイのことが気付かれずにすんだこととの、2重の意味でほっとする。
 確かに満潮だったら私の命は無かったろう。 何だかあの未曽有な経験を荒船さん達にも聞いて貰いたいような気もするが、うっかりしゃべったらこの次からは自由に遊ばせて貰えなくなる。 それにしても、祥子が嘘は言わずに、しかも知られたくないことは感づかせないで、人を納得させる話をするのがうまいのに感心する。 またお茶を飲む。
『ところで息子の話によると』と今度はおじいさんが私に話を向ける。 『お前さんはちっとも泳がずに、山のほうにばかり行ってたそうだね。 せっかく海に来たんだから、泳いだほうがいいよ』
『ええ、どうも』
 私は頭をかく。 皆が笑う。
『おじいちゃん、そんなこと言うの、失礼よ』と横で嫁さんがたしなめる。
『いいんです、本当ですから。 来年、また来させて貰ったら、今度はもっと真面目に泳ぎます』
 また皆が笑う。
 荒船さんが話題を転じる。
『山歩きといえば、皆さんはD平には行ってごらんになりましたか?』
『ええ、一昨日の午後、みんなで行って来ました。 いいところですね』と祥子がまた代表して答える。
『特にあの崖はすごいですね。 下をのぞくと身体がぞくぞくしますね』と私がいう。 美由紀と孝夫が横でくすっと笑う。
『ああ、あそこをのぞいたんですか。 あそこは気をつけた方がいいですよ。 ふた月程前ですけど、あそこから落ちて死んだ人がいましてね』と荒船さんがいう。
『ああ、そうそう。 あれはお気の毒だったわね』と嫁さんもうなずく。
 私はあの時の恐怖がよみがえって、また身体がぞくぞくっとする。
『そんなことがあったんですか』と孝夫が言う。
『ええ、その方は何でも東京の女子大の学生さんだったそうで、男の方2人、女の方2人のグループでハイキングに行って、難に遭われたんだそうです。 やはり、あの崖を覗いてる時に落ちたという話ですから、眼がくらんでバランスを崩しでもしたんですかね。 とにかく気の毒なことをしました』
 荒船の詳しい説明に、皆はしーんとして話に聞き入る。
『そうすると』と孝夫が怖そうに言う。 『まだ、その女の人の魂があそこに残っているんですかね』
『さあ、どうですかね。 何でもそういうことがまたあってはいけないと言うんで、後であの場所で何か供養をしたそうですけど。 な、お前、そうだったな?』
 荒船さんは傍の嫁さんに確かめる。 嫁さんが説明をつづける。
『ええ、遺族の方やお友達が集まって、あの崖の横の一番大きな松の木の枝に、その女子大生さんの可愛がっていたフランス人形を吊るしてご供養をして、ほとけを慰さめたという話ですよ』
『えっ、あの枝振りのよい、太い松の木にですか?』
 私は自分が逆吊りされた松の木を思い出して思わず聞き返す。 何も知らずに荒船さんは言う。
『ええ、そうだそうです。 いい松の木があったでしょう?』
 さらに嫁さんが追い討ちをかけてくる。
『それもほとけが頭を下にして落ちたのだから、一緒に行って慰めるようにって、お人形は頭を下にして吊るして供養したって聞いてますけど』
 私達は思わず顔を見合せる。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。