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5.1 電話連絡

第5章 祥子の誕生日
04 /28 2017


  電話のベルが鳴る。 受話器を取って、『はい、三田です』と応える。
『あら 祐治さん、今晩は』
  向うからは珍しく、美由紀の声が聞こえてくる。 時は6月7日、土曜日の夜の9時頃である。
『あたし 美由紀。 この間はどうも有難うございました』
『いや こちらこそ。 でも 美由紀からの電話とは珍しいね。 今 どこに居るの』
『ええ、あたし達のマンションよ』
『ああ そう。 僕は美由紀が電話をくれるんだから、どこか特別な場所へ行って夜遊びでもしてるのかと思った』
『まあ ひどい』
  言葉とは裏腹に、美由紀の明るい笑い声が響いてくる。
『それで お2人のマンションからだとすると、祥子もそこに居るのかい?』
『ええ マンションには居るけど、今はお風呂に入っているの』
『ああ そう』
  とすると、美由紀は何で電話をくれたんだろう。
『それで、祥子がお風呂に入っている間に美由紀が電話をくれるって、何か特別な用があったのかい?』
『ええ、祥子がね。 せっかくお祝いをしてくれるのなら、あたしが全部アレンジして、って言うものだから』
  そう言われて、私もこの前の日曜日にあった話を思い出す。 実を言うと、祥子が時間のことなどが決まったら連絡をよこすと言っていたのに、いまだに何の連絡もないので ちょっと気になっていた所である。
『というと、この前に話があった祥子のお誕生日のことかい?』
『ええ そう。 今度の12日の木曜日に「かもめの会」でお誕生日のお祝いをするというお話』
  なるほど、それならば祥子がお風呂に入っている間に美由紀が電話をよこしても おかしくない。
『それはご苦労さま。 それで?』
『ええ それでね』。 美由紀は一息入れる。 『もう そろそろ時間や何かもきっちり決めた方がいいと思って、今日の午後に孝夫さんと会って相談したの。 そして12日の夕方の4時半集合であたし達のマンションでお誕生日パーティを開くことにしたんだけど、どうかしら。 一応 この前の時に、祐治さんのご都合も夕方4時頃から後なら何時でもいいって伺ってたので、孝夫さんの都合に合せてこの時間にしたんだけど』
  私はとっさに自分の予定表を思い浮かべる。 12日の木曜日も学校へ行って自分の仕事を進める積りだが、研究室の会合などの予定はないから、時間は、特に夕方からは自由に空けることが出来る。
『うん いいよ。 4時半からなら僕は大丈夫だ。 孝夫君もそれでいいって言ってるんだろう?』
『ええ そう。 孝夫さんは 午後、ちょっと用事があるけど、4時半ならきっと来れるから、っていうの』
『ああ、それならいいね』
『ええ。 ただ 孝夫さんはね、実はその夜にもS駅の近くの喫茶店で人と会う約束があって、8時すぎにまたちょっとの間だけ抜けるけど、その方の用事はすぐに終るから、9時頃までにはまた帰って来るって言ってるの』
『ああ そう。 それはちょっと残念だね。 でも別にどうってことではないね。 その間 3人でおしゃべりでもしてればいいんだし、それに当日は恐らく10時頃までゆっくりお邪魔することになるだろうから、孝夫君が9時頃にでも帰って来てくれれば、それからでもまだ1時間は一緒に遊べるし』
『ええ あたしもそう思って。 ほんとは みんながずうっと空いてる日が理想だけど、1人がちょっと間を抜けるだけなら、祥子のお誕生日当日を選んだ方がいいんじゃないかと思って、日にちは変えないことにしたの』
『うん 結構だ。 僕もそう思う』
『それじゃ いいわね』
『うん いいよ。 僕もきっと伺うからよろしく』
『ええ、あたしの方も準備してお待ちしてるわ』



  一応の連絡が終る。 話の流れとして当日の行事予定を聞いてみる。
『所でお誕生日パーティでは何をするか、もうプランは決まったかい?』
『いいえ、まだ余りちゃんとはしてないの。 まず最初にバースデイ・ケーキにローソクを立てて火を点けて、それを祥子に吹き消して貰って、そのケーキをみんなでいただいて、までは予定を立てたけど、その先はまだ考えてないの。 もっともパーティの後の夕食代りに何か軽いものを用意しておく積りだけど』
『ああ なるほど』
  私は美由紀の言ったことを頭の中で反芻する。 そして そう言うパーティではよくある記念品贈呈の話が出てないことに気がつく。
『それから せっかくのお誕生日にメンバーが全員集まるのだから、「かもめの会」からも祥子に何かお祝いの贈り物をしたらどうかな』
『ええ そうね。 あたしもそう思って孝夫さんとも話をしたんだけど、なかなかいいものが思い付かなくて。 それで結局、孝夫さんは贈り物のことは祐治さんとあたしに任せるからお願いしますって、引き下がっちゃったの』
『ふーん。 それはちょっと無責任だな』
『そうね』
  向こうから美由紀の笑い声が聞こえてくる。
『それじゃ、何か贈り物をしたらいいということには3人とも賛成だけど、何を贈るかが決まってない訳だね』
『ええ そう。 祐治さん、何かいいものをご存知?』
『いや、急に言われてもそうは浮かばないけど』
『そうね』
  ちょっと話が途切れる。 そのまま考えていても仕方がないので 先に進む。
『それじゃ 贈り物を何にするかは後回しにして、そのほかでパーティをどう進めるかだけど、パーティについての祥子の意向は何か聞いてないかい?』
『いいえ、何も。 祥子は、あたしに全部まかせる、って言ってるの』
『ああ そう。 まあ そうは言っても祥子のことだから、当日になればまた何か面白いプランを持ち出して注文をつけてくることだろうけど、でも こちらでも何か、「かもめの会」にふさわしい行事を考えておいた方がいいかな?』
『というと、プレイのこと?』
『うん、まあ そうだね。 今度のパーティは祥子が主役だし、祥子も縛られたりするのが必ずしも嫌いではないようだから、何か祥子に相応しいプレイを経験させてみたらどうかな、と考えるんだけど』
『そうね。 それはいいかもね』
『じゃ 何か考えてみようか』
『ええ お願いするわ』
『うん 分かった』
  さて何がいいかな、と頭の片隅で考える。 そしてふと、祥子がプレイに関してどんな経歴、経験を持っているかについて、系統的な話をまだ聞いていないことに気が付く。
『それから せっかくの祥子の誕生日だから、今までの祥子のプレイの歴史を聞いてみたい気がするね。 僕のプレイ歴はもう大分お話ししたし』
『そうね、それはいい企画ね。 祥子にも話しておくわ』
『うん お願いする。 これで バースデイ・ケーキと、何か適当なプレイを経験させてあげることと、祥子のプレイ歴を話して貰うことと揃った訳で、当日の行事は大体そんなものでいいんじゃないかな』
『ええ そうね。 その位で時間もなくなりそうね』
『じゃ大体、そう言うことにしておこう。 それから僕は何か、祥子の誕生日に相応しいプレイを考えておくよ』
『ええ お願いするわ』
  これでお誕生日の行事プランは大体めどがつく。 ついでに 思い付いたことをつけ加える。
『それから当日はみんなでお祝いするのだから、その準備にも僕も何かお役に立ちたいけど、バースデイ・ケーキでも持って行こうか』
『ええ 有難う。 でも バースデイ・ケーキはあたしの方で用意しておく積りで、ついでがあったものだから、もう 今日、ケーキ屋さんに注文しちゃったの』
『ああ そう。 それじゃ 乾杯用にワインを1本、ぶら提げていこうか?』
『そうね。 そうして貰うと助かるわ』
『うん、じゃ そうする』
  これでその話も一段落する。



『それじゃいよいよ贈り物の中味の話だけど、ほんとに何がいいかな。 出来れば「かもめの会」にふさわしく、何かプレイに関連したものがいいんじゃないかと思うけど』
『ええ そうね。 ただ』
『え、何かあるのかい?』
『ええ。 これはここで言う贈り物と関係するかどうか判らないけど、祥子から祐治さんへ一つ注文があったの』
『へえ、それはなんだい』
『ええ、祐治さんの鼻紐のことなの。 今日、孝夫さんと相談した後、マンションに帰って祥子に12日のお誕生日パーティのことを話して、あたしが祐治さんに電話連絡する、と言ったら、12日に来る時に、また例の鼻紐を通す用具を一式持って来て欲しい と祐治さんに伝えてくれって言われたの』
『ああ、あの鼻紐かい?。 祥子、そんなに気に入ってくれたのかな』
『ええ、そうらしいわね』
『そうだな。 この前の時に、注文があれば何時でも自分の鼻に鼻紐をセットして待っててあげる って約束したから、今さら嫌とは言えないだろうな』
『いや ちょっと違うの。 祥子はね。 今度のお誕生日の贈り物に 祥子の鼻に金の鎖を通して飾って欲しいって言ってるのよ』
『えっ、祥子の鼻にかい?』
  私は思わず聞き返す。 当日どんなプレイをしようか と考え始めた矢先だったので、ちょっと機先を制せられたように感じる。
『ええ そう。 金の鎖は祥子が用意するから、それを鼻に通して欲しい、って言ってるの』
『ふーん。 そう言う贈り物か』
『ええ そう。 さっき言っていた「かもめの会」からの贈り物とちょっと意味が違うようだけど』
『そうだな』
  私はちょっと考え込む。
『でも、どうして祥子はそんなことを考えたんだろう』
『ええ ひとつには、イヤリングやヘヤ・アクセサリーと同じように、鼻も飾ったらいいんじゃないかって考えたんだと思うけど』
『なるほどね。 それで、ひとつにはと言うと、まだ他にもありそうなのかい?』
『ええ 多分。 この前の時、祥子はあの鼻紐をどうやってお通しになったのかにとても興味があったけど、祐治さんは企業秘密だと言って教えてくれなかったでしょう?。 それでもあの時のヒントから大体の想像はついてたけど、それを確かめてみたくなって、自分にやって貰う気になったのじゃないかしら』
『なるほど、そうすれば確実に判る訳だね』
  私は祥子の発想の柔軟さに感心する。
『でも祥子の鼻に鎖を通すのって、ほんとに大丈夫かしら』
『そうだね』。 私は 金魚の水槽の空気補給に使われるビニールパイプと綿の細紐とを補助的に用いて祥子の鼻に鎖を通す作業を、具体的に順を追って想像してみる。 紐を通す対象が私の鼻から祥子の鼻に代っても、祥子の鼻の穴が私のより少しは細いかもしれないが、それで何か特別な困難が生ずるとは思えない。 ただ 金の鎖がどんなものかがちょっと気になる。
『まあ 技術的には問題なく出来ると思うけど、本当に大丈夫かどうかは鎖の太さと滑らかさにもよるだろうね。 あまり太くてごついのはもちろん困るけど、あまり細くても鼻の奥を傷つける心配があるしでね』
『ええ そうね』
『ところで祥子はどんな鎖を用意してくれるのかな』
『そうね。 祥子は首飾りやとペンダント用に比較的太いのや細いのを何本か持っているから、その中から適当に選ぶことになると思うわ』
『まあ、むやみに太かったり細かったりしない、常識的な鎖ならば多分大丈夫だろうと思う』
『ああ そう』
  美由紀はまだ判然としないような声で応えてくる。
『まあ とにかく、当日は祥子の鼻に通すことも考えに入れて、鼻紐通しの用意はしていくよ』
『ええ、お願いするわ』
  美由紀もそれで話を打ち切る。
『それはそれでいいとして、肝心の「かもめの会」からの贈り物はどうしようか』
『そうね』
  また 話がちょっと途切れる。 しかし、急にはよい思案も浮かばない。
『そうだね。 贈り物が必ずしも品物でなければならない訳でもないだろうから、祥子が言ってるように鼻を飾ってあげるのも、確かに贈り物かも知れないね』
『そうね』
『それじゃ、金の鎖で鼻を飾ることを含めて祥子に色々なプレイを経験させてあげて、それを贈り物にする、と言うことにしておこうか』
『ええ そうね』
  贈り物の話は、一応 これで片をつける。
『それから当日は、鼻紐セット用具のついでに、外のプレイ用品も持っていこうか?』
『そうね。 祥子さんはそれは特には注文していなかったけど、でも 持ってきて貰った方がいいわね』
『じゃ とにかく、一応のものをバッグに詰め込んで提げていくよ』
『ええ そうして下さるといいわ』
  これで一応、こちらの聞いておきたい事項は終る。
『じゃ、今 打ち合せておいた方がいいのはこんなものかな』
『ええ そうね』
『他に何か、僕への注文はないかい?』
『ええ、特にないけど、とにかく 鼻紐セットの用具は忘れないでお願いね』
『うん 判った。 きっと持っていく』
  これで用件はすっかり終る。 もう電話を切る積りで、最後に『じゃ、12日の夕方の4時半に美由紀達のマンションに集合だね』ともう一度念を押す。
『ええ そう』
『それじゃ、僕は4時半ちょっと前に伺うからよろしく。 所で祥子はまだ風呂に入っているのかい?』
『ええ まだみたい。 祥子のお風呂って結構 長いの』
『ああ そう。 じゃ 祥子にもよろしくって言っといて』
『ええ 伝えとくわ。 それから、今日は本当に有難うございました。 お陰様で 当日に何をするかの見当がついて、ほっとしたわ』
『それはよかった。 じゃ 当日、よろしくお願いする』
『ええ こちらこそ』
『じゃあね』
  電話を切る。

5.2 金の鎖

第5章 祥子の誕生日
04 /28 2017


  約束の12日の夕方、いくつかのプレイ用品を詰めたボストンバッグを提げ、ローゼのフランス・ワイン1本をぶらさげて、祥子達のマンションに行く。 ボストンバッグの中には愛用の鼻紐用具セット一式の外に、祥子のための新しいセットも一式用意して入れてある。
  集合予定時刻、午後4時半の8分ばかり前に祥子達の住居の扉の前に着く。 まだ日没には間があり、表は明るい。
  ボタンを押すと中でチャイムが鳴り、扉が開いて美由紀が顔を出す。 そして笑顔で 『いらっしゃい。 中へどうぞ』という。 『うん、有難う』と応えて中に入る。
『今日は美由紀のお出迎えかい』
『ええ』
『祥子はどうしてる?』
『ええ、奥に居るわ』
  美由紀は何やら意味ありげに笑う。 美由紀も今日は薄化粧をして、いつもよりか少し華やかな薄いピンクの花柄のブラウスと紺のスカートを身に着けている。
  靴を脱ぎながら、『孝夫君は?』ときく。
『もう、来てるわよ』
『ふーん、早かったんだね』
『ええ でも、今来たばっかり』
  一緒にLDKに行く。 食卓の窓側の椅子の横で孝夫が立って迎えてくれる。 祥子は両手を後ろに回し、食卓の南側の椅子にすわったままで、『ああ、いらっしゃい』と笑顔を見せる。 例の美由紀の紐と同じように胸のふくらみの上下にも2重2重の紐が掛かっていて、食卓の下には縛り合された祥子の両足首がちらっと見える。 なるほど、これでは出迎えに出て来れないや、と思う。
『お誕生日おめでとう』と声をかける。
『ええ 有難う』と祥子。
『所で 今日は祥子が縛られてるのかい』
『ええ そう。 美由紀に縛られちゃったの』
『祥子ったら』と美由紀が言う。 『今日は祥子の誕生日だから、自分は動かないで何でもみんなやって貰うんだって、あたしに縛らせたの』
『そうよね。 いつもあたしが美由紀にサービスしてあげてるんだから、たまにはサービスして貰わないとね』と祥子。
『まあ、それもそうだね』と私も笑いながら同意する。
『それに今日は「かもめの会」でお祝いをして下さる、というのだから、それにふさわしい身拵えでお受けしないと悪いでしょう?』
『うん、それもそうだね』
  祥子は今日は華やかなレースのフリルの付いた白のブラウスに、黒のパンタロンといういでたちで、顔は薄化粧して、耳には真珠のイヤリングを付け、大きな赤い花結びのリボンで髪を飾っている。 いつも素肌でイヤリングなど付けていない祥子の顔を見慣れている目にはとても新鮮に見える。 横から見ると 祥子は両手首を後ろ手に縛り合され、胸の2重2重の紐が二の腕をきっちり抑え、腰と太腿の付け根の所にも紐が掛けられて、椅子の背板と座板とに縛り付けられている。
  持ってきたバッグを部屋の隅に置き、ワインを袋から出して食卓の上に置く。
『これ、お約束のワイン』
『ええ、有難う』
『それにしても、今日は祥子はずいぶん奇麗にお化粧して、色々と飾っているね』
『ええ そりゃ、祐治さんをお迎えしての初めての誕生日ですもの』
『わあ、それは光栄だな』
  2人で顔を見合せて笑う。
『ところで、例の鼻紐をセットする用意はしてきて下さったわね』と祥子が念を押す。
『うん、確かに用具は持ってきて、そこのバッグに入ってるよ』と部屋の隅のバッグを指さす。 祥子はバッグの方をちらっと見て、『ええ、有難う』と礼をいう。
『それで、今日は祥子にセットするんだって?』
『ええ そうよ』。 祥子は済ましている。 『鼻紐は何もプレイのためだけじゃなく、顔を美しく飾るために使ってもいいんでしょう?』
『それはそうだけど』
『それで今日はあたし、思い切って華やかに飾ってみたいの。 だからその一つとして、あたしの誕生日祝いにそこの鎖で鼻も飾って欲しいのよ』
  祥子の視線の先を見る。 食卓の中程に金の鎖が置いてある。
『ああ、これ?』
  つまみあげてみると、指に見掛けによらぬずっしりした重みを感じ、鎖がだらりと垂れ下がる。 長さが20センチほどだからペンダント用ではない。 とにかく太さが1ミリほどで、手触りがさらさらしてて、とても繊細で優美な鎖である。
『それ ブレスレット用だから、長さも適当だと思うけど』
『ブレスレットって?』
『ええ、腕飾りのことよ。 そのままか、または それに小さなペンダントみたいなものを付けて手首を飾るの』
『ふーん、優美なものだね。 確かに長さも丁度先が外に出る位になるだろうね』
『それに、それならあたしが着けても大丈夫でしょう?』
『そうだね。 端の環が問題だけど』
  私は改めて鎖の両端を繋ぎ合せるための小さい環を見て、頭の中で祥子の鼻の奥を通る所を想像してみる。
『うん、まあ これならつっかえたりせずに素直に通りそうだ』
『じゃ、やって下さるわね?』
『うん、そうだね』。 私はちょっとあいまいに応える。 『何しろ鼻紐を着ける時には、鼻から喉に異物を入れていくのでね。 自分の鼻ならパイプがうまく入っていってるかどうかが感じ取れるから、手加減しながら押し込んでいけるけど、人様の鼻ではそうはいかないし、まだやったことがないから ちょっと気になってね』
『いまさら そんなことを言わないでよ』
  祥子はじれったそうに後ろ手の身体をゆする。
『うん、だから一応はやる積りで来てるけど、祥子もまだ具体的にどうするかは見てないんだろう。 だから僕が先に皆の前でセットして見せるから、祥子はそれを見て納得してから、セットするかどうかを決めた方がいいんじゃないかと思って』
『そうね。 それであたしがやるって決めたらやって下さると言うのなら、それでもいいわ』
『うん、その時になって駄目だとは言えないだろうな』
『じゃ、お願いするわ』
『うん』
  2人の話し合いは一段落する。 するとそれまで黙って横で私と祥子とのやり取りを聞いていた孝夫が、『一体 その「はなひも」って何ですか?』と質問してくる。
『いいわよ、すぐに判るから』と祥子は笑う。 私は孝夫の顔を見て訊く。
『孝夫君はまだ、この前 お2人が僕のマンションに来てくれた時に、僕がどんなプレイをお見せしたかは聞いてないのかい?』
『ええ、僕も今来たばかりで、まだ何も聞いてませんけど。 それと何か関係があるんですか?』
『うん、この前の時 ちょっとやってみせたプレイがあってね。 祥子に注文されたらすぐにそのセットをしますって約束しちゃったんだ。 もっとも この前の時に約束したのは、僕が僕自身の鼻に紐を通しておくことだったんだけどね。 それを祥子が、今日は自分の鼻に通して欲しいっていうんだ』
『鼻に紐を?』
『うん そうだ。 鼻の穴に紐を通すんだ』
『ふーん』。 孝夫は神妙な顔をする。 『それで、どうやって通すんですか?』
『ええ それは』とまた祥子が質問を引き取る。 『祐治さんが今すぐにやって下さるそうだから、説明するより実物を見た方がいいわよ。 とにかく、普通に雑誌などで見るような、鼻の壁に穴をあけて鼻輪を嵌めるというような乱暴な話じゃなくて、身体を傷付けないで、ただ 紐が片方の鼻の穴から入って、奥をぐるっと回ってきて、もう一方の鼻の穴に出てくる芸術的なプレイなんだから』
『ああ そうですか。 じゃ、見せて頂きます』と孝夫が引き下がる。 そして、『で、写真を撮ってもいいですか?』ときく。
『うん、もちろん いいよ』と応える。



『じゃ 早速、やって見せて下さる?』と祥子が言う。
『うん いいけど、ここじゃやりにくいから みんなで洗面所に行こうか』
『ええ いいわ』
  さっそく 3人で祥子を椅子にくくりつけていた紐を解く。 祥子が座ったまま、脚を横に回す。 足首の紐も解く。 祥子が立ち上がる。 そして私が自分のバッグを持ち、孝夫がカメラを持って、皆で洗面所に行く。
  洗面所ではまず手をよく洗う。 そしてバッグからポリ袋を取り出し、口を開いて例の細紐を通したビニールパイプのペアを出して皆に見せる。
『これが一番肝心なビニールパイプだ』
  祥子は後ろ手の身体を前に乗り出して熱心に見る。
『ええ、大体 想像していた通りだわ』
  孝夫がさっそく 写真を1枚撮る。
  ボウルに水を満たし、ビニールパイプのセットを水によくひたす。 そして『それじゃ、始めるからね』と声を掛けてから、鏡を見ながら、1本のビニールパイプを紐の結びこぶを先にして右の鼻の穴にゆっくり押し込んでいく。 孝夫はずうっとカメラを構えて時々記録を撮り、外の2人はものも言わずに真剣な顔で作業を見ている。
  やがてパイプは10センチほどを残してすっかり鼻の穴に中に入ってしまう。 口を大きくあけると、鏡の中で喉ちんこの陰にパイプが縦に通って居るのが見える。 げっと言いそうになるのを我慢して指をつっこみ、その先を喉から口へと引き出す。 皆がほっと息を漏らす。
  もう1本のパイプも同じように左の鼻の穴に押し込んでいき、十分入った所でその先を喉から引き出す。 これで2本のパイプが鼻の穴を通り、鼻の前では共通の紐が2本のパイプを連ねていて、口から出ている2本の先には結びこぶがついている状態になる。 皆にちょっとめくばせをする。 皆がうなずく。 孝夫がまた1枚撮る。
  口から出ている各々のパイプの先から結びこぶを少し引き出し、結び目を一度解いて、大きなこぶを作らぬように注意しながら新しい紐の両端と結び合せる。 そして再び鏡を見ながら、2本のビニールパイプを鼻の穴から一緒にゆっくり引き出していく。 口から出ていたパイプが口の中に隠れ、ついで新しい紐も引き込まれていく。 結び目が喉と鼻との境目を通る時にちょっとひっかかる感じがあったが、少し強く引くとすぐに通り抜ける。 紐がすっかり口の中に隠れ、鼻の穴からパイプがすっかり抜け出し、その先の紐の端が外に出てくる。 そしてさらに引いていくと、遂にはぐっと止まって、それ以上引き出せなくなる。 鼻柱の裏側にひっかかって止まったのである。
  また 皆の顔を見る。 皆がまたうなずく。
  これで鼻紐が完成、ということで、せっかくの紐を引き抜いたりしないように慎重にパイプの紐と解き離し、鼻柱のすぐ前で両端を結んでおく。 2本の紐の先はだらりとあごの辺まで垂れ下がっている。 つばを飲み込むと鼻と喉の境目辺でちょっと異様な感じがあるが、特にどうってことはない。
『これで一応の出来上がり』と説明する。 ちょっと声が鼻にかかる。
『なるほど、うまく出来るものだわね』と祥子が感心したように言う。 孝夫がまた写真を2枚ばかり撮る。
  鼻汁などで汚れた紐や鼻の下をよく洗い、ビニールパイプもすっかり洗い清めて水気を切ってから、またポリ袋に入れてバッグに納める。
『これでいいんだけど、どう?。 祥子の鼻にもセットしてみるかい?』ときく。
『ええ、是非やって』と祥子が即座に答える。
『やっぱりね。 しょうがない子だね』と笑う。
『ほんとにね』と祥子自身も後ろ手のままで笑う。



『じゃ、ほんとにするんだね?』ともう一度念を押す。
『ええ、お願いするわ』と祥子は言う。
『それじゃ、鎖を持ってくるからね』
  私はLDKに行って、食卓の上から金の鎖をもってくる。 そしてバッグの中からピンセットと逆性石鹸の小瓶を取り出し、ポリの洗い桶の中で石鹸水を作って手と鎖とピンセットとをよく洗い、水でよくゆすぐ。
『慎重ですね』と孝夫が言う。
『うん、自分のことならそんなに神経質にならないんだけど、何しろ 祥子の鼻の奥に触れるんだからね』と応える。
  鎖などを洗い終って、『それから、祥子が立ったままではやりにくいから、椅子に座ってくれないかな』と注文する。
『はい。 じゃ 僕が椅子を持ってきます』と言って孝夫が出ていき、LDKから背もたれ付きの椅子を持ってくる。 祥子がそれに座る。
『ついでに椅子にくくりつけて上げましょうか?』と孝夫が祥子にきく。
『そうね。 今日は何でもみんなやって貰う積りだから、お任せするわ』
『それじゃ、やっておきましょう』
  孝夫は祥子の胸と椅子の背とをぐるぐる巻きに縛り合せる。
『これでもう、拒否が出来なくなった訳ね』と祥子。
『物理的には確かにそうだね。 どう?、ご気分は』と私。
『そうね。 悪くはないわ』
  2人で顔を見合せて笑う。 孝夫も横で笑って見ている。 美由紀だけはちょっと心配そうな顔で、それでもつられて笑顔を見せる。
『服を汚すといけないから、何か上に掛けといてくれないかな』
『ええ』
  今度は美由紀が応えて洗面所から出ていき、大きな淡青色のビニールの風呂敷をもってくる。 そして一辺を祥子の首に縛りつけて、よだれかけのように胸から膝にかけてを覆う。
  私はバッグから新しいビニールパイプのペアの入ったポリ袋を取り出し、中のパイプを引き出す。
『これは特に新しく用意したので、ちゃんと熱湯消毒してあるんだ』
『ああ そう』
  祥子が興味深そうに眺めている。 私はパイプのセットをボウルに張った新しい水にひたして充分に濡らす。 そして取り出して水を切ってから、『じゃ、いいね』ともう一度念を押す。 祥子がこっくりとうなずいて『ええ お願い』と応える。
『じゃ、ちょっと顔を上に向けて、喉の緊張を解いて楽にしててね』
『ええ』
  祥子がまたこっくりうなずき、頭をあおむき加減にする。
  ビニールパイプ・ペアをとり上げて、膝をついて鼻を下から見るようにし、左手で祥子の頭を抑え、右手で1本のパイプの先を祥子の向かって右の鼻の穴に差し込む。 祥子の体がびくっと動く。 一瞬 手を止めて、祥子の眼を見る。 祥子の眼が笑う。
  再び鼻の穴に視線を移して、ゆっくりとパイプを押し込んでいく。 祥子が下眼づかいにじいっと私の手元を見ている。 孝夫がカメラを構えて、時折 写真を撮る。
  途中 ちょっとつっかえる。 少し力を強める。 またぐっと中に入る。 祥子の体がぎくっと動く。 手を止めて、『どうも鼻と喉との境目に一箇所、何かちょっとしたでっぱりがあって、そこでちょっとつっかえるんだ。 ちょっと強く押すと大概はすぐ通るけど』と説明する。 祥子が軽くうなずく。
  またゆっくりと押し込んでいく。 その後は順調に入っていって、10センチほどを余すだけになる。
『口を大きく開けて』と指示する。 祥子が口を一杯に開ける。 のぞき込むと喉の奥にビニールパイプが見える。 左手で軽くあごを抑え、右手でピンセットを口の中に差し込み、喉に触れないように慎重にパイプをはさんで先を外に引き出す。 祥子の喉がひくひくっと動く。
『さあ、片方が無事に通ったよ』と声を掛ける。 祥子がうなずいて口を閉じる。 パイプの先が5センチばかり口の外に出ている。
  もう1本も向かって左の鼻の穴に慎重に押し込む。 途中またちょっとしたひっかかりがあったが無事に通過し、また先をピンセットで口から引き出す。 そして2本のパイプの先から結びこぶを少し引き出し、結び目を解いて金の鎖の両端の小さな環に結び付け、また慎重に鼻の穴から2本のパイプを引き出す。 鎖が次第に口の中に入っていき、すっかり隠れて、ついにはその先が両方の鼻の穴から出てくる。 美由紀が『ああ、うまくいったわ』とほっとしたような声を出す。
  鎖が鼻柱の奥にひっかかるまで慎重に引き出してから、鎖の両端を環の機構で繋ぎ合せる。 そして左の鼻の鎖を軽くひっぱって全体を少し回し、繋ぎ目の環が右の鼻の穴に隠れて見えないようにする。
『ご苦労さま。 出来上がったよ』と声を掛ける。 祥子が顔をもとに戻す。 優美な金の鎖は両方の鼻の穴から出てきて縦長のきれいな懸垂線を描き、下唇の辺まで垂れ下がっている。
  鼻汁で濡れた鼻の下をペーパータオルで軽く抑えるようにして水分を取り、ついで鎖を丁寧に拭う。 途中で一度、手の具合で鎖がちょっと引っ張られ、祥子がぎくっと体を動かす。 『やあ ごめん ごめん』と謝り、『痛かったかい?』ときく。 『いいえ。 何でもないわ』と祥子は笑う。 その声はちょっと鼻にかかっている。
『それじゃ、美由紀と孝夫君で祥子のよだれ掛けを外し、椅子にくくりつけてある紐を解いてあげて』と指示する。 2人が『はい』と応える。 『でも、手の紐には手をつけちゃ駄目だよ』と注意を加える。 『ええ、解ってます』と孝夫が笑う。 祥子がちょっとにらむ振りをする。 孝夫が肩をすくめる。 皆がどっと笑う。
  ビニールパイプなども水で丁寧に洗って、ペーパータオルで水滴を取り、ポリ袋に納めてボストンバッグに戻す。 その間に美由紀が祥子の首からよだれ掛け代りのビニールの風呂敷を外し、孝夫が祥子を椅子にくくりつけていた紐を解く。 祥子は立って壁の鏡で自分の顔を映し、『ああ、こんな顔になるの』とつくづく眺めている。
『どうだい。 気に入ったかい?』と声を掛ける。
『そうね。 まあまあね』と笑う。 そして『鎖が口の上まで来てちょっとわずらわしいわね』と言う。
『うん まあ、それはしょうがないな。 もう少し鎖が短いとうまいんだろうけど』
『その位の余分なら、糸で縛って縮めたらどうですか?』と孝夫が提案する。
『なるほど、それはいいかも知れないね』
『じゃ あたし、糸をもってくるわ』
  そう言って 美由紀が針箱を取ってきて、中から細い白糸を巻いた糸巻きとはさみとを取り出す。
『それじゃ、美由紀の方が手先が器用だから やってくれるかい?』
『ええ いいわ』
  美由紀はまた椅子に座った祥子の前に行き、膝をついて、ゆっくりと右の鼻の穴から鎖を引いて、繋ぎ目を引き出す。 そして繋ぎ目の環の近くで鎖を2センチばかり折り重ねて、『こんなものかしら』と示す。 『うん、そうだね』。 美由紀はその部分を糸で2箇所で留めて、また 左の鎖をゆっくり引いて、繋ぎ目と重ね合せの部分とを右の鼻の穴に隠す。 今度は懸垂線の下端が上唇の上端に軽く触れる位になる。
『さあ いいわよ』との美由紀の声に、祥子は立って鏡を見る。 そして『これならいいわ』と笑顔を見せる。

5.3   お誕生日パーティ

第5章 祥子の誕生日
04 /28 2017


  美由紀がカメラを持ち、孝夫が椅子を抱え、私がバッグを提げて、祥子を先頭に皆でLDKに戻る。 金の鎖の装着に時間がかかって、時刻はもう5時近くになっている。
  食卓の横の広い場所で祥子を椅子に座らせ、改めて両足首を縛り合せ、腰と太腿とに紐を掛けて椅子の背もたれと座面にくくりつける。 美由紀が祥子の鼻の下の乱れを中心に化粧直しをする。 趣味のよい薄化粧をし、可愛い耳たぶに真珠のイヤリングを付け、鼻の下を金の鎖で飾った祥子の顔は、とても魅力的である。
  孝夫が周りを回って顔のクローズアップも含めて何枚か写真を撮る。 それから孝夫と私との2人で祥子を椅子ごと持ち上げて元の席に戻す。
『それで、今日は美由紀が進行をやってくれるんだね』と念を押す。
『ええ』と美由紀はうなずく。
『それじゃ、孝夫君の時間の都合もあるから、さっそく始めて貰おうか』
『はい』
  美由紀はもう一度うなずいて、さっそく最初の指示を出す。
『それではみんなまず、席につきましょう』
  皆が席に着く。 美由紀が台所に近い通路側に座り、孝夫はそのまま窓側の席に、私は祥子の正面に座る。
『すみません。 僕のために急がせて』と孝夫が言う。
『いや そんなことはないよ。 せっかくのパーティだから、早く始めてゆっくり楽しんだ方がいいからね』
  食卓の中央にはもうお誕生日祝いの丸いデコレーションケーキが飾ってあり、上にやや大きいローソクが2本と小さいローソクが2本立っている。 周りには紅茶々碗やケーキ皿やスプーン、フォークなど一式が整えてある。
  美由紀が立ち上がって『じゃ いいわね』と皆の顔を見回してから
『それでは今から 祥子の22回目のお誕生日お祝いのパーテイを始めます』
と宣言する。 そして美由紀自身も含めて3人がパチパチと拍手する。 祥子が軽く頭を下げる。
『それではまず、恒例のローソク消しから』
  美由紀はマッチで4本のローソクに火をつける。 孝夫が立って窓の地の厚いカーテンを閉め、壁のスイッチで天井の蛍光灯を消す。 かなり暗くなった部屋の中で、ローソクの光であたりがぼうっと照らされる。 孝夫が2枚ばかり写真を撮る。
『それじゃ、ローソクの炎を一度に吹き消して』
  美由紀が手を伸ばしてケーキを祥子の前に押しやってから座る。 『ええ』とうなずいた祥子の鼻の下で金の鎖が僅かに揺れ、ローソクの光に映えてきらきら輝く。 皆の注目する中で祥子が後ろ手のままの体を前に少し傾け、顔を前の方に突き出して、口をとがらせてふうっと吹く。 しかし 椅子にくくり付けられていて前にでることもできず、結局は少し遠すぎて、ローソクは炎が少しゆらゆら揺れただけである。
『それじゃ 無理だよ。 ちょっと椅子を傾けるようにして、体をもっと前に出してやらないと』
『そうね』
  美由紀が立って祥子の横に行き、後ろを持ち上げるようにして椅子を前に傾け、祥子の顔をケーキに近づける。 祥子が息を大きく吸って、もう一度ふうっと吹く。 今度は4本のローソクの炎が一度に消える。 私と孝夫がパチパチパチと手を叩く。
  椅子をもとに戻す。 カーテンを通してくる淡い光の中に、ケーキや4人の顔がほのかに浮かぶ。 3人が『お誕生日、おめでとうございます』と声を揃えて唱えて、改めてパチパチパチと拍手する。 祥子が『有難う』と言って軽く頭を下げる。
  孝夫がまた明りをつけ、窓の地の厚いカーテンを開ける。 レースのカーテン越しに、夕日をあびた遠くのビルが美しく見える。
  美由紀がケーキからローソクを抜き取り、ケーキの半分を4等分に切り分けてケーキ皿に取って配る。 孝夫と私とで紅茶を入れる。 皆が改めて席に着く。
『それじゃ、いただきましょう』との美由紀の言葉に、皆がケーキを食べはじめる。 今日は美由紀が祥子の隣りに椅子を移動させて、祥子の口にケーキと紅茶を運んでいる。 祥子が口を動かすたびに鼻の下の金の鎖が揺れて、とても美しい。
『こういう光景は珍しいですね。 祥子さんが美由紀さんにお給事して貰ってるだけでも珍しいのに、金の鎖の飾りまであるんですからね。 少し撮っておきましょうか』と孝夫がまたカメラをかまえてシャッターを切る。
『こうして何から何まで人にやって貰うのも たまにはいいものね。 あたしもこれからは時々 美由紀のペットにして貰おうかしら』と祥子がいう。 美由紀は『あら いやだ』と言って肩をすくめる。
  私も紅茶を飲み、ケーキを食べる。 何か飲み込む度に鼻の奥でちょっと異様な感触がある。 それよりも、何かを口に入れる度に 口の前の紐を一々持ち上げるのがわずらわしい。 と言ってこういう席では、この前のようにひたいにセロテープで留めるのは如何にも味気ない。
『僕 ちょっと、鼻紐を外させて貰うよ』と祥子に断わる。
『そうね。 祐治さんのは普通の紐でしかも長いから、あたしのとは違って飾りになってないし、鼻の穴の中に納めるのも無理だわね』と祥子はうなずく。 そして、『ええ いいわ。 後は後だから』と意味ありげに笑う。
  ちょっと席を外し、洗面所に行って 鏡を見ながら鼻柱の前の結び目を解き、ゆっくり鼻紐を引き抜く。 そして紐をよく水で洗って絞り、ポリ袋に納めてズボンのポケットに入れる。 鼻の下も洗って拭き取ってからLDKに戻る。



  食卓では孝夫のケーキはもうほとんど無くなっているが、祥子と美由紀のケーキはまだ大分残っている。 祥子のケーキの一口分をフォークで切り離しながら、美由紀が『2人分だと、やはり少し忙しいわね』という。
『ね、あたしのいつもの苦労が少しは解ったでしょう』と祥子がしたり顔をする。 『だから、普段もあたしにもっと感謝しなきゃ駄目よ』
  皆がどっと笑う。
『美由紀』と声を掛ける。 美由紀がケーキをフォークで差した手を止めて『なあに?』とこちらに向く。
『祥子がそんな偉そうなことを言ったら、ケーキのお給仕を少しサボってやればいいんだよ』
『ええ でも』
  美由紀は笑って、ケーキをゆっくりと祥子の口に入れる。
『しょうがないね。 美由紀は気がいいから』と私が笑う。 美由紀はまた、『ええ』と応えて笑う。
  方向を変えて祥子に訊く。
『ところで 祥子。 初めて鼻を金の鎖で飾ったご感想は?』
『ええ、悪くはないわね。 ただ、何かを飲み込むたんびに鼻の奥がちょっとひっぱられるような感じがあるの』
『うん、確かに鼻紐をセットするとそうなるね』
『ええ でも、それ以外は普通とほとんど変らないから、これなら美由紀にも気兼ねなくやってあげられそうだわ』
『あら いやだ』
  美由紀はまた得意のせりふを口に出して、肩をすくめて恥ずかしそうに笑う。
『ところで 祐治さん』と今度は孝夫が声を掛けてくる。
『え なに?』
『祐治さんは今日、祥子さんや美由紀さんのことを祥子、美由紀って呼んでるようですけど、何時からそう呼ぶようになったんですか』
『うん それはね』。 私はこの前の時に2人を駅まで送っていった際のいきさつを思い出す。 『この前、お2人に僕のマンションに来てもらったときに公認されたんだ』
『ええ そうなの』と祥子が引き継ぐ。 『あの訪問の帰りに地下鉄の駅まで送って貰った時、祐治さんったら、あたし達のことをうっかり、祥子、美由紀って呼んで、すぐに慌てて、祥子さん、美由紀さんって言い直すものだから、もう呼び捨てにしてもいいわよ、って公認してあげたの』
『うん そうなんだ。 僕も最近はお2人とプレイを通してすっかり親しくして貰って、もう身内のような気がしててね。 特にあの時はいちいち祥子さん、美由紀さんって他人行儀に呼ぶのが何だか不自然なような気になってたものだから、うっかり 祥子、美由紀って呼んでしまったんだ』
『ええ でも、それがよかったのよ。 あたし達もそういう気分になってたし、それに祐治さんは我々の中で一番の年長だから、その方がぴったりしてるわよ』
『そうだね。 僕もそう呼ぶことにそんなに違和感はないね』
『そうですね。 その方が雰囲気に合っているようですね』と孝夫も言う。
  皆がうなずきあう。
『それで』と孝夫がいう。 『ついでに僕のことも孝夫と呼び捨てにして下さってもいいですよ』
『そうだね。 でも それはちょっと感じが違うんだな。 孝夫君はやはり、孝夫君って呼ぶほうが言い易いね』
『ええ、それならそれで結構です』
  孝夫はあっさり引き下がる。
『まあ、男女を差別して』と祥子が睨むようなふりをする。
『そうじゃないよ。 祥子の「子」は孔子とか猛子とかの「子」と同じで、「子」という接尾語に尊敬の念が込められているから、そこで切っても気にならないんだよ』
『まあ ごまかして。 そんな話 聞いたことがないわ。 それじゃ 美由紀はどうなるの?』
『うん それはね。 祥子だけを呼び捨てにして、同格の美由紀に「さん」をつけたら、これまた妙なものだろう?』
『まあ』
  皆がまたどっと笑う。



  皆のケーキと紅茶が終る。
『次の予定は?』と美由紀にきく。
『ええ、後に軽い食事の積りでサンドイッチを用意してあるけれど、その前に祐治さんの買ってきて下さったワインで乾杯したらどうかしら』
『そうだね。 それがいいだろう』
『じゃ、そこの戸棚からワイングラスを4つ出して下さらない?。 それから栓抜きもそこに入ってますからお使いになって。 あたしはおつまみを持ってきますから』
  美由紀はてきぱきと指示を出して、台所へ入って行く。 今日の美由紀は非常に能動的である。 何時もは祥子の陰に隠れて何かと言うと控えめに振舞っているが、祥子が動けない今は魚が水を得たようにいきいきと動いている。 今まで気の付かなかった美由紀の一面を見る思いで、興味深く感じる。
  孝夫と2人で横の食器戸棚からワインカップを4つ出して食卓に並べる。 美由紀が台所でカマンベールのチーズを切って皿にきれいに並べて持ってくる。 『それからもう、これもお出ししておくわ』と言って、竹で編んだ皿にハム・サンドイッチと野菜サラダのサンドイッチとをうずたかく積んだものを運んできて、テーブルの中央に置く。 祥子も後ろ手、胸紐の姿で椅子に座ったまま、興味深そうに美由紀がてきぱき動いている様子を見ている。
  食器戸棚にあったゾーリンゲンの栓抜きで私が持参したワイン瓶の栓を抜いて、4つのカップに注ぎ分ける。 皆が席に着き、私と孝夫とが一つづつ、美由紀が両手に一つづつのカップを手にとる。
『では、祐治さん、音頭をお願いします』と美由紀が言う。
『うん、じゃ僕が最年長だから、遠慮しないで音頭をとらせて貰おうよ』
  椅子から立ち上がる。 美由紀と孝夫も立つ。 祥子は腰を椅子にくくりつけられていて立つことが出来ず、後ろ手の体をもじもじさせる。
『いいんだよ。 今日は祥子のお誕生日のお祝いだから、座ったままで受ければいいんだよ』と声をかける。
『ええ そうね。 仕方がないわね』。 祥子はうなずく。
『ええと、今日は確か、祥子の22回目のお誕生日だったね?』
『ええ、それはそうだけど、レディに向かって年のことを言うのは失礼よ』
『あ ごめん ごめん。 つい 正確に表現したくなってね』
『ええ、しょうがないから 許してあげるわ』
  その言い方に皆がどっと笑う。
  笑いが収まって、『じゃ、始めます』と改めてグラスを顔の高さにささげる。 美由紀と孝夫も手のグラスをささげる。 乾杯の音頭を取る。
『それでは祥子の第22回目のお誕生日をお祝いし、今後のご健康とご活躍とを祈って、乾杯!』
『乾杯!』
  皆が一斉に唱和して、4つのカップが食卓の中央でぶつかり、カチャンと軽い音をたてる。 私と孝夫がカップのワインをぐっと飲む。 美由紀は右手のカップのワインを祥子に一口飲ませてから下に置き、左手のカップを右手に持ちかえて一口飲む。 3人でパチパチ拍手をする。 祥子が軽く頭を下げる。
  そのまま腰を下ろそうとすると、祥子が『ちょっと』と言う。
『え?』
『あの、あたし達の「かもめの会」のための乾杯もしましょうよ』
『うん、それもそうだね』
  改めてグラスを持ち直す。
『それでは改めて、「かもめの会」のための乾杯をします』
  皆の顔を見回す。 皆がうなずく。
『それでは、併せて我々の「かもめの会」の健全な発展を願って』とカップを再び眼の高さまであげて『乾杯!』と唱える。 また、『乾杯!』と皆が唱和して4つのカップが食卓の中央でぶつかる。 カップのワインをもう一口ぐっと飲む。 美由紀はまた、祥子に一口飲ませてから、自分も口をつける。 3人でパチパチ拍手をする。 祥子は拍手が出来ないのがもどかしいかのように、後ろ手のまま体を揺する。
  皆が腰を下ろす。 チーズをつまみながらゆっくりとワインを味わう。 美由紀もゆっくり間を取りながら祥子の口にチーズやワインを運び、自分も味わっている。 孝夫もゆっくりとチーズに手を出し、ワインを少しづつ口に含んでいる。
  美由紀がまた一口、祥子の口にワインを含ませる。 祥子はそれをゆっくり口の中をころがしてから飲み下し、『美味しいワインね』と言う。
『ええ ほんと』と美由紀。 孝夫もうなずく。
『うん 有難う。 みんなの口に合ってよかった。 あまり銘柄も知らないから、少し甘口のをという注文をつけて、店員さんに薦められたのを買ってきただけだけど』
『ええ、でも ほんとに口当りがいいわ』
『うん 有難う』
  また ワインを一口含んで、口の中でゆっくり味わってから飲み込む。 良い香りが鼻に抜ける。
『ところで祥子は』と声を掛ける。 祥子は後ろ手のまま、私の顔を見る。 『祥子はこういう集りの席で、自分だけが動けずに何でもやって貰う、という経験は初めてじゃないのかい?』
『そうね、初めてね』
『それでどう?、ご感想は』
『ええ。 悪くはないわ。 でも 乾杯の時なんかに、みんなが立って拍手をしているのに、自分は手も出せないで見てるだけって奇妙なものね』
『そうね』と美由紀が横でうなずく。
『そう言えば 拍手の時、祥子も体をゆすってたね』
『ええ、自然に体が動いちゃったの。 いつも美由紀が同じことをしてるのを見てたけど、やっとその気分が解ったわ』
『うん、それは大きな進歩だ』
『まあね』
  祥子は笑顔を見せる。
『そう言えば、美由紀からこのようにお給事して貰うのも初めてじゃないのかい?』
『ええ そう。 ずっと以前に美由紀に縛らせたときに、口にチョコレートを入れて貰ったことはあるけど、こんなに本格的にお給事して貰うには今日が初めて』
『それで、どう?、その方のご感想は』
『そうね。 これも悪くはないわね』
『それだけかい?』
『ええ それから、何時 何が口に入るのかが、あたしの考えに関係なく決まるのが面白いわね。 今度はチーズが欲しいな、と思っているのにワインがきたり、ひどく間があったりして』
『あら?』と美由紀が声を出す。
『いや、それは美由紀のお給事に不満があるって言ってるんじゃないの。 ただ 面白いっていってるだけよ』
『何か欲しい時は、どしどし注文を出せばいいのに』と私が言う。
『ええ そうね。 でも、このようにみんなでゆっくりワインを味わっているときに、そんな注文を出すなんてやぼなことはやりたくないし』
『なるほどね。 食事と違って、皆が気分でワインやチーズに手を出してるんだから、人の世話ではぴったりしないこともあるのかな』
『まあ、そういうことね』
『でも、自分では何一つ出来ない身体ですべてを優しくお世話して貰う楽しさも、少しは解ってきたんじゃないのかい?』
『ええ そう。 美由紀や祐治さんの気持が少し解ったような気がするわ。 時々はじれったくなることもあるけど』
『なるほど。 でも じれったいなんて言ってるうちは、まだ本物じゃないな』
『まあ そうかもね』
  祥子は神妙な顔をしてうなずく。



  皆のワインがなくなる。
『それじゃ、夕食に美由紀の用意してくれたサンドイッチを頂こうか』とのことで、また紅茶を入れ直す。 そして 皆でサンドイッチと残ったチーズとをつまみ始める。 美由紀は相変らず、祥子にお給事しながら自分も食事を進めている。
  食事が大分進んで、皆の手の動きが少し遅くなる。
『それではそろそろ、祥子に話を始めて貰ったらどうかな?』と美由紀の顔を見る。
『ええ そうね』と美由紀がうなずく。
『え、祥子さんの話?』と孝夫が聞き直す。
『うん、それはね、美由紀と電話で話したことなんだけど、今日はせっかくの祥子のお誕生日を「かもめの会」でお祝いする会だから、それを意義あるものにするために、食事をしながらでも少し祥子のプレイの歴史を聞こう、ということになっていたんだ』
『ああ そうですか。 それはいいですね』
『ええ、あたしも美由紀から話だけは聞いてたわ。 でも どんな話をしたらいいかしら』
  祥子はそう言って私の顔を見る。
『そうだね。 まず、祥子の小さい時のプレイの経験とか』
『まさか』。 祥子は笑う。 『あたしだって小さい時からプレイをしてたりはしなかったわよ』
『でも、兄さんに後ろ手に縛られたり、孝夫君を後ろ手に縛ったりしたことはあったんだろう?』
『ええ そうね。 そう言えば そんなことが1度か2度、あったわね』
『それに、何時頃から本格的なプレイに関心を持ち出したか、というようなことがあるだろうし』
『ええ それはあるけど』
『だから、そういう話をしてくれないかな』
『そうね』
  祥子はうなずく。
『それに 最初にここに伺ったときに、美由紀と一緒に住むことになっても、初めの一箇月ほどはお互いにプレイが好きということを知らなかったけど、ある偶然の出来事でそれが判ったと言う話を聞かせて貰ったね』
『ええ』
『そこで、その偶然の出来事が何であったかにも、とても興味があるんだけど』
『そうね。 そういう話ならしてもいいわ』
  祥子は再びうなずく。

5.4 祥子のプレイ歴

第5章 祥子の誕生日
04 /28 2017


  祥子が後ろ手で足を揃えたまま ちょっと腰を浮かせて座り直し、話を始める。 皆も食事の手を休めて聞き入る。
『あたしも美由紀とプレイを始めるまでは、ほとんどプレイらしいプレイをしたことはなかったわね。 もちろん 小さい時に幼稚園などで読んで貰った童話のなかには、ピーターパンの中の子供達が海賊に縛られるというような話もあって、それを聞いてぞくぞくすることはあったけど、それは別にプレイと関係してた訳じゃないわよね』
『まあ、それはそうだろうな』と私が相づちを打つ。 祥子は続ける。
『あたしの家はみんなも知っての通り歯医者をしてて、昔から父の仕事を手伝う若い看護婦さんも居て、小さい時からよく遊んで貰ったの。 中には「あんまりいたずらをすると お手々を縛っちゃうわよ」というようなことを言う人も居たけど、ほんとに縛られた経験はなかったわ。 でもそれで、縛られることは恥ずかしいことなんだ、ということは感じていたけど』
  祥子はそこでちょっと間をとる。 そして続ける。
『そこで唯一の経験は、この前に話が出た、兄に縛られたことなの。 だから あたしが小学校1年の時なのね。 その時は孝夫達と一緒に海の別荘に行く少し前だったけど、家で兄の部屋に入っていって、何か本を読んでいる兄に「一緒に遊んで」ってせがんだの。 そして兄が「今 面白い所だから 後で」というのを「何をしてもいいから遊んで」と無理に手をひっぱたりしたもんだから、「じゃ、お仕置に手を縛ってやろうか」って兄が言ったの。 あたし、「お仕置」という言葉の意味はは解らなかったけど、「何をしてもいいから」と言った言葉の手前 後に引けなくなって、「ええ、いいわ」って言っちゃったの』
『ふーん』と孝夫がさも感心したように声を出す。 『昔から祥子さんって強情だったんですね』
『まあ、そうかもね』と祥子は笑う。 皆も笑う。
『それで?』と先をうながす。
『ええ それで、兄が部屋の押入れから寝巻の紐を出してきて、「両手を腰の後ろに回して」って言うの。 その時までは手を縛ると言ってもてっきり前で縛るとばかり思っていたから、あたし びっくりしたわ。 でももう一度 兄に「はやく回して」って言われて、思わず手を後ろに回しちゃったの。 そうしたら 兄がその手首を重ねて紐で縛り合せて結んじゃって』
『ふーん』
  皆が感心した顔をする。
『あたし、後ろ手の手首が引っ張っても抜けなくなって、急に悲しくなって泣きそうになったの。 でも横すわりに腰をおろしたまま、歯をくいしばって我慢したわ。 何か口をきくと涙が出そうな気がしたんで口もきかないで』
『そのうちに兄が、「あ そうだ。 もうすぐ3時だから、おかあさんがおやつを持ってくるぞ」っていうの。 あたし、縛られてるのを誰かに見られるのがとても恥ずかしくなって、「あたし、おかあさんに見られるの いや」と言ったの。 そうしたら兄が「それじゃ、そこの押入れに入れ」って、押入れのふすまをあけて、あたしが兄に腰を押されて後ろ手のまま何とかふとんの上に上がり込むと、ふすまを閉めちゃったの。 中は暗くてすごく暑くて』
『ふーん、そうだろうね。 夏休みの少し前じゃ、ちょうど梅雨末期で、むし暑い時節だからね』
『ええ、そうだったんでしょうね。 あたし、まだ小さかったから、そんなことは知らなかったけど、とにかく暑くて、顔から汗が出て流れても手で拭うことも出来なくって、兄のふとんになすり付けていたことだけを憶えているわ』
『ふーん、貴重な経験だね。 お兄さんは夜、寝るときに、さぞふとんがしめっぽくて気持が悪かったろうね』
『そうでしょうね』
  皆で顔を見合せて笑う。
『それで?』
『ええ、それから少しして 部屋の入口の扉があく音がして、「さあ おやつをもってきたわよ」って母の声がしたの。 あたし、ぎくっとしてね』
『うん、よく解る』
『そうしたら、「あら、祥子は一緒じゃなかったの?」って母の声がして、兄が何くわぬ声で、「ええ さっき、ちょっと出ていきましたよ」っていってるの。 あたし、押入れの中で息をこらしてたわ』
『わあ、すごいですね』と孝夫が声をあげる。
『結局 母は、「ああ そう。 じゃ 祥子の分も一緒に置いておくから、帰ってきたら一緒にお上がりなさい」と言って、すぐに帰っていって。 でもその間中、胸がどきどきしてて』
『そうだろうね』と私もうなずく。 『それで、その後、どうなったの?』
『ええ、それがあまり憶えてないの。 恐らく兄があたしを押し入れから出して、紐を解いてくれて、一緒におやつを食べたんだと思うけど。 でももしかすると、手は縛ったままで兄がおやつを口に入れてくれたのかも知れないわね』
『うん そうだね。 祥子は小さいときから、ませてたようだからね』
  皆がどっと笑う。
『でも、後ろ手に縛られて泣きそうなのを懸命にこらえていたのと、母が来ると聞いて恥ずかしくてたまらなかった気持とは、ひどく鮮明に憶えているの。 どうしても忘れられないわ』
『まあ そうだろうな』
  皆がうなずく。
『それで、その少し後に海の別荘へ行って、祥子が孝夫君を後ろ手に縛ったんだね』
『ええ、そういうことね』
『それで、孝夫君が泣き出したっていう訳かい』
『ええ、そういうことになるわね。 あたし その時、女の子のあたしでさえ泣かないで我慢したのに、男の子がだらしがないって思ったわ』
『すみません』と孝夫が言ってちょっと頭を下げる。 皆がどっと笑う。
『でも 祥子は小学校にあがってたけど、孝夫さんは幼稚園児だったんだろう?』
『ええ そうね。 それもあるわね』
  祥子は大きくうなずく。
『それでその後は、お兄さんに縛られたことはなかったのかい?』
『そうね。 憶えがないわね。 兄とは年が5つも離れていたから、まともには遊んで貰えなかったから。 それにその時、兄が読んでた本というのは、何かそういうお仕置の場面の話が書いてあったんじゃないかしら。 その時、何だかそんな挿絵があったような気がするわ』
『するとそういう偶然に恵まれて、祥子はそういう貴重な経験をすることが出来た訳なんだね?』
『まあ、そういうことね』
  祥子がまた大きくうなずく。
『それにしても 祥子さんって、あの時 海の別荘に行く前に、そんなすごい経験をしてたんですか』と孝夫が今さらのように感心して言う。
『そうだね。 年令のことを考えるとちょっとびっくりするね』と私。
  話に一区切りついてちょっと間が空き、美由紀が祥子に紅茶を一口飲ませる。 私も自分の紅茶を一口飲む。 紅茶はもう大分ぬるくなっている。



『それから後はどんなことを経験した?』と先をうながす。
『そうね。 あまり プレイに関係したようなことはなかったわね。 小学校の4年位の時に原っぱで、1年上の学年の1人の男の子を、仲間の3~4人の男の子が木の杭に縄でぐるぐる巻きに縛り付けてるのを見てて、どきどきしてたくらいで』
『ふーん、原っぱでね。 けんかかい?』
『いいえ、そうじゃないらしいの。 縛られてる子もにこにこ笑ってたから』
『ふーん、でも そんな遊びをしてたら、大人に見付かったら叱られるだろう?』
『ええ そうかも。 でもそこは三方に笹薮があって、よそからはちょっと見えにくい場所だったの。 だからあたし達子供にとても人気のある遊び場だったの』
『ふーん、それでどうなったの?』
『ええ、その子の縛りが終って、縛っていた男の子の1人が、そばでずうっと見ていたあたしに、「お前も縛ってやろうか」と言って笑ったので、「いやっ」と言って逃げて帰ったの』
『ふーん、それは残念だったね。 祥子はその頃から、縛られる方には興味がなかったのかな』
『そうね。 まだ 縛る方にもそれほど興味は持ってなかったと思うわ。 でもその時に杭の後ろで後ろ手に重ねてきつく縛り合されていた男の子の手首がとても印象的で、今でもはっきり憶えてるの』
『なるほど、よっぽど印象深っかたんだね』
『ええ』
『その縛られた子は祥子のよく知ってる子だったのかい?』
『いいえ、顔は見たことがある位で、何の関係もない子だったわ』
『なるほどね。 で、とにかく、それはそれで終ってしまったんだね』
『ええ そう。 でも その頃の事を思い出してみると、男の子の間では、その時の程きつい縛りではないにしても、けっこう縛ったり縛られたりする遊びもあったような気がするけど』
  それを聞いて私も自分の昔の記憶を思い出す。
『そうだね。 そう言えば 僕が中学の頃にも、一時 何人かで1人の子を縛り上げる遊びがはやったことがあったな』
『え?、それは一体どんな遊び?』と美由紀が体をのり出す。
『うん、そうだね』。 私はすぐにでも説明したくなる。 しかし、今は祥子の話を聞くのが本命だから、と思い返す。 『そうだね、すぐに話してもいいけど、でも今は祥子の話を聞きたいから、それが終ってからにしたいな』
『そうね。 その方がいいわね』
  美由紀も納得して引き下がる。
『それで祥子のその次のプレイに関する履歴は?』と次をきく。
『そうね。 あまりはっきりしたものはないけど、恐らくは中学も卒業近くなって、世の中にこういうプレイを扱った雑誌があるって知ったことかしら。 本屋で偶然見付けてとてもびっくりしたの』
『そりゃ そうだろうな』
『でも気がつくと、そういう雑誌って本屋の棚にとても沢山並んでるのね。 中学生の女の子じゃ、やたら手を出すわけにはいかなかったけど。 でも、その頃から色々とプレイのことを空想するようになったの』
『ええ そうね』と美由紀も言う。 『あたしも中学の終り頃からね。 プレイの空想を始めたのは』
『でも 祥子と美由紀じゃ、空想の中味は違っていたろうね』
『ええ そうでしょうね。 あたしは最初から、ああ縛ったら、こう縛ったら、って空想してたけど』と祥子はいう。
『あたしは やっぱり、ほんとにあんな風に縛られたらどんな気持かしら、というようなことばかり考えていたわ』と美由紀は言う。
『やっぱりね』
  4人が顔を見合せて笑う。
『僕は子供の時に絵本の中の縛りの場面に胸をどきどきさせていたのを別にして、世の中にはこういうプレイもあることを知って興味を持つようになったのは高校の1年の頃だから、やっぱりお2人と同じ頃になるのかな』
『そうね』
『それで、その頃、実技の方は?』
『そうね。 相手がいなかったから、ほとんど何も出来なかったわね』と祥子。
『美由紀の方は?』
『ええ あたしも。 精々、夜 ふとんの中で自分の足を縛って寝てみたぐらいのものだったわ』
『まあ そんなものかな。 それで?』
『そうね。 その後もしばらく何も特別なことはなかったわね。 それで中学を無事に卒業して、A高校に入って』
『そこで美由紀と出会った、という訳かい?』
『ええ そう。 高校に入って美由紀と一緒の組になったの。 最初から何となく気が合って、すぐに一番の仲良しになって、何でも話し合って相談するようになったけど、でもプレイのことだけはお互いに何も話さなかったわね』
『だって』と美由紀は言う。
『そりゃそうだね』と私。 そして、『それで?』と先をうながす。
『ええ、それで高校も何事もなく卒業して大学に入ったの。 そして最初の2年間はあたしも美由紀もそれぞれに自分の学校の寮に入って別々だったけど、3年になるときに寮生活にも飽きたから外に出たいということになったの。 でも、うちでは女の子が1人でマンションの1室で暮すなんて許してくれなかったので、丁度 仲良しの美由紀も学校が近いから一緒に住むということで、マンションを借りて住むことの許可が出たの』
『ええ、あたしも丁度 寮から出たくなってたので、祥子さんから誘いがあった時、すぐに飛びついたの。 祥子さんと一緒ということで両親を説得して』
『お2人とも、相手のご両親には信用があったようだね』
『ええ、高校の時にお互いにしょっちゅう行き来して、両親に顔を売っておいたから』と祥子は笑う。 『ほんとにね』と美由紀も笑う。
『でも、2人が一緒に住むようになった当座は、お互いのプレイへの興味のことは何も知らなかったのよ』と祥子は言う。
『うん そうらしいね。 それで或る時、運命の偶然が起こった、というわけだね』
『ええ そう。 あれですっかり運命が変ってしまったわね。 その延長で祐治さんともお近付きになったし』
  祥子が急にしんみりした口調になる。 『ええ、そう』と美由紀は心持ち赤くなり、下を向く。



  2人の態度に私はますます興味をそそられる。
『それで、その時にどんなことがあったの?』ときく。
『ええ、大したことじゃないけど』
  祥子は昔を思い出して懐かしむような表情を見せ、ちょっと間を置く。 そしてまた話を始める。
『あれは確か、去年の5月5日、日曜日の夜のことだったわね』
『ええ』と美由紀がうなずく。
『お2人ともよく憶えてるね』
『ええ、連休の最後の日だったからとても憶え易いし、それにとても意義のある日だから忘れられないのよ』
『なるほど、尤もだね。 それで?』
『ええ、その日は連休が終って、明日からまた学校ということで、2人とも家からマンションに帰ってきてね。 そして夜遅く この部屋で、それまで観てた音楽番組は終ったけれど、きれいな山の風景を映していたので、テレビを消さずに音だけをミュートにして、2人でお茶を飲んでおしゃべりしてたの』
『うん』
『その時、あたし達はいつもの通り、あたしが今のあたしが座ってる席で、美由紀がそちら側に居て、テレビのことはもうすっかり忘れておしゃべりしてたんだけど、そのうちに、そうね、11時過ぎになってたかしら。 美由紀がふとテレビの方を見て、そのまま そっちに気をとられてしまったの』
『ふーん』
『それで、あたしもテレビを見てみると、白のTシャツを着た女の人の背中が大写しになっていて、背中に回した両手の手首が重ねて縛り合され、高く肩に吊られているのが映ってたの。 そして丁度、二の腕を2重に巻いて締め付けた紐の先を手首へ延ばして、そこに縛り付けている所を見せてたの。 あたしもどきっとして思わず息を飲んだわ』
『ふーん、変った番組だね』
『ええ、後で番組案内を見たら イレブンPMとかいう番組で、「しばり方教室」って副題がついてたわ』
『ああ、イレブンPMね』
『祐治さんはご存知だった?』
『うん、少し際どい映像をよく見せる、ということは知ってるけど、あまり見たことはないな。 それに普通は、その番組には僕達みたいなプレイはほとんど出て来ないんじゃないのかい?』
『ええ、その後は気をつけてるけど、大体はピンクがらみのもので、あたし達のみたいなプレイに関係した内容のものはほとんどないようね』
『とすると、それは大分大きな偶然だったんだね』
『ええ そうね』
『とにかく、それで?』と私はまた先をうながす。
『ええ、その時 あたし、立っていって、テレビの声が出るように直したの。 そうしたら美由紀が真っ赤になって下を向くの』
『ええ あたし、それまでテレビに夢中になってたのを自分で気が付かなかったんですもの。 祥子が立っていったのを見て、初めてはっとしたの』
『その時の美由紀の反応が尋常でなかったので、あたし、ぴーんときたの。 「あ、美由紀もこういうことに興味があるんだな」ってね』
『ふーん、さすがだね。 「蛇の道はへび」という所かな』
『そうかもね』
  祥子と2人で顔を見合わせて笑う。
『それで?』と、また先をうながす。
『その後 テレビでは、さらに胸の前や肘の辺にいくつもの結び目をつくりながら丁寧に上半身を縛り上げて、「これで出来上がり」というようなアナウンスがあって、縛りの場面はお仕舞いになって。 後から考えると、あれは後ろ手高手小手の縛りだったわね』
『うん、今聞いた話からするとそのようだね』
『そしてその後は、その縛られたままの若い女の人と、あと 男の人が2人とで、縛りの楽しさみたいなことの座談があって終りになったんだけど、あたしも思わず最後まで見てしまったわ』
『ふーん、よく憶えてるね』
『ええ あたし、あんな番組は初めて見たんですもの。 それにその後の美由紀とのこともあったし』
『ふーん、それで?』
『ええ。 番組が終って、テレビを消した後 単刀直入に、「美由紀もこういう縛りなんかに興味があるんじゃないの?」ときいたの。 そうしたら案の定、美由紀は真っ赤になって黙って下を向いて』
『ええ あたし、とても恥ずかしかったの。 あたしがこんな恥ずかしい好みを持っているなんて、仲のいい祥子にだって、いや仲のいい祥子だから特に知られたくなかったんですもの。 だから一緒に住むようになってからでも、そんなことはそぶりも見せないように気を付けてたのに、とうとう知られてしまったと思って』
『ええ、それであたし、「ああ、やっぱり」と思って、「実はあたしもとても興味があるのよ」と言ったの。 そうしたら美由紀の顔が急に明るくなって、「ほんと?」ってきくの。 「ええ ほんとよ。 嘘じゃないわ」と答えたら、美由紀、ほっとした顔をしてたわね』
『ええ ほんとに。 あの時は身体中から力がすうっと抜けていくような気分だったわ』
『そして 少し話しをしているうちに、美由紀は縛られる方に興味があって、あたしは縛る方に興味があることが判ったの。 それで早速、まずは美由紀の両手首を単純な後ろ手に縛り合せて、胸にも4重に紐を掛けたの』
『ええ そうだったわね』と美由紀がうなずく。
『つまり、記念すべきプレイ始めを行なったという訳だね』
『ええ そう。 あたしも美由紀もすごく興奮してたわ』
『ええ。 あたし、初めて後ろ手に縛られてすっかり興奮して、細かいことはほとんど憶えてないの』と美由紀が言う。
『それでその後、すぐ前にテレビで見た通りの縛りをしようとしたんだけど、中途から見たので始めの所が判らないし、見た所もどう縛ったかはあまりよく憶えていないしで、ちゃんとは出来なかったわね。 それで結局 でたらめに縛ったら、美由紀がひどく痛がって、すぐにほどいてしまったの』
『ええ、そんなこともあったわね』と美由紀が懐かしそうに言う。
『それで 正式の高手小手の縛りは、最初にアルバムをお見せした時にお話しした通り、ずっと後で ある雑誌で偶然 縛り方の説明を見付けるまでお預け、ということになって』と祥子が笑う。
『ああ、そんな話を聞いたね』と私も思い出す。 そして 初めて祥子が美由紀を縛っている様子を頭に浮かべる。 でも ふと、それまでプレイのことなんかはおくびにも出さなかった2人が、その時にその紐をどこから手に入れたんだろう、と興味を持つ。
『でも、そういうテレビ番組を見て、その後すぐに縛りをしたって、そんな時によく 丁度いい紐があったね』
『ええ それがね』と祥子は美由紀の顔を見て、おかしそうに笑う。 『実をいうと、あたしも美由紀もちゃんと愛用の白の綿の細引きを何本かづつ持ってたの。 だから「紐ならあたしの所にあるわよ」って取り出してきたら、美由紀も「あたしも」って持ってきて、お互いに顔を見合せて笑ったわね』
『ええ、そうね』と美由紀も笑う。
『それで とにかく、そういうことがあって、あたしと美由紀とのプレイが始まったという訳』と祥子は話をしめくくる。
『うん、よく解った』と私はうなずく。 黙って熱心に聞いていた孝夫も、『ああ、そんなことがあったんですか。 僕も初めて聞きました』と言う。
『それで 話を聞いてると、やはり大分偶然に助けられているようだね』
『ええ そうね。 いつもはそんな番組は見たこともなかったのに、丁度 2人でお茶を飲んでるときに、消さずにあったテレビでその番組にぶつかったのも偶然なら、その番組の中でも滅多にやらない縛りの実演だったのはもっと大きな偶然ね』
『うん』
『とにかくそんなことで美由紀がまたとないプレイのパートナーだということが解って、とても幸運だったわ。 もっとも、長い間一緒に住んでいれば、何時かは判る運命だったのかも知れないけど、もしかしたら何時までたってもお互いに知らないで機会を失って、一生の間、プレイの楽しさを知らずに過ごすことになったかも知れないものね』
『でも、それでプレイを始めたのがほんとによかったかどうかは、まだ判らないわよ』と美由紀が少しすねた言い方をする。
『でも美由紀も、今もプレイするようになったのを喜んでいるんでしょう?』
『そりゃ、今はそうだけど』
『それならそれでいいじゃないの。 これからの一生にとってどうか、なんて難しいことは言わなくても』
『ええ そうかも』
  美由紀もうなずく。
『それで その後はもう、祐治さんも大体ご存知の通りよ。 だから あたしの話もこれでお仕舞い』
『うん 有難う。 すっかり判った』
  皆がほっとしたような顔をする。 美由紀がつと立って皆の紅茶を入れ直す。 しばらく休んでいたサンドイッチに皆が手を出して、また食べ始める。 美由紀はまたハムサンドイッチを一口分ちぎって祥子の口に入れ、紅茶を一口飲ませる。

5.5 「捕物ゲーム」

第5章 祥子の誕生日
04 /28 2017


  祥子に紅茶を一口飲ませた美由紀が、カップを下に置いて私に言う。
『それじゃ 祥子さんのお話も終ったから、さっき 後でと言ってた、祐治さんの中学の頃の縛り遊びのお話を伺えるかしら』
『うん 話してもいいけど、よく憶えてたね』
『そりゃ、そんなに簡単には忘れないわよ。 それに あたし 祐治さんが中学の頃にすでにそんな遊びをなさってた、ということに とても興味を持ったの』
『と言っても、その遊びは中学の頃にみんなが一度は通過する好奇心の産物で、今のプレイに直接関係ある話じゃないよ』
『ええ、それはそうかも知れないけど』と今度は祥子が入ってくる。 『男の子のそういうお遊びの話ってあたしも興味があるわ。 それにそう言うお話は、出た時に話して貰った方が忘れなくていいし』
『そうだね。 じゃ 話してみようか』
  私は紅茶を一口飲んで口をしめらせ、話を始める。



『さっきも言った通り、僕が中学の頃に一時、みんなで1人の子を追いかけて、最後には縛り上げるゲームがはやったことがあってね。 僕達はそれを「捕物ゲーム」と呼んでいた。 それは5~6人の男の子でする遊びで、まず最初に縛られる子を決めて、その子が他のみんなに追いかけられて、最後につかまって縛られて動けなくなるまでに、どのくらい長く逃げて抵抗できるかを競うゲームなんだ』
  3人は真面目な顔をして聞いている。
『ただ その時のルールとして、最初にその子の手を後ろ手に縛っておいて、そこからゲームがスタートするということになっていた』
『まあ、面白い』と祥子が嬉しがって声をあげる。
『でも そんな遊び、どういう所でするの?。 普通の場所でやる訳にはいかないでしょう?』と美由紀がきく。
『うん そうだね。 それをちゃんと説明するには、少し背景のことも言わないといけないね。 実はこの遊びをよくやったのは、中学の部活の後で色々な体育器具の入っている体育館の物置の中を掃除するときなんだ。 物置の中は外からは見えないし、先生は鍵を預けて職員室に戻ってしまい、後は僕達だけで掃除をするので、そういう遊びにはとても好都合だった』
『なるほどね』
『だから 普通は掃除当番というのは面白くなく、みんな敬遠するものなんだけど、この物置の掃除だけは人気があって、みんな喜んでやってたよ』
『まあ 現金ね』と祥子は笑う。
『それで、具体的にはどう遊ぶの?』と美由紀が質問する。
『うん。 とにかく 掃除当番に当ると、同じ掃除の班の仲間4~5人と一緒に物置に行く。 そして そこでまず、あみだくじで縛られ役の「脱獄囚」となる子を決めて、その子の手首を後ろ手に縛り合せる。 つまり 後ろ手のまま、囚人が監獄から逃げ出してきた、という場面設定だ』
『まあ、あまり柄はよくないわね』と祥子。
『うん そうだね。 恐らくは その頃、そんな漫画があったのにヒントを得たのだと思うけど』
『それで どうなるの?』とまた美由紀がきく。
『うん。 一、二、三でその囚人が逃げ始めて、物置の中の飛び箱やマットの間を逃げ回る。 そして他の者達につかまって、両足首も揃えて縛られ、手の紐とつながれて逆えびの形にされると、ストップ・ウオッチでその時間を計って、それでそのゲームはお仕舞いということになるんだ』
『まあ』と美由紀が羨ましそうな顔をする。
『それで つかまったら、すぐにおとなしく縛られるの?』と祥子がきく。
『いや、最後までいくら暴れてもいいことになっていた。 だから つかまえる方もみんなで無理やり組み伏せて、力一杯 体や足を抑え付けて、やっと足首を縛る、という段取りになる』
『まあ 乱暴な遊びね』
『うん その頃はエネルギーが余ってしようがないから、こういう遊びで発散させてたんだろうね』
『なるほどね』と祥子。 そして『でも 始めに後ろ手に縛っておく、というのが面白いわね』と言う。
『うん 実はこの遊びが始まったころは、始めに後ろ手に縛ることはやってなくて、つかまえてから手足を縛ってたんだけど、それだと取り抑えるのに時間がかかり過ぎるということでルールを変えたんだ。 手を縛っておけば 逃げるにしても不自由だからつかまえ易いし、つかまえた後も組み伏せ易いからね』
『なるほど』
『とにかくまず このゲームをやって充分に楽しんでから掃除にかかって、余り遅くならないうちに「終りました」って先生に鍵を返しに行かないといけないから、ゲームは短い時間で終わらせる必要があったんでね』
『なるほど。 それで早くゲームをやってしまって、後はみんな揃って急いで掃除をして、時間のつじつまを合せるのね』
『うん そうすることもあったけど、実際は脱獄囚には掃除を免除することが多かった』
『というのは、脱獄囚は掃除をしなくてもいい ということですか?』と孝夫がきく。
『うん そうだ。 ただし実際は、縛られたままで掃除が終るまで床やマットの上などにころがされていて、掃除はしたくても出来なかったんだけど』
『まあ』
  美由紀がまた羨ましそうな顔をする。
『すると、掃除は短い時間に1人少ない人数でやるわけね』と祥子が念を押す。
『うん そうだ。 だから 普段よりはずっと忙しく動かなければならなかったけど、そんな丁度いい運動をした後だから、みんな張り切っていて、どんどん仕事がはかどったね。 それに動けずに床にころがされている仲間をからかったり、鼻をつまんだりするようないたずらをする楽しみもあったし、時にはわざとほこりを顔に向けて掃き付けてくしゃみをさせたりしたこともあったしね』
『まあ 悪い子達ね』と祥子は笑う。
『でも これらの遊びやいたずらは、僕達が今やってるようなプレイとは、直接の関係はないんじゃないかな。 みんな、縛りという少しうしろめたい行為への好奇心の満足と適度の運動とを組み合せた楽しいゲームとしてやってたような気がするよ』
『なるほど そうかもね』と祥子はうなずく。



『それで、祐治さんもこの遊びをよくなさったの?』と美由紀がきく。
『そうだね。 まあ 外の者と同じくらいはやったね。 先生に隠れてやる遊びというのは気が進まなかったけど、付合いということもあるからね』
『でも祐治さんなら、進んで脱獄囚を志願したんじゃないの?』と今度は祥子。
『いや、そんなことはなかった。 そんなことは恥ずかしくて言い出せなかった。 心の中では くじで当ればいいな、とは思ってたけど』
『まあ、祐治さんらしい』
  祥子は後ろ手の体をゆすって笑う。 皆も笑う。
『うん でも、そのうちに同じ掃除班の仲間には僕が縛られるのが嫌いじゃないって何となく判ってしまったみたいで、僕が脱獄囚にあたると他の子の時よりも厳しい縛りをするようになった。 もっとも僕もなるべく重い罰を受けるように振舞ってたけど』
『え、重い罰って?』と美由紀がきく。
『うん つまり、余り簡単に縛られて時間が短かくても、がんばりすぎて時間がかかり過ぎても、罰だといって 普通の逆えびの縛りの外に 口に手拭いで猿ぐつわを咬ましたり、もっとぐるぐる巻きに縛ったりするのを加えるんだ』
『まあ』
『特に簡単に縛られすぎると、不真面目だと言って重い罰が加えられた』
『まあ 面白い』と祥子がまた喜ぶ。
『実際、僕は一度、わざと早くつかまって簡単に縛られて、かなり強い逆えびにされ、猿ぐつわと目隠しをされて、高くて狭い飛び箱の上に載せられたことがあってね。 しかも普通は掃除は15分かそこらで終るんだけど、その日は捕物が早く済んで時間があるからって、皆が20分以上かけて丁寧に掃除をしてて』
『まあ』と美由紀。
『おまけに眼が見えなくて身体のバランスがとれないから、うっかり動くと 強い逆えびのままで高い飛び箱の上から固い床におっこちそうで不安でね。 そこで置かれたままの姿勢でじっと動かずに我慢してたけど、腰は痛くなるし、掃除の進み具合も見られないから いつまで放っとかれるのか分らないしで、かなり心細く、辛かった』
『でも 祐治さんは、それを楽しんでたんじゃないの?』と祥子はいたずらっぽい眼付で言う。
『さあ、どうだったかな』
『それで?』
『うん、そんなこともあって 僕が脱獄囚になることが多くなって、しまいには あみだくじを省略して、僕が脱獄囚になることに決まっているみたいになってしまった。 もちろん僕は、嫌々ながら他のみんなの意見が一致したので仕方なく、というような顔をしてたけど』
『でも 本望だったんでしょう?』
『うん まあね』
『それで?』と今度は美由紀が先をうながす。
『うん そんなことで、この遊びは一時 とてもはやったけど、そのうちに体育館の物置はきれいに整備されて、僕達が掃除することもなくなってしまった。 それと共にその遊びも自然消滅さ』
『まあ 残念ね』と祥子は笑う。
『うん、やれる時はそれほど思ってはなかったけど、やれなくなってみると、自分がいかにこの遊びを楽しんでいたか、特に縛られ役を楽しみにしていたかがが解ってね。 自分でもびっくりした』
『つまり もうその頃から、祐治さんには大分Mの気が多かったという訳ね』
『うん そうなんだろうな。 そして その後、最近になって祥子さんに縛って貰うようになるまでは人に縛られる機会はなかったから、よくその頃の縛られた感触を思い出して懐かしんでたよ』
『それで欲求不満になって、お一人でするプレイに情熱を傾けて、あの見事なプレイをお創りになった、という訳?』
『うん まあ、そうだね』
  ちょっと沈黙の時間がある。 そして私が『僕の話はこれでお仕舞いだけど』と宣言する。
『有難うございました』と美由紀が礼を言う。
『しかし、面白いお話でしたね』と孝夫が感想を述べる。
『ほんと。 祐治さんのMには年季が入ってることがよく解ったわ』と祥子。
  皆がまた サンドイッチに手を伸ばす。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。