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2.1 最初の朝

第2章 第2日
04 /30 2017


 ふと、目が覚める。 もう周りはすっかり明るくなっている。 遠くで波の打ち寄せる音が響いてくる。 『ああ、孝夫君の家の別荘に来ていたんだっけ』と思い出す。
 手をのばして枕元に置いてあった腕時計を取り、時刻をみる。 まだ、6時に10分ほど前である。
 横から孝夫が声を掛けてくる。
『ああ、目が覚めました?』
『うん、何だか早く目が覚めて』
『どうですか?。 身体の調子の方は』
『うん、有難う』
 私も「ああ、そうだ」と思って、手足を動かし、自分の身体に意識を集中する。
『そうだね。 もう、どこも何ともないようだね。 すっかり回復したようだよ』
『ああ、それはよかったですね。 それじゃ、もうそろそろ起きましょうか』
『そうだね』
 孝夫が起きあがるのと一緒に私も起き上がって、すぐ横のカーテンを開く。 ガラス戸越しに雲一つない青空が見える。
『今日も天気はよさそうだね』
『そうですね』
 早速にパジャマを脱いでズボンとスポーツシャツを身に着ける。 孝夫も普段の服装になる。 そおっとふすまを開けて廊下に出る。 便所に行くつもりで祥子達の部屋の前を通ると、中で何かしている物音がする。
 ふすま越しに、『お早う。 もう起きたかい?』と声を掛けてみる。 中から『あら、祐治さんももう、起きちゃったの?』との祥子の声。
『うん、もう目が覚めちゃったんでね。 孝夫君も一緒だ』
『ああ、そう。 あたし達もふとんの上に座って、さて、まだ早いけどどうしようかって言ってた所なの。 すぐに着替えて出ていくわ』
『うん、僕達は先にトイレに行ってくる』
『ええ、じゃ、終わったら食堂へ来てね』
『うん、解った』
 私と孝夫がトイレから出て食堂へ行くと、祥子達2人はもう椅子に座って待っている。 美由紀の両手首はもう後ろ手に重ねて縛ってある。 そして食卓の上にはトマトジュースが八分目ほど入った4つのコップが置いてある。 私と孝夫も椅子に座る。
 皆が口々に『お早うございます』と挨拶する。
『美由紀はもう縛られちゃったのかい』
『ええ』
 美由紀は恥ずかしそうに下をむく。
『美由紀はね』と祥子が言う。 『こういう格好であたしにお給仕をして貰わないと、何を飲んでも美味しくないのよ』
『そんなことないわ』と美由紀が後ろ手の身体をよじる。
『まあまあ』と仲裁に入ってなだめる。 皆で笑いだす。
 ジュースを飲む。 冷たくてとてもうまい。 美由紀には祥子がゆっくり飲ませている。
『それでどうお?。 身体の方は』と祥子が訊いてくる。
『うん、もう、すっかり回復して、どこも何ともないよ』
『ああ、よかった』
 祥子は大げさに声をあげる。
『そんなに心配してくれてたのかい?』と笑いながら質問する。
『そりゃ、そうよ。 祐治さんが駄目になると、プレイの楽しみが半減してしまうもの』と祥子はさっそく露悪家ぶりを発揮する。 そして、『さすがは祐治さんね。 これで今日も思う存分楽しめるわね』と言う。
『まあね。 でも、お手軟らかに頼むよ』
 美由紀は後ろ手のままで、孝夫はコップを手にして、共ににやにや笑っている。



 皆がジュースを飲み終る。
『それじゃ、朝食前にまず一度、海を見てこよう』
 皆で一緒にゴムぞうりをはいて浜に出る。 今は潮が引いている最中で、昨日の夕方よりは大分下の方に海が退いている。 沖の岩も水際から大分近くになり、大きくなって見える。 空には雲一つなく、青く澄み切っている。 そしてまだ低い太陽からの光が右の岬の山肌に映えている。
 乾いた砂を通り越して、黒く湿った砂まで出てさくさくと歩く。 そして水際にまで出て行って、寄せては返す水流が足に絡まるのを楽しむ。 ひんやりした風が心地よく顔を打つ。 海は比較的静かで、波が近づいてきてはぐうっと50センチほどまで高まり、大きく崩れてどっと押し寄せては引いていく。 遠く水平線まで何一つさえぎるもののない海が拡がっていて、素晴らしく気持がよい。
『こういう広々とした景色を見ていると、せせこましい家の中で遊ぶ気がしなくなるね』と私が言うと、
『そうよね。 だから、せっせと外でプレイをしましょうよね』と祥子が応える。
 祥子はあくまでプレイから離れない。 横で孝夫がくすりと笑う。
 水際を少し歩いたのちに別荘に戻り、中に入る前に建物の周りを一回りする。 建物の周りは主として黒松からなる林が取り巻いており、松は大木もかなり多く、太い枝を自在に伸ばしている。 そして、その林の所どころに開けた場所があって草が茂り、紫色の菊のような花の群落が目につく。
 まず建物の右手に回ると、南側は幅5メートルばかりの開けた庭になっていて、松の木が何本かまばらに生え、庭の外側には黒松の林が広がる。 そして、南に回ってすぐの8畳のガラス戸の前にもかなり背の高い松の木が1本あって四方へ枝を広げ、地面に大きく影を落としており、そのすぐ横に直径1メートルばかりの木の丸いテーブルが雨ざらしで置いてある。
『ここはお昼を簡単に済ましたりするのに便利ね』と祥子が言う。 『いい日陰にもなってるし』
『そうだね』と同感の意を表す。 『それに夕涼みにも良さそうだし。 ただ、椅子はどうなるのかな』
『ええ、それは』と孝夫が応えて言う。 『あの、戸外用の折りたたみの椅子が6脚ばかり物置に入ってますから、人数分だけ出してここに置いときましょうか』
『うん、それがいいな。 じゃ、後で一緒に持ってきておこう』
 さらに裏手へと回ると、ちょっと開けた奥庭の先に平坦な木立がなおも20メートルほど続き、そのさらに先に高い岩の崖がつっ立っている。
 祥子がしきりにきょろきょろして何かを捜している。
『祥子、何を捜してるんだい』
『ええ、吊りに適当な木がないかと思って』
『ふーん。 で、あったかい』
『ええ、あれなんか、どうかしら』
 祥子が1本の木を指差してみせる。 それは、胸の高さの所の直径が30センチもありそうな大きな松の木で、2メートル余りの高さの所に、直径10センチ余りの太い枝を水平に伸ばしている。
『なるほど、うまく使えそうだね』
『ねえ、そうでしょう?』
 祥子は自慢するようにそう言う。 そして、さらに笑いながら言う
『祐治さんも美由紀も、何かいい機会があったら、あれに吊ってあげるわね』
『うん、そうだな』
 私も笑って受け流す。
『好きですね』というような顔をして、孝夫も横で笑っている。 美由紀も後ろ手のままで、笑みを見せながらその枝を眺め、何かうなずいている。



 さらに物置との間を通って建物の北側に回り、食堂の横を通って玄関に戻る。
『じゃ、あたし達は朝食を作るわ』と祥子と美由紀は別荘に入って行く。 私と孝夫は一旦物置へ行って折りたたみの椅子4脚を持ってきて、先ほどの戸外の丸テーブルの周りに並べる。 そして部屋に戻ってふとんを上げてから食堂へ行く。
 食堂では祥子と手が自由になった美由紀とが並んで朝食を作っている。 食卓には既に幾つかの丸いパンを積み上げた竹籠が中央に置いてある。
『すぐに出来上がるから、ちょっと待ってて』
『うん』
 孝夫と2人、椅子に座る。
 ほどなく、『さあ、出来たわよ』と祥子が4つの皿を食卓に並べる。 ベーコンエッグにレタスを主体としたサラダを添えた皿である。 デザートにと切ったプリンスメロンが1つの皿に盛られて中央に置かれる。 美由紀が紅茶を入れて配る。 そして祥子がまた『美由紀、ちょっと』と声を掛けて、美由紀の手首を後ろ手に縛り合せる。 美由紀も嫌がる風もなく、手首を縛らせている。
『祥子もまめだね。 そうやって、1回1回、手首を縛るのかい?』
『ええ、美由紀がそうしてって甘えるものだから』
『そんなことないわ』
 美由紀が口を尖らす。 しかし、手首は動かさずに祥子の縛るに任せている。
 縛り終えて祥子と美由紀も並んで席に着く。 『お待ち遠さま、じゃ、頂きましょう』との祥子の言葉に皆が食事を始める。 祥子がまた、自分よりも美由紀を優先して食事を進めている。 美由紀が毎度嫌がらずに後ろ手に縛られて、祥子にお給仕して貰って食事をしている気持が解るような気がする。
 食事が少し進んで所でちょっと手を休めて、昨夜に寝床の中でふと考えてたことを2人に訊く。
『ところで、昨夜はお2人ともすぐに寝られたかい?』
『いいえ』と美由紀。 『寝床が急に変わって、それに波の音が耳について、なかなか寝付かれなかったの』
『うん、僕もそれでしばらく寝られなかったけど、今日のことなどを考えていたら、いつの間にか寝てしまった』
『それでね』と祥子が笑いながら話を取る。 『美由紀があまり何時までももじもじしてたので、「美由紀、眠れないの?」って訊いたの。 そしたら美由紀が「ええ」って言うの。 それでまた、「それじゃ、また縛って上げましょうか」って訊いたら、また「ええ」って言うの。 それで一度起きて明りを点けて、簡単に後ろ手に縛って、足首も揃えて縛ってあげたの。 そうして明りを消したら、美由紀も安心して、すぐに寝られたらしいわよ』
『ふーん、やっぱりね』
 私の感心した言葉を祥子が聞きとがめる。
『え?、何がやっぱりなの』
『うん、昨夜ね。 ことによったら今時分、祥子が美由紀に紐を掛けて寝かせているんじゃないかって考えてたんでね』
『まあ、感がいいわね』。 祥子はにっこり笑う。 『でも、それを望んだのはあたしではなくて、美由紀の方よ』
『うん、それはそうとして』と改めて美由紀に訊く。 『美由紀、そうして縛って貰ったらほんとにすぐに寝られたのかい?』
『ええ』
 美由紀は後ろ手のまま、恥ずかしそうに下を向く。
『でも、寝るんだったら、後ろ手よりも前で縛って貰った方が楽に寝られるんじゃないのかい?』
『ええ、でも』と祥子が引き取る。 『美由紀は後ろ手の方が気持が落ち着いて、よく寝られるらしいの。 ね?、美由紀?』
『ええ』
 美由紀は下を向いたまま、また恥ずかしそうに応える。
『ふーん』
『すごいですね』と孝夫がつくづく感心した、というような顔をする。 会話がとぎれ、皆がまたそれぞれに食事を進める。
 食事の終り近くになって、皆が果物に手を出して自分の皿に取る。 美由紀にはまた祥子が取って、スプーンで食べさせている。
 会話を再開する。
『ところで予定によると、今日はとにかくまず、浜に出て遊ぶんだったね』
『ええ、そうよ。 ただし、それには、どんなプレイが出来るかの様子をみる意味もあるんだから、ただ遊んでいては駄目よ』
『ふーん。 真面目なんだね』
『そりゃそうよ。 せっかく、こんないい所に来たんですもの』
 祥子の断固とした言い方に皆が笑い出す。 私も笑いながら言う。
『でも、まあ、プレイのアイデアについては祥子に任せるよ。 僕達は祥子の考えてくれたプレイを楽しめばいいんだからね』
『そうね』と美由紀も笑いながら同調する。 孝夫も『そうですね』という。
『まあ、みんな、ずるいわね』
 祥子は口ではそう言うが、まんざらでもない顔をしている。 まあ、本番ともなれば、新しいプレイはほとんど全部、祥子が考えてくれることになるであろう。
 食事が終り、また美由紀の手首の紐を解いて、皆で後片付けをする。 そしてそれも終って、一同がさっそくそれぞれの部屋に戻って、水着に着替えて出てくる。 私のはいつも穿いている平凡な紺の水泳パンツ、孝夫のはえんじ色の地の両脇に黒の線が縦に入った水泳パンツである。
 一方、女子勢では、祥子は黒に近いえんじ色の水泳着に真赤な水泳帽といういでたちである。 そして、美由紀は頭に白い水泳帽をかぶり、体に明るい青色の水泳着を着けている。 ただ、その水泳着には乳房にあたる所の上下に横に白のストライプが一本づつ入っていて、気のせいか、それが何となく胸に巻きついた白い紐のように見える。
 孝夫もそう思ったのか、美由紀の胸を指さして言う。
『そのストライプ、面白いですね』
『ええ』
 美由紀が恥ずかしそうな顔をする。 そして言い訳のように言う。
『買うときに祥子さんが是非これになさいって言って選んだの』
『美由紀だって、それがいいって言ったのよ』
『そんなことないわ』
 美由紀はまた口をとがらす。 しかし、まんざらでもないような顔をしている。
『みんなの水着は何となくそれぞれの性格を表しているみたいだね』と私が言う。 『ほんとね』と皆がまたお互いの水着を見回す。

2.2 浜遊び

第2章 第2日
04 /30 2017


 皆で揃って浜に向かう。 浜では荷物などを置いておく基地があった方が便利だということで、その設営用のビーチパラソルと敷物、それにスコップ、バケツなどを物置から出してきて、それらも持っていく。 祥子はまたプレイ用の紐などの入った愛用の赤いバッグを右手に提げている。
『へえ、今朝もそのバッグも持っていくのかい』と声を掛ける。
『ええ、そうよ』と祥子はすまして応える。
『最初はまず、単純に遊ぶんじゃなかったのかい?』
『ええ、それはそうよ。 でもいい種が見付かったら、その場でどしどしプレイを実行しないと』
『真面目だね』
『そうね』
 2人で顔を見合せて笑う。
 浜に出る。 時刻はもう9時を過ぎている。 今は干潮の盛りに近く、海はさっきよりもさらにずっと下の方に退いて、目の前にはさんさんと照りつける太陽のもと、ひとっ子1人居ない閑静な砂浜が広く拡がっている。 こうやって水着に着替えて『さあ遊ぶんだ』と気分も高まってくると、また改めてこの場所の素晴らしさが実感として迫ってくる。
『いいね』と思わず口に出る。 『これからほぼ1週間の間、これだけの浜を僕たちだけで自由に使って遊べるんだね』
『そうね』と祥子が応ずる。 『何よりも人目を全く気にしないで何でも出来る所がいいわね』
 やっぱり祥子のやつも私と同じく、頭にはもっぱらプレイのことがあるらしい、と可笑しくなる。
 砂浜を横切って海の方へ歩いて行く。 日はかんかん照りで、途中の砂がもう大分焼けていて、ゴムぞうりを履いていても足が熱い。
 砂が黒く湿りを持った所に来る。 孝夫が『まず、荷物を置いたりする休憩場所を作りましょう。 場所はこの辺がいいですね』と皆の同意を得てスコップで穴を掘り、そこにパラソルを立てて埋め戻す。 私はバケツで海水をくんできて注いで砂を固める。 最後にパラソルの下に敷物を敷き、荷物を置く。
 休憩場所にも聞いてすぐ判る名前があった方が便利だろう、それも我々のシンボル「かもめ」を取り入れたいということで、それを「ラウンジかもめ」と名付ける。
『ばかに立派な、しゃれた名前が付いたね』
『そうね』
 皆で笑う。
 そのまま裸足になって、祥子達がすぐに海に入っていこうとするのを孝夫が止める。
『まず最初に、少し身体をならさないと駄目ですよ』
 一同、手首や足首をぐるぐる動かし身体をひねったりするなどの簡単な準備運動をしてから海に向う。
 ひんやり気持のよい砂をさくさくと踏んで進んで行くと、波の先端がすうっと押し寄せて来て足にからまる。 立ち止って水の感触を楽しむ。 波が引く。 かかとを巡って水が流れて引いていくのがちょっとくすぐったい。 また進む。
 次の波は膝の下まで濡らす。 『気持がいいわね』と美由紀が腰をかがめ、手で水をすくって胸や肩をぬらしている。
 さらに進む。 足が水の中に入り、波が崩れて腰の上までぬらす。 ここは外海に直接面していて、波は比較的高く、崩れるとき50センチ近く高まるのも楽しい。
 さらに進んで腰の深さになったとき、腰をかがめて肩まで水につかる。 波がやって来て身体をゆする。 ためしに波に乗って、平泳ぎで3メートルほど泳いでみる。 もう、ほかの3人もすっかり水につかり、思い思いに少し泳いでいる。
 皆が泳ぎを止めて、水の中で立つ。 水はみぞおちの辺まである。 孝夫が皆を見回す。
『皆さん、泳ぎがうまいですね。 これなら心配なしにみんなで少し沖まで行けますね』
『そうね』
 皆がうなずく。
『それではまず、あの岩まで行ってみましょう』
 そう言って、孝夫がまず例の50メートルばかり先の岩に向って泳ぎ始める。 残る3人もそれに従う。 一同、かなり上手な平泳ぎですいすいと進む。 久しぶりでまだ調子が出ないが、段々水に慣れてくる。



 なんなく皆が岩に着く。 岩は水面下にかなり大きく根を張っていて、沖側に水面から2メートル余りの高さのとがった頭があり、その浜側の高さ1メートルほどの所に4~5人は楽にすわれる平らな棚が広がっている。 豊富な足掛かりを伝って、一同、簡単に棚に上がる。 美由紀と祥子は棚に並んで腰を下ろし、孝夫はその横に席を占める。 私は少し高い所の岩角に腰をすえる。
 改めて四方を見回す。 ここから見る浜は明るい陽光の下に白い砂浜が輝いており、その背後の緑濃い林とさらに後ろの崖とで、箱庭のように美しくこじんまりと纏まった風景を形作っている。 さらに目を沖の方に転じると、広い海の向うに水平線が一望のもとに見渡せる。 近くでは深く蒼い海の表面を小さなうねりが次々と岩の裾に押し寄せ、小さく砕けている。 思わず、『いいね』と感嘆の声を上げる。 誰かが『ほんとね』と応える。
『これ、何かしら』との美由紀の声。 見ると棚の一方の端近くに半分埋め込んである、直径10センチほどの鉄の環を指さしている。
『ああ、それはボートをつなぐための環です』と孝夫が答える。
『ふーん。 とすると、何処かにボートもあるのかい?』
『いいえ、今はありません。 でも昔はこの浜にボートもおいてあったんです。 そしてよく、この辺まで漕いで来てこれに繋いでおいて、近くで泳いで遊んだものです』
 孝夫は懐かしそうに環をなでる。
『ああ、そう、それは残念ね。 今もあれば色々と使えたのに』と祥子が言う。 その言葉に「プレイに色々と使えたのに」と言うニュアンスを感じ取って、私も『そうだね』とうなずく。 確かにボートがあればプレイの幅がかなり広がりそうである。 もっとも、祥子の何気ない言葉をすぐにそういう風に解釈してうなずく私は、あるいは祥子よりも重症なのかもしれないな、と自分でも可笑しくなる。
『それから』と孝夫がつけ加える。 『今は干潮ですから岩が大きく出てますけど、満潮になると丁度この棚が隠れる位まで水が来て、そっちの高い所だけが水面に頭を出して残ります。 そのときは気をつけないとボートの底を岩にぶつけてしまうので、用心をして近づいたものです』
『ふーん』
 祥子は興味深そうに周りの棚を見回す。 私も少し上から岩全体を見回す。 そしてふと、この岩の名前は何というのかな、と思う。 孝夫に訊いてみる。
『孝夫君、この岩には何か名前があるのかい?』
 孝夫がこちらを見上げる。
『いいえ、僕は聞いたことがありませんけど。 でも、地元の人の間には何かあるのかも知れません。 後で荒船さんが来た時に訊いてみましょうか』
『いや、わざわざ訊くほどのことでもないけど、でもやっぱり、何か名前があったほうが便利かな』
 祥子が横で言う。
『そうね。 それならばいっそのこと、あたし達で名前を付けたらどうかしら』
『そうだね。 それがいいかな』
『そうね』
『そうですね』
 皆がすっかり乗り気になり、活気づいて棚の真ん中に集まる。 孝夫が切り出す。
『それで名前を何とつけますか』
『そうだね』
 皆が考え始める。 まずは岩の形が広くて平らな棚と後ろの岩が舞台を連想させるから「舞台岩」はどうかとか、まわりを泳ぎまわって疲れたら上がって休むから「母船岩」はどうかとか、それでは音の響きがあまり良くないから「母の岩」の方がいいとか、色々な意見が出る。 しかし、もう一つしっくりしたものがない。
 しばらく意見を交わした後、私が 『そうだね。 ここはあまり凝らないで、「沖の岩」くらいにしたらどうかな。 浜からすぐ沖に見える岩の意味で』と提案する。
『そうね、それも一案ね』と祥子。
『それに』と私は説明を敷衍する。 『我々の浜から沖に見える目立った岩はこの岩しかないから、こういう名前にしておけば、これは固有名詞であると同時に、「あの沖の岩」というように普通の会話でここを指さす時に使う言い方と一致して、ごく自然に使えるんじゃないかな』
『そうですね。 素直で、しかも風雅でいいですね』と孝夫。
『なるほど、「風雅」ね。 それはいいな』
 皆でどっと笑う。
『所でどうだい、祥子と美由紀は?』
『ええ、賛成するわ』と祥子。
『あたしも賛成よ』と美由紀も言う。
『じゃ、そう決めよう』
 これで名前が決まる。
『それじゃ、最年長で発案者だから、祐治さんが命名の宣言をして』と祥子が言う。
『うん、わかった。 普通に呼ぶ名前と同じだから、改めて命名することもないかも知れないが、我々で名付けた記念すべき名前だから、ちゃんと命名しておこうか』
 私は足を正座の形に座り直して姿勢を整える。 岩は明け暮れ波に洗われて滑らかなので、正座しても短時間なら足が痛いということはない。 他の者も座り直す。 『それじゃ、いいね』と念を押してから、『それでは今からこの岩を「沖の岩」と命名します』と宣言する。 皆がぱちぱちと手を叩く。 足を崩す。
『これでこの岩にも好い名前が付いて、あたし達の合宿の滑り出しは上々ね』と祥子が嬉しそうに言う。



 少し休んだ後、皆でまた海に入り、沖の岩を泳いで一周する。 岩は浜側にはたくさんの大きな岩塊がごろごろしていてよい足場を作り、海中から棚まで連なっている。 一方、沖側は切り立って海中深くまで落ち込んでいる。 特にボートを繋ぐ鉄の輪の所は、すぐ横に足掛かりによさそうな小さい岩棚があるのを除いて、深さ3~4メートルの所までほぼ垂直に切り立って落ちている。 皆で岩を一周してから砂浜にもどる。
 心地よい軽い疲れに、皆が砂の上にねそべる。 少し冷えた身体に強い日差しが気持よい。 私も空気枕を頭に仰向けに寝て、少しうとうとっとする。
『祐治さん、砂で埋めてあげるから動かないでね』と祥子の声がする。 『うん』とうなずいて、そのまま眼をつぶってじっとしている。 腹の上に砂がのり始める。 ちょっと眼をあけてみる。 孝夫がスコップで砂を掘って私の腹の上に積み上げ、祥子と美由紀が手の平で砂をとんとんと叩いて固めている。 また眼をつぶる。
 先ず腹の上にかなり重く砂が載り、さらに腰から脚へと順々に砂で覆われ、埋められていく。 ついで胸の上にも砂が載って、しまいに身体がすっかり砂で覆われる。
 誰かが私の鼻をつまむ。 眼をあけると祥子が私の顔を見ていて、つまんでいた指をはなしてにっこり笑う。 私もつられてにっこりする。
 首を前に曲げて胸の方を見る。 砂山は高さが50センチほどもありそうである。 また首をおろして枕にのせる。
『どお、手は動く?』と祥子がきく。 手は両脇に副えて伸ばしたまま埋められていて、ちょっと力を入れてみるが動きそうもない。
『ちょっと動かないね』
『そう。 それで、どお?、動けないように埋められたご気分は』
『うん、悪くないね。 身体がきっちり決まって、いい気持だよ』
『それはよかったわ。 それじゃ、しばらくの間、そのままにしてらっしゃいね』
『うん』
 3人もまた、砂の上に横になる。
 私はまた眼をつぶってうとうとする。 そして幼い頃に湘南のH海岸で、1才年上の従姉と砂で埋めっこをした記憶がよみがえってくる。 あれは確か僕がまだ幼稚園の最上級生の時で、2人とも手か、精々小さいシャベルで砂を載せるだけなので、高々10センチほどの厚さであったろうが、それでも砂がかなり重く、手がなかなか動かなかったことを憶えている。 砂に埋められるのは、その時以来、初めての経験である。 そういえば、あのころも恥ずかしいながらも、もっとどっしりと厚く埋められてみたい、とも思っていたっけ、と思い出す。
 5分間ほどそのままじっとしていた後、脚を動かしてみる。 少し動く。 さらに力を入れると足の先が出る。 力を入れて膝を曲げ、ぐっとふんばって腰を浮かせる。 砂山が腰から腹にかけて崩れて手が出る。 砂をのけて上半身を起こす。
『あら』と祥子も上半身を起こす。 『自分で出られちゃったの?』
『うん。 脚に力を入れたら少し動いたものだから、膝を曲げてふんばったら出られちゃった』
『それじゃ、この次はもっと厚く埋めなきゃ駄目ね』
『まあ、そうだね』
 2人で顔を見合せて笑う。



 それからまた、みんな揃って沖の岩まで泳いで行って、棚にあがる。
『帰りはあの岩の方へ行ってみましょう』
 孝夫がそう言って、向って右手の尾根の壁の足下にあって砂浜の端に連なっている大きな岩の列を指さす。
『あの辺は岩が隠れている上に波が荒いから、気をつけて下さいよ』
『うん』
 皆がうなずく。
 棚を下りて、皆が一斉に目標の岩に向って泳ぎ出す。 今度は100メートル余りの泳ぎでその岩に泳ぎ着く。 波で岩に叩きつけられないように注意して岩にあがり、両手で岩角につかまりながら砂浜の方に向って降りる。
 一番先に岩を降りた祥子が『あっ、かにがいる』と声をあげる。 岩の付け根の砂溜まりに小さいかにが這っている。 祥子が追いかけて行くが、かには岩のすき間にもぐりこんで見えなくなる。
『あら、こっちにも』と美由紀がいう。 見るとあちこちにかにがいる。 しばらくの間、皆でかにを追いまわし、結局、孝夫と祥子が一匹づつつかまえる。
 ラウンジにまで戻って、2匹のかにをバケツに入れる。 かには何とか外に出ようとしてバケツの壁を少し這いあがるが、すぐにまた落ちてしまう。 そしてまた、這い上がろうとする。
『うまく出られたら、そのまま逃がしてあげるわよ。 早く出てらっしゃい』と祥子が言う。 皆が横で『ほら、上がれ。 ほら、上がれ』と応援する。 でもまた、途中で落ちてしまう。
 かにが這い上がっては落ちるのを見ていて、ちょっとしみじみした気分になる。
『バケツから外に出ようとして出られないのって、かににとってもやっぱり辛いんだろうね』と口に出る。
『そうね。 やっぱり一種の責めと感じているのかしら』と祥子。
『うん、でも、それはどうかな』と首をかしげる。 『まあ、かにには意識といったほどのものはないだろうから』
『もう可哀そうだから、逃がしてやりましょうよ』と美由紀が言う。
『いや、まだ、いいわよ』と祥子は首を横にふる。 『しばらくはこのままおいといて、最後に逃がせばいいわ。 まだ何か面白いことがあるかも知れないから』
『まあ、それもそうだね』
 皆がうなずく。



 また一泳ぎして、浜に帰ってきた時、『今度は美由紀の埋まる番よ』と祥子が言う。 美由紀は予期してたかのように、素直に『ええ』とうなずく。
『美由紀はさっきの祐治さんよりも少し深く埋めてあげるわね』
 祥子は自分でスコップを執り、砂に長さ1メートル半、深さ15センチばかりの細長い穴を掘る。 そして、『さあ、ここに寝て』と美由紀に示す。
 美由紀は両手を脇に揃え、穴の端を枕のように使って、穴の中に仰向けに寝る。 残る3人で美由紀の身体に砂を積み上げ、頭だけを残してすっかり埋め込んで細長く小さい丘をつくる。 今度も丘の高さは50センチほどであるが、私の時よりも下を掘った分だけ砂の層が厚い。
『砂ってずいぶん重いのね。 おなかが圧されて息がしにくいわ』と美由紀が言う。 しきりに手や足を動かそうとするが、全然動かない様子。
 祥子が右手で美由紀の鼻をつまむ。 美由紀は眼をつぶり、口を小さくあけて、静かに息を続ける。 祥子はさらに左手で美由紀の両唇を合せてつまもうとするが、美由紀が口を大きく開いてつまませない。
『孝夫、ちょっと来て』と祥子が呼ぶ。
『何ですか?』と孝夫がそばに行く。
『ちょっと美由紀のあごを抑えて』
『ああ、こうですか』
 孝夫が美由紀の下あごを軽く抑える。 美由紀は強いて逆らわずに口を閉じる。 祥子が改めて美由紀の両唇を合せて左手でつまみ、黙って美由紀の顔を見守る。 美由紀はちょっとの間、そのままじっとしていたが、やがて息苦しくなったのか、首を大きく左右に振る。 祥子の左手が口からはずれる。 美由紀が口をあけ、相変らず眼を閉じたままで大きく息をする。 祥子も孝夫も手をはなす。
『これじゃ、やっぱり、すぐに外れちゃうわね』と祥子は笑う。
 祥子はまだ何か物足りない様子で、あたりを見まわす。 そして『あっ、そうだわ』と言って、バケツの中からかにを一匹つまんで来て、『美由紀』と声を掛ける。 美由紀が眼をあける。 『ちょっと、これをのせるわよ』とかにを見せびらかす。 美由紀がぎょっとした顔をする。
 祥子はかにを美由紀の胸の上の砂に横向きにそっとおき、下手からつつく。 かには慌てて美由紀の顔の上に降りて来る。 『いやーん』と美由紀は悲鳴をあげ、首を振って、身体を力一杯動かす。 砂が少し崩れる。 かには顔を通り越して砂の上に降りていく。 祥子がそのかにをつかまえて、また美由紀に見せびらかす。
『もう一度やってみましょうか』
『もう、いやーん。 かんにんして』
 美由紀が泣き出しそうな声を出す。
『祥子、もう止めなよ』と私が止める。 『嫌がることを何回もするのは趣味が悪いよ』
『それもそうね』
 祥子もうなずいて、かにをバケツにもどす。 美由紀はほっとした顔をして、『ああ、こわかった。 あたし、かにが顔の上を這うなんて苦手なの』という。
『僕だって苦手だよ。 祥子なら平気かも知れないが』と私も言う。
『あたしだって苦手よ』
 祥子がすましてそう言うので皆でどっと笑う。



 3人が美由紀の頭の横に腰をおろす。 そして祥子が美由紀の顔を見ながら言う。
『こうやって砂で埋めて動けないようにするのって結構楽しいわね。 色々といたずらも出来て』
 私も同じ思いに捕らわれ、美由紀の顔を見ながら応える。
『そうだね。 これも砂浜じゃなければ出来ない遊びだね。 今度の合宿でも大いに活用したいね』
『ところで孝夫は』と祥子は話を孝夫に向ける。 『お友達とここに来ると、こういう砂埋め遊びをよくするの?』
『ええ、こういう風に寝たままで砂をその上に盛りあげていくのは時々やります。 とにかくここは遊びが少ないものですから、友達同志で来ても砂遊びでも間に挟まないと、泳ぐのだけではじきに飽きてしまいますからね』
『そうね。 そういうことはあるわね』。 祥子はうなずく。 『あたしは美由紀と一緒に湘南の海岸に海水浴に行って、砂で軽い埋めっこをしたことは2~3度あるけど、こんなに砂を盛り上げて動けなくしたのは初めてなの。 だからとても新鮮で面白いわ』
『そうだね。 まさに祥子の好きそうな遊びだね』
『ええ、そうかも。 普通の海岸では人目が多いし、それにスコップも用意してないしするから、女の子が女の子をこんなに埋めるのってちょっと無理なのよね。 だから、こんなのもここへ来て初めて出来た遊びよね』
『うん、そうだね。 それで今日は大いに張り切ってる、って訳かい?』
『ええ、そう。 今度の合宿では、これからも色々と砂埋めをやってみたいわ』
 祥子は一人でしきりにうなずく。 砂埋めについて色々と思いを巡らせているのであろう。 私もそんな祥子の顔を見ながら、彼女がやってみたいという砂埋めの中身について想像を巡らす。
 少しして、今度は私に訊いてくる。
『ところで祐治さんは、こういう埋めっこってしたことがある?』
『そうだな。 僕は友達と海に遊びに行くことが割と少ないから、あんまり砂に埋めたり埋められたりした経験はないな』
 少し考える。
『強いていえば、まだ幼い頃に、そう、幼稚園の年長組の時だったけど、親戚の家の人達に連れられて、湘南のH海岸で一夏過ごしたことがあってね。 そのとき、1つ年上の女のいとこと一緒に砂遊びをして、砂で埋めっこをしたことがある位かな』
『ふーん』
『だから、さっき埋められたのは18年ぶり、ということになるのかな』
『ああ、そう。 それじゃ、懐かしかったでしょう』
『うん、さっきはそれを思い出して、うっとりしてた』
『それに、そんな小さいときじゃ、埋めるといっても可愛かったでしょうね』
『そうだね。 ちっちゃなシャベルで砂を掘って、ちょろちょろと掛けるくらいの所だったろね』
 私はまた、その頃のH海岸の光景を思い浮かべる。
『それで祐治さんは、その頃から砂に埋められるのが好きだったの?』
『うん、よくは憶えてないけど、嫌いじゃなかったようだね。 少なくとも、人を埋めるのよりは自分が埋められる方が好きだったようだね』
『なるほどね』
『でも恥ずかしくて、埋められるのが好きだなんて言えなかったけど』
『でも、そうだとすると、「栴檀は双葉より芳し」で、祐治さんはその頃からMの気があったという訳ね』
『まさか、そういう訳でもないだろうけど』
 2人でまた顔を見合せて笑う。 孝夫も、それから横で砂から頭だけ出して寝かされている美由紀の顔も笑っている。
 ちょっと間をおいて、また話をつづける。
『ただ、その時の事で非常に強い印象を受けた光景があってね』
『え、それはなあに?』
 祥子が身体をのり出す。
『うん、それはある日、このように横になって寝てではなくて、体を起こしたままで肩近くまで砂浜に埋まっている1人の男の人を見たんだ。 つまり両腕も一緒に脇の下が隠れるぐらいに深く埋められて、砂浜からは肩と頭だけがまっすぐ立って出てたんだ。 恐らくは砂に深い穴を掘って、その中に座って埋め込まれたんだろうけど』
『・・・』
『そして、その男の人の前にはお花が飾ってあってね。 それに女の人などが次々にコップで頭のてっぺんにちょろちょろと水を掛けては拝んでるんだ。 その人は避けようもなく顔を流れ下りる水で、泣き笑いのような顔をしてた』
『まあ』と祥子は笑う。 『つまり、その人を生きながら仏像に仕立ててお参りしてる、という趣向なのね』
『うん、そうだったんだろうな』
『それで、お線香は?』
『うん、そこまでは気がつかなかったけど』
『ああ、そう』
 話を続ける。
『それで、その男の人は小さかった僕にはすっかり大人に見えたけど、恐らくは今の僕より年下の少年だったんだろうな』
『ええ、そうかもね』
『とにかく、その印象は強烈だったね。 僕は半分はその男の人が羨ましく、半分はそう思っている自分が恥ずかしくて、見てない振りをしながら遠くの方からこっそり見ていた記憶がある』
『なるほどね。 面白いわね』
 祥子はすっかり面白がる。 そして、いたずらっぽい眼付で訊いてくる。
『それで、祐治さんはそれ以来ずうっと、そういう風に埋められることに憧れてたって訳なの?』
『いや、そんなことはないよ。 僕もそのことはすっかり忘れてた。 だけど、さっき埋められて、また思い出してね』
『それじゃ後で、そういう風に埋めて上げましょうか?』
『そうだね』
 私はあいまいな返事をしながらも、何か半分、期待のようなものが涌いてくる。

2.3 渚の逆えび

第2章 第2日
04 /30 2017


 美由紀を砂から出して、また皆で並んで海に入る。
 腰の辺の深さの所に来たとき、美由紀が『祥子』と声を掛ける。 2メートルばかり離れて横を行く祥子が『え?』と美由紀の方に顔を向ける。 その瞬間に美由紀はその顔めがけてぱちゃっと水を飛ばす。 祥子は不意をつかれて気管にでも水が入ったのか、はげしく咳き込む。 『さっきのお返しよ』と美由紀が笑い顔で言う。
 やっと咳が収まった祥子が両手で美由紀に水をかけ返す。 美由紀も負けずにまた水をかける。 『美由紀、待ってらっしゃい』と叫んで、祥子が水をかきわけて近づく。 美由紀が逃げる。 追いついた祥子が後ろから美由紀の右手をつかむ。 『いやーん』と美由紀が声をあげる。 2人がもつれて水の中に倒れる。
 起き上ったとき、祥子は美由紀の右手を後ろ手にねじ上げるようにしている。
『美由紀、おとなしくしないと縛っちゃうわよ』と祥子が強い調子で言う。 しかし美由紀はなおも逃げようとする。 祥子は美由紀の左手も後ろからつかまえて、ラウンジの近くまで引っぱっていく。 そして、『孝夫、美由紀をお仕置するから手伝って』と孝夫を呼ぶ。 孝夫が行く。
『そこのバッグから紐を出してきて』
『はい』
 孝夫は『ああ、また』と言うような顔をして、笑いながらビーチ・パラソルの下に置いてあったバッグの中から綿の紐を2、3本取り出して手渡す。
 孝夫に美由紀の腕を抑えさせ、祥子は手慣れた様子で、今はおとなしく手を後ろに回している美由紀の手首を縛り合せ、さらに進めて高手小手に縛りあげる。 美由紀は観念しておとなしくしている、というよりもむしろ生き生きとしてくる。 私達もはじめて見る美由紀の水着での縛り姿にみとれる。
 ついで祥子は美由紀をうつ伏せにねかせ、両足首を揃えて縛り合せる。 そして立ち上って、『さて、この先どうしようかしら』とつぶやき、ちょっと首をかしげて美由紀を見下ろす。 美由紀は砂の上にうつぶせになって右の頬を砂につけ、目をつぶってうっとりした顔をしている。 私も興味をもって2人を見守る。
 やがて、ふと波打ち際に眼をやった祥子は、『あ、そうだ』と言って、美由紀に膝を曲げさせ、足の紐の端を手首の紐にかけ、軽く引きしぼって留める。 逆えびである。 さらに膝の上で両脚を揃えて縛り合せる。 そして孝夫に声をかける。
『孝夫、美由紀の頭の方を持って』
『こうですか?』
 孝夫が美由紀を胸の辺でかかえて少し持ち上げる。
『ええ、そう』
『それでどうするんですか?』
『ええ、波打ち際にはこぶの』
 祥子が膝の辺を持って、孝夫と2人で美由紀を波打ち際にはこび、砂の上に降ろす。 美由紀はうつ伏せのまま頭を海の方へ向け、相変らず眼をつぶり、あごを砂につけてうっとりした顔をしている。
 波が寄せて来て、先端が美由紀のあごを軽く濡らす。 美由紀は『あれ?』といった顔で眼を開け、海を見る。 そして逆えび姿の身体を精一杯くねらせて位置を変えようとする。 しかし柔らかい砂の上なので、向きすらなかなか変わらない。 祥子は楽しそうに見ている。
 もう少し大きい波が来る。 先端が美由紀の顔にまともにぶつかり、鼻の上まで水で濡らして引いていく。
『これじゃ、ちょっと物足りないわね』と言って、祥子は、『いやーん』と首を振る美由紀の肩の近くの腕をつかんでもち上げる。 そして、海の方へ50センチばかり曳きずっていって手をはなす。 美由紀はまたうつぶせになり、しきりに身体を動かして、少しでも上の方に逃げようとする。
 大きい波が来る。 美由紀の顔にぶつかり、頭を越えてさらに上の方まで行く。 引くとき、美由紀の身体が少し浮き、海の方へ20センチばかり曳きずられる。 『いやーん、助けて』と美由紀が悲鳴をあげる。 祥子はなおも楽しそうに見ている。
 続いての2つばかりの波は普通の大きさで、美由紀の顔をぬらすが身体は軽く揺れただけですむ。 しかし、その後でまた大きい波が来る。 美由紀の頭を完全に覆って、引く時には身体をまたさらに30センチばかり海側へと曳きずる。 『もう、かんにんして』と美由紀がまた悲鳴をあげて、身体をゆする。
 次の波が来る。 これはさほど大きくはないが、美由紀の頭を越えていく。 私は祥子のアイデアに感心して見ていたが、もう潮時だと思って、『もう、終りにしたら?』と声をかける。 祥子も『そうね』とうなずく。
 波が引く。 祥子がまた少し海側へ移った美由紀の顔をのぞき込み、『どう、少しは身にしみた?』と笑いかける。 『ええ、もう』と美由紀が言いかけたとき、また波が襲って来る。 またも美由紀の頭がかくれ、波が引くとき、美由紀の身体がまたさらに少し海の方へ曳きずられる。 美由紀が咳き込む。
『今日はこのくらいにしておくわ。 だけど悪さをしたら、またすぐにお仕置しますからね』と祥子がいう。 美由紀はほっとしたような顔をしてうなずく。
『じゃ』と3人で美由紀を抱え上げ、少し上の、波の来ない所まではこぶ。 そして美由紀の紐を解く。
『ああ、こわかった』と、腕の紐の痕をさすりながら、美由紀がつぶやくように言う。



 4人でまた沖の岩まで泳いでいく。 棚で手足をのばして休む。 早速に訊く。
『祥子、さっきのプレイね。 あれ、何という名前なの?』
『まだ名前はないわ』と祥子は言う。 『さっき、波打ち際に打ち上げられていた海草が波が来てもみくちゃにされて、また海へと流されて行ったのを見て、急に思いついたプレイだから』
 私は感心する。
『ふーん。 それだけのヒントで、すぐにあのようなプレイが頭に浮かぶのかね。 すごいね』
『ええ、あれで波が顔にかぶさって息を詰まらせるのがちょうど適当なお仕置になるし、海に流されたらもっと面白い責めになると思ってね』
『ふーん』
 私はますます感心する。 そして次にこの責めを受けた美由紀の感想を聞いてみたくなる。
『ところで、美由紀の方はさっきのプレイ、どうだった?』
『そうね』と美由紀はちょっと首をかしげる。 『波をかぶるだけなら、その間、息を止めていればいいので大したことはなかったけど』
『うん』
『でも、波にさらわれて流されるのは怖かったわ。 このまま海にもっていかれるんじゃないかと思って。 だって手も足も動かないから、流されても自分じゃどうしようもないでしょう?』
『うん、なるほど』
『そうよね』と祥子が横でいう。 『一度、本当に流される所までほうっておくと、もっと気分が出たのにね』
『いやよ、そんなの。 こわいわ』
 美由紀が肩をすくめる。
『まあ、僕達が横に居るから、生命がどうこうと言う事はありませんけど、大分きついお仕置でしたね』と孝夫が言う。
『うん、そうだね』と私もうなずく。
 ちょっと間があって、祥子がまた、『それで』と言い出す。 皆が祥子の方に顔を向ける。
『さっきはああ言ったけど、やっぱりプレイには名前があった方が便利よね』
『うん、そうだろうな』
『それでちょっと考えたんだけど、あれは丁度、しっかり身支度させた人身御供を海の神様にお供えして、波のお迎えで連れていって頂くことになる訳ね。 だから、「波のお迎え」責めとでも呼んだらどうかしら』
『なるほど、「波のお迎え」責めか。 意味は解るね』
 私はもう一度、その言葉の語感を味わう。 そしてコメントをつける。
『でもね、ちょっとしっくりしないな。 それに、せっかくの海の神様への人身御供を波が受け取りに来て、連れて行きかけた所を取り戻したりすると、後で却って罰が当たったりしないかね』
『そうね』と祥子も頭を傾げる。 『と言って、取り戻さずにそのまま沖へ連れていって頂く訳にはいかないし』
『それはそうですね』と孝夫も言う。
『そうね』と祥子がひとつ大きくうなずく。 『じゃ、仕方がないから神様に特別にお願いして、一度海へある程度連れ込んでいって頂いたら、後はご用済みとして、あたし達にお下げ渡しして頂くようにしましょう』
『ふーん、なるほどね』
 私はちょっとその言う所を反芻してみる。 でもちょっと強引な理屈だな、と思う。
『そうだね。 理屈をつけるとすれば、そのくらいの所かな。 でも、それほど無理をしないでも、適当な名前が考えつくまでは、簡単に「渚の逆えび」とでも呼んでおけばいいんじゃないかい?』
『え、なぎさのぎゃくえび?』
『うん、そんな名前はどうかと思うんだけど』
『そうね』
 祥子はちょっと口の中で反芻してみている。 そして、『それもいいわね』と言う。
『なるほど』と孝夫もうなずく。 『「逆えび」という言葉に変な連想をしなければ、その名前って、結構、ポエティックですね』
『そうね』と美由紀も言う。
『なるほど、ポエティックか。 詩情あふれる、というんだね』
『ええ』
 皆で顔を見合せて笑う。
『まあ、それほどではないとは思うけど、とにかく悪くはないんじゃないかな』
『そうね。 素直でいいわね』
 そう言ってうなずいた後、祥子は改めて念を押す。
『じゃ、それでいいことにするわ。 これからはこのプレイを「渚の逆えび」と呼ぶことにするけど、みんないいわね?』
 3人が『うん』、『ええ』、『はい』とそれぞれに承認する。
『これでまた、新しいプレイが一つ出来ましたね』と孝夫が言う。
『そうね。 昨夜の地下室での特製の柱縛りを第1号として、これが第2号という所かしら』と祥子。
『それじゃ、さっきの砂埋めは物の数には入らないのかい?』と私が笑いながらきく。
『ええ、あれは単なるお遊びよ』
『かにを顔に這わせたのも?』
『あら』と、さっきの場面を思い出してか、美由紀がまた肩をすくめる。
『そうね。 あれはどうかしら』
 祥子は首をかしげてみせる。
『まあ、物の数に入れるかどうかはともかくとして、とにかくどんどん、新しいプレイが生まれるね。 祥子の言う通り』
『ほんとにそうですね』
 ちょっと会話がとぎれる。 みんなそれぞれに思いにふける。 私は改めて今のプレイのアイデアに感心して、言い出してみる。
『それにしても、海の波をあのように責めに使うのって面白いアイデアだね』
『そうでしょう?』と祥子が自慢げに言う。 『自然のリズムで1回1回のきびしさが変化する、というのが面白い所よね』
『うん』
『それで、そんなにお気に召したのなら、祐治さんにも一度、やってみてあげましょうか?』
『そうだね。 興味はあるね』
『じゃ』と祥子は嬉しそうに言う。 『もうすぐお昼になるから、お昼のお食事がすんだ後でやってあげるわね』
 私は応えないで、にやにや笑ってみせる。
『好きですねえ』と孝夫が横で笑う。 美由紀は少し心配そうな顔をする。
『じゃ、また、ひと泳ぎしましょうか』との孝夫の誘いで皆で岩を離れ、またひとしきり泳いで昼近くになり、別荘に戻る。



 昼食はさっそくお庭でということで、祥子と美由紀が作ったサンドイッチを簡単な野菜サラダと一緒に庭の丸テーブルの上に持ち出して並べる。 飲み物は冷蔵庫で冷やしておいた紅茶をポットに入れて持ってくる。 今は丁度、隣の松の木の枝々がテーブルとその周りを高く覆って日陰を作っている。
 食事の準備が終り、美由紀が自分で両手を後ろに回す。 しかし、祥子は何か物足りないような顔をして隣の松の木を見回している。 『ああ、また』と思って声を掛ける。
『祥子、どうかしたのかい?』
『ええ、せっかくのお庭でのお食事だし、それにあたし達、まだ家の外での吊りプレイをしたことがないから、ここで一度、青天井の下での初めての吊りをして、それを鑑賞しながらお食事を、と思ったんだけど、この枝では美由紀でも吊るのはちょっと無理よね。 と言って、他に適当な枝は見当たらないし』
 確かに祥子の指さした枝は、高さは2メートルたらずで適当だが大分細くて、美由紀でも吊ったら折れてしまいそうである。
『そうだな。 それに今は美由紀は水着1枚だから、まともに縛って吊ったら痛くてたまらないよ』
『そうよね。 じゃ、今は諦めて、普通にお食事しましょう。 美由紀は後の適当な時に裏のさっきの格好のいい松の木に吊って上げるわね』
『ええ』
 美由紀はそのままの姿勢で一つこっくりうなずく。 どうやら美由紀も吊られることを半分期待していたらしい。 孝夫のいつもの言い草ではないが、『2人とも好きだな』と思う。
 祥子は早速、美由紀がまだ後ろに回したままで待っていた両手の手首を縛り合せて椅子の一つに座らせ、自分はそのすぐ横に椅子を持ってきて座る。 私と孝夫もそれぞれに席につく。
 食事が始まる。 祥子は相変らず、かいがいしく美由紀にサンドイッチやサラダを食べさせ、紅茶を飲ませて、自分も食べたり飲んだりしている。 なるほど、これが祥子の言う「普通のお食事」なんだな、と少し可笑しくなる。



 食事が終り、美由紀の手の紐を解いて、皆で汚れものを食堂に運ぶ。 そして汚れた食器類を洗って片づけ、一休みしてからまた浜に出る。
『もうすぐ荒船さんが来るから、それまではプレイはお休み』とのことで、皆で軽く泳いで沖の岩まで行って休む。
 岩の上に大の字になる。 岩が背中にごつごつあたって少し痛い。 でも、少し冷えた身体が強い日差しを一杯にあびて、とても気持がよい。 真っ青な空に綿のような白い雲が一つ浮かんで、ゆっくり動いている。
 美由紀も横になって眼をつぶり、『いい気持』と言う。 祥子は横座りになって、『そうね』とあいづちを打ちながら、しきりに美由紀やその周辺を眺めている。
『あ、荒船さんの船が来たわよ』と祥子が声を上げる。 起き上がる。 ポンポンとエンジンの音をさせて、荒船さんの船が岬を回ってやってくる。 皆で岩の上で手を振る。 まだ沖の方の船の上でも、荒船さんが手を振って応えている。
『さあ、船と競争してみよう』とのことで、皆が岩から降りて、泳いで砂浜へと急ぐ。 船は後ろからどんどん追ってくる。
 皆とほとんど同時に船がエンジンを止めて浜につく。 はあはあ息を切らせながら、皆が船の横に立つ。
 船の上と下とで、『どうですか、調子は?』、『ええ、とても快適です』と挨拶代りの言葉を交わした後、『はい、これが御注文の食料品』と荒船さんが船べり越しに膨らんだポリ袋を3つばかり渡してくれ、孝夫が『はい、有難う』と順次受け取って砂の上に並べる。 ついで荒船さんは新聞を取り出し、『それから今日の新聞も持ってきましたからどうぞ。 大したニュースはないようですが』と上から差し出す。 これは『ええ、有難うございます』と祥子が受け取る。
 その後、荒船さんは一度、浜に降りてきて、食料品の中身を祥子達と一緒に確かめて、『これでよかったですね』と念を押す。 そして明日持ってくる品物の注文を聞いて、『じゃ、明日もまた1時過ぎに来ますから』と言って船に乗り込み、またポンポンとエンジンの音を響かせて帰っていく。
 皆で荷物を別荘に運び込み、また浜に戻る。 荒船さんの船はもう岬を回りかけていて、間もなく見えなくなる。 祥子が嬉しそうに言う。
『さあ、これでまた今日一杯、あたし達だけの世界になったわ』



 祥子が『祐治さん、さっきの「渚の逆えび」ね。 さっそく今からやってみましょうよ』と催促してくる。 もう予期していたので、すぐに『うん、そうだね。 やってみようか』と応じる。 ちょっとした興奮が身体中を走りぬける。 祥子は『まあ、うれしい』と言って、さっそくバッグの中から紐を取り出す。
『祐治さんには美由紀より厳しい縛りにするから、協力してね』と祥子は言う。
『ああ』とうなずく。
 祥子はまず太目の長い紐をもち出し、長さの中央を執って、立っている私の両足首を揃えて縛り合せる。 私の両肩に湯上がりタオルをかける。 ついで私は祥子の指示に従い、孝夫につかまって膝で立つ。 孝夫が手を出して私の体を支えてくれる。 祥子は足首の紐の先を一本づつ私の両肩にかけ、胸で交差させて左右の手に持たせ、『ぐっと反り身になって、紐をご自分で引き絞って下さらない?』という。
『ああ、例のきつい逆えび縛りかい?』
『ええ、そう』
『うん、解った』
 私は精一杯そり身になり、両手で紐の先を左右にぐうっと引きしぼる。 足首がぐうっと肩に引き寄せられる。 そのままの姿勢でじっと動かずに我慢する。
 祥子が紐の先を執る。 そして、『そうね。 でも余りきつ過ぎて長い時間もたなくてもいけないから、少し緩めておくわね』と言って少し紐をゆるめ、そのまま背中で交差させて腹に回し、背中に回し、また腹に回し、もう一度引き絞ってから前で結び合せる。 これで何時もよりは幾分ゆる目だが、かなりきつく反り身になった姿勢が固定される。
 それから祥子は私の両手首を後ろ手に縛り合せ、背中を横に走る紐に結び付ける。 そしてさらにもう一本紐を取り出し、両端を腹から左右に背中にまわし、足首を肩に引き上げている紐にくぐらせ、右肩への紐は左へ、左肩への紐は右へと引き絞り、また腹にまわして結び合せる。 これで足首が背中に強く引きつけられ、身体を左右にひねることも出来なくなる。 最後に両膝の上に紐をかけ、揃えて縛り合せる。 もう全身、ほとんどどこも動かせなくなる。
『さあ、出来上がり。 うつ伏せにしてあげて』と祥子がいう。 『はい』と応えて孝夫がゆっくりと私をうつ伏せに倒す。 腰から胸にかけてだけが砂について全身を支える形になり、肩の辺や膝は空中に浮いたままになる。 息も少し荒くなる。
『ずいぶんきつい縛りですね』と孝夫が如何にも感心したようにいう。
『ああ、孝夫はこれを見るのは初めてだわね』と祥子は言う。 『あたし達も、最初に祐治さんのマンションに伺ったときに、一度見せて貰っただけだから』
『ええ、初めてです』
『これは祐治さんの最もお得意な縛りの一つで、今の目的にぴったりだと思ってやって貰ったの』
『ああ、そうですか』
 孝夫はなおも上から私を見詰めている。
『でも、これでも今日は目的が別だから、かなりゆるめて縛ってあるのよ。 普段だと、ご自分でもっと強く反るように留めておられるの。 でもこの位に緩めておかないと、早くに息が上がって、波を楽しむまでもたない恐れがあるのでね』
『ふーん』
 孝夫はますます感心したような顔をする。
 そうは言っても、この姿勢を長時間保つのはあまり楽ではない。 少し身体をゆすってみる。 今は身体をくねらすこともほとんど出来ず、わずかに腰から胸の辺を支点にして左右に少しゆらすことが出来るだけである。
『どお?、祐治さん。 紐の具合は』と祥子が上から私の顔を覗き込むようにして笑いかけてくる。 頭を上げ、祥子の顔を見上げて応える。
『うん、相当きついね』
『そう。 でも、いい気分でしょう?』
 私は黙って応えない。 美由紀が少し心配そうに見ている。



『それじゃ始めるわよ』との祥子の言葉を合図に、孝夫が私の上半身を抱くようにもち、祥子と美由紀とが膝の辺をかかえて、私を波打ち際に運ぶ。 そして『この辺にしましょう』との祥子の指示で、頭を海の方に向けて、そおっと砂の上にうつ伏せに置く。
『さあ』と期待と不安とで緊張して海を見る。 祥子と美由紀とが右前に来て、じっと私を見守っている。 『色即是空、空即是色』という得意の文句が、祥子の口の中から漏れて聞こえてくる。
 最初の波がやって来る。 この波は小さく、胸の辺を少し濡らしただけ。 それでも胸の下の砂が少しえぐられたらしく、くすぐったい。 孝夫が8ミリ・カメラを持ってきて横で回し始める。
 次に少し大きい波が来る。 肩の下あたりまで水が来るが、頭の位置は大分高く、水はかからない。 しかし、波が引く時に身体がふわっともち上げられ、10センチばかり海側に引き寄せられる。 身体がぐらぐらゆれる。 緊張が高まる。
 次の波が来る。 この波も小さいが、胸の辺の砂がまた少しえぐり取られ、身体が少し前にかたむいて、あごの位置が大分低くなる。
 次は大きな波が来る。 今度は肩の辺まで水をかぶり、身体が大きく前にかたむいて、顔が水の中に一時つかる。 鼻に水が入り、つーんとする。 そして波が引く時には、今度は30センチばかり海側に引き寄せられて、やっと止まる。 『あら、大変』と美由紀の声。 ついで、『まだ、大丈夫よ』と祥子の声が聞こえる。
 つぎにまた大きな波が来る。 タイミングを計って大きく息を吸い、ついでぐっと息を止める。 顔にまともに波があたる。 身体がぐっと浮く。 まず少し陸のほうへと動かされ、ついでぐうっと海の方へ流される。 顔が水の中に沈む。 腹が砂をこすっているが身体は止まらない。 頭を一杯にあおむけ、何とか顔を空中に出そうとするが、どうしても水から出ない。 身体が横にかたむきかける。 と、やっと身体が止まり、顔が水から出る。 水はまだどんどん引いていて、胸や腰が水流が洗われている。 それでもほっとして、大きく息をする。 『やっと本格的になって、楽しくなってきたわね』と祥子の嬉しそうな声がする。
 今は水が一杯に引いた後も、胸から腰にかけてはごく浅い水に浸かっている。 身体は頭を海の方に向け、みぎわの線に対して45度位の斜めになっている。 はあはあ、荒い息をくり返す。 『祐治さん、苦しそう』と美由紀が切なさそうにいう。 祥子が私の顔をのぞき込んで、『まだ、大丈夫よね』と言う。 『うん』とうなずく。
 小さい波がくる。 身体がふんわりと持ち上げられ、あごが下って水につく。 また、少し流されて止まる。 また、小さな波がくる。 また身体が持ち上げられ、海の方に少し運ばれる。 そして水流が止まると共に身体も止まる。
 今は腹は辛うじて砂に着いているが、身体は背中がやっと出る位に水に浸かっていて、水の動きと共にゆらゆら揺れている。 一方、肩と膝とはまだかなり高く水の上に出ている。 身体が横倒しにならないように懸命にバランスを保つ。
『もうそろそろ神様に召されて沖へ行くことになりそうね。 孝夫も気を付けててね』と祥子の声がして、『ええ』と孝夫が答える。 彼は何時の間にか8ミリカメラを祥子に渡し、手ぶらで私の横に立って見守ってくれている。
『でも、ほんとに流されるまでは手を出しちゃ駄目よ』
『それはちょっと判断が難しいですね。 でも、やってみます』
 どうやら、本当に神に召されて溺れかけるまでは、止めにして貰えないらしい。 はあはあ荒い息をしながらも覚悟を決める。
 次はやや大きい波が来る。 崩れて寄せてくる水流に身体がふわっと持ち上げられ、陸の方に運ばれる。 身体が横倒しになり、頭が水の中に沈む。 ついで、どうにか正常な姿勢に戻る。 懸命に頭を水の上に出し、呼吸する。 流れが変り、海の方にぐうっと流される。
 沖から次の大きなうねりがやってくる。 私の身体はまだどんどん海の方へ流され、うねりに近づいていく。 1メートルほど離れた横に、孝夫が一緒についてきてくれてるらしい気配を感じる。
 また、腹が砂を擦る。 水はさらにぐうっと浅くなっていき、高いうねりが目の前に迫ってくる。 波頭が崩れ始める。 そしてまさに私の頭をめがけて大きく崩れてくる。 一瞬、強い恐怖が私を襲う。 しかし、身動きひとつままならぬ身体ではどうしようもなく、ただ息を止めて崩れくる波頭を見上げる。
 波頭が私の頭の上に崩れ落ちてくる。 思わず顔をそむける。 大きな水のかたまりがなだれ落ちてきて渦を巻く。 私の身体も水の中で2~3回ぐるぐると回される。 もうどっちが上の方向かも分らなくなる。 頭の周りで水が激しく渦をまき、砂まじりの水が顔が洗う。 鼻の奥にも水が入ってつーんとする。 腹が水の上に出て、頭が底の砂を掃く。 止めている息がものすごく苦しくなる。 力一杯もだえる。 しかし手も足も身体は全く動かず、姿勢の直しようがない。 死の恐怖が身体中をはしる。 意識が少しうすれかける。
 と、誰かの手が私の肩にかかり、上体を起こしてくれる。 顔が空中に出る。 大きく息を吸う。  腰の辺にも手がかかり、身体全体が横にされてぐうっと持ち上げられ、そのまま横に運ばれて、砂の上に腹ばいに静かに下ろされる。
 そっと眼をあける。 美由紀がのぞき込んでいて、『大丈夫?』と心配そうにきく。 軽くうなずく。 大きい呼吸をくりかえす。
『ちょっと参ったようね』との祥子の声を半分夢うつつのうちに聞く。 『あんなのんきなことを言ってる』とぼんやり考える。

2.4 亀塚

第2章 第2日
04 /30 2017


 3人が私の横に腰を下ろす。
『それにしても最後の波は大きかったですね』と孝夫が言う。 『僕も巻き込まれて倒れてしまって。 でも起き上がったら、祐治さんの身体がすぐ横に見えたんで、すぐに抱き上げることが出来てよかったですけど』
『そうね』と祥子も真面目な顔をする。 『本当にそれで見失っているうちに流されて、なかなか見付からなかったりしたら大変だったわね』
『まあ、それでも、生命にかかわるほどのことには、ならなかったでしょうけど』
 ちょっと会話がとぎれる。 私はまたさっきの、渦にまきこまれて水の中をぐるぐるでんぐりがっていた時のことを思い出す。
 祥子がまた続ける。
『本当に、あの大きな波で予定がすっかり狂っちゃったわね。 あたしは、もっとじわじわっと沖に流されていくことを予想してたんだけど』
『でも、あの縛りだと自分で姿勢が正せないから、どうしても腹が水の上に出て頭が沈んでしまうので、沖まで流されるまでは待てないんじゃないですか?』
『そうかもね』
 祥子もうなずいている。 私は呼吸も大分収まって、少し楽になってくる。
『もう終りにして、紐をほどきましょうよ』と美由紀が言う。
『そうね。 でも、せっかく程よい緊縛ができているのに、ちょっと勿体ないわね』と祥子は勿体をつける。 『あたし、この程度の緊縛だと、実際にずうっと長い時間を辛抱できることを確かめておきたい気がするの。 だからもう少しこのままで置いといて、様子を見てみたいんだけど』
『でも、祐治さん、もうすっかりお疲れで、お気の毒よ』
『そうね。 じゃあ一度、ご本人の意向をきいてみましょうか』
 祥子は横座りの姿勢で改めて片手をついて、私の顔をのぞき込むようにする。 私は反り身で腹ばいの姿勢のままで祥子の顔を見上げる。
『どうお?、祐治さん。 少しは回復した?』
『うん』
『それでどうお?、この縛りは。 辛抱出来ないほど辛くはないと思うんだけど』
『うん、今の所は何とか』
『それでね。 今のあたしと美由紀との会話を聞いてて解ったと思うけど、あたし、この位の強さの逆えびだったら、祐治さんならずうっと長い間続けても辛抱できると思うし、またそれを確かめておきたいと思ってるの。 祐治さんだって、せっかくの適度の縛りを簡単にほどいてしまうのは惜しいでしょう?』
 祥子は話の運び方がうまい。 このように持ってこられると、そうでないとは言いにくくなる。
『そうだね』
『だから、もう少しこのままでいてみましょうね』
『うん』
 何だか少し誤魔化されたような気もする。
『じゃあね』
 祥子は上体を起こす。 そして他の2人に言う。
『ね、そうでしょう?』
『祥子さんは話のもっていき方が上手ですね』と孝夫。
『そうね』と美由紀も言う。
 祥子が反論する。
『ええ、でも、それだけじゃないわよ。 祐治さんご自身も内心ではそうして貰いたいと思っているから、話がスムースに行くのよ。 その証拠に、孝夫に同じことを言っても、孝夫はうんとは言わないでしょう?』
『そう言えばそうですね』
 孝夫も半分納得したような顔をする。



『でも、祐治さん、かなり辛そうだけど』と美由紀が心配そうに言う。
『そうね』と祥子も改めて私の顔を見る。 そして顔を近づけて、『どこか、特に辛い所がある?』と訊く。
『そうだね。 これだけ反り身になっていると腰が大分痛くてね。 それに肩や膝が浮いてるんで腹や胸が押されて、ちょっとばかり息が楽じゃないんだ』
『そうね。 反り身の方がしょうがないけど、もうひとつの方は肩や膝も砂で支えるようにすればよくなる筈ね。 じゃ、砂に浅い穴を掘って、そのままの姿勢で埋めて上げましょうか?』
 確かにうまく埋めて貰えれば少しは楽になりそうである。 『うん』と応える。
『それじゃ』と言って3人が立ち上がる。 孝夫がスコップを持ってくる。
『場所はこの辺がいいわ』と祥子が少し海に寄った所を指で差し示す。 そこは波の先端が時々やってくる位置である。
『また、波が来る場所ですか?』と孝夫が言う。
『ええ、そう』と祥子はすまして応える。 『そういう場所の方が祐治さんも退屈しなくていいの』
『そうですか』
 孝夫は、納得はしないが仕方ないや、という顔をする。
『それから、また海に顔を向けて埋めるから、その積りで細長く掘ってね』
『はい』
 孝夫がスコップで、そのあたりに深さ20センチばかりの細長い穴を掘る。 そして3人がかりで私を持ち上げ、横に運んでその中に頭を海の方に向けてそっと置く。 穴の底には少し水が溜まっていて、腹が水に浸かる。
 祥子が私の身体の傾き方などを少し調節する。 そして孝夫がスコップで砂を背中に盛り上げ、祥子と美由紀がその砂を身体の下の隙間に押し込んだり、手の平でならしたり、叩いて固めたりする。
 しばらくして、頭を残して身体がすっかり砂で埋まる。 今は膝や肩を含めて身体の下面全体が砂で支えられ、呼吸も少し楽になる。 しかし、砂で固められて身体が全く動かなくなる。
 頭を一杯に上げると、あごは砂浜の面から数センチ浮く。
『これでどお?』と祥子が訊く。
『うん、息は少し楽になった』
『じゃあ、いいわね』
 祥子が立ち上がる。 そして右前に立って上から私を眺めながら、『でも、思いがけず面白い土饅頭が出来たわね。 どお?。 この頭だけを出した格好はどこか亀に似てると思わない?』と言う。 美由紀もちょっと離れて眺める。
『そう言えば、そんな感じね』
『せっかくだから、身体の方も亀に造形しましょうよ』
『そうですね。 それは面白いですね』
 3人でさらに砂を積み上げ、背中でごそごそ始める。 『さあ、横に足も出して』と横に足の格好もつくる。
 しばらく作業して、『さあ、これで出来上がり』と手を止める。 3人が立ち上って上から眺める。
『いい格好に出来たわね』と祥子が嬉しそうに言う。 『名前は亀の形をした土饅頭、つまり「塚」だから、「亀塚」がいいわね』
『なるほど、「亀塚』ですか』
 孝夫も口の中で言い返してみている。
 背中の砂が大分重い。 首を回してみるが、背中の方までは見えない。
『背中の上はどうなってる?』と訊く。
『ええ、ちゃんと亀甲模様のこうらが出来てますよ』と孝夫が説明してくれる。 『写真を撮っておきましたから、後でゆっくりお見せします』
『うん、有難う』
 また3人が横に腰をおろし、黙って私を眺める。 波が繰り返しやって来て、時々は私のあごを濡らして返っていく。 私は呼吸も大分おさまり、ぼんやり海をながめる。
 そのうちに孝夫が言い出す。
『それにしてもあの強烈な縛りで、祐治さんはよく、こんなに長く辛抱できますね』
『ええ、祐治さんはこの縛りが本当にお好きなのよ』と祥子は言う。 『あたし達は初めて祐治さんのマンションにお伺いした時に、同じ縛り方でもっと強く反る、厳しい縛りをご自分でなさったのを見せて貰ったの。 その時はつくづく感心したわ』
 美由紀がうなずく。 孝夫は黙って聞き入っている。
『そしてその時には、最後に残った両手も腹ばいになっている腰の後ろにHセットの要領でご自分でお留めになってね。 尤もそれが祐治さんが普段やっておられる通りの方法だそうだけど。 ね?、祐治さん』
『うん』
 私は軽くうなずく。
『それで、その後ろ手に留めた錠の鍵はひも付きで床の上にあって、普段はプレイを終りにしたい時に身体を横に倒して後ろ手でその鍵を探り取って、錠を外して両手を自由にしてから縛りの紐をほどく段取りになるんだそうだけど、その時はその鍵をあたしが床から取り上げてテーブルの上に載せちゃったの。 だから祐治さん、ご自分ではほどけなくなっちゃって』
 祥子はその場面を思い出してか、おかしそうに笑う。 そして説明をつづける。
『でもその時、祐治さんは何時までたってもご自分からはほどいてくれって言わずに我慢しててね。 とうとう終いにあたしが根負けして、鍵を右手に握らせてしまったの』
『ふーん』
 孝夫はまた感心したような声を漏らす。
『でも、さすがの祐治さんも、その時は苦しさがだんだん募ってきて、我慢の限界に近づいてたようで、最後の方ではひどく辛そうだったわね』
『ええ、そう』と美由紀があいづちを打つ。 『あたしも手を縛られていて、何も出来ずにただ見てなければならなくて、とても辛かったわ』
『でも、その時のに比べると、今日のは大分ゆるめてあるから、恐らくは何時まで放っておいても見るに見兼ねる程にはならないんじゃないかしら』
 何だか話が少し物騒である。 しかし、今さらそうじゃないとも言えず、黙って話を聞く。
『それで』と孝夫が言う。 『この後、どのくらい続ける積りですか?。 祐治さんが音を上げるまでなんて言うと、それこそ切りがないと思いますけど』
『そうね。 さっきからでも少しづつ呼吸も収まってきてるようだし、顔色も良くなってきてるから、もうこのままで放っておいても順調に回復しそうで、確かに切りがなさそうね』。 祥子はちょっと首をかしげる。 『そうね。 それじゃ、あと30分もすると縛ってから丁度1時間になるから、その辺で止めることにしましょうか』
『ああ、もう後、30分ですか』
 孝夫が、仕方ないですね、という顔をする。 私もぼんやりと『ああ、あと30分か』と思う。 そして、まあ何とか辛抱しよう、と覚悟を決め、眼をつぶる。
『それじゃ、そうとすると、まだ時間がたっぷりあるから、祐治さんはこのままにしておいて、みんなでまた、あの沖の岩まで行ってこない?』と祥子が言う。
『え、この格好でひとりで置いとくんですか?』と孝夫。
『ええ、そう』
 祥子は相変らず平然としている。 私は『どうせ、あと30分は解放して貰えそうもないから、どうでもいいや』という気になる。
『ほんとにひとりで残しておいて、大丈夫かしら』と美由紀が心配そうに言っている。
『それは大丈夫よ。 ね?、亀さん?』と祥子が自信ありげに声をかけてくる。
 眼をあけ、祥子の顔を見上げて軽くうなずく。
『ほんとにいいのよね』と祥子が念を押す。 また軽くうなずく。
『ね、そうでしょう?』と祥子は2人に言う。 孝夫は『ええ、そうですね』と応える。 美由紀は『仕方ないわ』というような顔をする。
『それじゃ』と3人が立ち上がる。 そして、『帰ってくるまでおとなしく待っててね』と手を振って3人が沖の岩に出掛けていく。
 また眼をつぶる。 辺りには寄せては返す波の音だけが響いている。



 しばらく時間が過ぎる。 無理な姿勢を続けているので、身体のあちこちが凝って痛くなり、だんだん我慢が出来ない感じになってくる。 また眼をあけて、寄せてきて大きく崩れては返っていく波や沖の岩などをぼんやり眺める。
 沖の岩では3人が岩の周りを泳ぎ回ったり、岩にあがって寝そべったりしている。 そう言えば、何時もは沖の岩に行っても10分もそこに居れば、後は浜に引き返して来ているのに、今はいつかな、帰ってくる気配はない。 また祥子がわざと引き留めてるんだなと思う。 潮がだんだん満ちて来て波があごを浸すことも多くなり、時には鼻の辺までも濡らすようになっている。 砂の小山も大分けずられ、肩も少し見えてきている。 このままずうっと放っておかれると顔が波をかぶりっぱなしになって溺れてしまう、との考えがひらめき、思わずびくっとする。 しかし、身体は全く動かせない。 ふと、「処刑プレイ」という言葉が頭に浮かぶ。 しかし、祥子とても、今はまさか「処刑プレイ」をやってる気ではなかろう。
 日は相変らずかんかん照りで、ただ1つ砂の外に出ている私の頭を容赦なく照りつけている。 しかし、顔を時々波に洗われるお陰で、それほど熱くは感じない。
 また少し時間が過ぎる。 沖の岩の3人がやっとこちらに向けて泳ぎ出す。 私は3人の動きを眼で追う。
 やがて私の正面で浜に着いて、3人は水を蹴立てて私の所にやって来る。
『あらあら、何時の間にか、大分波をかぶるようになって。 波と遊べて楽しかったでしょう』と祥子が笑う。 何か言い返したいと思ったが、水が丁度、口の所にやってきて何も言えない。
『あたし、「早く帰りましょう」と言うのに、祥子が「まだいいわよ」って、ちっとも帰ろうとしないのよ』と美由紀が訴えるように言う。 水が引いていく。
『だって、祐治さんがせっかくお一人になれたんですもの。 少しはそのままにしておいて上げないと悪いわよね』と祥子はすまして言う。 私は黙って祥子をにらみつける。 しかし祥子はけろりとしている。 また、大きい波がやって来て私の顔にぶつかり、ひたいの辺まで濡らして戻っていく。
 祥子が5メートルほど離れたラウンジに置いてある目覚まし時計の方をちらっとみて、『もうあと5分で丁度1時間よ。 どうお?、身体の具合は』と訊く。 丁度、波の切れ間がある。
『うん、身体が全く動かせないものだから、あちこちが凝って、大分きついね』
『でも、せっかくだから、もう少し頑張ってね』
 あと5分では、今さらいやと言ってもしょうがない。 『うん』とうなずく。 また波が来る。 3人は私の横に腰を下ろし、波で崩れた砂山のあちこちを補修する。
 やがて祥子が立って上から眺め回す。 そして言う。
『でも、この亀さんはよく出来ていて、もうすぐ壊すのが何だか惜しいわね。 あと30分もこのままにして置こうかしら』
 私は『あれ?』と思って、祥子の顔を見上げる。
『そんなの無茶よ』と美由紀が声を上げる。 『そんなことしたら潮が満ちて来て、祐治さんが溺れちゃうわよ』
『ええ、だからその限界を見極めるのが面白いんじゃない』
『駄目よ、そんなの』
 美由紀も後へは引かない。 今は美由紀も手が自由だから、一人ででも塚を壊しかねない。
『そうね、今は止めといた方がよさそうね』と祥子がにやにやする。 やっぱり最初から実行する気はなかったらしい。 しかし、美由紀と孝夫はほっとした顔をする。
 祥子がまたラウンジの方を見る。
『それじゃ、丁度、時間が来たから、終りにするわよ』
 早速、3人が手で砂山を崩しにかかる。 背中が出る。 3人で私を持ち上げ、穴の外に出す。 そして横倒しにして胸の所の結びをほどき、足を肩に強く引きつけている紐をゆるめる。 腰の張りが少しゆるんでほっとする。 後は後ろ手の縛りをほどき、腹での結びを解いて、と進んで、結局、身体にかかっていた紐を全部取ってくれる。 最後の足首の縛りも祥子がほどいてくれる。 そのまま腹ばいになって、右の頬を砂につけ、手足を伸ばす。 腰がじーんとし、身体中に血が巡っているのが分かるような気がする。
 ちょっとの間をそのままの格好で過ごしてから、砂に手をついて上体を起こし、久しぶりに立ち上がりかける。 しかし、ふらふらっとして、またしゃがみ込む。
『まだ休まれてた方がいいですよ』と孝夫がいう。
『そうだね』
 私は改めて砂の上にあおむけに横になり、手足をだらりと伸ばす。 美由紀が空気枕を持ってきて、頭の下に入れてくれる。 『有難う』と礼を言う。
 3人が私の周りに腰を下ろす。
『あまり日に焼けるといけないから、少し砂をかけておくわね』と美由紀が手で私の身体に砂を薄く載せ始める。 他の2人も手を出して砂を載せる。 『うん、有難う』と私は3人のなすがままに任せ、眼をつぶってうつらうつら始める。
 砂を載せながら、『それにしてもよく頑張ったわね』と祥子が言う。 眼をつぶったままで『うん』と応える。 祥子は嬉しそうにつけ加える。
『それで、この程度の強さの縛りなら祐治さんは1時間は大丈夫って判ったから、これから色々なプレイに使えるわね』
『うん、でも、お手軟らかに頼むよ』
『ええ、任せといて』
 祥子は笑いを含んだ声で自信ありげに言う。



 ちょっと間をおいて孝夫が、『ところでさっきの「渚の逆えび」プレイですけど、あれはどうでした?』と訊いてくる。
『そうだね』
 私はあのプレイの最中の自分を思い返す。 そして眼を開けて、ゆっくりと上半身を起こす。
『あ、まだ、寝てていいですよ』
『うん、有難う。 でも、寝てると話がしにくいから』
『それじゃ、起こしちゃって悪かったですね』
『いや、もう大分直ったから、どっちみち起きようと思っていた所なんだ』
 私は横座りになり、横に手をついて身体を安定させる。
『あのプレイのことだけど、あのように身体中をどこもほとんど動かないようにきっちり縛られて、波にさらわれて流されるのを待つのって、近頃にない緊張感があったね』
『よかったでしょう』と祥子が笑いながら言う。
『まあね』
『心細くはなかった?』と美由紀がきく。
『うん、心細くなかった、と言ったら嘘になるだろうね。 美由紀の気持がよく解ったような気がするよ。 とにかく、動かない身体で大きな波がやってくるのを見ている時の不安と期待に満ちた気持って、何とも言えないね』
『そんなに楽しかった?』と今度はまた祥子が笑いながら言う。
『いや、楽しいとはちょっと違うよ。 とにかくすぐその後に、波にもみくちゃにされて精一杯もだえ苦しむ試練が待ってるんだから』
『でもそれがMの人にはこたえられない楽しみじゃないの?』
『そうとばかりは言えないけどね』
『へー』
 祥子が肩をすくめてみせる。 皆がどっと笑う。
 笑いが収まるのを待って、孝夫が話題をまた実際の状況に戻す。
『特に最後の波は大きかったですね。 崩れる時の高さは1メートル以上あったんじゃないですかね』
『そうだね、あれは大きかったね』
 私もまた、その波を思い返す。
『あれまでも僕は波に顔がつかったりして、苦しいには違いないけど、それでも楽しんでいた所もあったけど、あの波がやってきて、手足を全然動かせずに息をはあはあさせながら、頭の真上にそそり立ち、どっと大きく崩れてくる波頭を見たときは、さすがにぞっとしたね』
『・・・』
 3人が眼を輝かせて聞いている。
『とにかく最近のプレイで、あんな恐怖を感じたのは初めてだったよ』
『そうですか。 とにかくあの波では僕でさえ足をさらわれて、波の中で1回、ぐるっと回されたんですから、身体が動かない祐治さんは大変だったでしょうね』
『うん。 2~3回はでんぐり返ったような気がするよ。 それに頭の周りでは砂まじりの水が渦をまいて、鼻に水が入ってつーんとするし、顔を水から出すことが出来ず、息はどんどん苦しくなるしで、どうにもこうにもならなくてね。 最後には少し、意識も遠くなりかかってた』
『すごいですね』と孝夫が感嘆の声をあげる。
『でも』と祥子が笑いながらいう。 『祐治さんはまだ、それで懲りた、という訳ではないんでしょう?』
『そうだね。 まだもう1度位は、あの緊迫感を経験してみたいような気もするね』
『すごいですね』と孝夫が今度は呆れたような顔をする。

2.5 埋めっこ

第2章 第2日
04 /30 2017


 20分ばかり休んで、私もすっかり元気を回復する。 また4人で沖の岩まで往復してから、揃って砂の上に横になる。
『祐治さんはタフですね』と孝夫が感心したように言う。 『さっき、あんなきついプレイをして大分体力を消耗した筈なのに、もうすっかり元気になってしまいましたね』
『ええ、そうよ』と祥子が笑う。 『プレイのこととなると、祐治さんはすぐに元気が回復するのよね』
『まあ、祥子と同じでね』と私が言う。 皆がどっと笑う。
『それはともかく、お蔭さまで元気の回復は確かに早いようだね。 まだ若いからね』
『ほんとにお陰さまで、今度の合宿では色々なプレイを存分に試すことが出来そうで、嬉しいわ』と祥子がまた露悪家ぶりを発揮する。
『さて、それはそうとして』と私は話題を変え、祥子に向かって言う。 『今日はもう僕と美由紀が済んだから、今度は祥子が埋まる番だよ』
『あたし、いやよ』と祥子がだだをこねる。
『いやと言っても駄目だよ。 言うこときかないと縛っちゃうよ』
『でも、いや』
 祥子は笑いながら身体を後ろに引く。 孝夫と美由紀も横で笑いながら2人のやり取りを見ている。
『じゃ、やっぱり縛らないと駄目らしいね』
 私は祥子を捕まえる。 祥子は無理に逃げようとはしないでおとなしく捕まる。 私は祥子を砂の上にうつ伏せに寝かせ、馬のりになって、美由紀が差し出す紐でその両手を後ろ手にくくる。
 祥子が顔を上げて『おとなしくするから、ほどいてよ』と言う。
『だめだめ。 祥子も時々は縛られる味も体験した方がいいよ』
 私はさらに祥子の両足首も揃えて縛る。 祥子は観念したかのように頬を砂につけて眼をつぶる。
 祥子もMは嫌いではない。 この前の第2回月例会の終り近くでも見せたように、縛られるとやはりうっとりとした顔になる。 ただ、4人の間では他の3人がS気が少ないので、縛られる機会が乏しいだけである。
『それじゃ』と孝夫がまた、スコップで細長く浅い穴を掘る。 私は祥子をかかえて、穴のへりを枕に足をのばして寝かせる。 後ろ手にあたる所は穴を少し深くして痛くないようにしてある。
 皆でスコップで祥子の身体の上に砂を盛り上げては手で形を整える。 祥子もおとなしく埋められ、眼をつぶって砂の重さを楽しんでいる様子である。
 すっかり埋め終って、祥子の体と脚とを覆って高さ40センチばかりの細長い砂山が出来る。 私と美由紀が祥子の頭の横に、孝夫が少し離れて腰を下ろす。
 片手をついて前屈みになり、祥子の顔をのぞき込む。 祥子はまだ眼をつぶったままで、うっとりした表情をしている。 ちょっと祥子の鼻を右手でつまむ。 祥子が顔を振る。 指をはなす。 何だか物足りない。
『所で蟹は』と私が言うと、祥子は眼を開けて『えっ』という顔をする。 『残念なことにバケツがひっくり返って逃げちゃってて、一匹も見つからないんだ』
 祥子がほっとしたような顔をして、また眼をつぶる。
 所在がないままに、祥子の頭を中心に周りに砂の壁を作り始める。 『面白そうね』と美由紀も手を出して砂を盛る。 祥子は眼を開けて、ぼんやり作業を眺めている。
 途中で耳に砂が入らないように水泳帽の端で耳を完全に隠して、さらに壁を高くし、厚さも厚くしていく。 そして遂には身体の砂山と一つにつながり、その一端に深さ20センチほどのすり鉢が出来て、その底に祥子の顔が見える状態になる。 すり鉢の底の砂の面を顔の上面と同じ高さにならす。 額の生え際、こめかみやあごの線まで砂に隠され、今や祥子の顔は、砂の平面に浮かんだ楕円形輪郭の模様のようになる。 孝夫もそばに寄って来て、『これは面白いですね』と上からのぞき込む。
 すり鉢の底の砂の平面にすっぽりと嵌め込まれて、何か別世界の存在のような感じがする祥子の顔を見詰める。 祥子も私の顔を見上げている。 今や祥子は外界とはこの顔の面で接しているだけである。
『ご気分はいかが?』と声を掛ける。
『悪くはないわ』と祥子は応える。 そして、『でもこれじゃ、周りの砂の壁が崩れて来たら、いっぺんでおだぶつだわね』と言ってにっこり笑う。
 祥子は眼だけ動かして周りの壁を見回す。 さすがの祥子もいかにも心細げである。 ちょっとからかってみたくなる。
『それじゃ、みんなでちょっと泳いでくるから、しばらくの間、1人で空でも見ておとなしくしててね』
『いやーん』。 祥子が悲鳴をあげる。 『ひとりでおいてっちゃ、いやーん』
『あれ、祥子が悲鳴をあげたよ』とはやす。
『だって』と祥子は言う。 そして、『いじわるね』と言って笑ってみせる。
『それじゃ、行かないで横に居てあげるよ』と言う。 祥子は安心したかのように、『ええ、有難う』と応え、眼を閉じて安らかな顔になる。
 眼を閉じた祥子の美しい顔を見ているうちに、その眼も埋めたくなる。
『祥子、眼をあけちゃだめだよ』と注意しておいて、また鉢の底に少し砂を入れ、額から眼の上にかけて砂で埋める。 今や祥子はすっかり砂で埋まり、見えるのは鼻と口の周りだけになる。 鼻ですうすう息をしている。
『大分すごいですね。 祥子さんも心細いでしょうね』と孝夫が感心したように言う。
 もうやることもなくなって、私は横にすわって祥子の口もとをみている。 息をするたびに小鼻が少し動くのが面白い。 美由紀も横に座って、少し心配そうに祥子の口もとを見ている。 3分間ほど静かな時がながれる。
 その静けさを破って、美由紀が切なさそうに言う。
『もう、出してあげましょうよ』
『そうだね』
 私も同意して、祥子の顔に向かって告げる。
『それじゃ、もう終りにして、出してあげるからね』
 祥子もわかったらしく、口をわずかに動かし、小さな声で『ええ』と応える。
 早速に3人で祥子の上の砂をどかしにかかる。 私はまず慎重に顔の周りの砂の壁を外へ向けて押し崩す。 そしてもう顔に崩れかかる心配がなくなってから、眼の上の砂も取りのぞき、頭の周りの砂もどかす。 それからバケツに海の水を汲んできて、『ちょっと水をかけるから、息を止めててよ』と断わってから、顔の上半面に水をかけて、砂を洗い流す。 祥子はぶるぶるっと頭を振り、眼を開けてにっこりする。
 その間に身体の砂山も美由紀と孝夫の手で大分取り除かれる。 私は祥子の肩に手を掛けて上半身を起き上がらせ、後ろ手の紐を解く。 祥子は自分で脚の上に残る砂をかき分けて膝を曲げ、足首の紐を解く。
『どうだった?、ご感想は』
『ええ、悪くはなかったわ。 でも、眼まで砂で埋められて見えなくなると、すごく心細かったわ』
 祥子はそう答えたあと、『祐治さん、あたしがいやだと言ったのに無理にやって。 後で憶えてらっしゃい』とつけ加える。



 また、みんな揃って、つよい日差しのなかでひと泳ぎする。 そして砂浜に戻って思い思いに休む。  私は砂が水で湿って黒くなっている境の辺に腰を下ろす。 今は潮も大分満ちてきており、そこは林の端から7~8メートルしか離れていない場所である。 すぐ横に孝夫も腰を下ろしている。
 祥子が何を思ってか、少し海寄りでスコップで穴を掘り始める。 そして、『孝夫、ちょっと来て手伝って』と呼ぶ。
『はい』と応えて孝夫が行く。
『これをもっと大きく、深く掘りたいんだけど』
『どの位ですか?』
『ええ、そうね。 人が一人、ゆったり座れるくらいの広さで、深さはそう、60センチは欲しいわね』
 祥子はそう言って、私の方を見てにやりと笑う。 どうやら今度は私を座った姿勢で埋める気らしい。
『ああ、そうですか。 ちょっとやってみましょう』
 孝夫はスコップで穴を掘り始める。 私も興味がわいて近くに行ってみる。 美由紀も寄ってくる。  孝夫はせっせときれいな砂を掘り出している。 まだ、それほど大きくはないが、深さはもう50センチはある。
 ふと疑問がわいて、『孝夫君』と声を掛ける。 孝夫が手を止めてこちらを向く。
『え、何ですか?』
『あのね、ちょっと訊きたいんだけど、ここは砂浜の端にこんなに近いのに、案外深い所まできれいな砂が続くんだね。 掘っていて岩にぶつかる心配はないのかい?』
『ええ、この辺ではどこまで砂があるのかは知りませんけど、1メートルやそこら掘っても岩にぶつからないことは確かです』
『へー、そんなに深くまで』
 私はちょっとびっくりする。
『うん、有難う。 それだけだ』
『じゃ』
 孝夫がまた穴に向かい、さらに掘り進める。
 穴の底に水が出てくる。 孝夫が手を止める。
『もう水が出てきたんで、これ以上深く掘るのは無理ですね』
『そうね。 じゃあ、深さの方はもうその位でいいわ。 大きさの方をもう少し大きくして』
『はい』
 孝夫はまた砂を掘り出し始める。
 しばらくして孝夫はまた手を止める。
『この位でどうですか?』
『ええ、いいわ。 有難う』
 孝夫が穴から出る。 今や人が1人ゆったり座ってまだ余裕のある広さで深さが60センチほどの穴が出来、底に10センチほどの深さの水がたまっている。
『それじゃ、祐治さん。 ちょっとこの中に座ってみてくれない?』と祥子が言う。 案の定、と思って、『こうかい?』と穴に入り、海に向って正座の姿勢をとる。 底の水がゆれて、壁の砂が少し崩れおちる。
『そう、手をまっすぐ下にさげて』
『うん』
『じゃ、さっきの祐治さんのお話しにあったように、ご希望通り、座った姿勢で埋めてあげるから』
『うん』
 祥子がスコップで横につみ上げてあった砂を入れはじめる。 砂が膝から腹へと埋めてくる。 美由紀も穴の中に手を入れて、隙間が出来ないように砂を押し込んでいる。 孝夫がバケツで海水をくんで来ては穴に注ぎ入れ、砂を固める。 H海岸であの光景を見て以来18年間も抱いていた夢が今や実現しつつある。 私は高揚した気分で3人の作業を見ている。
 やがて穴がすっかり埋まって、砂浜の面と平らになる。 私の身体は丁度乳首の所まで砂に隠れ、膝と腹とに砂の重みをどっしりと感じる。 時刻はもう3時を大分過ぎて、太陽はかなり西に寄って正面から照りつける。
『どう、気持がいい?』と祥子がきく。
『うん、悪くはないね』
『どう、これで手は動く?』
『そうだね』
 私は右手をもそもそと少し動かし、ちょっと上げにかかる。 二の腕の半ば程まで埋めている砂が少し崩れかかる。
『あ、だめだめ。 抜いちゃだめ』と祥子が慌てて止める。 『どうもこれは祐治さんのお話のよりもちょっと浅かったようね』
『そんなこともないだろうけど』
『でも』と孝夫が言い訳のように言う。 『ここではすぐに水が出てくるので、これ以上深くは掘れなかったんです』
『そうね』と祥子がうなずく。 『今度は水の出ないもう少し上の方で、もっと深く埋めてあげるわね』
『うん』
 私もうなずきながら、あの時のH海岸の男の人もこんな砂の重みを感じていたのかな、と考える。
『それじゃ、代りにもっと砂を積み上げてあげるわね』
 そう言って、祥子が横に余ってた砂をさらにスコップで積み上げ始める。 美由紀と孝夫も手を出して手伝う。
 やがて、肩が見えなくなるほどの小山が出来て、手近に余分の砂がなくなる。 祥子と美由紀が手の平でとんとんと砂を固める。
 これで終りかと思っていると、祥子が『孝夫、もっと砂を運んできて』と注文する。 孝夫が少し離れた所の砂をスコップで掘って運んできて、祥子がそれを私の頭の周りに積み上げていく。 次第に周りに砂の壁が出来、それが頭より高くなって、遂には私の頭をすり鉢の底深くにおいた形で盛り上がる。 さっきのお返しの積りらしい。 もう私には周りの砂の壁とその上の狭く限られた空しか見えなくなる。 首もすっかり埋め尽されて、すり鉢の底にあごが直接触れている。
 祥子が上から覗いてにやりと笑い、『どうお?、ご気分は』とさっき言われた通りのことをきく。
 こちらもやや上向きかげんになって、さっきの祥子と同じように答える。
『うん、悪くはないね』
『もう少し埋めてあげるから、口を閉じててね』
『うん』
 祥子は手ですり鉢の底にまた砂を入れだす。 そして私の鼻のすぐ下まで埋めて、手でとんとんと固めてならす。 これで口も砂に埋まって開けられなくなり、鼻だけですうすう呼吸をつづける。
『どう、気持がいいでしょう』と祥子は楽しそうに言う。 もちろん返事は出来ず、にらみつける。 しかし、祥子はそれに気が付かないかのように澄ました顔をしている。
 上から美由紀と孝夫が少し心配そうに見下ろしている。 もう身体は全く動かない。 それに顔もうっかり動かすと壁が崩れて鼻まで砂で埋まってしまいそうで、動かすわけにいかない。 先程の祥子の心細い気分が解るような気がする。
 祥子が『さっきのお話だと、確か、お水をちょろちょろ掛けるんだったわね』と言って、視界から一度消え、またすぐに現われる。 そして、バケツを重そうに私の頭上に持って来て、ゆっくり傾けて水を私の頭の上からちょろちょろ掛け始める。 水が眼に入り、眼をつぶる。 水はさらに私の顔に厚い膜をつくって流れ下り、鼻も覆う。 私は鼻からの呼吸も出来なくなり、息を止めてじっとこらえる。
 そのうち我慢が出来なくなり、鼻から息を吸う。 鼻に水が入ってきて気管にも入ったらしく、はげしく咳き込む。 口が砂で塞がっているので、空気は鼻からぐすんぐすんと強く飛び出す。
 頭に掛かる水がとぎれる。 眼を開けて鼻で強く息を吸い、またはげしく咳き込む。 しかし、咳き込みは幸いにそれで止まる。 また大きく息を吸う。
 ほっとする間もなく、祥子が『ちょっと水をかけるわよ』と言って、バケツを頭上で逆さにする。 かなり多量に残っていた水が一度にざあっと私の頭に降り注ぐ。 一瞬また息を止める。 すり鉢に水が溜まり、鼻も眼も水に没する。 が、すぐに水は砂に浸み込んですうっと引いていって、鼻が水から出る。 しかし、息を吸う間もなく、鼻の所へ砂が崩れかかり、鼻が半分ほど埋まる。 『あっ、たいへん』と、美由紀が手を出して鼻の近くの砂を取り除いてくれる。 ほっとして鼻で大きく息を吸う。
 上で『ずいぶん思い切ったことをしますね』との孝夫の声がする。 『いいのよ。 祐治さんは喜んでるわよ』と祥子が言っている。 今の水で頭のまわりの砂の壁が少し崩れ、壁の裂け目から海が見えるようになる。
 3人が私の横に腰をおろす。 美由紀が小山の裾の方から少しづつ砂を取り去っているらしく、壁が崩れてだんだん低くなる。 そのうちに壁がなくなる。 美由紀はさらに私の口を埋めていた砂を取り除いてくれる。
『どう?。 祐治さんの見たのもこんな調子だった?』と祥子が笑いながら言う。
『うん。 余りよく憶えてないけど、あの時はもっとやさしく、カップか何かで水を掛けていたと思うよ』
『でも、それじゃ面白くないわよね』
 祥子はまた笑う。
 ついで祥子は右手で私の両唇を合せてつまみ、左手で鼻をつまむ。 少しの間、じっとしていて、そのうちに息がつまって首を振る。 右手がはずれる。 大きく息をする。 祥子は左手もはなして、『やっぱりすぐに外れちゃうわね』とまた笑う。 そのまま、3人は黙って私の顔を見ている。 私は手足や身体で砂の重みを感じながら、また幼い日の楽しい思い出に深く沈潜する。



 少しして祥子がぽつんと『そうね』と言う。 『こうやって簡単に埋めて色々といたずらするのもいいけど、せっかくこんな素晴らしい砂浜に来たのだから、砂と波とを充分に生かして、一度、本格的な生き埋めプレイをしてみたいわね』
『本格的?』と孝夫が聞き返す。
『ええ、そう』
 美由紀は横でひとり黙って、砂を少しづつ取り去り続けている。 私の肩がすっかり出る。
『本格的生き埋めってどんなのですか?』
『そうね』
 祥子は一息入れる。 そしてそのアイデアを述べ始める。
『まず、万が一にも自分で抜け出したり出来ないように、埋める前に手と足とをきっちり縛っておくの。 そして、正座した姿勢で砂浜に頭だけがちょこんと出るように深く埋めるの』
『なるほど』
 孝夫がうなずく。 私は何処か遠いよそのことのように感じながらも、耳に入ってくる会話から漠然とその状況を頭に思い描く。
『それから、時間は少なくとも数時間は埋めっぱなしにしたいわね』
『なるほど』
 孝夫がまた相槌を打つ。
『それから』
『え?、まだ、あるんですか?』
 孝夫がちょっとびっくりした顔をする。 私も少し気を曳かれて聞き耳を立てる。
『ええ、頭だけ出して砂に埋めるだけだと、単に長時間動けないというだけで興味が少ないし、あたし達が顔にいたずらするにしてもたかが知れてるわよね。 せっかく波の大きな海岸でプレイをするんだから、できればこの波も活用したいんだけど』
『というと?』
『ええ、つまり、どうせなら頭がちょいちょい波をかぶる位の場所に埋めて、自然の波がやってくるたんびに、それがそのまま責めとして有効に働くようにするの。 すると色々な大きさの波が次から次へとやってきて、今度来る波はどのくらい大きく頭を越すかを予想したりしてると、埋められてる本人も見てる方も退屈しないでたっぷり楽しめると思うんだけど、どうかしら』
『なるほど、すごいですね』
 孝夫が感心した顔をする。
 祥子が私に顔を向ける。
『祐治さんはどう思う?』
 私も祥子の豊富なイメージに感心する。 途切れることなく次々にやって来る波を、その度にいやおう無しに頭からかぶる本人が楽しめるかどうかは別として、祥子のこのプレイのアイデアは卓抜である。 そのようなプレイを実行するとなると、埋められ役は恐らくは私の所にまわって来る。 それも悪くはないが、ただ、今はまだじっくり考えて判断するのが億劫な気がする。
『そうだな』と曖昧な返事をする。
『でも』と横で孝夫が発言する。 『波が来る所に深く埋めるといっても、波打ち際に深い穴を掘るなんてとても出来ませんよ。 掘っても湧き水ですぐに崩れて埋まってしまいますから』
 しかし、祥子はいち早く対策を用意している。
『それはそうだけど、どのみち数時間は埋めておく積りなんだから、干潮で海が遠くにあるときに穴を掘って埋めておいて、満潮までゆっくり待つことにすれば大丈夫、出来るでしょう?』
『ああ、そう言うことですか』
 孝夫はちょっと意表を突かれた顔をする。 そしてうなずく。
『なるほど、干満の差が大きい時ならうまくいきますかね』
『そういえば』と美由紀が、なおも砂を取り去る手を動かしながら、横で言う。 『ゆうべ、お月様がまん丸に近かったから、もう大潮かしら』
『そうね。 大潮だといいわね』と祥子は嬉しそうな顔をする。 そして孝夫に訊く。
『孝夫、あの、大潮の時は、満潮と干潮とで海面にどの位の差があるのかしら?』
『そうですね。 大潮のときの高さの差は、この辺ではどこでも1メートル半くらい、と聞いてますけど』
『ああ、よかった』と祥子は声を弾ませる。 『それなら今の話も、きっとうまくいくわよ』
『ええ、そうですね』
 孝夫がうなずく。
 みんなの会話を聞いているうちに、私もようやく気分が高まり、その話に乗ってもいいような気持になってくる。 取りあえず、『なるほど、その話、だいぶ面白そうだね』と興味があることを表明する。
『ああ、嬉しい』と祥子がいかにも嬉しそうに言う。 『祐治さんも賛成して下さるなら、きっと出来るわよ』
『いや、まだ賛成と言ってる訳ではないよ。 興味があるだけだよ』
『いいえ。 こういう話は祐治さんは興味をお持ちになれば、きっと賛成して下さいます』
『うん、そうかな』
 私もうなずく。 このように話が進めば、もう決まったも同然である。 私は現在の動かない手足や体に砂の重みを感じながら、手足を縛られ、今よりももっと深く、首の所まで砂に埋められて、何時間も辛抱したあげくに、次々に打ち寄せてくる波をかぶってあえいでいる自分の姿を想像して、初めて経験することになるそのような強烈なプレイへの大きな期待と少しの不安とにうっとりした気分になる。
 ひととき雲の後ろに入っていた太陽がまた顔を出し、かあっと照りつける。 私の小山はもうほとんど取り払われ、再び乳首から下だけが埋まっているの状態になる。 美由紀が周りの砂の面をきれいにならしてくれる。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。