1
ふとPの根元に痛みを感じて目が醒める。 頭がはっきりしないままに、ぼんやり目をあける。 まっくらで何も見えない。 後ろ手になった両手も揃えて曲げたままの両足も自由にならない。 鼻の所が何かで覆われ、無意識のうちに、鼻で息を吸って口で吐く、という呼吸をつづけている。 体が横向きになっていて、体の下になっている右の二の腕が少し痛い。
体を伸ばそうとして肩と足が堅い壁にぶつかる。 顔にも何か軟らかい布地が触っているのを感じる。 ようやく意識がはっきりしてくる。 『そうだ、昨夜はフランス人形のマゾミちゃんに変身して、後ろ手、両足縛りのままで布の袋に入れられ、例の箱に納められて寝たんだったっけ』と思い出す。 私は今、生命のないお人形とされて、大事に箱にしまい込まれている、ということに奇妙な嬉しさを感じる。
しかし、Pの根元がPセットの紐で締め付けられて痛い。 意識も五感もない筈のお人形が痛みを訴えるというのも奇妙なものだと思うが、痛いものはやはり痛い。 身体を固くして我慢する。 この締め付けは、私が自己憐憫にふけって嬉しがったりしているので、局所が興奮しているのが原因であると考えられる。 取りあえず、何も考えずに頭が空白になるようにする。 Pの根元の痛みが次第にやわらぐ。
痛みが去って気分は落ち着くが、目がすっかり覚めてしまう。 色々なことが頭に浮かぶ。 今は私は生命のない単なる物品である、1体のお人形とされている。 ここでお人形というのは、動くことが出来ないだけでなく、意志も感情も何も外に現わすことの出来ない存在である。 実際、外に何かを伝えるための最重要な機構である口は使えぬようにあごを口枷でがっちり固定されており、眼も不透明なコンタクトレンズで蓋をされていてものを言わすことが出来ない。 試みにあごにぐっと力を入れてみる。 あごは少しも動かない。 口枷がうまく出来ていることに改めて感心する。 眼もまばたきだけは出来るが、例え周りが明るくても何も見えず、何も訴えられなくなっている。 改めて、お人形にされている自分が不憫になり、逆説的に嬉しくなる。
それにしても今はいったい何時頃かしら。 とにかく、時間を推定する手掛かりは何もない。 肩と腰が凝ったようで少し痛いが、別に今急にどうということはない。 身体をもじもじ動かして、肩や腰の凝りをやわらげるように努力する。 そのうちにまた少しうとうとし、眠り込んでしまう。
2
かたことと言う何かの気配に、また眼がさめる。 眼をあける。 まだ視界はまっくらである。 今度はすぐに、箱に詰められている今の境遇を思い出す。
耳を澄ます。 確かに箱に何かをしている物音が伝わってくる。 『ああ、朝になったので箱から出して貰えるらしい』と思う。 ほっとする。 同じ動くことも見ることも出来ない境遇でも、変化の全くない箱の中でひたすら時間の経つのを待つのには、さすがにちょっとうんざりしてきている。
そのうちにがたっと蓋があく気配がして、急に視界が茶褐色に明るくなる。 思わず眼をつぶる。 頭の上で紐を解いている気配があって、次に顔の上の袋の布が下ろされ、顔にひんやりした空気を感じる。
また眼をあける。 しかし、視界は相変らず一面の茶褐色で何も見えない。 頭の上で、『ああ、目を開けたわ。 まだちゃんと生きてたようね』と祥子の声がする。 そしてその声が続けて『おはよう、マゾミちゃん』と呼びかけて来る。 あごが動かないままに、『む』と鼻から声を出して応える。
『ご無事でよかったわ』と美由紀の声。
『そりゃそうよ。 これだけ慎重にやってるんだから、そう変ったことが起こる筈はないわよ』と祥子が言っている。
『それでもご無事なお顔を見るまでは、心配で心配で』
美由紀はほんとに心配してくれている。 有難く思う。
そこへ邦也の声が入る。
『祐治さんはいいな。 美由紀さんにそんなに思われて』
そして祥子が言う。
『邦也さんだってこのように箱詰めにされて一晩過ごしたら、美由紀が心配してくれるわよ』
『いいよ、いいよ。 それでも僕は遠慮する』
邦也が慌てた口調に皆のどっと笑う声が聞こえる。 私もにんまりする。
『あ、マゾミちゃんも笑った』と孝夫の声。
『だめね、マゾミちゃんを笑わせたりしちゃ』と祥子が言っている。
『でも、マゾミちゃんって、唇を半分あけて一生懸命呼吸をしていて、ちょっとお可哀そうですわね』との玲子の声が聞こえる。
『そうね。 息は口から吐かなければならないから、唇を閉じられないのよね。 それにあごが固定されてるから口ははっきりは開かないしで、どうしても唇を無理にあける形になるのね。 何か改良した方がいいかも』
ちょっと静かな間がある。 皆がそれぞれの思いで私を見ているのであろう。
やがて静けさを破って、『じゃ、マゾミちゃんを箱から出して、朝のお食事の間、また飾って鑑賞してあげましょう』と祥子がいう。 『はい』と孝夫が応えている。
鼻からマスクが外される。 ほっとして唇を閉じ、鼻だけの呼吸に戻る。 ついで肩に手がかかって上体が起こされ、箱の中で腰を下ろした姿勢になる。
『まず先に呼び鈴のリード線を外さないといけませんね』と孝夫の声がして、袋が引き下がられ、手首に縛りつけてあった線が外される。 右手に握っていたスイッチを放す。
『昨夜は呼び鈴を使わずに済んだようね』と祥子が言う。
『ええ、よかったですね』と孝夫が応える。 『僕は、いつ鳴るか、いつ鳴るかって気になって、あまり眠れませんでした』
『まあ、それはご苦労さま。 ほんとに寝てないの?』
『いいえ、そのうちに寝込んでしまったようですけど』
『そうね。 孝夫にはちゃんと寝ておいて貰わないと、今日のこともあるから』
『はい』
『じゃ、とにかく箱から出しましょう』
何本かの手が脇の下や腰に掛かり、持ち上げられて横に運ばれて立たされる。 袋が足元まで引き下げられる。 ついで腰の辺で抱き上げられ、柔らかいものの上に下ろされて、腰を掛けた形になる。 『ああ、ソファーだな』と思う。
『マスクを掛けたりしたんで、マゾミちゃんのお化粧が大分くずれたわね。 美由紀、玲子に手の紐を解いて貰って、ちょっとお化粧を直してあげて』
『はい』
その指示応答を聞いて、私は『ああ、美由紀はやっぱり縛られていたんだな』と思う。 昨夜は邦也は祥子に、美由紀も玲子に何かをして貰うような話の進行だったけど、どうだったかしら。 今の所はそれを推定する手掛かりは何もない。
ついで紐を解いて貰ったらしい美由紀が『そうね。 そこじゃ、ちょっとやりにくいわね』と独り言のように言って、『すみませんけど、孝夫さん、そこの椅子に座らせてあげて下さらない?』と声を掛ける。 『はい』と孝夫の返事があって、また孝夫のらしい手が私を抱え上げて横の固い椅子に座らせてくれる。
『ちょっとお髭が生えてきて、このままじゃお化粧ののりが悪いから、かみそりも当てておいてあげるわね。 ちょっと動かないでいてね』と美由紀がいう。 眼は見えないながら『むん』とうなずく。
『駄目よ、美由紀』と祥子がいう。 『マゾミちゃんに話し掛けたりしちゃ。 感覚も運動機能もない筈のお人形さんが、うっかりうなずいたりしちゃうじゃないの』
皆がどっと笑う。
顔に髭剃り用の泡のようなものがつけられ、美由紀のらしい指であごの辺が優しく抑えられて、口の周りやあごにかみそりが当てられる。 吐く息を頬に感じる。 ちょっといい気持になる。
髭剃りの後、スポンジとパフで丁寧に肌が整えられ、口も口紅らしいもので描き直される。
『こんなものでどうかしら』
『ええ、いいわ』
そして玲子の感心したような声。
『マゾミちゃんは何時見てもおきれいですわね』
また思わずにんまりする。
『それじゃ、孝夫の作ってくれた頭の支えをここに持ってきて』
『はい』
孝夫らしい手に支えられて立ち上がる。 スカートが脱がされる。 そして、ふんどし兼用の手首の縛りが解かれ、ブラウスが脱がされる。 私は身体の力を完全に抜いて、なすがままにされる。
かつらが脱がされ、何か固い、湾曲した板状のものが、ひたいの髪の生え際から頭の頂点、うなじを通って、スリーマーを着たままの上半身の背中の上半分にわたって当てられる。 頭や首や背中の曲線にも適合してぴったり接触し、直接触れている首筋がひんやり冷たく感じて、思わずぞくぞくっとする。
『うまく合ってるわね』と祥子が嬉しそうに言う。
『ええ、まだちょっと修正したい所もありますけど、一応はいいようですね』と孝夫が応える。
『じゃ、このまま留めましょう』
まず、胸の乳首の上と下とに幅が4センチほどのバンドが一巻きづつして、支えが背中に留められる。 ひたいの上部にも2センチほどの幅のバンドが一巻きされる。 もう、首の力を抜いても、頭が前に垂れなくなる。 その代り、首を横に曲げることも回すことも出来なくなる。
また、ブラウスが着せられ、頭にかつらをかぶせられる。 そして、両手首がさっきと同じようにふんどし兼用の縛りで念入りに後ろ手に固定され、最後にスカートがはかされる。
『これで、どうにか頭が垂れなくなったわね。 かつらに隠されて支えは一応は見えないし、まあまあね』
祥子が満足そうにそう言っているのを聞いて、私も今のマゾミちゃんの姿を鏡ででも一目見たくなる。 しかし、視覚も運動感覚も持たないお人形の身では到底かなわぬ希望である。
『でも、ちょっと頭がぐらついてるようですね』と孝夫がいう。
『まあ、それは背中の所がうまく固定されてないのだから、仕方がないわね。 もし、きちんとする気なら、コルセットを着せて、それに固定すればいいんでしょうけど』
『そうですね。 それから支柱をもう少し長くして腰まで伸ばしても、頭ももっと安定しますけど』
『そうね。 そうすると腰も曲がらなくなって箱に入れるのがやりにくくなるけど、確かに一つの方法ね』
『じゃ、この次の時に考えましょう』
『ええ、そうして』
3
首の安定法の論議が終わって、改めて祥子が指示する。
『それじゃ、マゾミちゃん人形をLDKに運んで、向かうでマゾミちゃんを観賞しながら朝のお食事をしましょう』
また何本かの手が私を抱え上げ、廊下に出て、ずうっと運んでいって、LDKらしい部屋に入って、そっと下ろして立たされる。 後ろ手に昨日のスタンドの柱がさわる。
またちょっと抱え上げられ、両足に靴がはかされて下ろされる。 かかとがぐっと高くなって爪先に力が加わる。 足首と腰が柱にくくり付けられる。 胸も脇の下を通して巻いた紐で柱に固定される。 頭もまっすぐになるように支えの位置を直される。 背中で支えの板が動いて少しくすぐったい。 これでまた、スタンドに立ったフランス人形が出来上がる。
『これでいいわね』という祥子の声で、皆が近くから離れる。 そして『じゃ、あたし達で簡単な食事を作るから、男の方たちはちょっと待っててね』という祥子の言葉があって、しばらくの間、とりとめのないおしゃべりと食事を作っているらしい物音がつづく。
やがてその物音も一段落して、祥子が『じゃ、美由紀』と声を掛け、美由紀が『はい』と応える。 そして美由紀に紐を掛けてるらしい気配があった後、『じゃ、みんな、昨夜と同じ席について』との祥子の声で皆が食卓に着き、食事が始まる。
『いいわね』と祥子が浮き浮きした口調で言う。 『こういう風に、意志はおろか、感情も表に出すことの出来ない、ただのお人形に仕立てて、それを見ながらゆっくりお食事するのって、ほんとに楽しいわね』
『うん、そうだね』と邦也。
『でも、あたし』と美由紀の声。 『祐治さんがどうしておられるかと思うと、胸が詰まるような気がして』
『そう言う風には考えない方がいいわよ。 祐治さんだって、ただの物品として扱われてみたいって言っていらしたんだから、そんな感情移入を止めて、ただのフランス人形「マゾミちゃん」として観賞して上げた方がお喜びよ』
『ええ、それはそうでしょうけど』
美由紀はあまり納得してないような返事をする。
『でも、ただのフランス人形でしたら、ただ、見事なお人形ね、と言うだけで、祥子さんもそんなには浮き浮きはなさらないんじゃないかしら』と玲子が控え目な声で言う。
『そうね』と祥子はちょっと内省的な声になる。 『あたしにとってはやっぱり、特別仕立てのお人形で、誰かがその陰でじっと辛抱している、と思うから、観賞してて、よけいに楽しくなるのかもね』
『うん、そうだね。 よく解る』と邦也。
『でも、祐治さんのご希望はもっと高い所にあるんですよね』と孝夫が言い出す。 『このように、これが祐治さんを仕立てたお人形なんだ、と知っている我々が観賞するだけではなくて、何も知らない人々に本当に単なる物品と思われて無造作に取り扱われてみたい、というような』
『ええ、そうね。 それがこの次の貨物発送プレイの眼目ね』
『ええ』
話が一段落して、皆が黙って食事を進めている物音だけが伝わってくる。
4
少しして、また会話が始まる。 まず孝夫がきっかけを作る。
『邦也さんも、そうやって祥子さんに食べさせて貰うのが大分板についてきましたね』
そして邦也が応える。
『うん。 いいも悪いも、手の紐を全然解いて貰えないのだから、しょうがないんだ。 それにうっかり文句を言うと、また食べさせて貰えなくなりそうだし』
『え?、すると、昨夜からずうっと縛られたままですの?』と玲子のびっくりしたような声が続く。
『うん』と邦也の声。
『それは大変でしたわね』と玲子がまた同情するように言う。
『いいのよ』と祥子。 『邦也さんももう縛られたままでの生活に大分慣れたし、それに美由紀と同じ格好で、お隣り同志で同じように食べさせて貰ってるのが嬉しいんだから』
『そういう訳でもないけど』と邦也が口ごもる。
なるほど、今朝も邦也は後ろ手に縛られ、先ほど紐を掛けられた美由紀と隣り合わせに並んで、祥子に食事をさせて貰っているんだな、と一面の茶褐色の視界に食卓の光景を思い浮かべる。 すると美由紀もまた玲子にお給事をして貰っているのだろう。 皆がそれぞれに発言しながらも、食事の音はとぎれずにつづいている。
少しして、また孝夫が話のきっかけを作る。
『所で、邦也さん。 昨夜は祥子さんと2人だけになって、何をしたんですか?』
『何をって』
また邦也が口ごもる。 代わって祥子が説明する。
『とにかく、邦也さんのMの素質を引き出すために、色々なことをしたの。 例えば、逆えびにして、足を繋いでいる紐を棒にからませて少しづつ強く引き絞っていったり、それにきつい猿ぐつわを加えたり。 すると邦也さんは、最初は嫌がっているけど、そのうち段々に乗ってくるの』
『え、本当ですか?、邦也さん』
『うん、何だかよく解らないけど、とにかく苦しいなりに、いい気持ちになってくるんだ』
『ふーん』
『とにかく』とここで祥子が締めくくる。 『邦也さんって、あたしの思ってた通り、とてもMの素質があって、教育で素晴らしいMになって貰えそうよ』
『でも邦也さんは、Sじゃなかったかしら』と美由紀の声。
『ええ、少なくとも昨日までは、自分ではそう思っていたんだ。 だけど今となると、自分でも本当はSなのか、Mなのかが分らなくなってしまって』
その言い方に邦也のいかにもとまどっている表情が想像される。
『そうね』と祥子がまた話を引き取る。 『今までは、美由紀は最初からM一本やりだったし、祐治さんはSの気もあるけど、最初から素晴らしいMで、あたしが圧倒されるようだったわ。 それに対して、邦也さんは、最初は自分が生粋のSだと思っていた所が少し違うのね。 でも邦也さんも、祐治さんとは少し性質が違うけど素晴らしいMの素質を持っていて、みがけばみがくほど素晴らしいMになってくれそうなのよ。 本当に教育のしがいがあるわ』
祥子はいかにも嬉しそうである。 自分の感が当たっていたことに深い満足を感じているのであろう。
『邦也さんもそれでいいんですね?』と孝夫が念を押すように言う。 そして、『僕にも紹介した責任がありますからね』とつけ加える。
『うん。 少なくとも、今の所は満足している』と邦也。
『いいのよ、本人がこう言うんだから』と祥子がまた話をとる。 そして、『これであたし達の会もますます楽しくなるわよ。 ね、邦也さん?』とはしゃいだ声で同意を求める。
『うん』と邦也の余り気の乗らないような声がそれに応える。
ちょっと話がとぎれて、食事の音だけがつづく。
5
やがて、食事の音がとだえる。 『じゃ、お茶を』とのことで、お茶を用意する音がつづく。 そしてそれも終って、みながお茶をすすり始める。
早速にまた、孝夫がきく。
『それで、美由紀さんと玲子さんはどうしてたんですか?』
『ええ、あたし達は昨夜はまず、2人でお風呂に入って、あたしは玲子さんにすっかり洗って貰って』と美由紀。
『というと、昨夜の紐は一度解いて、服を脱いでからまた縛り直したのね』と祥子。
『ええ、そう』
『どんな縛り?』
『ええ、その時はまだ、簡単な後ろ手縛りでした』と玲子が応える。
『何時もはあたしが美由紀を縛ってお風呂で洗ってあげてるのに、ちょっとねたましい気もするわね』と祥子が笑いながら言う。
『すみません』と玲子の声。 また、頭を下げているのだろう。 皆の笑い声が響く。 そしてまた祥子が言う。
『いいのよ。 昨夜はあたしは邦也さんでたっぷり楽しませて貰ったんだから。 ね、邦也さん?』
『うん』
邦也はまた情けなさそうな声で答える。 皆がどっと笑う。
『それでどう?。 自分では何も出来ない人を洗ってあげるのは』と祥子がきく。
『ええ、とても楽しいですわ。 本当に人のお役にたっているみたいな気がして』と玲子。 そして美由紀が言う。
『祥子さんだと洗いながらちょいちょいいたずらして、冷たい水をざぶっと掛けたり、鼻と口を同時に詰まんで息を詰まらせたりするの。 でも玲子さんは本当に優しく世話を焼いてくれるのよ。 同じように縛って洗ってくれても、大分違うわ』
『それで、美由紀さんはどっちがいいのかな?』と邦也がきく。
『そうね。 どっちか分らないわ。 両方ともとてもいいの』と美由紀。
『まあ、如才ない返事ね』と祥子が笑う。
『だって、本当に両方ともいいんですもの』
美由紀は少しむきになる。 そして邦也が
『うん、解る』
と大きな声を出す。 また、みんなが笑う。
『それで、お風呂の後はどうなりました?』と孝夫がつづけてきく。
『ええ。 お風呂から上がって、濡れた紐は一応解いて貰って、体を拭いて、パジャマを着てから、また縛って貰ったの』
『また簡単な後ろ手縛りに?』と祥子。
『いいえ、今度は玲子さん、高手小手に縛ってくれたの』
『まあ、高手小手に縛って上げたの?』
『ええ、美由紀さんがそうして、っておっしゃるものですから、何とか』
玲子は恥ずかしそうな声で応えている。
『あの、玲子さん、とても感がいいわよ。 あたしが時々口で言うだけで、きちんとした高手小手に縛ってくれたわよ』と美由紀がいう。
『それは頼もしいわね』と祥子。
『ええ。 昨日はもう何回か、縛る所を見せて貰ってましたから』
玲子がまた恥ずかしそうにそう言って、さらに感心したように付け加える。
『でも本当に、美由紀さんは縛られるのがお好きなんですね』
『そうね。 何だか、手が自由だと落ち付かないみたいね。 要するに、手が自由だと仕事をしなければならない、という強迫観念があるんじゃないかしら。 縛られていれば、何でも黙って見ていられるものね』と祥子。
『そんなことないわ』と美由紀の声。 また何時もの口をとがらせている顔が目に浮かぶ。
『まあ、それはそれとして、その後は?』と孝夫がまた先をうながす。 どうも孝夫には、玲子が何をしたかが気になるらしい、と気がつく。 しかし、私は何もすることが出来ず、ただ聞き耳をたてているだけである。
『ええ。 部屋に戻って、クッキーをつまみながら、玲子さんと色々とお話をしたの』
『もちろん、玲子さんがクッキーを口まで運んでくれたんだよね』と邦也が羨ましそうに言う。
『ええ、そう』
『あたしだって、ゆうべ、2人だけになってからも、プレイの合間にはチョコレートを口に入れて上げたりしたじゃない』と祥子がいう。
『でも』と邦也が言いかけて止める。
『そんなにいじめると、邦也さんがお可哀そうですわ』
『いいのよ。 邦也さんにも、こういうことをされる楽しさがやっと解ってきた所だから』
『そんな』
邦也はまた何か言いかけて黙ってしまう。 そして孝夫がまた先をうながす。
『それで、どんな話をしたんですか?』
『ええ、今までのプレイのことやなんかを、色々と話してあげたの』
『ええ、とても面白くて、参考になりました。 特に祐治さんのプレイの素晴らしさにはすっかり感激してしまいましたわ』
この玲子の誉め言葉に、思わずにやりとする。 それを美由紀がめざとく見付けたらしい。
『あら、マゾミちゃんが笑ってるわよ』と美由紀の声。
『あら、ほんと』と玲子。
『きっと今の話を聞いてたのね』
『そうね。 でも、生命のない筈のお人形が聞き耳をたてていて、話を聞いて笑ったりしては困るわね。 耳にも栓をしておいた方がいいかしら』
この祥子の言葉に私も、どうせ生命のない物品にされるのなら物のついでにそうして貰って、外からの情報を全く感知しない物品の気分を味わってみたい気がする。 しかし、玲子は言う。
『あら、お可哀そう。 今は止めておきましょうよ』
やっぱり玲子は母性愛的な優しい性格らしい。
そして祥子も言う。
『そうね。 今日は用意してなかったから、このままにおきましょう』
これで私の夢想は取り止めになる。
『そして、その後は?』とまた孝夫が訊く。
『ええ、それから後はおトイレに行かせて貰ってから、寝ただけ』と美由紀が答える。 『でも寝るとき、玲子さんは足首を揃えて縛ってくれて、口に詰め物をしてマスクを掛けてくれて、眼には安眠用の眼帯を掛けてくれて、優しく寝かしつけてくれたの。 お蔭で朝までぐっすり眠れたわ』
そして玲子がまた改めて感心したように言う。
『美由紀さんってすごいですわね。 あの格好でぐっすりお眠りになれるんですから』
『ええ、そうなの』と祥子。 『あたし達のマンションでも、しばらくプレイをしないでいると、美由紀はいらいらしてくるらしいの。 そうしたら手と足を縛って寝かせると、安心してぐっすり眠れるらしいのよ。 ね、美由紀?』
『ええ』
美由紀は恥ずかしそうに小さな声で応えている。
『それで、今朝は?』とまた孝夫の声。
『ええ、朝、起きて、服を着替えるのに、一度、紐を解いて差し上げたんですけど、美由紀さんが手だけでもまた縛っておいて、っておっしゃるものですから』
『それで、今朝の簡単な後ろ手縛りになったのね』と祥子。
『ええ』と玲子が応えている。
改めて祥子が言う。
『ね、邦也さんも解ったでしょう?。 Mの生活というのは、そういうものなのよ』
『ううん』
邦也はまた気のない返事をする。