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2.1 電話連絡

第2章 箱詰めテスト第1日
05 /06 2017


 9月に入って2週間余りたったある水曜日の夜、電話のベルが鳴る。 受話器を取るといきなり、『祐治さん、お元気?』との祥子の声が飛び込んでくる。 まず、『うん、元気だよ』と応え、『急に電話をくれたりして、何か用かい?』ときく。
『ええ、あの、早速だけど』と祥子の声がはずんでいる。 『あの、今日、孝夫から連絡があってね。 例の箱がすっかり出来上がったんですって』
『ああ、とうとう出来たのかい。 それで?』
『ええ、それで、孝夫の家で今度の土曜日から日曜日にかけての2日間、また、かもめの会の合宿をしたいと思うんだけど、御都合いかがかしら?』
『そうだね』
 私は頭の中でちょっと予定表を思い起こす。
『うん、その2日間なら空いてる』
『ああ、それはよかったわ』
 祥子は嬉しそうに言う。 でも、なぜ、という疑問が起こる。
『でも、いきなり、2日間の合宿かい?。 また、どうして』
『ええ、今度の合宿では、その箱のテストもしてみたいのよ。 つまり、祐治さんを詰め込んで、一晩、置いといても大丈夫というテストを』
『ふーん』
『それに、その箱を実際、車で運ぶテストもしてみたいし、久しぶりに色々とプレイをするとなると、やっぱり2日間くらいは欲しくなったの』
『うん、なるほど』
 私も箱に詰め込まれて一晩を過ごし、その後、車で運ばれる、というプレイのプランに魅力を感じてくる。 ただ、幾つか疑問も湧いてくる。
『ただ、車で運ぶと言っても、あの大きさの箱では、孝夫君の車のトランクには入らないんじゃないのかい?』
『ええ、そうなの。 それで孝夫が、家のライトバンを運転して運んでくれる、って言ってるの』
 ああ、そう言えば、孝夫の家のガレージには何時もの乗用車ローレルの他に、ライトバンが1台あったっけ、と思い出す。
『ああ、それなら載るだろうね。 それで、どこへ運ぶ予定なの』
『あら、祐治さん。 気になるの?』
 祥子の笑い声が響いてくる。
『いや、そんなに気になる訳ではないけど、そこまで話が進んでいるのなら、もう決めてあるかと思ってね』
『ええ、考えてあるわよ。 一応は、あたしのマンションに運び込んで貰う積りなの』
『ふーん。 そのことも孝夫君は知ってるんだね』
『ええ。 あたしのマンションだと、車から部屋まで大分、距離があるから、途中を何か台車でも使いますか、と言ってたわ』
『うん、分かった。 つまり、プランは完全だという訳だ』
『ええ、そうよ。 祐治さんは箱に詰め込まれて運ばれる運命から逃れられない、という訳』
 祥子は電話の向こうで明るく笑う。
『うん、解った。 それだけ祥子が考えてくれてるプランなら、僕ももろ手を上げて賛成するよ』
『ああ、よかった』
 祥子は改めて嬉しそうな声を出す。
『それで、合宿は孝夫君のお宅でするんだね?』
『ええ、そう。 まず、箱が現在、孝夫の家にあるので』
『うん、それはそうだね。 ただ、孝夫君のお宅を合宿に使わせて貰うのがちょっと気になるけど、お宅の人に悪くはないのかい?』
『ええ、孝夫の家の人はこのところ、また皆で田舎の家に行ってて、孝夫1人でお留守番なんですって。 だから、あたし達のプレイも気兼ねなしに自由に出来そうなのよ』
『ふーん、それはいいね』
『それに今度の合宿では、他にもいくつかプレイを考えていて、それをするのにも孝夫の家が一番いいの。 それから荷物を運びだすプレイも、あのガレージから出すのが一番便利だし』
『うん、解った。 当日は僕も必ず参加して、孝夫君のお宅に伺うよ』
『ええ、そうして。 祐治さんが居ないと、計画の大部分が出来なくなるから』
『つまり僕は、プレイのキー・パースン、兼、工作材料、と言う訳なんだ』
『ええ、そうよ。 嬉しいでしょう?』
『まあね』
 2人で電話機越しに声を合せて笑う。



 ちょっと話題を変える。
『それでその2日間は、メンバーはみんな揃うのかい?』
『ええ、あたしと美由紀と孝夫はO.K.。 邦也さんは孝夫が連絡することになっているけど、多分大丈夫でしょう、って孝夫が言ってたわ』
『ああ、それじゃ、また、全員が揃うわけだね』
『ええ、そう』
 私はメンバーの顔を思い浮かべながら、プレイに思いをはせる。
 と、祥子が続ける。
『それに、今度はそれだけじゃないの』
『というと?』
『じつはね。 今度からもう1人、新しい人が加わりそうなのよ』
『えっ、新しい人?』
 私は思いがけない祥子の言葉に思わず声をあげる。 そして聞き返す。
『一体、それはどんな人なの』
『あの、レイコさんという女の人。 実は孝夫のおさな馴染みで、今はいいなずけと言うことになっている人なの』
『ふーん、レイコさんというの。 どんな字を書くの』
『ええ、あの、玉偏、つまり王様の王を偏にして右に命令の令という字を書く、よく見る「玲」という字に子と書くの』
『ああ、「玲子」ね』
 私は頭の中でその名前を描いてみる。 美しく明敏そうな名前だなと思う。
 祥子が続ける。
『あたしは玲子さんとは何回か会ったことがあるけど、とてもきれいで明るい人よ。 孝夫と同じで、余りSでもMでもないらしいけど、とても好奇心が強くて、孝夫から「かもめの会」の話を聞いて、是非入れてくれって言うんですって』
『ふーん』
 私は祥子の説明を頭の中で反芻する。 そして、とてもきれいで明るい人、と言う言葉に惹かれる。
『そうだね。 孝夫君のいいなずけの人、というなら、信頼できるだろうね』
『ええ、あたしもそう思ったの。 とにかく、とてもいい人で、孝夫と同じように色々と手伝って貰えて助かると思うわ。 それに男女の数のバランスから言ってもいいと思って、「他のメンバーに異存がなければ、あたしは入って貰ってもいいわよ」って、孝夫には返事をしておいたんだけど』
 私には考える余地はなくなる。
『うん、そういう人なら僕も異存はないよ』
『じゃ、祐治さんもいいわね。 美由紀もいいって言うし、邦也さんには孝夫から話すことになってるから、邦也さんも反対でなかったら、とにかく一応、今度の合宿に来て貰うことにするわ。 ほんとに入って貰うかどうかは、そこでまた話を聞いて決めればいい訳ですものね』
『うん、そうだね』
 話が一段落する。 一息入れて祥子が話題を変える。
『それで、土曜日の時間なんだけど』
『うん』
『今度の合宿はなるべく長くプレイの時間を取りたいので、朝の10時頃に集まったらどうかって、孝夫と話してたの。 美由紀は「それでいい」って言ってるけど、祐治さんはどうかしら?』
『うん、10時なら僕も大丈夫だ』
『ああ、そう。 じゃ、そういうことにするわね』
『うん、解った。 それじゃ、10時に孝夫君のお宅だね。 必ず伺うよ』
『ええ、私達も必ず時間までに行ってるわ』
『うん、僕も遅れないで行く』
 時間の打合せもこれで終る。
『もう、打ち合せておくことはなかったかな』
『ええ、いいと思うわ。 それで、プレイのプランはあたしが考えておくから、期待しててね』
『うん』
『それから』。 祥子の声が急に笑いを含んでくる。 『祐治さん、当日はあまり水分はとらないでおいてよね。 プレイの都合があるから』
 私も少し笑いを含んで応える。
『うん、解った。 節制しておく』
『じゃ、土曜日の朝10時にお願いね』
 電話が切れる。
 電話が切れた後も、箱のことを考えてなかなか興奮が去らない。 それに玲子さんってどんな人かしらと期待に胸がはずむ。

2.2 玲子

第2章 箱詰めテスト第1日
05 /06 2017


 玄関でボタンを押すと、中でチャイムの鳴る音がして、孝夫が顔を出す。
『あ、いらっしゃい。 どうぞ中へ入って』
 すぐに応接間に案内される。 応接間には祥子と美由紀と、それにもう1人、初めての女の子がソファに座っていて、皆が私の顔を見て立ち上がる。 そして、祥子が要領よく紹介してくれる。
『では、ご紹介しますわ。 こちらが孝夫のいいなずけの玲子さん。 T女子医科大学の3年生。 それから、こちらが祐治さんで、T大の物理工学科のマスター・コースの2年生。 あたし達のかもめの会のヒーローなのよ』
 お互いに『よろしく』と頭を下げる。
 挨拶を終えて、3人はまたソファーに、私はそれに向かい合ったアームチェアに腰を下ろす。 孝夫も横のアームチェアに座る。
 早速、前の玲子に話しかける。
『T女子医大というと、玲子さんはお医者様の卵なんですか?』
『ええ、そうです。 父が医者で、開業しているものですから』
 祥子に向って言う。
『そうすると、祥子とよく似ているね』
『ええ、そうね。 医者と歯医者との違いだけね』
『とにかく、頼もしい仲間だね』
 私はひとつうなずいてから、また訊く。
『それで、ご専門は?』
『まだ決まっている訳ではありませんけど、循環器系統を勉強する積りです』
『というと、心臓とか、血管とかいう方向ですか』
『ええ、そうです』
『そう言えば、T女子医科大学は心臓外科で有名ですね』
『ええ、よく御存知ですね。 でも、あたしは心臓の手術をする自信はありませんわ』
 玲子はにっこり笑う。 横から祥子が言う。
『あたしは、玲子さんが居て下さると、我々の会でプレイが行き過ぎて医学的に危険になるのを、防げるんじゃないかって期待してるんだけど』
『そうだね』
 私はまたうなずく。
『でも』と玲子はまた笑顔を見せて言う。 『あたし、まだ、実地のことは何も知らないので、御期待に添えるかどうか、分りませんわ』
『ええ、それでも、あたし達素人よりはずっと解っていらっしゃるでしょう?。 よろしく、お願いしますわ』
『ええ。 仲間に加えていただいたら、出来るだけ御期待に添えるように努力します』
 玲子の答えはとても素直である。 私は玲子がすっかり気に入る。 孝夫の顔を見る。 孝夫は自分のいいなずけの、てきぱきした素直な話ぶりに、すっかり満足した顔で問答を聞きいっている。
 また、玲子との会話に戻る。
『ところで、玲子さんは孝夫君とは小さい時からのお知り合いなんですってね』
『ええ、あたしと孝夫さんとは幼稚園から小学校の低学年までずっと同級生で、よく一緒に遊んでましたの。 孝夫さんはあたしより約半年年上で、その頃からもうすっかり兄貴ぶっていて』
『それで、その後、順調に話が進んだという訳ですか?』
『ええ。 孝夫さんはその頃から、大きくなったらあたしをお嫁さんにするんだなんて言ってましてね。 あたし、お嫁さんって意味がよく解らなかったんですけど、そんなものかなって思っていましたの。 孝夫さんだって、意味がほんとに解っていたとは思えませんけど。 でも、あたしも孝夫さんが子供同志の意味で好きでしたから、そのまま何となくその積りになって、そのうちにいいなずけと言うことになってしまって、両親も承認した形になっていますの』
 少しはにかみながらの玲子の答えに、またまた嬉しくなる。
『いいですね。 羨ましいな』と私がいう。
『いったい何が?』と祥子が横から口を出す。
『いや、全てがだよ』
 私はにやにやする。 孝夫も横でにやにやしている。
『それで』と私が笑いながら、また問い掛ける。 『玲子さんは我々のかもめの会のことをどうしてお知りになりました?。 ほんとは秘密結社の筈だったんですけどね』
『それはですね』と孝夫が話を取って、頭をかきながら言う。 『あの、この前の西伊豆での写真のアルバムをうっかり玲子さんに見られてしまいましてね。 それで、しつっこくきかれて、つい白状してしまいまして』
『それは懲罰ものね』と祥子がちゃちを入れる。
『まことに申し訳ありません』と孝夫がぴょこんと頭を下げる。
 皆が大笑いする。
『でもそのお蔭で、こんな素晴らしい人をメンバーに加えることが出来たら、表彰ものだよ』と私がいう。 皆がもう一度、大きく笑う。



 玄関の方でチャイムの音がする。
『ああ、きっと邦也さんですよ。 僕、ちょっと見てきます』と言って孝夫が出ていく。
 すぐに孝夫が戻ってくる。 つづいて邦也が、『やあ、遅れまして』と言いながら部屋に入ってきて、玲子とも軽く目礼して、空いているもう一つのアームチェアに腰を下ろす。
 私が声をかける。
『邦也君は、玲子さんを前から知ってたのかい?』
『ええ、何回か会ったことがあります。 孝夫君と2人で居るのを、いつも羨ましく見ていた方です』
 玲子がまた恥ずかしそうに顔を伏せる。
『所で、今、何をしてたんですか?』と邦也が誰とはなしにきく。
『うん』と私が受けて、笑いながら答える。
『玲子さんが我々のかもめの会に入りたいと言われているそうなので、資格審査のための尋問をしてたんだ』
 玲子が『あれっ』といった顔をする。
『いや、尋問だなんて。 それは祐治さん一流のジョークですよ』と孝夫がいう。
『でも』と私がまた笑いながら言う。 『玲子さんは我々の会に入会をご希望なんでしょう?。 そうしたら、本当に信頼できる人かどうか、しっかり確かめておかなければ。 何しろ、我々の「かもめの会」は、世間の目をはばかる秘密結社なんですからね』
『はい。 何でもお受けいたします』
 玲子がことさらに姿勢を正して頭を下げる。 皆がまた笑い出す。
『まあ、尋問はともかくとして』と私は話をつづける。 『さっきの話のつづきだけど、玲子さん、あのアルバムを見て、びっくりしたでしょう?』
『ええ、ほんとに。 あたし、孝夫さんとは生まれてからずうっとみたいなお付合いだったのに、このようなことに関係してたなんて全然知らなかったものですから。 それで、アルバムを見たときは心配になって、つい、しつっこくきいたりして』
 玲子はすまなさそうな顔をする。
『まあ、それは無理もないね。 これから一生、苦楽を共にしようとする人がそんなことをしてると知ったら、誰でもそうするだろうね』
『そうよね。 当然よね』と祥子も横で言う。 そして、玲子を安心させるかのように説明を加える。 『でも、孝夫は直接プレイはしないのよ』
『ええ』
 玲子はうなずく。 祥子が続ける。
『あの、この会ではね。 Sの役割はもっぱらあたしと、それにこれからは邦也さんにもやって貰う積りで、それから、Mの方は祐治さんと美由紀が引き受けてくれてるの。 それで、孝夫には色々なお手伝いと記録とをお願いしてるのよ』
『ええ、孝夫さんからもそう聞きました。 それにアルバムからもそうと解って、大分安心しました』
『すると』と邦也が横から言う。 『玲子さんは余りSでもMでもないわけだね』
 玲子が少しはにかみながら応える。
『ええ、そうかも。 でも、安心した途端に、この会にとても興味がわいてきて。 それに、孝夫さんのやってることは何でも知っておきたかったものですから、無理を言って、今日、参加させていただきましたの』
『それは御馳走さま』
 祥子がそう言って、皆が笑う。
 私が念を押す。
『でもこの会に入ったら、時々は縛られたり、責められたりすることになりますよ』
 玲子が神妙に応える。
『ええ。 それは覚悟してます。 できるだけ皆さんとご一緒に楽しく過ごせるように、何でも致します』
『それは良い心掛けだ』と邦也。 また皆が笑い出す。
 一緒に笑いながらも、私は邦也の口調が先日とはちょっと変わったな、と感じる。 確か、先日は「です」口調一本だったが、今日は「だ」口調がかなり混じっている。 これが本来の邦也の口調なのであろう。 そして、邦也はこの会の雰囲気に大分慣れて来て、おまけに玲子という会の後輩の出現で会の中での心理的席次が末席から上がって、自信を取り戻して本来の自分が出てきたのであろう、と考え、面白く感じる。
 皆の笑いが収まった所で、『さて』と皆を見回す。 皆も私を注目する。
『これで玲子さんの人柄も覚悟も大体分かったので、入会を許可するかどうかを決める訳だけど、どういう風にしようか』
 祥子が言う。
『そうね。 それは今まで祐治さんがずうっと話を進めて下さったのだから、そのまま続けてやって下さらない?』
『うん、そうだな』
 私はうなずく。 そして姿勢を正して、改めて皆を見回す。
『じゃ、改めてみんなの意見を聞くけど、まず、祥子は?』
『ええ、あたしには異存はないわ』
『美由紀は?』
『あたしもいいわ』
『邦也君は?』
『もちろん、歓迎するよ』
『孝夫君はもちろんいいね』
『はい』
『それに僕も大歓迎したい心境だから』
 私はそこで一息入れて宣言する。
『じゃ、これで我々は全会一致で、喜んで玲子さんを「かもめの会」に迎え入れることにいたします』
 皆がにこにこして拍手する。 邦也は『ブラボー』と言って、ひときわ強く拍手する。 玲子が『有難うございます』と軽く頭を下げる。 孝夫がほっとした顔をしている。

2.3 歓迎会

第2章 箱詰めテスト第1日
05 /06 2017


『さて』と私は再び皆を見回して、提案する。
『これで玲子さんの入会も決まったことだから、また地下の遊戯室をお借りして、玲子さんの歓迎会をしたらどうかな?』
 邦也が、待ってました、とばかりに『賛成!』と声を上げる。 しかし、美由紀は
『歓迎会って、また新しい人を吊って乾杯するの?』
と言って首をかしげる。 そして言う。
『でも、玲子さんが余りMでもないとするとお気の毒よ』
『そうね』
 祥子も首をかしげる。 そして誰へともなしに訊くように言う。
『玲子さんは、どういうことをするのかをご存知なのかしら』
『ええ』と孝夫が答える。 『この前、邦也さんの時に何をしたかは、玲子さんに一応、話しておきましたけど』
 そこで私がきく。
『で、玲子さんは大丈夫かい?』
 玲子が即座に答える。
『ええ。 皆さんがなさることでしたら、一生懸命辛抱します』
 そしてさらに
『それに孝夫さんも西伊豆で一度、吊られたことがあるとかで、あたしも同じ経験をしてみたい気がしてますの』
と付け加えてにっこり笑う。
『それならいいけど』
 祥子がまた『ご馳走さま』と言って皆を笑わせる。
『じゃ』と皆が立ち上がる。 そして台所へ行って、ビールの中瓶2本とコップ6つとを用意し、それを皆で持って、階段を下りて遊戯室に行く。
 途中で話しかける。
『玲子さんは地下の遊戯室がどんな所かは御存じなんだね?』
『ええ、この家にはよく遊びにきますから』
『ああ、そうだ。 孝夫とは幼なじみのいいなずけだったんだっけ』
『ええ』
 玲子は恥ずかしそうに下を向く。 その初々しさにまた心を引かれる。



 地下室に着く。 孝夫が壁のスイッチで天井の蛍光灯をつけ、天窓のシャッターを閉めて外からの光を遮断する。 そしてこの前の鳥の絵を柱に掛ける。 その間に邦也がやはりこの前に用いた3本立てのローソク立てを、部屋の隅から持ってきてテーブルの中央に置く。 ローソク立てには3本のローソクがこの前のまま立っている。 テーブルの上にコップを並べて乾杯の用意をする。 玲子も特に興奮している様子もなく、ごく自然に手を出して手伝っている。
 テーブルの準備などが終わる。 まず、玲子に念を押す。
『それで、入会の儀式は新入会員の両手を後ろ手に縛って、そこのフックに宙づりにして、その姿のままで誓いの言葉を述べて貰い、皆で乾杯をするんだけど、いいね』
『ええ』
 玲子は小さくうなずく。
『じゃ、祥子、また、縛ってくれるかい?』
『ええ、いいわ』
 祥子が紐を持って玲子に近づく。
 玲子は背は祥子より少し低く、160センチ位か。 すらっとした体型で、今日は白地に赤の花模様のあるTシャツを着て、エンジ色のパンタロンをはいている。
『それじゃ、ちょっと両手を後ろにまわして』
『はい』
 玲子は両手を後ろにまわし、自分で両手首を重ね合せる。 祥子は手早く両手首を縛り合せ、紐の先をそれぞれ左右に腰を1周りさせて、ぐっと引き締めて結び合せ、また手首に戻して縛りつける。 玲子は祥子のなすがままに任せ、首をまわして、見える限りの祥子の作業ぶりを興味深そうに見ている。 その穏やかな顔は好奇心に満ちて、縛りの感覚をじっくり味わっているかのように見える。
『どう、痛くない?』と祥子がきく。
『ええ、大丈夫』
 次に祥子は二の腕の上から少し太い紐を胸のふくらみの上と下とに2回づつ巻き、ぐうっと締めて結び合せる。 玲子が一瞬、歯をくいしばる。 しかし、すぐにまた穏やかな顔に戻る。
 ついで祥子は別の少し太い紐を腰に2重に巻いて腰の後ろで結び、股にお手拭きのタオルを折ったものを当てて今の紐の先の1本を股の下を通して前に出し、前の紐をくぐらせてからまた股の下を後ろに戻し、ぐうっと締めて結び付けてふんどしの形にし、その先を2本揃えて延ばして、背中で胸の紐につなげる。 そしてまた、
『どう、痛くない?』ときく。 玲子はまた、
『ええ、大丈夫』
と答える。 両足首も縛り合せる。
 顔を見ながら私が訊く。
『玲子さんは、縛られるのは初めてかい?』
『いいえ。 この前、孝夫さんの話をきいて、一度、会に行ってみたいって言ったとき、経験にって孝夫さんが縛ってくれました』
 そう答えた後、玲子は自分の胸から腰に掛けての紐を見回して言う。
『でも、こんなにきっちりしてなかったわ』
『そりゃあ、そうだよ』と孝夫。 そして自慢するように言う。 『祥子さんは我々のなかでも一番縛るのがうまいんだ。 きっちり締まっていて、しかも少しも痛くないだろう?』
『ええ、ほんとにそうね』
 玲子はなおも紐を見回し、しきりに身体を動かしてみている。 その好奇心に満ちた表情は最初と変らず、息も少しも乱れてない。 横で邦也が如何にも感心して言う。
『玲子さんって、すごいね。 僕がこの前、初めて縛られたときには、すっかり興奮しちゃって息がはずんで、口の中がからからだったよ』
 そうこうするうちに祥子は一通りの縛りを終える。
『それじゃ、吊るのはまた、男の方達でお願いね』
『うん』
 すぐに邦也が脚立に上って天井の中央のフックに差動滑車を掛け、ロープを垂らす。 そして孝夫が玲子を滑車の下に抱えていき、立たせて背中の紐にロープのフックを掛ける。
 玲子を吊る準備がすっかり出来上がった所で、祥子が『はい、いいわ。 それでちょっと待っててね』と言う。 玲子が『はい』と応える。
『それで、ものは相談だけど』と祥子が皆を見回す。 皆が祥子の顔を見る。 特に孝夫が心配そうな顔をする。
 祥子は続ける。
『これはあたし達の会の最も神聖な儀式の一つだから、みんなも出来るだけ身なりをそれなりに整えて臨んだ方がいい思うんだけど、どうかしら』
 皆がきょとんとした顔をする。 私もとっさには解らず、また何かあるな、と思いながら、先をうながす。
『それはそうだろうな。 それで?』
 祥子は言う。
『ええ、それで、祐治さんと美由紀とはMを担当するメンバーだから、紐できちんと身ごしらえして貰ったらどうかしら』
『なるほど、そんな考えもあるかな』
 孝夫がほっとした顔をする。 邦也はまた目を輝かす。 玲子も興味深そうに成行きを見守っている。
『ね、そうしましょうよ』と祥子がさらに押してくる。 私も悪くはないような気がしてくる。
『そうだね。 じゃ、そうするか』
『まあ、嬉しい』
 祥子は如何にも嬉しそうな顔をする。 そして美由紀に向かって、『美由紀もいいわね』と念を押す。 美由紀も『ええ』とうなずく。
 祥子がてきぱきと指示を与える。
『じゃ、邦也さんは美由紀に紐を掛けてね。 あたしは祐治さんに掛けるから』
『うん、引き受けた。 それで縛り方は?』
『そうね。 やっぱり高手小手がいいわね。 ただし、足は縛らないで自由なままにしておきましょう』
『うん、解った』
『それから、孝夫はその間に玲子さんの縛りの記録をとっておいてね』
『はい』
 みんながそれぞれに動き始める。
 私はスポーツ・シャツとズボンを脱ぎ、ざっとたたんで椅子の上に置く。 そして、シャツとズボン下の下着姿で立って、背中に手をまわす。 美由紀はTシャツのままで両手を後ろに回して立つ。 祥子と邦也がそれぞれ私と美由紀の後ろにまわり、各々を標準的な高手小手に縛り上げる。 孝夫はカメラを持ってきて、後ろ手姿に縛られて頭上のフックに繋がれている玲子の周りを回りながら、写真を3枚ばかり撮る。 玲子は興味深そうな顔をして、私と美由紀の縛られていく様子を見ている。 孝夫は玲子の写真を撮り終えて、またファインダーをのぞいて、きっちりした高手小手に縛られていく私と美由紀の姿をカメラに収めている。



 私と美由紀の縛りが終る。 祥子が玲子に『お待ち遠さま』と言う。 玲子は『いいえ』と応えてにっこり笑う。
『吊るのは孝夫がやってあげて』
『はい』
 孝夫がロープをにぎる。 そして、『じゃあ、いいね』と念を押す。 玲子は孝夫の方に顔を向けてにこっと笑いながら『ええ』と応えて小さくうなずく。 そして、顔を正面に戻して軽く目を閉じる。
 孝夫がロープをゆっくりたぐり始める。 玲子の背中のロープが次第に張ってくる。 そしてしまいにぴんと張る。 玲子が身体を一杯にのばし、かかとを上げる。 ぐらっと体がゆれ、空中に浮く。 玲子が『むっ』と声を出して歯をくいしばる。 孝夫は一瞬、ぎくっとして手を止める。 しかし、すぐにまたロープをたぐり始める。
 玲子の身体が次第に上がっていく。 足が床から30センチほど上がった所で孝夫は手を止め、祥子に訊く。
『この位でどうですか?』
『ええ、いいわ』
 孝夫はロープの先を横の柱の環に結び付けて留める。 そして、ゆっくり右回りにまわっている玲子の身体をテーブルの方に向かせて止める。 玲子がうっすらと眼をあける。
『大丈夫?』と美由紀が心配そうにきく。 玲子はちょっと笑顔を見せて、『ええ。 何とか辛抱できそう』と小声で答える。
 祥子が3本のローソクに火をつけ、孝夫が蛍光灯を消してくる。 吊られた玲子の姿がローソクの明かりの中に妖しく浮かぶ。
『それじゃ、玲子さんの入会の儀式を始めるから、みんな適当に並んで、柱の絵の方に向いて』
との祥子の指示で皆が動いて、吊られている玲子を先頭に祥子と美由紀が並んで立ち、その後ろに私と邦也が立つ。 孝夫は玲子を絵の方に向かせてから、私の横に来て立つ。
 祥子が手を合せて頭を下げる。 孝夫と邦也も手を合せて頭を下げる。 美由紀と私は後ろ手のまま頭を下げる。 玲子も頭を垂れている。
 祥子が頭を上げ、皆もならって頭を上げる。 祥子が唱える。
『今日、あたし達の「かもめ」の会は、またここに新しい会員、玲子さんを迎えます。 あたし達が今後ますます楽しいプレイを無事に続けることが出来ますように、ここに玲子さんの吊りを奉納してお祈りいたします』
 祥子がまた頭を下げる。 皆もまた頭を下げる。
 祥子は頭を上げて玲子の横に行き、1枚の白い紙を取り出して、右手で玲子の体を軽く抑えながら左手で玲子にそれを見せる。
『それじゃ、この誓いの言葉を読み上げて』
『はい』
 それはどうやら、この前の邦也の時のと同じ紙らしい。 玲子は一度黙読したあとで、きれいな声で読み上げる。
『誓いの言葉。 わたくしは、今後、かもめの会の一員として、プレイの健全な発展と楽しみのために、誠心誠意、行動することを誓います』
 朗々と読み上げ終って、玲子はまた軽く頭を垂れる。 外のものも皆、頭を下げる。 祥子が頭を下げたまま、小さな声で、『色即是空、空即是色』と唱える。 私も神妙な気持になる。
 やがて祥子は頭を上げる。
『じゃ、乾杯に移りましょう』
 孝夫が玲子をテーブルの方に向きを変えさせ、祥子と邦也が2本のビール瓶の蓋をあけて、6つのコップに注ぎ分ける。 5人がテーブルの周りに立つ。
『じゃ、コップを持って』と言って、祥子が両手に一つづつコップを取り上げる。 邦也と孝夫も両手に一つづつコップを持つ。 私と美由紀は手を出せないのでそのまま立っている。
 祥子が右手のコップを高くささげて、この前とほぼ同じ言葉をとなえる。
『それでは、今日また新しく、あたし達の「かもめの会」に入会した玲子さんを歓迎して、乾杯!』
 6つのコップがテーブルの中央でカチャンと音をたてる。 祥子が私に、邦也が美由紀にそれぞれビールを一口飲ませてから、自分たちも一口飲む。 孝夫は歩いて行って、玲子の身体を動かぬように左手で支えながら、コップを口に当てる。 玲子が素直に一口飲む。 孝夫は戻って来て自分のを飲む。 邦也と孝夫と祥子の3人がぱちぱちと拍手する。 玲子が軽く頭を下げる。



『ところで、潜水マスクはどうしようかしら』と祥子が誰へともなく言う。 孝夫が心配そうに祥子の顔を見る。
 少し離れて吊られている玲子が、『あの』と声を掛けてくる。 すぐに近くに行って、孝夫が心配そうに訊く。
『え、何か?。 痛いのかい?』
 玲子が言う。
『あの、潜水マスクって、孝夫さんも邦也さんもおやりになったプレイでしょう?。 あたしも何とか我慢しますから、同じにやって貰って』
『えっ、本当に大丈夫かい?』
 孝夫が心配そうな顔をするのに、玲子は『ええ』と小さくうなずく。
 それをこちらから見ていた祥子が言う。
『そうね。 それじゃ、一度本当のプレイの苦しさとそれを通しての楽しさを味わって、会に参加した実感を持って貰うために、やっぱりやらせて貰うわね』
 そして祥子は隅の段ボール箱の中から例の潜水マスクを取り出してきて、玲子にそれを示し、『じゃ、いいわね』ともう一度、念を押す。 玲子はちょっと不安そうにマスクを眺めて、小さくうなずく。
 孝夫が玲子の体を支える。 玲子は孝夫に全てを任せて安心し切ったような穏やかな顔になって、静かに眼をつぶる。 祥子は椅子に乗って腰をかがめ、玲子の顔にマスクを念入りにセットする。 終わって孝夫が玲子の体からゆっくり手をはなす。 玲子はマスクの中でまた『むっ』と小さい声を出し、歯をくいしばった様子をみせる。
 祥子は椅子からおりて、しばらく玲子の顔を見つめる。 玲子はちょっと眼をあけて祥子を見て、それからその横の孝夫の顔を見て、小さくうなずいてみせて、すぐまた眼をつぶる。 もうすでに呼吸の要領をつかんだらしく、静かに鼻で息を吸い、口で吐くをくり返している。
 祥子が鼻の部分からのびているパイプを手にとり、キャップをはずす。 そして、指でパイプの口をふさいで、玲子の顔を見上げる。 皆も玲子の顔を見上げる。
 8秒ほどして、玲子が眼をつぶったまま顔を振る。 祥子が指をはなす。 玲子が大きく息をする。 孝夫がほっとした顔を見せる。
 しばらくしてまた、祥子が指でパイプの口をふさぐ。 10秒はどして、玲子が身体をくねらす。 指をはなす。 玲子は眼をつぶったままおとなしくなる。
『もう、要領は解ったわね。 それじゃ、本番に移るから』と祥子がいう。 玲子は眼をあけて祥子の顔をじっと見つめ、軽くこっくりする。
 壁の時計が11時24分を示し、秒針が12の文字を指した所で、祥子がパイプの口をふさぐ。 玲子はちらっと時計を見たのち、また眼を閉じてじっとしている。
 30秒、40秒、と秒針がまわる。 玲子が眼を閉じたままちょっと身体を動かす。
 50秒、25分と針が進む。 玲子がまた身体を動かす。 そして、眼をあけてテーブル越しに壁の時計を見つめる。
 さらに、10秒、20秒、と秒針が回る。 玲子が首を振り、揃えたままの両足を動かす。 玲子の身体がロープにぶら下がったまま大きく揺れる。 わたしは心の中で、『もう少し、もう少し』と念じながら玲子を見つめる。 横を見ると、美由紀も高手小手姿の上体をよじるようにして、それでも何も言わずに玲子をじっと見つめている。
 25秒。 玲子がまた、胸を強く反らせる。
 30秒。 祥子がパイプの口から指をはなす。 玲子が肩で大きく息をし、目を閉じてぐったりする。 孝夫が急いで手をのばして、玲子の顔からマスクをはずす。 玲子が口を一杯にあけて大きくあえぐ。
『ご苦労さま。 これで入会の儀式は全て完了よ。 よく頑張ったわね』と祥子がねぎらいの言葉をかける。 玲子はあえぎながらも目を開け、祥子を見て軽くうなずく。
 孝夫が手早く差動滑車のロープをゆるめ、玲子をゆっくりおろす。 玲子は足が床に着いて、ほっとした表情を見せる。
 祥子と孝夫が手早く玲子の紐を解いていく。 邦也も足首の紐を解く。 玲子は全部の紐を解いて貰って、ぐったりと椅子に座る。 まだ息が収まってない。
『どう、大丈夫だったかい?』と孝夫がまた心配そうにきく。 玲子はまだ大きい息を続けながら『ええ』と応える。 そしてちょっと時間をおいて、『ああ、苦しかった』とぽつんと言う。
『うん、そうだろうね』と孝夫。
『ええ、でも、孝夫さんから、このプレイは1分半だって聞いていたので、時計を一心に見ていたの。 それで何とか我慢が出来たわ』
『ああ、なるほど』と思って、私はうなずく。
『そうだね。 時間が判っていると辛抱し易いだろうね』と邦也がいう。 『僕の時はいつまで続くのか判らなかったので、ものすごく不安だった』
 横で祥子が笑いながら言う。
『そうね。 玲子さんにそう見通されていたのはちょっとまずかったわね。 少なくとも壁の時計が見えない向きに向かせて置くべきだったわ』
『あら』と玲子も笑う。
 その横で私が補う。
『祥子のああいう言い方は気にしなくていいんだよ。 あのように露悪家ぶるのは祥子の癖なんだから』
『まあ』
 祥子が私をにらみつける。 皆がどっと笑う。
『吊られたのは痛くなかった?』とまた孝夫が心配そうにきく。
『そりゃ痛かったわ。 でも、孝夫さんもこの経験をしたんだって思って、一生懸命、辛抱したの』
『また、ご馳走さま。 今日はほんとに当てられっぱなしね』と祥子が笑う。
『あら、すみません』と玲子が頭を下げる。 皆がまた、どっと笑う。
『それで、どう?』と私が訊く。 『縛られたり、吊られたりした御感想は。 また、やってみたいと思うかい?』
『ええ、そうですわね』
 玲子はちょっと首をかしげる。 そして言う。
『今日の縛りはどうって言うこともありませんでしたし、吊りも今日のぐらいでしたらこれからも何とか我慢が出来そうですけど、でもまだ、自分から進んでやって欲しいという気にはなりませんわね』
『そうだね』と孝夫がうなずく。
『でも、この会のプレイを楽しくするためなら、何でも辛抱します』と玲子が確固たる口調で言う。
『ふーん、けなげだね』と邦也がちゃちを入れる。 皆がどっと笑う。
 笑いが収まって、今度は祥子が訊く。
『それで、まだプレイの本番をお見せしてないから判断がしにくいでしょうけど、玲子さん、どう?、これから先もずっと、あたし達の会に参加していただけそうかしら?』
 玲子はすぐに『ええ、是非』と答える。 そして続けて言う。
『あたし、アルバムで拝見したプレイや今までの皆さんの雰囲気で、皆さんが本当にプレイを楽しんでおられるのがよく解り、孝夫さんが喜んで参加しているのも納得いきましたの。 あたしも、こう言うプレイなら心から楽しめそうな気がしています。 是非、これからも参加させて下さい』
『ええ、大歓迎だわ』
『それから、会を楽しくするためなら、あたし、何でも致しますから』
『ええ、有難う』
 そして祥子は続ける。
『でも、玲子さんにはやっぱり、孝夫と同じように、主として会の進行をスムースにするためのお手伝いをして貰うことになりそうね。 それにプレイを医学的見地からチェックしていただくという大事なお役目もお願いしたいし』
『そうだね。 それがよさそうだね』
 私もそう賛意を表してうなずく。 孝夫が横でほっとしたような顔をする。

2.4 昼食

第2章 箱詰めテスト第1日
05 /06 2017


『もう12時に近いから、まずお昼の食事をして、それから今日のプレイの本番に入りましょう』
との祥子の言葉に、皆が同意して立ち上がる。
 玲子が私と美由紀とを見て、『お2人の紐は?』と言う。
『いいのよ、掛けたままで』
と祥子はそっけない。 そして、
『ね?、祐治さん?』と同意を求めて来る。
『うん、いいよ』と応える。
『まあ』という顔をして、玲子は笑う。
 皆でLDKに行く。
『玲子さん、ちょっと食事を作るのを手伝ってね』と祥子が言う。
『ええ、もちろんやらせて頂きますけど、美由紀さんは?』
『いいの。 美由紀はあの格好でいる方が楽しいんだから』
 美由紀がちょっと不満そうな顔をする。 しかし、何も言わないでうなずく。
 祥子と玲子が台所に立って、手早くチキンライスと野菜サラダをつくる。 孝夫と邦也がその間に紅茶茶碗を並べたりして、食卓の準備をする。 美由紀と私は手伝うことが出来ないので、椅子にすわって待つ。
 準備ができて、テーブルの上に料理が並べられる。 皆がテーブルにつく。
『玲子さん、とても料理がお上手で助かるわ』と祥子がいう。
『それほどでも』と玲子。
『いいえ、ほんとよ。 美由紀も料理が上手だから、何時もだと美由紀と2人で食事を作るので、その度に美由紀の紐を解いていたんだけど、これからはその必要もなくなりそうね。 これからはプレイ中は美由紀の料理の出番がなくなるかもね』
『まあ』
 美由紀が笑う。
 玲子は言う。
『あら、そんなことはありませんわ。 これからもやっぱり、美由紀さんに作って頂かないと』
『いいのよ。 その方がプレイの時は気分が中断しなくてすんで、美由紀もあたしもとても助かるのよ。 ね?、美由紀?』
 美由紀は笑顔を見せて、『ええ』と応える。
『ね?、美由紀もそう言うでしょう?。 だから、お願いよ』
『はい』。 玲子ももう逆らうことを止める。 『お料理は好きですから、何時でもいたします』
『ええ、お願いするわ』
『はい』
 玲子がうなずく。
 祥子が続ける。
『ところで、今日はあたしが祐治さんにお給事するから、玲子さんは美由紀にお給事をしてあげてね』
『え?』
 玲子はちょっとびっくりしたような顔をする。
『あの、食事の時も紐を解かないんですの?』
 祥子は平然と答える。
『ええ、そう。 特に美由紀は大概は手を縛ったままで、あたしが食べさせてるの』
 そして、私の顔をちらっと見て、笑いながら付け加える。
『それから、祐治さんは時々だけど、やはりお給事して貰うのがお好きのようなのよ』
 私も笑いながら言う。
『うん、特に、ここに居る祥子や美由紀や、それに玲子さんのようなきれいな女の子にして貰う時はね』
『あら、いやだ』
 玲子が一瞬、顔を伏せる。 そしてすぐに顔を上げ、私に向かって『あの』と言う。
『うん、何か?』
『ええ、あの、ちょっと別のことですけれど、あたしも皆さんの会に入れて頂いたので、これからは玲子と呼び捨てにして下さいません?。 祥子さんや美由紀さんが呼び捨てにされて、一番年下のあたしがさん付けだと、何だかよそよそしくて落着きませんの』
 なるほど、もっともな理屈である。
『うん、それもそうだね』
 私は一つうなずいて、孝夫に向かって訊く。
『それで、孝夫君も僕が玲子さんを呼び捨てにしても構わないかい?』
『ええ、もちろんです』と孝夫。
『それじゃ、これからは玲子って呼ばせて貰うよ。 いいね』
『はい』
『それじゃあ、玲子!』
 私が急に少し大きな声を出す。 玲子は突然のことで一瞬ぎくっとしたようだったが、
『はい!』
と大きな声で返事をして、姿勢を正す。 皆がまた大笑いする。
 玲子自身も笑っていたが、やがてまた
『それから、祥子さんも美由紀さんも、それに邦也さんも、よろしかったらどうか呼び捨てにして下さいません?。 その方が落着きますから』
とつけ加える。
『ええ、そうね。 それじゃ、これからは私はそう呼ばせて貰うわ』と祥子がいう。
『でも』と美由紀はちょっと困惑したような顔をする。 そして、『あたしは人を呼び捨てにするのって慣れてないんで、ちょっと呼びにくいわ。 あたしは、玲子さんって呼んでもいいでしょう?』と頼み込むようにいう。
『ええ。 美由紀さんがそうおっしゃるなら、構いませんけど』
 邦也も言う。
『僕もまだ祥子さん、美由紀さんと呼んでる方だから、やっぱり玲子さんの方がいいな』
『ええ、それならそれでもいいですけど』とまた玲子。
 そこで私がまとめる。
『そういえば孝夫君も玲子さんと呼んでるようだから、結局、「玲子」って呼び捨てにするのは僕と祥子だけのようだね。 でも、それもいいかも知れないな』
『そうね』
 祥子もうなずく。 皆もうなずく。
『それにしても今日は本当によく笑う日だね。 これも玲子のお蔭だね』
『あら』
 玲子がまた眼を伏せる。



 食事が始まる。 祥子は私の口と自分の口とに忙しくライス、紅茶とサラダを運んでいる。 玲子は美由紀に同じようにお給事しながら自分も食べている。 邦也と孝夫は、玲子と美由紀の方をちらりちらり見ながら手と口を動かしている。
 玲子がいう。
『こうやって、手が不自由な方にご奉仕しながら食事をするのも楽しいものですわね』
『ええ、そうね』と祥子。 そして笑いながら言う。 『こちらの好きなように食べさせて、時には放っておいてじらせることも出来るし』
『あら』
 玲子はきょとんとした顔をする。 そして言い訳のように言う。
『あたし、そんな意味で言ったのではありませんわ』
 そこで私が解説する。
『うん、祥子は解っているんだよ。 だけど、ああいう風に言うのが好きなのさ』
『まあ、祐治さんったら』
 祥子は手を休めてにらみつける。 そして言う。
『そんなことを言うと、食べさせて上げないわよ』
『うん、じゃ、取り消そうか?』
『そうね、別に取り消さなくてもいいけど』
 皆がどっと笑う。
 祥子が改めて解説を加える。
『それに美由紀も祐治さんも、このように縛られたままで食事をさせて貰うのが、とても嬉しいらしいのよ。 だから丁度、うまくいってるって訳よね』
『まあ、そうだね』
 私も同意して、後ろ手のままうなずく。
 祥子がトマト一切れをフォークで小さく切って口に入れてくれる。 それを噛んでぐっと飲み込んでから、祥子に言う。
『ところで今度の会は、確か、貨物発送プレイのためのテストをするのが目的だったね?』
 祥子は手を休めて私の顔を見る。
『ええ、そうよ』
『それで具体的には、今日はこの後、どういう予定になってるのかな』
『そうね』
 祥子は一息入れる。 皆も手を休めて祥子の顔を見る。 祥子が続ける。
『このお食事が終ったら、まず最初に例の新しい荷造り用の箱を皆で検分して』
『うん、それから?』
『ええ、それから、本格的な荷造りをする前に、まず、呼吸のための仕掛けがうまくいくかどうかをテストしてみなければいけない、と考えてるの』
『うん、それはそうだね』
『そして、今晩は箱の中で寝て貰って本番の長時間の辛抱が出来ることを確かめて、明日は本格的に荷造りして、あたし達のマンションまで運んで、そこでプレイ終了という訳だけど』
『ああ、そう』
 私はとっさに祥子の言う予定をイメージする。 そして、「マンションまで運ぶ」という所で、先日の祥子からの電話での話を思い出す。
『それで、祥子達のマンションまでは、確か、乗用車には載せるのが難しいので、ライトバンで運んでくれる、とかいう話だったね?』
 今度は孝夫が受けて応える。
『ええ、そうです。 僕の家のライトバンで運ぶ予定です。 ただ』
 そこで孝夫はちょっと言葉を切る。 私が訊く。
『ただって、何か問題でもあるのかい?』
『いいえ。 祐治さんの箱を運ぶのには何の問題もありません。 ただ、後ろにその箱を積むと、ライトバンには運転手と助手としか乗れなくなりますので、3人は別に行かなければならないんです』
『なるほど』
 私はうなずく。 祥子は初めてその問題に気がついたような顔をして言う。
『ああ、そうね。 どうしようかしら』
 しかし、孝夫は既に解決策を用意している。
『ええ、それについては、今度は玲子さんが加わってくれてますので、何時ものローレルを玲子さんに運転して貰って、ライトバンについて来て貰おうか、と思ってます』
『ああ、玲子は運転が出来るのね』
『ええ、玲子さんはあのローレルは時々運転して慣れてますから』
『じゃ、玲子、お願いするわね』
『はい』
 玲子はすなおに返事する。
『じゃ、それでその問題は片づいたとして』と私はまた話を戻す。 『祥子のさっきの話だと、これからのスケジュールは大分盛りだくさんだね』
『ええ、そうね。 それに』
 祥子はさらに何かを言いかける。
『え?、まだ何かあるのかい?』
『ええ』。 祥子は笑いながら言う。 『祐治さんもただ単に箱に詰め込まれて運ばれるだけではご不満でしょうから、ご要望に沿って、単なる物品に変身させて差し上げることを考えてるの』
『え?、単なるぶっぴん?』
 私はとっさには祥子の言う意味が解らず、聞き返す。
『ええ、そう。 そこらの椅子や時計と同じように、生命とは全く関係のない、単なる物のように見える物品よ』
『ふーん』
 私はちょっと意表をつかれる。
『それで、僕、そんな要望をしたっけ』
『ええ、したわよ。 西伊豆の合宿で、トランク詰めのプレイの前に、奴隷だとか、ペットだとかの話が弾んだ時』
『ああ、あの時』
 私もその時の話を思い出す。
『でも、そうして貰いたい、と言ったのは、僕ではなくて祐子じゃなかったかい?』
『まあ、また、そんなことを言って』
 祥子が呆れたような顔をする。 皆がどっと笑う。
『それで、具体的にはどんなことをしてくれるんだい』
『それは後のお楽しみ』
 祥子は笑っていて、明かさない。 そして、『はい、つぎ』とハムを箸で挟んで差し出す。 『うん』と応えて口に入れて貰う。 手や口を休めて聞き入っていた他のものも、また、食事を再開する。
 やがて食事が終りかけて、私の紅茶がなくなる。
『もう一杯、紅茶が欲しいな』と注文する。
『いけません!』
 祥子が断固とした調子で拒否する。 そして言う。
『今日はこれからずうっとプレイをするんだから、途中で便所に行かなくてもすむように、水分は制限します』
『はいはい』
 私は少しおどけた調子で返事する。 両手をきっちりと後ろ手に縛られている身では逆らいようがない。
 玲子が『お可哀そうに』と言った眼でちらっとこちらを見る。 玲子はどうも母性本能が大分強そうである。

2.5 貨物用の箱

第2章 箱詰めテスト第1日
05 /06 2017


 やがて食事が終る。 すぐに使った食器を流しに運び、玲子が洗って後片づけをすます。
 早速に祥子が孝夫に言う。
『それじゃ、いよいよ待望の箱を見せて貰おうかしら』
『そうですね。 どこで見て貰いましょうか』
『そうね。 やっぱり応接間を少し片付けて、そこへ持って来て貰おうかしら』
『はい。 じゃあ皆さんは応接間に行ってて下さい。 僕と邦也さんとで持っていきますから』
 皆が立ち上がる。
『手の紐を解いて貰えたら、僕も手伝うよ』と孝夫に声を掛ける。
『いいのよ』と祥子が横で制する。 そして笑いながら言う。
『祐治さんは今日の主役だから、どっしり構えて座ってらっしゃい』
『はいはい』
 玲子がその情景を面白そうに見ている。
 孝夫と邦也が出ていき、私と女の子3人が応接間に行く。 私のスポーツ・シャツとズボンは玲子が一緒に持って来てくれる。 応接間では、祥子と玲子が3点セットを横に寄せて場所をあける。 所へ、孝夫と邦也が2人で大きな箱を手で吊ってもって来て、応接間の真中におろす。 透明ニスの下の木目が美しい。
 箱が思ってたよりも大きい気がする。
『これ、この前に決めた大きさかい?』
『ええ、そうです。 内のりは確かに縦横が100×60で高さが50センチです。 でも板の厚さがあるので、外形は4センチばかりづつ大きくなってます』
『なるほど』
 私は改めて箱全体を見回す。
『やっぱり、可成り大きいものだね』
『ええ、でも、この位はないと、長時間は無理ですよ』
『うん、そうかな』
 私はもう1回、箱を見回す。 手でさすってみることが出来ないのがもどかしい気がする。
『これで重さはどの位あるのかな』
『ええ、案外軽くすんで、52キロ位なものです』
『すると、僕の目方を足しても117キロという所か。 とにかく、詰め物などの重さが加わっても、120キロ以下には収まりそうだね』
『そうですね。 邦也さんと2人でなら、まあ何とか持ち運びが出来る重さです』
 横で邦也も『うん、そうだな』とうなずく。
 玲子が訊く。
『これがこの前、孝夫さんが話してた、祐治さんを貨物として送り出すという箱なのね?』
『うん、そうだよ』
『ずいぶん頑丈そうね』
『うん、万が一、途中で壊れでもしたら大変だからね』
 玲子が箱の角のがっちりした黒い補強用の金具をさすってみている。 箱には厚さ2センチばかりの、本体と同じ木で作った蓋がかぶせてあり、蓋を本体に固定するための4箇所のがっちりした掛け金がついている。 また、本体の8つの角は黒光りする金具で補強されている。 そして、狭い方の2つの側面にはそれぞれ2つづつの吊り下げ用の環と、それを取り付けている基盤の板金とがある。
『これに祐治さんに入って貰うと、さっきも言った通り120キロ近くになりますので、こういう手掛かりの環でも付いてないと、ちょっと持ち運びが出来なくなります』
『うん』
 祥子がかがんで木の肌をさすりながら、『美しいわね』と言う。 孝夫も愛しむように手でさわりながら言う。
『これは合板ですけど、木目のように加工してあるので、結構、見られますね』
 私も手ざわりを確かめたくなったが、高手小手の紐を纏ってる身ではしようがない。 美由紀も後ろ手のままで腰を曲げ、食い入るように見ている。
 祥子が一歩下がって、全体を眺め直す。 そして改めて満足したように、『見事ね。 まさに芸術品ね』と言う。 全く、その感がある。
『蓋を取ってみましょうか』
 孝夫が4箇所の掛け金をはずして蓋を取る。 蓋の板はへりを除いて1センチほど余分に厚くしてあり、結果的に縁に切り込みを作ったことになっていて、本体の縁とかみ合って外界との遮断をより効果的にしている。 そして更に念を入れて、本体の縁と蓋のへりには黒いラシャの布が貼ってある。 また、箱の内側の各稜は三角柱状の補強用の副え木を当てて埋めてあり、内面全体にわたって可成り厚い、目の粗い布地が張ってある。
『この布地の下には吸音材が張ってあって、音が外に漏れないようになっています』
『なるほど』
 箱の一方の端近くにマスクが一つ置いてあって、それから太さ1センチばかりのビニールのパイプが頭に当たると思われる箱の面にのびて接続している。
『これが鼻で外気を吸うためのマスクです。 パイプの先は3つに分れていて、それぞれ頭の上と左右の三つの面に口を出しています。 これがその口の一つです』
 孝夫が指さした所を見ると、箱の側面の外側の一箇所に直径2センチばかりの目皿をはめ込んであるのが見える。 左右の面にも同じような目皿のはめ込みが一つづつ見える。 さらに足にあたる方にも、3つの面に一つづつ同じような目皿がはめ込んである。
『ずいぶん大きな孔だね。 これでも防音の方は大丈夫なのかい?』
『ええ。 この孔は内側では直径が1センチほどで、しかも厚い布地がかかっているから大丈夫と思いますけど』
『ああ、そう』
『それから、この足下にあたる方の孔が、中の圧力が上がらないように空気を逃がすためのものです』
『なるほど、よく考えてあるね』
『ええ』
 また、箱の内側の床や側面には20箇所近くに環がとりつけてある。 バンドで身体を固定するためのものだろう。
 改めて箱の内側全体を見回す。
『ふーん。 ずいぶん念入りに造ってあるんだね。 大変だったろう?』
『ええ、歴史の残る大プレイに使うんですから』
 孝夫が笑いながら応える。



『祐治さん、ちょっと中に入ってマスクを着けてみて下さらない?』と祥子がいう。
『うん。 中に入るのはいいけど、このままじゃ、自分でマスクを着けるのは無理だよ』
『そうね。 どっちみち本番の時はその格好では無理だから、一度ほどくわ』
 祥子は手早く私の高手小手の紐を解く。 私は久しぶりに手をのばす。
『美由紀さんの紐もほどこうか』
と言って邦也が美由紀に手を伸ばしかける。 美由紀はちょっと身体を引いて言う。
『あたしはいいわ』
『ああ、そう』
 邦也が残念そうに手を下ろす。
 私は箱の中に入り、足を縮めて横向きに寝る。 手探りでマスクを取って鼻に当て、革バンドを頭の後ろに回して尾錠で留めようとするが、この姿勢では大分やりにくい。 孝夫が頭を支えるように手を添え、祥子が鼻にマスクを掛けて尾錠で留めてくれる。 マスクは鼻をぴったり覆う。
 孝夫が手を引き、頭が箱の底に着く。 内側に布が張ってあるのでそんなに固い感じはない。 『それではちょっと首が辛そうですね』と言って、孝夫がソファーの上からクッションを取り、頭の下に入れてくれる。 すっかり楽になる。
 鼻から空気を吸って口から吐いてみる。 空気の流通抵抗はそんなに高くはなく、呼吸は案外、楽に出来る。
『どうお?』
と祥子がきく。 頭をちょっと回し、上を見て応える。
『うん、悪くはないね』
 鼻がマスクで覆われているので、少し鼻声気味である。
『じゃ、蓋をしてみるわよ』
『うん』
 蓋がかぶされる。 蓋と本体がぴったり合い、縁のかみ合せも完全らしく、光が全然もれてこない。 鼻で吸って口で吐く呼吸をくり返す。
 1分ほどして蓋があく。 祥子が上からのぞき込んで、また訊く。
『調子はどうお?』
『うん、いいようだね』
 頭の後ろに手をやって尾錠を外し、マスクを取って起き上がる。 そして縁に手を掛けて外に出る。
『空気の取り入れ口を3つにしたのは、万一、何らかの拍子に1つの孔がふさがっても大丈夫のように、と考えてのことです』
 この孝夫の説明に対し、祥子が顔にいたずらっぽい笑いを浮かべて言う。
『でも、雨が降ってきて、ビニール・シートですっぽり包まれたらおしまいね。 そうはならないことを祈るけど』
『いや、雨が降っても、シートは精々、荷物の山全体を覆うだけで、この荷物だけをきちんと包むなんていうことは、特に頼まなければ、やってくれないから大丈夫ですよ』
 孝夫が慌てて打ち消す、そのむきになった調子に皆がどっと笑う。
『本番の時は蓋は掛け金と南京錠で留めるだけじゃなくて、釘付けもするんだったわね』
『ええ、その予定です』
『でも、このきれいな木の肌を傷つけるの、少しもったいないわね』
 祥子は箱の縁を惜しそうにさすってみている。
『ええ。 勿体ないけど仕方ないですね。 何でしたら、実際には掛け金と錠だけで充分もつ筈ですから、最初の1回だけ、プレイを盛り上げるために釘付けすることにしてもいいですよ』
『そうね。 特に盛り上げたい時だけ釘付けするのも一つの方法ね』
 私は目の前の箱の蓋が重々しい掛け金でがっちり留められて南京錠を掛けられ、その上とんとんと釘付けされている場面と、その中に詰め込まれてじっと辛抱している後ろ手緊縛姿の自分とを想像して、思わず、ぞくぞくっとする。



『所で祐治さん』と祥子が声を掛けてくる。
『うん、何?』
『この箱なら厚い板でがっちり出来ていて、内側には吸音材も張ってあるし、しかも気密もかなりよさそうだから、中で少し位ごそごそ動いても、音は外へはほとんど漏れないわね。 でも、それだけに呼吸の方が心配だから、プレイに入る前にちょっとテストをしてみたいんだけど』
『そうだな。 ああ、いいよ』
『それで、この箱の大きさは、この前の西伊豆の時のトランクとほぼ同じだから、この前の経験だと、気密にすると、詰め込んでおくのは30分位が限度という訳ね。 ただ、この箱には少し孔があいてるけど、あまり違わないでしょう。 それで念の為、2時間ばかりやってみて、何ともなかったらOKということにしたいんだけど、それでいいわね?』
『つまり、詰め込まれて、そのまま2時間を過ごす、という訳だね?』
『ええ、そう』
『うん、いいよ』
『じゃ、さっそく始めるから、手を後ろに回して』
『うん』
 私は下着姿のまま立って、両手を後ろに回して手首を重ね合せる。 そうしながらも、祥子と私との2人ともが、このような緊縛と関係ない機能のテストの際にも紐を掛けることを当然のように行動していることをちょっと可笑しく感じる。
 祥子が紐を手にして私の後ろにまわり、両手首を後ろ手に縛り合せ、紐の先を左右に分けて腰の周りに1回づつ回し、腰の後ろでもう一度手首に結び付けて留める。 両足首も揃えて縛り合せる。 そして私の右手にベルを握らせる。
『じゃあまた、何かあったら、このベルを鳴らしてね』
『うん』
 ベルはこの前の西伊豆でのトランク詰めの時に用いたのと同じものらしい。 親指でベルを押してみる。 けたたましい音が鳴り響く。 指を離す。
 孝夫と邦也が2人がかりで私をかかえ、箱の中へ運んで底へそっと置く。 祥子が手を伸ばして、鼻にマスクを丁寧に当ててバンドで留める。 私は右側を下に横向きになって、頭は先程のクッションに載せ、足や腰の位置を安定させる。 足、膝、腰、背中、頭などが箱の内側に軽く無理なく触れ、大きさは丁度よい感じである。 孝夫が箱についている環のいくつかにバンドを通して、私の胸、腰、膝上の3箇所を締めて留める。
『じゃあまず、声がどの位、外に漏れるかのテストをするわ。 蓋をして合図をしたら、何か大声でどなってみてね』
『うん』
 孝夫と美由紀も祥子の横で箱の中をのぞき込んでいる。 邦也と玲子は私の背中の方に居るらしい。
 孝夫が箱に蓋をかぶせる。 また、中がまっくらになる。 掛け金を掛けている気配がする。
 頭の横でコツッコツッと軽く叩く音がする。 出来るだけ大きな声で、『たすけて!』と叫んでみる。 ちょっと間があって、もう一度コツッコツッと合図がある。 また『たすけて!』と大声でどなる。
 またちょっとして掛け金がはずされる気配がして、蓋があけられる。 5人がのぞき込んでいる。
『何か言った?』と祥子は言う。 『外からだと、注意していても何か声らしいものがやっと聞きとれるだけで、何を言ってるのか全然わからなかったの』
『ふーん。 ずいぶん大きな声で「たすけて」って言ったんだけどな』
『ああ、そう。 「たすけて」って言ったの。 ちっとも解らなかったわ』
『ふーん』
『とにかく、人の声はほとんど外には漏れないようだから、本番ではいくらわめいても出しては貰えないわよね。 その点、安心だわ』
 祥子は満足げに一人でうなずいている。 こちらは少々心細くなる。
『じゃ、次はベルで験してみるわ。 また合図をしたらベルを2回ならしてね』
 また蓋がきっちり閉められる。 今度は掛け金はかけないらしい。
 ちょっとしてコツッコツッと合図がある。 ベルを、ジー、ジーと2回ならす。 少し間をおいて、またコツッコツッと合図がある。 またベルを2回ならす。 蓋があけられる。 祥子と美由紀の顔が前からのぞき込んでいる。
『ベルはかなり聞こえるわ。 これなら同じ部屋の中なら聞きのがすことはなさそうよ』
『ああ、そう』



『それから』と祥子がつづける。 『箱のテストと一緒に、もう一つテストしたいものがあるの。 それもしていいでしょう?。 祐治さん』
『うん。 今日はもうすっかり祥子に任せた積りだから何をしてもいいけど、それ、何だい?』
『ええ、今、お見せするわ。 じゃ、孝夫、ちょっと祐治さんを起してあげて』
『はい』
 孝夫と玲子が手を出して私の体を固定していたバンドをはずし、私の上半身を起してくれる。 私は立てひざで腰を下ろした姿勢で、後ろ手のまま箱の縁にもたれかかる。 右手の中のベルが押されて鳴る。 慌てて身体を立てる。
『そうね。 ちょっと煩わしいでしょうからベルは貰っておくわ』
 祥子は手を出して、私の後ろ手の右手からベルを取って、横のテーブルの上に置く。 私はまた箱の縁にもたれかかる。
 祥子がハンドバッグから白と黒の2つの小さい箱を取り出してくる。 そして、まず白い小箱の蓋をあけ、『これなんだけど』と私に見せる。 皆も横から小箱の中をのぞき込む。 中には乳白色の直径1センチ余りの小さいガラスのレンズのようなものが2つ、白いクッションの上に置いてある。
『これ、何だかわかる?』
『そうだな。 何だろうね』
 私は首をかしげる。
『それ、コンタクト・レンズのようですけど』と横で玲子が言う。
『あたり。 これ、コンタクト・レンズなの』
『でも』とまた玲子がいう。 『これ、普通のレンズよりもちょっと大きいようですし、色も変ですわね』
『ええ、よく分かるわね。 これ、コンタクト・レンズには違いないけど、でも、普通のじゃなくて、特製なの』
『ふーん』
 私は改めてしげしげとレンズを眺める。 そう言えば、レンズが透明でなく、乳白色に見えるのがちょっと変な感じがする。
『玲子、はめ方を知ってる?』と祥子が訊く。
『ええ。 あたし、かなり度の強い近視なので、美容上の理由もあってコンタクト・レンズを着けてます。 ちょっと、それをはめてみましょうか』
『ええ、ちょっと、片方だけはめてみて。 ここに洗浄液もあるわ』
 玲子は奥から皿を持ってきて、祥子の差し出した瓶から液を入れ、自分の右眼に手をやって透明なレンズをはずし、乳白色のレンズを液で洗って代りにはめる。 そして左眼をつぶって『あれっ』という顔をする。 玲子の右眼は黒眼がすっかり乳白色のレンズで覆われている。
『あの、これ、何も見えないわ。 一面の深い霧の中に居るみたい』
『ええ、そうなの。 これ、眼を蓋するためのコンタクト・レンズなの。 大体、プレイをしていて、しっかり緊縛して口も蓋しても、すがり付くような眼で見られるとSの心がにぶるでしょう?』
 それを聞いて、私は『へー』と思う。
『へー、祥子でもそんなことがあるのかい?』
 皆がどっと笑う。 祥子も笑いながら言う。
『いけません、ちゃちを入れたりしちゃ』
 そしてまじめな顔に戻って言う。
『それでとにかく、眼からの情報の出し入れが出来ないようにしたいんだけど、仰々しい眼隠しをしたのでは面白くない場合もあるわよね。 そういう時にこれが役に立つの』
『なる程、考えましたね』
 孝夫が感心した顔をする。
『それでプレイの時に、これを使いたいんだけど、レンズをはめて眼を傷めるといけないから、まずはめてみて、むやみに痛くなったりしないかどうか、験してみたいのよ』
『そうですね。 安全性は特に念には念を入れて確かめておいた方がいいですね』
『それで、祐治さんもいいわね?』
 そういう趣旨ならば私にも異存はない。
『うん。 仕方がないからいいとするよ』
『じゃ、玲子、祐治さんにはめ方を教えて差し上げて』
『はい』
『でも』。 祥子はちょっと首をかしげる。 『はめるには、その前に手の紐は解かないと駄目かしら』
『ええ、そうですわね。 レンズのはめ方を憶えていただくには、手が自由じゃないと無理ですわ。 でも、レンズの脱着にはこつがあって少し練習が要るので、どっちにしても今すぐにという訳にはいきませんから、今はあたしがはめて差し上げてもいいですけど』
『ああ、玲子にはめて貰えるのなら、手の紐もそのままでいいから、その方がずっと便利ね。 じゃ、お願いするわ』
『はい』
『祐治さんもそれでいいわね』
『うん、玲子のようなきれいな人にやって貰えるのなら、文句はないよ』
『まあ』
 玲子はにこっと笑う。
 玲子は自分の右眼のレンズをもとのようにはめ戻して、皿から乳白色のレンズを取り出す。 そして私に言う。
『ちょっと、眼をあけてて下さいね』
『うん』
 私はうなずく。
 玲子は左手で私のまぶたを抑え、右手で手早く私の右眼にレンズをはめ込む。 左眼をつぶってみる。 右眼の前が一面に明るい乳白色になり、何も形あるものが見えなくなる。
『じゃ、次に左も』
との玲子の声で左眼をあける。 さっとレンズがはめられる。 そして今度は両眼をあけても、眼の前には一面に明るい乳白色の世界が拡がっているだけになる。
『いかが?。 痛くはありません?』と玲子の声。 2~3度、眼をまたたいてみる。 眼にちょっと違和感があるが別にどうってことはない。
『うん、大丈夫そうだ』



『じゃ、また祐治さんを寝かせてあげて』
との祥子の声で、4本の手が私を支え、横にしてくれる。 右を下にして横になり、頭や足、腰の位置を定める。 鼻にまたマスクがはめられ、胸、腰、膝上の3箇所がバンドで締めて留められる。
 祥子がテーブルの上からさっきのベルを取って、それを改めて私の腰の後ろに繋がれた右手に持たせる。 そして言う。
『じゃ、いいわね。 テストの本番に入るわよ。 もしも息が詰まって危険を感じたり、眼がひどく痛んだりしたら、そのベルを2回鳴らしてね』
『うん』
『もし、ベルが2回鳴って蓋をあけたとき、大したことがなかったら、後のお仕置がこわいわよ』
『うん』
『じゃあね。 ごゆっくり』
 蓋がかぶされ、明るい乳白色の視界がまっくらになる。 掛け金を4箇所かけている気配がある。 南京錠も掛けてるらしい。 そしてやがて、それらの気配が止む。
 少しして箱の上に板をのせる気配がして、さらに小さいものをいくつかのせている音が板を通じて伝わってくる。 そういえば、この箱は応接間の真ん中に置いてあり、広さも高さも適当だから、箱の上にお茶の道具を拡げたらしい、と気がつく。
 その後は時々、茶碗を取ったり置いたりするらしい気配や、何か判らないごそごそする気配が板を通じて伝わってくるだけで、格別のことは起こらない。 皆でおしゃべりをしているのだろうが、話し声は全く聞こえない。
 呼吸は相変わらず順調である。 ふと、西伊豆の海岸で頭まで砂で埋められた時のことを思い出す。 あの時に比べると口が自由で、口だけでも呼吸が出来る。 しかし、口だけの呼吸では空気が次第に悪くなり、長くは続けられないだろう。 ほとんど刺激がないままに眠くなる。 うとうとっとする。
 やがてまた、ふと眼が覚める。 身体が動かず、まっくらなのに一瞬いぶかる。 しかしすぐにまた、縛られて箱に入れられていたんだっけ、と思い出す。 外の物音は全く聞こえず、時々、上でごそごそという気配を感じるだけ。 もうどのくらい時間がたったのかしら。 呼吸の方は相変らず順調である。 眼の異和感にも慣れて何ともなくなる。 やがてまた、うとうとっとする。
 ふと、息苦しさを覚えて眼がさめる。 鼻で息を吸っても空気が入って来ず、息がつまる。 口ではあはあ大きく息をする。 空気が大分悪くなっている。
 何かあったのかと思い、ベルを押そうとする。 が、右手でにぎっていた筈のベルがない。 一瞬、ぎくっとする。 眠っている間に落してしまったらしい。
 縛られたままの左手の指を一杯にのばして床を探る。 指の先にそれらしきものがさわる。 さらに身体を倒すようにし、中指と人差指とでベルを引き寄せ、親指を副えてどうにかつまみ上げる。 そして慎重に握り直す。 ほっとする。
 指に力を入れる。 ベルのけたたましい音が箱の中に鳴りひびく。 もう一度ベルを押す。 またベルが鳴る。 と、また鼻から空気が入ってきて楽になる。 頭の上でごそごそやっている気配がする。
 そのうちに蓋の開く気配がして、視界が明るくなる。 しかし、乳白色のままで何も見えない。 そうだ、不透明のコンタクト・レンズをはめていたんだっけ。
 頭の上で、『さあ、2時間半たったわよ。 一休みしましょう』と祥子の声がする。 何本かの手が私にさわり、締めていたバンドをはずし、鼻からマスクを取る。 あおむけになる。 誰かが肩をもちあげてくれる。 箱の中で上半身を起こす。 また誰かが私をかかえ上げて外に出し、椅子に座らせてくれる。 足首の紐も解かれる。
『ちょっと眼をあけててね』という玲子の声があって、両眼のコンタクト・レンズもはずされる。 まぶしさにまたたきをしながら周りを見る。 美由紀はまだ高手小手に縛られたままで椅子に座っている。
 最後に私の手の紐が解かれ、私は立って久しぶりに手足をのばす。 そして横の椅子の上に置いてあったズボンをはき、上着を着て、また椅子にすわる。



 また箱に蓋をし、その上に板をのせてテーブル代りにする。 早速に
『どうだった?。 箱の調子は』と祥子がきく。
『うん。 呼吸はずうっと順調だった。 でも、最後に何故か鼻から空気が入って来なくなるし、箱の中の空気も悪くなったので、ベルを押そうとしたら、ベルが手の中になくてね。 ぎくっとしたよ』
『えっ、そんなことがあったの。 どうして?』と祥子も驚いた顔をする。
『うん、箱の中でうとうとしているうちに落してしまったらしいんだ』
『え、うとうとって』と今度は邦也がびっくりしたように言う。 『祐治さんはあの格好で眠ちゃったんですか?』
『うん、何のすることもないし、刺激もないから、ついうとうとしてね』
『すごいな』
 邦也はすっかり感心したような顔をする。
『それでどうしたの?』とまた祥子。
『うん。 そこで慌てて左手の指で床を探って、どうにか指に触って見付けたからよかったけどね』
『ああ、よかった』と美由紀が心からほっとしたように言う。
 そこで孝夫が言う。
『やっぱり、緊急の連絡方法は、2つ位用意しないと危険ですね』
『もっとも、いざとなったら力一杯あばれれば出して貰えるだろうと思っていたから、それほど深刻にはならなかったけど、でもとにかく、ベルをつまみ上げた時はほっとしたよ。 そこで急いでベルを押したんだけど』
『そう言えば』と祥子は言う。 『確か右手に持たせた筈のベルが左手に移っていたわね。 あたし、蓋を開けた時に一瞬、変だな、とは思ったんだけど』
 私は改めて感心して口に出す。
『祥子は相変らず、観察が緻密だね』
 話に一区切りがついて、一息入れる。
『それにしても、どうして急に息が出来なくなったのかね』と私が首をかしげる。
『ええ、実は』と孝夫が笑いながら説明する。 『2時間たっても何の反応もないので、穏かすぎるって言って、祥子さんが空気孔を全部、粘着テープで塞ぎましてね。 そうしたら10分余りしてベルが鳴ったんで、テープをはがしたんです』
『道理でまた息が出来るようになったんだね』
 私は理由は解ったが、何となくすっきりしない。 そこで、『また、そんないたずらをして』と祥子をにらむ。 しかし、祥子はすました顔で言う。
『でも、その実験のおかげで、マスクと空気孔の機能が考えてた通りだということがはっきり分かったんだから、単なるいたずらじゃないわよ』
『そうかね』
 私は一応引きさがる。 祥子が話を先に進める。
『とにかくこれで、マスクと空気孔とで呼吸の方は大丈夫だってことが判ったわ。 それではもう一つの課題の、コンタクト・レンズの方はどうだったかしら』
『うん、その方は全く順調そのもので、何の問題もなかった』
『それはよかったわ。 ところで、もう一組、コンタクト・レンズがあるのだけど、ついでにテストして下さらない?』
『うん、いいよ』
 祥子が黒い方の小箱の蓋をあける。 中にはさっきと同じ大きさの、しかし色が黒に近い暗褐色のレンズが2つ、やはり白いクッションの上にのっている。
『今度のは黒いのかい』
『ええ。 さっきのだと黒眼がないように見えるけど、これだと黒眼はそのままのように見えるの。 どちらがよいかは場合によると思って、一応、両方用意したの。 じゃ、玲子、またお願いね』
『はい』
 玲子が私の前に来て、まず右眼に暗褐色のレンズをはめる。 『どう?』と祥子が手鏡を渡してくれる。 右手で持って自分の眼を見る。 右眼には左眼よりもやや大きい黒眼があるように見える。 ただし、鏡をずっと近づけると、黒眼の輪郭が左眼のよりもくっきりし、ひとみなどの微細構造が見えないのが少し不自然だが、ちょっと鏡を離して見ると気にならない程度である。
『じゃあ、左も』との玲子の声に、手鏡を前に置いて玲子の方に向く。 左眼にもレンズがはめられる。 視界が一様な、構造のない暗褐色の世界になる。
『ちょっとこっちに向いて』との祥子の声にその方に向く。
『いいわね。 黒眼の輪郭がくっきりしていて、とてもチャーミングよ』
『ああ、そうかね』
『それで、はめた感じはどうお?』
 2~3度、眼をまたたいてみる。
『うん。 レンズの感じはさっきのと変らないようだ。 ただ、視界が今度は暗褐色になったけど』
『じゃ、これも長い時間はめてても大丈夫そうね?』
『うん』
『これで懸案のうちの箱とコンタクト・レンズの2つはOKになったわ。 実は試したいものがもう一つあるんだけど、それは後にするわ』
 それを聞いて、私は訊く。
『まだ何かあるのかい?。 いったいそれは何だい』
 しかし、祥子は話しをそらし、
『それは後のお楽しみよ。 それよりもお茶を飲みながら、少しこれからのプランの話し合いをしない?』
と言う。 皆が賛成する。 玲子がまた、両眼のレンズをはずしてくれる。

さおりん

これは若い男女4人(途中からは6人)で結成した「かもめの会」の活動を記録した、明るく楽しいSMプレイ小説です。この小説は原著作者・久道あゆみさんより許諾をいただいて掲載させていただいております。

この物語はフィクションです。描写における安全性・遵法性・実現可能性などは担保されておりません。実際に試みる場合はプレイメイトとの合意を得ることはもちろん、十分な安全確認を行い、法律に触れないことを貴方の責任において確認してください。結果、どのような損害が発生しても責任は負いません。