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2.1 歓迎

第2章 祥子達の来訪
04 /27 2017


『はーい、今あける』
  チャイムの音にそう応え、玄関に出て右手で錠のつまみをカチっと回し、ノブを回して扉を開ける。 祥子と美由紀が立っている。
『ああ、いらっしゃい。 中に入って』
『お邪魔します』
  祥子は持っていた黒のハンドバッグと風呂敷包みを横の台の上に置き、上り口でハイヒールを脱いでスリッパにはき換える。 そして かがんで美由紀のハイヒールを脱がせ、スリッパを前に置く。 美由紀も『お邪魔します』と軽く会釈してスリッパをはく。 そう言えば美由紀は上半身にケープをはおったままで、手を全く見せてない。
『じゃ、こっちへ来て』
  私は2人を導いて 廊下をまっすぐ奥へ行く。 ハンドバッグと風呂敷包みとを手にして祥子がつづき、美由紀がその後につづく。
  廊下の突き当りの開きをあけて 奥のLDKに入る。 この部屋は南向きに開けていて、東側の6畳ほどの広さの板の間の西に2畳ほどの板の間がつながった不規則な形をしている。 「2畳」の北には台所がある。 そしてその6畳ほどの広間の中央に南北に長く食卓が置いてあり、食卓の両側に2つづつ椅子が並べてある。 食卓の後ろ、東側は壁で、壁際には食器戸棚が立っている。
  入ってくるなり、『まあ、広くて明るくて、いいお部屋ね』と祥子が言う。 美由紀も明るい顔で、『ええ、ほんと。 丁度、あたし達2人の部屋を合せたみたいなものね』と言って周りを見回す。
『ああ、そうそう。 君達のマンションは確か、お2人の部屋が一番南に並んでいたっけね』
『ええ、そうなの。 ただ、あたし達の部屋は畳敷きだけど』と祥子。
『うん、そうだってね。 僕の所は畳敷きになってるのはすぐそこの部屋で、寝室に使っている』
  私はすぐ北の2枚の引戸を指差す。 祥子が笑いながら言う。
『ああ、そう。 そこが三田さんの 神聖犯すべからざるプライベイトなお部屋 という訳なのね』
『うん、まあ そうだ』
  私も笑ってそう応えながらも、祥子のそのとっさの頭の回転に感心する。
  2人が食卓の横に立ち、改めて祥子が代表して挨拶する。
『昨日はどうも有難うございました。 それに早速ですけど、今日はお言葉に甘えてお伺いしましたのでよろしく』
  こちらも挨拶を返す。
『いや、こちらこそ昨日はどうも有難う。 色々と楽しませて貰って、その上、夕飯まで御馳走になって、すっかり恐縮している。 それから今日はまたよろしく』
  そして、さっきから気になっていたことを早速に訊いてみる。
『ところで美由紀さんは、今日も紐をまとってるのかい?』
『ええ』
  美由紀は恥ずかしそうに一旦 下を向く。 そしてすぐに顔を上げて 訴えるように言う。
『これは祥子がね、今日は大切なプレイメイトのお宅に初めてお伺いするんだから、それにふさわしい姿でないといけないって言って、マンションを出る時に、あたしが何も言わないうちに縛っちゃたの』
  祥子が言う。
『美由紀だって、そうしたいっていう顔をしてたわよ』
『そんなことないわ』
  美由紀は不自由な上半身をゆすって異議を申し立てる。
『まあまあ、いいよ。 とにかく僕はとても嬉しいよ』
  私の言葉に2人は顔を見合せてにっこりする。
  美由紀のひたいがちょっと汗ばんでいる。
『とにかく暑いだろうから、ここでケープを脱いで貰ったら?』
『ええ、そうしましょう』
  祥子は手の荷物を食卓の上に置き、まず美由紀のひたいをハンカチで軽く抑えて汗を取ってからケープを脱がせる。 ケープの下では美由紀は昨日と同じ形で、両手を後ろに回し、胸のふくらみの上下に2本づつの白い紐が走って二の腕を縛り付けている。 当然、手首は昨日と同様にきっちり縛り合されているであろう。 私はちょっと見とれる。
『ふーん、いい形だね』
『あら いやだ』
  美由紀はまた下を向く。 念のため、と思って、きいてみる。
『これ、昨日と同じ縛り方かい?』
『ええ そう。 これがあたし達の間で一番普通の紐のかけ方で、普段も一番よく使ってるの。 それであたし達はこれを「標準形の縛り」と呼んでるの。 美由紀もこれがすっかり気に入ってるようだし。 ね、美由紀?』
『ええ』
  美由紀は目を伏せたまま、小声で応える。
『全くいいね』
  私はまた見とれる。
『ところで三田さん』と祥子が私の左手を指さす。 『その左手をどうかなさったの?。 さっきから一度もお見せにならないようだけど』
  私は後ろに回してカーディガンのすそで手首を隠してある左手をちらっと見て、にやっとする。
『やあ、気がついたかい?。 実は今日は大切なプレイメイトの初めてのご来訪を歓迎する印に、ちょっと左手を後ろ手にセットしておいたんだ』
  私は横に向いて、右手で裾をちょっとまくってみせる。 自分では見ることができないが、左手首には包帯が巻いた上に鎖が巻き付けてあって、右腰の後ろの鎖の輪にシリンダー錠で繋いである。
『ああ、これがこの前の三田さんのお話にあった、鎖とシリンダー錠による手首の拘束なのね。 面白いわね』
  祥子は横にきて、私の腰の辺をつくづくと眺め、鎖を手で触ってみている。 美由紀も後ろ手のままで横に来て、もの珍しそうに見ている。
『はじめは両手とも後ろ手にセットしてお2人をお迎えしようかと思ったんだけど、今日は初めてなのに余りに唐突だからと考え直して 左手だけにしたんだ。 鎖や錠については後でゆっくり説明するよ』
『ええ、是非 お願いするわ』
  そして祥子は美由紀に向かって言う。
『これで美由紀の縛りとおあいこね。 ね?、美由紀。 紐を着けてきてよかったでしょう』
『ええ』
  美由紀もこっくりうなずく。
『とにかくみんな一度、椅子に座ろう。 お2人はそちら側の方が落ち付いていいかな』
  私はそう言って、食卓の食器戸棚の側の2つの椅子を指さして勧める。
『ええ 有難う。 そうさせて貰うわ』
  祥子はそのうちのベランダに近い方の椅子を少し引いて美由紀を座らせ、自分はその右隣りの椅子に座る。 私は2人に向い合って座る。



  祥子は食卓の上の風呂敷包みを開き、『はい、これ、コロンバンのケーキ』と言って、中の紙の小箱を私の方に押しやる。
『ああ、どうも有難う』
『ちゃんとショートケーキも入れてきたわよ』
『やあ、それはどうも有難う』
  同じような言葉をくり返す私の返事に、2人は顔を見合せて笑う。
『所でお2人とも、今日はゆっくりして貰えるんだね』と念を押す。
『ええ、その積りよ』と祥子。
『それじゃ、美味しいケーキは後でゆっくりいただくことにして、今はまず、ビールで乾杯しようか』
『ええ、それがいいわね』
『じゃ、祥子さん、そこの食器戸棚からコップを出してくれないか?』
『はい』
  祥子は後ろの戸棚からコップを3つ出して食卓の上に並べる。 私は隣りの台所の冷蔵庫からビールを1本出してきて食卓にのせる。 そしてさらに台所の戸棚からピーナッツの瓶と小皿を出してきて、右腰の後ろの左手でピーナッツの瓶を持ち、右脇をのぞき込むようにして右手で蓋をあけ、瓶を右手に持ちかえて、小皿に盛って出す。 祥子が見ていて、『結構、うまくやるものね』と言って笑う。 そして自分はビール瓶の蓋をあけ、3つのコップにビールを八分目づつ注ぐ。
  すっかり用意が整って、祥子と私はもとの席に戻って座る。 そして改めて私が2人に歓迎の挨拶をする。
『今日はほんとによく来てくれて有難う。 昨日はああ言ってたけど、男の一人暮しの所に本当に来てくれるかどうか、ちょっと心配だったんだ。 それに時間も正確で、しかも美由紀さんが紐の衣裳まで着けてきてくれて。 ほんとに嬉しく思っている』
  祥子が応える。
『もちろん間違いなくお伺いする積りだったわよ。 だって三田さんみたいにあたし達の理想にぴったりの人って、そうは居ないもの。 美由紀だって、三田さんに嫌われると大変だから時間もきっちり行きましょうって、大変だったのよ』
『そんなことないわ。 祥子の方が熱心だったわよ』と美由紀がまた抗弁する。
『まあ、どちらでもいいよ。 とにかく、お2人が来てくれてとても嬉しいよ。 じゃ、乾杯しよう』
  私は自由な右手でコップをもって立ち上がる。 祥子もコップを右手で取って立つ。 美由紀も立ち上がったが、コップを持てずに体をもじもじさせる。 それを見て祥子が、
『あ、そうだ。 美由紀はコップを持てなかったわね。 それじゃ美由紀の分もあたしが持つわ』
と美由紀のコップを左手で取る。 そして両手のコップを一つづつ差し出して言う。
『こっちが美由紀の分、こっちがあたしの分。 じゃ、よろしくね』
  そこで改めて私が乾杯の言葉を唱える。
『それじゃ、改めてお2人のご来訪に感謝します。 これからの3人のプレイの発展を願って』
  そして、『乾杯!』とコップを高く差し上げる。 祥子と美由紀も声をそろえて『乾杯!』と唱和し、3本の手が食卓の中央に集まってコップがふれあい、カチッカチッと音がする。 私はビールを一口ぐっと飲む。 祥子はまず美由紀に一口飲ませてから、自分も一口ぐっと飲む。 そしてコップを置いて一人でパチパチと手を打つ。
『ちょっと拍手の音が寂しいね』と私が笑う。
『でも、しょうがないわね。 自由な手は全部合せても3本しかないんだから』と祥子も笑う。 美由紀も笑い顔を見せる。
  皆がまた腰を下ろす。 祥子は美由紀にもう一口飲ませ、自分も一口飲んで、
『ああ、おいしい』と声を出す。
『本当においしいわ。 少し汗をかいたから一層おいしいわ』と美由紀もいう。 そう言えば、さっき祥子が汗を取ってやったばかりの美由紀のひたいの辺が、また少し汗ばんでいるように見える。
『そう言えば、今日はいい天気だね。 その上、ケープまではおってちゃ、道中さぞ暑かったろう?』
『ええ』
  美由紀がうなずく。
『そう。 あたしでも少し暑いぐらいだったわ』と祥子も言う。 『それにしても今日は風もなく穏やかに晴れて、何だかうちの中に居るのが勿体ないような、いいお日和ね』
  ちょっといたずら心を出して、笑いながら誘ってみる。
『じゃ、今日はどこか近くに散歩に出ようか。 この辺は緑も多いから気持がいいよ』
『駄目よ』と祥子が断固とした調子で言う。 『今日は三田さんのお一人でのプレイぶりを見せていただくために伺ったんだから』
『ああ、そうだったね。 じゃ、残念だけど提案取り消し』
  また3人で顔を見合せて笑う。 祥子が再びハンドバッグから白いハンカチを取り出して、美由紀のひたいの辺を軽く押えて汗を取ってやる。
『ほんとに面倒見がいいね』
『ええ、ペットは精々可愛がってあげないとね』
  美由紀がまた恥ずかしそうに下を向く。



  ピーナッツをつまみながら訊く。
『ところでお2人はここまで、どういう乗り物に乗って来たの?』
  祥子もピーナッツを美由紀の口に入れてから答える。
『ええ、今日は何時ものM線のH駅で地下鉄に乗って、A駅乗り換えでSまで来て、そこでTデパートののれん街でケーキを買ってから、後はタクシーで来たの』
『ふーん』
  私は2人の顔をまじまじと見る。
『それがどうかして?』と祥子。
『うん。 とすると美由紀さんは、後ろ手に縛られたままで地下鉄に乗って、のれん街に入って、タクシーに乗ってきた、という訳かい?』
『ええ、そうよ?』
  祥子はまた、『それがどうかして?』というように私の顔を見る。 私は自分のためにそんなことまでしてくれて、と少し心配になる。 そこで今度は美由紀にきく。
『それで美由紀さんは、そんなことして大丈夫だったのかい?』
『ええ、この頃は大分乗物にも馴れてきて』と美由紀は恥ずかしそうに返事する。 『初めの頃は恥ずかしくてとても嫌だったけど、祥子に何度も連れ出されて、少しづつ馴れさせられてしまったの』
『ふーん。 もう、そんなに何回も経験してるの』
『ええ、そう。 それは今でも周りの人に気付かれはしないかってすごく気になるけど、でも地下鉄の切符は祥子が買って自動改札に入れて通してくれるし、今日みたいにケープで隠してれば、普通にしている分には外からは縛られてるのが判らないから、何とかすごせるの』
『ふーん、なるほどね』
『ただ、地下鉄は今日は座れたからよかったけど、混んでて立ったままだとちょっと嫌なの。 吊り革につかまれないから、揺れたとき転びそうになって』
『そうだろうね。 特にあんなかかとの高いハイヒールをはいてちゃ大変だ』
『ええ、そうね』と今度は祥子が話を引き取る。 『それでそういう時は、大概は壁や柱に半分もたれるようにさせたり、あたしが目立たないように手で支えたりするんだけど、それでも不安なようね』
『ええ、とても心細いの。 でも、バスよりはいいけれど』と美由紀。
『そうだね。 バスはまた揺れるからね』
『ええ、バスでは立っているのはちょっと無理だし、席があいてても座る前に動き出したりして危ないから、なるべく避けてるの』
『なるほどね。 でも乗ることはあるのかい?』
『ええ、時々はあるわね』とまた祥子が引き取る。 『それは始発のバスストップで席が前向きで座れる場合。 それも発車間際のは避けて』
『ああ、それなら大丈夫かな』
『ええ、降りるときは止まってから席を立てば、地面に足が下りるまでは動き出すことはないから』と祥子。
『でも、バスだと、座ってても足をよほどふんばってないと、時々なげ出されそうになることがあるので怖いわ』と美由紀が肩をすくめる。
『なるほど、そうだね。 普通はそういう時は、とっさに手を使って体を支えるものだからね』
『ええ』と美由紀はうなずく。
『所で』と話題をもとに戻して訊く。 『地下鉄でもこの頃はいつも混んでて、座れることはむしろ少ないんじゃないのかい?』
『ええ、ほんとうによく混んでるわね』と祥子が受ける。 『それで、なるべく座れそうな時間帯や車両を選んで乗ることにしてるんだけど』
『そうは言ってるけど、祥子は時々、とても混んでる電車に乗せるのよ』と美由紀がまた恨みがましく言う。
『でも本当に混んでたら、周りの人に支えられて倒れることが出来ないから、却っていいんじゃないかしら』と祥子が笑う。
『そんなことないわ』と美由紀が口をとがらせる。 『人に押されて、すぐにころびそうになってしまうわ。 特に乗り降りの時がすごく怖いのよ』
『そうだね。 それは危ないね』と私も同調する。
『まあ、三田さんまで美由紀に同調して。 憶えてらっしゃい』と祥子が言う。 肩をすくめてみせる。 3人でどっと笑う。
『でも実際は、混みそうな時は電車を避けて、タクシーで帰ることにしてるの。 だからこういう姿で人と押し合うような電車に乗せたことは一度もないわよ』と祥子が言う。 『ええ、そう』と美由紀もうなずく。
『なーんだ。 それじゃ、同情して損した』
  3人でまた笑う。
『でも、電車で座れないで立ってることはしょっちゅうあるわよ』と美由紀が言う。
『そうね』と祥子が真顔になる。 『空いてる時間を選んで乗るといっても、銀座から帰る時などは地下鉄で座るのはやはり無理で、立つことが多いわね』
『ええ、そう』



  話がはずんで、コップのビールがちっとも減らない。 思い出してコップを取り上げ、一口飲む。 祥子も美由紀に一口飲ませ、自分も一口飲む。 喉を通るビールの感触を楽しみながら、ハイヒールを履き、ケープを羽織った美由紀が、ゆれる地下鉄電車の中で、入口の横の壁に軽く体をもたせかけて心細げに立っている姿を目に浮かべる。 それにつられて改めて尋ねる。
『所で美由紀さんは、今みたいな姿で外出する時は、いつもあんなかかとの高いハイヒールをはいてるのかい?』
『ええ、そう。 祥子がいつもあたしに、かかとの高いのを選んで履かせるの』
  私はますます興味を持ってくる。
『今日のはかかとの高さはどの位あるの』
『そうね。 7センチ位かしら』
  私は心の中で、『それなら、私のと同じ位だな』と思う。 でも、美由紀は足が小さいから、同じ高さでも不安定感は強いであろう。
『あたしのもかかとの高さは一緒ぐらいよ』と祥子が横から言う。
『でも、祥子は両手が自由でしょう?。 あたしは手でバランスを取れないからとても不安なの。 実際、時々は転びそうになってひやっとするの。 それに一度転んだら、もう一人ではすぐには立てないし』
『そりゃそうだね。 あの高いハイヒールを履いて、後ろ手にくくられてたんじゃ、立ち上がるのはちょっと難しいだろうね』
『ええ、そうなの。 かかえて貰っても、なかなか立てないの』
『でも』と祥子が口をはさむ。 『ほんとに転んだのは、まだ2回だけじゃない。 それも1度は周りにほとんど人が居なかったし』
『そんなの1度でたくさんだわ』と美由紀が口をとがらす。 そして、『それにしても、あの、この間の地下鉄の中でころんだ時は、ほんとに恥ずかしかったわ』と、いかにも恥ずかしそうに肩をすくめる。
『え、そんなことがあったの』
『ええ。 それはこの前の日曜日の朝だったけど、また、この縛りの姿で祥子に遅い朝食を食べさせて貰ったの。 そして食事が終ったら祥子が「今日は天気もいいから、今から銀ぶらに行きましょう」って、そのままあたしの肩にケープを掛け、ハイヒールを履かせて、外に連れ出したの』
『ふーん』
『そしていつもの地下鉄にH駅から乗ったら、目の前に3人分くらい並んで空いてる座席があったの。  それでそこに座ろうとしたら丁度電車が動き出して、ついバランスをくずして、くずれるようにして床にころんでしまったの』
『ふーん。 それは大変だったね』
『ええ、周りの人達はじろじろ見るし、祥子はなかなか起こしてくれないしで、もうほんとに泣きたくなったわ』
  美由紀はその時の気持を思い出すかのように、目を空中に漂わせる。
『あの時はすぐに起こしたあげたわよ』と祥子が横で言う。
『そんなことないわ。 ずいぶん時間がかかったわ』と美由紀が口をとがらす。
『うん、そうだね』と私は間に入り、とりなすように言う。 『特に動いている電車の中じゃ、抱いて起こすのも大変だね。 それに、とかく待つ身になると時間がすごく長く感じられるものだからね』
『ええ。 それに座席に座った後も周りがあたしをじろじろ見てるような気がして、銀座で降りるまで恥ずかしくて顔も上げられなかったの。 その時間の長かったこと』
  美由紀はちょっとうつむいてコップを見詰める。
『それはほんとに大変だったね』と私も同情する。 そして改めて訊く。
『そんなことがあっても、紐を掛けての外出は、やっぱりいつも、あの位の高いハイヒールを履いて出かけてるのかい?』
『ええ、そう』
  美由紀は相変らずコップを見詰めながら短く答える。
『大体美由紀は、パンプスはヒールの高いのしか持ってないのよ』と祥子が横から言う。 すると美由紀は顔を上げて、
『だって祥子と一緒に靴を買いにいくと、何時もたかーいのを選んで、「これになさい」って言うんですもの』と、また恨みがましく言う。
『ええ、そうよ。 だって、あたしがかかとの高いパンプスを履きたいのに、美由紀がローヒールじゃ、並んで歩く時にバランスが取れないじゃない。 少なくともあたしと同じかかとの高さがなければ』と祥子がすまして言う。
『そうだね。 祥子さんの方が大分、背が高いからね』と私も笑いながらうなずく。
『それに美由紀だって、自分でもすぐにかかとの高いのを選ぶじゃないの』
『ええ、あたし、普段は少しでも背を高く見せたいから』   美由紀が小声でそう言う。 3人でどっと笑う。
『それで、地下鉄でもそんなことがあるとすると、やはりタクシーが一番安心という訳かな?』と話題を移す。
『ええ、まあ そうね』と祥子はうなずく。 そして、『でも、タクシーの乗り降りも両手が使えないと何となくぎこちなくなるので、運転手さんに気付かれないか、気になるものらしいわね』と付け加える。
『ええ、そうなの。 だってタクシーの運転手さんって、あたし達が乗り降りする間、じいっと見てるでしょう?』
『まあ、それは仕方がないだろうね。 先方はそうやってお客様の安全を確かめるのが義務なんだから』
『ええ、それは解っているけど。 でも、それから暫くの間、一緒に居ることになるでしょう?。 運転手さんって、そのように教育されてるそうだから顔には出さないけど、心の中ではどう思ってるかしらって、その間中、とても気になるの』
『でも、美由紀はそういう緊張感を結構楽しんでるのよ』と祥子が笑いながら言う。
『そんなこと、ないわよ』と美由紀はまた不自由な体をゆすって抗弁する。
『また、始まった。 お2人は本当に仲がいいんだね』と私が笑う。
『ええ、ほんと』と2人も笑う。
  3人のコップのビールがなくなる。 祥子が残っているビールを3人のコップに公平に注ぎ分けて瓶を空にする。 そして美由紀にコップの3分の1くらいのビールを一息に飲み干させる。 自分もぐっとコップをあける。 私も自分のコップを空にして、『さあ、終った』とそこに置く。 そして、『今の乗物とハイヒールの話、ほんとに面白かったよ。 有難う』と礼を言う。 美由紀が恥ずかしそうにまた顔を伏せる。
  祥子と2人でコップの類や空になったビール瓶を手早く台所に運び、テーブルの上を空けて奇麗に拭く。 美由紀は手出しが出来ず、黙って見ている。

2.2 Hセット

第2章 祥子達の来訪
04 /27 2017


  改めて3人が椅子に腰を下ろす。 早速に私が発言する。
『それじゃ 次に早速、僕のプレイ用の品をご披露しようか』
『ええ、是非 お願いするわ』
『ただ この格好のままじゃ ちょっと不便だから、左手の鎖を一旦外すよ』
『ええ どうぞ』
  会話で応えるのはほとんど祥子である。 美由紀は通常、両手を後ろに自然に回したままで、ただ軽い笑顔を見せたり、うなずいたりして黙って聞いてる。
  立ち上がって『鍵がそこの戸棚にあるんで、ちょっと失礼する』と断わり、美由紀の後ろに行く。 美由紀と祥子も立って、食器戸棚の方に向く。
  まず 食器戸棚の中段の棚に置いてあった鍵の一つを取って左手首を腰の後ろに繋いでいるシリンダー錠を外し、鍵と一緒に同じ棚に置く。 ついで別の鍵を棚から取って左手首の小さな南京錠を外し、手首に巻いてある長さ50センチばかりの鎖を取って、みんなまとめて棚に置く。 左手首には幅が6センチほどの包帯がまだ巻いてあるが、それはそのままにして食卓の手前に戻る。
『ちょっと狭いから、まず部屋の真ん中を少しあけよう。 そのために食卓をそっちに押し付けたいから、お2人ともちょっと横に寄ってくれないか』
『はい』
  美由紀が横にどく。 祥子も椅子を横にずらせてから横にどく。 食卓を少し持ち上げるようにして、東側の食器戸棚の方に動かす。 食卓の脚ががたがたと音をたてる。
『ちょっと手伝いましょうか』と祥子。
『うん 有難う。 頼む』
  2人で食卓を少し持ち上げ、食器戸棚一杯に押し付ける。 部屋の台所寄りの3分の2が広く空いて、明るいオレンジ色の毛足の短い絨緞を敷いた快適な広場が出来る。 美由紀も手前に出てくる。 椅子3つを広場の見物席のように並べる。 そして手をのばして食器戸棚の棚にのせてあった鍵3つと錠2つと鎖1本を取り、次々に食卓の上に出して並べる。
『ずいぶん 錠や鍵があるのね』
『うん。 鎖だと締めて留めるのに いちいち錠を使うからね。 特別なことをしなくても、両手首を後ろ手に繋ぎ留めるには最低5つは錠が必要なんだ』
『ああ そう。 結構おおごとなのね』
『まあ それほどでもないけどね』
  美由紀は相変わらず黙って、机の上の鎖などを食い入るように見ている。
  ついで部屋の反対側の隅に置いてあった段ボール箱を2人の前にもってくる。
『これが僕のプレイ用品の箱だ』
『ずいぶん大きいのね』
『いや それほどでもない。 祥子さんの赤いボストン・バッグも相当大きかったじゃないか』
『そうね。 でも これはあれより大分沢山入りそうよ』
『そうかな』
『それで 中は一杯に詰まってるの?』
『そうだね。 一杯に近いかな』
  箱の蓋を一杯に開ける。 祥子が腰をかがめて中をのぞき込む。 美由紀も後ろ手の上体をやや前に倒すようにして、横から箱の中を見る。 中には布粘着テープや紐の類がごたごたと八分目程まで詰まっている。
  祥子が腰を伸ばして、『ずいぶん色々なものが入っているわね』と笑いながら言う。
『うん 一応はね』と私。 『じゃ 説明を始めるけど、いいかい?』と2人の顔を順々に見る。
『ええ お願いするわ』と祥子。 美由紀もうなずく。
『それじゃまず最初に鎖だけど、僕にとって鎖を使うことの一番の効用は、自分一人で両手を後ろ手に繋ぎ留めて、後ろ手に縛り合せたのと同じような効果を上げることにあるんだ。 そのためにまず腰に鎖のふんどしを締め、手首にも鎖を巻いて、それらを錠で繋ぎ合せるという方法をとっている。 こうして手首を腰の後ろに繋いだのを僕はHセットと呼んでいる。 H はもちろん、hand の最初の文字の H の積りだけどね』
『ええ』
『そこで今日の最初の予定として、まず このHセットのやり方を実地に見て貰おうと思うんだけど、どうだい』
『ええ 是非お願いするわ』
『それじゃ 全部を見て貰う という趣旨に副って、まず鎖を一度全部はずして、最初から説明する。 そのため レディの前でちょっと失礼だけど、上に着ているものを脱がせてもらうよ』
『ええ どうぞ』
  私はまずカーディガンとスポーツ・シャツを脱ぎ、肌着姿になる。 ずぼんも脱ぐ。 下には赤茶色の汚れのついた白の5分のパンティの上に鎖のふんどしが締めてある。 食卓の上にあった鍵の一つを使って腰の前の南京錠をあけ、鎖から外して 鍵と並べてまた食卓の上に置く。 そして鎖のふんどしをはずし、床に拡げてみせる。
『これが僕の愛用しているふんどし用の鎖。 長さが丁度3メートルある』
『ふーん、いい鎖ね』
  祥子は腰を落して、度重なる使用にみがかれて鋼鉄色に光っている鎖を右手でつまんでみる。 そして立ち上がって美由紀に向って言う。
『あたし達はまだ鎖を使ったことがないけど、一つ位はあってもいいわね』
『ええ そうね』
  美由紀がうなずく。
『そうだね。 君達はもっぱら紐だけのようだね。 僕も最初は紐だけでやってたんだけど、自分であちこちを縛っていって、最後に残る右手を留めるのにいい方法がなかなか見付からなくってね。 それで色々とやってみた結果、結局 鎖と錠とを使うことに落着いたんだ。 使ってみると案外いいものだよ』
『ええ 考えてみるわ』
  ついで祥子は私の腰の辺を指差して、『所でそれはなあに?』と訊く。
  私も腰を見る。 腰には白のパンティを穿いていて、それに赤茶色の鎖の跡が何本も付いている。 パンティをつまんで、
『ああ これね。 これは5分のパンティ』と応える。
『ええ それはそうらしいって判ったんだけど』
『うん。 鎖は材料が鉄だもんだから、白い下ばきにふんどしを直接締めると茶色に錆がついて落ちなくなるんだ。 それで丁度あったものだから、下着を保護するためにこれをはいてるんだ』
『なるほど』と祥子は一旦はうなずく。 が すぐに顔に笑いを浮かべて押してくる。 『でも 丁度あったって、それ 三田さんがご自分でお買いになったんでしょう?』
『そりゃ そうだけど』
『だとすると』と祥子はなおも笑いながら言う。 『三田さんは女物の下着にも興味がおありなのね』
『うん、時々は下に着けて楽しむこともある』
『それはますます楽しいわね』
  祥子は一人で喜んでいる。 私は心の中で、本当は上まで含めてちゃんとした女の子に変身することもあるんだけどな、と思う。



『それじゃ まず、ふんどしの締め方から始めるよ』
  私は食卓の上からさっきの南京錠を取って、ふんどし用の鎖の一端から10センチほどの所の輪にはめる。 そして股の下に小布れを折りたたんだものを当てる。
『それはなあに?』と祥子。
『うん。 股を鎖から保護するための緩衝物といった所かな』
『え?』
『こういう小布れを当てて股を保護しておかないと、ふんどしを締めた時に鎖が股に食い込んで、歩くたんびに肌を傷めつけて、すぐに我慢出来ないくらいに痛くなるんだ。 プレイではやはり、本来の目的に不必要な痛みは取り除いておいた方がいいからね』
『ええ ほんと』とうなずいて、美由紀が同感の意を表わす。 『ほんとに、意味もなくてただ痛いだけ、というのは御免だわ』
『それはそうね』と祥子もうなずく。
『それだから特に 下に何もはかずに直接に鎖のふんどしを締める時は、この小布れが絶対必要なんだ。 ただ 今は下にもパンティを2枚ばかりはいてるから、実はなくても大丈夫なんだけど、もう着ける習慣になってしまっててね』
『なるほどね。 色々とノウハウがあるのね』
『うん 長年やってるとね』
  つぎに鎖を腰に2重に巻き締め、前で南京錠の鉉(つる)を通して仮に留めて、その先を股の下から後ろにまわし、腰の後ろで先程の鎖2本をくぐらせ、また股の下を通して前に戻し、ぐっと締めて、先程の南京錠で腰の鎖にカチンと留める。 腰から股にかけてがきっちり締まって気持がよい。 鎖の2つの端がそれぞれ10センチと20センチほど余って垂れ下っている。
『これで鎖のふんどしの出来上がり』と説明する。
『ふーん、いいものね』と祥子は感心した顔をする。 そして腰の鎖に触ってみて、『ずいぶん固く締まってるわね』とさらに感心したように言う。 美由紀も後ろ手のまま、鎖が腰を締め付けている様子を興味深そうに見回している。
  祥子がふと 前に垂れている長い方の鎖の先をつまみ上げて、『この余った鎖を柱に巻きつけて、錠をかけて鍵をとり上げちゃうと、もう柱から動けないって訳ね』といたずらっぽく笑う。
『うん そういうことになるね』
  私は祥子がすぐにそんなアイデアを考え付くことに感心する。
『あ そうだ。 そしてちょっと後ろ手に縛っておけば、鍵が手にあっても駄目っていう訳ね。 楽しいわね』
『うん そうだね』
  私はますます感心する。
『それじゃ ふんどしのことはもう これでいいね』
『ええ いいわ』
  祥子は鎖から手を離し、2人が少し離れる。
『次は手首用の鎖だけど、これ用の鎖は特にリストチェインと呼んでいる。 リストはリストウオッチのリストだ』
  そう説明しながら、私は段ボール箱から小さい南京錠の付いている長さ50センチほどの1本の鎖を取り出す。 そして一緒に付いている鍵で南京錠を外して、食卓の上の同じような鎖の横に並べてみせる。
『この2本のリストチェインで、両方の手首を留めるんだ』
  2人がうなずく。
  ついで段ボール箱からもう一つ、幅が6センチほどの包帯のロールを取り出す。 そして包帯の巻き付けてある左手首を示しながら、『手首は鎖を巻く前にまず保護のためにこのように包帯を巻いておくんだ。 紐で縛っても痕がつくけど、鎖だと特に独特な模様の痕が残って、手首だとそれがとても目立つし、後でなかなか消えないからね』と説明し、右の手首に今出した包帯を巻きつける。 10回余り巻いて包帯が終りになる。 最後をちょっと折り返してセロテープで留める。
『なるほどね』と祥子がうなずく。 『そうやっておくと、鎖や紐を少し強く締めても手首が痛くならないだけじゃなくて、痕がつかないという効用もあるのね。 これはあたし達も使うといいわね。 ね?、美由紀』
『ええ そうね』
  美由紀もうなずく。
  次に私は、『それから こうやって』とまず1本の鎖をとり、さっきの小さい南京錠の鉉をその一端にはめ、左手首に1回巻き付け、口も使ってきっちり締めてから、鉉をその届く一杯の位置の輪にはめて鎖を留め、ぐっと押す。 カチンと錠が掛かり、手首に鎖がセットされる。 鎖の他端が30センチばかり垂れ下る。 右手首にも同様にもう1本の鎖を取り付け、鍵は食卓にのせる。
『面白いわね。 ちょっと見せて』と祥子。 私は両手を前に差し出す。 祥子は南京錠で留めてある様子などを手に取って、しげしげと眺め回す。
『なるほど よく出来てるわね。 色々な場面で使えそうね』
『うん なかなか便利だよ。 これだと縛るよりずっと簡単に何処へでも錠で繋げるし、両手を腰の後ろに回して錠で繋ぎ合せれば簡便な後ろ手錠にもなるしね。 とにかく後は祥子さんのアイデア次第だよ』
『そうね。 有難う』
  祥子が鎖から手を離す。
『これで必要な鎖は全部セットされたから、後は手首の鎖を後ろ手の形に腰の鎖に繋げばHセットは出来上がりだけど、今までの所は分ったね』
『ええ とてもよく分ったわ』
『じゃ 次に進むよ』
『ええ どうぞ』
  2人がうなずく。



『じゃ 始めるよ』と断わって、まず さっき 左手首から外したシリンダー錠を右腰の前の鎖の輪にかけてぶらさげる。 そしてもう一つ、段ボール箱の中のポリ袋から取り出した同じようなシリンダー錠を、それに紐でつけてあった鍵であけてから、左腰の前の鎖の輪にぶらさげる。 シリンダー錠の2つの鍵は食卓の上に並べておく。
  右手で左手首の鎖の余っている先をさらにもう1回手首に巻きつけ、重なっている2つの輪に右腰からはずしたシリンダー錠の鉉を通し、左手首を後ろにまわし、右手で探って右腰の後ろで腰の鎖の輪にその鉉を嵌めて、ぐっと指先に力を入れる。 カチンと錠がかかる。 これで左手が後ろ手に深く固定されたことになる。 試しにちょっと力を入れてみるが、左手首はほとんど動かない。
『これでさっきの状態になった訳ね』と祥子が言う。
『うん そうだね』
『それでその錠を外す時は、そこにある鍵を使うのね』
『うん それでもいいけど、でも普通は違うんだ』
  私は右手で段ボールの中を探り、さっきのポリ袋から両端に2つの鍵のついた長さ1メートルほどの細い紐を取り出して、横の食卓にのせる。
『あのままの鍵だと小さくて、後ろ手で探って捜すのに不便なので、普通はこの紐の両端についているのを使うんだ。 つまりこの2つが2つのシリンダー錠の鍵なので、紐が手にさわれば 後はたぐって鍵が手に入ることになる』
『なるほどね』と祥子。 そして『でも場合によっては 鍵が見付けにくい方が楽しいこともあるんじゃないの?』といたずらっぽく笑う。
『うん ないこともないけど、一人でやるプレイでは どうしても見付からなくなったら大変だからね。 それに足も逆えびに縛って目隠しもして となると、こうやっておいても鍵を手に入れるのにけっこう苦労することがあるんだ』
『まあ 一人でそんなこともなさるの』
『うん 時にはね』
『それで』と今度は美由紀が後ろ手の体を乗り出してきく。 『鍵が手に入ったら 錠はすぐに開けられるの?』
『いや それがそれほど簡単ではないんだ』
『・・・』
『両手を使って錠を開けるのなら容易だけど、実際は後でやってみせるように、右手を繋いだ錠は右手の指先だけで開けることになるから けっこう苦労をする。 錠の鍵穴の向きを確かめておいて、それに丁度入るように鍵を向けて押し込むようにするんだけど、押えてないから錠も動くし、鍵の向きもあるし、そもそも鍵を間違えたら絶対に入らないしするからね』
『そりゃそうね』と祥子が笑う。
『うん、それに ちょっとやってみて入らなかったからと言って、間違った鍵であるとは限らない所が難しいんだ。 無理な姿勢でやってると、正しい鍵を使って鍵の向きも正しくても、差し込むのにけっこう苦心して、辛抱して何回もやってみてやっと入ると言うこともあるんでね。 恐らくは 本人は鍵穴に向かってまっすぐ差し込んでいる積りでも、後ろ手の手探りでやる作業だから、ずいぶん曲がってることもあるんだろうね』
『鍵の向きって?』と美由紀がまたきく。
『うん 鍵の向きって、これを言うんだ』
  私は左腰から もう一つの錠を取って、後ろ手の左手に持ち替える。 そして右脇をのぞき込むようにして、その錠の底の鍵穴を見ながら鍵を差し込んでみせる。 そして次ぎに 鍵の向きを鍵穴の向きと逆にすると全く入らないことを示す。
『ええ 解ったわ』と美由紀がうなずく。
『鍵の向きは手ざわりでもすぐ分るけど、鍵穴の向きは触っただけではほとんど分らないから、合せるのに結構苦労することもあるんだね。 ただ 最近は慣れで錠を嵌める向きが大体一定になったので、鍵穴の向きも大体は見当が付くようになってきたけど。 でも今でも時々は勘違いをして、なかなか入らずに焦ることもある』
『ええ』とまた美由紀がうなずく。 そしてまた質問を続ける。
『どっちがどっちの鍵だかは すぐ分るの?』
『うん、この2つの鍵は指でつまむ部分の形が違うだろう? だから手探りでも容易に区別がつくんだ』
  私は食卓の上から鍵の紐を取って、後ろ手のままの美由紀に2つの鍵を見せる。 美由紀がうなずく。 『なるほどね』と祥子もうなずく。
  ついで鍵の紐を食卓の上に戻してから、
『そして錠の方も、このように上の角が直角に切れているか 丸くなってるかで、手探りでもすぐに区別が出来るんだ』と、左手で持ってた錠を右手でとって横に添えて、右後ろの腰の左手首の錠と見比べさせる。
『なるほど うまく出来てるわね』と祥子が感心する。
『実は鍵や錠が手探りでも容易に区別がつくように、この2つの錠はわざわざ違ったメーカーのを選んで使ってるんだけどね』
『まあ それは行き届いてること』と祥子が笑う。
  ついでHセットの核心部分に移る。
『最後に残った右手だけど、これは手首を直接に錠で留める訳にいかないだろう?。 そこでこうやってるんだ』
  私はまず 左手の助けもかりて、右手のシリンダー錠の鉉を右手首から垂れている鎖の丁度指先の位置の輪に通し、ついで右手を後ろに思い切って深くまわし、指先でつまんでいる鉉を左後ろの腰の鎖の輪に通して、鉉と錠の底とに指を掛けてぐっと力を入れる。 カチッと小さい音がして錠が掛かる。  これで右手も後ろ手に繋がれたことになる。 両手首が腰の後ろで丁度重なっている。 ちょっと両手に力を入れて引っぱってみる。 もちろん 抜くことは出来ない。
『これでHセットの出来上り』と宣言して 2人に背中を見せる。
『うまく出来てるわね。 感心したわ』
  そう言いながら 祥子が手首の鎖に触ってみている。
『ただ この方法だと 左手は手首が直接に腰の鎖に固定されてるけど、右手はこのように手首と指先との間隔だけ余裕があるんだね。 その点が少し不満なんだけど』と、右手首を上下に動かしてみせる。
『そうね。 確かに右手も動かないように留められるともっといいわね』と祥子。
  また 2人の方に向く。
『でも よく考えたわね。 一人で行う方法としては最高ね』と祥子がつくづく感心したように言う。  私はちょっと面映ゆくなる。
『そんなに誉めて貰うと ちょっと恥ずかしい気もするけど。 そうだね。 とにかく ずいぶん色々とやってみて、結局 最後、これに落ち付いたんだけど。 まあ 後で自分一人で脱け出さなければいけない という条件を考えれば、これが自分一人で後ろ手に拘束出来る限界だという気もするね』
『そうかもね』
『でも ちょっと手伝ってくれる人が居れば、右手首の鎖も直接 腰の鎖に繋いで貰えるから、もっと簡単に、遊びもない きちっとした拘束が出来る訳だね。 その意味でも 今度お2人とお近付きになれたのがとても嬉しいんだ』
『まあ 光栄ね』
  祥子は明るく笑う。 そして続ける。
『確かにそうね。 それじゃ これからは精々お手伝いするわ。 時には三田さんの期待以上にやってあげるわよ』
『うん よろしく』
  笑いながらの会話の後、祥子は再び 腰の前に垂れている鎖をつまみ上げる。
『それにしても いい鎖を手に入れたわね』
『うん そうなんだ』
  私は鎖を買った頃の張り切った気持を懐かしく思い出す。
『このように丸くて柔らかい感じで、あまり重くはなくて、しかも錠がうまく使える鎖って、なかなか無くってね。 大分長い間 気にかけてても手に入らなかった』
『錠が使える鎖って?』と美由紀がきく。
『うん プレイに使う鎖は軽やかなのがいいと思っていたけど、軽やかな鎖はとかく輪が小さくて錠の鉉(つる)が入らないのが多いんだ』
『え、「つる」って?』ととっさに美由紀が訊く。
『ああ 錠の「つる」ってあんまり聞かないね。 「つる」と言うのは本来は土瓶などを提げるための、籐で編んだりした半円形の取っ手のことだそうだ』
『ああ それなら知ってるわ』
『うん それで、南京錠などでも本体に嵌める、Uの字の形をした動く棒の部分を、やはり「つる」と呼ぶんだそうだ』
『ああ 有難う。 よく解ったわ』
  美由紀がうなずく。 祥子もうなずいている。 ついでに「鉉」という字も書いてみせて学のある所を示したい気もしたが、今の格好では無理だと後に回す。
  話を元に戻す。
『それでとにかく、輪に鉉が入らないのでは手首に鎖を巻いて留めたり繋いだりが出来ないからね』
『ああ そうね』
  美由紀はまたうなずく。
『それである程度妥協して、これならまあまあだと思うのをやっと見つけて買っておいたのがこれだ。  これを買った店でも今ではもう見かけないから、買っておいてよかったと思っている』
『そうね』
  今度は祥子がまたうなずく。



『じゃ お2人とも、これでHセットのやり方は解って貰えたね。 ここで一度 セットをはずすよ』
  そう告げてから、私は後ろ手で食卓の上から鍵の紐をとり、右手でたぐっていって右手用の錠の鍵を選んでつかみ、指先で錠もまっすぐに向けてから、鍵を持ち直し、手探りで錠の底の鍵穴に差し込みにかかる。 錠の底がひょいと横を向いてしまう。
『あら、逃げちゃった』と祥子が笑う。
『うん』と私はてれ笑いする。 『この作業は、錠の底の向きをある程度動かなくしておくのと鍵を差し込むのとを、右手の5本の指だけで同時にしなければならないから、結構難しくてね。 こうなることがちょいちょいあるんだ』
  私は指で錠の向きを正し、もう一度やってみる。 また 錠が横に向く。
『あら また 逃げちゃった』と祥子がまた笑う。 私は何も言わずに もう一度 錠の向きを直し、慎重に差し込む。 今度はうまく入る。
『あ、3度目の正直で やっとうまくいった』と祥子が嬉しがる。
『そうだね。 こうやって自由に立った姿勢でやるときは、大概は一度で出来るんだけどね。 今日はお2人が見てるから、錠が恥ずかしがってるのかな』
  鍵をぐうっと右に回して錠をあける。 そして錠の鉉を腰の鎖から外して右手が自由になる。 錠を手首の鎖からもはずし、鍵もはずして、鍵の紐はまた食卓の上に置き、錠は右腰の前の鎖に掛けておく。 そして
『こうしておくと、次に使う時に錠がすぐに手に入って便利だからね』と説明する。
『もう そんな細かい所まで決まってるのね』と祥子がまた感心する。
『そうだね。 何回となくやってると自然にもっとも便利なやり方が決まってきて、それが習慣のようになるんだね』
『そうね。 あたし達のプレイでもそういうことがあるわね』
『でも 余りに慣れすぎて惰性的に行動してると、時にはとんでもない危険を招くこともあるね。 特に一人だとHセットをつかうプレイが多いから注意しないと』
  この言葉に祥子が興味を示す。
『ふーん。 たとえば?』
『うん たとえば首を紐で何かに繋いでおくようなプレイでは、Hセットをする前に 必ず首を繋がれたままでも鍵の紐が手に入るようになってないといけない筈だよね』
『そりゃそうね。 さもないとHセットは外せないし、首の紐は解けないしするから、永久にそこから動けなくなるものね』
『うん そうなんだ。 ところがうっかりすると、そのような時に首に紐を着ける作業に夢中になっていて鍵の紐のことを忘れてしまい、作業が終った後にそのまま惰性的にHセットをしてしまうことがあるんだ。 その時 偶然に鍵の紐が遠くにあったりすると悲劇だね。 今 祥子さんが言った通り、もう永久にその状態から抜けられなくなるからね』
『ええ そうね』
『つまり鎖を使うプレイには、シリンダー錠が鍵がなくても掛かる という便利な所に逆に落し穴もあるんだ』
『なるほどね』
  祥子が深くうなずく。 美由紀もうなずいている。
『実際は 柱縛りのようなきちんとしたプレイだと、鍵を手に入れる手段も慎重に準備してから行うから却って危険が少ないけど、何かのついでに軽い気持でプレイをすると危ないね。 特に 予定になかったことをその場の思い付きでちょっと付け加えるのが一番危険で、僕も一度 それでひどい目にあったことがある』
『なるほど。 一人でするプレイって また独特の危険があるのね』と祥子はまたうなずく。 そして、『その ひどい目にあった、というお話、面白そうね。 ついでに伺えないかしら』と言う。
『そうだね。 後でちょっと話してもいいな』
『まあ 嬉しい』
  祥子がまた歓声を上げる。 美由紀も眼を輝かせる。
  鍵の紐をとって左手の錠もはずす。

2.3 逆えび

第2章 祥子達の来訪
04 /27 2017


『これでHセットはすっかり分かったわ。 次は何を見せて下さる?』と祥子が早くも次を催促する。
『そうだね。 普通の縛りは とにかく縛りたいだけ縛っておいて、最後に1本残った手を今やったHセットの要領で後ろ手に繋ぐだけで 別にどうってことないけど、これの応用の一つとして、僕の好きな 少し強い縛りをご披露するかな』
『ええ 是非』
  祥子が身をのり出す。 美由紀も後ろ手のままで眼を輝かせる。
『それじゃ、続けてさっそく始めようか』
  私は立ち上がって、まず食卓の上にあった鍵の紐を 床の真ん中に下ろしておく。
『これは自分一人でする一種の逆えび縛りなので、最後は床の上に横になるから』
『なるほど。 鍵が食卓の上では手が届かないって訳ね』
  祥子はそう言ってうなずく。 そして何かを思い付いたかのようににやっと笑う。
  段ボール箱の中から少し太めの長い紐(綿ロープ)を取り出し、その真中を計ってつまむ。 そして床に腰をおろして両足首を揃え、くるぶしの上側で足首に紐の中央部を2重に巻き付けて縛り合せ、その先を足首の間に回して割り紐にし、ぐっと締め上げて 足首の裏側で結び合せる。 2人は熱心に私の作業を見守っている。
  私が長い紐をやりにくそうに捌いているのを見て 祥子が言う。
『長い紐でそういう縛りをするのは大変ね』
『うん まあね。 実はここは別紐でもいいんだけど、長い紐をそのまま使うと後で解くのにも時間がかかって簡単には自由になれないだろう?。 そう思うと一層気分がのるんでね』
『まあ』
  祥子が呆れたような顔をする。 そして言う。
『三田さんって ほんとにお好きなのね』
『あれあれ、祥子さんに呆れられるとはね』
  3人でどっと笑う。
  足首の縛りを終えて、次にかかろうとして はっと気がつく。
『あ いけない。 湯上りタオルを用意しておくのを忘れた』
『え、湯上がりタオル?。 いったい何に使うの?』
『うん。 このプレイは肩に紐を掛けてぐっと引き絞るもんだから、肩にタオルを掛けて保護しておかないと痕が付いて困るんだ』
『なるほど。 それじゃ お持ちしましょうか。 どこにあるの?』
『うん。 ちょっと分りにくいから自分で行く。 ちょっと待っててね』
  私は立ち上って 足首から長く延びている紐をまとめて右手で持ち、両足跳びで玄関横の洋室に行く。 そしてクローゼットの中の洋ダンスの引き出しから湯上りタオルを一枚取り出し、それを持って また両足跳びでLDKに戻る。 少し息が切れる。
『早速 うっかりミスという訳ね。 でも危険はなさそうね』
『そうだね。 まだ手が自由だからね。 このプレイはもうかなり慣れているから、軽い気持でお2人にお見せしようとしたのがいけなかったんだね』
  すぐに息は収まる。 肩に湯上りタオルをかけ、膝をつき、台所との境の壁の角に胸で寄りかかって 足首を上げて膝で立つ。 そして 足首の紐の先を1本づつ両方の肩にかけ、前に回して胸の前で交差させ、精一杯の反り身になりながら2本の紐の先を両手で左右にひき絞って足首をぐっと肩に引きつける。 そして その紐の先を背中に回してまた前に出し、みぞおちの前で結び合せる。 これでぐっと反り身になった体がそのままの形に固定される。
  手を使って壁から離れ、ゆっくりと床の上に腹ばいになる。 肩と膝とがぐっと宙に浮き上って、腹で身体を支える形になる。 LDKの床には明るいオレンジ色の絨緞が敷き詰めてあるので、腹への当たり具合も暖かく軟らかい。 ただ 腹だけで支えられた身体は安定せず、ゆらゆらしている。
  みぞおちの前で結んだ紐の先をさらに左右に分けて背中にまわし、左からまわした紐は足首から右肩へぴんと張った紐にかけ、右からの紐は左肩への紐にかけて、それぞれの先を左と右に戻してぐっと引き絞り、また腹側へまわして結び合せる。 これで両肩への紐が背中で深く交差し、足首が肩へさらにぐっと引きつけられると同時に左右にも動かなくなって、身体をひねることも出来なくなる。 2人は息もつかずに私の作業を見詰めている様子である。
  ここでちょっと一息いれてから、左手で上体を半分起こすようにして、左腰の前に掛けてあるシリンダー錠を右手で探り取って、身体の右横に置く。 ついで右腰のシリンダー錠を右手で探り取り、前と同じ要領で左手首を右腰の後ろに繋ぐ。 そしてさっき右に置いておいたシリンダー錠を手探りでつかんで、『んん』と息ばって、右手首の鎖の指の位置の輪を左腰の後ろに繋ぐ。 これで両手の手首が腰の後ろで交差した深い後ろ手繋ぎが完成する。 息がはずむ。 シリンダー錠の鍵の紐は身体の左側 30センチほどの床の上にながながと横たわっている。
『これで出来上り』と少しあえぎながら説明する。 『これだともう 身体を曲げたり伸ばしたりはおろか、左右にひねることも出来ず、前後左右にゆっくりゆらすのがやっと と言うことになるんだ』
『なるほど ずいぶん強烈な縛りね。 素晴らしいわね』と頭の上で祥子が言う。
『ほんと』と美由紀も言っている。
  それっきり少しの間、誰もものを言わず、しずかな時が流れる。



  そのうちに無理に反っている腰が段々痛くなる。 身体全体を軟らかい腹で支えているのも辛くなってくる。 息もさらに荒くなる。 『もういいだろう』と思って、
『じゃ これでこの縛りはたっぷり見て貰ったから、もうそろそろ終りにするよ』
と告げ、私は身体を2~3度左右にゆすり、思い切って左側に倒す。 そして少し自由度の大きい右手で鍵の紐を探りにいく。 と 祥子がつっとかがんで私の背後に手を伸ばす。 『あれ?』と思う。 祥子はすぐに上体を起こし、右手の親指と人差指とでつままれて垂れ下がっている鍵の紐を見せびらかして、にこっと笑って言う。
『これであたしがこの鍵をお渡ししない限り その状態から抜け出せなくなった、という訳ね』
  思いがけず、いきなり祥子に生殺与奪の権をにぎられて ぞくっとする。
『まあ そういうことになるね。 でも お手柔らかに頼むよ』
『そうね』
  祥子はちょっと首を傾げて もう一度にっこり笑い、そのままじっと私を見つめる。 美由紀は後ろ手のまま、少し心配そうに私と祥子とを見比べている。 私は左を下に横にしたまま 目をつぶる。
『起こして うつぶせにしてあげましょうか』と祥子がいう。 私は目を開け、祥子の顔を見て答える。
『いや この方が、腹で身体を支えるよりは少しは楽なんだ』
『ああ そう』
  祥子は簡単に手をひっこめる。 また 目をつぶる。
  時間がたつにつれて身体のあちこちがさらに痛くなり、息もさらに苦しくなってくる。 顔から汗がしたたり落ちる。 身体をびくっと動かす。
『三田さん、あんなにお苦しそうよ。 もう終りにして上げて』と訴えるように言う美由紀の声が耳に入る。 眼を開ける。 上の方に後ろ手姿で身もだえている美由紀の、切なさそうな顔が見える。
『そうね』と祥子は言う。 『今日は色々とお話しを伺い、見せていただくのが目的だから、最初から余り消耗するといけないわね。 じゃもう 終りにしましょう』
  ほっとする。
  祥子がかがんで、『はい、鍵』と言って 鍵の紐を私の右手ににぎらせる。 私はまた身体をゆすって腹ばいになる。 眼をつぶり、紐をたぐって右手用の鍵を確かめる。 それから錠の位置と姿勢とを確かめて、鍵を鍵穴に差し込みにかかる。 やはり一度では入らない。 ちょっと休む。
『錠を外して差し上げましょうよ』とまた 美由紀の切なさそうな声。
『いや、三田さんはそんなこと お喜びにならないわよ』と祥子は言う。 そして私の顔を上からのぞき込むようにして、『ね、三田さん?』と念を押す。 そう言われると意地にでも『外してくれ』とは言えなくなる。 顔を上げ、祥子の顔を仰ぎ見て、『うん』とうなずく。
  そして もう一度決心して、錠の向きを確かめ、鍵を鍵穴に入れにいく。 慎重に差し込む。 何とか入った手応えがある。 『ああ うまく入った』と上の方で祥子の嬉しそうな声がする。 ほっとする。 ぐうっと右に回す。 指先で探ってみる。 確かに鉉の先が本体から抜け、口が開いている。 鉉をつまんで腰の鎖から外す。 右手が前に出て姿勢が少し楽になる。 上の方で『ああ よかった』と言う美由紀の声と共に、ほっという溜め息が聞こえる。
  身体をまた左を下に横倒しにして 少し休む。 ついで右手をみぞおちにやって、右手だけで 肩への紐を引き絞っている紐の結び目を、逆にひっぱったり緩めたりしてほどきにかかる。 2~3度くり返すうちに結び目が緩む。 指先でほどく。 足首を引き付けている紐が緩み、腰が少しのびて、また少し楽になる。 そのままの姿勢で眼をつぶり、大きく息をついて、また少しの間休む。
  もう一度 腹ばいになり、右手で鍵の紐をさぐってもう一つの鍵をとり、左手の錠もあける。 そしてまた横倒しになり、今度は両手でみぞおちのもう一つの結び目を解き、肩の紐をゆるめて背中を伸ばす。 腰がじーんとする。 上体を起こし、腰をおろしたままで足首の縛りも解いて紐を取り去り、手首の鎖もはずし、横座りに脚を崩して、右手をついてぐったりする。
『だいぶ辛かった?』と美由紀が心配そうにきく。
『うん』と顔を上げ、美由紀の顔を見て答える。『この縛りは相当きついからね』
  まだ 呼吸が完全には戻っておらず、少し息を切れる。
『左手を自由にするより先に、胸の結び目を解く手順が面白いわね』と祥子が言う。
『うん、その方が少しでも早く楽になれるからね』
『ほんとうにきついのね』
  祥子が大きくうなずく。



  呼吸も正常近くに戻る。
『一休みして、さっきのケーキをいただかない?』と祥子が言い出す。
『うん ご馳走になろう』
  食卓に手を掛け、すがるようにしてゆっくり立ち上がる。 ちょっとふらつき気味だがどうってことはない。 さっそく動かしたままの位置の食卓の周りに祥子と2人で椅子を並べ、その一つを後ろに引いて美由紀を座らせる。
  祥子が 『紅茶もあたしがお入れするから、三田さんはまだ座って休んでていいわよ』という。
『いや 僕ももう大丈夫だ』
『じゃ、何をしたらいい?』
『そうだね。 じゃまず、そこの食器戸棚から紅茶茶碗とスプーンを出して貰おうか』
『ええ いいわ』
  祥子が食器戸棚から紅茶茶碗などを取り出して並べる。 私が台所から紅茶パックのケースとポットを持ってくる。 祥子が紅茶を入れる。 その間に私はケーキ皿とフォークを出して食卓に並べる。
  祥子がケーキの箱を開け、『三田さんはまた ショートケーキよ』と言いながら、私の皿に真っ赤ないちごの乗ったショートケーキを載せてくれる。
『うん 有難う』
  祥子と美由紀の皿には それぞれモンブランとチョコロールが載る。
  皆でケーキを食べ始める。 祥子はまた美由紀の口へも紅茶やケーキをはこんで忙しくしている。
  紅茶とケーキとに一通り口をつけてから、会話が始まる。
『それにしても 今の逆えび、いいプレイだったわね』と祥子が言う。
『ええ ほんと。 でも最後は三田さんが辛そうで、あたし見ていられなかったわ』と美由紀は後ろ手の身体をよじり、切なさそうな顔をする。
  祥子が得意げに続ける。
『あの、最後に錠を外すのをご自分でなさって よかったでしょう』
『うん 大分辛かったけど、でもやっぱり 自分でやってよかったんだろうな』
『実はね、あたしは三田さんがあの無理な姿勢で、うまく錠を外せるかどうかを見てみたかったの。 さっきはもっと楽な姿勢だったのに2回もやり損なったから、今度は何回失敗するかって期待して見てたんだけど、今度は期待に反して1回失敗しただけで成功したわね』
『ああ それはお気の毒さま。 お蔭さまでね。 まあ実際、普段はあの姿勢でも大概は2~3回で成功するんだ』
『あら そうなの。 それなら安心ね』
『まあね』
  顔を見合わせて笑って、また一口ケーキを食べる。 そして 祥子が話題を変える。
『所でああいう縛りは、何時頃からお始めになったの?』
『そうだね。 今みたいに手もきっちり留めるようになったのは Hセットが出来上って以来のことだから、やはりここ1年ぐらいのものかな』
『ああ そう。 すると逆えび自体はもっと古いのね』
『そうだね。 かなり古くからだね』。 私はちょっと昔のことを思い浮かべる。 『どうしてこういう縛りを始めたのかは はっきりは憶えてないけど、恐らくは 一人で出来る色々な縛りをやってるうちに、何か限度一杯な無理な姿勢に自分の身体を追い込んで、しかもすぐにはそれから逃れられないようにして、その辛さ加減を味わうことに興味を持ったんだろうね。 そしてどこかで見た逆えび縛りの絵を思い出して、これがいいや、ということで始めたんじゃないかな』
『なるほどね』
  祥子がうなずきながら、またフォークでケーキを切る。
『でもね』と美由紀が言う。 『三田さんのは標準的な逆えび縛りとはちょっと違うわね』
『うん そうだね。 逆えび縛りは本来は、この間 お2人のマンションで見せて貰ったアルバムにもあったように、まず後ろ手に縛って、足首を縛った紐をぐっとひっぱって身体を一杯に反らさせてからその先を手首の縛りに結びつけて、強く反ったままの姿勢で固定するものだね。 でも自分一人ではそもそも 後ろ手に縛る、といった芸当が出来ないからね。 それで身体を一杯に反らせて固定するという所に重点をおいて、足首からの紐を両方の肩に掛けてぐっと引き絞ってから、緩まないように身体を1回巻いて結び合せる方法を考えたんだ』
『ええ 解るわ』
  祥子がまたうなずき、美由紀の口にケーキの一切れを運ぶ。
『それも最初はこの部屋の床の絨緞の上に腹ばいになったまま、肩からの紐を引き絞っていたんだけど、それではどうも思うように反ることが出来ないので、まず壁に寄り掛かって紐も使って精一杯反り身になっておいて、その姿勢をそのまま固定するという方法を考え出して、どうにか満足のいく反り身の固定が出来るようになった』
『ずいぶん研究熱心ね』と祥子が笑う。
『そうだね。 こういうことになるとすぐに夢中になってしまう癖があってね』
  私も笑いながら、ケーキをひと切れ 口に入れる。 ちょっとの間 皆が口を動かしていて、会話がとだえる。 そして美由紀が会話を再開する。
『それからさっきの逆えびでは、もう1回紐を回して、足から肩への紐を左右逆の方向に引き絞っていたわね』
『ああ そうだったわね。 あれでまた 反り身が一段ときびしくなった、と言う訳ね』と祥子。
『うん そう。 確かにそれもあるけど、実はあの紐を掛け始めたのには もう一つ別の理由があってね』
『え、それはどういうこと?』
  祥子が私の顔を見る。 美由紀も私の顔を見つめている。
『うん 実はね。 あの紐を掛けないと、精一杯の反り身になった後でも ちょっと身体をひねると 腰が横に出て丁度横座りのような格好になり、とたんに身体が楽になることを発見したんだ。 そこでそれでは面白くないので 色々と試したあげく、あの紐を掛けて、右肩の紐は左に 左肩の紐は右に一杯に引き絞って留めることにしたんだ。 するともう身体をひねることが出来なくなって、めでたく目的を達したという訳さ。 しかも反り身が一段と強くなるという副産物まで生れて大満足という所だ』
『ふーん うまくいったわね。 三田さんってほんとに研究熱心ね』
『まあ お誉めにあずかって 光栄だね』
  私はにやにやする。 そして説明を続ける。
『そして その時はまだ手を後ろ手に留める効果的な方法がなかったんで、両手を背中に回して何とか手首の紐を結び合せようとしたりしたんだけど、普通の姿勢でもなかなか出来ないものが そんな無理な姿勢でうまく出来る筈がないよね。 結局は中途はんぱな留め方で満足せざるを得なかった。 その後 Hセットの方法が出来上がった時に それを早速応用して、どうにか今の満足すべきプレイに完成したんだ』
『素晴らしいわ』
  美由紀が感嘆の声をあげる。 また3人がそれぞれにケーキを食べ、紅茶を飲む。
『それで、逆えびプレイはあの格好になる所まででお仕舞いなの?』と祥子が、それでは惜しいわね、といった顔できいてくる。
『いや まだ やることは色々ある』
『というと』
『うん。 このプレイでは 手はHセットしてあるから、鍵が手に入らない限り あの苦しい姿勢から逃れることが出来ないよね。 だから鍵を手に入れるのに色々と苦労が要るようにして 遊ぶことが出来る。 たとえば鍵を少し遠くに置くとか』
『え 遠くに置くの?』。 美由紀がびっくりした顔をする。 『あんな格好で取りにいけるの?』
『うん、あの格好だと 一見 全然動けないようだけど、実は身体を腹を支点にして揺らせながら無理にでも少しひねるようにすると、少しは横や斜めに移動することが出来るんだ。 だから少し離れた所に鍵を置いても、途中に邪魔物がなければ何とかたどり着くことが出来る』
『なるほどね。 それは 見たり 頭で考えたりするだけでは解らない、まさにプレイを自分で実践する人の経験の賜物ね』
  祥子がまた感心した顔をする。
『まあ そうとも言えるかな』
  また 紅茶を一口飲む。 そしてまた続ける。
『それから、鍵を手に入れることが出来るといっても そのためには肉体的には大変な努力が要るから、結構きびしいプレイになるんだ。 実際 このプレイをすると、息は切れるし 汗ぐっしょりにもなる』
『それはそうでしょうね』
『その上、近くまで行って横倒しになって後ろ手で探りに行っても 鍵がすぐ手に触るとは限らない、という心理的な責めも加わってるしね』
『なるほど そうかもね』
  祥子はうなずいて、またフォークで美由紀の口へケーキの一切れをはこぶ。 もう 皆のケーキは終りに近くなる。



『それでね』と私はまた次の話のきっかけを作る。
『え?』と祥子が顔を上げ、私の顔を見る。 美由紀もこちらに向く。
『あの、僕には一度、鍵の紐は食卓の上に置いて裸の鍵でこのプレイをして、鍵を探りにいってもなかなか手に触ることが出来ず、すごく辛い思いをした経験があるんだ。 ちょっとその話をしようか』
『ええ 是非伺いたいわ』と祥子。
『それじゃ 始めるよ』
  私はまた一つの経験を語り始める。 2人がまた眼を輝かせて私の顔を見つめる。
『そうだね。 あれは確か、2箇月ほど前の日曜日の昼過ぎだった。 また例によって はだかでこの逆えび縛りをしてね』
『え、はだかで?』と祥子が大声を出す。
『あ しまった。 うっかり要らないことをしゃべっちゃった。 実は僕はこのマンションに一人で住んでいて、戸締まりしておけば外の人に見られる心配がない ということで、よくはだかで過ごすことがあるんだ』
『なるほどね。 まあ 許してあげるわ』
『うん 有難う』
  3人で声を出して笑い合う。
『それで、いつもこの逆えびをする時には鍵の紐を使うんだけど、毎回 割と簡単に鍵が手に入って面白くないから、一度くらいは紐なしの鍵でやってみよう と思い立って、鍵の紐は食卓の上に置いて、右手用の錠の裸の鍵をその辺に置いておいたんだ』
  私はベランダ側の壁の近くの床を指で示す。
『それで、逆えび縛りはどこでなさったの?』と祥子。
『うん 今日と同じ、その台所の壁の角の所だ』
『すると』。 祥子は目聡く間隔を眼で測るようにたどる。 『2メートルぐらいは離れている訳ね』
『うん』
『それで?』
『うん、そしていつもの通りに逆えび縛りをして、両手を後ろ手にHセットして、しばらくの間 その姿勢を楽しんでから、何とか身体をゆすって少しづつ移動して、とにかく鍵のある近くまで行ったんだ』
  2人は眼を輝かせて聞いている。
『そして鍵の位置を眼で確かめて、身体を大きくゆすって横倒しになり、少し大きく動かせる右手で背中の後ろにある筈の鍵を探しにいくんだけど、どうしても鍵が手に触らないんだ』
『・・・』
『それで 一度 身体をうつぶせに戻して、眼で鍵の位置をもう一度確かめてから、後ろ手の右手が丁度その辺に行くように身体をひねって倒してみるんだけど、やはり鍵に指が触らない』
『・・・』
  2人はもう何も言わずに聞き入っている。
『とにかく 身体を起こしては鍵の位置を確かめて、その位置に手が行くように身体を少し動かして横倒しになり、右手を鎖の限度一杯に伸ばして広く探る、という手順を繰り返すんだけど、どうしても鍵に手が触らないんだ。 もう途中で疲れ切ってしまって しばらく休むんだけど、この格好はさっきも見てて貰ってお解りの通り、休んでても楽にはならないしね』
『ええ そうね』
『と言って これは一人プレイだから、いくら苦しんでいても助けてくれる人などは居る筈がない。 そこで 「このままじゃ 永久にこの苦しさから逃れられない」と思い直して、また探りにいくんだけど、どうしても鍵に触れなくてね。 ほんとに悪魔が居て、僕が鍵から目を離して身体を横倒しにするたんびに鍵を隠してしまうんじゃないか、って思ったよ』
『まあ』
  2人が面白そうに笑う。 そして 『それで?』と祥子が先をうながす。
『うん、結局 6回目くらいの時にようやく鍵が指に触り、何とか鍵をつまみ上げることが出来たんだけど、その時には本当にほっとした』
『そうでしょうね』
  2人もほっとした顔をする。
『そしてその時はもうぐったりしてしまって、そのままの姿勢で目をつぶってしばらく休んで、それからせっかくの鍵を落としたりしないように慎重に持ち替えて右手の錠を外したんだけど、あれは今までに一番辛かったプレイの一つだね』
『なるほど よく解ったわ』と祥子がうなずく。 『それでそれ以来 Hセットをする時には、いつでも紐の付いた鍵を用意しておく という訳なのね』
『うん その通りだ』
  私はもう冷えてしまった紅茶をぐっと飲み干す。
『でもこのケースは さっきのお話にあった、「うっかりミス」とはちょっと違うようね』と祥子がコメントする。
『そうだね。 最初からそれなりのプランに従って、その通り実行したんだからね』
『ええ』
『実際 身体の拘束の具合がこんなにきつくなければ もっと容易に鍵に手が届いたんだろうけど、条件のきびしさの見積もりを間違えた という所かな。 要するにちょっと甘く見すぎたんだね』
『そうね、そういうことかもね』
  祥子はうなずく。 美由紀もうなずいている。

2.4 煙草プレイ

第2章 祥子達の来訪
04 /28 2017


  皆のケーキと紅茶も終りになる。 祥子と2人で皿や茶碗を台所に運んで 食卓の上を片付ける。 またみんな 椅子に座る。
『つぎは何を見せて下さる?』と祥子が催促する。
『そうだね。 あとはタバコ責めぐらいかな』
『まあ 嬉しい』と祥子は声を上げる。 『この間 お話しを伺ってから、タバコ責めって一体どんな風にやるのか、あたし とても興味があったの』
『あたしもよ』と美由紀。
『うん、それではご要望にそって、お2人に僕のやっているタバコ責めをご披露するか』
  祥子の調子のよい言葉に 私はすぐにでも話を始める気になる。 しかし 美由紀がずうっと縛られっぱなしなのが ちょっと気になる。 そこで提案する。
『でも その前に、もう美由紀さんの紐を解いたらどうかな』
  しかし 祥子は断固とした調子で応える。
『いいのよ』
  そして言う。
『美由紀は今日一日はあたしのペットなの。 そして ペットは手は使わないものなのよ』
  そしてさらに美由紀に向かい、『そうよね、美由紀?』と笑顔で念を押す。
『ええ、あたしはこのままでいいの』と美由紀も笑顔で応える。
『なるほどね。 それじゃ このまま続けるよ』
  私は手を食卓の上で組んで、2人の顔を見ながら話を始める。
『それじゃ 実際にお眼に掛ける前に一通り説明しておくけど、まず このタバコ責めは口をぴったり蓋して、両方の鼻の穴にタバコを差し込んで火を点けて、息苦しさや体の酔ったような感覚を楽しむものだ ということは この前にお話ししたね』
『ええ よく憶えてるわ』と祥子が代表して応える。
『それからその時に、苦しくなっても簡単にはタバコを引き抜いたり出来ないように 両手を後ろ手に留めておくことも』
『ええ』
『プレイは基本的にはそれに尽きるけど、色々とノウハウがあるから、まずそれを順々に説明する』
  私は座り直し、改めて本格的に説明を始める。
『まず 名前だけど、自分一人でやるときは、タバコをノーズに差し込んでする遊びと言う意味で TNプレイと呼ぶこともある』
『つまり 「鼻タバコ遊び」という訳ね』
『うん、まあ そうだね』
『「はなタバコ」だなんて、耳からきくととてもきれいな名前ね』
『なるほど、その方が素朴で優雅な感じがしていいね。 これからはその名前も使わせて貰うかな』
『ええ どうぞ。 使用料は責めの方で清算させていただくから』
『ちょっと怖いね』
  美由紀が横で笑っている。 また本題に戻る。
『それでタバコ責めは「責め」とはいうけど、今まで大概は途中で我慢の限界を越えることのないように工夫したり手加減したりしてやってたから、やはり文字通りの「プレイ」、つまり遊びだった訳だ。 大体が一人プレイでは 本当の責めは無理だからね』
『まあ、それはそうでしょうね』と祥子。
『そこでね。 もしも祥子さん達にちょっと手を貸して貰えるなら、自分で手加減出来るプレイではない、本物のタバコ責めが経験出来るだろうって期待してるんだ』
『ああ そう、解ったわ。 あたしも要領を憶えたら、ご期待に副って 本物の責めをどしどしやって上げるわ』
『うん 有難う。 頼む』
  私は祥子と顔を見合せて笑う。 美由紀も横で笑っている。



  ついで私はちょっと立って腰を屈め、横の段ボール箱の中から海苔缶が2本入っていた緑色の紙箱を取り出し、食卓の上に置いて また座る。
『それで 僕のタバコ責めの小物は、一応みんな ここに入ってる』
『ああ そう。 よく憶えとくわ』
  箱のふたを取って中からこぶ茶の入っていた小型の丸缶を取り出し、さらにそのふたを開けて タバコ2本に細紐を巻き付けたものを一つ取り出す。 2人が眼を輝かせて見ている。
『これがプレイ用のタバコ』
  細紐は2本あり、少し上下にずらしてそれぞれ右巻き、左巻きに巻きつけ、端を緩く結び合せてある。
『タバコ責めって鼻の穴に普通のタバコを差し込んで火を点けるだけかと思ってたけど、随分手がこんでるのね』と祥子がいう。
『うん そうなんだ。 何故かはすぐに説明する』
  細紐の端の結びをほどき、それらを巻き戻して左右に広げる。 2本のタバコの吸口の端に幅が1センチ余りの淡青色のティッシ・ペーパーが巻きつけてあり、その一端、つまりフィルターの中程に2本を貫いて白糸が通してあって、糸の両端に今ほどいた細い麻紐が結び付けてある。
『実際にやってみるとすぐに解るんだけど、タバコは鼻の穴に差し込んだだけでは、鼻からつんと強く息を吐くとすぐに抜けてしまうんだ。 そこでこのように吸口に糸を通しておいて、鼻に差し込んだ後でこの紐を頭の後ろで結んで留める。 こうしておけば 手で外すか糸を切るかしない限りタバコが抜けることがないから、安心してプレイが出来る』
『まあ、安心してですって』と祥子が笑う。
『うん、肝心のタバコが途中で抜けるかも知れない って心配してたのでは、楽しいプレイにならないからね』
『それはそうね』
  祥子はうなずく。
『それならば糸だけでもいいんじゃないの?』と美由紀がきく。
『うん それはそうだけど 両端を麻紐にしたのはね、糸のままだと細すぎて 手探りではうまく結べないからなんだ』
『ああ そう』
  2人がうなずく。
『それで この吸口に巻いてある紙は?』と今度は祥子がきく。
『うん 空気の洩れを防ぐためにあるんだ』
『空気の洩れ?』
『うん それがないと、タバコを鼻に差し込んでも 吸口と鼻との間にかなりの隙間が出来てね。 そしてもともとタバコの中は空気が通りにくいものだから、そんな隙間があれば 鼻で呼吸をしても空気は余りタバコの中を通ってくれないで、その隙間を出入りしてしまう。 それを空気の洩れといったんだけど』
『ああ そう』
『それに僕のやってるプレイでは 後で言う理由でタバコは割と浅く差し込むから、特に空気が横の隙間を通り易いんだ。 だからそのままではタバコに火を点けてもタバコの煙を無理に吸わされていることにならず、プレイにならないので、この巻いた紙で隙間を埋めて、タバコの中を通ってきて煙がたっぷり混じった空気しか吸うことが出来ないようにしてあるんだ』
『なるほどね』
  2人が納得したようにうなずく。 しかし 美由紀がすぐに疑問を出す。
『でも タバコの中は空気がそんなに通りにくいとすると、その空気しか吸えないと 火を点けなくてもすごく息苦しいんじゃない?』
『うん、吸口の脇を完全にふさいだら ちょっと我慢が出来ないぐらい苦しくなる。 でも実際はこのくらいの巻き方なら かなりの洩れがあるから、その点は大丈夫だ』
『ああ そう』
  また2人がうなずく。 先へ進む。
『ところで このタバコは 2号タバコ、または2号Tと呼んでいる』
『え、「にごう」?』
『うん、1号 2号の2号。 番号はこの巻いてある紙の厚さで決まってるんだ』
『・・・』
『つまり ここに巻いてある紙の厚さが違うと 吸口の脇を通り抜ける空気の量が違うから、責めの苦しさも違ってくる。 だから場合に応じて使い分けるので、今は3通りの厚さのものを作って、それを区別するのに番号がつけてあるんだ。 これはティッシペーパーの半分の長さのものを2枚重ねて巻き付けたものだから 2号。 まあ 普段 軽い責めに使うもので、このほかに後でお見せする 4号、8号がある』
『なるほど。 4号 8号というのは もっと厚く巻いたものなのね?』
『うん そう。 そして この2号タバコなら 鼻に差し込んでも鼻の呼吸は普段とそんなに変わらず、楽に続けられる。 そして口を完全に塞いでタバコに火を付けても、大概は終りまで我慢が出来る』
『え?、「おわりまで我慢出来る」って、或る程度進んだらタバコを抜くか消すかして 終りにするんじゃないの?』
  祥子のもっともな質問に 私はにやにやしながら答える。
『いや 普通はタバコが終りになって自然に消えるまで続けるんだ』
『だって そんなことをしたら鼻が火傷をするでしょうに』
  私はまたにやっとする。 そして2号タバコの吸口を指で差し示しながら説明する。
『うん タバコが吸口まで詰まっていれば確かに鼻が火傷する。 でもこの紙巻タバコではタバコが実際に詰まっているのはここまでで、この吸口の所はフィルターになっている。 そしてフィルターは火を付けても燃えないから、このようなフィルター付きのタバコでは 火はフィルターとの境目まで行くとその先へは進まず、自然に消えることになる。 それを「終りまで」と言ったんだけど』
『なるほど』と祥子がまたうなずく。 『いちいち火を消さずに 自然に消えるまで放っておけばいいのね。 うまく出来てるわね』
『でも』と美由紀が心配そうに言う。 『そのフィルターの長さだと鼻の穴にすっぽり入ってしまって、火が鼻の入口まで来るんじゃないかしら』
『うん それも次に説明するようにうまくやってある』
  私は吸口の所を指差して示す。
『まず このタバコで、糸の位置はフィルターの丁度まん中辺にあるだろう?』
『ええ』
『そこで これを実際に鼻にセットすると』
  私は2本のタバコの吸口を両方の鼻の穴に差し込んで、麻紐の両端を首の後ろに回して結び合せて留め、タバコの向きをほぼまっすぐに直す。
『これを見て判る通り、ピンと張った糸があるお陰でタバコはフィルターの半分の所までしか鼻の穴に入らず、フィルターの残り半分はまだ鼻の外に出ている。 これをさっき 浅く差し込むと言ったんだけどね。 それでこうなってるから、放っておいてタバコの火がフィルターとの境目まで来ても、まだ鼻から1センチ近くは離れていて大丈夫、ということになるんだ』
  説明の声がちょっと鼻が詰まった時のようになる。
『それなら安心ね』と美由紀。
『うん そうだね。 まあ 時には終ってみたら鼻の縁すれすれまで燃えて黒くなっていて ひやっとすることもあるけどね。 でもその時でも火は鼻へは向いてないので、鼻が火傷することはないようだね』
『ふーん、うまく出来てるわね』
  祥子の感心したような言葉に 美由紀も大きくうなずく。
  次の説明に移る。
『それから このタバコはピースのロング・サイズだ。 プレイでは何時もこれを使うことにしている』
『どうして?』と祥子。
『うん 丁度適当なフィルターが付いてるし、ニコチンやタールが一番多く、刺激が強くてやりがいがあるからね』
『でも そうだとすると一番苦しいんでしょう?』と美由紀。
『まあね』
『お好きね』とまた祥子。
  3人で顔を見合わせて笑う。
『じゃ これはもういいね』
  そう断わって 鼻からタバコをはずし、再び細紐を巻き付けて横に置く。



  それから次に 前と同じ丸缶の中から吸口に淡黄色の紙が巻いてあるタバコの組を取り出して、細紐を巻いたままで2人に見せる。
『これが4枚重ねの紙を巻いた4号タバコ。 ほら 吸口の紙の厚さが前のより厚いだろう?』
『ええ ほんと』
  2人は横の2号タバコを見比べてうなずく。 そして美由紀が興味深そうに言う。
『吸口に巻いてある紙の色も違うのね』
『うん。 見ただけで すぐに区別がつくようにね』
『これだと前のより大分きついの?』と祥子。
『うん。 鼻に差し込んだだけで息がかなり苦しくなって、大きな長い呼吸を繰り返してやっと辛抱することになる。 そしてこれに実際に火を点けると、どうにか最後まで辛抱が出来ることもあり どうにも我慢が出来ずに途中で止めることもあって、プレイとしては一番味がある』
『なるほど、それが三田さんの一番のお好みなのね。 よく憶えておくわ』
『いや 好みと言う訳ではないけど、魅力はあるね』
『それ 同じことじゃないの?』
  祥子が笑う。 私もつられて笑う。
『途中で止めるって、具体的にはどうするの?』と美由紀が訊く。 『両手は後ろ手に留めてあって 使えないんでしょう?』
『うん そうだね。 だから普通は別に水を用意しておいて、タバコの先をその中につっこんで火を消すんだ。 その方法をウォーター、または略してWと呼んでいる』
『それじゃ タバコの煙は吸わなくなるけど、息苦しいのは変らない訳ね』
『うん その方法だとそうだね』
『まだ 外の方法もあるの?』
『うん あることはある。 それはまた すぐ後で説明する』
  私は4号タバコを2号タバコに並べておき、次にまた 丸缶の中から 吸口に巻いてある紙が淡紅色のテイッシペーパーであるタバコの組を取り出して2人に示す。
『それから これが8枚重ねの8号』
『ふーん』
  2人は目を輝かせて私の手元を見つめる。
『これはきついんだ。 大体が吸口を鼻に差し込むんじゃなくって ぐうっと押し込む感じで、とても呼吸が大変で、火が点いてなくても力一杯の呼吸を繰り返さないと息がもたない』
『・・・』
『そしてそれに火を点けると、もう精一杯 タバコを強く吸って煙を吸い込むことになって、頑張っても数呼吸でお手上げになる』
『それは楽しそうね。 責めとしては最高ね』
  祥子は嬉しそうに言って にこっり笑う。
『それにさっきも言った通り、これだと水に浸けて火を消しても すぐに我慢が出来なくなるぐらい息が苦しくなる。 そういう状態ではHセットは外せないし、たとえ外せても普通に外していたのでは間に合ないから、後ろ手のままでもタバコが引き抜けるように工夫してある。 この糸がそれなんだ』
  私は吸口に余分につけてある糸の輪を2人に示す。
『ここに軽いポリエチレンの紐を結びつけて その先を後ろ手でにぎっていて、どうにも我慢が出来なくなったら それをひっぱってタバコを鼻から抜くんだ。 この方法をストリング、またはSと呼んでいる』
『でも タバコは糸で留めてあるんでしょう。 ひっぱってこの糸が先に切れたら やっぱり抜けないんじゃないかしら』と美由紀。
『うん いい所に気がついたね。 実際そうなんだ。 だから実際はこの留めている糸は一番弱いしつけ糸を使い、ストリング用にはずっと丈夫な木綿糸を使って、引っ張れば必ず留めてある糸が先に切れて タバコが抜けるようにしてあるんだ』
『なるほど よく考えてあるわね』と祥子。
『ほんとね』と美由紀。
『うん 長年の経験でね』と私は笑う。 そしてつけ加える。
『実際 こうでもしておかないと危険を大きくって、一人ではHセットもして8号タバコで遊ぶ、という訳にいかなくなるからね。 苦しくなったら何時でも抜けるということで その分 緊張感は薄まるけど、まあこの辺が一人プレイの限界だろうね』
『そうかもね』と祥子。
『そこへいくと 祥子さん達が横に居てくれれば、こんな安全弁をつけておく必要がなくなるから、もっと本格的なプレイが出来るかもね』
『ええ 将来は大いにご期待に副って、そんな安全弁なしでたっぷり楽しませてあげるわよ』
『うん 有難う』
  皆でどっと笑う。
『それから 吸口に巻いてある紙の色が、青、黄、赤って揃えてあるのね。 憶え易くていいわね』と美由紀も面白がる。
『なるほど。 それで 青は青信号だから いつでもどうぞ、という訳ね』と祥子。
『うん 大概の条件なら大丈夫だ』
『そして 黄色は途中で駄目になることもあるから 少し注意しておやりなさい、という警戒信号で、赤は大概途中で駄目になるから その時はすぐに中止するように、という停止信号 という訳ね。 よく憶えておくわ』
  祥子はしきりにうなずいている。 もう 自分が責めを仕掛ける時の事を考えてでもいるんだろう。



  先へ進む。
『それからタバコ責めでは 呼吸を鼻でしか出来ないようにしておいて、その鼻で強制的にタバコを吸わせるのが目的だから、口からはどうあがいても 空気が出入りしないようにしておかないと 面白くないだろう。 そのために口の蓋の仕方も少し凝ったやり方をしている』
『ふーん、どういう具合に?』
『うん、実際の所は後でお見せするけど、その作業を始めると もう説明が出来なくなるから、今のうちに簡単に説明しておくね』
  私は段ボール箱のなかから 幅5センチの布粘着テープのロールを取り出す。 そしてそれを見せながら説明を始める。
『まず 口を閉じたままで この布の粘着テープと、それにポリテープとを使って完全に蓋をする。 そのやり方にはMセットと言って 一定の決まった方式がある』
『なるほどね。 また 長年の経験の産物という訳ね』と祥子。
『うん そうだ。 そしてこれだけは特に説明しておくけど、Mセットの最後に紙のパッドを鼻の下に張りつける。 というのは このままだとまだちょっと火傷をする危険があるんでね』
『え、どうして?。 さっきは大丈夫だと伺ったと思うけど』と祥子が言う。
『うん 鼻は確かに安全なんだけど、鼻の下が危ないんだ。 つまりタバコの火が燃えていくと、鼻の下の肌のすぐそばを通るだろう。 おまけに鼻の下との間にはフィルターのような遮蔽物がないから、タバコの火のほてりがまともに肌を焼くんだ。 実際 タバコの火の温度って高い時は600度にもなり、しかも同じ場所にゆっくり居るから、粘着テープが2重 3重に巻いてあっても 熱が伝わって、そこの肌が火傷をしてしまうんだ。 そこで実際には これも後でお見せするけど、ティッシペーパーを小さく折りたたんだものを鼻の下に貼り付けて、タバコの火の熱が直接には肌に伝わらないようにするんだ』
『なるほどね』
『それにそうしておくと、タバコが傾いて タバコの火が肌に触れるのの防止にも役立つしね』
『ずいぶん行き届いているのね。 見事だわ』と祥子。
『何事も経験だからね』と私。
  すると祥子がさっそく言葉尻をとらえ、笑いながら言う。
『というと、実際に火傷をなさったことがおありなのね』
『うん ある。 昔はこんなにきちんとしてはなかったから、軽い火傷だけど鼻の穴の周りに何回かしたことがある。 実際 以前は糸の位置ももっとタバコ寄りにあったから、例えばタバコがちょっと上向きに差し込んであったりすると すぐに小鼻を火傷したんだ。 それにプレイは真っ暗の中で鏡でタバコの火を映して観賞しながらやることが多いんだけど、2つの火の玉以外は何も見えず、火がどこまで進んだか判らないからね。 それで少し鼻の縁が暖かくなって ちょっと危険かな と思ってると、突然 小鼻にちくっというするどい痛みを感じて。 そうするともう 火傷をしてるんだ』
『するとどうするの?。 手はHセットをしてて 使えないんでしょう?』と美由紀。
『うん 慌ててWをする、つまり 用意してあった水に顔を浸けるんだ』
『でも 吸口を鼻に差し込んだままで水に濡らすと、後ですごく息苦しくなるんじゃない?』
『うん それはそうだけれど、そんなことは言っていられないからね。 とにかく火を消して 急いでHセットを外して 鼻の穴の吸口も取って鼻の周りをせっせと冷やすんだけど、でも後で大概は少しは火傷の症状が出てじくじくする。 でも幸いにして 目立つような痕が残るここはなかったけど』
『まあ よかった』
  美由紀はほっとした顔をする。
『それから 鼻の下は一度だけだけど、もう少し重症の火傷をしたことがあってね。 ほら まだここに痕が残っている』
  私は左鼻の穴のすぐ下の肌を2人に示す。 そこにはちょっと見にはほとんど判らないが、小さい火傷の痕が残っている。
『まあ』と美由紀がびっくりしたような声を出す。
『あら ほんと』と祥子。 そして言う。
『みんな貴重な体験の賜物なのね』
『うん そういえばそうだね』
  私もうなずく。 そして次に移る。
『それでMセットを正しくやれば もう あごもほとんど動かないし、口から空気の漏れる心配はほとんどなくなるけど、それでも必死にもがいていると 時にはあごが動いて隙間が出来ることがある。 そこであごが絶対に動かないように顔に紐を掛けて締め付けておくんだ』
『まあ 楽しそう』と祥子がはしゃぐ。
『それでこの紐を僕は顔の菱紐と呼んでいるけど、名前の由来は実物を見ればすぐに解るよ』
『要するに顔に掛けた菱縄みたいなものなんでしょう?』
『まあ そうだね』
  私はうなずいて、さらに進む。
『そして こうして顔のセットができたら、鼻にタバコをセットして火をつければいいんだけど、その時 手が自由なままだと、苦しくなった時につい手をのばしてタバコを抜き取ってしまうだろう。 そこでもう何回も話が出た通り、そんなことが出来ないように、両手はさっきやったHセットの要領で後ろ手に留めておく』
『なるほど。 タバコ責めでもHセットが重要な役割を演ずるのね』
『うん そうだね。 そもそもHセットはタバコ責めを楽しくやるために考え出した、という面もあるんだ』
『なるほどね。 みんな関連があるのね』
  祥子が大きくうなずく。
『Hセットをしてしまうと もう自分ではマッチでタバコに火をつけるわけにいかないでしょう?。 どうするの?』と美由紀がきく。
『うん そのためにローソクを使う』
  私は緑色の箱の中から 小さい孔が2つあいたカマボコ板と2本の釘を取り出す。 そして釘を孔にぐっと差し込んでローソク立てをつくり、7センチばかりの長さのローソクを2本立ててみせる。
『つまり 鼻にタバコをセットして、ローソクに火をつけてからHセットをして、タバコの先をローソクの炎の上にかざして点火するんだ』
『ああ そう』
  美由紀がうなずく。 祥子はローソク立てを手にとる。 そして上にこびり付いて山をなしているロウをなでながら言う。
『面白いわね。 こんなにロウがついてるなんて、三田さん 随分やってるのね』
『うん まあね』
  私はにやにやしてそれを受け、次に進む。
『それから この2本のローソクの間隔は鼻に差し込んだ2本のタバコの先の間隔と大体同じになるようにしてある。 だからローソクに火をつけて、タバコの先をその上にもっていって息を吸うと、2本のタバコに同時に火をつけることが出来る』
『なるほど』
  また2人がうなずく。
『大体これで、ここで説明しておくことは終りかな』
『ああ そう。 有難う』
  祥子がうなずく。 そして言う。
『本当に見事に完成したプレイになってるのね。 ここまで仕上げるの 大変だったでしょう?』
『そうだね。 色々やってるうちに次第に今の手順に落着いたという所だね。 それで今では自分でも、一人でやるプレイとしては一応 限度一杯まで完成したとは思っているけど』
『そうね』
『でも 祥子さん達に手伝ってもらえるとなれば、もっと素晴らしいプレイも出来るだろうね』
『ええ 要領を憶えたら張り切ってやらせて貰うわ』
『うん、頼む』
  また3人で大きく笑う。

2.5 実技

第2章 祥子達の来訪
04 /28 2017


  説明が一応終る。
『それじゃ あとは実地にお見せしながら説明した方が解り易いから、一緒に浴室へ行こう』
『え、浴室へ?』
  祥子が怪訝そうな顔をする。
『うん バスルームだ。 タバコ責めはやってる間にタバコの灰が落ちるし、時には火の玉も落ちて床を焦がす恐れもあるんで、よく浴室を使うんだ。 浴室なら床がタイルだから安心だし、それに換気扇もついていて タバコの煙を追い出すのにも便利だからね』
『なるほどね』
  祥子もうなずく。 3人が立ち上がる。 私はタバコをもとの缶に戻す。 祥子が缶の中を見て、『ずいぶん作ってあるわね』と言う。
『うん、今日はお2人が見えるから、特に2号を2組、4号を2組と、それに8号を1組用意しておいたんだ。 これで大体 缶が一杯になってしまう』
『え、一度にそんなにするの?』
  美由紀がびっくりした顔をする。
『いや そんなにはしないよ。 続けては精々2組くらいしか出来ないからね。 それ以上する時は間にたっぷり休みの時間をおかないと、中毒して気分が悪くなる』
『そうでしょうね』
  美由紀が安心したようにうなずく。
  私は両方の手首に再び短い鎖をセットし、布粘着テープ、はさみ、紐、ティッシペーパー、ローソク立て、マッチ、タバコの缶などを紙の手提袋に入れて持って、『じゃ、こっちに来て』といざなう。 2人がついて来る。
  廊下に出る。 左側の2つ目の扉を開けて中に入り、すぐ右手の壁のパネルに2つ並んでついているスイッチの一つを押して明りをつける。 2人も中に入る。
  まず『ここが洗面所で』と説明し、『浴室はこの奥だ』と左手にある上半分がガラスの引き戸を指差す。 2人がうなずく。 洗面所は全体で2畳位の広さで、奥の右手に壁取付けの鏡と洗面台があり、その手前に洗濯機が置いてある。 洗濯機の上には木の板が載っている。 持ってきた小道具類を袋から出してその板の上に並べ、その中からローソク立てをとって、鏡の前の小さい棚の上に置く。 マッチも横に添える。
『ローソクはこういう風に鏡の前に置いておく。 実際には鼻に差し込んだタバコの先は自分では見れないから、火を点けるのにそれをローソクの炎の上にもっていく、といっても簡単ではない。 だからこうしておいて、鏡で位置関係を眼で見ながら顔を動かしてタバコに点火するんだ』
『なるほど 実際の経験から得た貴重な方法ね』と祥子が感心した顔をする。
  左手の引き戸を開ける。 浴室の中はちょっと薄暗い。 さっきの壁のパネル上のもう一つのスイッチを押して浴室の明りを点ける。 同時に浴室の天井の換気孔の中で換気扇が回り始めたことを示す、ブーンというかすかな音が聞こえてくる。
  3人で浴室に入る。 浴槽は入って右手にあり、左手の壁に鏡がついている。
『あら、素敵な柱がある』と祥子が嬉しそうに声を上げる。 確かに鏡の50センチほど先に、左手の壁から20センチほど離れて、太さ7センチほどの白いパイプが上下に走っている。 パイプの向うは奥の壁まで80センチほどの余裕があって、そこに化粧石鹸を入れた容器やシャンプーや手鏡などを載せたワゴンが置いてある。
『ああ これね。 これ、実は下水管らしいんだ。 普通なら どうしてこんな邪魔な所に柱があるんだろう って言う所だろうけど、祥子さんはさすがに発想が違うね』
『ええ そうかもね。 あたし達のマンションには適当な柱がなかったから、色々と苦心をしてたので目についたの』
『ああ そう』
  2人で顔を見合せて笑う。 美由紀も笑っている。
  洗面器に水をたっぷり入れて、浴槽のふたの上に置く。
『これがさっき言ってたW、つまり もうどうにも我慢が出来なくなったとき、タバコの先をこの中につっこんで火を消すための用意。 一人でこのプレイをする時には どうしてもこのような安全弁が必要なんだ。 その点 祥子さん達にちょっとでも手を貸して貰えると、こんな用心もしなくて済むようになるだろうね』
  2人は黙ってうなずく。
『次にまた 向かうで見せたいものがあるから』と言って、3人で洗面所に戻る。 洗面所の入口の開き扉の中央には、縦横が夫々30センチと40センチ位の大きさの明り取りのダイヤのガラスがはめてある。 私はそれを手で示して、『タバコ・プレイの時は、大概はこの明り取りにも蓋をすることにしている』と説明する。
『どうして?』と祥子。
『うん それはね。 タバコ・プレイの楽しみの一つが、暗闇の中にタバコの火だけが浮かんで美しく明暗を繰り返すのを見る所にあるからなんだ』
  これはさすがの祥子にもちょっと理解し難かったらしい。
『え?、めいあんを繰り返す?』と聞き返してくる。
『うん、息を吸ったり吐いたりする時はタバコの中を空気が通るから、その中間の時に比べると火が勢いよく燃えて明るくなる。 特に息を吐く時に明るく輝くんだ。 だから見てると明るさが呼吸と共に周期的に変って、タバコの火自身が息をしているように見えるんだ』
『まあ 素敵』と祥子が歓声を上げる。
『まあ とにかくそういう風に、タバコの火が暗い中に浮かんで息をしているのを見るのが楽しいんだけど、それも周りが真っ暗で 2つの火の玉以外は何も見えない状態だと特に見事に見える。 だからこの明り取りにも蓋をして、外から光が入って来ないようにするんだ』
  私は隅から丁度ぴったりはまる大きさの合板の板をとり出し、明り取りのガラスの上に嵌め込む。
『この板は僕の手作りだけど、板のへりには黒ラシャの布が縁取りして貼ってあるので、明りはほとんど漏れなくて、案外うまくいってるよ。 ほら この通りね』
  壁のスイッチを2つ同時に押す。 洗面所と浴室との2つの明りが一度に消えて真っ暗になる。 少し眼の慣れるのを待つ。 しかし 扉の方でかすかにその存在が感じられるだけで、相変らず何も見えない。
『うまく出来てるわね。 ほんとに何も見えないわ』と祥子。
『じゃ 今はもういいね』
  手を伸ばして入口の扉のノブを探り当てて、扉を開ける。 さっと光が入って来る。 改めてスイッチを押して明りをつける。
『三田さんって本当に凝り性なのね。 改めて見直したわ』
『まあ こういう事に関してはね』
  また 祥子と顔を見合せて笑う。
『これでもう 説明することは大体終って、後は顔のセットから始めて実地にやるだけだけど』
『ああ そう。 すっかり準備が出来たという訳』と祥子。
『うん そうだね。 暗室を作って、ローソクを所定の位置に置いて、水も用意して』と私は数え上げる。 そして ふと気がつく。
『あ、いけない。 肝心の錠と鍵の紐を持ってくるのを忘れた。 ちょっと取ってくるから』
  私はLDKにもどり、シリンダー錠2つと鍵の付いた紐とをもってくる。 そして浴室に行って、鍵の紐を奥のコンクリート壁に取り付けてある、がっちりしたステンレス・パイプの手拭い掛けにぶら下げる。 2人も後について浴室に入ってくる。
『鍵の紐は普通はここにぶら下げることにしている。 ここなら真っ暗でも何とかたどり付けるし、後ろ手でも取り易いからね』
『ええ』
  祥子がうなずいて、『これでもう、忘れものはないでしょうね』と笑う。
『うん 大丈夫と思う』と私も笑う。 そして改めて2人にきく。
『ところで 顔のセットを始めるともう解説が出来なくなるけど、もっと聞いて置きたいことはないかい?』
『ええ いいわ。 それよりも早く見たいわ』と祥子。
『あたしも』と美由紀も言う。
『それじゃ、さっそく顔のセットから始めるよ』
  洗面所に戻る。



  鏡の前に立つ。
  まず幅5センチの布粘着テープのロールを手にして、左耳の下から始めて、ロールを巻き戻しながら、閉じた口を覆うように鼻のすぐ下からうなじにかけてテープをきつく巻き付けていき、口を2回覆うように巻いてから、さらにもう1回あごにかかるように巻き付け、はさみで切り離して抑える。 布粘着テープは粘着力がかなり強く、その上 重ね貼りが出来るので、これだけでもかなりぴったりと肌に貼り付いて 口を完全に蓋してしまう。 次に適当な長さに切っておいた荷造り用のポリテープを取り上げ、粘着テープの上に 口と鼻との間を2回、口のすぐ下を2回通るようにきつく巻き付け、うなじで結び合せて、口の上下で粘着テープが浮いて肌との間に隙間が出来たりするのを防ぐ。 そしてその上に鼻の下から両側の頬に掛けて粘着テープをもう1回貼り付け、ポリテープが上下にずれるのを防ぐ。 ついで小鼻の両脇からあごの下にかけて、粘着テープを1枚ずつ 縦にぴったり貼り付ける。 これは鼻の脇はテープと肌との間に隙間が出来て空気が漏れ易いのでそれを抑えるのと、あごが動かないように固定するのとの、両方の目的を持っている。 そしてさらに、鼻の下からあごを通って喉ぼとけまでもう1回、粘着テープを縦に貼り付けて、鼻の両脇の粘着テープを抑え、同時にあごの抑えも強める。 さらに鼻の下にもう一回、横に長く粘着テープを貼って、3枚の縦のテープが浮くのを抑える。 ちらっと横を見る。 大分手のこんだ粘着テープ貼りを2人は食い入るように見ている。
  最後にティッシペーパーを箱から引き出して、2枚重ねのまま5回折りかえして小さくたたむ。
『ああ 火傷防止用のパッドね』と祥子。
  私はそちらに顔を向け、鼻から出る声で『むん』と応え、うなずいてみせる。 そしてまた鏡に向き、横に長い粘着テープを用いてパッドを鼻の下に貼り付ける。 これで粘着テープでのMセットが終り、あごはほとんど動かなくなる。 ちょっと顔のあちこちを手で抑えて、浮いてるところがないのを確かめてから、『どうお?』との心積りで2人にめくばせする。
『ああ これが三田さんのいう「Mセット」ね。 とてもいいわよ』
  祥子がそう言ってにっこりする。 美由紀もほほえんでいる。
  次に長さが4メートル半ほどある太さ6ミリの愛用の綿ロープを手に取り、中央に付けた赤い印の所をうなじに当て、端を左右から前に回し、首の前でゆったり余裕をもたせて結び合せ、結び目を一つつくる。 そしてその先を2本揃えて顔の中央を上に引き上げながら、あごの角、鼻の穴の前、眉間の上と順次結び目を作っていき、頭の頂点を越えて後ろにおろし、うなじの紐をくぐらせてから結び合せる。 ひたいに痕がつかないようにタオルの切端を3回折りたたんだものを紐とひたいの間にはさむ。
  うなじで結んだ紐の先を一本づつ左右に分けて耳の下から顔の前に回し、鏡を見ながら鼻の所の二本の縦紐に一本づつかけて、左右に戻して適当に引き絞り、うなじに戻して結び合せる。 これで鼻を中心として眉間と鼻の穴の辺を上下の端とする2等辺三角形に近い形の四角形ができる。
  次に結び合せた紐の先をもう一度左右から前に回し、口の所の縦紐に一本づつかけて左右に引き絞り、再びうなじに戻して結び合せる。 あごがぐっと締め付けられ、口の所にもう一つのきれいな菱形ができ、同時に鼻の周りの三角形に近かった四角形も下の角が引き下げられて均整のとれた菱形になる。 うなじに余った紐は適当に蝶結びをして処理する。
  鏡の中では顔の下半面がすっかり粘着テープで覆われ、顔の紐が鼻の周りと口の周りとの2つの菱形を中心としたきれいな幾何学模様を作っている。 試しにあごにぐっと力を入れてみる。 あごがほとんど動かず、両唇を引き離すにはとても至らない。 どこにも無理のない きっちりした紐の締まり方に一応満足して、もう一度『どうお?』の積りで2人の顔を見てうなずく。
『素晴らしいわ。 菱紐の意味もよく解ったわ。 まさに芸術品ね』と祥子が応える。 美由紀も後ろ手のまま うっとりした顔でうなずく。



  ついでマッチを手にして、『じゃ、始めるよ』の積りで2人にうなずいてみせる。 2人もうなずき返す。 マッチで2本のローソクに火をつける。 そして鼻に2号タバコをセットし、タバコの向きを調節する。 2本のタバコの間隔は先では広がって3センチばかりになっている。
  左手用のシリンダー錠を腰の鎖から外し、後ろに回した左手の手首をそれで腰の後ろに繋ぐ。 そして入口の所へ行って、右手で壁のスイッチを押して洗面所と浴室の明かりを消す。 あたりが一時に暗くなり、ローソクの炎だけが明るく残る。
  鏡の前に戻り、祥子と美由紀に右手を振る。 ローソクの淡い光の中で2人とも私の顔を食い入るように見ている。
  右手でもう一つのシリンダー錠を腰の鎖から外して、その鉉を左手の助けもかりて右手首の鎖の先の一つの輪にはめ、右手をぐっと後ろに回して、指の感覚を頼りにその鉉を左腰の後ろのふんどしの鎖の輪の一つに掛ける。 そして引っぱっても外れないことを確かめてから、親指とその他の指で錠を上下からはさみ持ち、もう1呼吸して指先にぐっと力を入れる。 錠がかちんとかかる。 指先で錠を探ってみる。 確かに掛かっている。 手に力を入れてももう抜けない。 これでHセット完了。 もう一度 右手に立っている祥子と美由紀の顔を見て、『じゃあ いいね』の積りでうなずいてみせる。 2人がうなずく。
  鏡の中をのぞき込む。 鏡の中でもローソクの炎がゆれ、その後ろに布粘着テープと紐とで口の周辺をきっちり決めて、両の鼻に1本ずつタバコを差し込んだ私の顔が見える。 タバコを留めた白い糸が鼻の穴の両側から両方の耳の上へと延びているのも印象的である。
  じっと自分の眼を見る。 ローソクの炎を見る。 2本のタバコの先を見る。 そのままゆっくり2呼吸する。 心が固まる。
  息を十分に吐いて、止めて、そのまま顔を前に出して 2本のタバコの先を2つの炎の上にかざし、大きく息を吸う。 タバコの先がすーっと赤くなる。 顔を引き、息を吐く。 少し黒くなった2つのタバコの先が、また すーっと赤くなる。 もう一度強く息を吸う。 赤い所が拡がり、喉に独特の刺激がはしる。 確かに火がついている。 2人の方に向いて、『どうお?』の積りでちょっとうなずいてみせる。 祥子も美由紀も私の顔やタバコの先を食い入るように見つめている。
  もう一度 顔を前に出し、2本のタバコの先をローソクの2つの炎の根元に向け、息を強く吐く。 炎が消えてあたりが一時に真っ暗になり、眼の前の鏡の中で2つの火の玉だけが浮んで見える。 息を吸う度に火の玉が少し明るくなり、喉に刺激がはしる。 息を吐く度に火の玉がさらに明るくなる。 タバコの煙が眼に入り、涙が出てくる。
  闇の中を足で探りながら、ゆっくり浴室に行く。 入口を通るとき、タバコの火の玉の明かりで引き戸の端がぼうっと浮んで見える。 2人もついて来ている様子。 浴室の壁の鏡とおぼしき所の前に来ると、また2つの火の玉が見える。 タバコの先が灰をかぶったのか、少し暗くなっている感じ。 つんと強く息を吐いてみる。 灰がぽとりと落ち、後にまた明るくなった赤い火の玉が残る。 眼の前の鏡の中で、赤い灯が2つ、呼吸の度にぼおっと明るくなり、また少し暗くなる。
『きれいね』と言う祥子の声。
『ほんと』と美由紀の声もする。
  呼吸をなるべくゆっくり穏やかに繰り返し、そのまま静かにすごす。 頭の中で呼吸の数を数える。 その数が20から30になると ニコチンが次第に身体にまわってくる。 身体中が手の指先までしびれてじーんとしてくる。 しかし そんなに悪くはない気分。 ついで足が少しふらついて しゃがみたくなる。 鏡の中の2つの火の玉もゆっくり左右に揺れる。 でも何とか踏みとどまる。
  数が50を越える。 喉がとても変になる。 つい一度 軽くせきが出る。 口が蓋されているので、息が鼻からつんと抜ける。 しかし 次も出来るだけ穏やかに息を吸って、せきが続くのを懸命に抑える。
  身体はますますふらついてくる。 煙の吸い込みを出来るだけ少なくするために 呼吸自身を懸命に抑えているので、それでなくてもニコチンで荒くなっている息がますます苦しくなる。 手をのばして鼻のタバコを抜き取りたくなる。 両腕に力が入いる。 腰の後ろで手首の鎖がぐっと締まる。 もちろん手は抜けない。
  鏡の中の灯が2つ、明るくなったり暗くなったりを繰り返す。 誰も何も言わない。 灯と灯の間が大分狭くなっている。 もう終りに近い筈。 息苦しさをこらえて抑え気味に呼吸を続ける。
  数を63まで数えた時、右側の火の玉がすうっと暗くなる。 そしてもう1呼吸するうちに見えなくなる。 さらに2呼吸するうちに左の火の玉も暗くなり、ついには見えなくなって、後に真の闇だけが残る。 もうタバコの煙も来ないので、思いっきり大きく息を吸う。 鼻の入口で空気の流通の音が大きくひびく。 まだ誰も動かない。
  とするうちに『ああ 終っちゃった』という祥子の声。 洗面所の方へ誰かが手さぐりで出ていって、明りがつく。 鏡の中の私の顔には 両方の鼻の穴に黒ぐろと吸口の焼け残りが納まっている。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。