1
9月に入って2週間余りたったある水曜日の夜、電話のベルが鳴る。 受話器を取るといきなり、『祐治さん、お元気?』との祥子の声が飛び込んでくる。 まず、『うん、元気だよ』と応え、『急に電話をくれたりして、何か用かい?』ときく。
『ええ、あの、早速だけど』と祥子の声がはずんでいる。 『あの、今日、孝夫から連絡があってね。 例の箱がすっかり出来上がったんですって』
『ああ、とうとう出来たのかい。 それで?』
『ええ、それで、孝夫の家で今度の土曜日から日曜日にかけての2日間、また、かもめの会の合宿をしたいと思うんだけど、御都合いかがかしら?』
『そうだね』
私は頭の中でちょっと予定表を思い起こす。
『うん、その2日間なら空いてる』
『ああ、それはよかったわ』
祥子は嬉しそうに言う。 でも、なぜ、という疑問が起こる。
『でも、いきなり、2日間の合宿かい?。 また、どうして』
『ええ、今度の合宿では、その箱のテストもしてみたいのよ。 つまり、祐治さんを詰め込んで、一晩、置いといても大丈夫というテストを』
『ふーん』
『それに、その箱を実際、車で運ぶテストもしてみたいし、久しぶりに色々とプレイをするとなると、やっぱり2日間くらいは欲しくなったの』
『うん、なるほど』
私も箱に詰め込まれて一晩を過ごし、その後、車で運ばれる、というプレイのプランに魅力を感じてくる。 ただ、幾つか疑問も湧いてくる。
『ただ、車で運ぶと言っても、あの大きさの箱では、孝夫君の車のトランクには入らないんじゃないのかい?』
『ええ、そうなの。 それで孝夫が、家のライトバンを運転して運んでくれる、って言ってるの』
ああ、そう言えば、孝夫の家のガレージには何時もの乗用車ローレルの他に、ライトバンが1台あったっけ、と思い出す。
『ああ、それなら載るだろうね。 それで、どこへ運ぶ予定なの』
『あら、祐治さん。 気になるの?』
祥子の笑い声が響いてくる。
『いや、そんなに気になる訳ではないけど、そこまで話が進んでいるのなら、もう決めてあるかと思ってね』
『ええ、考えてあるわよ。 一応は、あたしのマンションに運び込んで貰う積りなの』
『ふーん。 そのことも孝夫君は知ってるんだね』
『ええ。 あたしのマンションだと、車から部屋まで大分、距離があるから、途中を何か台車でも使いますか、と言ってたわ』
『うん、分かった。 つまり、プランは完全だという訳だ』
『ええ、そうよ。 祐治さんは箱に詰め込まれて運ばれる運命から逃れられない、という訳』
祥子は電話の向こうで明るく笑う。
『うん、解った。 それだけ祥子が考えてくれてるプランなら、僕ももろ手を上げて賛成するよ』
『ああ、よかった』
祥子は改めて嬉しそうな声を出す。
『それで、合宿は孝夫君のお宅でするんだね?』
『ええ、そう。 まず、箱が現在、孝夫の家にあるので』
『うん、それはそうだね。 ただ、孝夫君のお宅を合宿に使わせて貰うのがちょっと気になるけど、お宅の人に悪くはないのかい?』
『ええ、孝夫の家の人はこのところ、また皆で田舎の家に行ってて、孝夫1人でお留守番なんですって。 だから、あたし達のプレイも気兼ねなしに自由に出来そうなのよ』
『ふーん、それはいいね』
『それに今度の合宿では、他にもいくつかプレイを考えていて、それをするのにも孝夫の家が一番いいの。 それから荷物を運びだすプレイも、あのガレージから出すのが一番便利だし』
『うん、解った。 当日は僕も必ず参加して、孝夫君のお宅に伺うよ』
『ええ、そうして。 祐治さんが居ないと、計画の大部分が出来なくなるから』
『つまり僕は、プレイのキー・パースン、兼、工作材料、と言う訳なんだ』
『ええ、そうよ。 嬉しいでしょう?』
『まあね』
2人で電話機越しに声を合せて笑う。
2
ちょっと話題を変える。
『それでその2日間は、メンバーはみんな揃うのかい?』
『ええ、あたしと美由紀と孝夫はO.K.。 邦也さんは孝夫が連絡することになっているけど、多分大丈夫でしょう、って孝夫が言ってたわ』
『ああ、それじゃ、また、全員が揃うわけだね』
『ええ、そう』
私はメンバーの顔を思い浮かべながら、プレイに思いをはせる。
と、祥子が続ける。
『それに、今度はそれだけじゃないの』
『というと?』
『じつはね。 今度からもう1人、新しい人が加わりそうなのよ』
『えっ、新しい人?』
私は思いがけない祥子の言葉に思わず声をあげる。 そして聞き返す。
『一体、それはどんな人なの』
『あの、レイコさんという女の人。 実は孝夫のおさな馴染みで、今はいいなずけと言うことになっている人なの』
『ふーん、レイコさんというの。 どんな字を書くの』
『ええ、あの、玉偏、つまり王様の王を偏にして右に命令の令という字を書く、よく見る「玲」という字に子と書くの』
『ああ、「玲子」ね』
私は頭の中でその名前を描いてみる。 美しく明敏そうな名前だなと思う。
祥子が続ける。
『あたしは玲子さんとは何回か会ったことがあるけど、とてもきれいで明るい人よ。 孝夫と同じで、余りSでもMでもないらしいけど、とても好奇心が強くて、孝夫から「かもめの会」の話を聞いて、是非入れてくれって言うんですって』
『ふーん』
私は祥子の説明を頭の中で反芻する。 そして、とてもきれいで明るい人、と言う言葉に惹かれる。
『そうだね。 孝夫君のいいなずけの人、というなら、信頼できるだろうね』
『ええ、あたしもそう思ったの。 とにかく、とてもいい人で、孝夫と同じように色々と手伝って貰えて助かると思うわ。 それに男女の数のバランスから言ってもいいと思って、「他のメンバーに異存がなければ、あたしは入って貰ってもいいわよ」って、孝夫には返事をしておいたんだけど』
私には考える余地はなくなる。
『うん、そういう人なら僕も異存はないよ』
『じゃ、祐治さんもいいわね。 美由紀もいいって言うし、邦也さんには孝夫から話すことになってるから、邦也さんも反対でなかったら、とにかく一応、今度の合宿に来て貰うことにするわ。 ほんとに入って貰うかどうかは、そこでまた話を聞いて決めればいい訳ですものね』
『うん、そうだね』
話が一段落する。 一息入れて祥子が話題を変える。
『それで、土曜日の時間なんだけど』
『うん』
『今度の合宿はなるべく長くプレイの時間を取りたいので、朝の10時頃に集まったらどうかって、孝夫と話してたの。 美由紀は「それでいい」って言ってるけど、祐治さんはどうかしら?』
『うん、10時なら僕も大丈夫だ』
『ああ、そう。 じゃ、そういうことにするわね』
『うん、解った。 それじゃ、10時に孝夫君のお宅だね。 必ず伺うよ』
『ええ、私達も必ず時間までに行ってるわ』
『うん、僕も遅れないで行く』
時間の打合せもこれで終る。
『もう、打ち合せておくことはなかったかな』
『ええ、いいと思うわ。 それで、プレイのプランはあたしが考えておくから、期待しててね』
『うん』
『それから』。 祥子の声が急に笑いを含んでくる。 『祐治さん、当日はあまり水分はとらないでおいてよね。 プレイの都合があるから』
私も少し笑いを含んで応える。
『うん、解った。 節制しておく』
『じゃ、土曜日の朝10時にお願いね』
電話が切れる。
電話が切れた後も、箱のことを考えてなかなか興奮が去らない。 それに玲子さんってどんな人かしらと期待に胸がはずむ。